« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013.08.30

サファリにて

ご無沙汰しています。

Masai Mara migrationブログやツイッターをやる暇もないほど、旅行の毎日を楽しんでいます。何て言うんでしょう。いろいろ見て聞いて考えたことを、普段ならだれかにすぐ伝えたくなるのに対し、今は、いつまでも手のひらの上に置いて眺めていていたいと言うか、何度も噛みしめていたいと言うか、とてもとても貴重な時間を過ごしています。

写真は、もう1週間も前に撮ったものですが、ケニアのマサイマラ国立保護区で、ヌー(ウィルドビーストとも呼ばれます)の大群がタンザニアからの移住の際、川を渡るところです。写真の腕がないので伝わりませんが、息ができないほど感動的な光景でした。

もうすぐ帰途に就きます。

なんか、また戦争が起こりそうですね。とても心配しています。

写真は CC-by-nc で公開します。

このブログで

2013年 8月 30日 午前 01:37 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013.08.25

ナイロビ空港の火災

無事、ケニアにいます。

Jomo Kenyatta International Airport写真を整理する時間がなかったり、宿舎にネットワークの接続がなかったりして、ブログをほったらかしにしています。でも、それくらい楽しいです。

これからはたぶんネットが使えるので、後追いの形で少しずつ書いていくことにします。まずは到着時のようす。

ご存知のように、2週間ほど前にジョモ・ケニヤッタ国際空港で大火災があり、到着ターミナルが使えなくなりました。東アフリカの表玄関ということで、速やかな復旧が望まれた結果、火災の2日後には飛行機の発着が始まりました。

今、到着ターミナルは、空港内に大きなテントを張り、その中にパソコンなどの機材を持ち込んで運営されています。このへんの機動力は、すごいなあと思いました。

写真は  CC-by-nc で公開します。

このブログで

2013年 8月 25日 午前 03:30 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013.08.20

たぶん、ケニアにいます

旅に出ています。

Impala by Jay Aremacこの記事が表に現われるころには、ナイロビに着いている予定です。

ケニアは私が興味をいだく地ソマリアや南スーダンに国境を接していますが、ちょっと素人では行きにくいようなので、いさぎよく諦め、サファリに行くつもりです。お気楽ですみません。

というわけで、更新が間遠になります。

インパラの写真は Jay Aremac さんが CC-by で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 20日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013.08.19

サファリとゴミ捨て

Mara choking in filth due to poor regulation, rise in tourist numbers (1, 2) - サファリ観光の名所、ケニアのマサイマラ国立保護区の直面する問題。

Wildebeest migration - Masai Mara - Kenya_S4E7037 by Francesco Veronesiそれは環境の急速な悪化です。急増する観光客がゴミをポイ捨てして行くことなどが問題の中心のようです。うーむ、気をつけなくては。

中国、韓国、タイなどの極東の国々からの観光客が増えていて、あまりにゴミのマナーが悪いと書いてありました。耳が痛いです。私たちの国は名前が出ていませんでしたが、ケニアの人が私たちの顔を見て国が見分けられるかどうかは不明です。

ちなみに、ある時、ケニア人の同僚に「私はアフリカ人を見て、その人がアフリカのどのへんから来た人かまったく見当が付かないのだけど、アフリカ出身のあなたにはそれが分かるの?」と聞いたことがあります。答えは「無理だ」でした。ただ、「着ているものを見れば、なんとなく分かる」とのことでした。

サファリに行く時は和服にしたほうがいいですかね。

Masai Mara の写真は Francesco Veronesi さんが CC-by-nc-sa で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.18

クダンクラムの闘いは続く

Anti-Kudankulam activists to raise protest to next level - インド最南端に作られたクダンクラム原発をめぐる反対運動の近況。People's Movement Against Nuclear Energy を率いてきた S. P. Udayakumar さんがインタビューに応えています。

Land's end by ankyukクダンクラム原発は、現在最大出力の50%程度で試験運転中で、今月中にも送電網への接続が行なわれようとしています。稼働阻止という PMANE の目標が破られた後も、反対運動は力強く続いているとウダイクマルさんは語っています。

非暴力的な抗議行動を行なってきた PMANE に対して、当局側が治安妨害の罪に問うてきたことについては、インドという国がまさにそのような方法で独立を勝ち取ったことが忘れ去られているとして批判しています。

今後とも PMANE は「路上」での活動を強めていく、法的な面では Poovulagin Nanbargal という NGO が担当していくと記事は説明しています。

クダンクラムにほど近い漁業の村 Idinthakarai は今でも報道関係者の立ち入りが禁止されているほか、公共交通機関が閉ざされてしまったため、子どもたちが学校に通うのに支障が出ているとのことです。

タミル・ナドゥの漁港の写真は ankyuk さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 18日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.17

さようなら、富田倫生さん

青空文庫呼びかけ人の富田倫生さんが昨日亡くなりました。ご冥福と、遺されたかたがたの心の平和を祈ります。

富田倫生さん13日の朝に、同じく呼びかけ人の八巻美恵さんから、至急会いに行くよう連絡があり、慌ててお見舞いに行きました。文字コードのこと、著作権保護期間のこと。この十数年、青空文庫の集まりがあればいつも話し合っていたようなことを長い時間話して、疲れさせてしまったかもしれません。富田さん、ごめんなさい。

本を電子化して、誰でも読めるようにしておくと面白い」という考えを極めて具体的に実証してくれた富田さんには、一読者として、青空文庫工作員として、そしていろいろな意味でこの時代をこの社会で生きる者として、心からありがとうと言いたいです。

何年も病気と闘ってきた富田さんは、実に強い人なのかもしれないのですが、彼が書いた次の言葉は、生前の彼の働きを的確に表わしているように思えます。「弱い者が、弱いままに書いた言葉が、波紋のように静かに広がった印象を受ける」。彼の遺志を受け継いでいく私たちも弱い。でも、あなたが作った波は、必ずこれからも大きくしていきます。見ていてください、富田さん。

写真は何年か前の集まりで撮ったものです。CC-by で。

このブログで

2013年 8月 17日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013.08.16

冷戦時代の建物

Should Berlin protect its Soviet buildings? - 東ベルリンにソ連の影響下で建てられたビルは保存されるべきか否か。

berlin von oben by m.a.r.c.ドイツのベルリンにある Alexanderplatz というオフィス街の再開発の話が進んでいるのですが、ここにはスターリン時代に Plattenbau と呼ばれるプレハブ形式のビルがたくさん建てられました。開発のためには、このプラッテンバウの建物をすべて撤去してしまいたい。しかし、これらの建物は歴史を覚えておくために重要である。いや、しかし、それにしても見るに堪えない醜悪さである、みたいな議論がされています。

植民地時代の建物をそのまま使っている街はたくさんあると思うのですが、それと同じようには使えないのでしょうかね。

写真は m.a.r.c. さんが CC-by-sa で公開しているもの。こういうのを壊してしまうんでしょうか。まだ新しそうだし、私たちの国ではごく当たり前に見かける町並みですが。

このブログで

2013年 8月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.15

横断歩道の人

East German crosswalk man outshines Western cousin - 東ドイツで使われていた横断歩道の信号は人気があるようです。

Traffic light by Javier de MartínAmpelmännchen (信号のこびと)というようですが、1961年に東ドイツでデザインされ、使われていましたが、1990年の東西ドイツ統一で、だんだんと姿を消していきました。しかし、ベルリンでは2005年にこのアンペルマンの信号が復活し、今では街の横断歩道の過半数がこれになっているそうです。

アンペルマンをモチーフにした商品もいろいろと開発されていて、なんと東京にもがあるとのこと。

そして、最近、心理学の実験が行なわれ、信号を見せた時の反応時間(つまり安全性)で、アンペルマンのほうが西側で作られた信号よりも優位に立つことが分かったそうです。EU の標準にしたらどうか、という話が出ているようです。

横断歩道の信号については、以前、こんな記事を書いたのを思い出しました。併せて読んでいただけたらうれしいです。

写真は Javier de Martín さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 15日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.14

壁の脇を走る

Runners ready for Berlin Wall ultra-marathon - かつてのベルリンの壁に沿って走る催しが17日に行なわれます。

Berlin Wall Sport Mitte by Andreas Lehner全長がなんと160キロ(100マイル)あるそうで、明け方の4時に走り始めて、先頭の走者が夜の8時ごろにゴールする見込み。ほとんどの人は夜通し走り続けることになるそうです。30時間が制限時間になっていて、このレースが始まった2年前は、93人中78人が完走しました。

一昨年は、メダルには、ベルリンの壁を越えて西側に脱出しようとして殺された最後の人の顔があしらわれていました。今年は、1961年に越境しようとして殺された最初の人があしらわれます。245人が参加します。

来年度の申し込みがすでに始まっています(公式サイト: 100Meilen)。定員は500人。いかがですか? 私は一度に10キロぐらいしか走れないので無理です。

ベルリンの壁のそばを走る人たちの写真は Andreas Lehner さんが CC-by で公開しているもの。この大会の写真ではありません。

このブログで

2013年 8月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.13

白い希望の船

German hospital ship saved thousands during Vietnam War - 1960年代後半、ベトナムで活躍したドイツの病院船の話です。

Saigon 1967 - The German Hospital ship Helgoland ~ similar to America's Project Hope. by manhhaiヘルゴラント(Helgoland)号は、遊覧船として建造されましたが、病院船に改造され、ベトナムに向かいました。中立を守り、ジュネーブ条約に守られて、北ベトナム、南ベトナム双方の民間人を治療しました。ベトナムの人たちからは、「白い希望の船」と呼ばれていました。昼はサイゴン、ダナンなどの港に入って患者の手当てをし、夜はより安全な沖で待機したり手術を施したりしたそうです。来る日も来る日も手足の切断手術や、米軍のナパーム弾で体全体にやけどを負った人の治療で、医師や看護師の負担は大変なものだったようです。

なぜこの病院船がベトナムに行ったかの説明に心を動かされました。「アメリカが参戦したことによって、ドイツ政府への圧力も強くなりました。アメリカはしきりに同盟国である西ドイツに支援を要請しました。ドイツが出した答えは、このヘルゴラント号の投入でした」「ドイツもベトナム戦争に加わりました。しかし、ドイツは兵隊のかわりに病院船ヘルゴラント号を送ったのです」。

私たちの国も、強い同盟関係を主軸に外交を行なっています。この先、その枠組みを変えずにいくとしても、このほぼ半世紀前のドイツの逸話から学べるものが多くあるように思えます。

サイゴン(現在のホーチミン)に停泊中のヘルゴラント号の写真は manhhai さんが CC-by で公開しているもの。撮影は Bill Mullin さんとされています。

このブログで

2013年 8月 13日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.12

野宿者、農地に行く

To rebuild their lives, homeless settle in farming villages - 韓国のホームレス支援の例。

Korea_Yeongwol_Sketch_12 by KOREA.NET - Official page of the Republic of Koreaスウォン市にある教会が始めたプログラムで、ホームレスの人たちを江原道の働き手の足りない農村に送り、農業によって自立をはかる取り組みです。最初の2か月は月120万ウォン(約10万円)を援助しますが、その後は独り立ちです。農業指導員や同じくこのプログラムで農業を始めた先輩たちから仕事のやりかたを学んでいきます。

村の農家の仕事を手伝えば、一日に8万ウォン(約7,000円)から9万ウォン(約7,800円)の収入になります。都会で働くより1万ウォン(約870円)から2万ウォン(約1,700円)多くもうかる計算だそうです。

もちろん、農業ですから、年がら年中働けるわけではありません。今年は梅雨が長く続いたので大変だったそうです。

それでも、農業者として定着する率が、プログラムを始めた2年前は12人中2人、去年は6人中3人だったのに対し、今年は7人中5人になりました。

「何よりも、自分が働いているのがうれしい」という言葉が紹介されていました。「施しじゃない食事が食べられることも」とも。

大きな規模で実施できる取り組みではないと思いますし、農業の大変さは分かっているつもりですが、希望がここに。

江原道の写真は KOREA.NET - Official page of the Republic of Korea が CC-by-nc-nd で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 12日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.11

開発を拒絶する

Indian villagers defeat British billionaire over plans to mine sacred mountain - インドで、ある鉱山開発計画を市民が中止に追い込みました。

dongria kondh children photo by Lou Gold東部のオリッサ州 Niyamgiri 地方でボーキサイトを採掘する計画を Vedanta Resources という会社が立て、2005年に州政府と合意しました。計画は、開発の見返りとして、現地の「未開部族」(backward tribe)の村に学校や病院を建てるという項目も含んでいました。

しかし、Dongria 民族の人々は、Niyamraja の丘で始められた工事に強く反発しました。丘は、ドングリアの人々にとって神聖な地だったからです。

開発の差し止めが申し立てられ、この春、インド最高裁は、村ごとに集会を開き、そこで開発の是非を決めるようにという裁定を出しました。

7日、12の村のうち10番目、最大の村で集会が開かれ、全会一致で開発の拒否が決せられました。これでニヤムギリの開発の中止が確実となりました。

インドでは、かの国の民主主義の歴史の中で画期的な出来事だと評されているそうです。政府が「未開部族」に自分たちの将来を決めることを許した初めてのケースだから。

私は高度成長期に育ちましたから、心身ともに開発発展に慣らされてしまっています(そして、その考えかたの崩壊を東電福島第一原発の破局的な事象の中に見て、立ち尽くしています)。また、教育に携わっていますから、学校というものの価値を信じています。そういう私には、開発を拒み、学校のない社会の持続を選択したドングリアの人々を心の底から祝福することは難しいのですが… でも、とても考えさせられます。

記事の最後に、小さな子どものお父さんの言葉が紹介されています。「この子が学校に通ったら、この子は山を出て行き、外の生活を学んでいくだろう。そして、彼は私たちの土地を大会社に売ってしまうだろう。学校では、自然とともに生きるすべなど教えてくれはしない。かわりに搾取によって生きていくすべを教えるんだ。」

ドングリアの子どもたちの写真は Lou Gold さんが CC-by-nc-sa で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 11日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.10

スラウェシ島の虐殺事件で和解

Indonesian Widows Get Dutch Compensation, Apology Over 1946-47 Killings - インドネシア植民地支配の最終局面で起こった虐殺事件について、当時の宗主国オランダが謝罪と賠償を行ないました。

merdeka by Alexandra Crosby今回、公式な謝罪および賠償の対象となったのは、日本による占領が終わった後の1946、47年にスラウェシ島でオランダ軍が起こした村民10人の虐殺です。2011年の12月に、民事訴訟が起こされました。刑事罰に問うには、既に時効となっていたからです。昨年9月に、ジャワ島で同じ時期に起こった Rawagedeh  事件という虐殺事件(2011年にこのブログでも取り上げています)に関する和解が成立していて、今回もそれにほぼ同等な条件となったと見られています。

スラウェシ島の人々は、1946、47年に4万人がオランダ軍によって殺されたと考えているそうです。一方、オランダ政府は、犠牲者の数を3千から5千と見積もっているそうです。訴訟を担当した弁護士は、この謝罪と賠償が、「インドネシアで行なわれた虐殺や処刑すべてに謝罪する一歩となることを期待している」と語っています。

写真は Alexandra Crosby さんが CC-by-nc-sa で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 10日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.09

十万個の卵

French farmers break 100,000 eggs over low prices - 農家による安値に対する抗議行動。

oeufs by murky972フランス、ブルターニュ地方で、6日夜、卵農家が折からの安値に抗議して、スーパーの前で卵10万個を割る抗議行動を行ないました。農家の団体はフランス全体で5%の生産調整を求めていて、10万個というのはブルターニュ地方で毎日消費される卵の5%にあたるのだそうです。

農家は、要求が受け入れられるよう、今週いっぱい毎晩10万個の卵を割るとしています。

卵の写真は murky972 さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 9日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013.08.08

ホームレスの街を歩く

Berlin Tour Gives a Glimpse Of Berlin As Seen By Homeless People - ベルリンのホームレス事情を知るツアー。

Homeless by Sascha Kohlmann支援団体の querstadtein というところが企画運営していて、実際にホームレスだった人(最近、アパート住まいになった)とともに街をめぐります。だれもが知っている We Children from Bahnhof Zoo の場所にも行きますよ、みたいなことが書いてありますが、私には分かりません。使用言語はドイツ語。試験的に英語のツアーも始めているようです。

ツアーを企画する目的は、ホームレスとして周縁に追いやられてしまった人々を、ふたたび「主流」の人々と向き合う場所に連れ戻すことのようです。見る人主体ではなく、暮らす人主体だということでしょうか。

一見、矛盾するような、「動物園の動物のように見ないでください」ということと、「目を合わせ、話し掛けてください。見えない存在にされてしまうことが一番嫌ですから」ということが書かれていました。

あと、詳細は分かりませんが、コペンハーゲンとロンドンにも似たような企画があるとのことでした。

この話はおもしろがって紹介しているのではありません。このブログでは、過去にいくつか、スラムのツアーなどについて書いています。併せて読んでいただければ幸いです。

ベルリンの写真は Sascha Kohlmann さんが CC-by-sa で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 8日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.07

俳優とプラカード

Actor's on-stage protest over homophobic heckle - 劇の途中、男性同士のキスシーン。静まりかえったホールに、観客の一人の「わ、気持ち悪い」という声。

Some People Are Gay. Get Over It! by Duane Brown演じていた俳優は腹を立てましたが、芝居を放り出すこともできないので、必死に堪えて演じ続けました。幕が下りてカーテンコールの時、彼の手には、急いで段ボールに書いた「世の中にはゲイだっているんだよ。覚えておきな!」というプラカードが。拍手喝采。

ロンドン、ウェストエンドで上演中の The American Plan のある夜の出来事でした。クールな Mark Edel-Hunt さんに私も立ち上がって拍手を贈ります!

いろいろなことで言わなきゃならないと思うのですよ。例えば「在日だっているんだよ。覚えておきな!」とかね。

Some People Are Gay. Get Over It! という標語はロンドンのバスの側面に書かれていたこともあります。写真は Duane Brown さんが CC-by で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 7日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.06

抗議の昼食

Algeria: Public lunch protests mandatory fasting - アルジェリアで政府による迫害に抗議する昼食会が開かれました。

120402 Amazigh film honoured in Kabylie | تكريم الفيلم الأمازيغي في القبايل | Le cinéma amazigh à l'honneur en Kabylie by Magharebia今はラマダンの真っ最中。イスラムの教えでは日が出ている間は断食をすることになっています。アルジェリアでは、日中に食事をする人を警察が取り締まるのだそうです。これに抗議して、北東部 Kabylie 地方の Tizi Ouzou で300人ほどが集まり、屋外での飲み食いを誇示しました。映像は "Algerians eat lunch in Ramadan protest"。

個人の信念に基づき断食に参加しない市民への異端審問と迫害を糾弾するこの集会。より世俗的な少数民族ベルベル人と、イスラムにより厳格な多数派のアラブ人の間の対立のあらわれだと説明されています。

しかし、国家権力が市民の心の中にまで踏み込もうとすることへの抵抗は、たぶん、旗を見て起立しないだの、歌を歌わないだのでいちゃもんを付けられる私たちにも連帯ができる行動だと思います。

写真は Magharebia さんが CC-by で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 6日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.05

グアンタナモを歌う

PJ Harvey releases Guantánamo song - イギリスの人気ロック・シンガー、PJ ハーヴェイの新曲はグアンタナモの囚人を歌ったものです。

PJ_Harvey-800x800 by Antonio Scicchitanoキューバにある米軍グアンタナモ海軍基地の収容所には「テロ容疑者」が多く隔離されています。シャカー・アーマー(Shaker Aamer)さんもその1人。アフガニスタンで米軍に拘束されたアーマーさんは2007年に釈放が決まっていますが、依然としてそれは実現していません。

抗議のハンストを続けているアーマーさんは強制経鼻摂食されています。生きているのか死んでいるのか分からないような精神状態。それを PJ Harvey さんは歌いました。

PJ Harvey - 'Shaker Aamer'

世の中には恋の歌が溢れています。私たちの国でも、心ある音楽家たちが人道的なメッセージをこめた歌を聞かせてくれるとうれしいのですが。圧倒的な権力を持つ政府や大企業にかき消されてしまいがちな小さな声、脱原発はもとより、反差別、弱者切り捨てへの抵抗、などなど。グアンタナモによく似た状況だって、入管の施設とかに見いだせるかもしれません。こういった小さな声の人間たちを勇気づける歌を歌ってください。

写真は Antonio Scicchitano さんが CC-by-nd で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 5日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.04

旗を降ろす

Aceh GAM Flag Stripped From Lhokseumawe in Pre-Dawn Crackdown - インドネシアのアチェで、掲げられていたアチェ州の旗(トルコの旗の上下に黒い縁取りを入れたような旗です)を、深夜、兵隊たちが降ろして回りました。

Local Market by Richardアチェ州の旗は、かつて独立闘争をしていた Free Aceh Movement (GAM) の旗。今年の3月に、中央政府の反対を押し切って、制定されました。2004年末の大津波の後、GAM と中央政府はヘルシンキで休戦協定を結びましたが、その協定の中に分離独立運動の旗等は使ってはならないとあることから、中央政府はこの新しい「州の旗」の掲揚を禁止しています。

ジャカルタ・ポスト紙の "Aceh administration agrees to change contentious flag: Govt" によれば、州知事(元 GAM の指導者だと思います)が、旗の変更に応じる構えを見せていると、中央政府筋が語りました。8月15日のヘルシンキ協定の記念日に今の旗を掲げないように指示したとも伝えられています。

人々に慣れ親しまれ、そのために闘われた旗であっても、平和のためには閉じられなければならないこともあるというまとめでは、おそらく粗すぎると思いつつ、今後に注目です。

アチェ、行ってみたいなあ。独特なスパイスを用いた料理とか有名ですよね。

バンダアチェの子どもたちの写真は Richard さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。CC でアチェの旗の写真もあったんですが、ちょっと勇ましすぎたので…。

このブログで

2013年 8月 4日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.03

教授の秘密

Millikin professor had dark secret: He killed his family 46 years ago - イリノイ州の大学の教員が未成年のころに家族を殺していたという話。

millikin by Dan Simpsonイリノイ州中部ディケーターという町にあるミリキン大学で心理学を教えているその人は、テキサス州に住んでいた15歳の時、父母と姉を銃で射殺しました。裁判では、心神耗弱の状態にあったと認められ、無罪となり、その後の6年間を精神病院で暮らしました。精神状態が良好と判定されて退院した後、大学や大学院に通い、ミリキン大学で職を得ました。

勤めて30年近く。学生、卒業生たちの評判もよく、最優秀教員に選ばれたこともあります。ごく最近になって、生まれ故郷の新聞が「あの少年はその後どうなったのか」と調査をし、彼を見つけ、記事にしたため、彼の「暗い過去」が明るみに出ることになりました。

大学は彼に教え続けさせるつもりのようですが、町長は、大学はこの町のブランドであり、これ以上の騒ぎを起こさないために、彼は身を引くべきだと言っているそうです。

今、口にされているのは「町の名前を傷つけないために辞職しろ」ということですが、次に来るのは「町を去れ」という声でしょう。何のための司法、治療、贖罪であったのでしょう。

ミリキン大学の写真は Dan Simpson さんが CC-by-nc で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 3日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.02

夏休みの宿題が減った

Queens sixth-graders no longer must read racy 'Diary of Part-Time Indian' - ニューヨークのある小学校で、6年生が夏休みの課題図書を読まなくてもいいことになりました。

Sherman Alexie at St. Joe's by jseattleこの秋に6年生に進級する生徒たちに与えられていた課題は Sherman Alexie さんの The Absolutely True Diary of a Part-Time Indian という本でした(日本語訳もあるようです:「はみだしインディアンのホントにホントの物語」)。2007年に全米図書協会から若い人向けの文学で賞を取った本だそうです。先住民の子どもが町の白人ばかりの学校に通い始める話ということです。

この本が、PTA から文句が出て、夏休みの宿題から外されることになりました。一部の11歳の子どもには早すぎるというのが理由です。

で、案の定と言うか、性に関する描写がやり玉にあげられたのですが、問題になったのは自慰行為に関する記述があったことでした。もし微に入り細に入りの描写があってそれが欲情を誘うとかいうのなら分かる気もするのですが、問題とされたのは、「もし神様が私たちに自慰をしてほしくなかったなら、神様は親指なんかくれなかっただろう。だから神様が親指をくれたことに感謝しているんだ」という文だそうです。うーん、確かに(特に)女の子の親は複雑な思いでしょうか。

著者のアレクシーさんは、「この本に書かれていることは、すべて、学校に通っている子どもだれもが毎日向き合わなければならない問題です。自慰にしろ、レイシズムにしろ、性差別にしろ、人間であることの複雑さにしろ。子どもたちがこれらに毎日毎時間向き合っていないように言うのは現実に目をつぶることです」と述べています。

私もそう思います。でも、まあ、子どもたちにはまだまだ多くの時間が残されているわけですから、今年の夏読めなくたって、別に損はしませんね。

シャーマン・アレクシーさんの写真は jseattle さんが CC-by-sa で公開しているもの。

このブログで

2013年 8月 2日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.08.01

死ぬ権利

Korea may legalize 'right to die' - 韓国で「死ぬ権利」が認められることになりそうです。

I am humbled. by Richard White延命治療を受けるかどうかについて、あらかじめ意思表示をしておくことにより、終末医療を受ける人がその意志で治療を続けないという選択をできるようにする、家族にもその判断を任すことができるという案を、昨日、政府の生命倫理委員会が答申としてまとめました。今後、立法手続きを経て、早ければ、来年にも、実施に移される見込みです。

この問題はとても難しい問題で、私自身、決まった立場を持っていませんし、まず知識が不足していることを実感しています。

私たちの国でこの問題を考えていくにあたって、文化的に近しい隣国での論議はきっと参考になるだろうと思います。この問題、韓国語での報道はハンギョレの「‘연명치료 중단’ 법으로 만든다 」など。

写真は Richard White さんが CC-by-nc-sa で公開しているもの。ロンドンのホスピスで1984年に撮影。

このブログで

2013年 8月 1日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »