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2011.04.30

国境線に吹く自由の風

Egypt to open Gaza border crossing - エジプトの暫定政府がパレスチナのガザとの国境にあるラファ検問所を恒常的に通行可能にする意向であることを明らかにしました。とても素晴らしいニュースだと思います。

by Vince Perritanoガザは、民主的な選挙を通じてハマスが実権を握った後、イスラエルが入植者らを撤退させ、完全に近い経済封鎖態勢を敷いたため、食料や建築資材などの物資が極端に不足し、人口150万人の巨大なゲットーと化していました。

対外的にはアメリカ従属路線を、国内では独裁を続けてきたムバラク政権の打倒というエジプトの民衆によって播かれた自由の種が育ち、ガザにも届こうとしているかのようです。今週はエジプトの仲介によるハマスとファタハの和解という、いいニュースもありました。今後、どのような困難が待ち受けているにせよ、ガザが新しい時代を迎えているのは確かなようです。

ラファ検問所の写真は Vince Perritano さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。2年ほど前の撮影です。

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2011年 4月 30日 午前 12:33 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.29

労働者の日にするべきこと

自粛の波、メーデーにも 連合本部、デモ行進見送り」という朝日新聞の記事。今日開かれる中央メーデーで、集会(の動員)を大幅に縮小し、デモを取りやめるという話です。地方組織の中には、集会自体を取りやめたところもあるとのことです。

Balloons by Visit Finlandメーデーは労働者が団結を確認し、意気を高める機会ですが、その「意気を高める」というのが「自粛」を求める震災後、原発事故後の雰囲気に合わないということのようです。

私は、これはおかしいと思います。東電福島第一原発の事故が暴露したのは、核エネルギーに依存した経済システム全体の問題ですし、都市の機能のために過疎地が危険を担うというのも、資本主義の構造上の問題です。そういった「大きな」問題と、震災や電力供給の不安定さによって労働者一人ひとりの雇用が守られるのかとか、東電の下請け企業で原発の処理にあたっている人たちの安全は守られるのかといった「現場」の問題が結びついた情況を目の当たりにしながら、ただ「時代の空気にそぐわない」からと言って、労働者が結集する場を自ら減らすというのは、果たして労働組合が取るべき態度でしょうか。

写真は Visit Finland さんが CC-by-nc で公開しているものです。

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2011年 4月 29日 午前 12:28 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.04.28

同性愛者のかっこよさ

Lesbians in Thailand push boundaries, become chic - タイのレズビアンたちの現状に関して、APがかなり長い記事で伝えています。

Early Morning Sunrise in Bangkok by Captain Kimo - Catching Up!まず、タイ初のレズビアン映画ができたこと。 Saratsawadee Wongsomphet 監督の "Yes or No" という作品で、昨年暮れに公開され、 話題にもなり、人気も博し、先月、タイで最も権威のある映画賞で最優秀監督に選ばれたそうです。女子大生2人の間の恋愛を描いた作品のようです。レズビアン映画を作るなんて5年前には考えられなかったとのことですが、サラトサワデー監督は今でも自由な表現が許されているとは思っておらず、検閲や上映ボイコットを恐れ、この映画の中の唯一の性的な場面は二人が服を着たまま、キスをするところだけにしたそうです。

また、昨年、カムアウトしたレズビアンとして初めてデビューした Zee という歌手が紹介されています。見たところ、Zee さんは FtM で、スター・トレックのスポックのような髪型をしています。男性向けのような服装をした彼女は「ハンサム」「シック」と評価されていて、この「シック」、ファッション性がタイで同性愛の女性が注目される大きな要因になっているようです。 Zee さんの「簡単な、でも、さびしい」という歌のビデオを貼りつけてみます。

80年代ごろのタイのレズビアンたちが、西洋のフェミニズムの手法を用いて、自分たちの主張を政治化していったのに対し、依然として「外向きには寛容だが、内には伝統的な精神を引きずっている」タイ社会において、今日の若いレズビアンたちは、政治的発言ではなく、ファッションなどを通じて、静かな変革を起こしているようだと記事は述べています。

バンコクの夜明けの写真は Captain Kimo - Catching Up! さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

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2011年 4月 28日 午前 12:37 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.04.27

仏陀の映画は茨の道

MNS targets Amitabh Bachchan again, stalls shooting of Buddha - インド映画界の大物俳優アミターブ・バッチャン(Amitabh Bachchan)さんは、現在、仏陀を描いた映画を製作中ですが、それをヒンズー至上主義の右翼政党が妨害しているというタイムズ・オブ・インディア紙の記事です。

Wall art in Bandra by Anuradha Sengupta映画は現在、ムンバイで撮影が行なわれていて、撮影現場で働いている外国人の中に就労ビザを持っていない人がいるという情報をもとに、Maharashtra Navnirman Sena という政党(極右の Shiv Sena の分派らしいです)が地元警察に捜査を要求し、実際、観光ビザで入国している人が見つかったため、撮影が中止に追い込まれたとのことです。記事には説明がありませんが、「MNS がまたバッチャンを標的に」とありますから、粘着質の嫌がらせなのかもしれません。

アミターブ・バッチャンさんについては、私は全く詳しくないのですが、1年ほど前、国勢調査にカーストについての質問があることに異議を唱えているという話をここで紹介しました。インドでは、仏教は被差別民の宗教です。その映画を作ろうというバッチャンさんの考えがどのようなものか、知りたいと思いました。

写真は Anuradha Sengupta さんが CC-by で公開しているものです。壁に描かれているのが若き日のバッチャンさん。

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2011年 4月 27日 午前 01:13 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.26

次の二十五年のために

Protesters demand end to nuclear age on eve of Chernobyl anniversary - 1986年4月26日の未明、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が起こりました。今日でちょうど25年です。

Reactor no 4. by Gregory Kowalskiヨーロッパ各国で、原発の停止、核エネルギー依存からの脱却を訴えるデモが25日、行なわれました。多くのデモは、稼働中、もしくは廃炉となった原発の前で行なわれたそうです。「チェルノブイリを、福島を、二度と起こすな」というシュプレヒコールが聞かれたと記事は記しています。

私は今、原発の前にいないのを、せめて近くの街で行なわれるデモに加わっていないのを、恥ずかしく思っています。だから、せめて、ここにその悔いを書き記しておきます。この国に生きる多くの人が、今日はチェルノブイリや福島のことを書いたり話したりするでしょう。その声をほんの少しでも大きなものにするために、私の声をここに添えます。そう、次の25年の間には、私たちがちゃんと教訓を学べるように祈りながら。

写真は Gregory Kowalski さんが CC-by-nc で公開しているものです。

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2011年 4月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.25

被災地の命

Japan grapples with suicide concerns after earthquake and tsunami - 日本では、震災の影響で自殺者が増えるのではないかと危惧されているというロサンゼルス・タイムズ紙の記事です。津波で何もかもを失った人。放射能の影響で作物が売れなくなってしまった人。愚かな原子力依存の尻拭いをさせられている「兵士」や、東京電力の下請けの労働者たち。自殺を図る理由は事欠きません。

by xtcbzもともと、東北地方は厳しい気候のためか自殺が多いこと、政府や NGO などが危機感をいだいており、さまざまな取り組みを行っていることなどが紹介されています。すでに被災地には絶望感があると思われますが、これから徐々に、復興の歩みの遅さゆえに、望みを絶たれる人も増えていくだろうと記事は指摘しています。

遠い地に暮らす私でさえ、テレビでニュースを見ている時など、緊急地震速報が鳴ったり、「東北地方でやや強い地震がありました」といったテロップが出たりすると、心臓が早鐘のように高鳴ります。実際に揺れている地の人たちはどんなに心細いことだろうと、まさに絶望的な気持ちになります。

でも、遅かれ早かれ余震は終息する。何か月か経てば原発は安定化される。少しずつ瓦礫は撤去され、新たな家々が建てられる。農業や漁業を再開することができる日が来る。微笑むことができる日を、待ちわび、迎えようではありませんか。

被災地の写真は xtcbz さんが CC-by-sa で公開しているものです。

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2011年 4月 25日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.24

復活祭に平和の行進

Years after the Cold War ended, activists keep marching at Easter - イエス・キリストが死した後、復活した日曜日。今年は今日が復活祭イースターです。ドイツでは、イースターの日に反戦デモが行なわれるのが1960年代からの恒例なのだそうです。

Ostermarsch 2010 in Bremerhaven by DIE LINKE. Niedersachsen当時のアデナウアー首相が核兵器を「軍備の(単なる)拡張」と語ったことを憂いて始まったイースター行進(Ostermarsch)は、はじめ、参加する人も少なく、参加者自身、怯えながら歩いていたようです。最初のデモを企画した、現在83歳の Andreas Buro さんは、人々は政治的な意見を述べる勇気を持ちあわせていなかったし、多くの人にとって特に西ドイツ政府に反対する行動は受け入れ難いものだったと語っています。デモ隊には、「嫌ならこの国から出ていけ。あっち(東側)へ行ってしまえ」という罵声が浴びせられたと言います。

やがてイースター行進は多くの人に受け入れられるようになり、左派の既成政党なども参加するようになりました。中距離ミサイル配備を阻止したことなどによって、人々はデモが社会的な力を持つことを認識するようになり、80年代にイースター行進はピークを迎えます。

東西ドイツの統一、ソ連の崩壊などを経て、90年代以降、イースター行進は下火になりましたが、今年も人々は歩きます。ラインラント・プファルツ州に残る最後のNATOの核兵器の撤去を求めて。

今年のデモの呼びかけ人である Willi van Ooyen さんは、徴兵制のドイツで毎年およそ半数の若者が良心的兵役拒否者になることを、この半世紀のドイツの反戦運動の成果だと思うと語っています。反戦運動は市民の生活に密着した営みであり続けているのです。

この話―特にデモ隊に浴びせられた言葉―を読んで、日本での市民運動は、60年代のドイツの街の雰囲気の中に置かれているように思いました。いや、日本の社会が遅れているというのではなく、私たちの国を取り巻く状況がこの国の空気をそのようにしているのですから、仕方ないことなのですが。そして、ドイツの例が私たちにも当てはまるならば、これから私たちの運動は高揚期を迎えるのかもしれないと思いました。

昨年のブレーメン近郊でのデモの写真 は左翼党(Die Linke)が CC-by-nc-sa で公開しているものです。

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2011年 4月 24日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.23

彼らの住んだ家

Amsterdam to mark homes where Jews lived in WWII - 第2次世界大戦時、ナチスドイツによってオランダに住んでいたユダヤ人は70%が逮捕され、絶滅収容所に送られ、虐殺されました。アムステルダムでは、かつてユダヤ人が暮らしていた家々にその旨を記す運動が始まったそうです。

Monument ‘Joods Verzet 1940-1945’ by FaceMePLSドイツ軍からの解放記念日にあたる5月4日に合わせて、「ユダヤ人が住んでいた21,662軒の家の1つです」と書かれたポスターを、今その家に住む人たちに、窓に掲げてもらおうということだそうです。

AP の記事には、この運動の実行委員会のサイトへのリンクが載っていますが、オランダ語です。「5月4日、5日委員会」と「ユダヤ人の家」。

この呼びかけの背景には、近年の右翼の台頭、排他的な考え方の広がりに対する危惧があると見て間違いないでしょう。自分が暮らす家に、昔、ユダヤ人が住んでいたこと、そして彼らが殺されたこと。それに気づくことにより、自分もその歴史に連なる者なのだという意識を持つこと。いわば、「自分もユダヤ人だ」と思うこと。差別を乗り越えるための優れた取り組みのように思えます。多くの人が、この考えに心を開いてくれるといいのですが。

アムステルダム市庁舎の近くにあるユダヤ人抵抗運動紀念碑の写真は FaceMePLS さんが CC-by で公開しているものです。

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2011年 4月 23日 午前 01:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.22

暴かれた原発事故

Radioactive spills and breakdown revealed at British nuclear plants - イギリスの原子力発電所で、今年2月に3件の無視できない事故が発生していたことが、英ガーディアン紙が入手した内部文書で分かりました。

View of Sellafield, Cumbria. by AEJHarrison事故はどれも政府への報告が義務付けられているレベルのものでしたが、原発従業員や周辺住民への健康面での影響はないようです。1つ目はイングランド北西部のセラフィールド(Sellafield)原発で基準値の5倍のプルトニウムを含む水たまりが発見された件。2つ目はエジンバラ近郊のトーネス(Torness)原発で地下水が放射性三重水素に汚染された件、3つ目がイングランド北西部のハートルプール(Hartlepool)原発で冷却系が作動しなくなった件です。

2月に、イギリスの原発で事故の情報開示が遅いことが問題になっているという記事を書きましたが、またかという感じもします。隠蔽体質みたいなものがあるのかもしれません。もしかすると、イギリスだけの問題じゃないのかもしれないなあとも思います。

セラフィールドの写真は AEJHarrison さんが CC-by-nd で公開しているものです。

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2011年 4月 22日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2011.04.21

貧困の水準

Poverty rate declines to 32 per cent: Plan panel - ヒンズー紙の記事。インドの貧困率が5年間で5%ほど下がったと伝えています。国の5か年計画を策定する委員会の推定によると、2004-5年に37.2%だった貧困率は2009-10年に32%にまで下がったと見られています。

beeing the Other by justanotherpumpkin記事では詳しくは分かりませんが、以前はインドでは貧困の水準を一日あたりの摂取カロリーをもとに決めていたようです。今回の推計は統計局の Tendulkar 委員会の提案に基づき、生活費の支出をもとにしています。これによって、保健、教育などの分野にかけるお金があるか否かも考慮されるようになりました。貧困水準の数値的な定義は、州によって、また都市部と農村部とによって異なることになります。

1年半ほど前に、私たちの国の政府もはじめて貧困率を発表しました。2006年の経済をもとにした数字でした。それから5年。どうなっているか、とても心配です。

インドの路上の子どもの写真は justanotherpumpkin さんが CC-by で公開しているものです。

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2011年 4月 21日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.20

草原の国の環境と選挙

Mongolian herders protest mining, demand elections - モンゴルでは、鉱山開発によって生活が脅かされているとして、遊牧民が数多く、首都のウラン・バートルに集結しつつあるという記事です。

The Last Great by Quinn Ryan Mattingly銅、金、石炭などの採掘のため、放牧のための牧草地が激減していることが問題となっており、遊牧の衰退は、人口の3分の1が貧困にあえいでいるモンゴルの国益を損ねるものだとして、一刻も早く総選挙を実施することを求めています。長い闘いになることが予想されるため、遊牧民の人たちは伝統的なゲルを用意して、国会のすぐ横などで座り込みを行なっています。

日本の原発の周りの自治体などでもそうだと思うのですが、はたしてこういう悪影響を受ける人たちは、これまで、ずっと反鉱業の候補を支援してきたのでしょうか。きっとそうではないのだろうと思います。しかし、「もう騙されない」と心に決めたモンゴルの人たちは、選挙で国の方向性を変えようとしています。私たちもそうするべきでしょう。政府や自治体が、止まっている原発の再開を認める前に、計画されている原発の建設を認める前に、民意を必ず確かめるべきだと思います。

モンゴルの伝統的な小屋の写真は Quinn Ryan Mattingly さんが CC-by で公開しているものです。

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2011年 4月 20日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.19

ここにも崩れ落ちる像が

Demolition begins on controversial monument in Turkey's Kars - トルコの最東部カルス州で、巨大なコンクリート像の取り壊しが始まったことを伝えるヒュリエット紙の記事。

ucube fotograf - relativity- 30 mt statue vs poplar tree by 1a1e写真(1a1e さんが CC-by-nc-nd で公開)に見るように、像は2人の人間が寄り添って立っている形のものです。高さ30メートルほどだそうです。エルドアン首相が1月にこの土地を訪れた際、「奇異だ」と形容したことから、撤去の機運が高まり、地元議会が「違法建築」だと認定し、17日に解体作業が始まりました。

Mehmet Aksoy さんという彫刻家が作ったこの「人道紀念碑」は、トルコ人とアルメニア人の友好を表したものだと記事は伝えています。おそらくトルコでは当たり前過ぎて記事には書かれなかったのでしょうが、カルスは第1次世界大戦のころにアルメニア人の大虐殺が行なわれた土地です。

ジェノサイドという悲劇を乗り越える象徴の芸術を、見かけが風変わりだからと言いがかりをつけて壊してしまうのは、賛成できません。仮にその芸術作品が奇異だと認めたとしても、それが指し示す悲劇はその数千倍、数万倍も異常なことであったでしょうし、それを覆い隠そうとするナショナリストの歪んだ精神も著しく醜いものだと思います。

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2011年 4月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.18

恋愛の授業

Controversy arises as Beijing universities asked to include romance in courses - 人民網の英文記事。北京市の教育委員会が市立の大学のカリキュラムの中にある精神衛生の科目で、恋愛について教えるという案をまとめたことについて議論が起こっていると伝えています。中文の記事では《北京将恋爱课列入高校课程 将帮助解决同性之爱》というのがありました。

Two Lovers 1 by Jrwooley6「恋愛を教えることはできるのか」「大学で教えなければならないような重要なことなのか」といったそもそも論から、「避妊などの性教育のほうが重要だ」といった意見まで、さまざまな考えが表明されているようです。「北京の学生は、愛なんて中学のころから知っている」「科目にしたら、点取り競争の場になるだけだ」等々。もちろん、「恋心を伝えることができず自殺する学生もいるのだから、役に立つと思う」という肯定的な意見もあります。

教育委員会の素案では、愛情の表現のしかた、受け入れかた、拒絶のしかた、継続のさせかた、終止符の打ちかたなどのほか、同性愛も教授内容に入っているとのこと。

たった一つの真理があるような分野ではない気がしますが、個人的には、愛する人がいるのに、ほかの人のことも好きになってしまったらどうしたらいいかとか、教わっていたかったな。

北京の恋人たちの写真は Jrwooley6 さんが CC-by-sa で公開しているもの。

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2011年 4月 18日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.17

遺跡と救済

Bamiyan II? Buddhist site in Afghanistan faces threat from China miners - アフガニスタンの首都カブールから数十キロのメス・アイナク(Mes Aynak)という土地に、5世紀に遡る仏教遺跡があるそうです。遺跡の存在自体は知られていたものの、発掘調査がほとんど行なわれないまま、メス・アイナク周辺で銅を採掘する契約がアフガニスタン政府と中国国営企業である China Metallurgical Group (中国冶金科工集団)との間で結ばれてしまい、遺跡の考古学的調査は、採掘が始まる3年後までの時間との戦いとなっているそうです。

by U.S Embassy Kabul Afghanistan遺跡には、高さ15メートル、縦横が80メートル×40メートルの大伽藍が建っていたと見られるほか、既に9メートルほどの仏塔、フレスコ画、宝石が施された仏像などが見つかっているそうです。

世界が文化財には興味を示し、飢餓に苦しむ民には興味を示さなかったことを恥じてバーミヤンの大仏が崩れ落ちたのなら、メス・アイナクの仏像たちは、アフガニスタンの戦争と占領を終わらせることができない私たちに失望して、地に身を埋もれさせてしまうのかもしれません。また、私にとっては、私たちの国で悲劇に見舞われているきょうだいたちに救いを尽くすことのほうがさらに大切なことであるに違いないと思いつつ、遺跡の発掘が最大限の成果を出すことを願わずにはいられません。

出土した仏像の写真は駐カブール米大使館(U.S Embassy Kabul Afghanistan)が CC-by-nd で公開しているもの。先月開かれたカブールの国立博物館でのメス・アイナク遺跡展にて。

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2011年 4月 17日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.16

よその国の旗

Brandir un drapeau étranger, bientôt soumis à autorisation ? - 公共の場所で外国の旗を掲げる場合は、事前に県から許可を得なくてはならないとする法案がフランス議会に提出されたようです。

第戎的万国旗街上行人 by llee_wuフランス国籍を持つ者であれ、持たぬ者であれ、祝日、結婚式などの際に自分のルーツである国の旗を掲げることがよくあるが、それが「共和国建国の原則を脅かす挑発」になることもあるとして、サルコジ大統領の与党 UMP に所属する Guy Teissier 議員らが、フランス以外の国の旗を締め出す法案を提出しました。同様の法案は2009年にも UMP の議員から提出されていたようです。

スポーツの試合などで応援している国が勝ったら、その国の旗をもって街に繰り出したいところですが、それにも事前申請が必要になるのかとか、「共和国に対する挑発」かどうかをどうやって見分けるのかとか、皮肉めいたことが書かれています…

率直に言って、どうしてこうも「国」とか「旗」にこだわりの強い人がいるのか、私には分かりません。運動会ではためく万国旗を見て、みんながなかよくするのがいいとか、自分の国と言っても世界の中のほんの一かけらに過ぎないとか思って育ちました。「愛国者」を自認する人たちには、そういう思いは裏切り者の印なのでしょう。

Rue 89 の記事の最後には、「この法案はあまり見込みがないと思われますが、どこまで行くか注目です」みたいなことが書いてあるのですが、注目すべきなのは、法案がどこまで行くかなのでしょうか、こういう風潮がどこまで行くかなのでしょうか。私のフランス語では分かりません。

フランス、ディジョンの街の写真は llee_wu さんが CC-by-nd で公開しているもの。

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2011年 4月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.15

言語の起源

Languages Grew From a Seed in Africa, Study Says - 人間の言語はアフリカ南西部で1万年前ぐらいに始まり、急速に世界各地に拡散したという研究結果が出たそうです。ニュージーランド、オークランド大学の Quentin D. Atkinson さんによる "Phonemic Diversity Supports a Serial Founder Effect Model of Language Expansion from Africa" という論文です。

Speakers by sinosplice世界各地の言語に子音(「たぬき」という単語を例にとれば、 t、n、k の部分)がどれくらいあるかを調べて、地図上に描いていくと、南西アフリカが一番子音が多く、そこから遠くなるに従って、子音が少なくなる傾向が見られるそうです。これは DNA の多様性分布と似ていて、拡散の歴史の名残りと考えられるとのこと。確かに、アフリカの南部や西部には、舌打ちの音が言語にも使われていたり、最近拘束されたコートジボワールの Gbagbo 前大統領の名前にあるような g と b を同時に発音する音などがあり、反対に、そこから遠い日本やハワイの言語では子音が少ないなど、思い当たるところがあります。

言語学の分野では、かなりもっと精緻な対照や比較を通じて言語間の系統的な関係を調べるのですが、こういうふうに計量的な切り口で歴史を解き明かしていくのも魅力です。

はこの論文とは関係ありませんが、各言語の話者の数を視覚化したものだそうです。 Sinosplice さんが CC-by-nc で公開しているもの。

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2011年 4月 15日 午前 07:59 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.14

風を、日を、地を

Renewable energy: Jerry Brown signs law requiring 33% of energy be renewable by 2020 - カリフォルニア州が2020年までにエネルギー源の3分の1を風力、太陽光、地熱などの再生可能なエネルギーから賄うようにするという法律を定めました。

I feel so hollow by henrikjこれまでも、2020年までに20%を再生可能なエネルギーとするという州法が施行されていましたが、今回、州上院で可決された法案 SB 2x がジェリー・ブラウン知事の署名を得て、目標がより高くなりました。これによって再生可能エネルギー関係の産業が拡大し、10万人の新たな雇用が創出されると目論まれています。連邦政府も、州法施行に合わせて、支援の第一弾として、太陽光発電の導入を考えているサンルイス・オビスポ市に対して12億ドル(約1千億円)の貸し付けを行なうことを発表しました。

「カリフォルニアが全米に先鞭を付ける。そして、アメリカが全世界に先鞭を付けることになるかもしれない」とブラウン知事は述べました。アメリカと日本はいろいろと条件が違うかもしれませんが、私たちもできるかぎりのことはしたいですね。こういう言い方をすると、いらぬ反発を買うかもしれませんが、「51番目の州」としても、ぜひ。

カリフォルニアの写真は henrikj さんが CC-by-nc で公開しているものです。

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2011年 4月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.13

労働者の定義

最高裁判決:個人請負も「労働者」 団交拒否は不当行為 - これはかなり画期的なことかもしれません。企業と業務委託や業務請負の契約を結んだ個人も労働法上の労働者として認められ、団体交渉権を有するということが最高裁の判例として確立されました。

we are one by Confetti「雇用ではなく契約だから」「賃金ではなく契約料だから」と言われて、劣悪な条件で働くことを余儀なくされ、不安定な生活を強いられてきた人たちが、労働に関する基本ルールを盾に闘うことができるようになったわけです。

もちろん、そうやって「闘う」ことが簡単に許される雰囲気ではない場合も多いでしょう。裁判は無銭ではできないし、時間だってかかるし。

私は学校で働いているのですが、前任校で組合の執行委員をやっていた時、非常勤講師の人たちを組合構成員に入れるべきだと主張しました。その時、それができないと言われたのが、まさに「契約であって、雇用ではないから」という理由でした。今回の判決は、組合の側にも、より弱い立場の人たちとともにあることを求めるものだと思います。

私たちは一つだ。先週サンフランシスコで行なわれたデモの写真は Confetti さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

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2011年 4月 13日 午前 01:11 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.12

翻訳された文学賞

Nobel Prize winner up for foreign fiction award - イギリスに、翻訳された文学作品に贈られる Independent Foreign Fiction Prize という賞があるそうで、今年の候補作が発表されたという記事です。

Santiago Roncagliolo by Casa de Américaアマゾンのアフィリエイト・リンクを貼っておきます。お金が入ったら、被災地支援に回しますのでどしどし注文を!

昨年はフランスの Philippe Claudel, Brodeck's Report という作品が受賞したとのこと。受賞作の発表は5月26日だそうです。

この一か月に私たちの国で起きたこと、それに巻き込まれた人々の絶望や苦しみも、いつの日か、文学として描かれ、翻訳されていくかもしれません。できることならば、その作品が希望と救済の記録となりますように。

ノーベル賞受賞者のオルハン・パムクさんの写真はちょっとありふれているので、ここは3番目に名前があがっているサンチアゴ・ロンカリオロさんの写真と行きましょう。 Casa de América が CC-by-nc-nd で公開しているものです。

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2011年 4月 12日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2011.04.11

獄中から立候補

Kurdish activist Zana to run in Turkey's elections - トルコでは6月12日に総選挙が行なわれますが、クルド人の平和民主党が政治囚を候補に擁立することを決定しました。

Newroz kurd kurdistan by Kurdistan KURD كوردستان كردستان ا立候補する政治囚は元国会議員の Leyla Zana さんら7名。トルコでは10%の得票率がない政党は議席が獲得できないため、無所属で立候補するようです。立候補者は皆、非合法のクルド労働者党(PKK)との繋がりがあるとして検挙された人たちです。トルコの法律では、受刑者が選挙で当選すれば、釈放されることになっているそうです。

追記:大事なことを書くのを忘れていました。服役囚に選挙権(投票権)すら与えられない私たちの国の制度との対比を念頭に、この記事を書きました。

私たちの国では昨日、選挙が行なわれましたが、大きな所も、私の地元も、前評判通りの結果になり、残念です。

クルドの正月、 Newroz の写真は Kurdistan KURD さんが CC-by-sa で公開しているものです。

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2011年 4月 11日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.10

選挙と脱原発

「郵政民営化」や「政権交代」が唯一の争点だと言われる選挙が成り立つのに、この衝撃的な東電福島第一原発の事故のさなかにあっても、どうして「脱原発」あるいはその対極である「原発推進」を争点とした選挙にならないのか、私には分かりません。

6.4.2011 Helsinki, Finland. Ei ydinvoimalle eduskuntavaaleissa by Greenpeace Finland私の住んでいる京都では福井県にある原子力発電所で作られた電気を使っています。過疎の地に危険を委ねていることの道義は、地方選であっても問われるべきだと思います。

悔しいのは、「あの事故の中で行なわれた選挙でも人々は脱原発を選択はしなかった」などと、後付けで「争点だった」と言い張る人が出てくることですね。

フィンランドでは来週の日曜日が国会の総選挙だそうです。脱原発は大きな争点になっています。環境団体の手によって、先週、ヘルシンキ駅の前のビルにメッセージが掲げられました。 Pysäytä Ydinvoima. 「止めろ、原子力」。 Greenpeace Finland が CC-by で公開している写真です。

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2011年 4月 10日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.09

法治主義と歴史的な責任

Britain admits Kenyans tortured in '50s - 一昨日に書いたマウマウ団による訴訟(ケニア独立闘争の際、宗主国であるイギリスがケニア人に対して収容所内で非人道的な扱いをしたことへの謝罪と賠償を求める裁判)の続報です。

nairobi_wsf07 - 214 by carlosjwj8日、ロンドン高裁で審理が開始され、マウマウとして闘った4名の生存者が殴打、性的暴行などの経験を証言しました。イギリス外務省は、被告人陳述で、1950年代に植民地統治当局によって虐待を受けたケニア人がいたことは認めましたが、「イギリスは囚人を激しく殴打したり虐待したりすることを明示的に立法化したわけではないので、政府には責任はない」と述べたそうです。

役人が、もしくは軍人が、勝手にやったことです、ということでしょうか。法治主義という概念を自分たちに都合よく解釈しているように思えます。こういう言い分が認められるわけはないと私は思うのですが…

記事には、裁判所前での原告の4人の写真が載っています。「マウマウと共に」「拷問を受けたマウマウに正義を」「すべての人に人権を」「ケニアでの収容所群島グーラグにイギリスは責任を認めろ」というプラカードを掲げていらっしゃいます。当時、植民地統治当局の役人だった人が「ケニアでの収容所群島グーラグにイギリスは謝罪を」と書かれたプラカードを掲げている写真もあります。

上の写真は carlosjwj さんが CC-by-nc で公開しているものです。4年前にナイロビで開かれた元マウマウ団員による告発集会のようすです。

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2011年 4月 9日 午前 01:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.08

電力の地産地消へ

GE to build nation's largest solar power plant - アメリカのゼネラル・エレクトリック社が米国最大の太陽光発電所を建設することを、7日、発表しました。同社は太陽光発電に6億ドル(約511億円)を投資することにしており、その計画の一部であるようです。

Solar panel melty by smatheson米国内最大といっても、まかなえる電力は8万軒ぶんということで、太陽光発電はまだまだだなあという感じです。 CdTe (= Cadmium telluride、テルル化カドミウム)という材質の薄型フィルムに基づいたソーラー・パネルが使われるようです。

技術的には日進月歩でしょうから、今では話が変わっているかもしれませんが、2年前に計算した時には、太陽光発電に必要な面積は原子力発電所の40倍でした(「太陽光発電所の大きさ」)。ただし、これは原発の稼働率を100%としての計算でしたから、実際の稼働率がその約半分であることを考えれば、太陽光発電には原発の20倍ぐらいの場所が必要になると考えられます。

これは、とりもなおさず、太陽光発電には集中的な生産方式が向いていないことを示していると思います。だれのもとにもふりそそぐ太陽の光は、一人ひとりのもとで活かされるべき、つまり、一軒一軒の屋根の上で電気に変えられるべきなのだと私は思います。電気の地産地消です(「地産地消」という言葉には、「東京で使う電気を福島に作らせるなよ」という批判も込めているつもりです。もちろん、これは関東に限ったことではなく、「大阪や京都のために福井に犠牲を強いるな」等にも言い換えられます)。

原子力への依存からは、電力会社や大企業も含め、人々の心は自由になってきたように見受けられますが、大規模、集中的な発電という呪縛からは、まだ解き放たれるに至っていないようです。どういう契機が必要なのだろうかと考えてしまいます。願わくば、東電福島第一原発のような壮絶なものではなく、穏やかな形で私たちが心を决められますように。

コネチカット州の民家の屋根のソーラー・パネルの写真は smatheson さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。コネチカット州はだいたい北海道南部ぐらいの緯度のところです。

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2011年 4月 8日 午前 12:00 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2011.04.07

植民地でやったことの責任

5年前に「マウマウ団訴訟」という記事を書きました。ケニアでイギリスからの武装独立闘争を闘ったマウマウ団(Mau Mau)の生存者がイギリス政府の非人道的な扱いを裁判で問うという話でした。今日ご紹介するのは、その話の続きだと思います。

mel and me by meaduvaKenyans sue UK for alleged colonial human rights abuses - 武装闘争が起こっていたころ、ケニアを植民地として統治していたイギリスは「マウマウ緊急事態」を宣言し、拘束されたマウマウたちは、正式な司法手続きなどを経ぬまま、収容所内で処刑、去勢、性的虐待、強制労働、飲食の禁止、暴行などを受けていました。これらのことは、証言の蒐集や公文書の情報公開などによって最近明らかになってきたようです。

イギリス政府は、マジェランアイナメ(Patagonian toothfish)という深海魚をめぐる判例を根拠に、植民地統治政府の行為に関する責任は独立後の政府に受け継がれると主張してきました。その一方で、植民地時代の公文書がケニア政府に渡らないように画策していたことも明らかになっており、その道義的責任が裁判で問われることになります。

マウマウ団の生き残りである原告の側には、デズモンド・トゥトゥ元大司教をはじめとする人権活動家が、「植民地統治政府の行為に関する責任は独立後の政府に受け継がれる」というイギリス政府の冷酷さ、無責任を強く糾弾する意見書が多く寄せられているようです。

イギリス政府の主張は、「国交正常化時に個別補償の権利はすべて放棄された」みたいなのと同等だと思います。これらの主張が認められない時代がやってきたと言えるでしょう。

ケニアの独立記念日のスナップショットは meaduva さんが CC-by-nd で公開しているものです。政府の間でわだかまりがあったとしても、人と人の間には堅い友情が存在するということを伝えたくて、この写真を選びました。

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2011年 4月 7日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.04.06

元に戻すべし

Returned Machu Picchu artifacts on display - ペルーの山あいにあるインカの遺跡マチュ・ピチュ。ここから持ち出された文化財が返還されつつあります。

TemStock - Sacred Ruins by Temari 09マチュ・ピチュはちょうど1世紀前にアメリカ人の Hiram Bingham によって発見され、彼がアメリカに持ち帰った遺骨、宝石、陶磁器などは、イエール大学が所蔵してきました。ペルーのガルシア大統領の介入などもあり、イエール大学は来年までに4万点の文化財をペルーに返すことに合意しました。そのうちの最初の数百点が首都リマで展示されています。

日本でも、朝鮮王室の文書類などを返還すべきか否かで議論になっていますが、植民地から、あるいは後に植民地になった国から列強が持ち出した物は元の国に返すべしという認識が世界では急速に形成されてきているような気がします。

マチュ・ピチュの写真は Temari 09 さんが CC-by-nc で公開しているもの。

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2011年 4月 6日 午前 12:47 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.05

命を賭けて

Exile students fast in support of students' fast in Tibet - チベットで先月、僧侶が中国のチベット政策に抗議して焼身自殺をしました。 Phuntsok さんという20歳のお坊さんだったそうです。「チベットで」と書きましたが、現行の行政区分で言うと、中国四川省阿坝アバというところです。記事では、 Ngaba 地方と書かれています。

阿坝草原 by liuyizll428彼の死の直後から、 Ngaba では、高校生たちがハンストを始めました。既に2週間以上続いていることになりますが、中国当局が生徒や教員らから携帯電話を没収したため、どのような状態に置かれているかは、詳しくは分からないそうです。

3日の日曜日、アバのハンストへの連帯のため、チベット亡命政府のあるインドのダラムサラでもハンストが行なわれました。ハンストは、ダラムサラ以外にも、インド各地、イギリス、アメリカ、カナダでも行なわれたそうです。

僧侶の焼身自殺と言えば、ベトナムの Thich Quang Duc さんが思い浮かびます。このブログにも、他にも焼身自殺を図った人のことを書いてきました。今年はもうこれで紹介するのは2人目になります。彼等の魂に「安らかに」と声をかけることは憚られますが、彼等の行動によって少しでも世界がよくなってきていることを伝えられるようになりたいです。

アバの美しい風景の写真は liuyizll428 さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。

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2011年 4月 5日 午前 12:58 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2011.04.04

原発事故から四半世紀

Milk, berries still contaminated from Chernobyl - Greenpeace - 環境団体のグリーンピースがチェルノブイリの原発事故後25年経ったウクライナ国内で農作物や酪農製品からいまだに放射性同位体が検出されると発表しました。今月19日にウクライナではチェルノブイリをめぐる国際会議が開催されるそうで、そこでこの調査結果も話し合われることになるでしょう。

Tyernobyl och Pripjat by henke放射性同位体(radionuclide)による汚染が確認されたのは、牛乳、乳製品、きのこ類、ベリー、根菜(ビーツなど)、ジャガイモなどです。検出されたのはセシウム137で、子どもないし大人の許容レベルを超える場合も多く見られたようです。調査は原発から60キロの立ち入り制限区域の外で行なわれました。

チェルノブイリ4号機では、爆発事故当時に作られたコンクリートの「石棺」が放射能を漏洩するようになったため、さらなる覆いを建設する必要があり、ウクライナ政府は6億ユーロ(約719億円)の支援を求めています。その一方で、ウクライナ政府は2年前にチェルノブイリ周辺での放射線レベル調査を打ち切っており、環境団体は、調査終了は時期尚早だとしてウクライナ政府の姿勢を批判しています。

東京電力の福島第一原発の事故は、チェルノブイリとは形態の異なる事故であったとは言うものの、チェルノブイリに匹敵する規模の核災害であることが明らかになってきました。チェルノブイリからの四半世紀で、人間の知恵も進化して、前よりもよい対処ができているのだと信じたいですが、それでもなお、25年後、「まだ危険が残っている」「覆いを補強しなくてはならない」などと話している自分たちの姿が見えるような気がします。

どうか一日も早く、安堵の息がつけるようになりますように。そしてもう一つ。チェルノブイリでは、放射線の脅威への理解不足のために、30名を超す作業員が亡くなったと言います。どうか、福島では、そんな「英雄」が生まれませんように。核を推進したい人たちが、事態をこれ以上悪化させないために、勇敢な犠牲者を募るでしょうけれど、そんな声に耳を傾ける必要はありません。核のイデオロギーは既に負けたのです。

チェルノブイリの原子炉跡を背景にガイガーカウンターを写した写真は henke さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。1.32 μSievert/時と表示されています。

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2011年 4月 4日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.04.03

投票のしかたを変えよう

Alternative vote system would see MPs denied 'jobs for life', says Dyke - イギリスでは、5月5日に重要な選挙制度改革に関する住民投票が行なわれるそうです。 Alternative Vote (AV、選好投票)というシステムを導入するかが決まります。

by jacksteruk309小選挙区(一人区)に4人が立候補している場合、有権者は、最も当選させたい候補に「第1希望」、それがだめだった場合に次に望ましい候補に「第2希望」、さらにそれでもだめだった場合の候補に「第3希望」のように書きます。

まず、各票の第1希望に沿って開票し、一番得票の少ない候補の落選が決まります。落選が決まった候補に投じられた票は、第2希望に沿って分配されます。その時点で、もう一人の落選が決まり、さらに再分配が行なわれて、最終的に一番票を多く(一人区の場合は、必ず50%以上の票を)得た候補の当選が決まります。

二大政党では担いきれない多様な声を小さな政党によって代表させることができるし、小政党に投じられた票も「死に票」になるわけではないという点で、けっこう興味深いやりかたかもしれません。アメリカの地方選などで既に取り入れられているところもあるようです。

これとちょっと違って、各有権者に10票を割り振り、1人の候補に10票投じてもよいし、1人に7票、もう1人に3票みたいに割り振ってもよいという投票のやり方もあります。これについて、ずっと前に書いたような気がするんだけど、検索に引っかかりません。うーん、ここに書いたのではなかったか。

写真は jacksteruk309 さんが CC-by で公開しているもの。1日に各地で行なわれた Yes to AV のイベントのようすです。

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2011年 4月 3日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.02

国旗を身にまとう非国民

Unpatriotic act? Jr NTR wears ‘tricolour’ on his boots - 以前も取り上げたことがあるのですが(「国旗と総選挙」)、インドでは国旗に対してしてよいこと、悪いことが厳しく法律で定められています。「三色旗」とも呼ばれるインドの旗の許されない使い方をしているとして、人気俳優に対する批難が起こっています。

Indian Flag at Sriperambdur by rednivaram問題になっているのは、Jr NTRの愛称で親しまれている Nandamuri Taraka Rama Rao, Junior さん。靴にインド国旗が描かれていたそうで、公の場で服などに国旗の模様をあしらうことを禁じた改正国家名誉毀損防止法(Prevention of Insults to National Honour (Amendment) Act, 2003。もともとは1971年に公布)の違反に問われています。記事によると、インドには、このほかに象徴及び名称(の不適切な使用禁止)法(Emblems and Names (Prevention of Improper Use) Act, 1950)、インド旗章法典(Flag Code of India, 2002)という決まりがあるようです。

インドの旗は私が敬愛するアンベードカルが考案したものだとも言われているので、大切にしたい気持ちは私も共有しているのですが、それを事細かにああしてはいけない、こうしてはいけないと法律で定めるのは果たして望ましいことなのでしょうか。

また、インドでは服に国旗を縫い付けたりするのが非国民的だとしても、他の社会では、愛国者気取りの人が我が物顔に旗の図柄を使います。インドとそのような国では「文化が違う」わけです。しかし、「文化」は国ごとに違っているのではなく、一人ひとりが違う文化の持ち主だと言うこともできます。そういう場で、一律に旗の扱いはこうあるべきだと押し付けるのも、窮屈なことだと思います。

インドの旗の写真は rednivaram さんが CC-by で公開しているものです。

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2011年 4月 2日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.01

原発は安全、核の傘で安心

悪夢のような3月が終わり、私はカレンダーを1枚めくりましたが、現実に悪夢に直面している人々には、何ら画期的な転換点ももたらさない日がまた始まったのでしょう。とても悔しいことです。

Anti AKW Demo „Fukushima mahnt – alle AKWs abschalten“ by fabnie昨夜の NHK のニュースでは、「国の規則では、被ばくを伴う作業を行う場合、作業員全員に線量計を持たせるよう事業者に義務づけて」いるが、「福島第一原子力発電所の復旧作業現場で、放射線の量を量る「線量計」が地震で壊れて不足し、一部の作業員の被ばく量の管理ができていないことが分か」ったと伝えていました(「一部作業員の被ばく量量れず」)。先日報道された「協力企業」の従業員に長靴も用意せずに放射性を帯びた水の中で作業をさせたことと言い、本当に人を人とも思っていないかのような資本家の傲慢に怒りを覚えます。

アメリカの海兵隊から、核兵器、生物兵器、化学兵器、爆発物などの処理を任務とする特殊部隊が日本に来ることになりました("U.S. military radiation control team to arrive in Japan soon")。自衛隊の折木良一統合幕僚長は「緊急事態への対応で、すぐに展開するわけではない」と語ったそうですが、今はもう緊急事態なのだとばかり思っていた小心の私はびっくりしました。

そもそも、なぜ米軍に来てもらわなければならないのか、つまり、なぜ被ばくが予想される作業に即応する態勢を自衛隊が組めていなかったかが不思議です。不十分な装備で現場に立たされてきた隊員の人たちが可哀想です。私は自衛隊の存在の法的根拠は薄弱だと思いますが、とりあえずその部分の疑問を棚上げするとして、自衛隊が市民を護る存在であるつもりならば、原子力発電所での災害でその活躍が期待されることは明らかだったはずです。また、北朝鮮が核を開発している、ミサイルを撃ってくるとか騒いでいたのはいったい何だったのでしょうか。政治家たち、特にかつての与党の自民党は、人々の不安を煽るだけで、核攻撃に対する備えはしていなかったのですね。

その一方で、自衛隊はステルス戦闘機の開発を進めてきたと言います("Japan stealth jet prototype set to fly in 2014")。もちろん、いくらでも理由付けはできるのでしょうけれど、「専守防衛」を旨とする自衛隊には優先度の低い持ち物だと思います。それよりも、核ミサイルが飛んできた時に助けてくれることを市民は期待していると思います。

「原発は安全」という嘘を繰り返しているうちに、すっかりそれが真実であるという自己暗示にかかってしまった東京電力。「アメリカの核の傘に入っているから安心」というはったりを繰り返しているうちに、安心しきってしまった自衛隊や自民党。これらの組織は、福島第一原発の悲劇で、自信過剰から目を覚ますでしょうか。私はとても悲観的です。

今はエネルギーの大量消費に依存した生き方を見直すいい機会ですが、たぶん、社会は方向転換をし損ねるでしょう。資本家も、政府も、原子力発電を捨てきれずに、その道を再び探るでしょう。自衛隊も、津波の被災地域に物資を届けた時の避難所の人々の感謝の言葉を忘れ、かっこいい軍隊になる夢に戻っていくでしょう。

4月1日だからと、風変わりなことを言おうと思ってもだめなのです。ここに書いたような情況が重い岩となって私たちを上から押さえつけているのです。それでも、私は、脱原発や平和をあきらめません。あなたもでしょう?

ドイツの脱原発デモの写真は fabnie さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。

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2011年 4月 1日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

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