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2011.03.21

国境線から幾千里のがれきの町に立つ

Serbian town offers Japanese children place to stay - チャチャク(Čačak)というセルビアの町が、被災した日本の子どもたちの疎開を受け入れる準備があると発表しました。不安に満ちた日々は子どもたちの心に傷跡を残しかねないから、社会が落ち着くまで、平和な環境に移したほうがいいという考えです。受け入れられる子どもの数は17人。チャチャクの町の郵便局の職員たちが援助を申し出ています。

supermoon by andre.vanrooyen旧ユーゴスラビア内戦、コソボをめぐるNATOによる軍事介入などで傷ついたセルビアです。悲劇を通ってきた者同士の連帯のようなものがあるのかもしれません。そして、日本がかつてチャチャクの病院建設を支援したことゆえの善意の連鎖があるのでしょう。

地震、津波、原発事故。本当に世界的な災害だったことを改めて認識します。各国で、危険な原発を止め、持続可能な経済を確立すること、民族間の反目を解消して戦争を防止し、子どもたちの悲しみを軽減すること。長期的には、そんなことが私たちにも希望を与えてくれるように思います。

満月の夕の写真は andre.vanrooyen さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

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2011年 3月 21日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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コメント

ああ!ユーゴの内戦!そう・・・あの悲惨な内戦からですら、人間は再び生きようと欲することができている。

ありがとうございます。なにか私の心に落ちるものがありました。
日本にいる私たちが、チャチャクの町の郵便局の職員たちのように立ち上がれないわけがないではありませんか。いま、総力を結集して勇気を広げてきましょう!

投稿: 主義者Y | 2011/03/21 3:20:55

主義者Yさん、

大変な日々を送っていらっしゃること、ブログにお書きになっていることを通じて、強く伝わってきます。

被災地から遠い西日本の人間がのんきに構えているように見えるでしょうし、実際にのんきではあるのでしょうが、それでもみんな、真剣に「何ができるか」を考えていると思います。

知り合いで20万円、寄付した人がいます。義援金受け付けの箱はいたるところにあり、多くの人が募金しています。直接効果はないかもしれませんが、店の照明を減らして節電するところも増えてきました。買い占めはほとんど起こっていないと思います。電池は、単1と単2は品薄ですが、売り切れたというより、店が被災地に回しているようです。ガソリンスタンドなどでの行列も見られません。

決して私たちは被災地のこと、首都圏のことを忘れていません。だから、どうか、がんばって!

投稿: うに | 2011/03/21 22:37:27

解き放て 命でわらえ!

セルビアの遠くから、しかも町の郵便職員さんたちが、日本の子供を救いたいと援助の申し出があるのですね!

世界に一気に沢山の友達が出来たような気分です。

私も、日本に生きて、足元を見つめ、さらにその先につながる国境線を超えた場所へも目も、心も向けたいです。

投稿: pianocrfaft | 2011/03/22 22:28:53

pianocraft さん、

「世界に一気に沢山の友達が出来た」。すばらしい表現ですね。

いろいろな形で手を差し伸べてくださる人々がいること、本当にうれしいです。

私たちも、福島の人たちに、そして世界の人たちに、いい友だちでありたいと思います。

投稿: うに | 2011/03/23 0:12:26

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