固有の領土ではないと彼女は言う
"Arundhati Roy faces arrest over Kashmir remark" (英ガーディアン紙)、"Arundhati Roy defends remarks on Kashmir" (ヒンドゥー紙)、"Pity the nation that silences writers: Arundhati Roy" (ヒンドゥースタン・タイムズ紙)。インドの作家アルンダティ・ロイさんが領土問題に関する発言で逮捕されるかもしれない状態のようです。
かねてから、ロイさんはインドとパキスタン、中国の間で領有権争いの続いているカシミール地方がインドの固有の領土(integral part)ではないと語っており(ここでも2008年8月に取り上げました)、それが扇動を取り締まる刑法124A条の違反に問われています。ロイさんは、これはカシミールの人たちが長年にわたって日々口にしてきたことであり、愛と誇りを持って、正義を求める発言なのだと述べています。「作家がその思うところを語るのを封じ込め、その一方で宗教的な対立による殺人、大量殺戮、大企業による詐欺、略奪、陵辱、そして最も貧しい人たちを餌食にするような人たちが自由に歩きまわれるような国家は嘆かわしい」とも。
私たちの国でも、北端や南端の先住民族を蹂躙し、同化することによって得た土地を「固有の領土」などと称し、それに異議を唱える人を売国だの国賊だの呼んだりしますからね。ロイさんの置かれた境遇はとてもよく分かる気がします。彼女の身の安全を祈り、彼女がその良心に従って行動し発言することを支持します。
Arundhati Roy さんの写真は jeanbaptisteparis さんが CC-by-sa で公開しているものです。
2010年 10月 27日 午前 12:00 | Permalink | この月のアーカイブへ
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コメント
国家という枠を否定はしないけど、「近代国家」というのは、あくまで近代にできた枠組みで人工のもの、約束事だとの感覚を持ちたいと思っています。
国土という領域も、大事にすることは否定しないけど、絶対視するのは違うと思う。
サハラ諸侯の国境線などみると、直線でいかにも人工的ですね。植民地時代ゆえでしょうが、ではマリやニジェールがチャドが日本やヨーロッパの国とはちがう特別なものというのもおかしい。
「カシミール紛争」はわたしの子どもの頃からありました。植民地主義の時代以降(第二次大戦後)の「国家」の枠組みを絶対視しないで、住民自治をうまく制度に入れる形で、普遍的、包括的な秩序は作れないものでしょうかね。
20世紀の「民族自決」原則ではやっていけない時代なら、次のステージが必要なのかも。難しそうですが。
投稿: kuroneko | 2010/10/30 10:46:47
kuroneko さん、こんにちは。
ものすごくゆっくりなのでしょうが、国家(民族国家)という仕組みは解体していくのでしょうね。東アフリカの人と話すと、経済共同体の構築にものすごく期待しているみたいだし、ヨーロッパの人からは「便利になった」みたいなことを聞かされるし。
その反面、国粋主義的な動きも強まるのでしょうか。まだ見ぬ将来への不安と、過去への郷愁を束ねる力というのも、必要とする人間が必ずいるということなのでしょう。
投稿: うに | 2010/10/30 23:33:36