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2010.10.21

空き缶

京都市議会で現在、空き缶回収禁止条例案が審議されています。分別ゴミで集積所に出された空き缶を持ち去ることを禁止するもので、空き缶を集めることで収入を得ているホームレスの人たちの生活を危うくさせるものだとして、多くの人が反対しています。

rollin' by Punchup20日の夕に、京都市役所で「人間の鎖」が作られました(反貧困ネットワーク京都のページ)。350人以上の人が手を繋ぎ、市役所の周りをぐるっと一周、完全包囲しました。私も参加しました。「人間の鎖」に加わるのは6年半ぶりです(前回、私が参加したのは、自衛隊のイラク派兵を阻止しようと、小牧基地を取り囲んだ時です)。

ゴミとして出された物とはいえ、勝手に取得するのはいけない、という原則論もあるとは思いますが、実態として、そうやって生計を立てている人がおり、その人たちが住処を持たない弱い立場にあるのだということを考えれば、単に空き缶回収の禁止を決めて、それで何かが解決したと考えるのはおかしいです。今、問題があると言うのなら、その問題がどうして起こったのかを見極め、結果としての現象を消し去ろうとするのではなく、その原因の部分を改善する努力をするのが社会の役目だと思います。

写真は Punchup さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。撮影場所はアメリカのミネアポリス、撮影日時は一週間前の10月13日です。

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2010年 10月 21日 午前 12:05 | | この月のアーカイブへ

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コメント

最近、夕方になると犬を散歩に連れて出るのですが、このあいだ、大量のアルミ缶を詰め込んだビニール袋を自転車に載せて運んでいる人とすれ違いました。このあたり(大阪は難波界隈の南詰め。つまり釜ヶ崎の近辺)では変哲もない光景なのですが、それがとてもショッキングだったのは、その人が腰の曲がったお婆さんだったということでした。自分の亡き母、私の姉妹、あるいは招来はそうなるとも絶対に限らない我が娘たちをそのお婆さんに置き換えて想像してしまい、とてもいたたまれない気持ちになってしまいました。だからといって、私ひとりの力でどうなる訳でもなく、つくづくあの人たちに眼の届く政治に見果てぬ希望を託すしかないのかと、ほとんど絶望的な気分になってしまったのです。

投稿: argon | 2010/10/23 1:29:52

argon さん、

お気持ち、とてもよく分かります。言い方は非常に悪いですが、「棺桶に半分足を突っ込んでいる」ような人が必死に今日一日の糧を得ようとしている姿や、まだ元気ではあるけれど、この人が病気に倒れた時に十分な蓄えはあるのだろうかと思うようなおじいさんおばあさんを見ると、このままではまずいなあと思います。でも、ここ十年ばかりでしょうか、反対の方向に急速に社会が動いてきてしまって、流れを押し戻すのは、とても大変そうです。

投稿: うに | 2010/10/23 22:55:53

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