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2010.10.19

名字が先か、名前が先か

New regulation to normalize spelling of Chinese name - 人民網英文版に出ていた中国語の表記に関する記事です。元の中文記事は新京報網の「人名拼音应“姓在前名在后”」。北京の中国人民大学で開かれたシンポジウムで李宇明さんという国家語委副主任に対して行なわれた取材に基づいています。

标语:释放Liu Xiaobo by jeanyimいくつかの話題が論じられていますが、最初は、中国人の名前をアルファベットで書く場合、姓を先に書くか下の名前を先に書くかで混乱が見られるとして、今後、国の規則によって姓が先という方式を確立させるとのことです。旬な名前を例にとれば、 Xiaobo Liu ではなくて Liu Xiaobo と書く、ということです。

記事の後半では、李宇明さんは、母語を大切にする精神が薄れてきているとして、入試で語文科目(中国語)を課さない大学があることを批判しています。シンポジウムでは、国語教育が弱体化している現状が明らかにされ、「いかに国語の授業を楽しくするか」について意見交換がなされたそうです。

「母語」と言う時、漢民族以外の少数言語はどう考えているのですかと、思わず問いたくなってしまいますが、中国語に関しても、「あれだけ大きくて強い国なのだから、心配ないのではありませんか?」と言いたくなります。

ちょっと話が逸れますが、私の職場では、どこの国の人かを問わず、「姓−名」の順にして名簿が管理されています。だから、西洋人だと「Lennon John」みたいに元の順をひっくり返して記載されたリストが届きます。で、姓だと思って呼ぶと、インドネシア人やアラブ人から「それは父の名前であって、私の名前ではない」と指摘されます。そんな時、(融通の効かない)名簿って、やっぱり管理するための道具なのかな、とか思ってしまいます。じゃあ、一人ひとりを支え、伸ばすための名簿ってどんな形になるのだろうと考えると、答えはないのですが。

写真は jeanyim さんが CC-by-nc-sa で公開しているもの。香港で今年の元旦に撮影されたもの。既に多くの人が論じているので、私が出る幕でもないと考えてしまうのですが、ここに書かれた言葉は私の願いでもあります。

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2010年 10月 19日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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