« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010.08.31

台湾にある猫の街

Cats are decayed Taiwanese mining town's 2nd life - かつては炭鉱の町として賑わっていた台湾の村。石炭より石油が使われるようになって、すっかりさびれてしまったが、最近では「猫の街」として注目を集め、多くの観光客が来るようになって、すっかり活気づいたという AP 電です。

20100828_nex3 (36) by 幾架Dこの「百猫街」は、台湾北部、台北市の東20キロあまりのところ(地図)にある侯硐(猴硐とも書かれる。 Houtong)という村です。台北から電車(宜蘭線)で行けるようです。行政区分は台北縣瑞芳鎮で、人口は200人ほど。もしかすると猫のほうが多いかもしれません。猫たちは、完全な野良猫というわけではなく、地域猫として村の人々が世話をしています。「猴硐百貓街」とか「猴硐貓村」と呼ばれます。

ネットでもいろいろと取り上げられています。うちの恩姫のような、どこにでもいるネコがたくさんいるようです。人に慣れているので、カメラを構えて近づいても逃げたりせず、猫じゃらしなどをかざす観光客とも遊んでくれるような愛想のいい猫もいるとのこと(中文 Wiki 「猴硐百貓街」)。

いいなあ、地域猫。村おこし、観光資源にするなんて、すごい。ぜひとも行ってみたいです。日本からも訪れたかたがいて、例えば "Be true to youself; be good to yourself. " というブログには、すてきな写真がたくさんあります。「地球の歩き方」サイトにも動画があります。ちょっとショックなのは、村の裏山を登ると、神社があるのです。うーん、侵略者たちは、いったい何をやってきたことやら。それとも、鳥居が残されているということは、植民地統治をも寛大に記憶してくれているのでしょうか。

ホウトンの猫の写真は幾架Dさんが CC-by-nd で公開しているもの。先週の土曜日に撮影されたものです。

このブログで

2010年 8月 31日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.08.30

高まる死刑廃止の議論

Abolish death penalty, it’s incorrect to take someone’s life, says Nazri - マレーシアでは、首相府所管大臣が死刑制度は廃止すべきだという見解を発表しました。「もし人の命を奪うのが誤りだと言うのならば、政府もそれをすべきではない。それは皮肉なことであり、正しくない。」 Nazri Abdul Aziz 大臣は、死刑が犯罪の抑止力になっていないことを指摘し、死刑廃止が政府内部で非公式に話し合われてはいるが、まだそれを実行しようという意志が生まれてきていないと語りました。

2008-08-23 - St. Joseph Museum [FlickrSet] - 0277 by smiteme記事は、高等裁判所の元判事や Suhakam (マレーシア人権評議会)議長、そして弁護士会副会長などの死刑廃止を支持する意見を紹介しています。弁護士会の Lim Chee Wee 副会長は、「死刑は復讐を行なうための罰であるが、社会はもっと思いやり深くなることを学ばねばならない」と語っています。

マレーシアは殺人のほか、麻薬売買などにも死刑を適用していますので、そこらへんで改良の余地があるとも思いますし、通常の司法制度と並立してイスラム法(シャリア)に基づく裁判制度もあり、そこで鞭打ち刑などが申し渡されるところの残虐性についても考えていかねばならないとは思いますが、政府や司法に関わる人たちの多くが死刑反対を唱えていることには、羨望せざるをえません。

わたしたちの国でも死刑制度の是非が時々話題になります。このあいだニュースを見ていたら、死刑制度の存続を望む人が挙げる最大の理由が「被害者らの気持ちが収まらないから」だと紹介されていて、私は全く理解ができませんでした。殺された人の遺族の気持ちが収まらないなら、それはその人たちの精神面でのケアが十分ではないことを示しているのであり、死刑を行なわなければならない理由には全くなっていないと思います。まあ、世論調査の選択肢のたてかたがおかしいだけなのかもしれませんが。

写真は、アメリカのカンザスシティーにある博物館の展示だそうです。説明に、かつては、気の狂った女の人を町の広場で焼き殺すことがおかしいとはだれも思わなかったと書いてあります。 smiteme さんが CC-by-nc-nd で公開しています。

このブログで

2010年 8月 30日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2010.08.29

牛乳と差別

Austrians oppose milk cartons in Turkish - オーストリアの NÖM (ニーダーエスターライヒ乳業社)という会社がトルコからの移民が多く住んでいる地域のスーパーマーケット向けにドイツ語とトルコ語の2言語で表記したパッケージの製品を売り出したら、トルコ系ではない住民から強い反対運動を起こされているという、トルコのヒュリエット紙英語版の記事です。

Kakaomilch von NÖM by Aaron TD人口830万のオーストリアでトルコ系住民は24万人。何かと極右勢力の攻撃の的にされてきました。右翼が唱えている2言語表示反対の主な根拠は、トルコ語を通用させたら、トルコ系住民はドイツ語を学ばなくなり、隔離した社会を作ってしまうから、というものだそうです。

オーストリアの新聞 Kurier の記事 "Aufregung um "Türk-Milch" aus NÖ" や der Standard の ""Türk-Milch" der NÖM erhitzt Gemüter" などによると、2言語表示ではなく、トルコ語のパッケージ("Milch" の代わりに "Süt" と書いてある)なのかもしれません。おびただしい反対の意見は「愛国者」を名乗るごく一部の人たちから来ているようだとも書かれているようです(自動翻訳を使って読んでいるのですが、NÖM 社の広報担当である Maria Kitzler さんの名前とかがちょっとびっくりな訳になって出てくるので、信じていいものか不安です)。

私たちの国では、食料品のラベルに韓国語や中国語、英語などが書いてあったからといって、不買運動が起こったりはしませんから、「ああ、この国に生まれてよかったなあ」と思います。そして、努力無しには、そのようないい社会を維持していけないことも分かっていますから、私たちの社会を貶める偏狭で下劣な考えには、しっかりと対峙していこうと思います。

NÖM 社のココア牛乳(ドイツ語パッケージ)の写真は Aaron TD さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。トルコ語のパッケージの写真は Kurier 紙、 der Standard 紙の記事にあります。

このブログで

2010年 8月 29日 午後 10:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.28

学生運動で政府が政策を転換

Government scraps plans to cut back student housing benefit - フランスでは、サルコジ政権が提案していた大学生向け資金援助の削減が、学生組合などの反対によって撤回されました。

Manifestation universitaire Nantes by manuel | MCこれまでは、大学生は月に€248(約26,800円)の家賃援助(APL = aide personnalisée au logement)を支給されると同時に、親元で住民登録をすることによって、親が税の扶養控除を受けることができていました。政府の打ち出した改革では、この二つの給付を併用することができなくなるはずでした。

学生組合(UNEF)は、大学生をかかえる家庭の80%が扶養控除を受けていて、学費免除の対象とならない家庭にとっては家賃補助が国からの唯一の援助となっており、その撤廃は中流家庭にとって大きな負担となると論じていました。大学で学ぶのにかかる費用はこの一年で4.3%、パリでアパートを借りる費用は8.1%上がったとも書いてあります。

私が知り合ったフランスの学生たち、つまり日本に留学しに来ている学生たちは、「若者は政治には無関心です」と言う人ばかりなのですが、新聞記事を見ると、けっこうデモやストなどの行動も盛んだし、それなりに成果を上げていますよね。どんな感じなんでしょう。

写真は UNEF 主催の学生デモのようす。ナント大学の学生たちだそうです。横断幕には「学ぶのは特権ではなく権利である」と書かれています。 manuel | MC さんが CC-by-sa で公開しています。

このブログで

2010年 8月 28日 午前 12:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.27

ネットで極右が跋扈

Neo-Nazis at an all time high on the Internet - ドイツでは、インターネット上でネオナチが攻勢を強めているというドイチェ・ヴェレの記事。 jugendschutz.net という青少年の保護を目的とした青少年省の外郭団体によってまとめられた報告書に基づいています。

silvio-meier-2008-29 by Björn Kietzmann報告書によると、ネオナチのネットワークサイトは一年間に3倍に、右翼のドイツ国家民主党(NPD = Nationaldemokratische Partei Deutschlands)のウェブサイトは8倍に増え、また Facebook や YouTube などにも国粋主義的な文章、画像などが載せられているのも見つかっています。内容はことごとく外国人排斥的、反ユダヤ的、人種差別的で、子どもの童謡の替え歌などもあるそうです。表立って暴力を扇動するものもありますが、一見しただけでは差別性が分かりにくいものもあるそうです。ネオナチによるブログなどの読者は1万人ほどと見られているとのこと。

差別的なサイトの閉鎖などを地道に働きかけることにより、5分の4程度のサイトは撤去されるそうです。また、右翼に染まった子どもの親が匿名で相談できるサイトが設けられていて、洗脳から青少年を奪還することに成功した例もあることを記事は紹介しています。

おそらく私たちの社会では問題はもっと深刻だと思います。政治とか社会をテーマとしたブログのランキングとかを見ると、国粋主義的なものばかりですよね(数少ない良心的なブロガーのみなさん、がんばってください)。外国籍の人たちを集団で罵倒しているようすのビデオなども数多く見られます。国や地方自治体は、セックスに関連することがらへの取り締まりには、やけに熱心なわりに、もっと人の心を蝕み歪める憎悪や侮蔑に関しては、全くの野放し状態だと言えると思います。これは何とかしなくてはなりません。

写真はネオナチへの対抗デモのものです。国粋主義者たちによって外国人が殺害された記念日に「哀悼から怒りへ」(Aus Trauer wird Wut)という横断幕を持って行進しています。 Björn Kietzmann さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

このブログで

2010年 8月 27日 午前 12:00 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2010.08.26

袋の農園

Growing vegetables in sacks to beat hunger and make a shilling - ケニアでは、耕作できる土地が不足しているため、都市部などで、穀類や豆類などを運ぶ大きい麻袋に土や堆肥を入れて野菜を育てる人が増えているとデイリー・ネーション紙が伝えています。水と日当たりさえあれば小さな場所で野菜を作ることができ、雑草取りなどの手間も小さく、非常に安上がり。青物が値上がりしている昨今、これで一家の食べる野菜をまかなっている人も多いとか。

Women from Soweto Forum showing their urban garden by The Advocacy Projectシモラテワ刑務所では、受刑者たちが袋で野菜を育て、簡単な農業の知識を身に付けて社会に帰って行くほか、刑期中の自分たちの食べる野菜をまかない、また売って利益も上げているとのことです。

記事中に出ていた野菜の物価は、 sukuma wiki (ケールみたいな青菜。アメリカで collard という名で売られているものと同じだと思います。写真。こういうふうに食べるらしい)が1キロで60シリング(約63円)、玉ねぎが1キロ100シリング(約104円)、トマトが1キロ120シリング(約126円)でした。これで高値なんですね…(溜息) 私の住んでいるところでも、最近、野菜がものすごく高いので、真似してみようかと思ってしまいます。

ところで、土地が足りないと言いますが、単純に人口密度だけで比べると、日本が1平方キロあたり336人、ケニアが68.6人です。人が住めないところにも均質な密度を仮定しての数字なので、あまり役に立たないですね。

写真は、ケニアの首都ナイロビのスラム街キベラで、袋農法で野菜を育てている人たちです。 The Advocacy Project が CC-by-nc-sa で公開しています。

このブログで

2010年 8月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.25

モスクワの歌声

Russians hear rocker's quiet protest - 22日の夜、モスクワの中心部で大きな集会が開かれたそうです。最近のモスクワではまれに見る規模の集会だったとのこと。高速道路建設に伴い森林が破壊されるのに抗議して2千人あまりが集まりました。

ЮРИЙ ШЕВЧУК/JURY SHEVCHUK by Tonny B Goood集会では、ソ連末期から反体制的な歌詞の音楽で活動を続けてきたユーリ・シェフチュク(Юрий Шевчук, Yuri Shevchuk)さんが歌いました。当局が音響機器の使用を認めなかったため、マイク無しで歌ったと記事は伝えています。シェフチュクさんは、DDT (ДДТ)というロックバンドのボーカルです。バンドのサイトでいくつかの曲のビデオを見ることができます。 YouTube にも曲があります。「カチューシャ」とか「トロイカ」のような歌あり、ドアーズのジム・モリソンみたいな曲ありです。

集会に参加した人権団体モスクワ・ヘルシンキ・グループ(МХГ = Московская Хельсинкская группа)のリュドミラ・アレクセイエバ(Людмила Алексеева, Lyudmila Alexeyeva)さんは、集会が予想外に大きな規模で開かれたことについて、ソビエト崩壊のころには遠く及ばないものの、市民による政府批判が近年、強まってきていることの証だと述べています。

写真は昨年10月のコンサートで歌うシェフチュクさん。 Tonny B Goood さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

このブログで

2010年 8月 25日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.24

野良猫の街

Cat culture thrives in Istanbul - なぜか突然、イスタンブールには野良猫が多いという AP の記事。野良猫が愛されるのは、イスラムの寛容の精神とヨーロッパの動物愛護の考えが混じりあった土地だから、と紹介されています。

by ullllsuボスポラス大学は、だれかが食べ物をあげたり引き取ったりしてくれるのを知っているから、猫が捨てられていくことも多いそうですが、そうやって住み着いた猫たちが教室にも入り込んでうろうろしているのだそうです。私の職場にも猫がいますが、教室までは入って来ません。

20世紀後半に急速に発展したイスタンブールには、gecekondu と呼ばれる安普請の住宅が多くあり、そこの人たちがペットを飼うかわりに近所の猫たちを可愛がるのだ、とも書いてあります。「猫を殺してしまったら、モスクを建てなければアラーは許してくださらない」ということわざもあるそうです。

今月、イスタンブールではバスケットの世界選手権が開かれます。そのマスコットは「バスキャット」という白猫。右目が緑、左目が青です。あまり可愛くないと思います。

「猫」、「イスタンブール」で検索すると、本当にたくさんの写真が出てきて、どれにしたらいいか迷ってしまいます。上の写真は ullllsu さんが CC-by-nc-sa で公開しているもの。タクシム広場あたりでしょうか。

このブログで

2010年 8月 24日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.08.23

萌えない最低賃金

Cambodian maids fill Indonesian void - 数日前の記事ですが、マレーシアでカンボジア人のメイドさんが増えていると伝えています。マレーシアでは、従来、お隣のインドネシアからメイドさんが出稼ぎに来ていましたが、昨年6月、最低賃金や休日の保証などを求めてインドネシアがメイドの渡航を禁止して以来、その空きを埋めるべく、カンボジアからの出稼ぎが増えているようです。

AOF 2009 by jekert gwapoかつては、インドネシア人のメイドさんが20万人ほどいて、毎月4千人から5千人が新たに連れてこられていたのに対し、カンボジア人のメイドさんは全部でも2千人から3千人くらい、月あたりでは400人から500人に過ぎませんでした。それが現在ではカンボジア人のメイドさんは全部で2万5千人ほどになり、毎月3千人が新たにやって来るようになりました。

Maids from Timor Leste an option, says Dr Subra - こちらは昨日の記事で、マレーシア人材省の大臣がメイドさんの代替補給源として東ティモールの名を挙げたことを伝えています。記事はまた、現在のメイドさんの主な出身地として、カンボジアのほか、スリランカとフィリピンを挙げています。

今日、メイド問題についてマレーシアとインドネシアの政府代表による話し合いが持たれるようです。インドネシア側は800リンギット(約21,790円)の最低賃金の設定を求めていますが、マレーシア側はそれに応じず、あくまでも市場原理によって賃金が設定されるべきだとの構えを崩していません。

関係各国の一人当りGDPは、マレーシアが約7,000ドル、インドネシアが約2,300ドル、スリランカが約2,000ドル、フィリピンが約1,700ドル、カンボジアが約700ドルです。日本は約40,000ドルです。

写真は「メイド」「フィリピン」で探したら出てきたものですが、たぶん、本職のメイドさんではありません。マニラで開かれたアニメ・フェスティバルでの撮影。 jekert gwapo さんが CC-by で公開しています。

このブログで

2010年 8月 23日 午前 01:47 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.22

大学の復興

Rajya Sabha approves Nalanda university Bill - インドのビハール州ナーランダに国際大学を設置する法案をインド上院(Rajya Sabha)が可決しました。1,600年ほど前に僧たちが仏教の教義を深める場として世界最古とも言われる大学がおかれていたナーランダに大学を再び創ろうという話は5年ほど前から出(たり消えたりし)ていましたが、これで大きく前進したのかもしれません。

Nalanda Buddhist University Ruins by Hyougushiナーランダ大学構想には日本政府も参加しており、初代学長にはあのアマルティア・センさんが就任することになっています。当初は、2009年か2010年ごろに開学という話だったと思うのですが、これでようやく認可が降りたという感じでしょうか。校舎などもこれから図面をひくのでしょうから、いつ一期生を受け入れることになるのか、まだまだ分かりません。

国会での審議では、アジアのルネッサンスを象徴するこの大学が仏教の研究をその使命とするのか、それとも "Buddham sharanam gachchami" (南無帰依仏 = 私は仏に帰依し奉る。仏法僧という三宝への信仰告白の一節。インド映画のスーパースター Amitabh Bachchan さん主演の映画の題名でもある)と唱えるだけでなく、21世紀にふさわしい学問を扱うべきなのかなどについて、議論が戦わされたそうです。

ナーランダ大学遺跡の写真は Hyougushi さんが CC-by-sa で公開しているものです。

このブログで

2010年 8月 22日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.21

結婚執行人の過ち

Invalid vows put weddings in doubt - 私たちの国では「結婚なんて、紙切れ一枚のこと」という表現を使うことがありますが、オーストラリアでは婚姻届という紙切れよりも、結婚を宣言する法的な立会人の発言が大切なようです。その立会人が間違った言い回しを使っていたために、自分たちは結婚したと思っていた何千組もの夫婦が実は法的には結婚していなかったことが明るみに出たそうです。

... in sickness and in health, and... WHATTHEHECK?!! by PacoAlcantaraオーストラリアでは、連邦の婚姻法(Marriage Act 1961)に基づき、結婚執行人(celebrant)の資格を持つ者が予め定められた文章を発話することによって、婚姻の法的な効力が生まれるのだそうです。しかし、2003年に規制緩和が実施された結果、十分な能力を持たない結婚執行人が世に出ることとなり、その人たちが法規から逸脱した表現を用いて式典を執り行なっていることが、サンプリング調査で分かりました。

例えば、結婚の誓いについては、結婚執行人は新婦や新郎に対して「ここに列席する人たちに私○○があなた××を私の法的な婚姻による夫(妻)とすることの証人となることを求めます」と言わせなくてはなりません。この文章の中で、「人たち(person)」は「人々(people)」と言い換えることは許されていますが、「家族や友人たち」と言い換えることは許されていません。また、「法的な婚姻による夫」は「法的な夫」や「婚姻による夫」と言い換えることはできますが、単に「夫」だけではダメなのだそうです。でも、それを意識せずに、無効な表現のまま繰り返させている場合が多いようです。

喜劇映画なら、この新聞記事を読んで小声で「イエス!」とか言いながらガッツポーズをする人がここで映りますよね。それにしても、言葉がこんなに重いものだとは思いませんでした。

上記の誓い以外に間違いが多いのが、警告(monitum)と言われる部分。婚姻法46条によると、結婚執行人は「私は法律によって、法に則った結婚を厳粛に執り行なう権威を与えられています。私のもと、そしてこれら証人たちのもとで結婚によってあなたたちを結ぶ前に、あなたたちが入ろうとする関係が荘厳かつ拘束力を持つことを思い起こさせねばなりません。結婚は、オーストラリアの法律によれば、一人の男と一人の女が、他のだれの入り込む余地もなく、自由意志で、一生涯結ぶ交わりです」と述べなくてはならないそうです。

「一人の男と一人の女」の部分を「二人」などと言い換えてはいけないとのこと。心を波立たされます。

写真はオーストラリアの結婚式の一場面。屋外で行なわれた結婚式。赤い服の結婚執行人が誓いの言葉を述べさせていたら、空からパラグライダーの人たちが祝福に降りてきて、式が中断されたところだそうです。 PacoAlcantara さんが CC-by-nc-nd で公開している写真です。

このブログで

2010年 8月 21日 午前 01:41 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.08.20

増える中国語学習者

Au Cameroun, les cours de chinois font le plein - カメルーンでは中国語のクラスは満員御礼。3年前、地中海沿岸以外のアフリカ(原文は「黒い、フランス語圏のアフリカ」)で初めての孔子学院がカメルーンの首都ヤウンデ(Yaoundé)に作られて以来、中国語を学ぶ人は増え続け、今ではカメルーン国内の7か所に置かれた教室で2,000人もの人たちが中国語を勉強しているそうです。

Yaounde scenes1 by Bad Jim現地に進出している中国系企業や中国の投資プロジェクトで働きたい、奨学金をもらって中国に留学したいなどが動機として挙げられています。「子どものころからまんがが好きで、東洋に興味を持っていたから」と語る人などは、潜在的な日本語学習者だったのに、さらわれてしまった感じでしょうか。

かつての宗主国フランスも、「フランス語離れ」に危機感をいだき、e-ラーニングによるフランス語教育などに乗り出しているようです。

私たちの国の紫式部構想はどうなったのでしょう… 末期だった自民党政権が思いつきで打ち出したようなものだから、しかたないのかもしれないけど、仕分けされちゃったのかなあ。日本企業が外国語母語話者の採用などに使ってきたBJTビジネス日本語能力テストも、民営化を経て、中止とのこと。社会全体の衰退を顕著に反映しています。

ヤウンデの街の写真は Bad Jim さんが CC-by-nc で公開しているものです。

このブログで

2010年 8月 20日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.19

基地合意は違憲

Court rules against Colombia-US base accord - 南米コロンビアの憲法裁判所が、昨年10月にウリベ政権がアメリカとの間で結んだ基地提供の合意が違憲であるとの判決を出しました。

by  l u i s g o m e zウリベ前大統領らは、この合意はそれまでに結ばれていた協定の部分修正であるので国会での承認は必要ないとしていましたが、国会承認が必要であるとする弁護士団体が提訴し、今回その主張が認められたものです。

合意は、反米姿勢を強める隣国ベネズエラを牽制するために結ばれたものですが、ウリベ政権で防衛大臣を務めていたこともあるサントス新大統領は、対米合意が「麻薬密売やテロとの戦いにおいて重要」と主張していました。しかし、大統領就任後は、ベネズエラのチャベス大統領との関係修復を重要視しており、今後、基地問題にどのように取り組むかは不明です。

普天間の辺野古移転に関する合意も、国会の承認とかが必要なのでしょうか。もう合意が成立しているように思っていたので、コロンビアの話はかなり新鮮に感じました。

写真は「アメリカよ出ていけ」と書かれたボゴタ市内の落書き。 JUCO とは、コロンビア共産党(Partido Comunista Colombiano)の青年組織 Juventud Comunista Colombiana の略称のようです。 l u i s g o m e z さんが CC-by-nd で公開しています。

このブログで

2010年 8月 19日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.08.18

生神女就寝祭

Peace marks historic mass at Sümela Monastery - トルコ北東部、黒海沿岸の都市トラブゾンで、15日、正教会(東方教会)の歴史的なミサ(聖体礼儀)が催されました。かつて正教会の僧院であったスメラ(Sümela)に数十年ぶりに信者たちが戻ったのです。

Sumela (8) by GoGap1923年にトルコ共和国が生まれた後、トルコとギリシャの間で住民の「交換」が行なわれ、キリスト教徒たちがトラブゾンから去っていったため、スメラ僧院も宗教施設として使われることがなくなり、もっぱら観光名所として存在してきました。

この日、イスタンブールを座とする正教会のコンスタンディヌーポリ総主教ヴァルソロメオス1世(Fener Greek Patriarch Bartholomew)が司り、生神女就寝祭しょうしんじょしゅうしんさい(神の母マリアの亡くなった日の祝い。カトリックの聖母被昇天に相当。 Feast of the Dormition of the Theotokos)が祝われました。昨年まで、トルコ政府はスメラ僧院の使用を認めてきませんでしたが、少数者の保護を含む民主化政策の一環として、今年は奉神礼を行なうことが許可されました。

右翼の国粋主義者たちの妨害が懸念されていましたが、無事に祝祭が執り行われたようです。総主教が説教の中で、そしてエルドアン首相も報道陣へのコメントの中で、寛容の精神の必要性を語っています("Turkish, Greek PMs issue messages of fraternity after Mass")。

多様性を尊重し、少数者をしっかりと支える文化がトルコに、そして私たちの国にも強く根付きますように。

スメラ僧院の写真は GoGap さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。

このブログで

2010年 8月 18日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.17

旅の総括

カラカスのショッピングモール

旅行から帰ってきて、もう1日半になりますが、なかなか日常に戻れません。と言うか、何か旅行の「総括」をしたいのだけど、今ひとつ、学ぶものの少なかった旅で… 上べだけを見てきてしまったと言うか… すごく楽しかったので、それでいいと言えばそれまでですが。

ベネズエラもエクアドルも、ショッピングモールは巨大だし、スーパーマーケットには物が溢れかえっているし、人々も気軽に旅行をしているようだし、本も数多く出版されているみたいだし、車も多いし、携帯電話もかなり普及しているし、けっこう豊かな国だなあと思いました。堅調に中流階級が形成されている、という感じでしょうか。

インドやキューバでは、貧しさや困窮が否が応でも眼に入ってきますが、そういうことがなかったのが、「上べだけを見た」ように感じさせるのかもしれません。インドでだって、上べしか見ていないのですが、衝撃が強い。ベネズエラとエクアドルでは、そういうショックが少ないということなのかな。

1人あたりの GDP で比べると、日本が約40,000ドル、ベネズエラが約12,000ドル、エクアドルが約4,000ドルなのですが、エクアドルの人たちが日本の10分の1の経済力しか持っていないようには見えませんでした。ベネズエラが日本の3分の1以下というのも、ちょっと意外です。1人あたり GDPの数値上は、ベネズエラはポーランドとほぼ同列、エクアドルはイラン、ペルー、タイとほぼ同じです。ここらへんは納得がいく気がします。何かいい指標があるのかなあ。

どういうところを見たら、その社会のことがしっかり分かるようになるのか、まだ自分にはそういう観察眼が全くないのだということが分かったのは、収穫だと言えるかもしれません。

写真はカラカスのショッピングモールです。

このブログで

2010年 8月 17日 午後 04:28 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.14

帰り道

キトのバス

時間もお金も尽きたので、帰途につきました。残念ながら、ガラパゴスには行けませんでした。現在、アトランタで乗り継ぎの飛行機を待っているところです。

写真はキト市内を2両編成で走るバスの乗車口です。ガラス窓の付いたドアの外側の下のほうにもう一つ鉄板があるのが分かるでしょうか。バスが停留所に着くと、この鉄板がバタンと降りてきて、歩道と車体の隙間を埋めるスロープになります。車いすの人が一人で乗り降りするのは無理だと思いますが、介助の人がいれば、すごく楽だと思います。日本でも電車にこういうのを取り付けるといいですよね。

去年ペルーに行った時に「スペイン語が話せるようになりたい」と書いていて、その後、何も勉強しなかったのが恥ずかしいです。今回は一念発起、子ども用の辞書と、聖書を子ども向けに書き直したものを購入しました(私、信者ではありませんが、聖書には慣れ親しんでいるので、たぶん読み解けると思います)。次にスペイン語圏に来る時には、体験できる世界が広がっているといいのですが。

このブログで

2010年 8月 14日 午後 10:07 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.08.13

キトより(2)

オタバロ

今朝(12日、木曜日の朝)、キトから140キロほど離れたところでマグニチュード7.2の大きな地震がありました(ウニベルソ紙 "Temblor se sintió en todo Ecuador")。震源が深かったのと、人口の少ないジャングル地帯だったため、幸い、大きな被害の報告は出ていないようです。私は気がつかなかったのですが、私が話した人には、揺れで目を覚ました人もいました。

昨日は隣国コロンビアの首都ボゴタで爆弾騒ぎがありました(9 heridos tras explosión cerca de radio Caracol en Colombia)が、エクアドルはいたって静かです。

英語が話せるエクアドル人と話していて、突然、エクアドルが2年前に米軍基地を撤去させたことを思い出しました。その人は空軍の将校の息子で、アメリカにも住んだことがあり、小さな会社を経営していて、コレア大統領の社会主義路線には強い不満を抱いている人なのですが、その彼にしても、アメリカ軍がいなくなったのはとてもいいことだと思うと言っていました。エクアドル政府が基地の閉鎖を求めたのは、米兵が殺人事件を起こしたことと、基地の近くの女性たちとの間に子どもをもうけても認知せず、養育の義務も果たしていない兵士が数多くいたことが原因だそうです。彼の話では、基地を抱える地域だけでなく、国中の人がこれらのことでアメリカに対して怒っているようです。

ここまでの文章と全然関係ありませんが、写真は、キトから車で2時間ぐらいのオタバロ(Otavalo)という町の青空市場のようすです。女の人が着ている白と黒は、この地方の先住民の伝統衣装だそうです。

このブログで

2010年 8月 13日 午前 11:48 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.12

キトより

闘牛反対

カラカスからキトへの移動は、直行便ではなく、コロンビアのボゴタ経由でした。先月、ベネズエラとコロンビアが国交断絶したので本当に飛行機が飛んでいるのか心配だったのですが、何の影響もないようでした。単純に比較できるわけはありませんが、日本だったら、国交のない国に行こうにも、万景峰号は入港禁止になっているそうですから、物事のやりかたにもいろいろあるのだなあと思いました。

キトは標高2,800メートルぐらいで、今回は高山病の薬は飲みませんでしたが、大丈夫でした。でも、信号で走ったりすると息が切れます(ふだん、毎週30キロぐらい走っているので、体力の問題ではないはずです)。

着いてまだ24時間にもならないのですが、もうずいぶん長い時間ここにいるような気がします。去年行ったペルーのクスコに似ている(同じようなかっこうの先住民の人たちが歩いているというだけですが)とか、ベネズエラに比べて人々が愛想がよい(目が合うと会釈を交わしたりします)とかのせいでしょうか。

写真は、大統領府の前で抗議行動を行なっていた動物愛護団体の人たちです。エクアドルにも闘牛があるそうで、それが虐待にあたるとして、闘牛の廃止を訴えています。私も動物の権利を支持しますと伝えたら、喜んでいました。日本の抱える問題であるクジラやイルカについて、私は何もやっていないので、恥ずかしいかぎりですが。

このブログで

2010年 8月 12日 午後 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.11

潮風の街から

コロ

ベネズエラ西部、カリブ海に面した田舎町コロです。Coro はベネズエラの最初の首都だったところで、土作りの古い建物が残っていて、世界遺産に指定されているのですが、観光はあまり盛んではないらしく、外国人観光客はとても少ないようです。 Coro とは先住民の言葉で「風」の意味だとか。

キューバのトリニダー(Trinidad)という町に雰囲気がよく似ていました。ここでは、トヨタなどの小型車に混じって、すごく古い車(1960年代のアメリカの大きな車)がまだ走っています(首都カラカスは比較的新しい車ばかりでした。カナイマ国立公園の中ではトラックしか見かけませんでした。観光客もトラックの荷台で輸送されます)。

コロの近くには Zona Libre de Paraguaná という経済特区があって、消費税抜きで物が買えます(普通は消費税率12%、ただし食品や衣料品の一部の必需品は免税のようです)。数か月前にできたという趙近代的なショッピングモールに行きました。私の地元の京都駅前にも最近ショッピングモールができたのですが、それとは比べものにならないぐらい立派でした。これはどう考えても社会主義ではないよなーとか、チャベスの政策が悪くて経済が停滞していると言うけど、ここは賑わっているよなーとか考えます。

これからエクアドルに移動します。3年前、市場原理主義的資本主義に敢然と闘いを挑んで大統領に選出されたラファエル・コレアが率いる国です。

このブログで

2010年 8月 11日 午前 01:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.08

川を上って

アンヘルの滝

昨日行った滝からさらに40キロほど上流にあるアンヘルの滝(Salto Angel, Angel Falls)に行きました。落差が大きいことで有名な滝です。モーター付きのボートで3時間ほど川を上り、その後は1時間半ほど山道を歩くと、見晴らしのいいところに出ます。

とにかく雨期なので、土砂降りの雨でした。ずぶ濡れになってボートに乗っているのは、かなり惨めに感じました。時々、川の水思いっきり浴びることになるし。雨の中の岩と落ち葉と水たまりの山道もとても大変でした。私は二回、見事に転びました。で、見晴らしのいいところに着いても、滝は霧に包まれていました。何のために、何を求めてこんなことをやっているのだろうと思ってしまいます。それでもツアーが商売として成り立つのだから、人間って物好きなものです。

エンジェル・フォールズには陸路では行けないみたいなので、周辺は「未開の」熱帯雨林ということができると思います。興味本位でずけずけと入って行った者が言うべき言葉ではないかもしれませんが、どうか、開発されず、自然が保たれるといいなと思いました。

このブログで

2010年 8月 8日 午前 11:08 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010.08.07

滝に打たれて

サポの滝

カナイマ国立公園というところに来ています。ジャングルの上をセスナ機で飛んで来ました。茅葺き屋根の小屋に泊まっています。電波の届く会社もあるみたいですが、私の携帯は圏外です。でも、こんなところでもネットが通じていました。速度からすると、ISDN かもしれません。

写真はサポの滝(Salto el Sapo)です。この滝の裏側を歩いて渡りました。濡れてもいい格好をしてはいったものの、「濡れてもいい」じゃなくて、ずばり水着で行くのが正解です。9割がたの人はそうしていました。今が雨期なので特に水量が多いのだと思いますが、激しい台風の中、岸壁にいるような感じで、あらゆる方向から水に打ちのめされました。水の圧力で風も起こるのですね。息が出来ないくらいでした。

それにしても、熱帯って言うのに日本より涼しいのはどうしてなのでしょう。気候変動で近年こうなったというのなら、それは恐ろしいですが、おそらく昔からこのようなものだったのだろうと思います。つまり、熱帯というものがどのようなものであるか、特に自分たちに親しみ深い気候との比較において、私たちは正確に理解してこなかったのだろうと思います。国粋主義者たちの排他的な考え方なども、こういった私たちの認識のあやふやさに付け入って、広がっているのかもしれません。

このブログで

2010年 8月 7日 午前 10:05 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.08.06

カラカスより(2)

カラカスの霊廟

写真はカラカスの国立霊廟(パンテオン)で、シモン・ボリバルの墓の前で兵隊と写真を撮る家族です。兵隊も記念写真を撮っていたので、仕事中ではなく、ここを訪ねてきたのだと思います。旗は入り口で売っていました。この左手の壁に、先月ここでも書いたボリバルの愛人かつ同志であったマヌエラ・サエンスの遺灰を入れた新しい箱が置いてありました。

チャベス政権のプロパガンダのようなものは、皆無ではないものの、思ったほど多くありませんでした(ボリバルの英雄視もチャベスのプロパガンダだとは思いますが)。書店などに行くと、むしろ反体制側のチャベス批判の本が多いように見えます。もちろん、チャベスの票田である貧しい人が多く住んでいるところに行ったわけではないので、カラカスが全部こんな感じなのかどうかは分かりません。

ショッピング・モールは日本のより大きいぐらい。渋滞は京都よりはるかにひどい(ガソリンの値段は日本の10分の1以下みたいです)。人々の服装は日本より少しカジュアル。目が合っても微笑んだり挨拶したりするわけでもないのは日本と同じ。…といった感じで、状況のどの側面も日本と比較級で語ることができると言うか、別世界に来た感じはしません。現実的な仮定ではありませんが、もし日本で社会主義ないし共産主義の政党が政権を執ったら、こんなふうになる(つまり、あまり変わらない)のでしょうか。

明日からは自然の中に行くので、ネットは使えないかもしれません。

このブログで

2010年 8月 6日 午前 09:56 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.08.05

カラカスより

カラカスのランチョ

とりあえず、無事に生きています。ベネズエラについて、ほぼ一日経ちました。

写真はカラカスの典型的な貧民街(ランチョ、Rancho)です。カラカスは細長い盆地で、貧しい人々は街の中に土地を得ることができず、だんだんと山の上に家を建てていったようです。残念ながらランチョのツアーなどは見つけることができなかったので、こうやって遠くから見るだけになりそうです。公営住宅の建設なども行なわれています。

街は、中心部(歴史地区、議会や大統領府、ショッピング街)にしか行っていないのですが、かなり現代的で、あまり異国情緒がないとも言える感じです。物乞いをしている人や野宿者っぽい人もいません。たぶん、警察に立ち退かされるのだと思います。

このブログで

2010年 8月 5日 午後 12:01 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2010.08.04

旅に出ました

予定どおりなら、現在、飛行機に乗っているところです。たぶん、戦争に巻き込まれたりはしないと思います(ちょっと隣国と緊張状態にはあるみたいです)が、治安は悪いようなので、ひったくりとかに遭うかもしれません。宗教をお持ちのかたは、よろしければ、私のために旅路の平安をお祈りください。

ネットはそれなりに使えそうなのですが、多分、疲れていてあまり使わないと思います。お盆のころに帰ります。恩姫ちゃんのことは心配しないでください。世話をする人に来てもらいます。とは言うものの、暑いので、やっぱり可哀想です。

Acto de entrega de certificados de pago a ahorristas del intervenido Banco Federa

写真は chavezcandanga さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。

このブログで

2010年 8月 4日 午前 12:00 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2010.08.03

引き取るという解決法

Report: Kibbutz Movement offers to absorb children of foreign workers set for deportation - イスラエルでは、近年、低賃金の肉体労働などの多くを外国人労働者に頼ってきましたが、右翼のネタニヤフ政権になって、ユダヤ人国家への志向が強まり、外国人労働者の追い出しが始まりました。不法滞在者の強制送還は、イスラエルで生まれ育った幼い子どもがいる場合、子どもの権利の侵害にあたるとして、国際的な非難をあびてきました。

Kibbutz kids by michalska1 日曜日に、5歳以下の子どもは強制送還する(一方、小学校に就学している年齢の子どもは滞在を認める)方針が法務省から発表されたのですが、それに対し、キブツ(集団農場)運動の指導者が強制送還される約400人の子どもたちをキブツで引き取り(「吸収する」と表現されていました)、育てていきたいと申し出たことを記事は伝えています。

キブツ運動のことをあまりよく知らないのですが(キブツで育ったイスラエル人やキブツに入って働いていたユダヤ系アメリカ人の知り合いはいたのですが、あまり話を聞くことがありませんでした。惜しいことをしました)、この申し出には、ちょっと考えさせられるものがあると思います。引き取られれば、子どもたちは親とはばらばらになるのだから、残酷な面もありますが、その反面、村全体で子どもを育てようという気持ちは大切なように思います。

いつものことながら、大したことが書けませんね、私には。情けないです。

パレスチナのことを考えながらこの記事を書いているのは事実です。こういう優しさが、なぜパレスチナの人たちには向けられないのだろう、みたいに思います(キブツにしたって、パレスチナの人たちから奪った土地の上に成り立っていることでしょう)。いや、イスラエルの中にも、優しい人たちがいるのだけれど、それを負かしてしまうような大きな声の人たちがいるということなのでしょう。

もう一つ。一年半ほど前まで蕨市に住んでいた家族のことを暗示していると思われるかもしれませんが、そのことは考えてはいませんでした。むしろ、ごく最近ニュースになった、二人の子どもの世話をやめてしまった大阪の若いシングルマザーや、スーパーのトイレで出産した神戸の高校生のことを考えていました。「引き取って育てる」というのが、もっと普通のことになるといい。「血のつながり」という呪縛から私たちがもっと自由になるといい、みたいなことを漠然と考えました。

キブツの子どもたちの写真は michalska1 さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。

このブログで

2010年 8月 3日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.02

涅槃の値段

Buddhist nun defrauds lady - スリランカ南西部の大都市コロンボ郊外にある Kesbewa という町で、一人の女性が仏教の尼僧の「涅槃(Nibbana, Nirvana)への道を教えてあげる」という言葉にのせられて、350万スリランカ・ルピー(約268万円)をだまし取られました。女性はこの他に、瞑想のための小屋を建てるための土地も寄進していたとのことです。警察は余罪を追求しています。

Dematagoda Pandol - Subha Therani Jathakaya by shehal一人あたりの GDP が日本で約40,000米ドル、スリランカで約2,000米ドルぐらいのようですから、日本の20倍ほどのお金、つまり5千万円ぐらいをだまし取られたというところでしょうか。裕福な人が身ぐるみ剥がされたような感じかなあ。悟りを得るためとはいえ、高い勉強代です。

ちなみに、アンベードカルが著した仏教の入門書『ブッダとそのダンマ』には、「殺すな、殺させるな。幸せをねがう人を苦しめず、殺さず、己れ自身の幸せを求める人は、幸福をつかむだろう。壊れた鐘が鳴らぬように、煩悩に動揺することがなければ汝はニルヴァーナに達している」(第四部第三章(三))とあります。

写真はスリランカの寺院で祝われる Vesak の飾り付け。 Shehal さんが CC-by で公開しているものです。上座部仏教のウェーサーカ祭は仏陀の誕生、悟り、死を祝う日で、4月か5月の満月の夜に行なわれるようです。

このブログで

2010年 8月 2日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.08.01

水晶の夜と少数民族

Israel memorial for Aboriginal protester - ナチス・ドイツのゲシュタポや SS によるユダヤ人狩りが始まった「水晶の夜」(Kristallnacht)。1938年11月9日のこの事件を憂いて、一か月後の12月6日、オーストラリアで抗議デモが行なわれました。

Yad Vashem by michalska1デモを率いたのは先住民(アボリジニ)の公民権運動の指導者だった William Cooper さん、当時77歳。メルボルンの Collins 通りを行進し、ドイツ総領事館で抗議文を手渡そうとしましたが、拒否されたそうです。当時としては尖鋭的な抗議行動で、広く注目を集めたようです。クーパーさんは、同じような抑圧、同じようなジェノサイドが先住民である自分たちにも起こり得ると考え、迫害されたユダヤ人に対して強く共感を持ったとのこと。

そのクーパーさんを讃える記念碑がアルクッズ(エルサレム)のヤド・バシェム・ホロコースト博物館に今年、建てられることになりました。オーストラリアとイスラエルの間の親善を図る団体が取りなした話だそうです。

72年前の彼の行動を賞賛する気持ちは私も共有しますが、現在の状況を考えると、手放しでは喜べません。彼が生きていたら、どの国の領事館の前に行って抗議文を手渡そうとしていたかすら分かるような気がします。

Yad Vashem のは michalska1 さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。ご家族でしょうか、 Jan さんという人が描いたものだそうです。私は行ったことがないので、実際はどのようなところか分からないのですが、他の写真を見ると、まるで隔離壁のように冷酷な建築でもあるようです。

このブログで

2010年 8月 1日 午前 12:00 | | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »