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2010.05.31

制服を脱ごう

Debate heats up over school uniform requirement - トルコでは、学校制服の廃止が議論となっています。社会全体としては廃止しようという意見が強く、教育省もその方向で検討を進めてきたようですが、ここに来て、廃止反対を主張する抵抗勢力が声を強めてきました。結果的に、教育省は制服廃止についての結論を来年度に先送りすることにしたようです。

joy by omnia_mutantur記事では、民族主義者行動党(MHP)という極右政党が制服の廃止は社会的、経済的、教育的に悪影響を生み出しかねないと主張していることを伝えています。その背後にあるのは学校の制服の販売によって潤ってきたアパレル業界の権益のようです。確かに、制服の生産に携わってきた多くの労働者が失職する可能性があります。

廃止反対の主だった理由としてあげられるのが、私服で通学するようになると、貧富の格差が露骨に服装に現われるようになり、社会が分断されるというものだそうですが、これについては、学校によって制服が異なる現状でも、お金持ちの子の行く学校、貧しい家の子が行く学校といった差が既に服装に符号化されているではないか、という反論が紹介されています。学校の制服という制度が階級差のない社会を作るという建国の理念に従って生まれたとしても、現在ではその効用が失われてしまい、ただ軍国主義的な規制としてしか機能していないというのです。生徒たちや教員組合は、もちろんこの軍国主義的な面を批判しています。

私が子どもだったころは、まだ「制服は軍国主義的だから嫌だ」みたいな意見が聞こえたりしていたものですが、最近でも言うんでしょうか。私の勝手な印象では、みんな「ダサくて嫌だ」とか言っているんじゃないかと思ったりしますが。もしそうなら、戦争に対する反省を受け継げなかったということなのかなあ。

政治家や被服業界の言い分を見て、一見もっともらしい社会への影響とか教育的効果という議論が実は既得権益を守るための後付けの論理であるというのが面白いと思いました。市民の大部分が沖縄の負担軽減を願っていたのに県内移設になるなんていうのも、だれかの利益のためなのでしょうね。だれだろう。言うまでもなく、アメリカか。うーん、またこの話に戻ってきてしまいました。

トルコの子どもたちの写真は omnia_mutantur さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。

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2010年 5月 31日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2010.05.30

仏教と中印友好

Indian president to unveil religious gift to China's oldest Buddhist temple - 人民網の英文記事。中国語では「印度总统帕蒂尔抵达洛阳 携“礼物”造访白马寺」という記事がありました。中国河南省の古都、洛陽(Luoyang)に現存する中国最古の仏教寺院と言われる白馬寺で、2005年の中印合意に基づき、インド風の仏堂が建立され、現在中国を訪問中のインドのパティル大統領が出席して落成の式典が行なわれたそうです。

Sanchi Stupa by Sgrk作られた印度風格佛教寺廟とはどんなものかと言うと、インド発の記事(例えば "An Indian-style Buddhist temple gifted to 'sister civilisation' China")などによると、 Madhya Pradesh 州の Sanchi Stupa を模したものだということが分かりました。写真がそのサンチの卒塔婆です。なるほど。アンベードカルが荼毘に付されたムンバイのチャイティヤ・ブーミも、確かにこういう感じでした。古代のインド式であるだけでなく、現代のインド仏教風でもあると言えるのでしょう。

差別から逃れるためにヒンズー教から改宗したダリットの仏教徒を依然として迫害し続けるインドと、信教の自由が完全には保証されず、仏教徒であるチベットの人たちを弾圧する中国の間の友好の証として自分たちの宗教が引き合いに出されることを、インドと中国の仏教徒の人たちは複雑な気持ちで見ているかもしれないなと思いました。うーん、それとも、自分たちの思想が平和を取り持っていることを素直に誇りに思っているでしょうか。

でも、そんな無邪気に喜べるものではありませんよね。例がいささか唐突ですが、自分たちの土地が、自分たちの街が、「抑止力」を通じて東アジアの平和維持に貢献しているのだと説明されても、納得して我慢できるものではないと思います。そんな道筋では、心の平安は得られません。うーん、やっぱりそっちのほうに気持ちが行ってしまいます。

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2010年 5月 30日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.29

髪型の校則

School dreadlocks ban is tested in court - 南アフリカで高校一年生の少女が髪型を理由に退学させられたことをめぐって裁判が起こっています。すでに国の人権委員会(HRC)の仲介によって退学処分は取り下げられたようですが、屈辱的な扱いを受けたことに対する謝罪を求めて、生徒と父親が提訴しました。審判は Equality Court (平等法廷)と呼ばれる、差別やハラスメント、ヘイトスピーチを専門的に扱う裁判所で行なわれるようです。

Rasta contemplation by Valerio Pirrera記事によれば、退学になった生徒はラスタファリアンで、当然のことながら、髪はドレッドロックスに結ってありました。親子は、髪型を理由にした退学措置は実のところ宗教的な差別、迫害であり、退学によって生徒の学ぶ権利が侵害されたと主張しています。

私も中学高校の時、髪型の校則があり、とても嫌だったのですが、あれは何だったのでしょうか。でも、闘わなかったなあ、私。しっかり筋を通して、認められないものには首を振らず、辞めさせられるなら本当に辞めさせられるまで堂々と闘う人になれなかったことを後悔しています。

「ラスタの瞑想」と題された Dreadlocks の写真は Valerio Pirrera さんが CC-by で公開しているものです。

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2010年 5月 29日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.28

大西洋の壁

Pressure builds to remove last vestige of WWII from French coast - 第2次世界大戦当時、ナチスドイツが連合国軍の上陸や空爆を防ぐためにスペインからノルウェーまでの海岸線沿いに作った「大西洋の壁」。無数のトーチカです。フランスでは、今、それらのトーチカが景観を損ねたり、危険であったりするとして、撤去しようという声があがっているそうです。

Atlantic wall by peirzしかし、爆撃にも耐えるように作られた強固な建造物であるため、撤去にも膨大な予算が必要であることや、トーチカが砂浜を浸食から守っている面があることなどにより、撤去に反対する意見も強いようです。

そして、もちろん、戦争を覚えておくために必要だという考えも根強くあります。「これらを見ることによって、私たちの祖先が耐え忍ばなければならなかったものを感じることができる」「二度と起こらないようにするために、何が起こったかを若い人たちに見せることは正しいことだ」といった意見が紹介されています。

米軍基地が返還されたら、私たちはその跡をどうするのでしょうか。…と書いてこの文章を結ぼうとして、それがなかなか難しいことであると思いました。ヒトラーはスペインかノルウェーまで壁を築いたのですね。北海道から、本州、九州、琉球諸島、台湾、そして、フィリピン。地図を想い描けば、これは中国を封じ込めて太平洋に進出してこないようにするアメリカの極東の壁のようなものなのでしょう。いかなる大国の覇権のもとでもなく、平和の中で、「私たち自身が壁だったのだよ」と思い出せる日は来るのでしょうか。

大西洋岸のトーチカ跡の写真は peirz さんが CC-by-nc で公開しているものです。

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2010年 5月 28日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.27

オペラ歌手の早すぎた死

World Cup opera singer Siphiwo Ntshebe dies - サッカーのワールドカップがあと2週間に迫りました。そんな中、開会式で歌うはずだった南アフリカのオペラ歌手が急性髄膜炎で急死したという悲しいニュースです。

Siphiwo Ntshebe 2008_0420KadiEddie0432 by richardkabySiphiwo Ntshebe さん。享年34。テノールの彼は、南アフリカでは「黒いパバロッティ」と呼ばれ、活躍が期待されていたそうです。来月には初のソロアルバム「希望」の発売が予定されていました。ワールドカップでの起用は、ネルソン・マンデラ元大統領の直々の指名による抜擢だったとのこと。

検索すると、つい2、3日前まで、「開会式で歌うのはこの人」みたいな紹介記事がいろいろな新聞に出ています。あまりにも突然の死です。それだけで、知っている人でもなかったのに、目が潤んでしまいます。

Ntshebe さんの公式ウェブサイトで、以下の3曲のアリアを聞くことが(ダウンロードすることが)できます:

  • モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』から「愛のそよ風(Un'aura amorosa)」
  • グノー『ファウスト』から「清らかな住み家(Salut! demeure chaste et pure)」
  • ドニゼッティ『ドン・セバスティアーノ』から「地上にただひとり(Deserto in terra)」

どれも、とても伸びやかな声で、素晴らしい才能を持つ人だったことが分かります。その存在を訃報で知るなんて、なんと悲しいことでしょう。

夭逝した彼の冥福とともに、彼の魂が、彼が残した歌声を通じて、さまざまな苦難を抱える南アフリカの人々を支えることを祈ります。

写真は2008年4月20日撮影、richardkaby さんが CC-by-nc で公開しているものです。

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2010年 5月 27日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.26

野党党首

Turkey's 'Gandhi' to lead main center-left opposition party - トルコの野党第一党である共和人民党(CHP)の党首に Kemal Kılıçdaroğlu (ケマル・クルチダロールと読むのだと思います)さんという人が就任したそうです。その風貌や、飾らないさまから、「トルコのガンジー」と呼ばれている人だそうです。

by TaromeetCHP は近代トルコの父ケマル・アタチュルクによって作られた世俗主義の中道左派の政党。クルチダロール党首は、就任演説で、権力の腐敗や社会の格差と闘うと宣言しました。クルチダロールさんは、クルド人が多く住む地方で生まれ、アレビ派というイスラムの原理主義と対立する博愛主義、男女平等主義の異端的な宗派に属しているそうです。腰が低く、他の大物政治家と違ってリムジンではなく公共交通機関で通勤する人だとのこと。政策を聞いてみないと分かりませんが、人柄としては、なんか期待できそうですね。

私たちの国でも、「日本のガンジー」なんて呼ばれる政治家が登場する日は来るのでしょうか。現実は、「日本のヒトラー」が知事をやっていたりしますけど。

写真は CHP のデモ参加者です。 Kilicdaroglu さんによく似ていると思います。典型的なトルコ顔ということなのかな。 Taromeet さんが CC-by-nc-nd で公開。

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2010年 5月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.25

敗戦の日

鳩山首相が普天間の代替基地を辺野古周辺に新たに作ることを沖縄で表明したことを、当初、ニューヨーク・タイムズ紙は "Japanese leader gives in to U.S. on Okinawa base" という標題のもとに配信していました。「沖縄の基地問題に関して、日本の首相がアメリカに降伏」。今でも、この記事の提供を受けた新聞の中には、このままの見出しで載せているところもあります

Victory Kiss by jiaziちょっと語弊があると思ったのか、ニューヨーク・タイムズ紙では、今では、"Japan Relents on U.S. Base on Okinawa" という見出しに変わっています。「日本が態度をやわらげ、協力的になった」といったところでしょうか。"Relent" は、黙秘していた容疑者が供述を始めたことを報じる時などによく使う動詞です。逆らわない、いい子になったという感じでしょう。

記者や編集者は決して傲慢な態度でこれらの言葉を選んだのではないと思います。私は、不愉快というより、悲しく感じました。

小泉自民党の選挙ポスターのパロディーで、「米国を想い、属国を創る」というのがありました。政権を変えても、アメリカに追従する国という枠組みは取り払うことができなかったのだなあと、つくづく思います。そしてそれは鳩山首相が悪いというより、彼の背中を押す私たちの力が小さすぎたのだと思います。また、それは、私たちが努力しなかったというのではなくて、私たちの数が少なすぎたということなのでしょう。

私はナショナリストではないので、「日本が負けた」ということには、さほど痛みを感じません。しかし、世界各地で戦争を起こしてきたアメリカという超大国(あるいは“帝国”)が勝ち誇っているさまや、それ(パックス・アメリカーナ?)が唯一の平和維持の道であるように多くの人が思い込んでいるさま、そしてそのために沖縄の人たちにものすごく大きな負担をかけていることを見て見ぬふりをしてやり過ごそうとしているさまは、見て、あるいは心ならずも自分もそれに加担していることを自覚させられることによって、胸が張り裂けそうになります。

なんか、この文章、全然、沖縄の人たちの身になって書いていませんね。すみません。

写真は、喜びに湧く1945年8月14日(日本時間では15日)のニューヨーク市タイムズ・スクウェアのようすを再現した「無条件降伏」という名の彫像。 Jiazi さんが CC-by-sa で公開しています。日本とアメリカをめぐる時は、あの日に動きを止めてしまったのでしょうか。この像、米海軍のサイトには、米国各地を転々としているように書いてあるのですが、サンディエゴが終の住処になったのかもしれません。

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2010年 5月 25日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2010.05.24

壊された虹

Neo-Nazis attack Slovakia’s first gay pride event, cancelling its parade - スロバキアのブラチスラヴァで22日、スロバキア初のプライド・パレードが開催される予定だった。しかし、パレード出発前の集会を Slovenská Pospolitosť (団結スロバキア)というネオナチ団体が襲撃し、催涙ガスを撒いたり、一部の参加者を殴打するなどして混乱し、パレードは中止となった。「プライド(誇り)の日であるはずが、スロバキアにとって恥辱の日となってしまった」と現地の新聞が論評しているそうだ。

Dúhový Pochod. Pride. by Michal Hvorecky警察も動員されていたが、卑劣な右翼による攻撃を防ぐことはできなかったようだ(確かに、この記事の写真には機動隊も写っている: "Rainbow Pride Parade in Bratislava Disrupted by Aggressive Protesters from Radical Groups")。パレードの主催者側は、十分な警備が行なわれなかったことを批判している。当日のようすの動画はこちら

強く憤る。どこの国でも、右翼は本当に困り者だ。右翼の中にも LGBT の人はいると思うのだが。

「レインボー・マーチ」と題された写真はパレード前の集会のようすだと思う。 Michal Hvorecky さんが CC-by で公開。

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2010年 5月 24日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.23

がんばれ、劉著さん

Cross-dresser on TV sparks controversy - 中国には《花儿朵朵》という女性歌手発掘番組と《快乐男声》という男性歌手発掘番組があるそうです。その《快楽男声》の地区予選で MtF (男性として生まれたが、女性として生きることを選んだ人)の出場者が勝ち上がってきていて、人気を博しているそうです。

話題の人物は劉著(刘著、Liu Zhu)さん。19歳の大学生です。女装した「偽娘」(伪娘)というふうに報じられています。いろいろ読んでいるうちに元の記事を見失ってしまったのですが、中学のころから女性風の服装を好み、男性として大学に合格したが、今は女性として通学していると書いてあったと思います。新浪網の「广电总局发警告 “伪娘”刘著出局?」という記事に写真があります。

で、これら二つの報道の見出しからも分かるように、今、劉さんをめぐる騒動が起こっています。中国でテレビ局などを管轄する国家广播电影电视总局(SARFT)という役所が、異性装は異端的であるので、劉さんを番組から外すように、2回にわたって警告を発したらしいというのです。関係者は否定していたり、コメントが取れていなかったりするようなので、事実関係が定かではないのですが、広電総局からの介入があったというのは、《快楽男声》の番組を制作している湖南卫视(湖南衛星テレビ)職員からの内部告発による情報だそうです。

ネットを探すと、いつもの審査員とは違う人が出てきて劉さんの歌を徹底的にこきおろす場面の動画などがあります。劉さんが成都地区の予選を勝ち抜いたかどうかは、昨日(22日)の夜、決まったはずなのですが、これを書いている時点では、まだ結果は出ていないようです。加油!

Shanghai Gay Pride 2009 - Shanghai, China by kk+社会の「主流」から外れるから、やめろ、というのは、先週私たちの国で話題になった群馬県伊勢崎市が職員のヒゲを禁止した件(AFP 電 "Japan town bans public servants from growing beards")に似ているかなとも思います。うーん、あまり一般的な差別や偏見の話に回収してしまわないほうがいいのかもしれません。

写真は一年前に行なわれた上海プライドのようすです。たくさん写真があったのですが、全体的にはかなりマッチョな感じでした。撮った人の好みなのかもしれませんが。この一枚は、動きがきれいだし、写っている人の性がほとんど不詳なので、この記事にいいかなと思って選びました。 kk+ さんが CC-by-nc-sa で公開しています。

23日朝に追記: 残念ながら予選通過はならなかったようです:網易「成都快男25强诞生 刘著昨晚终未留住」。この記事に出てくる劉著さんのブログとはこれだと思います:刘著的博客

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2010年 5月 23日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.05.22

日豪軍事同盟を憂慮する

今週、オーストラリアのスミス外相とフォークナー国防相が来日し、日豪両政府は自衛隊とオーストラリア国防軍との間の物品役務相互提供協定(ACSA = Acquisition and Cross-Servicing Agreement)に調印しました。普天間移転とか口蹄疫とか韓国の軍艦の沈没とか、いろいろ大きなニュースがあったためか、あまり大きく報道されなかったと思うのですが、AFP 電は「建前では平和国家である日本がアメリカとの軍事同盟の他に結ぶ歴史的な初めての軍事協定」と呼んでいます。

Buddies Against War by jemsweb協定自体は、共同で軍事演習を行なうことを定めている他は、国連の PKO か災害援助に限って共同行動を取るという線で書かれていて、ある程度、抑制的だと思います。相互に提供される物品のリストの中に、「部品・構成品」というのがあったりして、「これって大丈夫?」と心配になったのですが、次の項に、この部分は「日本国の自衛隊又はオーストラリア国防軍による武器又は弾薬の提供が含まれるものと解してはならない」と明記してあって、ほっとしました。

しかし、この協定調印に関する平野官房長官の談話を読んで、またとても心配になりました。長いので、気になる部分だけを抜き出してみると、こうなります:

本協定に基づく物品又は役務の相互提供は、 … 「武器又は弾薬」の提供は実施しないこととしているものの、提供することとしている物品又は役務の一部には、武器輸出三原則等における武器等に当たるものが含まれることとなる可能性がある。 … 本協定の下で行われる武器等の提供は武器輸出三原則等によらないこととする。 …

省略したところも含め、全体としては、「限定的に提供するだけだから、武器輸出三原則等がザルになったわけじゃない。だから、いいだろ」と言っているわけで、「そりゃ、無制限に輸出できるようになったわけではないけど、今までになかった新しい抜け穴を作ったわけでしょ、いいの、それ?」というのが心配の第一点。

もう一つは、「武器と解してはならない」って書いてあるのに、「武器が含まれる可能性がある」って何よ、という点です。「ちゃんと読んだの?」というレベルで反応すべきか、それとも、「ちょっと待ってよ、書いたものには綺麗ごとを並べておいて、初めっからそれを守るつもりなんか、これっぽっちもないの?」というふうに怒るべきか。

人をあざむくつもりがなかったとしても、将来、また「自衛隊が行くところが非戦闘地域だ」みたいな詭弁を弄する人が政権に就くかもしれないのだから、よくないですよね、やっぱり。

政治とか外交とか軍事とか、人の書いた文章を解釈するとか、人の意図を読み取るとか、私の苦手な分野が全員集合したようなニュースですから、たぶん私の取り越し苦労なのでしょう。大きなニュースにならないのは、取るに足らないことだから。きっとこの国は私が心配するほど危ない方向には進んでいないのでしょう。

写真はイラク侵攻直前のオーストラリアでの反戦デモのひとコマ。 Jemsweb さんが CC-by-sa で公開。同じ時、あなたも、私も、同じ言葉の書かれたプラカードを掲げて日本の街を歩いていたかもしれません。

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2010年 5月 22日 午前 02:02 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.05.21

仏陀の公園

Buddha park ready - ブッダガヤやナーランダ僧院を有するインド北東部ビハール州。その州都パトナで、来週、仏陀記念公園(Buddha Smriti Park)が開園する。式典は、ダライ・ラマを招いて、27日に行なわれる予定だ。

Patna Street by eekim大仏や、スリランカ、日本、ビルマから届けられた仏舎利などを有するこの公園は、ビハール州の Nitish Kumar 長官の肝入りで造られた。長官自らがこの冬ダラムサラを訪ね、ダライ・ラマに出席を懇願したらしい。

現代のインドで仏教を信仰するのは、被差別民ダリットの人たちだ(アンベドカルが仏教を再興し、何十万というダリットの仲間を率いて仏教への改宗を行なったことに端を発する)。ダリットの人たちがヒンズー社会の差別を逃れるために仏教に改宗することをあまり好意的に見ていないとダライラマが語っているのを読んだことがあるので、複雑な気持ちでこのニュースを読んだ。何かへの反発として宗教を利用するのは望ましくないという話は分からないわけではないが、うちひしがれた人に救済を与えることこそが宗教の役目だという気もする。

まあ、とにかく、この話はなんとなく心配だ。心配の種になるような記事二つ:

Dalai Lama served notice over Buddha park in Patna - この公園自体、政教分離に反するとして訴えられているらしい。パトナ高裁が今月はじめに、州政府とダライ・ラマに対し、開園式典の差し止めを命じたようだ。

Dalits take centrestage in Bihar’s poll year - ビハール州では今年、大きな選挙があり、ダリット層の票の取り合いになっているらしい。ダリットの中で、Paswan という階層とそれ以外の階層の区別を作り、後者を Mahadalit と呼ぶなどの“分断統治”が行なわれている。

写真は夕暮れるパトナの街。 Eekim さんが CC-by-nc-sa で公開。

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2010年 5月 21日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.20

スペインは金持ちの増税へ

Spain to raise taxes for wealthy - スペインが高額所得者への増税に踏み切りそうです。「ギリシャの次はスペインじゃないか」と言われるほど財政状態が悪化しているスペインでは、先週、政府が公務員の給与の引き下げなどの歳出削減策を打ち出すなど、労働者へのしわ寄せも大きいようですが、19日、サパテロ首相が「恵まれた人たちに特に多くの負担を求めるのは当然だ」と述べ、金持ち層への課税強化を行なうことを明らかにしました。

Direct action / Acción directa by . SantiMB .スペイン語での報道では、エル・パイス紙の "Zapatero avanza que el Gobierno subirá los impuestos a los más ricos" などがあります。政府内にまだ慎重論があり、実施時期などは未定であると伝えられています。

以下、私にはありきたりのことしか書けないのが残念です。私たちの国では、「財政健全化」と言うと、すぐに「消費税増税」と下の句が付きますが、生活必需品にも課税される消費税を上げるより、個人や企業の所得税の累進性を高めるほうが先のはずです。特に近年、急速に格差が広がっているのですから、かなり急進的に所得の再配分を行なわないと、取り返しのつかないことになると思います。

写真は「スペイン」「税」で検索して見つけたものです。スペイン北東部の村の駅に残された古い列車の車両。痛快な絵の横に「直接行動」と書いてありますね。 . SantiMB . さんが CC-by-nc-nd で公開しています。

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2010年 5月 20日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (3)

2010.05.19

米で高まる地雷廃絶の気運

Vt. Sen. Leahy asking Obama to ban landmines - アメリカで、議会上院の3分の2を上回る68人の上院議員がオバマ大統領に対し、対人地雷禁止条約を批准すべきであるとする書簡を送りました。

Sudarana, a 20 year-old Sri Lankan woman de-miner with HALO by DFID - UK Department for International Development書簡の取りまとめを行なったのは Patrick Leahy 上院議員(民主、バーモント)。地雷によって被害を被るのは多くが何の罪もない市民であるとして、長年、地雷廃絶に関わってきた人です。アメリカ軍は過去20年間、地雷を使ったことがないので、軍の方針には何ら影響はないはずだと語っています。

これで一気にアメリカが条約調印に向けて動き出し、残る未署名国(この地図で白くなっているところ)への強い圧力となるといいのですが。

写真はスリランカで地雷除去の作業に従事している青年。イギリスの国際開発省(DFID)が CC-by-nc-nd で公開しているもの。撮影は Russell Watkins さんです。すてきな笑顔ですね。地雷がなくなって、世界中のみんながこんなふうに微笑むことができますように!

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2010年 5月 19日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.05.18

犬も歩けば

ショックです。こんな重要なニュースを見逃していたなんて!

ギリシャ「デモ犬」に世界が注目 主要紙が掲載」という共同通信の記事で知りました。見出しがすべてを語っていますが、アテネでデモ隊の人たちといっしょにやって来て、警官隊に吠える犬がいて、人々に愛されているということです。「ソーセージ」というあだ名だと書いてありますが、これは英訳で、現地では Λουκάνικος (Loukanikos) ちゃんと呼ばれているようです。

Strikehound by 0neirosギリシャには、まだ、野良犬がいるようで、ロウカニコスちゃん以外にも、いろいろな犬がデモに参加しているようです。去年までは Κανέλλος (Kanellos) 「シナモン」ちゃんという犬が有名だったと記事は紹介しています。右の写真は 0neiros さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。今年2月にテサロニケで撮影。

調べてみると、10日ほど前から、確かにさまざまなメディアで取り上げられています。英ガーディアン紙にデモに参加する犬の写真集があります。カナダのグローブ・アンド・メール紙の記事には、Facebook のファンページや YouTube のビデオへのリンクがあります。

そう言えば、タイの反政府運動も気になりますよねえ。これ以上死傷者が出ないといいのですが。やっぱりタイだけに、シャム猫が参加していたりするんでしょうかね。

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2010年 5月 18日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2010.05.17

四弦

「1000人チェロ」平和奏でる」(中国新聞)、「チェリスト:823人が平和願い演奏 広島」(毎日新聞) - 震災後の神戸で始まった“1000人のチェロ・コンサート”(NPO国際チェロアンサンブル協会主催)が第4回を迎え、昨日、広島で開かれたそうです。

cello 3 by Nou the Beast広島が選ばれたのは、世界平和を願ってとのこと。三枝成彰さん作曲「1000人のCelloの為のREQUIEM Ⅱ(HIROSHIMAの為に) 」と古屋さおりさん作曲「原爆」(児童3部合唱付き)の初演を含め14曲が演奏されたようです。チェロといえばお約束の「ブラジル風バッハ」からも。

音楽を愛しているからといって、その人が平和を求める人であったり差別や排除をなくそうという考えの人であったりするとは限りませんが(もしそうだったら、軍歌とかが生まれるわけがありませんよね)、今回の参加資格を見ると、演奏経験などの他に「世界平和を心から願っている人」「隣の他人にやさしい人」であることが求められていますから、きっと、集った人たちが心を一つにすることも容易だったのでしょう。

もっと早く知っていれば、聴きに行きたかったです。次はいつでしょうか。長く生きていれば、そのうち、核兵器廃絶記念コンサートにも立ち会えるかもしれないな、と思いました。まずは、今回のご成功をお喜び申し上げます。演奏なさったかたがた、企画に携わったかたがた、お疲れ様でした。そして、聴きに行ったかたがた、次回は絶対私も聴衆の中にいます!

チェロの写真は Nou the Beast さんが CC-by-nc で公開しているものです。

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2010年 5月 17日 午前 12:00 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2010.05.16

境目を超えて

Top backers of gay/transgender nondiscrimination bill push for a vote - 最近、普天間基地関係の話で不信感を持っていて、ワシントン・ポストの記事は取り上げないで来たのですが、ちょっと気になる記事がありました。アメリカの議会でトランスジェンダーの人の権利を擁護する法案が準備されつつあるという話題です。

Standing On the Side of Love by Fritz Liess雇用不差別法案(ENDA = Employment Non-Discrimination Act)は、ゲイであることを公表しているバーニー・フランク下院議員(民主、マサチューセッツ)らが提出を試みているもので、既に法制化されているゲイやレズビアンの人々に対する雇用上の保護にとどまらず、トランスジェンダーの人の権利の確立を目指しているようです。

フランク議員らは民主党内の保守系の議員や、共和党内のリベラルな議員に対して働きかけを行なっているようですが、同性愛者に関する部分はともかく、特に「トランスジェンダー」の部分に関して反発が強く、法案上程は危うい状況のようです。

私事になりますが、私も同性愛者とは付き合いが長いけど、トランスジェンダーの人との出会いは非常に数少ないまま過ごしてきました。どういう言葉を選べばいいかも悩むところです。

写真は4月にアリゾナ州で行なわれたプライド・パレードの一幕。「愛の側に私は立つ。」 Fritz Liess さんが CC-by-nc-sa で公開。

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2010年 5月 16日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.15

名乗り出る死刑執行人

ちょうど1か月前に、ジンバブエでは死刑執行人のなり手がおらず、死刑執行が事実上止まっているという話を書きました:「だれも死刑執行人になりたがらない」。今回は、別の国で、死刑執行人をやってもいいと名乗り出た人たちの話を読みましたので、ご紹介します。

Chhatrapati Shivaji Terminus by See Wahインドでは2008年11月26日、ムンバイで同時多発テロがあり、166人が犠牲になりました(いわゆる 26/11)。実行犯のうち、唯一生き残った人に対して、今月初旬、死刑判決が下されました。

問題は、インドでは2004年以降、死刑が行なわれてこなかったということです。1998年に遡っても、2件しか例がありません(ちなみに、同じ13年間に、人口がインドの9分の1ほどの日本では57件、死刑が執行されています)。ムンバイのあるマハラシュトラ州でも、1996年以降、死刑が行なわれておらず、死刑執行人の職も空席になったままです。

二人の人が、死刑執行人の役割に名乗りをあげました。

Meerut hangman wants to prepare noose for Kasab - ウッタル・プラデシュ州の現役の死刑執行人。これまでに10人の死刑執行に携わってきました。26/11 事件の犯人に死刑判決が下ったことを喜び、死刑執行はテロの防止に役立つだろうという意見です。「絞首刑は芸術なのだ」とも語っています。

Retired hangman offers to execute Kasab - マハラシュトラ州で最後に死刑を執行した73歳の人。101人の死刑を執行しました。既に退職していますが、「他にだれもいないのであれば、私がやる準備はできています」と州当局に書簡を送ったそうです。「私が年寄りだからといって、あなどらないでください。私はまだ、27秒で死刑を執り行うことができます」とも。

インドも、日本と同じく、死刑は絞首刑で行なわれるようです。

もちろん、26/11 事件の犯人は、控訴するかもしれないので、死刑執行の日がすぐそこまで迫ってきているわけではありません。

写真は乱射事件の舞台となった Chhatrapati Shivaji Terminus 駅構内。 See Wah さんが CC-by-nc-sa で公開。

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2010年 5月 15日 午前 12:09 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.14

あなたのカーストは?

India in uproar over decision to include caste in national census という英インディペンデント紙の記事を読んではじめて気がついたのですが、インドで、国勢調査に出身カーストを問う質問が含まれることが決まり、論議になっているそうです。最後にカーストが国勢調査の項目となったのはイギリスによる植民地統治下の1931年だとのこと。差別解消に向けて下層カーストへの優遇措置などを行なうためには正確な統計が必要だとする意見がある一方で、カーストのない社会を実現しようとしているのに国が「あなたのカーストは何ですか」と聞いて“お墨付き”を与えるのはいかがなものかとする意見がある、といった感じの記事でした。うーん、難しい問題だと思います。

Backview Bollywood #48 by Meanest Indianタイムズ・オブ・インディア紙の "Govt buckles, agrees to caste in 2011 census" という記事を読むと、ちょっと印象が変わったのですが、難しい問題であることには変わりがありません。こちらの記事によると、既に準備が始まっていて来年2月に本格的に実施される国勢調査では、前から「あなたは SC/ST (= Scheduled Castes/Scheduled Tribes、不可触とされるダリットを指す法制上の用語)ですか」という質問が含まれることは決まっていて、今回主に問題となったのは OBC (= Other Backward Castes、シュードラのこと)であるかなど、いわゆる4大カーストについても細かく聞くかどうかのようです。ダリットに対してさまざまな優遇措置がとられているのに対し、いわば中間層である OBC は自分たちがあまり優遇されていないという不満があり、自分たちの勢力を数の上で明らかにして、より多くの権利を勝ち取っていこうという思惑みたい。

国会での議論などとは別に、インド映画界の大スター、アミターブ・バッチャン(Amitabh Bachchan)さんが、「調査員がうちに来て、あなたのカーストは何ですかと聞いたら、“インド人”だと答えるつもりだ」と語ったそうです(タイムズ紙、バッチャンさんのブログ記事)。私だったら、何と答えよう。

写真はグジャラト州の自転車タクシーに描かれていたバッチャンさんの似顔絵だそうです。 Meanest Indian さんが CC-by-nc-nd で公開。

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2010年 5月 14日 午前 11:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.13

救いの歌

Commemoration de l’Anniversaire de la Mort de Bob Marley : You lance «Redemption Song» - 去る11日はボブ・マーリーが亡くなった日だったそうです。気がつかずに過ごしてしまいました。今、調べたら、1981年に死んだのですね。来年で30年になります。生きていれば、今65歳だったみたいです。

WOMAD 2009 Abu Dhabi - Youssou n'Dour by Stephan Geyer冒頭にリンクを張った記事はセネガルの新聞 L’Observateur から。世界的人気を誇るセネガルの歌手ユッスー・ンドゥール(Youssou Ndour)がこの日、ボブ・マーリーを追悼して、彼の Redemption Song のカバー曲をシングルでリリースしたことを伝えています。セネガルでレゲエ音楽家を育てたいとも語っています。

この記事を書くためにいろいろ調べていて、ユッスーが3月に新しいアルバムを発表していたことをはじめて知りました。買わなければ。 Dakar-Kingston というアルバムで、まさに Bob Marley へのトリビュートのようですが、どうもこの CD には Redemption Song は入っていないみたいです。うーむ、もう少し待っていれば、ボーナストラックの入った新盤が出るのでしょうか。

「心の中の奴隷制から自らを解放せよ」「原子力など、くそ喰らえだ」「自由の歌を歌うのを手伝ってくれよ。俺が持っているのはこの救いの歌だけなんだ」

実は、この L’Observateur という新聞は、ユッスーが経営しているのだそうです。彼はテレビ局も作ろうとしていたのですが、反体制的なユッスーを嫌ってセネガル政府はなかなか認可を出しませんでした。このほどようやく許可が下りたという話を AFP 電 "Senegal star Ndour to launch TV station: media" で読んで、見に行って、冒頭の記事を見つけました。

写真は昨年4月の Yossou N'dour のコンサートのようす。 Stephan Geyer さんが CC-by-nc-nd で公開しています。

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2010年 5月 13日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.12

礼拝に来たれと音痴は呼ぶ

イスラムの国に行くと、街のモスクから、お祈りの時間だから祈りを捧げよと告げるアザーンの朗唱を耳にします。私は宗教を持っていないのですが、それでも、美しいアザーンを聞くと、ちょっと敬虔な気持ちになったりします。

Istanbul by JohnED76Istanbul's tuneless muezzins get voice training - BBC の記事ですが、トルコのイスタンブールでは、アザーンの朗唱者(muezzin)があまりにも下手なので、近隣の家の人たちが苦情の電話をかけてくる例が増えているのだそうです。で、市の宗教課の肝いりで、音痴な朗唱者たちのためのレッスンが始められました。その効果があって、毎月、市に寄せられていた数百件の苦情は数十件にまで減ったとのこと。参加したイマームも、「前よりずっと自信が持てるようになりました」と語っています。

朗唱する人も、それを聞く(聞かされる)人たちも、苦情を受け付ける係の人も、みんな幸せという、めずらしい記事でした。きっと、天国で預言者ムハンマドも、そしてアラーも微笑んでいることでしょう。

BBC の記事には、下手な例と上手な例の音声クリップも収録されていて、聞き比べられるようになっています。

しかし、やっぱりと言うか、中には、どんなに練習しても全然うまくならない人もいると記事は指摘しています。

そういえば、ずっと以前に、すばらしい朗唱の音声ファイルがダウンロードできるサイトを紹介したのですが、残念ながら、リンクが切れてしまっているようです。また探さなくては。

夕暮れのイスタンブールの美しい写真は JohnED76 さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

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2010年 5月 12日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2010.05.11

電車が遅れた理由

ふだんは、読んだ新聞記事の紹介を書くのですが、今日は(この記事の日付から考えると“昨日”になりますが)、なかなか頭から離れない雑念があって、新聞を読む心も虚ろです。無理して興味が持てる記事を探すより、何が私の心に引っかかっているかを書くほうが自分に素直かなあと思い、書き始めました。

Japan Stations Fight Suicides by shibuya246今朝、駅に行ったら、電車が遅れていました。近くの駅で人身事故があったそうです。私が利用したのは事故があって1時間以上経ってからのことでした。私には、乗る予定だった電車が3分ぐらい遅れてきたように感じたのですが、もしかすると、10分間隔で来る電車の30分前のやつが33分遅れで来たというようなことなのかもしれません。

時々こういうことがあります。一年間で3万人以上いるという自殺者の、少なくとも数件は私が利用する路線で引き受けているということなのでしょう。今朝の人も、もしかすると私が同じ車両に乗り合わせたことがあった人だったのかもしれません。

駅でのアナウンスに続き、電車が走っている間にも、車掌の人が「人身事故発生のため、到着が大幅に遅れましたこと、お詫び申し上げます」等々、何回も、何回も、駅に近づくたびに放送していました。本当に何回も、私には百回も聞いたかと思えたぐらい、お詫びが語られました。

多くの人が迷惑をこうむったことは分かるのです。新聞には「約12万人に影響が出た」と書いてありました。たくさんの人が腹を立て、駅員の人や車掌の人にきついことを言ったかもしれないというのも想像できます。人が轢かれるところを見てしまった人もいるでしょう。だから、お詫びは必要なのだろうと思います。

でも、人が死んだのですから、何百回か行なうアナウンスの中に、一回ぐらい、「亡くなったかたのご冥福を祈ります」とか言ってくれてもいいじゃないですか。

今朝、駅のホームから線路に飛び降り、うずくまった人は、いったいどんな苦しみに耐えかねて、死を決意したのでしょう。その辛さは、今までなんとか生きながらえてきた私の知るどの痛みよりも強かったはずです。

何回も“お詫び”を聞いているうちに、私は気持ち悪くなってしまい、数珠(というか、ロザリオというか、本当はムスリムの人が使うやつです。いつもかばんに入れています)を握り締め、「ああ、やっと駅に着いた」と、電車から逃げ出しました。

いつもと階段の位置が違うなあとは思ったのですが、改札できっぷを入れる直前まで、一つ前の駅で降りてしまったことに気がつきませんでした。私はドジです。でも、生きています。

今朝亡くなられたかたが苦しみから解放されたことを、そしてもしそのかたが信仰を持つ人であったならば神のもとに召されたことを喜び、今日まで生きて来られた日々の痛みを労い、そして残された家族や友人たちの心の平安を祈ります。

写真は、最近、東京近辺の駅に設置されたという自殺防止のライトです。shibuya246 さんが CC-by-nd で公開しているものです。このライトに本当に死ぬことを思いとどまらせる効果があるのか私には分かりませんが、もし本当なら、私もたくさんこの光を浴びる必要がありそうです。もしあなたも同じような気持ちなら、あなたにも青い光が降り注ぎますように。

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2010年 5月 11日 午前 12:35 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2010.05.10

中東で続くフムス紛争

昨年11月に「俺たちのフムスに手を出すな」という記事で、レバノンとイスラエルの間でフムスの本家争いがされていて、レバノンの調理師たちが2,000キロ余りのフムスを作って世界記録を樹立し、気勢をあげたという話を紹介しました。

Dancing and Celebrating the Hummus by ForestForTreesその後の流れを追っていなかったのですが、今年の1月に、今度はイスラエル側が4,090キロのフムスを作って世界記録を奪い返したのだそうです(AP 電 "Israel tops Lebanon's hummus record")。で、先週の土曜日、レバノン側が10,452キロのフムスを完成させ、再び世界記録を大きく塗り替え、王者の座に復帰しました(AP電 "Lebanon breaks Israel's hummus world record")。

ミサイルや銃弾が飛び交い、戦車が田畑を踏みにじる本物の戦争に比べ、微笑みながら見守ることができますね、こういう競争なら。ナンバーワンよりオンリーワンじゃない? とかも考えてしまいますけれど。

1月のイスラエルのイベントは、Abu Ghosh という町で開かれ、そこはもともとアラブの町で、アラブ系の市民とユダヤ系の市民が共存しているのだそうで、フムス作りにはアラブ人の調理師もユダヤ人の調理師も協力してあたったとも書いてあります。この記述だけをそのまま受け入れて、無邪気に喜んでいいのかどうか、私には分かりませんが、少なくとも、石を投げ合っているなどというのよりは、はるかによい状態なのでしょう。

写真は1月8日、Abu Ghosh のレストランの前で世界記録樹立を喜んでいた人たちです。ForestForTrees さんが CC-by-nc-sa で公開しています。この日の写真の数々はこちら

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2010年 5月 10日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.09

祈るには近すぎる

Mosque going up in NYC building damaged on 9/11 - 9年前の同時多発テロの時にニューヨーク市の世界貿易センタービルが倒壊した際、飛散した破片などで損傷を受けた近隣のビルを建て替え、イスラムのモスクにする計画が進んでいるそうです。

いわゆる「グラウンド・ゼロ」から道を2本隔てたところにあるビルでは、既に毎週金曜日にムスリムたちの礼拝が行なわれていますが、信者が増え、手狭になったため、13階建ての近代的なモスクを新築し、中にスポーツ施設なども作って、ムスリムと「西側」の人たちとの交流の場にしたいとして、American Society for Muslim AdvancementCordoba Initiative という団体が計画しているものです。

The Remainder by Alistair Knock先週の水曜日に、地域の地主や住民などに計画を説明したところ、非常に好意的な評価を得たそうです。その一方で、9.11で家族を亡くした人たちなどからは、遺族の感情を逆撫でするものだとして、反発の声が上がっているそうです。「嫌ですね。私は偏見はありませんけど」「WTC の近くにモスクを作ってもよいか考えるというだけでも、身の毛がよだちます」「そこで次の攻撃の計画をするために集まるんじゃないんでしょうね」などといった、かなり暴力的な言葉が紹介されています。

単なる偏見に過ぎないと片付けてしまうこともできるでしょうが、心の傷ゆえのことでもありますから、簡単な話ではないのでしょう。建てるか建てないかの段階ではなく、モスクが建てられ、そこに集う人々に触れて、少しずつ凍っていた心が溶けていくのを期待するしかないように思います。

写真は WTC 跡地で見つかった十字架の形をした鉄骨の残骸。 Alistair Knock さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。この十字架が、かつての十字軍のように独善的な態度の象徴ではなく、赦し、慈しみ、愛する心の意味であることを祈ります。

上記 Cordoba Initiative のサイトから献金が可能です。Paypal 経由のクレジットカード決済で、1ドル単位で金額を指定できます。

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2010年 5月 9日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.08

家のない弱者を守る法律

Assembly approves protection for homeless - カリフォルニア州議会下院で、ホームレスの人たちに対する襲撃をヘイト・クライム(憎悪犯罪)と認定する法案(Assembly Bill 2706)が可決され、上院に送られたそうです。

現行の州法では、ヘイト・クライムは、人種、肌の色、宗教、性、婚姻状態、支持政党、性指向、労働争議への関与に基づく暴力と定義されているようです(以前、アメリカの連邦法でのヘイト・クライムの定義について書きました。そちらもご参照ください)。

Urban Camping by KayVee.INC州議会では共和党が反対していて、その主な理由の一つが、ヘイト・クライムと認定されると、被害者は刑事的な賠償だけでなく民事的な賠償も要求できるようになるため、訴訟が増えるからというものだそうです。もう一つの理由は、「ホームレスはライフスタイルであって、肌の色などと違って選び取れるものであるから」だそうです。でも、支持政党や組合活動も保護対象に入っているようですから、どうもこの理由は納得できません。もう少し調べてみなくては、と思います。そもそも、選び取れると言っても、自由に好きなものを選ぶ余裕があるのと、そうでないのとで、ずいぶん違うと思いますけど。

すべての人は法のもとに平等であるべきだから、ホームレスだけ手厚く扱われるのはおかしいという議員の意見も紹介されていました。弱者を見捨てないために社会というものが作られ、強者がおごらないように法律が定められていると私は思っているので、かなり変な理由のように感じます。

写真はサンフランシスコのホームレス。KayVee.INC さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。他にも、考えさせられる写真がたくさんあったのですが、私も同じ色の寝袋を愛用していたので、この写真に決めました。いえ、私の場合、ちゃんと部屋はあったのですが、ふとんがなかったのです。

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2010年 5月 8日 午前 01:24 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.07

砂漠の中の戦争犯罪

'Witnesses': IDF killed Egyptian POWs - イスラエルの有力紙イェディオト・アハロノトの英語サイト Ynetnews によれば、エジプトの独立系(政府寄りではない)新聞 El-Dostor が、1967年の第3次中東戦争の際、イスラエル軍がシナイ半島で、捕虜となった武装していないエジプト兵を大量虐殺した新たな証拠が見つかったと伝えています。

Niña en el Sinaí by festeban証拠とは、虐殺を目撃したベドウィン系住民と生き残ったエジプト兵の証言ということで、YouTube で短い紹介のビデオを見ることができます。ただし、アラビア語のみで、字幕も出ないので、私には何も分かりませんでした。白骨死体とかが出るので、そういうのが苦手な人は見ないほうがいいかもしれません。

今回問題となっているのは、1967年6月5日、6日に起こった45名の虐殺ですが、シナイ半島の中央部には、このような虐殺の跡が至る所にあるとドストル紙の記事は伝えているそうです。

武装を解いた後の戦闘員を殺害することはジュネーブ条約違反だと思いますが、これは古今東西、跡を絶たないようですね。ついさっきまで戦火を交えていた相手だから、急には理性が取り戻せないということなのでしょうか。

シナイの砂漠を歩くベドウィンの少女の写真は festevan さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

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2010年 5月 7日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.05.06

日米安保を破棄しよう

アメリカは沖縄が「太平洋の要石」だと思っているのだから、「基地をどこか他所に持っていってくださいよ」と言っても、いい顔をされないのは分かりきっていたことだし、徳之島だけでなく、どこの県でも、急に米軍基地を作るって言われれば反対運動が盛り上がるだろうということも予想がつきます。

Osaka Kids by ohdarlingで、膠着状態。みんなが他人事みたいに思ってしまうからいけないのだと思います。「基地は沖縄の人たちの問題」だと思ったり、「話をまとめるのは鳩山内閣の問題」だと思ったり。アメリカはアメリカで、「あれは全部、日本国内の問題」だと思っていると思います。

みんなが本当に自分に関わりのあることだと思うためには、枠組み自体を変えなくてはいけないと思います。安保という枠組みを。

安保粉砕。日米安保条約の破棄を求めます。

今までどっぷりと浸かってきた日米安保体制を問うとなれば、基地の近くに住んでいない人も真剣に考えるだろうし、日本の首相が「市民の怒りが収まりません。このままでは“日米同盟”の解消もやむをえなくなります」と言ったら、アメリカも少しは譲歩するだろうし。

本当に、これしかないじゃありませんか。鳩山政権がダメだったからって言って、自民党とかそこから出てきた新党とかに入れたら、辺野古を埋め立てて基地を作って終わりにするだけだもの。

安保反対。米軍帰れ。ここで一人でつぶやくのではなく、デモでみんなで叫びたいです。

写真は、広島を旅行していた ohdarling さんが修学旅行中の小学生から渡されたパンフレットだそうです。CC-by-nd で公開。北日吉台小学校は大阪府高槻市の学校のようです。普天間第二小学校の子どもたちだったら、「世界は平和になりました」とは書かなかっただろうな、とか思いました。

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2010年 5月 6日 午前 12:00 | | コメント (15) | トラックバック (7)

2010.05.05

商魂を戒める聖なる貧者

昨年の10月に、ドイツのモンブラン社がマハトマ・ガンジーの肖像画が刻印された高級万年筆を売り出したことが報じられました。ごく限られた金持ちしか買えないような高価なペンなどは、富をすべて捨て去り清貧な生活を進んで実践したガンジーの思想と行動の冒涜に他ならないという強い非難の声が上がっていました。

by ben.chaney'No Bapu image on Mont Blanc pens' - 5月3日に、この件についてのインド最高裁の決定が出ました。原告とインド法務省の主張が全面的に認められ、ペンの製造販売の禁止が申し渡されました。モンブラン社側が販売と広告の即時停止を申し出たため、訴訟自体は却下されたようです(但し、上の段落の「…高級万年筆」の部分から張った同社の当該製品のリンクは、これを書いている時点でまだ生きています)。

今回の公益訴訟では、マハトマ・ガンジーは「国民的な象徴」であり、それを商業目的に使用するのは1950年に制定された「象徴と名称(の悪用防止)に関する法律」の違反であると主張され、それが認められました。この法律の付則に、マハトマ・ガンジーの名前と肖像が保護対象として載っているのだそうです。

Tシャツとかもダメなのかな。買わなかったけど、ガンジーのTシャツは売っていたような気がします。

写真はサンフランシスコのガンジー像。Ben.chaney さんが CC-by-sa で公開しているものです。

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2010年 5月 5日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.04

中止になった卒業式

40 years after tumult, a ceremony: BU invites class of Kent State year - アメリカの多くの大学では、今は学期末試験の時期で、もうすぐ卒業式が行なわれます。東海岸のボストン大学では、40年前に取りやめになった卒業式が同窓生たちを集めて行なわれるそうです。

Kent State Bullethole by planetschwa40年前の今日、1970年5月4日。オハイオ州の Kent State University で、ベトナム戦争に反対して抗議集会を行なっていた学生たちに州兵が発砲し、4人の学生が亡くなりました。そのニュースは瞬く間に広がり、ボストンでも繰り返しデモが開かれ、ボストン大学の執行部棟には火炎瓶が投げ込まれました。ボストン大学では、混乱収拾のため、キャンパスをロックアウトして学期末試験を中止。卒業式も取りやめとなり、その年の卒業生たちは郵便で卒業証書を受け取ったそうです。

「正義がひどく踏みにじられたと思いました。ファシスト国家になりつつあるのではないか、右翼が警察を乗っ取り、私たちの自由を乗っ取ったのではないかと、みんな心配していました。恐ろしかったです」「卒業式がキャンセルされたことに怒っていた学生もいましたが、多くの学生は、自分たちの反戦の気持ちの深さが学校側に通じた結果だと感じていたと思います。私たちは何事も平常通りというふうにはしたくなかったのです」

私は20年ほど前の一時期、アメリカに住んでいたのですが、通っていた大学で湾岸戦争に反対してピケを張っている学生を大学側が排除しようとした時に学生たちが "No Kent State!" とシュプレヒコールをあげたと次の日の学生新聞で読んだのが印象に残っています。あのころはまだケント州立大での出来事が若い人たちの記憶にしっかりとあったわけですが、今はどうなのでしょうか。

私たちの記憶の継承も堅実とは言えませんね。安保条約の「極東における国際の平和及び安全の維持」をお題目にベトナムやカンボジアの人たちを殺すために使われた米軍基地。それらは今もイラクやアフガニスタンの侵略や占領のために使われているのに、それをどの県に置こうかなんて考えているなんて。

そして、今は、「何事も平常通り」なの?

写真は、40年前の今日、州兵たちの銃撃にさらされた Kent State University の彫刻。Planetschwa さんが CC-by-ncnd で公開しています。描かれたピースマークの中央に穴が開いています。拡大して見てみてください。裏側から見るとよく分かります(こちらは、jesicka さん、CC-by-nc-nd)。

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2010年 5月 4日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.05.03

人道犯罪を裁く

Large protests held in Spain in support of judge - 一週間前の記事ですが、スペイン各地で、フランコ政権時代の「人道に対する罪」を積極的に司法の場で裁いてきたバルタサル・ガルソン(Baltasar Garzón)判事の解任に抗議する大規模なデモが行なわれたことが伝えられています。

Marcha contra la impunidad del franquismo by Christian González GarcíaGarzon 判事は、フランコ将軍のみならず、チリのピノチェト元大統領やオサマ・ビン・ラデンなどに対しても、人道に対する罪は普遍的管轄権(universal jurisdiction)の原則が適用されるとして、その罪を追求してきました。1998年にピノチェトがイギリスで逮捕されたのも、ガルソン判事の出した引き渡し要求によるものです。フランコ時代の犯罪は、フランコの死後の1977年に恩赦が出され「封印」されてきたのですが、ガルソン判事は恩赦は撤回されるべきだとして裁判を開こうとしたため、職権を逸脱したとして起訴されたようです。

Argentina should not take up Franco crimes: prosecutor - ガルソン判事の解任を受けて、フランコ時代に迫害されていた人たちがアルゼンチンの検察に普遍的管轄権に基づきアルゼンチンの法廷で審理することを要求していました。しかし、アルゼンチン検察当局は、このほど、起訴しない方針を決定しました。その一方で、アルゼンチン検察も、人道に対する罪には普遍的管轄権が及び、つまりどの国においても裁けるという原則は「疑う余地もない」と指摘しています。

私たちはよく「強制連行は事実であるが、すでに時効が成立している」「補償の問題は条約締結/共同宣言によってすでに解決済み」などといった理由で戦前戦中の人道に対する罪が十分に裁かれない場面に居合わせます。そういった硬直した司法観ばかり見てきたので、「人道に対する罪はどの国においても裁ける」「独裁政権下で行なわれた犯罪に関する恩赦は撤回されるべきだ」といった考え方は、ものすごくダイナミックなものに見えます。

「真実、正義、補償」という文字の添えられたフランコ将軍のプラカード。ガルソン判事に連帯し、1977年の恩赦の撤廃を求めるデモの写真は Christian González García さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。4月24日、マドリッドで撮影。

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2010年 5月 3日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.05.02

万博と闇

China silences women housing rights activists ahead of Expo 2010 - 昨日開幕した上海世博会(上海万博)の影で、博覧会の準備のために立ち退きを強いられた家が18,000世帯以上あり、居住権の確保を訴えている女性活動家たち(08憲章の署名者たちでもあります)が開幕を前に自宅軟禁などを受けているとアムネスティ・インターナショナル USA が伝えています。

Shanghai Expo fireworks, by Noise 'n Kisses家を奪われた一人、金月花(Jin Yuehua)さんは、闵行(Minhang)区にあった家と店を取り壊された後、反立ち退き闘争を組織してきました。何回も拘束や自宅軟禁を受けてきましたが、今も自宅の周りには警官や市の警備員などがいて、買い物にも出られないそうです。

同じく閔行区に住んでいた沈佩兰(Shen Peilan)さんは、2000年以降、100回も身柄を拘束されました。彼女の近所に住んでいた人の多くは貧しくて、かわりに住むところもなかなか見つけられなかったり、トイレもないような部屋に移り住んだりしているそうです。

毛恒鳳(Mao Hengfeng)さんは、政府が貧しい人々を追い出して金持ちに土地を受け渡していると非難し、彼女たちが個々人の補償ではなく社会的な正義を求めていることを政府は理解していないと語っています。

公務執行妨害で服役中の段春芳(Duan Chunfang)さんについては、獄中で殴ったりされているのではないかと家族が心配しています。健康状態が悪化しているようです。

強制的な立ち退きは、特に高度経済成長の時代に私たちの国でも数多く経験しました。「国のため」なら「地元」の人たちに不本意な犠牲を強いることも許され、それを見ても多くの市民は自分のこととして怒らず、政権は安泰である。そんな先例を私たちは中国の指導者たちに見せてきてしまったのかもしれません。

だとしたら、私たちがまずやるべきことは、中国が私たちの過ちを繰り返そうとしていることを指弾することではなく、私たちが自分たちの過ちから本当に何かを学んだことを明らかにすることでしょう。

辺野古で、徳之島で、そのことが問われています。

写真は博覧会開幕前夜の花火に彩られた上海の夜空。Noise 'n Kisses さんが CC-by で公開しているものです。

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2010年 5月 2日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.05.01

インドで被曝死

Delhi junkyard death raises nuclear waste fears - インドのデリー近郊 Mayapuri にある廃品処理場で、4月8日、8人の労働者が謎の病に倒れ、病院に運び込まれた。病院での診断で、彼らが放射線を被曝していることが分かった。1人が死んだ。今も2人が重症とされており、骨髄移植を待っている。

Reflecting on the ruins of a lifetime by mksfoto被曝の原因となったのは、デリー大学から競売で廃品回収業者の手に渡った古い機械だった。その機械は1970年代に使われていたガンマ線照射装置で、過去25年以上使われることがなかったため、危険物とは認識されずに捨てられたらしい。何も知らずに、それを分解して、コバルト60の出す放射線を浴びてしまったのだ。インドで初の被曝による死だという。IAEA によれば、2006年以降に世界で起こった最も重篤な核事故だったそうだ。

核保有国であるインドは、放射性物質の取扱いに関して厳しい法的規制があるそうだ。それでも、こういう事故は起きてしまう。たった二十数年のことで、人々は自分たちが、少量とはいえ危険な放射性物質のそばで暮らしていることすら忘れてしまっていた。それよりずっと大量な放射性物質を発電所に運び込み、何千年と放射能を出し続ける廃棄物を処理場に置き去りにする。私たちがやろうとしていることは、とても危険なことなのだ。

インドの廃品処理場の写真は mksfoto さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。

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2010年 5月 1日 午前 12:36 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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