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2010.04.23

結ばれない姉妹都市

Vietnamese sister city a hard sell in NC Army town - 米ノースカロライナ州のフェイエットヴィル(Fayetteville)という市が姉妹都市の協定を結ぼうとしたら、市民から強い反対にあっているという話。姉妹都市の候補はベトナム南部、メコン川の流域にあるソクチャン(Sóc Trăng)という市だそうです。

To the burial grounds, by discopalaceFayetteville は全米でも有数の大規模な陸軍基地 Fort Bragg があるところで、ベトナム戦争(1959-1975)当時、そこからベトナムに出兵し、帰還してそのままフェイエットヴィルに住みつづけている退役兵たちが反対しているとのこと。かたや、姉妹都市の縁組みを申し入れてきた Soc Trang はアメリカの傀儡だった南ベトナムにあり、フォートブラッグからの部隊も進駐していたところだそうです。

「やつらとのことは、まだ終わっていないんだよ」「沈んでいた悪い感情を掻き上げるようなものだ」「共産国じゃないか」「今だって戦争をやっている最中なのに、なんで40年前の昔に戻って、当時の敵に『ありがとう』などと言わなきゃならないんだ」「癒しになるなどと言うが、俺は癒しなど必要としていない」といった反対の言葉が引用されています。

侵略された国の人たちが心を固く閉ざすというのなら分かるのですが、土足でずかずかと入って行ったほうの人たちがこういうふうに考えるというのが理解できない私は、いわゆる「平和ぼけ」でしょうか。

ソクチャン郊外の風景の写真は discopalace さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。

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2010年 4月 23日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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コメント

戦場で生きる人々はしばしばトラウマを背負わされますが、それは侵略した兵士たちも例外ではなく、イラクがアフガニスタンからの帰還兵たちが精神的に不安定になって市民生活に戻ることが困難になっているという記事を近年よく見かけます。

『沈黙を破る』を制作した土井敏邦さんは、イスラエル兵たちが、自分の残虐行為を省みて証言するということは、すさまじい心の痛み・葛藤に耐えることでもあると言います。兵士たち全員がそれに耐えられる強さを持っているわけではないでしょう。

ウニさんが紹介してくださった退役兵も、見た目は普通でも、精神的な問題を抱えながら四十年生きてきたのかもしれません。ベトナムの地名を聞くだけで罪悪感にかられるのかもしれません。攻撃的な発言は彼らの心の弱さの裏返しかもしれません。

第二次世界大戦や植民地主義時代に対するヨーロッパの人々の歴史認識を見ていると、「自国の負の歴史に向き合いたくない」というのは、日本人や米国人に限らず、人間が普通に持つ弱さだと最近気付きました。被害者側を軽視するつもりはありませんが、「向き合え!」と言い続けたところで、言われた側に向き合う強さが身につくわけではない以上、人間のこの弱さを前提に話をした方が賢明だと思います。

投稿: こすみれ | 2010/04/25 23:46:15

こすみれさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。

侵略した側の兵士たちもトラウマを負っているかもしれないという指摘、そのとおりだと思います。

子どものころに見た Soldier Blue という映画を思い出しました。アメリカの先住民(インディアン)を虐殺する騎兵隊に所属する兵士があまりの残虐さに嘔吐するという場面がありました。

投稿: うに | 2010/04/26 0:13:21

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