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2010.03.12

高校生と差別

Poll: 46% of high-schoolers don't want equality for Arabs - イスラエルの Ynetnews の記事。同国で行なわれた高校生の意識調査の結果です。Maagar Mochot 研究所というところが行なった調査だそうです。

 האדם החושב by galit lub半数近い46%の生徒が「アラブ系市民にはユダヤ系市民と同等の権利を与えるべきではない」と答えました。調査対象にはアラブ系の高校生も入っていたようなのですが、この数字の母数に入っているかは記事からは分かりません。この平等に関する答えは、公立高校とユダヤ教系の学校とで大きく隔たっていて、不平等であるべきと答えた公立高校の生徒は36%であるのに対し、そう答えたユダヤ教系の学校の生徒は実に82%にのぼります。

同性同世代のアラブ人の友だちを持つ気があるかと尋ねたところ、答えは、全体では32%が「嫌だ」でした。公立高校では23%、宗教系の学校では81%。

アラブ人は国会の参政権を持つべきかという問いには、全体の56%、公立校の47%、宗教系学校の82%の生徒が「持つべきではない」と答えました。

「アラブ人に死を」という標語が民族差別的であるかについては、全体の21%、公立の16%、私立の45%が差別的ではないと答えたそうです。

他にも、自分が入植者だったら入植地の放棄に応じるかとか、エチオピアからの(肌の黒い)移民といっしょのクラスで学ぶ気があるかとかについての答えが報じられています。

たぶん彼らは、イスラエルはユダヤ人が作った国だからとか、アラブ人は「テロリスト」だからとか言って、自分たちの考え方を正当化するでしょう。でも、外から、より客観的に見ると、言い分はどうあれ、差別的な考え方を持っている人がずいぶん多いのだなとしか見えないと思います。

「高校無償化から朝鮮学校を除外すべきだ」と考える人が半数以上だという私たちの国も同じです。

「考える人」と題された写真は、イスラエルの学校でストライキ中の教員とその生徒たちだそうです。galit lub さんが CC-by-nc-sa で公開しているものです。ここにいる生徒たちは、より開かれた精神を持っていると思うのですが、どうでしょうか。

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2010年 3月 12日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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nbsp;日本社会で生きていくための教育を受けている高校生を除外するのは、おかしくないでしょうか。実質的に日本の大学で学べる程度の学力を身につけるカリキュラムがあるのなら、それを「高校」と同じに見立ててもいいではないですか。そのほかに余計なことを教えている、怪しからんことを刷り込んでいる、といった議論は枝葉です。日本社会で生きていける、日本で働くことのできる、上級の教育機関で学ぶことのできる、そういう教育を受けられるのかどうか、のみがメルクマールです。民族教育のできる一条校があればそれに越... 続きを読む

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次の署名運動を応援し,転載します.15日までと急なお願いです.大学教員の方,よろしくお願いします. 「高校無償化」措置を朝鮮学校に適用することを求める大学教員の要請書 応援のクリック歓迎 鳩山首相などは,朝鮮学校の教育内容が分からないなどととぼけたことを言っていますが,下の要請文にもあるように,国立大学を含めほとんどの大学が受験資格を認め,日本人の高校と同等に扱っています.また,インターハイや高校野球などスポーツ行事への出場も認められています.文科省もこれらを認めて来ているのに,今さら「分からない... 続きを読む

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・【主張】朝鮮学校 無償化除外へ知恵を絞れ(産経新聞)  4月から実施予定の高校無償化をめぐり、在日朝鮮人の子女が学ぶ朝鮮学校を対象から外すよう中井洽(ひろし)拉致問題担当相が川端達夫文部科学相に要請し、同省で検討が行われている。中井氏の狙いは、拉致問題で北朝鮮に強い姿勢を示すことにあるとみられる。担当相として当然の要請だ。(中略)  朝鮮学校は、講堂に金正日総書記の肖像画を掲げるなどの同胞教育で知られる。万景峰号が日朝間を行き来していたころは、北への修学旅行(祖国訪問)を利用し、故金日成(元国家主... 続きを読む

受信: 2010/03/17 20:15:54

コメント

イスラエルの場合は、国家の構成民族間での人種的偏見の問題で、
朝鮮学校は、外国人に支援をするべきかという問題です。
(しかも外交問題が存在し、教育内容も不明)

朝鮮学校の適用除外の是非以前に、同質の問題ではないと思いますし、
人種差別として非難するのは論点のすり替えだと思います。

投稿: アラディア | 2010/03/12 5:12:33

そういうふうに、どんなに自分たちの考え方を正当化しようとしても、世界からは差別としか見てもらえませんよ、という話をしているのですが、全然通じないみたいですね。

投稿: うに | 2010/03/12 8:18:23

>朝鮮学校は、外国人に支援をするべきかという問題です。

そういえばブラジル人学校とか中華学校、インターナショナルスクールとかも補助の対象じゃないんでしたっけ? 日本の教育システムの中で朝鮮学校やインターナショナルスクールがどういう位置づけなのか、報道はあんまりないみたいですね。

 わたし、どこか教育費は公的負担が原則という国で、教育機関に違いないんだから日本人学校にも支援しようという国があっても、別に不思議ともなんとも思わないんだけど…。そういう国って、外国人に支援するなんて馬鹿な国だ、って世界中からあざけられるのかなあ。不思議だ。
 

投稿: kuroneko | 2010/03/12 11:48:05

日本では、教育基本法の指導要領に従わない教育機関は、高校とは認められず、無償化以前に私立校としての助成金も出ません。
日本の民族系の学校の多くは、この認定を受けていないので、各種学校の扱いとなっており、朝鮮学校もこれに入ります。

法案では、各種学校でも高校レベルの教育をしているなら、対象になるとされています。
朝鮮学校が問題になるのは、他に較べて、実態が不透明である為、判断ができないことです。
他にも、北朝鮮から資金援助を受けていたことも問題になっています。
日本では、外国の影響下にある組織に、公金で援助をするのは違憲とされています。

日本は外国人の公立校への入学を認めています。それを拒否し、他の選択肢を選んだ事による不利益は、当人が負うべきものだと思います。

これらを民族差別と同列に語るのか理解できません。

外国人学校に公的支援をしている国はありません。
多くの国で自国の利益にならないと判断されているからです。
税金とは公共の利益の為に使用されるべきもので、底の浅い博愛主義で浪費してよいものではありません。

投稿: アラディア | 2010/03/12 14:57:44

> これらを民族差別と同列に語るのか理解できません。

全然通じてないや。

あなたに理解できないのは、あなたが自分の主張を離れて、他の人の立場に立って考えることができないからです。あなたがはじめて日本の高校無償化について聞く外国人だったとしましょう。もちろんあなたが上で書いたような説明を聞いて納得する人もいるでしょう。でも、日本が戦争中に悪いことをしたとか、日本人は閉鎖的だとか聞きかじったことがある人は、あなたのような説明を聞いても、「へえ、でも、それって差別なんじゃないの?」と思うかもしれません。私が言っているのは、そういう人がかなりたくさんいますよ、あなたが思っているよりずっとたくさんいますよ、ということです。そして、そういう人をあえて増やすようなことをするのは、この国のためにならないよ、ということです。

そういう私の論には耳も貸さずに、堂々巡りのように持論ばかり長々と書かれるのは困ります。私はあなたの主張を世に広めるためにこのブログにお金をかけているのではありません。自分の考えを書きたいならば、自分のところでやってください(これは、あなたの、そしてあなたと同じようなことをする人の、今後のコメントを削除することも辞さないよ、と言っていると理解してもらったほうがいいかもしれません)。

投稿: うに | 2010/03/12 15:40:34

kuronekoさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。あと、「公約」実行、お疲れさまでした(笑)。

新聞によると、「北朝鮮とは国交がないので、学校での教育内容の問い合わせができない。だから別扱い」ということらしいです。

国交がなくても、首相が訪問して共同宣言だって出せるんですけどね。外交は難しいですね。「できない」じゃなくて「やる気がない」「やりたくない」ということなのだと思います。

投稿: うに | 2010/03/12 15:47:58

うにさんは外から見ると話が通じていないように思います。
上で書かれているのは「(うにさんが)外から、より客観的に見ると、言い分はどうあれ、差別的な考え方を持っている人がずいぶん多いのだなとしか見えないと(うにさんは)思います。」ということだけですよね。それは正しいか否かとは別のこととして、単なる個人の気持ちに過ぎません。
「世界からは差別としか見てもらえませんよ、という話をしている」のであれば、「世界が○○についてこのように差別性を指摘していますよ」という事実を挙げる以外ないと思います。「そういう人がかなりたくさんいますよ、あなたが思っているよりずっとたくさんいますよ、ということ」をいうのであれば、「この資料にあるように、これほどの人数がそう思っています」と事実を挙げる以外にありません。
これはわたしが頭ごなしに「うにさんの主張は間違っている」と言っているのとは違います。世界がこうだ、大勢がこうだ、という主張を相手に届けたいと思うのであれば、相手が納得しうるだけの事実を提示するのが当たり前。それなしに「あなたは私の話に耳を貸さない」と言っても何も進みはしないでしょう? 「堂々巡りのように持論ばかり長々と書かれ」ても意味がないでしょう?と言っているのです。事実の裏づけがないのに、ひとが誰かの主張にいつでも頷くわけがない。主張の正しさは事実の正しさにしか保証されません。正しさという力のない主張に従うことが、そんなにいいことでしょうか?
http://bit.ly/atMW4vによって科学副大臣のいうことを信用するなら、外国人学校への助成は異例で、つまり外国人学校への助成をしない人は世界にたくさんいるということになる。うにさんの話は成立しなくなるのです。もちろん、反論はあっていい。でもそれは、あくまで事実による話であるべきではないでしょうか。

投稿: - | 2010/03/13 0:15:13

> 世界がこうだ、大勢がこうだ、という主張を相手に届けたいと思うのであれば、相手が納得しうるだけの事実を提示するのが当たり前。

記入されたメールアドレスが本物なら、そしてあなたが援用したリンク先を身近なところから選んだのなら、あなたは既に知っているだろうと思いますが、

国連の差別撤廃委員ら、朝鮮学校無償化除外に疑念
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100225/erp1002251125004-n1.htm

という記事がいち早く(先月25日に)、「差別ではないか」と考える人がいることを伝えています。

どのくらいの数の人がいるかは、世論調査でも行なわれなければ分かりませんね。ぐっと小規模にはなりますが、私は留学生の授業をいくつか担当しているので、四月になったら授業の中で尋ねてみましょうかね。

> 外国人学校への助成をしない人は世界にたくさんいるということになる。うにさんの話は成立しなくなるのです。

この部分は意味が分かりません。私は別に助成する国と助成しない国とどっちのほうが多いとか言っていないのですが、私の話のいったい何が成立しなくなるんですか?

投稿: うに | 2010/03/13 1:04:56

>「差別ではないか」と考える人がいることを伝えています。
そういう人がいる、というのはそうでしょう。別に不思議には思わないですし、「そう考える人がいる」という事実を持ってきて「そういう人がいます」と言うことに何の問題もありません。問題があるのは、事実を提示しもしないで「こういう人がいます」と言うこと、ですから。
ただ、そのニュースを「世界からは差別としか見てもらえません」と言うことの根拠には使えないでしょうし、「そういう人がかなりたくさんいますよ、あなたが思っているよりずっとたくさんいますよ」と言うことの根拠には使えないでしょう。私が言っていることとは関連しない、別の話ですね。
>どのくらいの数の人がいるかは、世論調査でも行なわれなければ分かりません
ではどこから「世界からは差別としか見てもらえません」とか「あなたが思っているよりずっとたくさんいます」と言うことができたのでしょう? 世界の趨勢を知った上で「世界は~と見るよ」、数を知った上で「たくさんいるよ」とおっしゃったのですよね? なにを根拠にして発言なさったのですか? よろしければ教えてください。
>私の話のいったい何が成立しなくなるんですか?
えっ?
うにさんは「『高校無償化から朝鮮学校を除外すべきだ』と考える人」は「どんなに自分たちの考え方を正当化しようとしても、世界からは差別としか見てもらえませんよ」、というようなことを言っているのでしょう? 世界の国々がそういうことを差別でしかないと考えているのなら、(基本的には)外国人学校への助成はすでにされているはずです。だって、世界の国々は(開国からでさえ150年の、「高校無償化」論議からはほんのちょっとの)日本よりも、はるかに「外国人」「外国人学校」への対応を長くやっているのでしょうから。わたしはOECDの国々について、「その国自身も差別でしかないと考えているような政策」を、ずっと長い間放置するようなダメ国家だろうとは考えません。そんなものはすぐに直せますから(金出しゃいいんだからね)。
にも拘らず、現実にはOECD内でも助成実施国は半数にすら満たない。これはきっとそういう助成を単なる差別ではなく(何らかの)しかるべき処置である、とそれらの国が規定しているということでしょう。少なくとも、「世界からは差別としか見てもらえません」と簡単に言うことはできないと思いますが。というか、なぜそう言えるのでしょう?
念のため言いますが、わたしは朝鮮学校の無償化についてはどちらでもいい。ただ、事実に即さない話をしても無駄だ、というだけのことです。強いていえば、http://bit.ly/67qTLzにあるような「私立と同じくらいの学費なのに日本での生活に即した教育が少なすぎて日本社会で高収入を得るのが難しく、結果貧乏スパイラル。」といったことのほうがはるかに問題です。それはつまり朝鮮学校が文部科学省が定めるカリキュラムを満たす、ということになるのでしょうが。

投稿: - | 2010/03/13 4:00:18

> そのニュースを「世界からは差別としか見てもらえません」と言うことの根拠には使えないでしょうし、

ふーむ、(仮に)国連から勧告を受けたりしたら、そういう言い方ができると私は思いますが。

> 世界の趨勢を知った上で「世界は~と見るよ」、数を知った上で「たくさんいるよ」とおっしゃったのですよね? なにを根拠にして発言なさったのですか? よろしければ教えてください。

私は、「これこれしかじかの理由で朝鮮学校除外は差別ではない」という形のコメントをもらいました。私はそれを、「これを差別だと言い立てるのはお前ぐらいだ」というように言われたと解釈しました。だから、「他にもいるよ、私一人じゃないよ」と言いました。特に頭にあったのは人種差別撤廃委員会で出された疑念です。あなたを納得させるような「世界の趨勢」とか「数」は私からは出て来ないでしょうが、私は、これはこれで筋が通っていると思います。

> 世界の国々がそういうことを差別でしかないと考えているのなら、(基本的には)外国人学校への助成はすでにされているはずです。
> 少なくとも、「世界からは差別としか見てもらえません」と簡単に言うことはできないと思いますが。というか、なぜそう言えるのでしょう?

あなたは差別というものについて根本的な誤解をしているように思えます。何か抽象的な行為があって、だれがやってもそれは差別である(あるいはだれがやってもそれは差別ではない)と判断できると考えていませんか? それは間違いだと思います。例えば同じ言葉を二人の人が使った時、一人の使い方は差別的で、もう一人の発言は問題がないということが起こることを忘れていませんか? 何が差別であるかを決めるのは、その行為そのものだけではなくて、それが置かれた歴史上の位置だったり、権力のバランスだったりすることを忘れないでください。残念ながら、私たちの国の歴史や現状は、好意的な解釈を保証するものではないと私は思います。

ここからは読んでいるすべてのかたにお伝えします:この記事はイスラエルの話です。それ以外のことに関するコメントは今後お断りします。他の話は、いずれ私も関連する話題について記事を書くでしょうから、その時までお待ちください。

投稿: うに | 2010/03/13 10:30:54

「それが置かれた歴史上の位置だったり、権力のバランスだったり」で行動の意味が変わる、というのはそれはそれでひとつの意見でしょう、一応は。しかし、であればイスラエルの民族差別と日本の対国家対応(韓国学校も、ではなく朝鮮学校限定の話は「民族」差別ではない)を並べて、なぜ「私たちの国も同じ」と言えるのでしょう。
「この記事はイスラエルの話です」? その「イスラエルの話」に朝鮮学校の話をくっつけたのは誰でしょう? うにさんです。
記事になかった「世界」の話を、根拠もなしにし始めたのは誰でしょう? うにさんです。
記事にない、差別と指摘するひとがたくさんいるとかいう話を根拠もなしにし始めたのは誰でしょう? うにさんです。
記事と記事でない話の混同がなかったら、始めのアラディア氏のコメントすら存在しなかったのですよ。お分かりですよね?
そして今回のうにさんのコメントも非合理なことを言っています。今はそれは書きませんが、そういうやりかたへの批判に耐えずにものを書くのはいかがなものか。それじゃまるで独裁者です。
それともこのコメントは抹消するのでしょうか、独裁者のように。もしされたりまともな反応がなかったら、ほかのところでこれをまとめて、私のように思う人が「他にもいる、私一人じゃない」かどうか確かめてみようかな。

投稿: - | 2010/03/14 0:20:20

> であればイスラエルの民族差別と日本の対国家対応(韓国学校も、ではなく朝鮮学校限定の話は「民族」差別ではない)を並べて、なぜ「私たちの国も同じ」と言えるのでしょう。

イスラエルでアラブ系市民や占領下のパレスチナ人への差別があることはご存知ですか? 日本で在日朝鮮人の人への差別があるのはご存知ですか? そういう差別の下地があるところに、何かの行為をすると、それもまた差別と捉えられかねない、という点で二者は似ていることには気づかないのですか? もう少し頭を使ったほうがいいです。

あなたの括弧内の話もめちゃくちゃです。ある民族の全員を差別しなかったら民族差別じゃないなんて、自分が差別者ではないと言い張る人以外には通用しない論理ですよ。あなたの論理で行けば、「私は○○人は嫌いだけど、××さんだけは別。」と言ったら、その人は○○人を差別していないことになってしまいますよ(この例は、「嫌い」と「差別」は違うとか言って、混ぜっ返されるでしょうから、ちょっと不用意ですが、論理構造は分かるだろうと期待しています)。なんとも差別者に寛容な論理です。

> 「この記事はイスラエルの話です」? その「イスラエルの話」に朝鮮学校の話をくっつけたのは誰でしょう? うにさんです。

文字数で言うと、954文字のうち909文字がイスラエルについて書いたものですが、それでもあなたは私の記事が「イスラエルの話」じゃないと言うのですか? たぶん、あなたは954文字中954文字がイスラエルについての文でないと、その記事を「イスラエルの話」とは認めないのでしょうね。自分が朝鮮学校の話に興味があるから「この記事もその話についてであるに違いない」と考えてしまうのは、世に言う自己中ですよ。

> 記事になかった「世界」の話を、根拠もなしにし始めたのは誰でしょう? うにさんです。

ほう、国連の委員会が懸念を示したというのは根拠にならないのですか! なかなか高いハードルを設定したものですね。

> 記事にない、差別と指摘するひとがたくさんいるとかいう話を根拠もなしにし始めたのは誰でしょう? うにさんです。

あなたは、私が書いた文章を理解できていないか、単純な算数が理解できていないかのどちらかです。

「私一人じゃないよ」つまり他は0名という仮説に対して、だれかがいるということを示せば、数学の定義上、そのほうが無限大に大きい(たくさん)ですよ。ましてや、産経記事の見出しの「差別撤廃委員ら」の「ら」が示すように、私以外の人も一人じゃありません。

> そして今回のうにさんのコメントも非合理なことを言っています。今はそれは書きませんが、そういうやりかたへの批判に耐えずにものを書くのはいかがなものか。それじゃまるで独裁者です。

あなたが書かないので、私のどこが不合理で、どこが「批判に耐えず」なのか、どこが独裁者的なのか、私にはまったく分かりません。言いがかりはするけど何が不満なのかは言わない。そういうひとりよがりの文を書くのはいかがなものでしょう。

> それともこのコメントは抹消するのでしょうか、独裁者のように。もしされたりまともな反応がなかったら、ほかのところでこれをまとめて、私のように思う人が「他にもいる、私一人じゃない」かどうか確かめてみようかな。

ああ、消せば独裁者なのですか。では、消さないのは民主的? 私はそんな不可思議な民主主義の定義を共有しません。自分のブログのコメント欄でどんどん話がずれていくのをチェックするのは、ブログを書いている人間の責務です。ブログのコメント欄は、玄関の前に、例えば「イスラエルの世論調査について話したい人は、どうぞお入りください。話しましょう」と書いて貼っておくようなものです。だれかが入ってきて、イスラエルの話はしないで他の話をする。例えば、記事に出てくる単語だからと言ってエチオピアの話ばかりする。それでも私はその人にお引き取りを願うわけにはいかないというのですか? まあ、あなたなら、追い出された後で「独裁者め! 独裁者め!」とか、外で叫びそうですね。どうぞ、道行く人に同情を乞えばいいと思います。哀れみの視線を得ることは簡単だと思いますよ。私は、玄関の鍵を締め、肩をすくめるだけです。

他のところでいろいろ聞いてみるのはいいことだろうと思います。私はあなたと違って、せっかく労を取るのであれば、あなたのように思う人がいるかどうか確かめるより、朝鮮学校除外というのが差別的と思われる心配がないかどうかを聞くほうが、はるかに有意義だと思いますけど。

あなたはこれを私からの「まともな反応」だとは思わないのでしょうね。私も、あなたにとって「まとも」だと思えるように振る舞うのは難しいと感じます。このコメントを書いたからと言って、私があなたとのやり取りを続ける気があると勘違いしないでください。何が書いてあろうと、あなたの次のコメント(というより、イスラエルの話についてではないコメント)は削除されることをお約束します。

投稿: うに | 2010/03/14 1:46:08

たまに貴ブログを見る者です。予め言っておきますが、私自身は、少ない知識で判断するに、朝鮮学校を無償化から外すのはおかしい(少なくともその理屈は通っていない)と考えています。

その立場から冷静に見て、最後の方のやり取り、うにさんの論理はかなりめちゃくちゃです。論点すり替えすぎです。見る限り大学教員をされているようですが、こんな人でも大学教員になれるんだと唖然としています、正直。朝鮮学校無償化外しに反対する人はこんなに頭の悪い人だと思われると、かえって迷惑ですので、もう少し冷静に論理を立ててください。

突っ込みどころ満載ですが、例えば、最後の方のやつ、文字数でもってこれはイスラエルについて書いた記事だと言っているあたり、もう小学生が半泣きで言い張っているようにしか見えません。その昔、検閲が厳しかった時代は、どの国でも本当に書きたいことは隠して、アナロジーでもって別のことを書くということがありました。小説が流行るのもそういう文脈もあったと思います。だから文字数で日本のことがどれだけ占めているかは関係ありません。最後の要に日本の問題が書かれていたら、読み手は、始めからこれが言いたくてダラダライスラエルのこと書いているのかな、と解釈する余地があります(うにさんの意図が本当は違ったとしても、そういう解釈も可能な中で、文字数だけを盾にとってあくまでも相手への譲歩なしに自己正当化を図る。。。もうこの人は反論されるのに慣れてなくて、ちょっと反論されると頭に血が上るのかな、と思います)。こういう調子で、大半は名無しさんがおっしゃっていることの方がまともです(その方もわざわざ朝鮮学校の無償化について問題にしているのではなくて、うにさんの議論の仕方を問題にしているとおっしゃってますよね)。

あと、「世界からそういう目で見られる」から差別してはいけないんですか?誰かにやいやい言われるからやめる、そんな小学生みたいな論理でいいんですか?もっと差別に内在する問題があるから差別してはいけないんですよね。なんで世界を出す必要がありますか。

とまあ、2人から議論の仕方がおかしいといわれているわけですから、もう少し議論は練ってください。そんな先生に教わる学生も可哀そうです。

投稿: たまに見る人 | 2010/05/09 14:48:29

私が度重ねコメントはイスラエルのことに限ってくださいと書いているのに、どうして違う話題について書いてくる自分勝手な人がいるのでしょう… いや、今まで、幸いなことにコメントを一つも削除しないで来られたことを考えると、ほとんどの人は、何か言いたくても私の希望を尊重してくださっているのでしょう。ありがとうございます。

> 朝鮮学校無償化外しに反対する人はこんなに頭の悪い人だと思われると、かえって迷惑ですので、もう少し冷静に論理を立ててください。

はい、気をつけます。ただ、世の中には頭のいい人も悪い人もいます。頭の悪い人だって意見を言えるべきだと思います。いくら同じ志の人に迷惑がかかるからと言っても、ふだんから同じ仲間にいる人たちの中で「お前が話すとややこしくなるから、ここは俺にまかせろ」みたいな話をするのはいいと思いますが、知らない人に向かって、しかも他の人も見ているところで「迷惑だ。お前は頭が悪いから黙っていろ」みたいに言うのは、かなり傲慢だなあと思います。

> 読み手は、始めからこれが言いたくてダラダライスラエルのこと書いているのかな、と解釈する余地があります(うにさんの意図が本当は違ったとしても、そういう解釈も可能な中で、文字数だけを盾にとってあくまでも相手への譲歩なしに自己正当化を図る。。。もうこの人は反論されるのに慣れてなくて、ちょっと反論されると頭に血が上るのかな、と思います)

物事の起こった順番をよく見てもらいたいです。最初にそういう誤解の余地があるのは分かります。でも著者であり、この場を管理する私がそれは誤解だからその話はやめてほしいとはっきり言っているのに、その後になっても、まだ、誤解ではない、お前が悪いと言い募ってくる人に対して、どういう対処をすればいいというのでしょう。数が一番分かりやすいかなあと思ったのですが。また、あらかじめ警告を出していた削除措置を適用しないで、私なりの反論をすることで、私は十分譲歩していますよ。

> あと、「世界からそういう目で見られる」から差別してはいけないんですか?誰かにやいやい言われるからやめる、そんな小学生みたいな論理でいいんですか?

そういう短絡的な話ではなくて、たとえ自分が差別をしているつもりがなくても、他の人(他の国、他の文化の人)に「それって差別じゃない?」と言われたら、ちょっと考えてみるというのが、自分の持っている差別に気づくいいきっかけになるだろう、と私は考えています。もちろん、そのようにしても、自分を客観視して納得する小学生もいる一方で、「誰かにやいやい言われるからやめたほうがいい」と言われたとしか考えられない大人もいるのでしょう。残念ですけどね。

投稿: うに | 2010/05/09 22:10:51

早速反応いただきましてありがとうございました(2か月も前の記事なのでご覧にならないかもと後から思っていました)。

もちろん、やや意地悪な解釈でもって、あまりご自分が強調していない部分にばかりコメントされてしまうのは面白くなく、冷静に考える気も起きなくなるというのはあると思います。にもかかわらず、私のコメントにもちゃんと反応くださり、ありがとうございます。ただ、良くも悪くもそういうのがネットですし(「朝鮮学校」というワードを入れる時点で、ネトウヨが検索かけてやってくるにきまってます)、そこはあくまでも冷静に論理だけで攻めた方が長期的には得だろうと思います。直接コメントを書き込まない人でも見ている人はたくさんいるでしょうし(事実、私もブログにはめったにコメント書きません)、そういう人たちもやり取りを見て、どちらに分があるかを見ているわけですから。私も別に書きこむつもりはなかったのですが、やり取りを見ていて、おいおい、勝てる試合を落としてるよ、と思ったわけです(先ほどから傲慢な物言い失礼します)。うにさんが本当に頭の悪い人ならこういうことは書きませんが、冷静になればそうではないとお見受けしましたので、思ったことを正直に書かせていただいた次第です。

>そういう短絡的な話ではなくて、たとえ自分が差別をしているつもりがなくても、他の人(他の国、他の文化の人)に「それって差別じゃない?」と言われたら、ちょっと考えてみるというのが、自分の持っている差別に気づくいいきっかけになるだろう、と私は考えています。

そこまでご説明いただければある程度分かりました。まあ、きっかけとしてはありだろうとは思います(ただし「証拠」にはなりませんが)。しかし、この説明抜きに、いきなり「世界」とか出されても、そりゃ、統計を出せという話になるだろうなと思います。

とはいえ、やはり「世界」を出すというのは回りくどいというか、もっと正攻法でいいんじゃないですか。一言、他の外国人学校は無償化の対象となっているにもかかわらず、そして、たとえ朝鮮学校について「不明」だとしても、調査すればいいだけの話なのに、外すということは差別である、と。

事情をよく知らない「世界」の人が指摘したとしても、それは事情をよく知らないからそういうことを言うのだ、と片づけられかねません。名無しさんやそのほかの人が突っ込みたくなったのも、そういう、何とでもいいようのある(自分のさじ加減である)「世界」というものに依拠した論理展開になっていたからでしょう。そもそも「世界」なんて一枚岩ではないわけですし、国連なんて残念ながらそのごく一部でしかありません。

思っているのと逆のこと(しかも持論の垂れ流し的な)をご自分のブログに書きこまれるのが不快なのは分かりますが、書きこんだ本人には通じないとしても、それを見ている第三者のために、「通じてないな」とか「あなたは他人の意見に耳を傾けられない人だ」とか言う前に、冷静な論理をさらっと書く方がいいと思った次第です。だって、はじめからうにさんと同じ考えの人にだけ通じること書いたってしょうがないじゃないですか。いかに違う考えの人を説得して引き込むかじゃないですか?そんなことこのブログの目的ではない、というのでしたら、失礼しました。

コメント欄使わせていただきありがとうございます。

投稿: たまに見る人 | 2010/05/09 22:59:07

> 2か月も前の記事なのでご覧にならないかもと後から思っていました

サイト左のコラムにコメント一覧が表示されるので、たいてい気がつきます。前回も今回も、今夜の記事を書く際に過去の記事を参照していて気がつきました。

> いきなり「世界」とか出されても
> やはり「世界」を出すというのは回りくどいというか、

そんなこと言われても… たまに見る人や検索で来る人には分からないのかもしれませんが、このブログは「世界」がテーマなのです。

> いかに違う考えの人を説得して引き込むかじゃないですか?

ご指摘にあったように、私はあまり頭のいい人間ではありません。意見の割れている物事に関して片手間に人を説得するというのは私には荷が重いです。(仕事のほうは、専門的な知識を基に自信を持って言えることについて、片手間ではなく真剣に取り組んでいますから、ご心配には及ばないと思います。)私と同じような方向性の考えを持っていて私よりも議論とか説得が上手な人が読んで、何か参考になるようなことが書ければと考えています。そのために、日本であまり報道されないようなことについて書いています。

> コメント欄使わせていただきありがとうございます。

いえいえ。また、たまに見にきてください。

投稿: うに | 2010/05/09 23:59:38

またまた早速反応いただきましてありがとうございました。

確かに毎日更新するだけでも相当に荷が重そうですし、まあコメントまでいちいち練るのは大変ではありますね。私の勝手な願望として、そういう読者もいるのだな、ぐらいに聞いていただければ幸いです。

「世界」について、おっしゃりたいことも何となくわかる気はするのですが、やはり私がこうあってほしいと思うように「世界」というのはなかなかならず、というよりも、私がそうあってほしくないことも起こるからこそ「世界」なのだろうなとも思うわけです。だから、その多様性を予め織り込んだ上で、適材適所の論を使いつつ、地道に説得する作業をする以外にないだろうと思うのです。そういうのをこの頃考えているのでつい過剰に反応してしまったかもしれません。私もうまく伝えられませんが、このブログでも十分に伝わってくるそういう世界の多様性の一方で、特に説明抜きで(=さも常識であるかのように)、日本のある問題と関連付けるというのは、結局は自分自身が分かりやすいように世界を矮小化してしまっていやしないか、とお節介を焼いた次第です。私も自分から遠く見える問題を対岸の火事として「消費」するのはいいと思いません。ただ、遠くで自分と通じ合えるような問題や人がいる一方で、ブログに直接書き込むほど近い人とは、少なくとも現時点では通じ合えないほど遠いというのも「世界」の現実なわけです。それを何とかしたいな、と勝手に考えていたのです。

ネットの世界は一見情報量の勝負のようなところがあり、世界を自分が描くように変えたい人(運動家も、ネトウヨも)は、それをシンプルに表した標語や定型句を大量生産していますが、やがてネット住民はそれに飽き、質の高い議論を好むようになる気もします。そういうときに、3つの似たようなお話しの文章よりも、1つの練られた文章の方が読まれ、人の印象に残るのではないかと。

というのと、もう1つ、そもそも「世界」という1つのパケージを、つまり「世界観」として人々に植え付けようとするのではなく(通じ合えない人に、いきなり違う世界観をぶつけても拒否反応が激しくなるだけでしょう)、通じ合えないような人に、その人の個別のものの見方一つだけでも変えることができれば上出来ではないかと。まあある意味、革命か、漸進的改革か、みたいな話なのかもしれませんが。でも前者は一つの大文字の「世界」しか持ち得ませんが、後者はそれを必ずしも必要とせず、小文字の「せかい」の集合として世界を描く点でも違うのかもしれません。たとえるなら、巨大な石は一人や少数では何年かかっても1ミリも動きませんが、同じ重量の砂利であれば、一人でも動かすことが可能で、ちょうどいい形にすることができるかもしれません。世界を巨大な1つの石と見るのか、砂利の集合と見るのかでも、取り組み方は変わりますよね。私は実際の世界は後者だと思いますし、それとして取り組むのが得策かなと、思ったりしています。まあこうやって世界を語る時点で大風呂敷ですが。

そういうことを考えていたので、ちょっと挑発的に書いてみたということでした。なんだかまた長ったらしくなりすみません。もしかしたらうにさんには分かり切っていることを書いただけかもしれません。

またこれからもたまに見に来ます。

投稿: たまに見る人 | 2010/05/10 1:06:52

> 特に説明抜きで(=さも常識であるかのように)、

私は「これは常識だからあなたも従いなさい」というふうなことを言う人間ではないので、そのように読まれるとは思ってもみませんでした。

> 世界を自分が描くように変えたい人

…であれば、言論の生存競争で戦っていくべきだと思いますが、私はそうではないのです。自分が社会に対して無関心になってしまうのを防ぐために書いているという感じです。そういう人が書く文章だから「馬鹿が書くのはやめろ」と言われることになるのでしょうが、急かさなくても、そのうち自然淘汰されていきますよ。

> 世界を巨大な1つの石と見るのか、砂利の集合と見るのか

とても印象的な比喩だと思います。私もコツコツと一人で砂を運んでいることになるのでしょうかねえ。なかなか捗らないのは、私が背を向けている隙に、だれかがそっと元に戻してしまっているというのが怪しいですね! そう疑う私は、きっと自分が笊で砂を運ぼうとしていることに気づいていないのだと思います。

投稿: うに | 2010/05/11 0:26:58

議論ばかりしてしまってすみません。私自身いろいろ考えを整理することができました。ありがとうございます。

>> 特に説明抜きで(=さも常識であるかのように)、

>私は「これは常識だからあなたも従いなさい」というふうなことを言う人間ではないので、そのように読まれるとは思ってもみませんでした。

もちろん、従えと言っているとは思いませんが、説明抜きにくっつけても通じるという想定は危ういのではないか、といったようなことです(挑発的な書き方をしてきましたが、私はうにさんの人格や能力を問題にしているわけではありません)。

ただ、

>自分が社会に対して無関心になってしまうのを防ぐために書いているという感じです。

というのを拝見すると、なるほど、そういうブログの使い方もあるか、と思いました。無料で見せてもらっている私がこれ以上言うことではないですね。

巨大な石か、砂利か、という比喩は、自分自身が大きな物語を描いてはいけないという戒めであるとともに、敵をむやみやたらと大きく捉えすぎず、細かい部分で、個別に攻めていくという戦法をとった方が、賢明ではないだろうか、といった意味合いも含んでいます。やはり少数者は数ではなく知恵で勝負する以外にないですからね。といって、私に今具体的な知恵があるわけでもなく、うにさんもいろいろと模索されているんだろうと思います。しかし、毎日コツコツといろいろなニュースを掲載されていることは、そういう点では、意味のあることだと思います。いろいろと老婆心失礼いたしました。

投稿: たまに見る人 | 2010/05/11 1:34:58

いろいろご指摘ありがとうございました。

だれにも誤解されないように、一人でも多くの人に理解されるように書こうと思っても、なかなかうまくできないんですよ、私には。小学校のころから作文が苦手でした。

また気が向いたら見にきてください。

投稿: うに | 2010/05/11 23:42:55

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