« 作家の訃報 | トップページ | イタリアで学校ゼネスト »

2008.10.31

イラクにおける米軍地位協定

イラクのマリキ内閣がアメリカ軍の地位協定締結交渉の中で主張している諸点は、日本のふがいなさを浮き彫りにして見せてくれます。

アメリカ軍がイラクの領土を足がかりにして他の国々への攻撃を行なってはならないことを明記すべきだとする点(ニューヨーク・タイムズ紙 "Iraqis Insist on Changes to Long-Delayed Security Pact With U.S.")。日本とアメリカの関係に投射してみると、これは日米地位協定に書き込まれる余地が見出されないような事柄で、むしろ日米安保条約そのものに関わる事項のように思われます。そういう根幹的なところでちゃんと主張するイラク政府に声援を送ります。

もう一点は、取調べの優先権や裁判権に関して、犯罪に問われたアメリカ兵が「公務中」であるか否かを判断する権利がイラク側にあるとする主張です(マクラチー紙 "Iraq revises draft troop deal; U.S. likely to reject changes")。イラク政府はこれが「イラクの主権の基本原則の問題だ」と主張しています。そういえば、この間、沖縄で墜ちた小型飛行機は、日米地位協定を盾にとられて日本の警察は機体の差し押さえもできなかったのでしたよね(沖縄タイムス「米軍、機体引き渡し拒否/セスナ墜落/嘉手納基地内に移送」)。

日本って、牙も爪もないと言うか、ぬるま湯に漬けられて骨抜きにされているんだなあ、と思ってしまいます。

このブログで

Tags: , , ,

2008年 10月 31日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12988/42955273

この記事へのトラックバック一覧です: イラクにおける米軍地位協定:

コメント

占領統治下の日本を扱った『敗北を抱きしめて』(ジョン・ダワー著)によると、敗戦直後の日本では、資本家、元高級軍人、政治家、官僚たちの殆どは、民衆のために行動することはなく、物資の横流しや略奪で私腹を肥したそうです。また政府も地域社会も、戦災孤児や浮浪児、手足を失った復員兵、戦争未亡人たちを冷遇したそうです。日本は63年前からずっと腑抜けで、弱者にも冷淡だったのではないでしょうか。現在のイラクの気概ある地位協定交渉を見ると、羨ましくさえ思えます。

『在日米軍最前線』(斉藤光政著)によると、実用性の低いミサイル防衛に日本が巨額な軍事費を投入するのは、日米の軍需産業の圧力だとか。また米国によって、日本列島そのものが最前線化されており、有事の際に北朝鮮が標的とするのは在日米軍基地だそうです。たとえ自衛目的であろうと、際立った軍拡をすれば周辺国が警戒を強めるのは当然ですし、ましてや在日米軍は高い攻撃力を有しています。私の国は周辺国を挑発して戦争したがっているとしか思えないです。冷戦崩壊後も日米安保を見直すこともなく、米国のイラクやアフガニスタンに対する侵攻に対して全面的な協力を続けているこの国の権力者たちには、自国民や他国民の基本的人権の保護よりもずっと大切なことがあるのでしょう。

投稿: こすみれ | 2008/10/31 2:33:44

こすみれさん、コメントありがとうございます。

およそどんな尺度を用いても、イラクよりも私たちの国のほうが恵まれていると思えるのに、政治家(や、それを支える市民)の気概については、恥ずかしいくらいですね。

終戦後、そんな為政者でも容認されたのは、人々がよっぽど平和に飢えていたからなのでしょうか。

投稿: うに | 2008/10/31 22:08:59

「平和への渇望」よりも、「諦め」が強かったのだと思います。絶対権力者のGHQは、戦中の官僚組織を戦争犯罪人を残したまま保護し、この「汚れ」組織に権力を集中させて間接統治しました。それで国民は公正な社会を諦めたのだと思います。加害国(+敗戦国)だったので罰として受容したのかもしれません。イラク人は自分たちが侵略される理由がない被害者であることを知っています。自分たちの正当性に確信があるので決して諦めないでしょう。

また日本では厳しい秘密の検閲と思想統制が行われ、占領政策に対する批判は占領軍の犯罪ですら報道が禁じられました。結果、体制や権威に対する盲信が進んだのではないでしょうか。それに比べ、イラクに関する情報はネットに溢れています。海外メディアが為政者の非を報道することはイラク人が正義を諦めないことを支えるでしょうし、アラビア語が多くの国の公用語であることはイラク人が自国を客観的に考える助けになります。

名ばかりとは言え、主権回復後も、特権官僚組織を戴くエセ民主主義を日本人が受容し続けた理由は、「諦め」「盲信」に加えて、朝鮮戦争特需による経済復興だと思います。生活が改善に向かったことで政治に対する不満が和らぎ、体制やメディアを監督・監視するという国民の義務は自覚される機会を失いました。今なお無自覚な人が多いのは、衣食住が一応満たされているからでしょう。何年も死と隣り合わせで生きているイラク人は、宗派対立がネックですが、政治や平和に対する思い入れがどの国の人よりも強いのではないでしょうか。

投稿: こすみれ | 2008/11/04 1:13:23

こすみれさん、コメントありがとうございます。

よく、戦争のことを体験者たちから聞いておかねばならないということが言われますが、終戦直後のようすも、やはり記録し、記憶しておかなければなりませんね。私が子どものころは、そういう話を聞く機会も多かったのですが、なんとなく聞き流してしまいました。残念なことをしました。

投稿: うに | 2008/11/05 22:17:32

コメントを書く