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2008.08.20

社会の一員としての義務

ベルルスコーニ政権下のイタリアは、イタリア国籍保持者や子どもも含めてすべてのロマの指紋採取を行なったり、犯罪対策と称して都市に軍を展開したりするなど、右傾化の度合いを強めている。その中で先週、カトリック教会に近い有力な週刊誌 Famiglia Cristiana が論説の中で「イタリアがファシズムの再来を迎えていると考えるのは誤りだと信じたい」と書き、ベルルスコーニ政権との対決姿勢を鮮明にした(ロイター電 "Italy gov't bridles at Catholic mag's fascist slur")。

教皇庁は「Famiglia Cristiana は教皇庁の意見を述べているのではない」との声明を発したが(国営ANSA通信社 "Vatican intervenes in magazine row")、17日のミサでベネディクト16世は「人種差別、不寛容、他者に対する排除から社会を守るのはキリスト教徒の義務である」と延べ、Famiglia Cristiana 誌を支持する立場を明らかにした(英ガーディアン紙 "Italy: Silvio Berlusconi under fire as Pope appears to back warning about fascism")。

現教皇は保守派として知られる人物である。その彼から見てもイタリアの社会の民族主義の高まりが危険だと見なされるというのは注目すべきことだろう。

人種差別、民族差別はもちろんイタリアだけの問題ではない。イタリアにはそれと闘う姿勢を見せる教会指導者という宗教的、道徳的権威が存在するということをうらやましく思う。私たちの国には、そういう歯止めがないのだから。だからこそ、私たち一人ひとりが口を酸っぱくしてでも言いつづけよう。人種差別、不寛容、他者に対する排除から社会を守るのは、誠実な人間の義務なのだ。

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2008年 8月 20日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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