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2008.02.14

ケビン・ラッドの言葉を聞いて

オーストラリア国会で行われた「盗まれた世代」へのケビン・ラッド首相の謝罪はすばらしかった。真実なる歴史をみんなが共有し、和解への道をともに歩み出す日にふさわしいものだった(通信社による全文ビデオ。国会のビデオ)。

なぜ謝罪が必要かという問いについて、彼はいくつかの答えを用意していたが、そのうちの二つに私はとても心を動かされた。

一つは、「自分の身に起こったらどうだったかと考えてください。そうすれば、どんなに赦すことがむずかしいか分かるでしょう」という言葉。

もう一つは、世代を超えた責任についての話で、「私たちは先達たちから多くの恵みを受け継いでいます。だから私たちは先達たちの重荷も受け継がなくてはならないのです」という言葉だ。

どちらも、当たり前のことをごく普通の言葉で表現したものだ。これらの考えが当たり前になっておらず、これらの言葉を聞くことができない国に自分が生きていることを悲しく思った。

これらが少しでも当たり前の考えになること、少しでも聞かれる言葉になることを、願い望むだけでなく、自分の責任として引き受けたい。

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2008年 2月 14日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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コメント

ラッド首相の演説、心の底から感動しました。全文を把握できたわけではないですけど、わかる部分だけを読んでも、またビデオでの演説の様子も合わせて、上っ面の話ではない、厳粛さが伝わります。「謝罪」というものが「自虐」どころか、当事者双方にとって前向きなものなのだということが実感できるものでした。オーストラリア人は、これによって「未来」という大きな財産を手に入れたことになる。いや、彼らだけの財産で終わるものでもないですけど。

およそ日本の政治家が、これに類する厳粛さを言葉に持たせることができたためしがあったでしょうか。もしかしたら、かつて日本国憲法を発布する際には、同じくらいのものあったかも知れませんが・・・。

いつもながら、大切な記事をありがとうございます。

投稿: レイランダー | 2008/02/15 13:03:24

レイランダーさん、

> 「謝罪」というものが「自虐」どころか、当事者
> 双方にとって前向きなものなのだということ

まさに同感です。でも、去年の安倍前首相の慰安婦問題に関する国会答弁などを見ると、レイランダーさんのおっしゃるようなとらえ方が全くできない人もいるのだと思ってしまいます。それを単に責めるのではなく、オーストラリアのように世論としてよりよい方向に持って行ければいいなと思います。なかなかむずかしそうですが。

投稿: うに | 2008/02/16 8:14:55

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