ラマの橋立て
インドとスリランカの間の海峡には、あたかも橋のように浅瀬や砂州が続いていて、船底の浅い船しか通れないらしい。浅瀬の一部を掘り下げて大型船が航行できるようにする Sethusamudram 航路建設計画が進行中だが、その差し止め裁判が宗教論争のようになっている。

この「橋」は、Adam's Bridge とか Ram Setu (ラムの橋。Rama/Ramar、Sethu などの綴りも見受けられる)と呼ばれ、ヒンズー教の信仰の拠りどころの一つである古代詩の「ラーマーヤナ」によると、ラーマ王が猿の軍団に建造させたものとされているらしい。工事がラーマーヤナに記された歴史的な建造物の破壊にあたるとして、差し止め請求が出されているようだ。
これに対し、インド政府は、Ram Setu は人工的な建造物ではなく、自然によって形作られたものであるという証言調書を提出した。この調書がヒンズー教への冒涜であるとして、各地で抗議行動が起こり、政府は調書を撤回し、担当大臣が辞任を口にするような事態に発展している。さらに、右翼政党の中からは、シーク教徒である大統領の適格性まで疑問視する声が上がっている。
宗教的に重要な意味合いを持つ場所であるから手を付けるべきではないというのなら、まともな主張だと思うのだが、聖典の字義通りの解釈しか許さないというのは、なんとも近寄りがたい感じがする。こういう原理主義的な対立は意味のあることだったのだろうか。
2007年 9月 17日 午前 12:00 | Permalink | この月のアーカイブへ
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