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2007.03.31

マニラの人質劇

28日にフィリピンで遠足に向かう保育園児たちが乗ったバスが乗っ取られる事件が起こった。市役所前の広場に駐めたバスの中から、手投げ弾などで武装した犯人が訴えた人質解放の条件は、人質となった貧しい子どもたちに教育の機会を保証すべく経済的な援助を行なうこと、政府が腐敗の問題により真剣に取り組みこと、などであった。政府側が要求の一部を飲み、夜になって犯人は投降し、子どもたちは無事救出された。

Political Rally in the Philippines, by igorms犯人は Jun Ducat さん。建設会社社長、56歳。貧しい街に生まれ、努力によって会社経営者にまでなり、100人もの恵まれない子どもたちに教育費の援助も行なっていたという。地元での信頼は絶大で、「自分の子どもが人質事件に巻き込まれて、最初はパニックでしたが、デュカットさんが犯人だと聞いて、安心しました」「処分を求めるつもりはありません」などという親たちの声も紹介されている。貧民街の住民たちからも「自分たちの暮らしの置かれた現状に社会の目を向けてくれた」と評価する声もあがっている。バスを乗っ取って、まずファストフードのドライブスルーで子どもたちのお弁当を買った、などとも書いてある(フィリピンの Inquirer 紙 "Ducat: Not your typical hostage-taker"、アルジャジーラ "Hostage drama divides Philippines" など)。選挙に出ようと計画してもいたらしい。

私は不謹慎なので、世の中で痛ましい事件(例えば、子どもが殺されたり、野宿者が襲われたり)が起きるたびに、「何か犯罪を起こしたいのなら、もっといい犯罪を起こせばいいのに」などと思ったりする。独りよがりではない「いい犯罪」なんてないのかもしれないのだけれど、今回の事件は、だれも傷つかなかった上に、当局側に施策の改善を図っていくことを約束させることもできたという点では、とても考えさせられる出来事だった。

写真は、フィリピンの政治で検索して見つけたものです。今回の人質劇のデュカットさんは無所属で立候補するつもりだったみたいなので、この写真の政党とは違うと思います。写真は igorms さんが Flickr で CC-by-nc で公開しているものを使わせていただきました。

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2007年 3月 31日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.03.30

靖国合祀と民主主義

国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立つて、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。

国立国会図書館法の前文です。国立国会図書館が刊行したという「新編 靖国神社問題資料集」について何か情報がないか、国会図書館のサイトを見ていて見つけました。上記の理念に関して、サイトには、「むろん、民主主義は、ひとり国会議員が情報を持つことにより実現するわけではありません。国民が情報を持つこともまた民主主義の不可欠の要素です。このため、国立国会図書館は、「真理がわれらを自由にする」の理念の下、国会に奉仕するとともに、国民の情報ニーズにも応える機関として位置づけられています。」とも書かれています。

Yasukuni Jinja, by +Jun+新聞報道によれば、新資料集がオンラインで見られるようになるのは5月初旬とのこと(すでに紙媒体では販売されているのですよね。いくらぐらいするのかなあ)。安倍首相や塩崎官房長官は厚生省と靖国神社がいっしょに合祀を決めていたことについて「問題ない」と発言していると伝えられていますが、一人の国民として、十分に情報を得た上で、政教分離という憲法の誓約が守られていたのかどうか、しっかりと判断したいと思います。

今は折しも、憲法を変える地ならしとしての国民投票法案が国会で審議されようとしている時。政府や官庁が本当に憲法を遵守してきたのかどうか、市民に対して嘘をついてこなかったのかどうか、重要で妥当な疑念がある中、次の新しい憲法の話などするべきではないと思います。

靖国神社のみたままつりの写真は、+Jun+ さんが Flickr で CC-by-nc-nd で公開しているものです。Trueamano さんのこちらの写真とどちらを使おうか迷ったのですが、夜の写真のほうが、泥臭いナショナリズムや軍国主義が感じられるような気がして、選びました。

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2007年 3月 30日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (2)

2007.03.29

サンフランシスコでお買い物

サンフランシスコの市議会が、市内の大規模スーパーのレジでポリ袋を渡すことを禁止したそうです:サンフランシスコ・クロニクル紙の記事 "S.F. supes vote to ban plastic shopping bags"。スーパーは半年以内、薬屋さんは1年以内に、再生紙の袋か生分解性の袋(石油ではなくトウモロコシのでんぷんなどから作られるもの)に変えなくてはならないとのこと。このような条例ができるのはアメリカでは初めてだそうです。

Yellow Bags, by moriza サンフランシスコ市内だけで、一年間に1億8千万枚のレジ袋が使われているそうで、この2年間で大規模スーパーは780万枚の削減を行ないましたが、市と合意していた1千万枚という目標には及ばず、新たな条例の制定という結果になったようです。小規模店舗にはこの規制は及ばないそうで、ちょっと中途半端な気もしますが、サンフランシスコ市は既に食品の包装に発泡スチロールを用いることも禁止しており、エコロジカルな姿勢は明らかなようです。

食べ物や日用品の買い物とはちょっと話がずれてしまいますが、昨年、出張先のソウルで教保文庫という大きな本屋さんに行きました。そこでは、袋もカバーもなくて、支払いをすると、本の地(底辺)の部分に小さなスタンプを押してくれました。いい方法だと思いませんか。

最近レジ袋の話題を何回か書いていらっしゃった緑の森を楽しく歩いたブログにトラックバックを送ります。

写真は moriza さんが Flickr で CC-by-nc で公開しているもの。撮影場所はサンフランシスコではなくニューヨークです。

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2007年 3月 29日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.03.28

あえて安倍首相の謝罪を評価する

3月26日の参議院予算委員会での吉川春子議員(共産、参議院比例)と安倍首相らの応答(ビデオ、5時間52分ぐらいから)は、

質問:「安倍総理は3月1日の夜、官邸で記者団の質問に答えて、93年の河野官房長官談話について『当時定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ』と語られました。そうですか。」
答弁:「すでに今まで何回か答弁を申し上げているわけでございますが、私は河野官房長官談話を継承していくことを申し上げているわけでございまして、そしてまた、慰安婦のかたがたに対しましてご同情を申し上げますし、また、そういう立場に置かれたことについてはお詫びも申し上げてきたとおりでありまして、今まで答弁してきた通りであります。」

といった感じの、はぐらかしの連続で、安倍首相や麻生外相の不誠実きわまる態度に腹を立てずに見ることはできないが、質問枠の14分全てを使って吉川議員が冷静に追求を続けたことは、高く評価できると思う。

とりあえず、1993年の河野談話(外務省のページ)を、

長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

という事実認定を含めて継承すると明言させたことや、3月3日の記事で取り上げたオハーンさん(『オランダ人「慰安婦」ジャンの物語』という自伝が日本でも出版されていることを最近知った)の強制連行の事実性を認識していると明言させたこと、そして「内閣総理大臣としてお詫びを申し上げている」と言わしめたことにより、政治的、外交的には、ちょうど一か月ほど前に歴史修正主義に染まった国会議員たちが「河野談話の見直し」を口にし始める前の状態にまで戻ったことになる。市民の言説のレベルでは、安倍首相の引き起こした混乱の中で「慰安婦問題はでっちあげだ」といった世間知らずの俗説を何十歩も後退させることができたと言えるはずである。

今、私が自信なげに「はずである」と書いたのは、この日の安倍首相の「お詫び」が、日本国内のメディアでは、下村博文官房副長官(自民、衆議院東京11区=板橋区)の「直接的な軍の関与はなかったと認識している」という発言にかき消されてしまって、あまり目立たない扱いになってしまったからだ。妄想の中で生きている人たちは、自分たちの敗北に気がついていないのかもしれない。

その一方で、国外のメディアでは、「安倍が謝罪した」という部分が強調されて報じられている(例えば、APの "Japan apologizes to WWII sex slaves" やBBCの "Japan PM apology on sex slaves")。これによって今後は、じゃあ残された補償の問題はどうなるのだ、という点に話が転じていくのであるが、それに対応しなくてはならない安倍首相がこのままでは全然異なった言説を奉ずる国民との板挟みになることは目に見えている。

私たちの目からすれば、安倍首相の“謝罪”は甚だ不十分なものだ。しかし、私たちはこれを新たな出発点として、若き日に人権を蹂躙され、その痛みとともに生きてきた元慰安婦のかたたちが、その残された短い年月の中で少しでも正義がなされることを見届けられるようにしなくてはならない

そのためには、安倍首相が謝罪したのだということ、そして今までよりもわずかながらも一歩踏み込んだ発言をしたのだということを評価し、それをより多くの人の記憶に刻み、妄想的な歴史観を持った人たちが彼の足を引っ張らないようにしなくてはならないと思う。そう思って、これを書いている。

米下院での決議を促す署名も続いている(署名文の和訳はこちら)。さまざまな国に住む800人もの人々がわずか2週間のうちに名を連ねた。これをお読みになっているあなたもこの輪に加わってくださるよう、私からも今一度お願いしたい。

(ちょっと長くなりすぎたので、ぜひとも伝えたい部分をハイライトしてみました。うーん、いまいち。)

(足を引っ張る陣営の人たちからのコメントやトラックバックはお断りします。こう書いておいてもきっと来るので、かなりざっくりと消します。微妙な書き方だと、足を引っ張る意図がなくても消してしまうかもしれません。お気を付けて。)

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2007年 3月 28日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (3)

2007.03.27

鳥はどこへ行った

イギリスの愛鳥協会(The Royal Society for the Protection of Birds)は、毎年、1月下旬に会員に呼びかけて、家の庭にどんな鳥が来ているかを観察し報告する Big Garden Birdwatch を催している。今年は1月27、28日の週末に40万人を越える人々の参加のもとに行なわれた。

Blue Tit, by markkilner 3月26日に発表された集計結果によれば、ウタツグミ(song thrush)が昨年より65%減、クロウタドリ(blackbird)が25%減など、軒並み、昨年に比べて鳥の数が激減している。今年がヨーロッパ全体で暖冬だったためイギリスに渡ってくる鳥が少なかったこと、林などで木の実が豊富だったため人家の庭に来る鳥が少なかったこと、などが原因と考えられるとのことだ。気候の変化によって鳥の行動パターンが変化しているのである。観察の始まった1979年と比べると、スズメが56%、ムクドリ(starling)が76%減っているのに対し、ハトが数倍に増えるなど、生態系全体で大きな変動があるようだ。

「沈黙の春」はまだ来てはいない。しかし、変化は着実に進んでいる。

アオガラ(blue tit)の写真は markkilner さんが Flickr で CC-by-nc で公開しているもの。1月24日撮影。

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2007年 3月 27日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.26

パレスチナの音楽祭

イスラエルの占領下におかれているパレスチナでモーツァルトをテーマとした音楽祭が今月31日から4月14日まで開催される: Palestine Mozart Festival 2007。ベツレヘム、エルサレム、ナブルス、ラマラで、コンサート、講演会など25の催しが開かれる。Electronic Intifada で知った。

目玉の一つはレクイエムで、the Choir of London を中心に、パレスチナの声楽家なども交えて上演されるらしい。

レクイエムはカトリックの典礼だが、「シオンにいます神よ」とか「かつてアブラハムに約束されたことを その子孫にも果たして下さい」などという句も出てくる。本当に大丈夫なのだろうかと、おせっかいながら心配してしまう。

「かれらに安息を与えたまえ」は、非人道的な占領を生きるパレスチナの人たちの祈りそのもであるのかもしれないけれど。

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2007年 3月 26日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.03.25

ピレシア人は国に帰れ!

Fond Only Of Hungarians ― 最近行なわれた世論調査でハンガリー市民の外国人嫌いが進んでいることが分かったという IPS の記事。1989年に社会主義体制が崩壊した後、言論の自由は進んだものの、失業や未来に対する絶望感も増え、それとともに民族主義的な考え方や排他的な感情も高まってきたという。

ブダペストの Tarki 社会学研究所の行なった調査によると、あからさまに他民族排斥的な考え方を持っているのは人口の4分の1に過ぎないが、ハンガリー国内にいる他民族に対して拒絶感を持っている人は、着実に増えている。質問項目の中には、ルーマニア人、ロシア人、アラブ人、中国人など実際に移住者がいる民族に加えてピレシア人(Piresians)という架空の民族に関するものも含まれていて、「ピレシア人がハンガリーにいること」に対する反感は昨年より9%も増えて68%にも達した。進歩的な Népszabadság 紙は、「ピレシア人はハンガリー人から仕事を奪っていき、国を乗っ取ろうとしているのだ。あなたが駐車しようと思った時にそのスペースを一歩先に取られてしまったなら、そいつはピレシア人に間違いない」と、潜在的民族差別主義者たちをおちょくっているという。

他民族の市民や同性愛者が身の回りにいると答えた人は寛容度が高いという結果も出ている。ただし、ロマ(いわゆるジプシー)に対する偏見は、ロマと日常的に接触のある人たちの間にも強い。難民受け入れに対する拒絶も強く、積極的な回答をした人は6%に過ぎない。

背景説明として、ハンガリーは人口の94%がハンガリー民族、95%がハンガリー語の母語話者であって「等質性が高い」ことや、移民人口は首都ブダペストに集中していること、ゆるやかな保守主義が主流の非都市部に対し首都ではリベラルな考え方と同時に極右勢力も多いことが記されている。

あまりしっかりと調べていないのだが、オリンピック開催に立候補しようかという話は出ているものの、首都の知事が好戦的な右翼の民族主義者で女性を蔑視したり市政を私物化したりしているということはないようだ。

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2007年 3月 25日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.03.24

不安も臨界

電気事業連合会のサイトにある国際原子力事象評価尺度(INES)。IAEA のサイトにある英語版を分かりやすい表にまとめたものです。

北陸電力の志賀原子力発電所1号で1999年6月18日に「想定外に制御棒3本が引き抜け原子炉が臨界状態とな」ったことが明らかになったのに続いて、東京電力の福島第一原子力発電所3号機で1978年11月2日に「制御棒5本が想定外に引き抜け、原子炉が臨界となっていた可能性が高い」ことが公になりました。このうち、志賀原発での出来事については、INESに当てはめると「北電の紫藤正一執行役員は事故について「レベル0や1でなく、もっと上のレベルと推定している」と述べ、レベル2以上の重大な事態だったとの認識を示した」(北陸中日新聞)と報じられています。

過去の事例では、チェルノブイリがレベル7、スリーマイルアイランドがレベル5、バケツでウランを運んでいたら臨界に達したという株式会社ジェー・シー・オーの1999年の事故がレベル4、美浜2号機が1991年に起こした蒸気発生器の細管破断がレベル2、1995年のもんじゅの事故や2004年の美浜発電所3号機の事故がレベル1にあたるそうです。

レベル2の説明を見ると、所外への影響は「安全上重要ではない事象」ですが、「所内のかなりの放射性物質による汚染/法定の年間線量限度を超える従業員の被ばく」もしくは「深層防護のかなりの劣化」が基準とされているようです。

あまり素人にはピンと来ません。むやみやたらに心配しないほうがいいのかな。ただ、各社の報道発表で「想定外」だったとされているのがとても気になります。原子力発電を推進するにあたって、ありとあらゆる想定をした上で安全だと主張されているのだと思っていたものですから。

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2007年 3月 24日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.23

カリフォルニア州立大でスト権確立

AP電 "Cal State faculty authorize strike" によれば、米カリフォルニア州の州立大学群の教員組合で、スト権が確立され、早ければ4月にも2日程度のストライキが実施される見込みとなった。

組合員の投票によりスト権が確立したのは、2つある州立大学群のうち、Cal State システムのほう(もう一つは UC システム)。学生総数は40万を上回り、アメリカ最大の大学群である。組合は、約2万3千人の教員の内1万1千人が加盟する California Faculty Association で、投票率80%、そのうち94%が賛成の意志を示したとされている。

カリフォルニア州立大学群では、2年ほど前から待遇改善の労使交渉が行なわれてきたが、合意に至ることができずにいる。同レベルの機関に比べ給与水準が低いことは大学側も認めているとのことで、また、学生自治会の代表も教員給与の低さが原因で大学の競争力が弱まることを懸念すると述べている。

スト権を行使し授業を休講にすることに関して何の戸惑いも感じない教員はいないと思うが、職場としての魅力が減って、よい教員が離れていってしまうことによって学生たちがこうむる不利益は、1回、2回の授業よりも桁違いに大きいとも言えると思う。それは賃金の削減が実施されている日本のさまざまな私学でもそうだし、改革の名の下に運営費交付金の大幅減額の危機にさらされるかもしれない国立大学でもそうだ。

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2007年 3月 23日 午前 12:12 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.22

今昔

Iraq and Vietnam: contrasting protests ― アメリカでの2つの時代(ベトナムとイラク)の反戦運動を比較したAP記事。

一面では、往時に比べ、現在の反戦運動は盛り上がりに欠けるように見える点もある。集会の参加者も少ないし、建物の占拠などの激しい行動もさほど見られない。この差を作る最大の原因は、やはり、徴兵制の有無だと考えられる。60年代の若者の平和運動は、自分が戦場に送られるかもしれないという恐怖に裏打ちされていた。キング牧師、ジョン・レノン、モハメド・アリのような顔になる人物がいるかいないかも違う。アメリカ兵の死者が増えていると言っても、ベトナム戦争のころとは一桁違う。以前ほど世代間の対立もない。軍や軍人に対して厳しい批判が行なわれることは意図的に控えられており、また、権力に刃向かってもしかたないという風潮も強い。

その反面、戦争に反対する底流は以前よりも強いとも考えられ、昨年秋の中間選挙での民主党の勝利に見られるように、人々の平和を望む声は政治家にとって無視できない存在となってきている。このような影響を与えるようになったのはベトナム戦争のころよりもむしろ速いとも考えられる。更に、学生が主体だったベトナム反戦運動に比べ、今は労働組合やアフリカ系市民も多く参加し、階級や人種を越えた広汎な運動になっていることが観察できる。

自分が徴兵されるかもしれないというわけでもないのにこれだけやれているというのは、人々が前よりも世界の動きに敏感になったり、思いやり深くなったとも言えるだろう、という感じのまとめで記事は終わっている。

ここに挙げられている観察のかなりの部分は、私たちのまわりの平和運動の現状にも当てはまるのかもしれない。いや、そうだろうか。私たちの国では、安保闘争のころだって徴兵制はなかったわけで、平和運動が基盤としていたのは、アジアの人たちと連帯して帝国主義に立ち向かっていこうという気概だったのではないか。その気持ちは広い意味での思いやりだったとも言えるだろう。そして、その気持ちは昔のほうが強かったような気もする。

自分に関して言えば、何かに対立することによって個を確立するという生き方が難しくなったとも思う。うーん、これは単に私が歳を取っただけか。

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2007年 3月 22日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2007.03.21

作られた蚊

マラリアの原因になる寄生虫(plasmodium parasite)を媒介しない蚊が遺伝子組み換えによって作られたそうだ。英ガーディアン紙の "Malaria: GM mosquitoes offer new hope for millions" ほか多くの記事がある。

遺伝子組み換えを行なった蚊(GM蚊)を自然に似せた実験環境内で普通の蚊といっしょに放ち、約9世代後に採取して調べると、70%がGM蚊になっていたとのこと。つまり、GM蚊は遺伝子操作の影響で生存に不適格になることなく、むしろ生き残りやすい形質を持つことが分かったということだ。

世界では一年に3億人の人がマラリアに感染し、100万人が亡くなるのだそうで、サハラ以南アフリカなどでGM蚊が主流になれば、マラリアに対する非常に効果的な対策になると期待される。より劇症のマラリア変種の出現を引き起こさないことなどが確認されれば、数年以内に実際に自然に放つ実験も可能だとされている。

私の頭の中では危険を知らせる赤信号が点滅しまくりなのだけれど、身近にマラリアの苦しみを感じている人たちはこのニュースにどういう反応をするのだろうとも思う。もちろん、そこにも賛成もあり、反対もあり、多様な意見があるだろうことは予想できる。おそらく、私たちが想像する以上に強い工業国や外国資本に対する不信があるだろうとも思う。そしてまた、どんなに自分たちが不安であっても、結局は自分たちが決定権を持っていないという無力感もあるのではないだろうか。そんな中で、蚊は放たれるのだろうか。

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2007年 3月 21日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.03.20

懐かしい土地の名前を聞いて思うこと

イラク戦争の開戦4周年を前に、私たちにとって既に少し懐かしいものになりつつあるサマワという地名の入ったニュースが先週の金曜日に発信されていた。ニューメキシコ州 Socorro という人口9,000人足らずの小さな町(Google Maps の航空写真)の新聞だ。

Veteran To Talk About Depleted Uranium ― ニューヨーク州の警察に勤務する Herbert Reed さんはイラク戦争の帰還兵だ。2003年に、イラク南部サマワで、戦闘によって破壊された駅の警備にあたっていた。オランダ軍が通りかかり、そこは危険地域だからすぐに立ち去るようにと彼に警告したが、リードさんは既に空中の劣化ウラン粉塵を吸い込んでしまっていたらしく、やがて、彼は体に変調をきたす。

リードさんの話は、以前にも取り上げたことがある(昨年8月16日の記事)。彼が患っている症状や、アメリカの陸軍病院での対応、ドイツでの検査結果などについては、そちらを参照されたい。

ニューメキシコ州議会上院で劣化ウランによる健康被害を訴える帰還兵の医療支援を定める法案(たぶんこれのことだろう)が審議されていて、リードさんはその応援のためにニューメキシコ各地で講演を行なっているのだという。

サマワに駐屯していた陸上自衛隊の人たちは大丈夫だったのだろうか。便りのないのはよい便り、であることを祈る。

自衛隊が送り出されるのを無念にも許した時、私たちは、戦争がよかったかどうかはともかく、戦後の復興に手を貸すのだという、まことしやかな説明を聞かされた。私たちは、いや、戦争は終わっておらず、占領の実態は戦争の継続であると訴えた。私たちの判断が正しかったことは、その後の歴史が物語っている。

今まだ日本は航空自衛隊による輸送活動という形で、占領に、戦争に、手を貸している。それは正義ではない。イラク特措法の延長に反対の声をあげよう。

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2007年 3月 20日 午前 12:45 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.03.19

わが町の統一地方選

どーゆー田舎に住んでいるんだ、と言われそうだが、調べてみたら、私の住んでいるところ(京都府だが京都市ではない)から選出されている現職の自民党府会議員はウェブサイトを持っていない。府議会のサイトや自民党府議連のサイトに人物紹介はあるが、メールアドレスはおろか、電話番号さえ載っていない。それでも当選するんだからすごい、と言うべきかもしれない。ネット依存度の高い私のような人からすれば、ちゃんと市民の声は届いているんだろうかと心配になってしまう。届いてると感じられるから、投票してもらえるんだろうな。やっぱりすごいんだ。

民主党の現職府会議員は、ダサいがウェブサイトを作っている。トップにメールアドレスが載っているし、活動報告とか重点課題とか、一通り押さえている。更新は怠りがちみたいだが、トップページのあいさつで開口一番「長い間ホームページの変更もせずに大変失礼しております」と謙虚に認めているのが可愛いので大目に見てあげよう。

この2人に共産党の新人が挑むわけだが、彼はブログを書いている。昨年の6月に始めたようで、最初のうちこそ慣れないようすだが、7月中旬からは休まず毎日更新している。ほぼ毎日写真入りだし、私より偉い(比べてどうする)。熱心な日々の活動はよく分かるけど、政策や主な主張がさっと見つけられないのは不便だから、選挙期間に入って更新できなくなる前にそれらをまとめて、左側のブックマークから行けるようにするといいんじゃないかと思った。我ながらいいアドバイスだと思うのでトラックバックを送ってみるが、来たトラックバックはあからさまな宣伝であっても消している様子がないので、もしかすると読まないのかもしれない。

私がまだ別の町に住んでいたころに行なわれた4年前の選挙は、全く同じ顔ぶれで、民主党現職が9,109票、自民党現職が8,262票、共産党新人が5,892票だったらしい。2人区に3名の立候補ということで、死に票になる心配もないので、迷いもなくだれに入れるか決められるのだが、何と言っても、ネットで電話やファクスの番号が見つけられないという、市民を馬鹿にしているのかと言いたくなるような姿勢でも議員になれるのがこの町の実態なわけで、それが4年間でどれだけ変わったかというと私は楽観的にはなれない。

考えてみると、ふだんからこの人たちに自分の声を届けようとしてこなかったものだから、今ごろになって、こういう状況に気がつくわけだ。反省中。私は国会議員にはメールやファクスを送ったりするのだけど、都道府県議会ってかなり印象が薄い。とはいえ、新たな目標に向かって歩み始めたらしい堺市のあの人みたいに、遠くからでも思わず注目してしまう都道府県議会議員だっているわけで、私が票を投じる人にも、そんな人であってほしいと思う。

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2007年 3月 19日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.03.18

答弁になっていない

辻元清美衆議院議員(社民、比例近畿)のサイトに、辻元議員が提出した「安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問主意書」への答弁書が掲載されている。率直なところ、安倍首相の不誠実さや愚鈍さに失望を禁じ得ない内容だ。ここにある一問一答形式のものが分かりやすい(ただし、ワード文書形式)。

辻元議員の最初の質問は、強制性の定義に変遷があったと安倍首相が述べていることについて、「何の定義が、いつ、どこで、どのように変わった」のか具体的に示せというものである。この部分に関しては、答弁書には何も書かれていない。答えたくない、答えられないのだと私たちは理解すべきだろう。

第2問は、強制性を裏付ける証拠がないという安倍首相の発言に関するもので、これに対する答えが、報道されているように「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」というものである。調査結果については、アジア女性基金の『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』を参照しろということらしい。3月6日に書いたように、この資料集には朝鮮総督府やその行政下の地方自治体からの文書が含まれていない。この面で調査が十分であったか、私たちはよく考えるべきである。

第5問は、「安倍首相は、「決議案」のどの部分が、どのように「客観的な事実に基づいていない」と判断しているのか。文言ごとにすべて明らかにされたい」というものだ。それに対する返答は、「御指摘の決議案については、米国議会で今後議論されていくものでもあり、政府として、その問題点を一つ一つ取り上げて意見を述べることは差し控えたいが、全般的に、慰安婦問題に関する事実関係、特に、慰安婦問題に対する日本政府の取組に対して正しい理解がされていないと考えている」となっている。これも3月6日に書いたことだが、具体的にどこが悪いのか言わなければ、安倍首相の見解は全く説得力を持たない。国会での議論を非生産的なものにしているのは安倍首相その人である。

3年ほど前に、当時の川口外務大臣が語用論(とりあえず、言語コミュニケーションを成り立たせるために私たちが暗黙の内に守っている決まり事、とでも言い換えておこう)をちゃんと理解していないのではないかという指摘をした。もし天然の愚鈍さでこのような答弁書を作成しているのであれば、安倍首相はもっと酷いと思う。グライスの『論理と会話』を買って、関連するところに下線でも引いて贈ってみるといいかもしれない。もっとやさしい入門書のほうがいいか。もし意図的にやっているのなら、それは安倍晋三という人物が不誠実極まりない、汚い人間だということで、そんな人物を「権力の頂点」(彼自身の表現による)に置いておくことは、私たち有権者一人ひとりの罪でもあるだろう。

辻元議員や、党派を問わず国会議員のかたがたの手によって、日本がその民主主義に誇りを取り戻せるよう、厳しく安倍首相の姿勢が問われることを希望する。私も市民としてできるだけのことはやっていきたい。

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2007年 3月 18日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.17

外交官じゃなくてよかった

オランダ国営通信社の記事:"Japanese Ambassador Summoned Over Comfort Girls"。安倍首相名で内閣が16日に提出した慰安婦問題に関する答弁書に関して、オランダの Maxime Verhagen 外務大臣が日本大使を呼び、不快感と憂慮を伝えた。外務大臣は、他の諸国と連繋して対処していく方針も示唆した。

答弁書そのものについては、今夜、稿を改めて論じます。駐日アメリカ大使の発言を取り上げているはなゆーさんの記事、ニューヨークタイムズの記事を扱った milou さんの記事にトラックバックを送ります。それにしても、あの答弁書じゃ、大使も可哀想だ。

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2007年 3月 17日 午後 06:24 | | コメント (0) | トラックバック (1)

超ドブネズミ

ドブネズミを殺すには、血の凝固を阻害する warfarin という薬剤が使われる(他の薬剤は、犬や猫も殺してしまうので、あまり用いられない)のだが、進化して、それに耐性のあるドブネズミが出現しつつある、というシュピーゲル紙の記事: "Rats on the March in Germany: Mutants From The Sewer"。ドブネズミの集団には毒味役がいて、食べ物を見つけると、それが食べてみて、死ななかったら、他のドブネズミたちが食べるのだそうだ。で、抗凝血薬なら、食べてから数日かかって内出血を誘発して殺すので、ドブネズミはだまされて食べる。しかし、最近、死なないドブネズミが出てきた、という話だ。

現代の人間と、それを取り巻く自然界との縮図のような感じがする。

以前書いた、ちょっと似ている話:

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2007年 3月 17日 午前 12:07 | | コメント (8) | トラックバック (1)

2007.03.16

日豪共同宣言の先にあるもの

オーストラリアのハワード首相が来日し、13日に日豪両国は「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に調印した。テロ対策や平和維持活動などでの協力が謳われている。

そのオーストラリアは現在東ティモールに平和維持部隊を展開しているが、その作戦が平和維持活動の範囲を越え、対ゲリラの軍事行動の域に達しているとして、批判の声があがっている。

Aussie troops accused of damaging Timor village ― オーストラリア Brisbane Times 紙の13日付けの記事。反体制ゲリラを追撃していたオーストラリア軍が今月8日に Same 地方の Serema という村で夜間に住居の強制捜索などを行なった際、10軒の民家を焼き払ったと、現地のカトリック司祭が告発している。David Alves Conceicao 神父は、オーストラリア軍の活動は依然続いており、ブラックホーク・ヘリコプターの低空飛行などで住民が恐怖におびえるなど、「まるで戦場にいるようだ」と感想を語っている。これに対し、オーストラリア軍の司令官は、何軒かの家に小規模な損傷を与えたことは認めたが、家が焼失したことについては責任はないと話している。予告もなくゲリラとの間で銃撃戦を開始したことについても、自衛のために必要だったとして、悪びれる様子はない。

日本がこれから踏み出していく「地域の平和と安定」のための軍事協力の先、自衛隊の行く先には、これに似た情景が待っているように私は思う。私はそれを深く懸念する。

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2007年 3月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (3)

2007.03.15

慰安婦決議に関するネット署名があります

マイク・ホンダ議員が提出している慰安婦問題に関する決議を採択するよう Nancy Pelosi 下院議長に促すネット署名(http://www.gopetition.com/sign.php?petid=11466)が始まったのに気がつきましたので、私もさっそく署名しました。以下に請願の文章を翻訳しておきます。請願の起草者である M. Evelina Galang さんからいただいたメールには「日本からも署名が集まり、世界中から支持があることが示せれば、慰安婦のかたがたへの連帯のしるしとしては、それに勝るものはないでしょう」と書かれていました。

ナンシー・ペロシ下院議長、

ここに名前を連ねる私たちは、議長が下院決議121-1Hを支持することをお願いするものです。下院本会議での議決を望みます。

1980年代の後半に韓国や日本の歴史家や研究者たちが、第二次世界大戦における慰安婦に対して組織的な虐待が存在したことを明らかにする公文書を発見しています。これによると、20万もの若い女性が東南アジア各地から日本兵によって囚われの身となり、軍の性奴隷とされたと推察されます。

50年にわたって口を閉ざした後、生き残った慰安婦たちは恥の文化の殻を破り、彼女たちが体験した日本帝国軍による組織的な強姦と性奴隷扱いを証言しました。彼女たちの要求は単純です―彼女たちは、自分たちを苛んだ戦争犯罪に対する公式な謝罪と賠償を求めています。彼女たちの経験した犯罪は今も、老いていく彼女たちを肉体的に、精神的に、そして性的に苦しめています。彼女たちは、自分たちの尊厳を取り戻すため、そして自分たちの娘、孫娘、そしてひ孫たちの安全を確保するために、これらの要求をしているのです。

生き残った慰安婦たちのほとんどはもう80歳を過ぎています。もうすぐ死を迎える人も多いでしょう。私たちは、連邦議会が速やかに行動することによって、何人かが亡くなる前に正義がなされるのを見届けることができるようになることを希望します。

敬具

署名のフォームは、赤いアステリスクが付いている部分(下の名前、名字、都道府県、国名)が必須項目です。名を伏せて署名したい場合は上から4行目のチェックを外してください。

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2007年 3月 15日 午前 12:00 | | コメント (20) | トラックバック (15)

2007.03.14

水俣病患者認定審査の再開

2004年の水俣病関西訴訟最高裁判決以来止まっていた熊本県の水俣病患者認定審査会が先週末に再開され、新たな水俣病患者が認定されることになったようです。新聞報道(下にリンクをまとめます)によると、審査会は緒方正実さんを「認定が相当」と判断した模様です。

緒方さんは、子どものころから既に非常に高い毛髪水銀値が検査で見つかっていましたが、その資料は伏せたままにされて認定申請を却下され続け、熊本県からは嘘つきの「ニセ患者」のように扱われた人です。昨年夏、県側が対応の不備を緒方さんに陳謝する会見を開いた際、私も傍聴しました(2006年8月20日21日の記事)。

今まで、認定が認められたケースは13%程度に過ぎず、現在も3,000人を上回る申請者がいるそうです。現在の態勢では、認定審査は年間120人程度が限界だとも言われます。今回の審査も、最高裁の示した判断ではなく、従来の基準で行なわれたようです。そういったことを考えると、喜ぶには、まだあまりに早すぎるのかもしれません。

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2007年 3月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.13

暖冬のびわ湖

記録的な暖冬で琵琶湖の湖水の異常な低酸素化が起こっているという記事が京都新聞毎日新聞に載っていました。水温の高い夏から秋にかけて湖底のバクテリアが酸素を消費するために下がった深層の酸素濃度は、冬に外気で冷やされて重くなった表層の水や雪解け水が対流することによって回復するのですが、今年は3月になっても深層は極端に酸素濃度が低い状態が続いているのだそうです。低酸素状態が続けば湖全体の生態系にも影響が出るかもしれないとのこと。

冬の琵琶湖, by hiromama湖や土地全体の水温や気温が上昇してある種の生物の生息に適さなくなる、みたいなのは、素人の私でも想像できるのですけど、こんな形でも影響が出るなんて、環境って本当に繊細な仕組みなんだなあと思いました。

琵琶湖の湖底低酸素化は、この冬に始まったことでもなく、近年の温暖化や周辺地域の開発(特にダムの建設)などで徐々に進行している現象のようです。また、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターによれば、同様の現象は世界各地で起こっているようです。心配ですね。

写真は hiromama さんが Flickr で CC-by-nc-nd で公開している「冬の琵琶湖」を使わせていただきました。昨年の2月撮影。

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2007年 3月 13日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.12

ギリシャで大学紛争が激化

今年のはじめ(1月12日、ギリシャの憲法論議と大学民営化)からギリシャでは大学の民営化をめぐって大規模な運動が続いている。先週の木曜日には、数万人規模のデモが首都アテネで行なわれ、機動隊による催涙弾、ゴム製の銃弾などによる排除によって、数十人の負傷者が出た(Indymedia Athens の記事 "The most severe police brutality against 35.000 of students and teachers in demonstration")。同じくインディメディアの "the student uprising is still fighting all aroung Greece" によれば、抗議行動はギリシャ全土に拡大している模様。現在、各地の大学で合計330学部が閉鎖されている。

Rally in Athens, March 2007, by Indymedia木曜日の紛争激化は、大学教育枠組み法案(frame law for the functioning of the universities)が野党国会議員が欠席する中、与党による単独採決で採択されたことによるもの(国営通信社の記事)。一月の記事で紹介した「改憲」にあたるのかどうか、調査不足で不明だが、報道をまとめると、私立大学の設置が認められたほか、今まで許されていなかった警察による大学構内への立ち入りが認められたらしい。現在、教育予算がGDPの3.5%であるのを5%にまで引き上げるとした与党(新民主党)の公約はまもられていない、とも報じられている

政権が新自由主義的な「改革」を教育の分野でも強行に推し進めようとしていることや、与党が議席数を盾にまともな議論を国会で行なわせず、野党が審議ボイコットなどに訴えざるを得ないなど、とても他人事とは思えないのだけれど、大きなデモが行なわれるところは、やっぱり遠い国の話だと思ってしまう。何が違うんだろう。

写真はIndymedia Athens から。非商用で自由に複製可とのこと。

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2007年 3月 12日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.11

マヤのお祓い

Maya to 'cleanse' sacred site after Bush visit ― アメリカのブッシュ大統領は歴訪中の中南米各国で激しい抗議運動に出迎えられているが、今日から訪れるグアテマラでは、彼が帰った後に清めのお祓いの儀式が催されるらしい。ロイター電(書き終わってから毎日新聞にも記事が出ているのを見つけた)。

Ruins of Iximche, Guatemala, by BurocraciaNeuronal ブッシュ大統領は首都の北西80キロほどのところにある Iximche というマヤ文明の遺跡(16世紀のスペインによる侵略の前には、首都だったらしい)を見学することになっている。先住民団体の代表たちが記者会見で明らかにしたところでは、お香を焚き、大統領が歩いた跡に花と水を撒き、邪気を祓って「平和と調和を回復する」予定。

グアテマラでは、CIAが加担した内戦で20万人以上の人が死んだり行方不明になったりしていて、反米感情が強く、ブッシュ大統領の到着を前に星条旗を焼くなどの抗議行動が起こっている。

そうか、チェイニーが来ていた間に何もできなかったけど、帰った後で「お祓い」を呼びかければよかったのだ。などと、まだ悔しがっています。旗を焼くのは過激だし、一回で燃やしてしまうのはもったいない(いや、ケチってるのではなくて、環境によくない)ので、ペルー風に「旗を洗う」抗議行動をもう一度提唱してみます。

イシムチェの写真は BurocraciaNeuronal さんが Flickr で CC-by-nc で公開しているもの

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追記:絵ロ具のdoxさんもこの話題で書いているのを発見。リンクしてトラックバックを送ります。

2007年 3月 11日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2007.03.10

サイゴンの恋文代筆業

Ho Chi Minh City Post Office, by davemelbourneThe Man Who Writes Love Letters: A Day with Saigon's Last Public Letter Writer ― ホーチミン市中央郵便局は、比較的静かな界隈にある。Duong Van Ngo さんは、この美しい建物の中で、60年間、手紙の代筆業をやってきた。元宗主国のフランス語はもちろん、アメリカ兵から習った英語にも堪能だ。ラブレターを代筆して、言葉や文化の壁を越えた恋を実らせたこともある。もちろん彼が引き受けるのは恋文だけではない。アメリカ兵の子ども探しや、ボートピープルとして出国した人の親戚探しを手伝ったこともある。かつては、スパイ容疑をかけられて当局に監視されていたこともある。

Ngo さんは、コンピュータや携帯電話が嫌いだ。「機械から出てくる言葉には心が感じられない」と言う。もちろん、機械が心を伝えないのではなく、機械を使う人が丁寧さとか優しさを失ったのであるけれど。彼は、この郵便局に残った最後の代筆屋さんだそうだ。

写真は davemelbourne さんが Flickr で CC-by-nc で公開しているもの。私もここに行った覚えがあるのだけれど、その時の写真が見つけられない。この人の姿も見たかもしれないのに、思い出せない。私も彼のように、障壁を乗り越えて人と人が出会い、語り合うための力になりたい。もっとしっかりしなくては、と、自分に言い聞かせる。

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2007年 3月 10日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.09

これが女の歩く道

Equality hits streets of Madrid ― マドリッドの近郊にある Fuenlabrada という町で、男女平等の観点から、歩行者用の信号に女性版が登場したという話題。記事に写真があります。青信号で歩いている人のシルエットが、スカートをはいた女性になっています。BBCのこの記事にも、女性を描いた道路標識の写真があります。

つい先日、ドイツのある町で交通標識に女性のシルエットを取り入れたら EU の規定を満たさなくなって、ボツになったという話を読んだ記憶があるのですが、こちらは大丈夫なのでしょうか。

こういうのって、気にしない人は全然気にならないのだと思いますが、気づいてしまうと、ものすごくひっかかりを感じますよね。日本の道路標識も、横断禁止とか歩行者用とか男ばっかりだしなあ。

私が最近気になるのは、大きめの書店で日本の現代文学が「女性作家」「男性作家」に区分けされていることです。「ミステリー」とか「時代小説」、「海外」は女も男も混ぜこぜなんですけどね。小学校の学級名簿が性別に分かれているのは、まだ理解しようと思えば理解できるのですが、なぜ作家も分けなければならないのだろう。

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2007年 3月 9日 午前 12:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.08

東南アジアの目、私たちの手

「日本の幼稚さ」(Japan's immaturity)と題されたインドネシアの英字紙ジャカルタ・ポストの社説(3月6日付け)。いくつかの文を引用する:

世界中の人々にとって、第二次世界大戦の終結から62年近くたった今、なぜ日本が誠実に戦争当時の事実を受け入れることができないのか、なぜ自らの過去を顧みろと言われるたびにこういう「子どもっぽい」態度をとり続けるのかは理解しがたい。

世界は日本が繁栄し、力強く、平和的であることを望んでいる。過去の戦争に関してこの国を追い詰め続けるのは、新たなナショナリズムを生み出すような形で逆の効果をもたらすかもしれない。既にそのようなことが起こりかかっている兆候が見られる。

もし62年も経って日本の政治家たちがまだ歴史を否定しようとするなら、私たちは日本に対して憐れみを感じるしかない。

このように述べた上で、社説は「日本を変えられるのは日本だけだ」と結んでいる。そうだ。私たちが安倍首相の責任を追及し、総理辞任を要求し、日本を変えなくてはいけないのだと思う。慰安婦問題について書くのはもう止めようと思っていたのだけれど、これを読んで、ここで立ち止まってはいけないのだと思った。

「不誠実な安倍」(Dishonest Abe)と題されたフィリピンの Inquirer 紙の社説(3月4日付け)は、安倍首相の「強制はなかった」という発言に関して、

中国や韓国だけではなく、日本の忠実な同盟国であるフィリピン(この国では、日本軍の「慰安所」で何千人もの女性が繰り返し犯されたのである)からさえも反発は免れない。それが日本の国民に彼に関する考えを変えさせる力となるか、さらに彼の人気を高めることになるか、もうすぐ分かることになる。

と述べている。社説はまた、安倍首相が大した手腕や実績もないのに父親や祖父の七光りで担ぎ出され、中国への侵略について謝罪しようとしない極右のナショナリストが支持母体になっており、北朝鮮に対して強硬な姿勢をとったことで人気が出ただけだと述べており、しっかり安倍首相を取り巻く日本の政治情勢を把握していることが分かる。蛇足だが、社説のタイトルは "Honest Abe"(正直者エイブラハム・リンカーン)という熟語のダジャレのようなもの。心の中でツッコミを入れる気力さえ私は失っている。

慰安婦にされたフィリピンの女性たちの抗議デモについては、"Filipino wartime sex slaves call Japanese PM 'liar'" というAP電が伝えている。記事に添えられた写真の "I was raped" (私はレイプされた)と書かれたプラカードが見ていて辛い。

私たちの手で、安倍首相を辞めさせよう。その努力を通じてこそ、私たちは誇ることのできる社会を造ることができる。

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2007年 3月 8日 午前 12:00 | | コメント (3) | トラックバック (6)

2007.03.07

ガーナは50歳

Ghana@50 - Official Website For The 50th Independence Anniversary Celebration Of Ghana ― ガーナ共和国が昨日(3月6日)、独立50周年を迎えたそうです。おめでとうございます。リンクは、50周年祝賀の公式サイトです。サハラ以南のアフリカで植民地支配から独立した最初の国なのだそうです。1957年のガーナ独立の後、60年代にかけて、次々とアフリカの国々が独立していきます。ガーナの初代大統領はエンクルマ(Kwame Nkrumah)。幼心に何となく聞き覚えがある名前です。

独立50周年の話は、クリスチャン・サイエンス・モニター紙の記事で知りました。記事は、ガーナや1964年に独立を果たしたケニヤを取り上げ、アフリカ全体で経済発展が思ったように進まず、貧困の問題が依然として続いていることを指摘しながらも、「しかし、だれも植民地支配時代に逆戻りしたいとは思っていない」と記しています。植民地支配という搾取の暴力性や、人々の幸せや誇りは経済的な指標だけでは計ることができないということを端的に物語っている言葉だと思いました。

遠い国々の話のようでいて、実は私たちが食べたり使ったりしているものがフェアな貿易で私たちの手に渡ってきたものなのかとか、いろいろと身近に考えなければならないことがあるのだと思います。これから私も少しずつ勉強していかねば。

ガーナについて以前書いた記事:

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2007年 3月 7日 午前 12:29 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.03.06

安倍首相と慰安婦問題

参議院予算委員会で安倍首相の慰安婦問題に関する発言が取り上げられ(参議院インターネット審議中継、1時間4分から19分過ぎまで。途中、2分近く、安倍首相の暴言を受けて議事が止まり、音声は流れない)、安倍首相はマイク・ホンダ下院議員らが提案している決議案(H. RES. 121)を「事実誤認がある」「日本政府のこれまでの対応を踏まえていない」と批判したのだが、意図するところがよく分からない。

安倍首相は、慰安婦狩りはなかったという主張をもとに、狭義の強制はなかった、だからこの決議案はおかしい、と言いたいようだ。お気に召さないのは決議案に2回出てくる「帝国軍が若い女性に性的な奴隷状態を強制した」という表現だろうか。別に「慰安婦狩り」がなくても、例えば慰安所の警備を兵隊がやっていて慰安婦たちが逃げるのを阻んでおれば「奴隷状態の強制」は十分成立するだろうから、狭義の強制云々というのは反論になっていないと思う。決議案には「日本政府が慰安婦にするために若い女性の調達を委託した」という表現も出てくるが、その事実は、政府の肝いりで作られたアジア女性基金の『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』にしっかりと載っている。事実誤認が含まれているというのなら、何が事実誤認なのか、具体的に言わなければ、話が進まない。安倍首相の答弁は、はぐらかしばかりで、はなはだ非生産的だ。具体的に何が誤認なのかを問いたださなかった小川敏夫議員(民主、東京選挙区)も詰めが甘かったと思う。

基本的に、米下院決議案は今まで日本政府が認めてきたこと以上のものを求めておらず、単にその立場を今一度、誤解のないように明らかにすべきだと言っているに過ぎない。文言の半分は日本の民主主義やアジア女性基金(女性のためのアジア平和国民基金)の取り組みを評価する賛辞でもある。安倍首相は「引き続き我が国の立場の理解をうるための努力を行なっている」と言うが、マイク・ホンダ議員が議会で指摘したように、これまでの日本政府の謝罪表明では十分だと思っていない人たちがいるのは事実なのだから、もう一度丁寧に謝罪の意を表するのは、理解を得るための努力の第一歩にふさわしいもののはずだ。なぜ意固地になってそれを拒むのだろう。決議案は「慰安婦などいなかった」などといった妄言に毅然として反駁することを求めている。事実誤認云々ではなくて、やっぱり、これがやりたくないのだろうか。

さて、『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』は、かなり大部のものがオンラインで公開されていることを高く評価したい。今月末の基金解散後も、ぜひとも公開が続くことを願う。一つ気になったのは、当時のいわゆる内地の県や台湾総督府の文書で慰安婦問題に関連するものは収録されているのに、朝鮮総督府やその行政下の地方自治体からの文書が見あたらないことである。意図的に調査対象から外されていたのか、朝鮮植民地支配関係の資料自体が保存されていないのか、十分に資料を検証したが該当するものがなかったのか、あるいは「慰安」以外の例えば「挺身隊」「報国隊」などの表現での言及を見落としているのではないかとか、いろいろと考えてしまった。

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2007年 3月 6日 午前 12:00 | | コメント (5) | トラックバック (12)

2007.03.05

慰安婦たちは問う

アジア太平洋戦争における慰安婦の問題に関する安倍首相の3月1日の発言は「当初定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ」というもので、新聞の解説によると、これは昨年10月6日の衆議院予算委員会の答弁の中で、安倍首相が「いわゆる狭義の強制性と広義の強制性があるであろう。つまり、家に乗り込んでいって強引に連れていったのか、また、そうではなくて、これは自分としては行きたくないけれどもそういう環境の中にあった、結果としてそういうことになったことについての関連があったということがいわば広義の強制性ではないか、こう考えております」と述べたのに敷衍していて、「家に乗り込んでいって強引に連れていった」事実を裏付ける証拠はない、という意味らしい。

本当にそれが問題の本質なのだろうか、と思ってしまう。例えば一昨日の記事で私が引用した証言は、強制収容所から女性が連れ去られた事例であるが、「家に乗り込んでいった」わけではないから、当てはまらないということだろうか。あるいはここに、占領下のフィリピンで、学校を訪れた日本兵たちに歌を歌って「歓迎」する行事に参加させられたら、大変よかったので表彰するから宿営地まで来いと言われ、それを信じて出かけて行き、4日間にわたって日本兵たちに強姦された14歳の少女の話がある。これも単に騙されて出かけていったわけだし、慰安所に送られる前に逃げ出せたのだから全く違う話だということだろうか。

漠然とした比較なのだけど、市役所の職員が飲酒運転で人をはねたら市長がお詫びの会見をしたりする。自民党の改憲案には犯罪被害者の権利の尊重が謳われていたりする。それに比べて安倍首相の意識には被害者への配慮という視点があまりにも欠けているように私は思う。

Lila Pilipina フィリピンの元慰安婦支援団体の代表は「私たちにとってみれば、よかれ悪しかれ、これはあなたがたの歴史なわけです。あなたがたが責任ある政府だと言うのなら、事実を受け入れ、真実であることを認め、説明責任を果たしてください」「できるものなら、これらの女性たちが売春婦の烙印を押されるために喜んで出かけていったということを日本政府は証明すべきです」と述べている

彼女たちが求めているのは、軍がやったのか民間の委託業者がやったのかを究明することなどではない。泣き叫びながら連れて行かれたか騙されて連れて行かれたかを弁別することなどではない。彼女たちが欲しているのは、行なわれた不正義に関し、それをわずかにでも義なる方向へ向けようとする努力なのだ。

2005年のデモでフィリピンの元慰安婦であろう人が掲げているプラカードの写真(非商用の複製は自由とされている)を見た。「正義はいつなされるのか? すべての被害者がいなくなった時だというのか?」。私も問いたい。

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2007年 3月 5日 午前 12:58 | | コメント (10) | トラックバック (6)

2007.03.04

南京の陵辱

南京大虐殺に関する論争に参加するつもりはないのですが、最近の政治家の発言などを見ていると、全部「まぼろし」にされてしまいそうなので、基本文献はおさえておこうと思い、 Iris Chang さんの The Rape of Nanking を読みました。

日本では、歴史修正主義者たちが情報攪乱にいとまがなく、この本もヤリ玉に上がっているようです。でも、チャンさんの本は、1937年の12月に日本兵が南京の市民を何万人殺したかといった話が中心の本ではなく、南京で起こったことが人類史的にどういう意味を持つのかについての考察だと思います。執筆にとりかかったきっかけが、中国出身の両親から「南京大屠殺」という言葉を聞いて育ったことだったとしても、彼女の文章からは自分が中国系であるという民族意識とか、日本人に対する憎しみとかは全く感じられません。彼女の本を実際に読まずに、あるいは読んでも英語のニュアンスを把握できないまま批判している人も多いのではないかなと思いました。

非常に整った、淡々とした文体(とても読みやすいです)が印象的です。ナチスの党員だった John Rabe の帰国後の不遇を追ったり、司令官だった松井石根に同情的な記述があったり、その場にいた人たちの心の中にまで入っていこうとする著者の並々ならぬ共感力にも驚嘆すべきものがあります。そして、何よりも、自民族中心的な戦史ではなく人類共通の課題として事象をとらえようとする姿勢がすばらしいです。

日本語訳は出版されていないのですよね。残念なことだと思います。南京入城までの「百人斬り」をめぐる裁判でも名誉毀損で訴えていた遺族側の敗訴が確定したわけですし、右翼の暴力を恐れずに出版する会社が現れてくることを期待します。日本人の名前の綴りとか、明らかな間違いはけっこうあります。それらを直していくためにも、日本語版の出版は意義のあることだと思います。

著者の Iris Chang さんは数年前に亡くなられたと聞いています。彼女の仕事がとても意義深いものであったことを認める人間がここにも一人いることが、ご冥福と、遺されたご家族や友人の心の平安につながりますように。

はじめに述べたように、私は今の時点で論争に参加するつもりはありません。歴史修正主義者たちの本も何か読んでみなくてはね。論争を挑発するコメントや、うさばらしに過ぎないようなコメント等は受け取りません(消します)ので、消されてからぶーぶー言わないでくださいね。

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2007年 3月 4日 午前 12:42 | | コメント (7) | トラックバック (3)

2007.03.03

アメリカ議会での証言

2007年2月14日にアメリカ議会下院外交委員会アジア太平洋地球環境小委員会の公聴会におけるJan Ruff O'Herne さんの証言

オハーンさんは1923年にジャワ島で生まれたオランダ人。1942年、彼女が19歳の時、日本軍がジャワ島を侵略し、彼女は強制収容所に入れられた。

収容所に入れられて2年経った1944年、日本の高級将校が何人か収容所にやって来ました。下された命令は、17歳以上の独身の女子は全て整列せよ、というものでした。将校たちが並んでいる私たちのところに来て、選別が始まりました。

不幸なことにオハーンさんも選ばれ、軍(army)のトラックでセマランの慰安所に連れて行かれる。

その後に続く何か月にもわたる日常の記述を、私は訳すべきなのだろうが、今はその自信がない。

15年前、彼女は韓国で声を上げ始めた元慰安婦たちのことを報道で知り、自らも日本軍によって強制的に慰安婦にされたことを語り始める。そして、元慰安婦の支援や、戦時下の女性の保護の活動を行なってきた。

もう残された時間はあまりありません。60年もほったらかしにされた「慰安婦」には正義が与えられるべきです。慰安婦たちには、日本政府から、安倍晋三首相本人から、正式な謝罪が与えられるべきです。日本政府は、自らの戦争犯罪について全面的に責任を負う必要があります。

O'Herne さんの名前、そしてこの証言のページは、3月1日の安倍首相の発言に対するオーストラリアでの報道(The Age 紙、Abe ignores evidence, say Australia's 'comfort women')を通じて知った。

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2007年 3月 3日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.03.02

日本の戦争犯罪

The National Archives and Records Administration, Japanese War Crimes, Resources for Researchers ― アメリカ国立公文書記録管理局の「日本の戦争犯罪」資料集のページ。主に占領当局が作った調書類で機密扱いを解除された文書を集めたコレクションらしいです。ネットで見られるのは、文書類の目録の一部だけです。

日本の戦争に関して詳しい人はとっくにご存じといったところなのでしょうけれど、私はその存在すら知らなかったので、けっこう新鮮に思いました。中身を読んだわけではありません。

今年の1月に10万ページに及ぶ新しい資料が公開されたのだそうです。数日前に報道された、右翼による吉田茂首相暗殺計画に関するAPの記事に関連リンクとして掲載されていたので、あの話もここから浮き上がってきたのかもしれません。

日本でも、戦前、戦中の資料が公開されていくといいですね。埋もれたり、隠されたりしているものが、まだたくさんあるはず。

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2007年 3月 2日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.01

美しい地球

一昨日ちょっと言及した網野善彦さんの『「日本」とは何か』に、富山県が作成した環日本海諸国図という地図が載っています。この少し風変わりな地図について、網野さんは次のように述べています:

そしてこの地図を見ると、北海道、本州、四国、九州等の島々を領土とする「日本国」が、海を国境として他の地域から隔てられた「孤立した島国」であるという日本人に広く浸透した日本像が、まったくの思いこみでしかない虚像であることが、だれの目にもあきらかになる。

環日本海諸国図にあわせて Google Earth の軸を回転させ、視点をぐっと地表から遠ざけたら、こんな感じになりました。

北を8時の方角にとった地球

大きな海と大きな陸地との界面に描かれたいくつもの弧が印象的です。日本の島々が中心に据えられてはいますが、もしかしたら、言われなかったらそれに気づかない人もいるかもしれません。

一人ひとり、感じることは違うのでしょうけれど、私は「ここからここまでが私の国で、その部分に私は特別な思いを懐く」みたいな気持ちにはなれないなあ、と強く思いました。

国粋的な意識こそが国際社会で生きていくには必要なのだといった、詭弁のような言い方がされることがあります。例えば、東京都教育委員会のページを見ると、「異文化を理解し大切にしようとする心は、自国の文化理解が基盤となって、はぐくまれるものです。 我が国の伝統や文化について理解を深め、アイデンティティを確立する教育を推進することは、時代の要請でもあるのです」と書いてあります。

そうでしょうかねえ。不幸にも、いつも北が上を向いている地図、国別に色分けされている地図とか日本の周辺だけが描かれている地図ばかり見て育てられたら、たしかに「我が国」から始めなくてはならないかもしれないけれど、世の中にはいろいろな子どもが(もちろん、おとなも)いるんじゃないかな、と思います。

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2007年 3月 1日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

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