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2007.01.01

新しい年に私が目指すこと

Arundhati Roy

We. Featuring the words of Arundhati Roy ― 小説 The God of Small Things の著者アルンダティ・ロイさんが2002年に Lannan Award for Cultural Freedom を受賞した際のスピーチ(岩波新書『帝国を壊すために』所収)をもとにした一時間あまりの映画。スピーチの抄録に音楽や映像を付したもので、www.weroy.org のサイトから無償でダウンロードできる(上のバナーも同サイトから)。

一昨日処刑されたサダム・フセインに関して語られている部分を本橋哲也さんによる翻訳から引用してみよう。

アメリカ合州国政府は、サダム・フセインが戦争犯罪人で、自分自身の国民に大虐殺を犯した残酷な軍事独裁者であると言う。たしかにこれは、かなり正確にこの男の素姓を表した記述ですね。一九八八年、サダム・フセインは、イラク北部の数百の村を攻撃、化学兵器と機関銃を使って、数千のクルド人を殺戮した。今日わたしたちは、同じ年にアメリカ合州国政府が、サダム・フセインに五億ドルを供与し、それでアメリカの農産物を買わせた事実を知っている。次の年、サダム・フセインが民族大虐殺を成功裡になしとげると、アメリカ政府による援助金は二倍の一〇億ドルに跳躍。さらに合州国政府は、サダム・フセインに炭疽菌を培養するための質の高い菌種や、ヘリコプター、それに化学・生物兵器を生産するのに使うことのできる両用資材まで供給した。

このように緊密な同盟関係にあったフセイン政権に対して、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が1991年1月に攻撃を行なったのは、もちろん前年夏のイラクによるクウェート侵攻が原因であるが、それについて、ロイさんはこのように描写する。

彼の罪は、戦争行為を犯したこと自体にあるのではなく、それをご主人の命令なしに独自に行ったこと。このような独自の意思表示は、湾岸地域の権力均衡を転覆させるのに十分だ。というわけで、サダム・フセインの排除が決定され、彼は主人の愛情の許容範囲をこえて長生きしてしまったペットのように抹殺されることになったのです。

人前に早く出し過ぎてしまった "Mission Accomplished" の看板を、今ごろアメリカ海軍の兵隊たちが空母リンカーンの船底の倉庫で探し回っているに違いない。

昨日、インドの新聞を見ていて、ケララ州出身のロイさんの思想が何もないところから突然生まれたものではないことがよく分かった。The Hindu 紙1面の "Kerala observes hartal" という記事は処刑が伝えられた日のケララ州(人口構成は、ヒンズー教徒56.2%、ムスリム24.7%、キリスト教徒19%)のようすを次のように伝えている。

ケララはイラクのサダム・フセイン元大統領の絞首刑執行に抗議して、まるで人のように立ち上がった。与野党の呼びかけに応じてこの日午後、ハルタール(政治的抗議手段としての同盟休業、悲しみを表わす役所・店舗の閉鎖)やアメリカの帝国主義的な企みとブッシュ大統領を非難するデモが全州で繰り広げられた。

同紙によれば、インドでは、中央政府(外務大臣)が遺憾の意を表明("Disappointed, says India")、極右のBJPを除く各党が糾弾の声明を発表("Political parties express condemnation")、最高裁元判事が法廷の公正さに疑義を示した上で「これは野蛮な殺人であり、歴史はブッシュを有罪とするだろう」と語っている("A brutal murder: Krishna Iyer")。

およそ今日の世界で常識的な見方をするとすれば、このようなものになるだろうと私も思う。しかし、それに比べ、私たちの生きる日本での言説は全くもって生ぬるいものがほとんどで、「日本の常識は世界の非常識」などという揶揄の一つも言いたくなってしまう。

残念ながらこのような不毛な土壌からは、アルンダティ・ロイは生まれないだろう。私は彼女のような素養を持ち合わせてはいないけれど、だれか彼女のような人物が気づき、考え、芽を出し、育っていくための土の一塊にはなれるだろうと思う。そのために発言する。あやふやな目標設定ではあるが、それを新年にあたっての誓いとしたい。

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2007年 1月 1日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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