孔子の国の言葉
Why China wants you to learn Chinese ― 1月4日の米クリスチャン・サイエンス・モニター紙の記事。中国政府が精力的に展開している孔子学院(Confucius Institutes)構想について考察している。
孔子学院は、中国語の普及と文化交流のために、中国政府が世界各地で大学等と連携して運営する中国語学習機関で、50か国以上で100を超す学校が設置されている。日本では2005年に京都の立命館大学に開設されたほか、桜美林大学、北陸大学、愛知大学に置かれており、札幌大学と九州の立命館アジア太平洋大学にも設置が決まっているらしい。
記事では、アメリカの大学に設置された孔子学院が、各地の事情に合わせた方向性を見つけるのに四苦八苦している事情が紹介されている。メリーランド大学では中国から派遣されるはずだった教員の到着が遅れたり過去2年間で数十名しか受講生を確保できなかったりした、ミシガン州立大学では独自のコンピュータ教材を開発し始めた、サンフランシスコ州立大学では小学生向けのプログラムを始めた、カンザス大学では地元の企業に出張授業を始めた、などである。中国から送られてくる教材が第二言語習得研究の視点に無頓着であることへの不満もあるらしい。
記事は、孔子学院が設置されたいくつかの大学では中国政府の政治的な影響を受ける可能性を警戒する教員の声があることにもふれている。ハーバード大学が設置を断ったほか、既存の東アジア学科などと全く別の組織にすることに注意を払っている、といった話に対し、学問の自由は最も重要な事項であって、心配は理解できるが、反応は過剰だという孔子学院側のコメントが紹介されている。多くの大学で、語学教育に携わっている人への意見聴取などが行なわれないまま設置が決まったことなどが話を難しくしているようである。
日本でも同じような状況なのではないかな、と想像してしまう。私は孔子学院について具体的なことは何も知らないのだけれど、日本の大学一般の傾向として、学問の自由といった視点が軽視され、それに反比例して外部資金の導入とか教育以外の分野との連携が重視され、また運営の民主性も急速に衰えつつあると思うので、この記事に書かれているようなことについて、今の時点で声をあげて疑問や意見を明らかにする人が多いかどうかは別として、慎重に見守っていく必要があると思う。
逆の観点からも一言。中国政府が中国語の普及のために積極的な施策をとることには、見習うべき点も多い。一般的に政府が「学び」の内容に介入することには警戒感をいだくべきだと思う(それが教育基本法変更に反対する私たちの主な主張でもあったわけだ)が、教育の条件整備を行なうことは強く望まれる。日本政府も、海外での日本語学習をもっと支援してほしい。半年ぐらい前のインドネシアの新聞に「日本から贈られてくる教材はつまらない」という意見が載っていたのを思い出す。「みんなの日本語」ばかり配るからだ。同じころの他の新聞には「中国は孔子学院などのソフト・パワー戦略をやっているけれど、日本の小泉政権はアメリカのテロとの戦いに加わるなど、軍事面などのハード・パワー戦略しかやっていない」という批判もあったなあ。首相が替わったから、少しはよくなるんだろうか。
2007年 1月 7日 午前 12:00 | Permalink | この月のアーカイブへ
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