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2007.01.31

サルコと踊ろう!

Disco Sarko

フランス大統領選のサルコジ候補(現内相)がディスコで踊りまくる、Disco Sarko というサイトが紹介されていました(AP電)。選挙キャンペーンの一環で、気に入ったらユーザ登録、このサイトおもしろいよって友だちに知らせる、などの方法でメールアドレスを集めるのが目的らしいです。

で、たぶんコラージュだと思うのですが、確かにサルコさん、KC and the Sunshine Band とか Bee Gees の曲で踊ってました。曲や照明、振り付けをいろいろと変えることができます。ロードするのに少し時間がかかりますが、待ってでも見る価値が…あるんでしょうかねえ。

私が期待する政治家のネット利用形態とは、かなり違うんですが、悪貨は良貨を駆逐すると言うか、だんだんこんな感じになっていくんでしょうかね。アグネス・チャンさんの家でクリスマス・パーティーやったって書いてあるのを読むだけで、うつな気持ちになりましたが、そのうち、「シンゾー&アッキーとフラメンコを踊ろう!」なんてのを見ることになるんでしょうか。

先んずれば敵を制す、というわけでもないのですが、電車の中吊り広告を見ていて、こんな本があったらいいなあ、という思いをこめて、コピーを作ってみました。何のパクリか、分かりますよね?

Power to the People

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2007年 1月 31日 午前 12:06 | | コメント (7) | トラックバック (1)

2007.01.30

汚れた都市

World's Worst Polluted Places 2006 という、環境汚染が特にひどい地域のリストが目にとまった。アメリカの The Blacksmith Institute という環境団体が昨年秋にまとめたもの。順番は順位ではない。

  • チェルノブイリ(Chernobyl)ウクライナ ― 原因はソビエト時代の原子力発電所事故。放射性物質による土壌、水の汚染。当初、550万人に影響。対策がとられている。
  • ジェルジンスク(Dzherzhinsk)ロシア、モスクワの東約400キロ ― 原因はソビエト時代の化学兵器工場など。化学物質による水、土壌の汚染。30万人に影響。対策は計画段階。
  • ハイナ(Haina)ドミニカ共和国、サントドミンゴ近郊 ― 原因は以前行なわれていた電池の回収事業。鉛による土壌汚染。8万5千人に影響。対策は全く行なわれていない。
  • カブウェ(Kabwe)ザンビア、ルサカの北約100キロ ― 原因は以前行なわれていた鉛採掘。鉛による土壌汚染。25万人に影響。世界銀行の支援により対策が始まったばかり。
  • ラオロヤ(La Oroya)ペルー、リマの東約200キロ ― 原因は現在も続いている金属採掘と生産。鉛による土壌と空気の汚染。3万5千人に影響。対策が行なわれているかは不明。
  • 臨汾(リンフェン、Linfen)中国山西省、北京の南西約500キロ ― 原因は各種工業生産。ガス、微粒子による空気と水の汚染。20万人に影響。汚染は現在も進行中であり、対策は不明。
  • マイルースー(Mailuu Suu)キルギス南部 ― 原因はソビエト時代のウラン工場。放射性物質による土壌と水の汚染。最少でも2万3千人。数百万人に影響が及ぶことも考えられる。世界銀行の支援による対策が検討中。
  • ノリルスク(Norilsk)ロシア、シベリア中西部 ― 原因はプラチナ生産等。亜硫酸ガス、ストロンチウム90、セシウム137などによる空気、土壌、水の汚染。13万4千人に影響。汚染は現在も進行中であり、対策は不明。
  • ラニペット(Ranipet)インド南部、チェンナイ(マドラス)近郊 ― 原因は過去の皮革工業廃棄物。化学物質による水と土壌の汚染。350万人に影響。対策は、計画はあるものの実施されていない。
  • ルドナヤプリスタン・ダルネゴルスク(Rudnaya Pristan/Dalnegorsk)ロシア、極東、ウラジボストクの北約500キロ ― 原因は現在も続く鉛採掘。鉛による土壌汚染。9万人に影響。対策は全く取られていない。

Google Maps とかで見られるようにしようかと思ったのだけど、気分が落ち込んできてしまって、めげた。そもそも、なんで今ごろこのリストが回ってきたのかと思ったら、トップ10の次点になったメキシコシティ(DF)の空気が少しきれいになったという話の付録だった。人々が努力しさえすれば、状況はよくなる、ということなのだろう。諦めてはいけない。報告書には、次点の25地域の状況も記載されている。

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2007年 1月 30日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.29

モガディシュの図書館で

In Heat of War, a Literary Refuge ― ソマリアのモガディシュの様子を伝えるワシントン・ポスト紙の記事。遠くではまだ銃声が聞こえるが、Mogadishu Public Library という図書館では、静かに本を読む人がいる。公共図書館と名付けられてはいるが、民間の出資で運営されており、約7千人が利用する。蔵書数は約3万1千冊。実用書がほとんどで、文学や思想関係の本はほとんど見あたらない。街に以前あった本屋も戦乱で閉店してしまい、今では書籍は文房具屋で売られている。

1993年に米軍の Black Hawk ヘリコプターが撃墜された事件の後、去年(2006年)暮れのエチオピアによる侵攻まで、私の意識の中では、ソマリアは「アフリカの角」の飢饉の一部としてしか存在していなかったのだけど、ずっと内戦が続いていたようだ。英インディペンデントの記事 Conflict in the Horn of Africa: The streets of Mogadishu (1月19日付け)が記憶の隙間を埋めてくれる。それによると、例えば日本外務省の年表からは浮き上がっては来ないが、昨年6月にイスラム法廷連合(Islamic Courts Union)が制圧してからは、モガディシュは非常に平穏だったのだそうだ。それがまた、エチオピアを後ろ盾とした暫定政府勢力による巻き返しと、今月に入ってのアメリカによる掃討作戦によって、また争乱状態に戻ってしまったようだ。

読み終わった英語の本とか、送ってみたらどうだろうと思ったのだけど、日本郵政公社は現在、ソマリアへの郵便物を一切扱っていない(お届けできない国・地域一覧)。

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2007年 1月 29日 午前 12:00 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.01.28

ソフトパワー戦略

孔子学院の話(と世宗学堂の話)を書いて以来、「ソフトパワー」戦略(国際的な文化戦略)のことが、すごく気になります。

1月13日の人民網に「向世界説明中国 《大中華文庫》整套全球首発」という記事があります。中国歴代の古典を現代語訳と英訳を見開きで並べた形で92冊刊行した、ということらしいです。日本語でも関連記事があります。記事の末尾には「このほかに、フランス語とスペイン語の翻訳版の出版と近現代の内容の出版の準備にも着手しており、これからの資金投入はさらに多くなるだろう」とあります。

奇しくも、同じ日の朝日新聞に文化庁の現代日本文学の翻訳・普及事業を紹介する「近現代日本小説の翻訳・普及が本格化、「文学発信」に文化庁が本腰」という記事があります。また、ちょっと毛色が違いますが、19日の読売新聞に「TV・アニメ・映画を世界へ、政府が「エンタメ」戦略 」という記事があります。「日本のテレビ番組やアニメーション、映画などを世界に通用する業界に育てるために、政府がまとめる総合戦略の原案が19日、明らかになった。ドラマ・映画の制作では初期段階から海外との共同制作を促すほか、制作会社の海外企業との契約など法務能力を高めるために、専門弁護士の育成を急ぐことなどが柱だ」と記されています。

文化庁の事業については、青空文庫の掲示板だったかなあ、前にどこかで書いた覚えがあるのですが、すっかり忘れていました。日本もいろいろ取り組んでいるんですね。もっと盛んであるべきだとは思うけど。

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2007年 1月 28日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.27

イラクの野鳥図鑑

イラクでこのほど、初めての野鳥フィールドガイドが刊行されたらしい。BirdLife International のサイトに表紙画像がある。書名は "Field Guide to the Birds of Iraq" と訳されている。イラクに生息する野鳥387種が写真、イラスト入りで紹介されている。

フセイン政権下で、湿地帯の90%がダム建設や排水によって破壊されたとされている。フセインの失脚後、水が再び入れられて、湿地に戻ったところもあり、鳥も少しずつ帰りつつあるという。

この本のことは IPS の記事で知ったのだが、それによれば、イラク議会は湿地帯保護のためのラムサール条約への加盟も議決したとある。

記事は、「イラクから伝えられてくる数少ない、いいニュースの一つだ」という言葉で締めくくられている。

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2007年 1月 27日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.01.26

思いやる脳

「エゴイズム」の反意語 "altruism" は、「愛他主義」とか「利他的」とか訳されるのだと思いますが、いま一つ据わりが悪いですよね。「思いやり」とはちょっと違うかなあ。とにかく、ちょっと眉つばなのですが、この altruism を司る脳の部分が見つかったそうです。

後部上側頭溝

Activation of Brain Region Predicts Altruism という報道資料によると、米デューク大学医療センターで行なわれた研究で、右脳の posterior superior temporal sulcus というのがその部分らしいと分かったとのこと。たぶん、日本語では「後部上側頭溝」と呼ばれるのだと思います。Nature Neuroscience 誌に掲載された論文そのものはお金を払わないと読めないのですが、が見られたので、Gray's Anatomy の絵を使って、たぶんここらへんだろうという場所を図示してみました。右耳のちょっと上の後ろのあたりだと思います。間違っていたら、ごめんなさい。

まず、自分の選んだ慈善団体にお金が届けられるようにするコンピュータ・ゲームをしている人、そのゲームが自動で動いているのを見ている人の脳を MRI で撮影すると、見ている人のほうがゲームをしている人より、この部分が活性化されることが分かったそうです。次に、いくつかの質問をして、どれぐらいその被験者が altruistic かを調べた結果、より altruistic な人ほど、この部分の活動が活発であるという相関関係が観察された、というもの。

自分以外の人(この場合はコンピュータですが)がやっていることに意味を見いだす能力をどれくらい持っているかが、他人を思いやり、助ける心につながっているのではないかと、研究を行なった Dharol Tankersley さんたちは考えている、とのことです。

実験の設計や結果の解釈に、ちょっと説得力の不足を感じますが、素人を納得させるための論文ではないから、そんなこと言ってもしかたないのでしょうね。テレビの情報番組で追実験でもやらないかな。(笑)

「そんなの自己責任でしょ。私には関係ない」みたいなことを言う人や何でも経済的な利益に還元して考える人は、この部分が萎縮したりしてるんでしょうかね。今度、一回叩いてみよう。

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2007年 1月 26日 午前 12:02 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.01.25

グアンタナモの詩人たち

The Waste Land: Declassified poetry from Guantánamo Bay ― Harper's 紙の記事。米軍グアンタナモ基地に拘留されている「テロ容疑者」たちが獄中でつづった詩が英語に翻訳され、この秋、出版される予定だと伝えている。書名は Poems from Guantanamo: The Detainees Speak、編者は Marc Falkoff さん、出版元は the University of Iowa Press。

グアンタナモ収容所で、多くは拉致された後、訴追もされず、ただ独房に入れられ続け、拷問を受ける「囚人」たちの弁護を担当する Falkoff さんが、同じくグアンタナモ拘留者の弁護にあたっている弁護士仲間に呼びかけ、アメリカ政府に情報公開を迫って集めた詩だ。言葉の力を恐れたか、暗号通信を恐れたか分からないが、差し止めとなった詩も多い。

俺の血を持って行け。
俺の死装束と
死体の残された部分を持って行け。
墓で遺体の写真を撮るがいい。
寂しい墓で。

それを世界に送れ、
判事たちに、そして
良心を持った人たちに。
筋の通った人たちと、
公平な心を持った人たちに送れ。

その人たちに世界の目の前で良心の重荷を負わせればよい。
この無実の魂に対して。
その人たちに、子どもたちの前で、歴史の前で、重荷を負わせればよい。
この無駄にされてしまった罪のない魂、
「平和の守護者」の手によって苛まれた
この魂に対して。

バーレーン出身の Jumah al-Dossari さんによる「死の詩」である。

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2007年 1月 25日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.24

ピエール神父を悼む

みなさん、助けてください。今日の午前3時に、一人の女性が寒さのために亡くなりました。セバストポル通りの歩道で、前日に渡された、家からの退去勧告書を手に握ったまま死んだのです。今夜までに、いや明日になっても構いません、毛布5千枚、大きなテント300、調理用のコンロが200個必要です。

1954年の冬の夜、フランスのラジオで一人の神父がこう呼びかけて、ホームレスの支援運動エマユス(Emmaüs)が始まったという。そのピエール神父(Abbé Pierre)が亡くなった。第二次世界大戦下では、レジスタンスの一員として活動し、戦後は一貫して恵まれない貧しい人たち、疎外され社会の端っこに追いやられた人たちのために働いてきた。フランス国民の良心と呼ばれたそうだ(AFP電 "France mourns Abbe Pierre, radical priest and champion of homeless")。

神の愛を信じ、それによって人々を導いた人の死にあたって、こんなことを書くべきではないのかもしれないが、私は神はいないと思う。かつて、神はその愛する息子を通じて、私たちにこう語りかけたと言う:「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値のあるものではないか」(マタイによる福音書6:26、新共同訳による)。ならば、どうしてボロ布のように搾取される人や、公園にテントを張って暮らしていかねばならない人がいるのか。どうして寒さに震える子どもたち、飲む水もない子どもたちがいるのか。私たちの時代に神はいない。いるのは人ばかりだ。頼れるのは自分たちだけだ。手を差し延べるのは私たち以外にはいない。ピエール神父の歩んだ道に私たちも続こう。

あおざかなさんのブログで、釜パト活動日誌の「Sさんの弁明書」が紹介されていた。私たちがテレビや新聞を通じて無意識のうちに受け容れてしまっている価値観がどのようなものかの問い直しを迫る文章だ。

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2007年 1月 24日 午後 10:10 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2007.01.23

ネルーダの歌

Neruda Songs ― チリの詩人パブロ・ネルーダの愛のソネット集から5篇を選んで Peter Lieberson さんがメゾソプラノである妻 Lorraine Hunt Lieberson さんのために作曲した歌曲集。指揮 James Levine、演奏ボストン・シンフォニー・オーケストラ。

私に音楽の素養がないために的確な描写ができないのがとても悔しいですが、とにかくすばらしいです。若いころに読んだネルーダは、はしたないほどに情熱的だった記憶があるのですが、曲はわりと「秘めた愛」的な響きがあるように思います。マーラーのように芳醇に聞こえるところもあるし、シェーンベルクみたいにクールなところもあるし、ショスタコービッチのように不安をかき立てるところもあるし。21世紀初頭の名作として後代まで残るのではないかとさえ思えます。

NPR で一部分が聴けるようですので、ぜひ。買ってから知ったのですが、歌っている Lorraine Hunt Lieberson さんは、2006年の7月に、がんで亡くなったそうです。CDの5曲を聴いて、ネルーダのソネットをもっと聴いてみたいと思ったのですが、それはかなわぬ願いであるようです。

すべてのクラシック音楽愛好家、パブロ・ネルーダの愛読者にお勧めしたいと思います。そして、Lorraine Hunt Lieberson さんのご冥福を祈ります。すばらしい音楽を与えてくれて、ありがとう。

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2007年 1月 23日 午前 01:25 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.01.22

カラハリへ帰る

Botswana map

去年の夏、南アフリカから帰る飛行機でボツワナの人と隣り合わせの席になりました。私は多国籍企業による鉱業資源の採掘が環境や地域社会に与える影響に興味があるので、「ボツワナではダイヤモンドの採掘のためにブッシュマンの人たちが政府に立ち退きを命じられていると聞いているが、どう思うか」と聞いてみました。彼女からは「そんなことはない。国は学校を建てたりして彼らの生活を支援していて、彼らも喜んで移住している」という答えが帰ってきました。私はボツワナに行ったことがあるわけでもありませんし、彼女にしたって首都に住み、テレビや新聞で報じられる以上のことを知っているわけでもないので、その話はそこまでになってしまいました。

12月にブッシュマン(正式には San の人たちと言うようです)の訴えが裁判所で認められ、2002年に彼らが退去させられたのは違法な措置だったという判決が出ました。その後、政府は判決は原告に名を連ねた人たちだけに適用されるものだという姿勢を取っていました(それでは家族が離散してしまいます)が、ようやく態度を和らげたため、帰還が始まりました(ワシントン・ポスト紙の1月21日付け、"Expelled Bushmen Return Home")。家畜の持ち帰りが認められるか、医療体勢をどうするかなど、懸案があるようですが。

多国籍企業など大資本による搾取とか、住んでいる場所を追われる人たちの苦難とか、伝統文化と近代化(工業化、西洋化)とか、さまざまな問題との結びつきを持ったニュースです。現地で起こっていることは、報道で伝わって来るのよりずっと大きな事象で、私の知らないことばかりなのだろうと思わずにはいられませんが、国家の言いなりになりたくない人たちが誇りをもって闘い、勝ったということだけにでも、私は価値を見いだします。

上の地図はいつもどおり Perry-Castañeda Library Map Collection から。下の写真は Flickr で DragonWoman さんが CC-by-nc-nd で公開しているものです。2005年8月撮影とあります。

Kalahari Bushmen, by DragonWoman

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2007年 1月 22日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.21

大草原の小さなモスク

「大草原の小さなモスク」(Little Mosque on the Prairie)というコメディー番組がカナダで今季、放映されています。1回目の放送は210万人(瞬間的には270万人)が見て、カナダで制作されたシリーズものとしては新記録だったそうです。翌日の再放送は88万人、2週目の枠はゴールデン・グローブ賞授賞式と重なっていたため、また1回目の再放送を流して60万人、15日の第2回のエピソードは120万人

1回目のエピソードでは、中西部の田舎町で、使われなくなった教会をムスリムたちが借りて礼拝を行なっているのを偶然見た人(何と言えばいいのでしょう、たぶん農業をやっているか工場で働いているキリスト教徒の白人中年男性。「普通のカナダ人」と書くと語弊がありそうなので気をつかってしまいます)が保守的な(Rush Limbaugh みたいな)ラジオ番組でインタビューを受けたり、トロントから着任する予定の若いイマームが自爆テロリストの嫌疑をかけられて空港で取り調べを受けたりといった話。2回目のエピソードは、保守的な男性信者たちがモスクの中に男女を分ける壁を作ろうとする話。ネタバレになりますが、イマームはソロモン王の逸話を引いて、モスクの片側には壁を残し、男も女も、別々に祈りたいなら、そちら側に行けばよい。壁がないほうがよいと考える信者は壁のない側で祈ればよい、という裁断を下します。ここらへんに、ただおもしろおかしいのを狙っているのではないという姿勢が見て取れます。

多様性を肯定する優しい視線が感じられるし、いろいろと起こる騒ぎもムスリムたちだけの問題ではなく、見る人だれにでも内省を促すところをもっているし、いい感じなのですが、逆に2回目まで見たら、「なんだ、ムスリムって言っても、私と全然変わらないじゃん」とか安心してしまって、見なくなる人も多いのではないかと思いました。何だろう、毒が少なすぎると言うか… 私が毒のある人間だからそんなふうに思うのかなあ。個人的には、ムスリムたちのよき理解者である教会の牧師が、実はかなり複雑な内面を持っていた、なんていう展開を期待してしまいます。

私、エピソード1、2は YouTube で見ました。神よ、著作権の問題がありそうなのを知りつつ楽しんでしまった私を憐れみ、許してください。できれば、来週もまた許してください。

「大草原の小さなモスク」について書いていらっしゃる文化の交差点からブログとMiGROS の「生きる」スキルアップ!ブログにトラックバックをお送りします。

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2007年 1月 21日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.20

水瓶の祭り

世界最大のイベントが現在行なわれているらしい。Ardh Kumbh Mela という6年に一回開かれるヒンズー教の祭りだ。ガンジス川、ヤムナ川、サラスワティ川の交わるインド北部 Allahabad という都市で 1月19日だけで2千万人が沐浴を行なったとのこと(Millions of Hindus take holy bath)。1月3日の新月とともに始まり、2月16日まで続くこの祭典には、のべ6千万人が参加すると予想されている。ちなみに、大阪万博は6か月で6,421万人だったそうだ。

Allahabad, India, by La Moreneta

気になるのは、どれだけの人が来なかったか―来ることを許されなかったか、だ。Ardh Kumbh Mela には「カーストに関わらず人が集う」という記述までは見つけた(Hindus Converge on the Sangam at Allahabad)のだけれど、ダリットの人たちは varna を持っていない、カースト外の存在だという言い方もできると思うので、彼らがさまざまなカーストの人たちに交じって川に入ることができたのか、ちょっと不安が残る。かなり調べたのだけれど、「許されない」という報道は見つからなかったので、たぶん大丈夫なのだろう。

私の調べ方が悪いのかもしれないが、自由に載せられるような祭りの写真も見つけることができなかった。まあ2千万人も行ったのだから、だれかデジカメを持って行ったに違いない。気長に待とう。英ガーディアン紙に16日付けの写真集がある。いや、とにかく人、人、人。上の写真は Flickr で La Moreneta さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。Allahabad で昨年12月7日に撮影されたものらしい。付けられたタグの一つは「貧困」である。

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2007年 1月 20日 午前 02:17 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.19

正義が勝ったよ

5日前に書いた、西岸地区でイスラエル人がパレスチナ人を車に乗せるのを禁止するという占領当局の措置は、今日(19日)発効する予定だったが、16日に軍(IDF)が「凍結」を発表したらしい。17日のハアレツ紙の記事 "IDF freezes ban on Israelis driving W. Bank Palestinians" によれば、人権団体、法律家団体などから厳しい非難を受けたため、法的に問題がないかなどを再検討するため延期された、とのこと。

撤回ではなく延期なので、ぬか喜びになるのかもしれないけれど、とりあえず今日は、私たちの思いが通じたみたいな気もして、すごくうれしい。14日の記事を書いている時、ものすごく暗い気持ちだったのと比べたら、夢みたいだ。すごいぞ、市民。心ある人たちがいてこそ歴史は動いていくのだと強く思った。私たちもがんばろう。

それにひきかえ、来日中のイスラエルのリブニ外相と会談した麻生外相は、オルメルト‐アッバス会談が実現したことを高く評価、「和平交渉進展に向けイスラエル、パレスチナ当事者間の努力が必要との認識を強調した」(産経)だって。お気楽なものだ。また、エルサレム・ポスト紙はリブニ外相と安倍首相がにこやかに歓談している写真を掲げているが、記事の内容はリブニ外相がイランは脅威だと語ったという点にしぼられており、安倍首相の存在感は限りなく薄い。この人たちが歴史を作っているのではないことがよく分かる。

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2007年 1月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.01.18

ネオリベの夜は南から明ける

今週の月曜(1月15日)、南米のエクアドルで Rafael Correa 大統領が就任した。就任演説でコレア大統領は、ラテンアメリカ独立解放の父シモン・ボリバルの剣をかざし、「長かった新自由主義の夜が明けつつある」と語ったという。労働の流動性やアウトソーシングが雇用の不安定化を招いたこと、そして新自由主義的な経済政策がラテンアメリカでは貧困と格差を増大したことを指摘した(IPSの記事)。「人間の労働を単なる商品とすることは許されない」とも語った。最近ラテンアメリカで高まりつつある流れを彼は「21世紀の社会主義」と呼んだ。就任式に出席したラテンアメリカ諸国の指導者のそうそうたる顔ぶれのなかにフィデル・カストロの姿がないことも、新しい世代の到来を告げる演出のようにさえ思えてしまう。

「私には夢がある。激しい貧困のない国、子どもたちが道で物乞いをしなくてもよい国を目指す。富の華やかさはないが尊厳があり幸せな国家を作るのだ」と語るコレア大統領を、保守的で伝統的な権益を代表する議会が待ち受けている(AP電)。

就任演説ではまた、南米諸国の「統一」への夢が語られた。12月のコチャバンバ会議で討議された話題だ。ボリバルが果たせなかった夢。それへの道は依然として長く曲がりくねったものだと思うが、合州国の覇権にとことん対抗しようという意志をラテンアメリカの人たちが固めつつあることは間違いない。

Rafael Correa, by colonos

写真は Flickr で colonos さんが CC-by-nc-sa で公開している選挙遊説中のコレアさん。昨年11月の選挙戦終盤に撮影されたものらしい。ちょっと、かっこよすぎ。

重要なニュースをいつもしっかり追っているGAKUさんのInternet Zoneブログにトラックバックを送ります。

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2007年 1月 18日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.01.16

躓きの石、その二

In Germany, singular remembrances ― ボストン・グローブ紙の名物記者 Colin Nickersonさんによる記事。ドイツで、街の舗道にホロコーストで殺された人たちの名前を刻んだ銘板を埋め続ける Gunter Demnig さんを紹介している。

Stolpersteine

Demnig さんが埋めるのは写真(Flickr で hllr さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの)に示すように、縦横10cm程度の銅板。殺された人の名前、生まれた日、死んだ日などが書かれており、その人のゆかりの地(自宅とか、常連だった店の前とか)に置かれる。過去10年ほどの間に、Demnig さんたちは、1万を超える銘板を200を超える街に埋めてきた。ヨーロッパで最大規模の芸術だと言う人もいる。埋め込まれた銘板の中には、極右の人たちによって傷つけられたり掘り返されたりするものもあるし、遺族の中には、犠牲者の名前が人々に踏まれることを嫌がる人もいる。「もう慰霊碑はたくさんあるから」と言って設置を認めない自治体もある。それでも Demnig さんは、銘板を埋め続ける。ホロコーストの犠牲者は600万人。終わりは見えない。

Demnig さんたちは、このプロジェクトを Stolpersteine (躓きの石)と呼んでいる。何千、何万、何十万という犠牲者を一まとめにしてしまうのではなく、一人ひとりの生を思い出させる試みだ。戦争の記憶が薄れ、偏狭な民族主義や非現実的な軍国主義が頭をもたげてきている今、こういう地道な努力が、これまで以上に求められているのかもしれない。

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ココログのメンテナンスがあるそうなので、明日(17日)は更新をお休みします。イスラエルのリブニ外相が来日するのだそうですね。ビルザイト大学のこととか、日本政府からも圧力をかけてほしい、なんて願うのは私が夢見がちな証拠? より現実的な考察として、P-navi info : イスラエル・リブニ外相来日 日本の開発援助計画に疑問、およびパレスチナ情報センターの特集「平和と繁栄の回廊」構想・日本政府のヨルダン渓谷開発援助計画についてにリンクをはっておきます。

2007年 1月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.15

躓きの石

この題名で全く別の話を書き始めたのだが、「つまずきの石」という表現自体が気になってしまったので、書きたかった話は明日にまわし、今日はこの言葉そのものについて書くことにする。

この表現は新約聖書に何回か出てきていて、それらは旧約聖書イザヤ書第8章14節に言及するものだ。イザヤ書の該当部分は日本聖書協会の新共同訳(1987年)では、こう訳されている。

主は聖所にとっては、つまずきの石
イスラエルの両王国にとっては、妨げの岩
エルサレムの住民にとっては
仕掛け網となり、罠となられる。

いま一つ意味が分からないので、口語訳(1955年)を調べると、こうなっている。

主はイスラエルの二つの家には聖所となり、またさまたげの石、つまずきの岩となり、エルサレムの住民には網となり、わなとなる。

やっぱり自分が子どものころに親しんでいたやつのほうが頭に入りやすいぞと思ったが、よく考えるとそういう問題ではなく、この2つの訳の間で意味が全く変わっているのが問題だ。

英語とフランス語の訳をいくつか読み比べてみたのだけれど、新共同訳のように「主は、聖所にとって、つまずきの石となる」という命題を提示しているものは他には見あたらなかった。口語訳のように「イスラエルの2王朝」が「聖所、石、岩」の3つに係るとするかどうかも微妙で、多くは「一般的には聖所となり、イスラエルの2王朝にとっては石と岩となる」という意味の文になっている。個人的には、そのような解釈で書かれていて、さらに「聖所」のところが現在形、「石」と「岩」のところが未来形になっているフランス語の La Bible du Semeur という版が一番しっくり来る。

Il est un sanctuaire, mais il sera aussi une pierre qu'on heurte, un rocher qui fait trébucher pour les deux royaumes israélites, un piège et un filet pour les habitants de Jérusalem.
(主は聖所であるが、イスラエルの二つの王国にとっては、人々の投げつける小石、人々をつまずかせる石にもなるだろう。エルサレムに住む人たちにとっては落し穴や漁網にもなるだろう。)

私がそうだったように、こういう些末な字句にこだわって、聖書や教会の権威を疑い、信仰にたどり着けないことを「躓きの石」と言う。我ながら渋いオチだね。

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2007年 1月 15日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.01.14

席を同じうせず

今度の金曜日から、イスラエル人は西岸地区で車を運転する際、パレスチナ人を自分の車に乗せることを禁止されます。
アパルトヘイトの臭いがしませんか。
占領当局によるこの恥ずべき命令によって回復する「治安」などありません。
心あるドライバーはこの命令を無視するでしょう。

イスラエルの平和団体 Gush Shalom が12日にハアレツ紙に掲載した意見広告だ。問題の命令は昨年11月に出されたもので、1月19日をもって発効する。発効を前に人権団体 B'Tselem も抗議声明を出している。

そもそも占領地域には「イスラエル人専用」の道路網があって、パレスチナ人たちはそれを利用することができないが、イスラエル・ナンバーのタクシーに乗って通るなどの「抜け穴」があったらしい。この命令は、そういった抜け穴を塞ぐためのものらしい。

こういうのって、「パレスチナ人を見たら、テロリストと思え」みたいなパニック思考に集団的に陥っているのか、それとも、テロの防止云々というのは完全に後付けの理由に過ぎず、根本には醜い民族差別的な感情があるのか、私には判断しかねる。不利益をこうむるパレスチナの人たちに同情を感じるのはもちろんだが、自分たちの政府がこんな恥ずかしいことをやっているのを苦々しく思っている心あるイスラエルの人たちの心中も察するにあまりある。

先ほど、朝鮮民族学校出身者の大学受験資格を認めていない大学について、トラックバックをいただいた。ここ数年で国立大学でも状況が好転したというのが私の理解だった(私の前任校でも受験が認められた)ので、かなり意外な気がした。

偏狭な心から脱して、自分の属する集団を少しでもよくし、誇れるものにしようと努力しているすべての人に、エールを送りたい。

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2007年 1月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2007.01.13

韓国が世宗学堂構想を発表

一週間ほど前に中国政府が孔子学院を各国に展開して中国語の学習を促進していることについての記事を書きました。その中で、日本政府にも、軍事でもない、お金のばらまきでもない、「ソフトな」文化戦略を考えてほしいという私の希望を述べました。ここに書いても、単なる独り言ですけれど。

ハンギョレ新聞によると、韓国政府も2011年までに海外で100校以上の「世宗学堂」と名付けられた韓国語学校を設置する計画だそうです。1月11日にキム・ミョンゴン文化観光省長官が発表したもの。その最初の2校が今年3月にモンゴルのウランバートル大学と中国の北京中央民族大学で開校するそうです。

日本政府の言い分としては、国際交流基金やJICAなどの事業で従来から海外での日本語の学習支援や日本文化の普及には取り組んでいるからいいんだ、ということだと思うのですが、そういう従来型の事業とは違ったものを時代が求めているんじゃないかなと思います。官僚が悪いのか政治家が悪いのか、はたまた文科省と外務省の縦割り行政が悪いのか、私には分かりませんが、一応、与党の失策の一つに数えておきましょうよ。

孔子学院について書いた時に紹介した記事に、これが「毛沢東学院」という名前だったらどこの国の大学も受け入れなかったんじゃないか、という話がありました。日本が学校を作る時には名前で苦労するかもしれませんね。侵略者的なイメージが湧かない名前を選ばないといけないから。紫式部学院かなあ。古くさいけど、それは孔子も世宗もいい勝負だし。現代的な感じを狙うのだったら、ドラえもん学園? キティーちゃん学校? 若者にウケそうな地名から取って、原宿スクール? 冗談はさておき、あらためて政府に日本語教育の充実に関する施策を求めます。

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2007年 1月 13日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.12

ギリシャの憲法論議と大学民営化

ギリシャの憲法(英訳、PDF)は、かなり細かいところまで規定されているようで、教育について定めた第16条には、日本だったら学校教育法や教育公務員特例法に書いてあるようなことまで、ちらちら書かれている。条文の主眼点は、初等教育から高等教育に至るまで無償で行なうことを国の責任とすることと、大学の設置者を国に限っていることだ。

この憲法第16条を変えようという論議がギリシャの国会で始まっていて、それに反対する大学生、大学教職員、小中高の教員らが大規模なストライキを行なった。Indymedia の記事で知ったのだが、検索したら、ギリシャの英字新聞 Kathimerini通信社の記事も見つかった。火焔ビン(警察側がニセの証拠として持ち出したという説もある)や催涙弾が飛び交い、逮捕者、負傷者が相当出たらしい。

背景知識が全くないので、ニュースをどのように解釈したらよいのか分からないが、教育への国家支出を減らし、大学の事実上の民営化も視野に入っているらしい。お約束の小さな政府を目指した新自由主義的な「改革」の話であることは間違いない。

それにしても、大学進学率52%を、すべて国立大学で、しかも授業料無料でやっているという現状はすごい。日本にいると、私学が高等教育の大半を担い、高額な授業料を納めるのが当たり前のように感じてしまうけれど、それだけが可能な形態ではないのだということを、しっかりと覚えておく必要があるように思う。もちろん、日本よりギリシャのほうが絶対いいというわけではないだろうし、確立した形態を変更するには強い意志と忍耐力が必要とされるわけだけれど。

11月末に書いたタイの大学法人化についての記事に、いろいろな国の大学事情に関する記事へのリンクがありますので、ご参照ください。

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2007年 1月 12日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.11

テロリストのオペレッタ

The Beastly Bombing, or a Terrible Tale of Terrorists Tamed by Tangles of True Love というオペレッタがロサンジェルスの Steve Allen Theater で上演されているそうです。音楽は(パリス・ヒルトンさんのテレビ番組も手がけた) Roger Neill さん、リブレットは Julien Nitzberg さん。ニューヨーク・タイムズ紙の評で知りました。いや、これはすごい。ぜひ見たいです。

皮肉たっぷり、現代版のギルバートとサリバンといった感じです。白人至上主義者たちがニューヨークのブルックリン・ブリッジを爆破しようとしていると、まさに同じことをしようとしているアルカイダのテロリストたちと会い、いっしょに警察から逃げている途中に、家出中の大統領の双子の娘たちが彼らの服の中に麻薬を隠そうとし、結局全員捕まってしまう…といった奇想天外な話ですが、これはまだ序の口。記事には書いてありませんが、あらすじを見ると(ネタバレするので舞台を楽しみたい人は読むなと書いてあります)、日本人は必見であることが分かります。

合計50分以上の音楽も無料で聴けます。「私は最も勇敢な大統領」の歌なんかはそのまま「ミカド」に出てきてもおかしくない感じです。名曲はないかもしれませんが、どれも楽しく聴けます。もっとも、滑稽さを意図したものだと分かっていても「シオンの長老の議定書によると~」なんて歌っているのを聞くのはちょっと苦痛かもしれません。日本で生まれ育った私の場合、やっぱり最後の曲は辛かったです。

舞台装置とかは、ちゃちそうな予感がするのだけれど、やっぱり生で観てみたいなあ。真剣にロサンジェルス旅行を考えてしまいます。宣伝系のトラックバックやコメントは消すことにしているのですが、この記事に安いチケットの広告トラックバックでも付いたら、残してしまうかも。

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追記:あらすじの日本語訳を公開します。

2007年 1月 11日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.01.10

カトマンズの水

Striking Nepalese to Cut Water Supply to King, Prime Minister's Residences ― ネパールの首都カトマンズで、水道事業の民営化計画に抗議して、国営水道局の職員がストライキを計画していて、王宮や首相官邸を断水に追い込むことも辞さない構えだ、という話。韓国のオーマイニュースの報道では、実際に一般家庭以外への給水が止められたもようだ。同時期にネパール東部で行なわれていた交通ゼネストは終わったようだが、水道に関しての続報は見つけられなかった。

憲法草案の提示を控えて国中が大変な状態みたいなので、このストに注目するのがバランスの取れた態度であるかどうか分からないし、役所の腐敗は大きな問題であるようなので、それを抜きにして労働争議の部分だけを見るのも軽率なのかもしれない。とは言っても、水の民営化(この場合も、国外の企業に売り渡す計画らしい)という新自由主義的なグローバリゼーションという、そろそろ息切れが目立ち始めた企みの話なので、一応メモしておこうと思った。

と同時に、公務員がストライキをしているということに、今一度、注意を払っておきたい。これは至極当たり前のことなのだ。団体交渉をし、場合によってはストを打つというのは、労働者の基本的な権利だ。それが日本では認められていない。

確かに近年、「公務員への労働基本権の付与」の可能性が語られるようになった。しかしそれは「公務員制度改革」という、精査が必要とされる怪しげな有象無象と抱き合わせで提示されている。スト権を与えてやるから、代わりに人員削減を受け入れろ、みたいな話だ。

それはおかしい。ILO は無条件に公務員のスト権等の回復を求めている(何回か話題になっているのだと思うが、例えば2003年6月の総会報告206ページ以降)のであって、それが何かの見返りとして俎上に置かれるのはおかしい。流行っているのか流行っていないのか分からない形容詞を使うなら、今の状態は世界の目からみて「美しく」ないし、労働者に痛みを与える構造改革とやらのダシに使おうとする姑息な態度も「美しく」ない。もちろん、人から自分たちの落ち度を指摘されて頬被りしているのも「美しく」ない。これは現在の人権問題だけではなく、過去の負の遺産についての日本の「体制」の態度全般に当てはまることだ。

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2007年 1月 10日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.09

国境を護るのはあなた

AP電 "Report: Border camera tests show little" および、El Paso Times に掲載されたその元記事 "Costly border cameras had little effect" ― 昨年11月、テキサスではメキシコとの国境沿いに12台のウェブカメラを設置し、ネットで自由にその画像を見てもらって、怪しい動き(密入国者)があればメールで通報してもらう仕組みの実証実験を行なった(Texas Border Watch のサイトは既に実験終了を表示するだけになっている)。一か月の間に20万人が2,500万回アクセスし、1万を超える情報が寄せられた。バーチャルな自警団といった感じだ。州知事は実効性が証明されたとして、500万ドル(約5億9千万円)を投入して本格稼働を州議会に提案しているが、同月の密入国者が1万2千人であると推定されるのに対し、このプロジェクトがきっかけで捕まったのはわずか10人。実証実験には20万ドル(約2千4百万円)かかっており、費用対効果に疑問がある、と記事は伝えている。

日本海側の海岸線にウェブカメラを置いて、国民にネットで監視してもらおう、なんて話が今後出てくるんじゃないかな。企業の景気はよくなったとは言うものの失業率は依然高いので、ネットの掲示板に終日かじりついて差別的な書き込みとかしているような人、まだけっこういるはずだ。そういうヲタクを「体力がなくて自衛隊に入ることができない君でもお国の役には立てる」とかいう宣伝文句で引き込んで参加させる。ちょっと市場調査が必要だけど、画面にテロップで萌え系のゲームとかミリタリー・グッズの広告でも流したら、ビジネスモデルとしても成立するんじゃないだろうか。有料会員になると自衛官のお姉さんとチャットできる、みたいな特典を付けるのもいいかもしれない。検挙に結びついたら報奨金を出すといった形で政府も出資する。一年ぐらい経って、不法入国者が一人も見つからないのに税金を使うのは無駄だと批判されたら、小泉前首相の「大量破壊兵器が見つからないのは云々」の線で煙に巻く。ここらへんは安倍首相ではアドリブが効かないので、だれか他の人に答えさせる。もちろん安倍首相も北朝鮮がらみで一枚噛みたいだろうから、ぶらさがりの記者団に「このプロジェクトを漢字一文字で表現すると?」というやらせ質問でもしてもらって、「安全」とか答えさせる。

うーん、発想がステレオタイプに毒されてしまっていて、よろしくない。

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2007年 1月 9日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.01.08

パレスチナで教育を受ける権利、再び

イスラエル占領下のパレスチナ(oPT = occupied Palestinian Territory)ヨルダン川西岸地区にある Birzeit University が1月5日付けで緊急行動要請を出しているので紹介する: Call to Action: Defend the Right to Enter, Study and Teach in Palestine ― 下にウェブサイトのスクリーンショットを置く。

Birzeit University Right to Education webpageヨルダン、レバノン等に暮らすパレスチナ難民が占領下のパレスチナに入る場合は、それぞれの居住する国のパスポートを使うことになるが、過去1年にわたって、これら外国の旅券を持ったパレスチナ人に対する入国が認められない事例が何千にも及んでいる。そのため、ビルゼイト大学をはじめとするパレスチナの大学の学生が教育を受ける機会を奪われたり、外国籍の教員が教えることができなくなって大学の運営に大きな支障をもたらしている。

ビルザイト大学では現在383名の学生が移動の自由を奪われているとあるが、これは同大学の学生の一割以上にあたる。同大学には全世界から短期留学生を受け入れるプログラム(アラビア語、アラブ文化専攻。教授言語は英語らしい)があり、大学の大きな財源の一つともなっているが、イスラエルによる封鎖措置が知られるようになったため、2月に始まる学期への応募は半減した。

12月にイスラエル当局は入国制限の緩和を発表したが、その後も状況は変わっておらず(Right to Enter Campaign の記事を参照)、理由もなく入国を認められない学生が出ている。家族と離ればなれになってしまった学生や職員もいる。

これらに関する抗議をイスラエル当局(冒頭で言及した記事にファクス送付先等がある)や、各国の在イスラエル大使館(日本の場合はここ)に送ってほしい、というのがこの緊急行動要請だ。私も送る。

昨年11月に書いた関連記事:パレスチナで教育を受ける権利

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2007年 1月 8日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (3)

2007.01.07

孔子の国の言葉

Why China wants you to learn Chinese ― 1月4日の米クリスチャン・サイエンス・モニター紙の記事。中国政府が精力的に展開している孔子学院(Confucius Institutes)構想について考察している。

孔子学院は、中国語の普及と文化交流のために、中国政府が世界各地で大学等と連携して運営する中国語学習機関で、50か国以上で100を超す学校が設置されている。日本では2005年に京都の立命館大学に開設されたほか、桜美林大学北陸大学愛知大学に置かれており、札幌大学と九州の立命館アジア太平洋大学にも設置が決まっているらしい。

記事では、アメリカの大学に設置された孔子学院が、各地の事情に合わせた方向性を見つけるのに四苦八苦している事情が紹介されている。メリーランド大学では中国から派遣されるはずだった教員の到着が遅れたり過去2年間で数十名しか受講生を確保できなかったりした、ミシガン州立大学では独自のコンピュータ教材を開発し始めた、サンフランシスコ州立大学では小学生向けのプログラムを始めた、カンザス大学では地元の企業に出張授業を始めた、などである。中国から送られてくる教材が第二言語習得研究の視点に無頓着であることへの不満もあるらしい。

記事は、孔子学院が設置されたいくつかの大学では中国政府の政治的な影響を受ける可能性を警戒する教員の声があることにもふれている。ハーバード大学が設置を断ったほか、既存の東アジア学科などと全く別の組織にすることに注意を払っている、といった話に対し、学問の自由は最も重要な事項であって、心配は理解できるが、反応は過剰だという孔子学院側のコメントが紹介されている。多くの大学で、語学教育に携わっている人への意見聴取などが行なわれないまま設置が決まったことなどが話を難しくしているようである。

日本でも同じような状況なのではないかな、と想像してしまう。私は孔子学院について具体的なことは何も知らないのだけれど、日本の大学一般の傾向として、学問の自由といった視点が軽視され、それに反比例して外部資金の導入とか教育以外の分野との連携が重視され、また運営の民主性も急速に衰えつつあると思うので、この記事に書かれているようなことについて、今の時点で声をあげて疑問や意見を明らかにする人が多いかどうかは別として、慎重に見守っていく必要があると思う。

逆の観点からも一言。中国政府が中国語の普及のために積極的な施策をとることには、見習うべき点も多い。一般的に政府が「学び」の内容に介入することには警戒感をいだくべきだと思う(それが教育基本法変更に反対する私たちの主な主張でもあったわけだ)が、教育の条件整備を行なうことは強く望まれる。日本政府も、海外での日本語学習をもっと支援してほしい。半年ぐらい前のインドネシアの新聞に「日本から贈られてくる教材はつまらない」という意見が載っていたのを思い出す。「みんなの日本語」ばかり配るからだ。同じころの他の新聞には「中国は孔子学院などのソフト・パワー戦略をやっているけれど、日本の小泉政権はアメリカのテロとの戦いに加わるなど、軍事面などのハード・パワー戦略しかやっていない」という批判もあったなあ。首相が替わったから、少しはよくなるんだろうか。

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2007年 1月 7日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.06

イスラエルのアラブ人

もう一か月近く前になるが、Mohammed Bakri さんによる一人芝居「悲観楽観悲運のサイード」の京都公演を観た。開演の30分ぐらい前に着いたら、入り口の前の道でたばこを吸っている人がいて、それがバクリさんだった。原作を読んだことがあって、公演をものすごく楽しみにしていることを伝えて、握手してもらった。映画スターと握手したのは生まれて初めて。劇で感動した私は終演後にもう一度握手してもらった。

会場に入ったら、舞台中央に大きなイスラエル国旗があって、たじろいだ。劇は、ナクバ(悲劇=イスラエル建国)によってそれまで住んでいた街を追われ、しかしイスラエル国内にとどまったパレスチナ人の生涯を描いたものだ。ユダヤ人国家として国づくりが進められる中、主人公は疎外感を解離して生き続けていく。征服者の旗は、彼を戸惑わせる数々の不条理の表象でもあるし、彼を監視し行動を制約する構造的な暴力そのものでもある。これらの意味合いは劇中の主人公のみならず、それを演じるバクリさんにとっても同じように切実なものであるはずだ。劇はイスラエル国家の人権蹂躙の数々を解き明かす。彼は、それを旗の前で正々堂々と、そして旗の影にいる人たちの堪忍の度合いをぎりぎりまで見極めて演じているのだ。旗はまた、万が一、権力が彼の芸術を見咎めて、彼が帰国したり出国したりできなくなったとしたら、彼を苛んでいるのがだれであるかが私たちにすぐに分かるようにするための符牒なのかもしれない。

占領下のガザと西岸に比べても、イスラエル国内のパレスチナ人たちについての私の知識は更に極端に限られていて、バクリさんが伝えたかったことのほんの数十分の一しか私には感じることができなかったのだと思う。それでも、観たかった彼の劇を自分の住む街で観ることができたのは、本当に奇跡に近いことだ。その奇跡を起こしてくれたかたがたに、そしてバクリさんその人に、心からお礼を言いたい。

The Future Vision of the Palestinian Arabs in Israel ― イスラエル国内在住のパレスチナ・アラブ人の団体 Mossawa Centre が12月にまとめた提言。執筆はイスラエル国内のアラブ系地方自治体首長全国委員会。イスラエルがアラブ系住民に対して甚だ不平等、不公正な扱いをしてきたことを指摘し、イスラエルの民主化を促している。

ユダヤ人による民族支配(ethnocracy)に関しては、イスラエルをトルコ、スリランカ、ラトビア、リトアニア、エストニアに並ぶ多数民族中心的な国家だと評し、ナクバ以来の差別的な政策の責任を取り、アラブ人を先住民として認めることなどを迫っている。その他、法的地位、土地住宅政策、経済、社会的な発展、教育、文化、公共政策について具体的な提言が記されている。

提言書は、占領に反対するイスラエル市民団体のサイト Occupation Magazine の記事からのリンクで知った。ハアレツ紙の記事によると、先月はイスラエル国内のパレスチナ人団体から「ハイファ文書」という重要な文書も出たらしいのだけれど、見つからない。

P-navi info のビーさんによる京都公演の感想のほか、バクリさんの劇について書いている中野さんおらびねさんbukuroさんのブログにトラックバックを送ります。唐突ですみません。観に来ていた「旗旗」の草加さんにも年賀状代わりに送っておこう。

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2007年 1月 6日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.05

危機言語と美しい国

Language revitalization efforts bloomed in 2006 ― 北米先住民に関するニュースサイト Indian Country Today の記事。先住民言語の保全に向けた最近の各種取り組みが紹介されている。19世紀から20世紀にかけて、先住民の子どもたちが英語を使う学校に通学することになって以来、先住民の諸言語が危機に瀕するようになり、流ちょうな話者があと数人しか残されていないという事例も多いという歴史概観の後、語学学校と提携して英語ではなく自生語で教育を行なうイマージョンプログラムが始められた例が紹介されている。

その他、携帯型の自動翻訳機を導入した例や、学校や店で英語の使用を禁止して自生語の使用を法律で義務づけたネーションの例が紹介されている。また、H.R. 4766: Esther Martinez Native American Languages Preservation Act of 2006 が12月14日に発効したことが報告されている。

こういった取り組みと同じ文脈で語っていいものかどうか分からないけれど、北海道のSTVラジオのアイヌ語ラジオ講座というのがネットで聴けることを最近知った。1999年から続いているらしい。PDFのテキストもある。RealPlayerで聞く形式だが、ポッドキャストになるといいな。話があらゆる方角にズレまくるが、ついでに書くと、ラジオ沖縄には方言ニュースというポッドキャストがある。

いにしえから、私たちの国は「言霊のさきはふ国」(言葉の力で豊かに栄える社会)と言われる。遠い記憶に「日本語には神授の霊的な力が宿っている」みたいな自己陶酔的というか自民族優越的で説得力のない解釈を教えられたような気がするのだが、この歳になってみると、いろいろな文化的な背景を持つ人たちがいて、いろいろな言語が飛び交い、時にお互いに誤解をしながら、徐々に理解しあっていくことで社会は豊かになっていくのだということがよく分かる。「言霊のさきはふ国」って、そういう意味なんじゃないだろうか。私が子どもだったころに比べても、外国語入門書の類の出版はものすごく盛んになったし、いろいろな国の小説が翻訳されて読めるようになった。閉鎖的な人たちのあらゆる努力にもかかわらず、少しずつそういう社会に近づいているのかな、と思ったりする。あ、そうか。これが私の「美しい国」だ。

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2007年 1月 5日 午前 12:00 | | コメント (5) | トラックバック (1)

2007.01.04

パリの赤いテント

Homeless in Paris, by Arslan

Middle-Class French Join Sleep-In Over Homelessness というニューヨーク・タイムズ紙の記事で知ったのですが、ホームレスの窮状を訴えるため、パリのおしゃれな住宅街で泊まり込みのデモが続いています。12月中旬から、パリ10区サン・マルタンの運河沿いの舗道に SDF(= sans domicile fixe、住所不定)と書かれた赤いテントを並べ、200人あまりの人がホームレス生活を体験しつつ、行政に対して「家に住む権利」を保障する施策を求めています(日本の語彙で言うと、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」でしょうか)。主催しているのは Les Enfants de Don Quichotte(ドンキホーテの子どもたち)という団体です。JanJan に関連記事がありました。

街にはきっと、冷笑したり腹を立てたりしている人もいるだろうし、逆にこんな甘っちょろいことじゃだめだと言う人もいるのでしょうけれど、私なんかは、こういうのなら、すっと入って行けそうな気がしました。だれかいっしょにやりませんか?

上に掲げた、ちょっと美しすぎる写真は、Arslan さんが flickr で CC-by-nc-sa で公開しているものを使わせていただきました。12月24日撮影だそうです。

あおざかなさんのブログにある神戸・尼崎越年越冬活動の案内にトラックバックを送ります。後ほど、カンパを送っておきます。

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2007年 1月 4日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (4)

2007.01.03

青空文庫の請願署名に賛同します

青空文庫が著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名を始めました。ネットでの署名は法的な効力が認められていないので、紙を持って署名を集めて回ることになります。私も、さっそく用紙(PDF)をダウンロードして、家族に署名してもらいました。集約は4月末。がんばります。そもそもこのブログは青空文庫がらみの個人的な企画として立ち上げたのですが、この一年あまりはほとんど青空文庫関係の記事を書いていません。うーむ、挽回せねば。

著作権延長問題とは何なのか、なぜ青空文庫が署名に取り組むのかについては、富田倫生さんの手による上記の文章をぜひお読みください。保護期間を70年に延ばすことが文化の共有の妨げとなるという中立的なテーゼに加え、私個人は、戦争を経験したかたがたが亡くなっていくにつれて軍国主義化が進みつつあることに鑑み、平和や人権を守るという少し政治的な立場からも、署名運動に賛同するものです(2年ほど前にも述べた点です)。

このブログには以前から延長反対のバナーを貼ってきました。下のほうにあって目立たないので、署名運動参加を機に位置を変えようと思ったのですが、どうも私の美的センスに合わず(ここ、笑うところ)、代わりに、ページの右肩にたすきがけのバナーを入れることにしました。クリックすると青空文庫の署名のページに飛びます。やりかたもデザインも一昨年の Make Poverty History キャンペーンの模倣と言われそうです(著作権の話という文脈ですから、ここも笑うところです)。だれか、もっとクールなバナーを作ってくれないかなあ。

お気に召しましたら、ご自由にお使いください。基本的には、以下のコードを html のどこかに貼り付ければ、ページの右上にバナーが表示されるはずです(JavaScriptとスタイルシートが有効である必要があります)。

<script type="text/javascript" src="http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/aozorabunko_shomei.js"> </script>

上のコードで呼び出されるスクリプトの中身はこうなっています。

document.write('<div class="shomei_banner" style="position:absolute; left:100%; top:0px; overflow:visible; height:147px; width:147px; margin:0 0 0 -147px; padding:0 0 0 0; border:none; float:none; z-index:100;"><img src="http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/aozorabunko_shomei.gif" width="147" height="147" border="0" usemap="#shomei_map" style="z-index:101;"></div>'
+ '<map name="shomei_map"><area shape="poly" coords="0,0,25,0,147,122,147,147" href="http://www.aozora.gr.jp/shomei/" target="_blank"></map>' );

ココログのアクセス分析機能ではこのスクリプトや画像の使用状況は記録されないので、上のコードをそのまま貼って使っても、個人情報等が私のもとに渡る心配はありません。もちろん、画像とともに、勝手に持って行ってくださってもけっこうです。これからもデザインを変えたりするかもしれないので、持って行っていただいたほうがいいかもしれません。

Firefox と IE7 でレイヤーの重ね合わせ順(z-index)の解釈が違うらしく、私のレイアウトの場合、サイドバー(書き手について、などの部分)に上のコードを貼り付けると、位置は正しく表示されるものの、部分的に記事本体の div 要素の下に隠れてしまいました。なので、今のところ body タグのすぐ後ろ、つまりメイン・インデックス等のテンプレートに書き込んでいます。複数のテンプレートを書き換えなければならないので、ちょっと面倒です。これでもまだブラウザによっては表示がおかしかったりするかもしれません。他のブラウザや OS でどんなふうに見えるか、教えていただけるとうれしいです。

追記:左上に表示するバージョンも作ってみました。htmlに貼り付けるコードは以下のとおりです。

<script type="text/javascript" src="http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/aozorabunko_shomei_l.js"> </script>

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2007年 1月 3日 午前 12:00 | | コメント (9) | トラックバック (4)

2007.01.02

フィリピンで、沖縄で

昨年の6月に書いた「死刑廃止と被害者の声」という記事の中で、フィリピンでのアメリカ海兵隊員によるレイプ事件の話に触れました。その事件の裁判は先月4日に判決が出ました。

2005年11月1日にスービックで起きたこの事件では、泥酔した当時22歳のニコルさん(仮名)を車の中でレイプした罪で4人の海兵隊員たちが訴えられていました。強姦には直接関わらず周りではやし立てていたとされる3人が無罪に、直接の関与が立証された1名が有罪、懲役40年になりました。フィリピンの INQ7.net の記事 "US Marine guilty of raping Filipina, 3 others acquitted" に、判決文からのかなり詳しい引用があります。

有罪となった被告はマニラ市内の拘置所に収監されましたが、アメリカ政府は、米軍の地位協定(Visiting Forces Agreement)では「司法手続きがすべて完了するまで身柄は米軍の保護下に置かれる」と定められているとして、控訴中の被告の身柄引き渡しをフィリピン政府に要求していました。2007年2月に予定されていた両国軍の共同演習 Balikatan 2007 の中止を発表するなど("US cancels military exercises with RP over rape case")、アメリカが強い圧力をかけた結果、裁判所が引き渡しの差し止めを命じたにも関わらず("Smith to stay in Makati jail, judge rules")、被告は12月29日深夜、アメリカ大使館に移送されました("He was gone in 30 minutes")。

フィリピン国内では、地位協定の破棄を求める意見や、アロヨ大統領の弾劾を求める声が広がっています。地位協定(第5条第6項)には特例的にフィリピン政府がアメリカ政府に対して身柄について意見を伝えることができ、アメリカ政府はそれを十分考慮しなくてはならないとも定めていますから、それを行なわずに圧力に屈したアロヨ大統領への非難は当然だろうと思います。

フィリピンは民衆の力で米軍基地を撤廃したわけですが(韓国ハンギョレ新聞が31日の記事で日本と韓国の市民グループが基地跡地にできた街を訪れたようすを伝えています)、軛はそれで外れたわけではないようです。有罪となった被告を含め、罪に問われた4名はすべて沖縄駐留軍に在籍する人たちです。詳細は分からないのですが、Raul Gonzalez 法務大臣は、アメリカが有罪となった被告を沖縄に移送し別の裁判に出廷させる計画をたてていたと語っています("US custody of Smith 'slap in face' of judiciary -- lawyer")。米軍の駐留する日本に暮らす私たちにとって、ニコルさんの事件は無関係な遠い国の話ではありません。

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2007年 1月 2日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.01

新しい年に私が目指すこと

Arundhati Roy

We. Featuring the words of Arundhati Roy ― 小説 The God of Small Things の著者アルンダティ・ロイさんが2002年に Lannan Award for Cultural Freedom を受賞した際のスピーチ(岩波新書『帝国を壊すために』所収)をもとにした一時間あまりの映画。スピーチの抄録に音楽や映像を付したもので、www.weroy.org のサイトから無償でダウンロードできる(上のバナーも同サイトから)。

一昨日処刑されたサダム・フセインに関して語られている部分を本橋哲也さんによる翻訳から引用してみよう。

アメリカ合州国政府は、サダム・フセインが戦争犯罪人で、自分自身の国民に大虐殺を犯した残酷な軍事独裁者であると言う。たしかにこれは、かなり正確にこの男の素姓を表した記述ですね。一九八八年、サダム・フセインは、イラク北部の数百の村を攻撃、化学兵器と機関銃を使って、数千のクルド人を殺戮した。今日わたしたちは、同じ年にアメリカ合州国政府が、サダム・フセインに五億ドルを供与し、それでアメリカの農産物を買わせた事実を知っている。次の年、サダム・フセインが民族大虐殺を成功裡になしとげると、アメリカ政府による援助金は二倍の一〇億ドルに跳躍。さらに合州国政府は、サダム・フセインに炭疽菌を培養するための質の高い菌種や、ヘリコプター、それに化学・生物兵器を生産するのに使うことのできる両用資材まで供給した。

このように緊密な同盟関係にあったフセイン政権に対して、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が1991年1月に攻撃を行なったのは、もちろん前年夏のイラクによるクウェート侵攻が原因であるが、それについて、ロイさんはこのように描写する。

彼の罪は、戦争行為を犯したこと自体にあるのではなく、それをご主人の命令なしに独自に行ったこと。このような独自の意思表示は、湾岸地域の権力均衡を転覆させるのに十分だ。というわけで、サダム・フセインの排除が決定され、彼は主人の愛情の許容範囲をこえて長生きしてしまったペットのように抹殺されることになったのです。

人前に早く出し過ぎてしまった "Mission Accomplished" の看板を、今ごろアメリカ海軍の兵隊たちが空母リンカーンの船底の倉庫で探し回っているに違いない。

昨日、インドの新聞を見ていて、ケララ州出身のロイさんの思想が何もないところから突然生まれたものではないことがよく分かった。The Hindu 紙1面の "Kerala observes hartal" という記事は処刑が伝えられた日のケララ州(人口構成は、ヒンズー教徒56.2%、ムスリム24.7%、キリスト教徒19%)のようすを次のように伝えている。

ケララはイラクのサダム・フセイン元大統領の絞首刑執行に抗議して、まるで人のように立ち上がった。与野党の呼びかけに応じてこの日午後、ハルタール(政治的抗議手段としての同盟休業、悲しみを表わす役所・店舗の閉鎖)やアメリカの帝国主義的な企みとブッシュ大統領を非難するデモが全州で繰り広げられた。

同紙によれば、インドでは、中央政府(外務大臣)が遺憾の意を表明("Disappointed, says India")、極右のBJPを除く各党が糾弾の声明を発表("Political parties express condemnation")、最高裁元判事が法廷の公正さに疑義を示した上で「これは野蛮な殺人であり、歴史はブッシュを有罪とするだろう」と語っている("A brutal murder: Krishna Iyer")。

およそ今日の世界で常識的な見方をするとすれば、このようなものになるだろうと私も思う。しかし、それに比べ、私たちの生きる日本での言説は全くもって生ぬるいものがほとんどで、「日本の常識は世界の非常識」などという揶揄の一つも言いたくなってしまう。

残念ながらこのような不毛な土壌からは、アルンダティ・ロイは生まれないだろう。私は彼女のような素養を持ち合わせてはいないけれど、だれか彼女のような人物が気づき、考え、芽を出し、育っていくための土の一塊にはなれるだろうと思う。そのために発言する。あやふやな目標設定ではあるが、それを新年にあたっての誓いとしたい。

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2007年 1月 1日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (4)

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