昭南と呼ばれた日々
シンガポール国立博物館(National Museum of Singapore)は、3年あまり改装のため閉館していたそうなのですが、12月6日に装いも新たにお披露目になりました(今、見たら、ウェブサイトは、なんとなく更新が遅れているような感じです)。歴史に関する展示が常設展の大きな柱になっていて、Palm か iPod を大きくしたような端末で説明を聞きながら見て回ります。説明音声の時間に拘束されることもあり、一日がかりでした。数百年の歴史が、英国による植民地化以前、植民地時代、1942年から1945年の日本による占領、そして独立から現代までといった区分けで展示してあります。
街にいて日本や日本人に対する反感を感じることは全くないのですけれど、「昭南島」と名前を変えられていた占領時代が過酷で悲惨なものだったことは間違いないようです。シンガポールを拠点に活動していたチャンドラ・ボ-スのように、独立運動の好機ととらえていた人も確かにいたのでしょうが、日本によるアジア太平洋戦争が「解放」を意味していると考える余地は全くないというのが実感でした。当たり前すぎる結論なのですけれど、侵略や占領の実体験が遠のき、偏狭で無責任な言論が幅をきかせている今日の日本で、この点はしっかり確認しておくべきだと思います。
1942年2月に日本軍が上陸した後、数千人から数万人と言われる中華系シンガポール人が粛清(Sook Ching)を受け、殺害されたと言います。チャイナタウンのはずれ、South Bridge Road と Cross Street の交差点に、忘れられたように小さな記念碑が建っています(写真)。碑の後ろの建物に花屋さんがあったので、花束を作ってもらい、献花してきました。
アジア太平洋戦争関係では、以下の書籍を買ってきました。リンクは東南アジア書籍の専門店 Select Books (日本にも送ってくれます)のページです。
- Lee Geok Boi, 2005, The Syonan Years, Singapore under Japanese Rule 1942-1945
- Ralph Modder, 2004, The Singapore Chinese Massacre
- James Wong Wing On, 2005, From Pacific War to Merdeka
- Sybil Kathigasu, 1954/2006, No Dram of Mercy
2006年 12月 28日 午前 12:00 | Permalink | この月のアーカイブへ
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コメント
記事、ありがとうございます。
⇒古いNational Museum of Singaporeは何回か行きましたが、新しいものは、まだ見ていません。
>街にいて日本や日本人に対する反感を感じることは
>全くないのですけれど、「昭南島」と名前を
>変えられていた占領時代が過酷で
>悲惨なものだったことは間違いないようです。
シンガポール人の心の奥に深く存在する感情だと思います。タイの田舎町にあった小さな図書館に、英国人が家族と20年以上住んだ記録集が本にしてあって(ガリ版刷りのような感じ)置いてありました。英国人は、非常に良く、この地域のタイ人の風習、思想、感情、地域性、歴史、ミクロの政治経済を研究・分析していました。
粗野で知性の乏しい日本人が、英語も話せないで、金満かまして横柄に闊歩するのを、内心、シンガポール人が軽蔑しているのは当然です。
投稿: Kaisetsu | 2006/12/28 10:28:25
Kaisetsu さんにお勧めのところとかを聞いてから出かければよかったですね。いや、玄人に聞くと初心者には未消化に終わるかもしれないので、これでよかったのかもしれない。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: うに | 2006/12/28 20:27:52