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2006.12.23

ドイツの誇りは健全か

"National Pride Leads to Xenophobia" ― 12月22日付け Deutsche Welle に掲載された社会学者 Wilhelm Heitmeyer さん(Bielefeld 大学、紛争と暴力に関する学際的研究所所長)のインタビュー。「国の誇り」といった概念が排外主義等につながる危険性を非常に適切に指摘している。

「集団に向けられた敵意」によって、一人ひとりの行ないではなく、ムスリムであるとか、ユダヤ教徒であるとか、ゲイであるとか、ホームレスであるとか、障碍者であるとかという属性によって人が貶められる傾向がある。そのような敵意の根源には格差があることが多い。だから、日常のあらゆる局面で格差に反対していかなくてはならない。敵意や差別意識を持っている人は、社会の不統合感や方向感覚の欠損を患っている場合が多い。ここから、弱者を貶め、自分の地位に肯定的な評価を与えようとする態度が生まれる。現在ドイツで行なわれている「国の誇りを取り戻そう」的なキャンペーンは非常に問題がある。国の誇り等の概念は、社会の崩壊に対する間違った処方箋であると言える。こういったキャンペーンは社会を結びつけようという提案を行なうが、それらは自分と他者という境界を作りあげてしまう。ワールドカップのサッカーは、国への誇りと結びつけなくても楽しむことができる。報道においても、愛国心の高まりのようなものに対して、もっと細やかに、批判的な態度がとられることが望ましい。「健全な愛国心」といった用語には問題がある。これまで、国の誇りというものが排外主義を作り上げてきたことは研究から明らかだ。国の民主主義、例えば社会保障の発展に誇りを持つということは破壊的な力を持たないが、国の歴史に誇りを持つとか「この国の国民であることに誇りを持つ」といったことには慎重さが求められる。国によってその源流や歴史的な文脈によって愛国心は違った意味を持つが、例えばアメリカの愛国心は、偏狭さや宗教性の色が強く、理性的とは言えず、極めて危険だ。

というのがハイトマイヤーさんの意見である。一つひとつの国で異なる文脈で解釈されなければならないとは言え、日本の情況にもおおむね当てはまる指摘がここにはあるように思える。

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2006年 12月 23日 午前 12:22 | | この月のアーカイブへ

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» 「教育基本法の作り替え」で愛国心を強制する前にちょっと冷静に .. トラックバック 秘書課村野瀬玲奈です
私の尊敬するブロガー、華氏451度さんの愛国心エントリーに以前書いたコメントを引っ張り出して、愛国心は権力が一方的に定義するものでもなく、愛国心はことさらに強制するものではない、ということを申し上げてみたいと思います。いえ、私がすべてを考えたわけではな ..... 続きを読む

受信: 2006/12/23 2:56:06

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