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2006.12.22

バグダッド市民は語る

ロイター電経由で、イラク発の IRIN の記事。バグダッド市民へのインタビュー。「こんなに多くの棺を作ったことはありませんでした」というタイトルがついている(原文)。

ムハンマド・アブデル・カデルと言います。36歳で、バグダッドのエジディダ地区に住んでいます。家族は、両親と妻と一人息子です。生まれてからずっとバグダッドで暮らしてきました。24歳のころから、棺作りをやっています。家計を助けるためです。

一日中休みなしで12時間、一週間に六日働いています。今まで、こんなに多くの棺を作ったことはありませんでした。アル・カラー墓地での需要があるので、できるだけ多くの棺を作らなくてはならないのです。

戦争が始まる前は、一日で二つか多くても三つの棺を作っていました。病気や交通事故で死んだ人のためです。でも今では、一日に最低でも二十の棺を作っています。銃撃とかで死んだ人たちのために。

私にとってはいい商売なわけです。埋葬される人が多ければ多いほどお金が入ってくるわけですから。一人埋葬するごとに、10ドルぐらいというのが相場です。でも、非人間的に、自分には関係ないよ、などと言うことはできません。遺族の苦しみを目にすると、職業を変えようかと思う時もありますよ。こんな気の滅入る光景を見なくても済むようになるならってね。

私のような棺作りの職人は今、ものすごく需要があるんです。私の仕事がこの国には欠かせないものになっています。一日に何十人という人が殺されていて、もし私が棺を作らなかったら、混乱はもっとひどくなってしまうでしょうから。

四か月ほど前に、同僚と二人で、一日に50もの棺を作ったこともあります。この墓地にもう新たに埋葬する場所がなくなるのも時間の問題でしょう。

民兵や武装組織や爆弾で殺される人もいますが、ギャングにお金を取られて殺されたり、意味のない宗派間の対立で殺される人もいます。

今までで一番辛かったのは、自分の弟の棺を作った時でした。アハメドといいました。33歳で、家具作りの職人で、子供が二人いました。私も棺を下ろす係の一人でした。弟は爆弾にやられたんですが、運命と言うか、その日は私が墓地で働く日だったんです。自分の親類が死んだのに涙を流している時間もない時っていうのがあるものですよ。

弟を埋葬して、その後、同じ日に死んだ他の13人の人たちの棺作りをしました。

弟の死は、私たち一家の悲劇でした。二人兄弟でしたし、父が1991年の湾岸戦争の時に脚を一本失っていたので、私たちが家計を支えていました。それに、その一か月前に叔父が武装勢力の手で、家の中で殺されたばかりだったんです。幸いなことに、叔父を埋葬する日は、私は休みだったので、自分の手で埋める必要はありませんでした。

イラクがこんなふうになってしまっているのを見るのはとても悲しいですね。私の子どもが暴力のない、もっとよい国で、幸せと尊厳に満ちた国で暮らせるようになるのを願っています。

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2006年 12月 22日 午前 12:30 | | この月のアーカイブへ

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