1979年のイランで
イスラム革命直後の1979年8月27日、イラン西部の Sanandaj注 で11人のクルド系住民が射殺された。現場に駆けつけた Ettela'at 紙の記者 Jahangir Razmi さんが撮った写真は、撮影者不詳のまま、ピューリッツァー賞を受賞した。米ウォールストリート・ジャーナル紙の Joshua Prager さんがその経緯を NPR のインタビュー、Dow Jones のインタビューで語っている。"Pulitzer Prize photographer is revealed, 26 years later" という英インディペンデント紙の記事で知った。
NPR のページに掲載された写真がピューリッツァー賞に輝いた写真で、それを見るだけでも切ないが、ウォールストリート・ジャーナル紙のサイトに、この瞬間の前後の合計27枚の写真がある。悲しみや怒りで胸がいっぱいになる光景だ。「国賊」とされた人たちの中には、単に銃を所持していたというだけで罰せられた人や、兄弟がクルディスタン独立運動の活動家であるというだけで罰せられた人もいるらしい。当日、ラズミさんは当局の許可を得て取材にあたっており、また海外への写真配信も彼の関知しないところで行なわれたため、ホメイニ政権によって罰せられることはなかったと言う。原理主義への回帰を強めているように見受けられる今日のイランで今後も彼が安全に暮らし続けることを保障するのは、私たち一人ひとりの責任であるのかもしれない。
とても衝撃的な写真であるので、紹介記事を書くのがいいことなのか、ちょっと悩んだりする。私のブログを好んで読んでくれる人たちであれば、宗教や民族に対する憎悪のような形に思いを結晶化させることはないだろうと信じて、筆を擱く。
注:イランは、ペルシャ湾の上に座ったネコの後ろ姿のような形をしている。サナンダジは、ネコの首の左側のくびれた部分にある。
2006年 12月 11日 午前 12:00 | Permalink | この月のアーカイブへ
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