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2006.10.31

インドネシア短信2つ

インドネシア・スラウェシ島ブイヤット湾の公害訴訟は、10月20日に公判が予定されていましたが、直前になって検察側の要望により、三度目の延期が決まりました。ロイター電によれば、Muthmainnah Umadji 検事が「技術的な問題」のために延期を要請し、Ridwan Damanik 裁判長がこれに応じ、次回公判を11月10日に設定したとのこと。記事にニューモント社側のコメントは添えられていませんし、会社側の言い分を伝えるサイトにも何も出ていません。

ふだん私はインドネシアに関するニュースをインドネシアの英字新聞 the Jakarta Post のウェブサイトから得るのですが、このサイトが 10月22日以降、接続できない状態になっています。最初はラマダンの末期だからかな、次は Idul Fitri (Eid al-Fitr) でお休みなのだろうか、などと考えていたのですが、さすがに一週間を超えると、心配になります。人権活動家の Munir さんがガルーダ航空機の中で毒殺された事件で最高裁が10月初めに被告に逆転勝訴の判決を出して以来、かなり厳しい論説を掲げていたことと関係があるのかとか、どうもジャカルタ・ポストのサイトを見ているとエッチなサイトのポップアップが出たことがあるような気がするので(しっかり確認しないで閉じてしまったので未確認)サーバのセキュリティの問題があったのだろうかとか。でも、traceroute すると、ウェブサーバに行く前にインドネシア国内の経路の途中で止まってしまうようでもあるし、22日以降にも、何回か間歇的につながったという報告や、実際に28日付けの記事にリンクを張っているブログなどがあったりするので、もう少し上流の問題であるようです。

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2006年 10月 31日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.10.30

世相を描く

牛山さんのまんがサンプル画像

牛山 WEB SITE ― 最近知った牛山共さんが描く風刺漫画のサイトです。お許しを得て、「『あたらしい』憲法のはなし」と題された一枚を掲載させていただきました。ちょっと縮小しすぎて分かりにくくなってしまったかもしれませんが、安倍晋三に似た人が「9条放棄」と書かれた釜の中に放り込んでいる本には「不戦」「平和」と書かれています。サイトには絵とともに「歴史の退行」という説明があります。

言うまでもなく、1947年に文部省が配った「あたらしい憲法のはなし」の中の「戦争放棄」のイラストを踏まえたものですが、あまりに世相を言い当てすぎていて、背筋に薄ら寒さすら感じます。牛山さんのサイトには、このほかにも、核をめぐる問題、慰安婦に関する政治家の発言など、幅広く最近の日本や世界のようすを鋭く描いたまんがが掲載されています。

旗旗の草加さんが「ひさびさに風刺画らしい風刺画を見ました」と書いていますが、全く同感です。ご活躍に大いに期待し、応援したいと思います。本当は、牛山さんが「おかしい」と感じるようなことが減っていくことのほうがいいのかもしれませんが、世の中は牛山さんを休ませてくれそうにはありません。

画像の転載に関しては、必ず牛山さんから直接許可を得てくださいとのことです。転載を快諾してくださった牛山さんに感謝します。念のため画像下部に著作権表示を入れておきましたが、上の画像も禁無断転載です。

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2006年 10月 30日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.10.29

ヴェルディの「海賊」

びわ湖ホールの秋のオペラに行ってきました。今年は「海賊(Il Corsaro)」。9年間にわたって若杉弘芸術監督・指揮で演じられてきたヴェルディの日本初演シリーズですが、大変残念なことに、今年で最後になるそうです。関係者のみなさん、本当にありがとうございました。

「海賊」はソプラノが二人と豪華だし、音楽は口ずさみやすいし、話の展開もオペラにしては悪くないほうだし、もう少し人気が出てもよさそうな気がしますが、演じる側からすると今ひとつ押さえ所のない作品なのかもしれません。昨日(土曜日)の公演でも、第一幕は何か締まりが足りない感じがしました。前奏曲がかなりスローテンポだったのと、幕が開いてすぐのコーラスがものすごく遠くから聞こえてきたので、私の第一印象が悪すぎたのかな。第二幕になって、オスマントルコのパシャ、セイド役の福島明也さん(バリトン)が出てきてから、ぐっと引き締まったように思います。作品自体の問題になりますが、エキストラ的な人たちがたくさん登場するわりにすごいコーラスがあるわけでもなく、動きの面白い場面もあまりないのが、演出者には辛いのではないかと思いました。でも、舞台装置等はとても鮮やかで印象的でした。

私の目の錯覚:1848年のこの作品は、イタリアの海賊が「イスラム教徒たちをやっつけろ~」みたいなノリでオスマントルコの領土に入っていく話なのですが、宮廷を焼かれたセイドが第三幕の初めのほうのソロ "S'avvicina il tuo momento" で「復讐の時は近い」とか歌いながら、倒れた柱にかかっている黒い布を取り上げ、床に投げつける場面があります。私はその黒い布が、アブ・グレイブ収容所でイラク人の捕虜が着せられて箱の上に立たされた、黒い目隠し付きのマントに見えて、どきっとしました。後でいっしょに観に行った人に確かめたら、あれはグルナーラがまとっていたショールだとのこと。たぶん彼女のほうが正しいです。

今までに書いたびわ湖ホールのオペラに関する記事:

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2006年 10月 29日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.28

ニコンのデジカメの重さ

はなゆーさんのブログで知ったニュースについて少し調べてみた。国連環境計画(UNEP)が日本のNGO地球環境平和財団、ドイツのバイエル社、そして日本のニコンと共同で毎年催している国連子供環境ポスター原画コンテスト(the International Children's Painting Competition on the Environment)で、ほかの入賞者にはニコンからデジタルカメラが贈られたが、キューバ人の少年だけには「アメリカの対キューバ経済制裁の違犯になるため」デジカメが渡されなかったという話だ。

著しく尊厳を傷つけられた少年を慰めるためにフィデル・カストロ(日本の外務省的には国家評議会議長という肩書きになるが、 "el presidente" はもっと単純に「大統領」と訳してもいいのではないかと思ったりする)が代わりのデジカメを贈ったというキューバでの報道が引き金となって、大きく取り上げられ始めたようである。はなゆーさんのところからリンクのある時事通信のもの以外に、豪 The Age 紙などが伝えている

今年の1月に応募が締め切られた第15回のコンテスト(対象は全世界の6歳から14歳までの子どもたち。テーマは砂漠化だった)は、一等賞1名、二等賞3名、地域最優秀賞6名がアルジェリアのアルジェに招かれ、6月5日に授賞式が行なわれた。キューバの Raysel Sosa Gonzalez さんはラテンアメリカ・カリブ海地域の最優秀賞受賞者として式典に出席した。

彼に付き添っていた Jorge Jorge Gonzalez さんに対する時事通信社のインタビューがキューバの Juventud Rebelde 紙に掲載され、Gramma 紙で英訳を読むことができる。彼によれば、式典に先だって、Raysel 君が別扱いされることについて何ら相談や連絡がなかっただけでなく、式典の後にも説明はなされなかったという。アルジェリア当局を通じて説明を求めたところ、その日の夜になって UNEP 側から「禁輸措置のためだ」との回答が寄せられ、ニコン社の代表からは、アメリカで生産された部品を含んでいるため禁輸措置の対象となるとの説明がなされた。

自分だけがカメラをもらえなかったのに気づいた時のライセル君の落胆を見て、ゴンザレスさんは、ライセル君が「キューバ人であることだけで罰せられた」と感じ、血友病患者であるライセル君が今まで愛や友情に囲まれて育ってきたのにも関わらず、一瞬にして世界の醜さを学んでしまったと述べている。彼に世界各国から寄せられた同情や連帯のメッセージがグランマのサイトに掲載されている(スペイン語)。

前置きが長くなってしまったが、ライセル君の作品を見ずに話を続けるのは彼に対して敬意を欠くことになるだろう。彼の絵にリンクを張る。ちなみに、ニコン社のサイトにあるこのコンテストに関するページにも受賞作品のリストへのリンクがあるが、地域最優秀賞の受賞作品はそこでは見ることができない。

カストロが代わりのカメラをあげようと、報道されているようにニコンの社員が自腹で同等のカメラを提供することを約束しようと、あるいは反実仮想的に主催者側が彼の特別扱いが目立たないように何か対策を講じていたとしても、それらは問題の本質とは異なるように私は思う。無情な言い方だが、キューバ人の彼にカメラが渡されなかったのは現実を直視する上でよいことであったと思う。現実とは、経済封鎖が政権を弱体化させるよりも先に個人に痛手を負わせるということである。そして、アメリカの望むところに従い、アメリカの怒りを誘わないことに注意を払うなら、あなたの行動は、意図しなくても、政治とは何ら関わりのない子どもの心を深く傷つけるということ、そしてその傷はおそらく世代を超えて受け継がれてしまうということである。

何日か前に、私は「『もう一つの世界』への入り口は至る所に用意されていると思う」と書いたが、それは多分に楽観的過ぎたらしい。開けるべき扉は簡単に見つけられるにしても、それを実際に開け放つには、勇気や、多くの人々の協力や、強い信念が必要なようだ。

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2006年 10月 28日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.10.27

ケニアで大学教員がスト

ケニアの公立大学で、今週の月曜日から教員によるストライキが続いている(The Standard 紙の記事)。この大学教職員の全国組織 the Universities Academic Staff Union (Uasu) によるストライキで、6校ある公立大学は、ほぼ全面的に授業、試験などがストップしているらしい。月曜朝に産業裁判所(たぶん、日本の地労委、中労委にあたるものだと思う)がストライキは違法との判断を示したこともあり、スト3日目に入って、12名が解雇、15名が出勤停止などの処分を受けたことが明らかになった

ケニアでの大学教員の待遇は、円に換算して年収数十万と非常に悪いらしく、数倍の給与増額が要求項目となっているらしい。記事によると、学生はおおむねストに好意的なようだが、正規枠(以前は無料であったが、現在では学費を支払うことになっているようだ)ではなく、より高額な学費を支払って入学する parallel degree program と呼ばれる枠、つまり比較的裕福な層出身の学生たちからはストに対して批判の声も上がっている。

少し古いかもしれないが、the International Comparative Higher Education Finance and Accessibility Project というサイトにケニアの高等教育の概観記事があった。

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2006年 10月 27日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.26

武器貿易条約

Nobel Peace Prize Laureates appeal for an Arms Trade Treaty ― 15のノーベル平和賞受賞者(人および団体)が連名で、武器の国際取引の制限を定めた条約の締結を呼びかけている。10月26日にも国連(総会の第一委員会)で武器貿易条約の採決が行なわれるのに合わせたもの。

オックスファムの報道資料によれば、武器輸出大国のうちイギリス、フランス、ドイツは条約に賛成票を投じるが、中国、ロシア、アメリカは反対するだろうとのこと。その他、エジプト、インド、イランが反対に回るだろうとされている。

人権侵害を招くような武器輸出は行なわれないべきであるという基本的な考え方で行なわれている議論であり、それはすばらしいことだと思うのだけれど、声明を読んで、武器の取引の責任を国家に負わせることによって、武装反政府運動といったものが不可能になるんじゃないかというのが、それで本当にいいのか、自信が持てなかった。もちろん、武装闘争と政府による鎮圧努力のことを「紛争」と呼ぶのだから、悲惨な内戦を防ぐためには武器の取引を厳しく制限する必要があると言われれば、それまでのことなのだけど。

自分が根っからの非暴力主義者ではないということを再確認したということかな、これ。それにしても、国連のサイトから条約案とか見つけられなかった私は、とても疲れているのだろうか。

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2006年 10月 26日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.10.25

母乳に戸惑う

Tétée en public pour l'allaitement maternel ― 母乳で赤ちゃんを育てるほうが理にかなっているから、家の外で授乳することに対する偏見を取り除こうと、パリで約100人の母親たちが同時多発授乳デモ(と勝手に訳してみた)を行なったという記事。

母乳育児の是非とか考えたことがなかったので、参加者の一人が「これはフェミニズム的な闘いなんかじゃありません」と説明しているのを読んで、どういう解釈が適当なのか、よく分からなかった。たぶん、因習的な規範にとらわれることなく授乳という行為をいつどこで行なうかの決定権を母親自身が持つべきだという主張がフェミニズムのものと間違われるかもしれないけれど、そうではない、という意味なのだろう。合ってるだろうか。

私の認識はその前の段階で止まってしまっていて、母乳によって育てることが育児を「女性の仕事」にしてしまうのではないかとか、たくさん母乳が出る女性がいいお母さんである、つまり女性の価値がその繁殖の能力によって量られるような価値観につながるのではないかとか、人前で授乳することが憚られるのは肉体を性的な好奇の目で見られる可能性があるからではないかとか、いろいろ心配してしまう。だから、粉ミルクは、ある意味「女性の解放」の道具なのだと思っていたのだけれど。

上の記事から、同時多発授乳デモの国際記録が今年5月にフィリピンのマニラで行なわれた際のもの(3,738人が参加したらしい)だということを知り、そのイベントに関するユニセフのページを見たら、母乳推奨の運動は、「粉ミルクは母乳に劣らない」とする乳児用食品メーカーの宣伝による洗脳に対抗するためにも重要だという話が載っていて、その点は、さらっと頭に入った。

母乳育児を推進している La Leche League の日本支部のサイトにリンクを張っておく。

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2006年 10月 25日 午前 12:07 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2006.10.24

硫黄島で

クリント・イーストウッド監督による「父親たちの星条旗」(Flag of Our Fathers)という映画が話題となっている。1945年2月の硫黄島擂鉢山の戦いに加わったアメリカ兵たちの姿を描いた映画で、日本では今週末に公開になるらしい。同監督が日本軍の視点から描いた「硫黄島からの手紙」との二部作というふれこみだ。

Where have all the black soldiers gone? ― 10月21日付けの英ガーディアン紙のこの記事は、アメリカ軍の硫黄島上陸作戦には多数のアフリカ系アメリカ人(黒人)も参加したにも関わらず、映画にはその姿は見られないと指摘し、実際に硫黄島攻略に加わり、あの星条旗を立てる場面でも極めて近くにいた Thomas McPhatter さんの言葉を紹介している。第二次世界大戦を扱った戦争映画で黒人兵が描かれていないのを見るのには慣れているが、自分自身が加わったこの戦闘で黒人兵が全く省かれているのは、自分の存在が否定されているようで腹立たしい、と。

単にこの映画の作成に関わった人たちが無神経だということなのかもしれないが、記事はまた、従軍撮影班が、意識的にか無意識にか、黒人兵たちにレンズを向けていなかったことを指摘している。60年前の人種差別的な意識/無意識が、図らずも現代に再生産されてしまったということなのだろう。

そう考えると、私たちが今、書くものもまた、何世代も後の人たちの認識の形成に影響を与えることを思わざるを得ない。遺された今日の書籍やネットの文書を見て、半世紀後、一世紀後の人たちが「このころの日本はひどく民族差別とか性的なマイノリティに対する偏見とかが強かったのだな」と感じ、今の世の多くの書き手にあきれ、軽蔑するだろうことは想像に難くないが、それだけでは不十分なのだ。今、顧みられずに弱い立場におかれている人たちが、しっかりと存在し、社会に参加していたことを書き残していくことが、万人が市民記者、年代記編者となった現代に求められている。

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2006年 10月 24日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.10.23

レイテ島で

1944年10月20日、アメリカ軍が日本占領下のフィリピン、レイテ島に上陸した。23日からは、いわゆるレイテ沖海戦が戦われた。子どものころ、戦記のようなものを読んで、日本兵が何万人死んだだの、戦艦武蔵が沈んだだの、神風特攻隊が勇敢にだか悲壮にだか戦っただのと、およそ戦争の本質とは思えない、面白くもない話がだらだら続くのに嫌気がさした記憶がある。しかし今日は、62年前を思い出すべき日だ。

Japan envoy apologizes for World War II ― フィリピンの Inquirer 紙の記事。山崎隆一郎在フィリピン大使が Tacloban 市で20日に開かれた記念式典で挨拶し、「日本の軍事的な侵略と(日本軍が行なった)残虐行為に対してこの国を護るために戦った人々すべての悲劇的な運命を思い、深い反省と心からの謝罪を述べる」「怖ろしい戦争から学ぶべき教訓を思うと、フィリピンの人々が示してくれた高貴な和解の心と公正さに心を動かされる」と語り、日本は世界で最も平和を愛する国の一つとなったので二度とこのような行為はしないと述べたと伝えている。

この山崎大使の言葉が、私たち日本の市民すべての気持ちを代表するものであること、ありつづけることを願う。現実には、日本の戦争がアジア解放のための戦いだったなどとほざく人も少なくないし、評価は歴史家の仕事だと言って自分の考えをあいまいにして済まそうとするような姑息な政治家もいる。フィリピンやそのほかの国々の人たちの「人の良さ」につけ込んで、そういう輩がのさばるような、醜い社会にしてはいけないはずだ。

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2006年 10月 23日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.10.22

翻訳者の罪

Team behind Chomsky book on trial under Article 301 ― トルコの The New Anatolian 紙の記事。チョムスキーの Manufacturing Consent トルコ語版の翻訳者、編集者、出版者が反トルコ的な言論を禁止する刑法301条(一か月前にもここで取り上げた)違反の罪で起訴され、裁判が始まったことを伝えている。

翻訳者が刑法301条違犯に問われるのは初めてだが、翻訳にあたった Ender Abadoglu さんは、「自分は著者の文章を訳しただけであり、その内容をねじ曲げたりはしていない。本の文章が表現しているのは著者の考えであり、翻訳者にはその責任はない。先日、アルメニアでジェノサイドがあったとするフランスの国会議員の意見が翻訳されてトルコの新聞にも掲載されたが、翻訳者が検挙されたという話は聞かない。そのことから考えても、翻訳者は責任を問われないと考えるべきであることが分かる」と主張している。

出版者の Fatih Tas さんは、「翻訳者や編集者が刑法違反に問われるのであれば、やがて流通業者や書籍店主、そして読者にも検挙が及ぶようになるのではないか」という懸念を表明している。

チョムスキーの本の翻訳者という肩書きは私にも当てはまるものなので、微力ではあるが、何か支援ができないものかと考えている。他人の心配ができるうちが華なのかもしれない。そのうち私も、茶色くない犬を飼っていたと言って、朝早く警察に連れて行かれたりするのかも。そのような世の中にならないように、不審な動きには、一歩一歩、異議を唱えていくことにしよう。まずは今週にも行なわれるのではないかと一部で危惧されている衆議院法務委員会での共謀罪審議入りないし強行採決の阻止から。

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2006年 10月 22日 午前 02:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.10.21

ベイルートの展覧会

nafas beirut ― ベイルートで開かれている展覧会のサイト。絵画、写真、映画、詩、音楽、舞踏など、さまざまなメディアの芸術でこの夏のイスラエルによるレバノン侵攻を回顧している。参加している40名ほどの芸術家(ほとんどが20代から30代)の略歴と出品作品の写真が見られる。Electronic Lebanon の記事で知った。

率直に私の感想を述べると、洗練された作品群に私は美や現代性の余剰を感じてしまった。おそらく、戦争の中に置かれて、これらの芸術家も含めだれもが肉体は疲労し、精神は不安や怒りに支配されていたのだろうと思うが、芸術家たちはその強い知性や感性でそれを克服してしまったように見える。例えば、Nayla Dabaji さんの「2006年のランドマーク」という作品は、閑静な路地を撮した写真だ。その道は作者が毎日、仕事の行き帰りに通る道である。なぜか戦争の間、その道には一つの爆弾も落とされなかった。そのことをかみ締めながら、今日も作者はこの道をゆっくりと歩く。この道に限っては以前と何も変わらない風景であるのに「もう私には同じには見えない」と作者は記している。ほんのわずかな偶然でこの道が全く違う様相を呈するようになっていたかもしれないという可能性が気になってしまうからだ。作者のこの実存的な不安を、遠い国でこの写真を見る私はちゃんと共有できているだろうか。甚だ自信がない。

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2006年 10月 21日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.20

インドの環境

An undemocratic environment ― 10月19日付けの India Together に掲載された Sunita Dubey さんの論考。インドで環境保護行政がうまく機能していない現状を歴史的な観点から分析している。

イギリスに植民地化される前、インドには panchayat と呼ばれる村の集会などによる参加型の意志決定の文化があったが、植民地化によってそれらが破壊され、天然資源の商品化、国家による統制などが入り込んできた。独立後、地方分権型の自給自足、持続可能な開発を目指すモデルと大規模開発のモデルがあったが、インドは後者の道を選んだ。1972年に国連の人間環境会議が開かれた前後から、中央政府が環境問題を考えるようになったが、そのころまでには既に産業界と政治家(国民会議派)の癒着が進んでいて、環境よりも開発を優先する姿勢は変わらなかったし、実際の施策は一部の官僚に任されっぱなしになっており、開発、環境保護ともに行政が中央集権型であるために、人々の民主的な参画は実現されなかった。政府は今後の20年間、年率8.5%から9%の高度成長を目指すとしており、環境への影響が懸念される。といった内容だ。

それなりに筋が通った分析ではあると思うのだが、1970年代初頭が公害対策の分水界であったのは日本も同じであるし、開発が国是とされていたり、中央集権的であるのも同様であることを考えると、なぜ日本では不満足な出来ながらも環境への配慮や住民参加がなされるようになり、なぜインドではそれがなされなかったかという問題には、この考えからは答えが導き出せないような気がする。それとも、私は日本の環境行政を不当に高く評価しているのだろうか。そうかもしれない。インドにも、行って、自分の目でいろいろ見てきたいなぁ。

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2006年 10月 20日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.19

大阪の街と、ゲイと、憲法と

昨日、昼休みにネットを見ていたら、朝日新聞に

同性愛者の「結婚」も市長が祝福 大阪市が活性化戦略

大阪市民であれば、ゲイやレズビアン同士の「結婚」を、市長が祝福します――大阪市は17日、街の活性化を目指す「創造都市戦略」骨子案を公表し、参考としてこんなプランを披露した。担当者は「議論はあるだろうが、多様性を許容するざっくばらんさが、大阪らしいのではないか」と話している。 … お金をかけない「既存施設の活用」の項目で挙がったのが、結婚祝福式だった。市内に住むカップルを月1回、10組ほど募り、市役所1階ホールで、市長がお祝いカードや握手などで祝福する。 … 同性愛者ら国内では法的に結婚できないカップルも対象。行政が多様な人の生き方を積極的に認めることで、「本当に人にやさしいまち大阪」を目指すという。

という記事が載っていて、けっこういい話だなあ、と思った。夜また新聞を見たら、こんな記事もあった。同性愛者の人権に関しては、市役所のほうが地域よりも一歩先を行っているのかもしれない。

「ダブルに男性同士」宿泊拒否ダメ 大阪市、ホテル指導

ダブルの部屋に男性2人で宿泊するのを拒否したのは旅館業法(宿泊させる義務)違反にあたるとして、大阪市保健所が同市内のホテルに対し、営業改善を指導していたことが18日、わかった。 … 男性らの話によると、16日にインターネットの宿泊予約サイトを通じ、ホテルのダブルの部屋に、21日から1泊の予定で予約を入れた。しかし同日夜、ホテル側は「男性同士でダブルは利用できない」と電話で宿泊を拒否。17日、ホテルに再度連絡したが、同様に断られたため、保健所に通知したという。

ふと思い立って自民党の「新憲法草案」を見てみた。法の下の平等を定める第14条には、障害の有無による差別の禁止が加えられたが、性的指向に関しての言及はない。婚姻について定める第24条は現行のままで、婚姻は「両性」の合意のみに基づいて成立するとしている。おそらく異性間の結婚だけが認知されていると考えて間違いないだろう。

なんだよ、今の憲法は古くなったから「新しい時代にふさわしい憲法」を作るんじゃなかったのかよ。全然だめじゃん。

改憲案は、とかく「自衛軍の保持」(第9条)や「軍事裁判所の設置」(第76条)ばかりに目が行ってしまいがちだが、「新しい、新しい」という掛け声に騙されず、わざわざ憲法を変えるなら必ず書き込まれるべきことがちゃんと書かれているか、しっかり吟味しなくては、と思った。

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2006年 10月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.18

通訳は懲役1年8か月

Lawyer, Facing 30 Years, Gets 28 Months, to Dismay of U.S. ― イスラム原理主義組織によるテロを教唆したとして拘束され外との通信を禁止されていたイスラム教指導者のメッセージを、彼の弁護団の弁護士らが違法に外へ伝達したとして起訴されていた事件で、ニューヨークの連邦裁判所で17日、判決が出された。司法省の30年の求刑に対し、John G. Koeltl 裁判長が Lynne F. Stewart 被告に申し渡した懲役は2年4か月。控訴審で覆る可能性があるとして、ただちに服役とはならなかった。

私が注目していたのは、被告の一人で通訳、翻訳にあたっていた Mohammed Yousry さんの量刑。このブログで1月に書いた件だ。Yousry さんには、20年の求刑に対し、20か月の懲役が言い渡された。いくつか報道を見てみたが、彼がすぐに収監されるのかどうかは分からなかった。

検察の主張よりもはるかに軽い刑が二人に言い渡されたことについて、ニューヨーク・タイムズ紙の記事タイトルにもあるように、合州国政府は落胆していると報じられているが、1月に紹介した Yousry さんの事情が正しいなら、これでも不当に重い判決だと私は思う。

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2006年 10月 18日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.17

イギリスで教えていなくてよかった

ガーディアン紙の知ったところによると、イギリス全土で大学の教職員は、イスラム過激派に関与していたり武装テロを支持していたりすることが疑われる「アジア的な風貌」をした学生やムスリムの学生がいれば報告するように求められる。 政府は大学が過激派の「豊穣な人材調達の畑」になっていると考えており、特別な部局にそれらの学生に関する情報を寄せるように命ぜられるらしい。 教育省は既に提言をまとめており、今年の暮れまでに大学等、高等教育機関に送る見込み。

という16日付けの英ガーディアン紙の記事 "Universities urged to spy on Muslims" が目に留まった。過去一か月の間に一部関係者に送られた18ページにわたる草稿を入手したとしている。英政府は、ムスリムの学生団体が政治的に先鋭化しつつあり、講演会などに急進的な活動家等が招かれることが多く、「社会全体にとけ込んでいない」学生などがオルグされていることを憂慮しているらしい。

これほど読んでいて怒りがこみ上げてくる記事も珍しい。もし紙の新聞でこの記事を読んでいたら、床に叩きつけていたに違いないと思った。この遣るかたない気持ち、どうしてくれよう

とりあえずプラス思考で、自分のところに「在日外国人学生または留学生で不審な者がいれば文科省に…」などという通達が来ていないことを喜びましょうか。そして、この誇りと自信が保てる国でありつづけることができるよう、力を尽くしましょう。

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追記:Living, Loving, Thinking ブログがガーディアン紙の記事を取り上げているのを発見。トラックバックを送ります。

2006年 10月 17日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.16

新左の思想

China's New Leftist ― 10月15日のニューヨーク・タイムズ日曜雑誌に、中国の「新左」思想家の汪暉(Wang Hui, 汪晖)さんが詳細に紹介されていた。汪暉さんは清華大学教授、雑誌「読書」(读书)主幹。もともとは魯迅の文学を研究する文学者であったが、1989年の天安門事件後、思想再教育のために陝西省に送られた汪暉さんは、沿岸部の都市の隆盛の対局に置かれた内陸部の農村の貧困を目の当たりにする。そこは、鄧小平の経済自由化政策によって集団農場が民営化され金持ちの手に渡り、医療などの福祉が人々の手に入らなくなってしまった社会だったのだ。

「新左」の考え方を大ざっぱにまとめると、ネオリベラルな経済政策やそれを求めるグローバリゼーションに反対し、福祉や環境を重視して、崩れてしまった共同体の再構築を目指す。中国の社会主義計画経済が完全な失敗で西洋化、資本主義化のみが前へ進む道だとは考えない。また、市場化が無条件で民主化をもたらすとも考えない。その一方、民衆の間に巣くう反日感情、反米感情などは「消費主義的なナショナリズム」であるとして与しない。民衆の力が、権力の腐敗等の批判に向けられる時、はじめて民主化の方向に社会は動きだし、大衆の参加による公正なシステムが生まれる、と考える、といったもののようだ。

江沢民退陣後、中央政府の政策が少しずつ「新左」の方向に向かってきたと記事は指摘し、中国各地で頻発する暴動事件などの多くが、鄧小平のもとで地方分権が進められた結果、地方の政府にはびこることになった腐敗に対抗するものであるという「新左」の分析を紹介している。こういった中央の政策との近似性ゆえ、経済のさらなる自由化を通じた民主化を求める人たちからは「新左」は復古主義だとの批判も聞かれると記事は伝えている。

私は常々、「もう一つの世界」への入り口は至る所に用意されていると思うのだけれど、ここにも確実に開けるべき扉があるように思う。

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2006年 10月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.15

帰依

Low-caste Hindus adopt new faith ― インドで「不可触民」とされるダリット(Dalit)の人々がカースト差別から抜け出すために集団で仏教に改宗していることを伝える BBC の記事。13日の英インディペンデント紙では今月すでに10万人以上が改宗したとの数字が出ており、14日の英ガーディアン紙では13日一日だけで全国で20万人が改宗する予定だと書かれている。

今月が、アンベードカルが多数のダリットを率いて仏教に帰依した50周年にあたるらしい。つまり、半世紀経っても差別の現状がほとんど変わらなかったということを示しているのかもしれない。

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2006年 10月 15日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.14

大統領になった詩人

Senghor

セネガルの初代大統領 Léopold Sédar Senghor の生誕100周年が10月9日に祝われた(セネガルのル・ソレイユ紙)。サンゴールは詩人で、エメ・セゼールなどとともにネグリチュード(negritude)の文学の創始者と言われるらしい。

確かに何度か目にしたことのある名前なのだけれど、全く知らないので、これから勉強しようと考えている。宗主国フランスの覇権に対抗して、植民地を通じた汎アフリカ主義に近い思想を持っていたようだ。ナショナリズムとは一線を画す考え方として植民地解放の闘いに有効であることは予想できるけれど、彼が政治家になった後、そういった考え方がどのように展開されたのか、あるいはそういった思想は宙に浮いてしまったのか、興味あるところ。上で言及した記事の中では、サンゴールのネグリチュードは「自分への回帰と他者への開放」だと書いてある。

Organisation Internationale de la Francophonie は今年をサンゴールの年としている。ロゴはそのサイトから。そのほか、いくつかの初期の詩インタビューのビデオなどを見つけた。

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2006年 10月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.13

ジェノサイド否定論者を取り締まる

L'Assemblée adopte la loi pénalisant la négation du génocide arménien ― フランス国民議会(下院)が、1915年に起きたトルコによるアルメニア人の虐殺を否定する言動を罰する法案を可決した。賛成106票、反対19票。野党社会党が提出したこの法案に反対する与党議員が大量に欠席する中、投票が行なわれたらしい。法律となるには、上院での可決と大統領による署名が必要である。実現すれば、アルメニア虐殺を否定する者には一年の懲役と45万ユーロ(6,750万円)の罰金が科されることになる。

フランスでは既に2001年にアルメニア虐殺否定論者を有罪とする法律が発効していたが、罰則規定がなかったらしい。今回の新法案は、「虐殺は幻」といった言動を許さないためには刑罰を定めた法律が必要だという声に応えたもの。

私は原理主義者ではないので、無制限な言論の自由や信教の自由を信じていない。また、私は歴史修正主義を社会に対する害悪だと考えている。だから、私にはこの法律は受け容れやすいのだけれど、世の中は私のような人ばかりではなく、それはフランスでも同じではないかと思う。なのに、こういった法案がここまで来られるのは、自分たちの中からホロコーストの被害者を出してしまったという経験があるからなのだろうか。それとも、自由、平等、友愛という三つのテーゼを掲げることが「自由をはき違える」ことを防いでいるのか。

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2006年 10月 13日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.12

ILO条約第169号

ペルーの先住民に関する Indigenous People, Ignored Even by the Statisticsという記事を読んだ。国による先住民人口の態様把握が十分ではないため、保護という政策課題が遵守されていない。居住地での石油の採掘などが優先されて、環境が破壊され、カドミウムや鉛による汚染被害も広がっているらしい。

この記事で「独立国における原住民及び種族民に関する条約」というものがあるのを知った。国際労働機関(ILO)条約第169号とも呼ばれるこの条約は、既に発効しているが、日本はまだ批准していない

先住民支援の団体 Survival International と、その日本のサイト

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2006年 10月 12日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.11

断章

20世紀の早い時期に、ソシュールが記号について次のような説明を与えた。曰く、記号(シーニュ)とは、音声形式(シニフィアン、能記)と指示対象(シニフィエ、所記)の恣意的な結びつきである。

ソシュールは、また、記号が言語体系(ラング)として整理されていく中で重要なのは、音そのものや物そのものではなく、それらが他の音や物と異なること(差異)であることを明らかにした。例えば、「あ」という母音は、口が大きく開けられて舌の位置が低いこととか、声帯の振動の共鳴がどんな周波数帯に観察されるかによって特徴づけられるというよりも、それがその言語の中で「い」でもなければ「う」でもない音であることが重要であるということだ。

ソシュールの記号学を、私たちは構造主義言語学と呼ぶ。

私たちは往々にして、シニフィエたる実体物が予め存在していて、後になってそれにシニフィアンたる名前をつけているように思いがちである。しかし、実は私たちはシニフィアンに囲まれて言語を習得してきたのであり、シニフィアンなくしてシニフィエはあり得ない。つまり、シニフィアンはシニフィエを繰り延べる=差延するのだ。…ということを、20世紀の後半になって、デリダが提言した。

私たちが言語を習得するとはどういうことか。それは、他者(自己以外の者)から与えられる記号を操る術を身につけるということだ。だから、私(自己、主体)の中には、他者の痕跡が残っている。言い換えれば、整然とした自他の二項対立というものがあるわけではない。この事実を明らかにすることを「脱構築」とデリダは呼んだ。

デリダや、その同時代の思想家たちの考えを、大まかな括りでポスト構造主義の思想と呼ぶことがある。

*

デリダやフーコーやアルチュセールやリオタールが生きた時代、つまりポストモダンな時代は、冷戦の時代でもあったことを思い起こそう。彼らは、それぞれの方法で、時代の特質を明らかにし、よりよい世界にしたかったのだと私は思う。

冷戦の思想をゲームの構造でとらえる考えがある。核による相互抑止。それはゲーム理論で言う「チキン・ゲーム」として特徴づけられる。各局面において、相手と張り合うことが合理的な選択だとしても、それが大局的/究極的にはお互いにとって非合理な結果をもたらしかねないことをこのゲームは教えてくれる。

もちろん、「国際政治はチキン・ゲームだ」というような、単純な図式は正しくない。誤った情報に基づいて下される判断もあるし、一つの国の中で、政策立案者たちが権力闘争を起こしたりもする。あえてそのゲームから離脱する指導者もいる。例えばゴルバチョフがそういう指導者だったという批評はあながち間違いとは言えないだろう。

*

さて、昨日、私が述べたかったのは、ごく単純なことだ。差異や差延については、ソシュールやデリダの語法に沿って読めばよい。脱構築については、こんなことを私は考えていた:

安倍首相は、北朝鮮の核兵器保有が「国際社会の平和と安定に対する重大な脅威」で、「北東アジアは新たな核の時代に入った」という趣旨のことを語っていた。的外れとも思えない悲観的な表現を用いるとすれば、私たちは新たな軍拡競争、新たなチキン・ゲームを始めたのだ。

世界の多くの国が北朝鮮の行動に懸念を表明している。なんとも客観性が保証されたような気がするではないか。

当たり前のことなのかもしれないが、北朝鮮の指導者たちの見方は違う。彼らにとってみれば、自分たちは抑止の可能性を手に入れたのだ。「これで私たちは安全になった。つまり、平和に貢献した」と考えているかもしれない。少なくとも、公式発表はそう言っている。

さらに当たり前のことに、私たち(「彼ら」ではない人たち)に言わせれば「北朝鮮の核実験は東アジアの平和と安定に貢献した」という命題は偽だ。しかし、それは客観的に偽なのではない。もし「客観的に偽なのではない」と言うのに語弊があるのなら、「ゲームの当事者に、客観性をてらって述べてもらいたくはないよ」とでも言い換えてみようか。

あなたが差し出す「客観的な結論」は、たしかに多数決では勝利するかもしれない。しかし、それはあなたがこのゲームの一方の当事者であるから出すことができた結論ではなかったのだろうか。あなたの客観性の中に、主観性の残滓、痕跡はないだろうか。別にこれは北朝鮮の隣国に限って問うているのではない。たぶん、世界のみんながゲームの当事者になる。何よりもの証拠は、あなたがこれを世界全体の問題としたがっていることだ。国連安保理で話すんでしょ?

今、確認したことは、客観対主観という二項対立がここでは成り立たないということだ。ほら、これが私たちの脱構築だ。

「私たち」対「彼ら」という対立だって維持することはできないだろう。ある人は、この部分をことさらに言い立てて、「アメリカは(もしくは、軍産複合体は)緊張の高まりを喜んでいる」とか言うだろうし、反対に「北朝鮮は、敢えて危険な賭に出た」とか言ったりする。表向きに対立があっても、深層では(真相、との地口だ)お互いがもう一方のアイデンティティに侵入しているわけだ。

自分の中に他者を見つけた者(クリステヴァとかサイードなら「亡命者」とでも呼ぶだろうか)には、未然に防げる惨禍について忠告を発する義務があると私は思う。だから、半ば宗教的な信念をもって、私はこれを書いている。

この対立(もちろん、私は記号論的な意味でこの語を用いているが、あなたが望むなら、それを政治的、戦略的な意味で解釈しても差し支えない。書き手の意図なんか信じないでくれ)は維持できない。あなたは軍拡への道を歩もうとしている。それはあなたが状況をポストモダンな視座から見ていないからだ。

事の発端に立ち戻ろう:「北朝鮮が核実験を行なったと発表した」。発話行為にどのような意図があったにせよ、私たちがシニフィアンを前にして幻想の/神話の/イデオロギーの迷路に入り込んでしまったことは、今や明らかではないか。

そのことに気づき、さらに言語を通じて歴史を継承してきた私たちが取るべき道は、「私たち」と「彼ら」という維持できない対立を乗り越え、軍縮を目指すことだ。

軍縮とは、一方的な制裁とか要求とは異なる。一方的とは、対立を前提とするということだ。何度も言うが、混成的なアイデンティティを持つ私たちには、その対立は維持できない。だから、私たちが必要とするのは、同語反復的な言い回しになるが、相互的かつ包括的な軍縮だ。

さあ、脱構築/軍縮に向かって歩きだそう。

2006年 10月 11日 午前 12:53 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.10.10

脱構築/軍縮

昨日の大きなニュース、北朝鮮による核実験。とってもポストモダンな感じがしませんか? 核実験を行なったという発表(シニフィアン)がある一方、これを書いている時点でのニュースを見る限り、実際に核爆発が起こったか否か(シニフィエ)が差延されています。また、指し示されるべき実体的な核爆発が問題なのではなくて、核爆発があったのか否かという差異が意味を産み出していると言えそうです。

朝鮮中央通信の発表を結ぶ「核実験は朝鮮半島と周辺地域の平和と安定を守るのに貢献するだろう」という驚きの文章も、客観性(とりあえず、「国際社会の一致した意見」のこと)と主観性の二項対立を崩す介入(われわれというアイデンティティの中にある他者の痕跡の照射)を形成しているような気がします。

核の脅威を脱構築して、包括的な軍縮を!

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2006年 10月 10日 午前 12:00 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.10.09

ブイヤット湾裁判は再び延期

インドネシア、スラウェシ島ブイヤット湾の公害裁判は、10月6日に予定されていた公判が、検察側の要請により、再び延期され、次回公判は10月20日に設定されました。ジャカルタ・ポストでは記事がなかったのですが、ロイター電が伝えています。このブログでの前回前々回記事はこちら。

熊本日日新聞が9月9日に、熊本学園大学で開かれた「環境被害に関する国際フォーラム」に関する記事を掲載しています。ブラジル、パラ大学熱帯医学研究所の及川定一助教授が1994年から行なってきたアマゾン川の支流タパジョス川の流域での毛髪水銀値調査で、被験者の8割以上が10ppmを超えていたと発表したほか、カナダ・オンタリオ州先住民のアンソニー・ヘンリーさん、ブイヤット湾のスルティニ・パプトゥンガンさんによる報告、モンゴルの水銀汚染、ベトナムの枯れ葉剤被害についての報告などが行なわれたそうです。

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2006年 10月 9日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.08

マチスモの国で

After Machismo's Long Reign, Women Gain in Spain ― ワシントン・ポスト紙の記事。サパテロ社会党政権のもと、スペインで両性の平等化が進みつつあるようすを伝えている。

閣僚ポスト16のうち8つを女性が占める。政党は候補者の40%を女性とすることが義務づけられており、企業は取締役の40%を女性とすることを努力目標とされている。家の中の仕事を平等に分担するように定めた法律も施行された。

1970年代半ばまで続いたフランコ将軍による右翼独裁政権下では、女性は裁判で証人にもなれず、銀行口座を開くこともできなかったのだと言う。今でも実際に企業の重役に占める女性の割合は5%程度に過ぎないし、女性の平均賃金は男性の7割ほどだ。妊娠を理由に女性従業員が解雇されることも頻繁に起こる。

日本は第二次大戦後すぐ制定された憲法で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(第14条)と定めているが、ではスペインよりも30年ぶん女性の(そして性的なマイノリティの)権利の尊重が進んでいるかと言えば、そうでもない。その意味では、60年経って憲法が古くなってしまったのではなく、市井の生活も政治も、新しい時代にふさわしい理想に近づけなかったと言えるのかもしれない。

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2006年 10月 8日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.10.07

マウマウ団訴訟

ケニアは1963年にイギリスから独立した。1950年代、植民地支配に武力で抵抗して解放を目指すグループが活発な武装闘争を展開していた。有名なマウマウ団(Mau Mau)だ。手元の英和辞典には、かなりコロニアルな視点で「暴力でケニアからヨーロッパ人を放逐しようとする Kikuyu 族を中心とした秘密結社」と怪しさいっぱいに説明してある。

マウマウ団は白人入植者(合計32名)の殺害によって恐怖を巻き起こしたとされる。1952年に非合法化され、イギリス統治政府によって徹底的な弾圧を受けた。1959年まで続いたゲリラ鎮圧の過程で、イギリスの公式見解で1万人余り、最近の調査によれば10万人近くに上るケニヤ人が統治府によって処刑された。拷問を受けた者や、全くマウマウ団とは無関係であるにも関わらず殺害された者も多い。

既に70代、80代になっている過酷な取り締まりの被害者たちが、イギリス政府を相手取り、謝罪と賠償を求めて、来週、イギリスの裁判所に提訴する(ケニアの The Standard 紙の記事BBCの記事ガーディアン紙の記事。ガーディアン紙の記事にはかなり鮮烈な拷問の記述が含まれているので、要注意)。イギリス政府は、独立によって請求や責任はケニア政府に受け継がれたとして(この部分、全く納得がいかないのですが、そんなものなんでしょうか)、また50年以上経過していて公正な裁判が期待できないとして、争う構えを見せている。

身近な類例として20世紀前半の日本のアジア侵略と重ね合わせて考えてしまう話だ。これが1950年代の話だということを考えると、あらためて、日本の憲法(1946年公布)は、ポストコロニアルな近代思想の転回をいち早く具現化した、秀でたものであると感じる。また、アメリカがイラクで行なっていることなどを考えれば、現代は五十数年前とすぐ隣り合わせであって、今が植民地主義後の時代だとは言い切れないことにも気づかされる。

ケニアでの植民地当局の非人道的な統治に関しては、以下の二冊が紹介されていた:Caroline Elkins 著 Britain's Gulag、David Anderson 著 Histories of the Hanged。訴訟を担当する弁護士事務所のサイトKenya Human Rights Commission のサイトにもリンクを張る。

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2006年 10月 7日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.06

オーストリアでトルコ系国会議員誕生

10月1日に行なわれたオーストリアの下院総選挙で、初めてトルコ系移民の議員が誕生したようです。トルコの Zaman 紙の記事。ただし、The New Anatolian の記事は、25万票に及ぶ不在者投票が開票されて最終的な結果が確定する10日まで、社会民主党の Nurten Yilmaz さんが議席を得るか否かは分からないとしています。彼女の議席が確保されて、社会の多様性がよりよく政治に反映されるようになることを祈ります。

ここ数年、オーストリアは移民排斥を掲げる極右政党の自由党が連立与党になっていましたが、与党第一党だった国民党が大きく議席を減らして右翼連立政権は崩壊し、代わって左翼の社会民主党が第一党となりました。

下院選挙では、最低限4%の得票がないと議席が配分されない仕組みになっているそうなのですが、不在者投票を含まない暫定集計の段階では、もう一つの極右政党、オーストリア未来同盟がわずかにこの閾値を超えているようです。オーストリア未来同盟は、よく石原慎太郎東京都知事と比較される Joerg Haider カリンティア州知事が率いる政党ですが、外国人差別発言の多い Haider 自身も選挙に出ていたようなので、もし最終結果で未来同盟が閾値を超えれば、彼は国会議員になります。戦後生まれですし、石原より安倍晋三(自民党、衆議院山口4区)あたりと比べるほうがよくなるかもしれません。

日本での報道では、産経新聞が極右両政党の得票率合計15.4%が2002年の前回選挙の得票率10.0%から増えていることに着目し、「中東系移民に対する国民の反発が依然として根強いことを浮き彫りにしている」としています。それはそれで間違った指摘ではないのですが、前々回、1999年の選挙では27%近く取っていたわけで、それと比べれば、右翼への支持は回復していないと分析するほうが正しいように私には思えます。まあ、産経新聞の記憶の限界が4年ぐらいということでしょうか。そんな新聞に、1930年代、40年代の侵略や植民地支配に関して発言する資格などないことをよく示していますね。

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2006年 10月 6日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.05

移民と言語

Linguistic Life Expectancies: Immigrant Language Retention in Southern California ― 先月、Population and Development Review に発表された論文。カリフォルニア在住の移民の二世、三世等がどのくらいまで移住前の土地で使われている言語を保持するかを調べている。California Progress Report の記事で知った。

移民言語の寿命グラフ

グラフは、一番左が移住一世、右に行くに従って世代を重ねていく。一世は当然のことながら、全員が母語を話すことができるが、二世(両親が移住してきた世代)でその言語を流ちょうに話すことができるのは多くの場合3割以下まで減っており、三世(孫の世代)では、もうほとんど母語を保持している者はいなくなる。メキシコからの移民は、移住元が地理的に極めて近いためか、保持の度合いは他言語に比べ大きいが、それでも三世では2割を切って、四世では1割を下回る。まあ、傾向としては予め自明なことではあるが、計量化されているところが面白いと思った。

アメリカでは、メキシコからの移民への警戒感が強く、国境ぞいに壁を作るという話が進んでいるらしい。英語の社会が破壊されるのではないかと心配して、英語を公用語にして法的な地位を整えようという運動もかなり盛んだ。この研究は、その心配が杞憂であることを示している。他方、故郷の言語や文化を遺産として受け継いでいこうとするなら、それなりの支援等が必要であるとも言える。

言語はナショナリズムと結びつけられやすいので、日ごろから、こういう資料を集めておかなくては、と思ってこれを書いている。気分的には、先週書いたものの続きでもある。

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2006年 10月 5日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.04

幸せな国と美しい国

9月19日にタイであったクーデター。最初にニュースを聞いた時には、否が応でも Hok Tulaa を思い起こしてしまいましたが、流血の惨事にはならなかったようで、よかったですね。タクシン政権がどれだけ腐敗していたにせよ、軍事クーデターという出来事は喜ぶべきではないのだとは思いますけれど。

Surayud Chulanont 新首相は退役将校だそうですから、速やかに民政に移管された、というのが正しいのかどうか私には分かりませんが、彼が所信として語った

「経済の成長よりも、人々の幸せを優先させる」

という言葉(ロイター電 "Happiness tops Thai PM's agenda"、その考えに賛成する世論を伝えるバンコック・ポスト紙 "Happiness is what Thais want")、とても素敵だと思います。もちろん、裏を返せば、今はタイの人々はとても不幸せだということなのかもしれません。

同じ時期に日本の首相に就任した安倍晋三氏の所信表明演説には、「幸せ」に類する言葉は一回も出てこないのですよね。「我が国が21世紀において『美しい国』として繁栄を続けていくためには、安定した経済成長が続くことが不可欠なことは言うまでもありません。人口減少の局面でも、経済成長は可能です。イノベーションの力とオープンな姿勢により、日本経済に新たな活力を取り入れます」とか、そんな感じ。経済という尺度でしか物事を量れない、貧困な想像力を感じてしまいます。

A Thai monk at an ATM

関係あるような、矛盾するような感じですが、昨年末にバンコクで撮った写真です。分かるでしょうか、お坊さんがATMを使っています。女性は、僧への敬意をこめて心持ち距離を置いて、順番を待っています。その時は、今日ここに書いたのとは別の意味で、違う価値観が交差するところを見たような気がしました。

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2006年 10月 4日 午前 01:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.03

ガンディーが甦る

Lage Raho Munnabhai という映画がインドで空前のブームを巻き起こしていると聞いて、観たくて観たくて仕方がない。ロイター電 "Bollywood gangster comedy makes Gandhi new pop icon" で知った。

チンピラの Munna がラジオのディスクジョッキーの女性に恋をして、彼女の気を引くために自分が歴史学の大学教授だと、うそをつく。そのうそが祟って、彼女の家族を前に歴史の講義をしなければならなくなり、困っていると、彼の前に忽然とガンディーが姿を現す。ガンディーの非暴力の教えに触れ、ムンナは次第によい人間になっていく、という話らしい。…と書くと、おもしろさが全然伝わらない気がするが、抱腹絶倒のコメディーなのだそうだ。

ガンディーの道徳が "Gandhigiri" という新しい言葉で甦ったとか、でもガンディーの子孫は「ふざけすぎだ」と怒っているとか、糸車などガンディー・グッズのようなものが売れているとか、より多くの人が楽しめるように州によっては免税措置を講じたとか、報道も華々しい。観たいよ~。

ガンディーとて不可謬ではありえず、いろいろな批判があることは承知しているが、彼のような偉人を持つ国は、正直うらやましい。日本の偉人が現代に甦ったら何をするだろうか。そもそも軍人とか皇族とか胡散臭い「偉人」が多いからな。いい感じの歴史上の人物で考えてみる。野口英世が鳥インフルエンザを撲滅する。田中正造が反原発運動の先頭に立つ。幸徳秋水が自民党の改憲論を叩きのめす。平塚らいてうがジェンダーフリー教育を貫徹。うーむ、いまいち。

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2006年 10月 3日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.02

難民ゲーム

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がビデオゲームを作った。LastExitFlucht (最終脱出便)というオンラインのゲームで、現在、ドイツ語版、スウェーデン語版、ノルウェー語版が公開されている(国連のニュース記事)。

LastExitFlucht

難民としての生活を疑似体験する形でゲームは進む。見知らぬ町、通じない言語、差別、就労の難しさなどが多様なシナリオの中で出てくる。らしい。私はドイツ語が分からないので、「民主化運動に参加したことがありますか」「ゲイですか」といった質問(だと思う)に適当に答えていったら、振り出しに戻らされてしまった。出国できなかったらしい。一つひとつのステップごとに関連するウェブページへのリンクがあり、難民問題の実態を詳しく学ぶことができるようになっている。英語版は現在企画中とのこと。ぜひ日本語版も作ってほしい。

UNHCR の日本事務所のサイトを見ると、折しも今日、札幌に本社のある富士メガネの金井昭雄さんにジュネーブでナンセン難民賞が授与されるとある。同社のサイトによれば、1983年以来、各地の難民キャンプに合わせて10万個以上のメガネを寄贈している功績が認められたものらしい。日本人として、よき同胞のいることを心から誇りに思う。

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2006年 10月 2日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.10.01

うつな国

イスラエルによる占領が続くパレスチナでは、うつ状態にある人が増え続けている。国連 IRIN の "Depression increasing due to conflict and poverty" によれば、過去1年の間にガザ、西岸地区、東エルサレムに居住するパレスチナ人で重度のうつと考えられる人は21%増え、全人口の77%に達している。貧困層では、83%にも達する。

今年初めにハマスが選挙で勝利してから、経済封鎖が敷かれ、公務員の給与支払いが滞っているため、公務員の家庭の借金借り入れ額は平均約23万円にのぼる。経済状態の他、国境線がイスラエルによって封鎖されていることによる閉塞感、イスラエル軍の攻撃によるストレスが原因だ。さまざまな体調不良に加え、急性の失明や発話不能、流産なども見られる。

イスラエル当局は、ガザ等の窮状を十分認識していると考えられるが、パレスチナ側による「テロ」が続いていることを理由に、軍事作戦を停止する気配はない。パレスチナにテロリストが存在したとしても、それをもって大多数の罪のないパレスチナ人が精神状態に異常を来すような状態に置かれることは人道的に許されることではない。

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2006年 10月 1日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

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