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2006.09.23

「琉大が燃えた日」を読む

今からちょうど50年前の1956年、アメリカによる占領が続いていた沖縄では、土地の収奪に反対して「島ぐるみ闘争」と呼ばれるほどの大規模な抵抗運動が行なわれていました。7月28日に那覇で開催された15万人規模の集会において、琉球大学の学生が「ヤンキー・ゴー・ホーム」と書かれたプラカードをかかげて反米デモを行なったことを咎めて、アメリカは琉球大学に対し、財政援助の打ち切りをちらつかせながら、学生の退学処分の実施を求めました。手元の沖縄史の本の記述を要約すると、「第2次琉大事件」はこのように記すことができます。

私記:父の記録―琉大が燃えた日」というサイトに、当時まさに退学処分を受けたかたによる回想録があります。琉球大学で文芸部というクラブに属し「琉大文学」という雑誌を刊行していらっしゃったと言うだけのことはあって、1956年の沖縄のようすが鮮やかに目に浮かんでくる、優れた記録です。書かれたかたのお名前は分かりませんが、私と同じ世代の娘さんがウェブに載せて公開していらっしゃるようです(目次を含めて41ページにも及びます)。お二人に心から感謝の言葉をお伝えしたく思います。

この記録の中には、「琉大文学」が反米的な出版物として目をつけられていたことや、学生処分の理由が本当にデモでの振る舞いだったかどうか疑問であること、大学執行部が学生処分に難色を示していたことが記されていますが、昨日の琉球新報は、事件が実際に「琉大文学」への言論弾圧であったことや、当時の学長が必死に処分に抵抗したことなどを示すアメリカ側の報告書が新たに見つかったことを報じています。記事はその報告書が「琉大関係者やアメリカ民政府側の反応が具体的に描写され、一編のドラマを見ているような印象さえ与える」としています。「琉大が燃えた日」も、本当にドラマを見ているような感覚を与える読み物でした。ぜひ、新資料も合わせて読みたいものです。

以下は蛇足ですが、「琉大が燃えた日」を読んで、当時の沖縄の情況が今のイラクと相通ずるものであることや、今も続く辺野古での基地建設反対座り込みにもつながるものであることを強く認識しました。また、ウェブでこのような優れた文章に接することができる感動と、昨夜のニュースで見た、文芸家団体が文部科学省に著作権保護期間の延長を申し入れたという話による落胆との間の落差も強く感じました。言論の自由や、大学がいかに外圧に抵抗するべきなのかといった問題も。これらのことが気になるかたがたに、「琉大が燃えた日」をお勧めいたします。

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2006年 9月 23日 午前 12:00 | | この月のアーカイブへ

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紹介を本当にありがとうございました。私も読んで、ちょっと感想を書いてみました。 続きを読む

受信: 2006/09/26 21:36:54

コメント

早速読ませてもらいました.米軍支配下の沖縄の様子は様々な記録がありますが,当事者のもの程力強いものはありませんね.感情的にならず,淡々と語られる米軍の蛮行の数々は日本人の多くに何らかの思いを伝えるでしょう.私が高校生の頃,成田闘争真っ盛りで,同級生が逮捕されたりしましたが,沖縄の米軍による接収は成田の比ではなかったのですね.改めて,沖縄を考える時間が持てました.

投稿: 桜田 | 2006/09/24 0:09:23

この記事の第3段落で言及した新資料が発掘されて一年弱。処分は不当であったことが認められ、撤回されました。

関連記事へのリンクが充実している「全国国公私立大学の事件情報」にリンクを張ります。
http://university.main.jp/blog5/archives/2007/08/post_427.html
http://university.main.jp/blog5/archives/2007/08/post_435.html

投稿: うに | 2007/08/21 8:57:02

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