植民地主義をどう語るか
昨日は、朝、目にしたニュースのことが一日、頭から離れなかった。お読みになったかたも多いかと思うが、誤植を訂正した上で、引用しておく。
2006/09/06-05:32 国語辞典の回収を要求=植民地の「肯定的」表現で-仏団体
【パリ5日時事】フランスの民間2団体がこのほど、同国の代表的国語辞典「プチ・ロベール」の植民地に関する記述が問題であるとして、辞典の回収を要求した。
この団体は、黒人評議会「CRAN」と反人種差別団体「MRAP」。「プチ・ロベール」は、「植民地主義」について、「植民した国を開発する」などと定義。これらの団体は、声明の中で、この定義を「植民地主義の正当化」(CRAN)「植民地主義の復権と賛美の新たな試み」(MRAP)などと糾弾。新たな記述を検討するためのチーム設置するよう求めた。
Le Nouveau Petit Robert (プチと言っても、アマゾンで1万円以上しますね)の中で、colonisation (植民地化)という語が mise en valeur, exploitation des pays devenus colonies (植民地となった国々を開発し、運用すること)と定義されていることに対して、異議を唱えたものだ(リベラシオン紙の記事)。実は1972年版からこの定義が続いているらしいが、なぜ今この問題を提起するかについて、Cran の代表者は、Cran 自体が 2005 年に設立された団体であることと、植民地化の「よい面」を学校教育で扱うようにと指示した 2005年2月23日法(後に、社会の反発を受け、撤回された)などの動きがあることを挙げている。英文のロイター電は、ロベール社が定義の変更や辞典の回収を拒否したと伝えている。
Cran の声明文の末尾には、エメ・セゼールの言葉が置かれている。1955年に書かれた「植民地主義論」からの抜粋らしい。本を買ってから自分の訳文の不出来に赤面することになるかもしれないが、とても心を打つ言葉であったので、非力を恥じつつ、ここに掲げる。
今度は私が等式を提示する番だ:植民地化 = モノにしてしまうプロセス。
嵐が聞こえてくる。発展だの、よりよい生活だのと語る人がいる。
私は、空っぽにされてしまった社会だとか、踏みつけられた文化だとか、骨抜きにされてしまった制度だとか、収奪された土地だとか、抹殺されてしまった宗教だとか、消し去られてしまった芸術の輝きだとか、取り上げられてしまったすばらしい可能性だとかについて語りたい。
人々が私のほうに投げて寄こす。事実、統計、道路や運河や鉄道のキロ数。
でも私は、コンゴ大洋鉄道の敷設で犠牲になった何千人もの人々のことを話す。
今、私がこれを書いているこの瞬間にもアビジャンの港を素手で掘っている者たちのことを話す。
自分たちの神から、自分たちの土地から、自分たちの習わしから、自分たちの生活から、踊りから、知恵から引きはがされてしまった何百万もの人々のことを話す。
私は、彼らが巧みに、怖れや劣等感、身の震え、屈して跪くこと、絶望、下僕根性を教え込んだ何百万もの人々のことを話すのだ。
2006年 9月 7日 午前 12:00 | Permalink | この月のアーカイブへ
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コメント
いつも拝読しております。
植民地である(あった)ということは、どういうことなのかについて、こんな経験をしたことがあります。
10年以上前になりますが、縁あってテュニジアで二年間暮らしたことがあります。今はどうなっているか分りませんが、当時、かの国の高校の数学の教科書はフランス語で書かれていました。テュニジアの高校生にとっては、数学の成績以前に、フランス語がしっかりできていなければならないということです。小さいころから仏語を習い、学ばねば他の教科の学習に支障をきたすほど、独立して57年に「テュニジア共和国」になってから数十年経ってなお、元宗主国の強い影響から抜けられないのかな、と思い知らされました。
母国語のアラビア語で数学の教科書を書けばよさそうなものなのに、おそらくより高い教育を受けるべくフランスへの留学などを視野に入れ、仏語で理系の学科を学ぶ必要があった(ある)のかもしれません。この部分は未確認ですみません。
日本は、絶妙な時期に明治維新・開国を迎えることができ、幸いにも植民地になった経験を持ちません。かつて侵略し、併合し、植民地化した近隣の国々に対し、現地の人々に与えた苦しみや悲しみや屈辱感を逆なでするような発言をし続けるこの国の政治家が後を絶たないのは、この未経験がさせることなのでしょうか。
投稿: くーろ | 2006/09/07 6:14:32
くーろさん、コメントを、そして読んでくださって、どうもありがとうございます。
チュニジアにお住まいだったとは、なんとうらやましい! 経験をお書きになったページとかをお持ちでしたら、ぜひお教えください。
今日の記事は、いろいろ思うところがあったのですが、うまく書けず、自分が考えた部分は全部消してしまったのですが、くーろさんのコメントを読んで、読む人に考えが伝わったことが分かり、喜んでいます。
投稿: うに | 2006/09/07 15:56:06
テゥニジアに 2年と言われますと,JOCV でしょうか?私は,10日程の小旅行で行った事があるだけですが,やはりフランスの影響は強いですね.他の旧フランス領各国も,同じ様な感じだと聞いています.植民地にそこなりませんでしたが,日本と米国の関係も似たようなものだと….
投稿: 桜田 | 2006/09/07 22:33:31