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2006.09.25

ブイヤット湾裁判は「中和」状態

インドネシア、スラウェシ島ブイヤット湾における公害訴訟は、9月22日に公判が開かれましたが、検察側が書類の準備に更に時間が必要であると主張し、次回期日を10月6日に設定して、すぐに閉廷したようです(ジャカルタ・ポストの記事

前回の記事でも書いたように、検察側にとっては厳しい展開になっていることが察せられ、この問題に関する報道を継続的に追ってきた私も、ニューモント社の操業と住民の健康被害の間に因果関係があるのか懐疑的になりつつあるのですが、最近読んだ宇井純さんの「公害の政治学」(三省堂新書、1968年、現在は水俣の創思社でのみ頒布)にあった以下の文章に接して、「見放して」しまうことにはもう少し慎重になろうと思いました。

 多くの公害事件の経過で共通に現れる現象として、四つの段階が認められる。最初に、まず公害の発生が人々に認められるようになる。この第一段に続いて、対策を立てるための原因追及が始まる。もっとも、この因果関係は直感的にかなり早くからわかるのがふつうだが、一般に発生源の方が強力なので、原因と結果をはっきりと結びつけないとしょうぶにならないために、原因追及にはかなり時間がかかることが多い。
 長い苦心のすえ原因がはっきりしても、それは第二段に達しただけで、けっして解決にはならない。必ず発生源や第三者と称する人々から、反論が提出される。反論が数多く、繰り返して唱えられるのが第三段の特徴で、真実は一つしかないから、多数の反論と並べられると、どれが真実か事情を知らない人にはわからなくなってしまう。この第四段を、私は中和の段階と呼ぶことにした。酸とアルカリが中和するように、正論と反論が中和して真実がわからなくなる過程である。文学では起承転結ということばがあって、ちょうどあてはまるから、公害の起承転結といってもよかろう。

水俣病では、水銀中毒説が出された後に、それ以外の原因を主張する専門家などが現れた他、原因究明にあたっていた熊本大学などを「田舎大学」等々と呼び、「中央の専門家が取り組まねばだめだ」とするような論調も出てきたようです。最近の被告ニューモント社の発言には、インドネシア警察の調査を馬鹿にし、オーストラリアの研究所に委託した分析がより科学的だとするなど、1960年から62年ごろのチッソ(当時の新日本窒素)の言動に酷似する点があります。ブイヤット湾の汚染騒ぎは、第4の「中和」の段階にあるのかもしれません。

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2006年 9月 25日 午前 01:06 | | この月のアーカイブへ

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