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2006.09.30

小学校で英語

安倍内閣の文部科学大臣に就任した伊吹文明氏(自民党、衆議院京都1区)が、小学校で英語学習に関して「私は必修化する必要は全くないと思う。美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ」と述べたという記事を読んだ(朝日新聞)。

今の小学校教員では教えられないだろうとか、新学習指導要領で想定されている時間数やシラバスではやってもムダとかいう話なら耳を傾ける価値があると思うが、「美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ」という非論理、無思考にはあきれかえって物も言えない。

もちろん、イマージョン教育のように第二言語を教室での教授言語にして他の教科を教えるとかいう話であれば、子どもたちが本当にバイリンガルに育っていくのか、それとも母語も第二言語も不十分な「セミリンガル」な話者を産み出してしまうのではないかとかいう議論はする価値があるだろう。しかし、中央教育審議会が考えている小学校での英語教育はそのようなものでは全くない。英語を週に1時間ぐらい勉強したからといって日本語がおろそかになるなどという心配は、言語教育の分野での研究成果から見れば、全く無用である。そういった科学的、学術的な議論によらず、自分勝手な素人考えで政策を左右しようというのは、文科相にはふさわしくない態度である。

時同じくして、インドの Karnataka 州で、州政府が、英語で教えている学校の認可取り消しに乗り出している。現地のカンナダ語で教えるべきだ、という主張だ。英語による教育により、カンナダ文化のエソスが失われてしまう、という危機感に基づいた施策である。ここでは、日本で議論となっている「英語を教えるか」ではなく、「英語で教えるか」どうかが問題となっている。

Karnataka, India map

カンナダ語が絶滅の危機に瀕しているというのは、ちょっと悲観的に過ぎる見方であろうが、英語、ヒンディー語という強力な言語との共存の中で、学校教育が英語で行なわれるために、弱い立場の地域語であるカンナダ語の使われる場が減ってしまうというのは、確かに心配する余地があるようにも見受けられる。しかし、日本では、大多数の人が日本語のみの一言語話者(モノリンガル)であるので、日本語が危機に直面する心配は全くない。それなのに、週1時間ないし数時間の英語教育によって日本語が脅かされると考えるのであれば、それは日本語の強靱さを著しく見くびった見方である。これもまた、自信を欠いたナショナリズムの露見なのかもしれない。

上の地図はMap of India のサイトのもの(自由に使ってよいと書いてあります)に、Karnataka 州の部分を赤く彩色しました。

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2006年 9月 30日 午前 12:12 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.29

イラクの人たちが望むこと

陸上自衛隊のサマワ撤退後、日本ではイラクの情勢に対する関心が急速に薄らいでしまったようである。しかし、それはイラクの人々のことを私たちが心配しなくてよくなったということではない。今週になって、相次いでイラク国内の世論調査の結果が明らかになった。一つめはアメリカ国務省が行なった調査をワシントン・ポスト紙が入手したもの。もう一つは、the Program on International Policy Attitudes という機関が行なったものだ。日本国内でも共同通信日本経済新聞などが伝えている。

どちらの調査でも、7割前後のイラク市民がアメリカをはじめとする連合軍の即時撤退、ないし一年以内の撤退を望んでいる。世論調査の精度を差し引いても、イラクの世論が何を求めているかは明らかだ。インタビューに応えて、占領軍が撤退したらイラクは血の海になるかもしれないと語るイラク人もいる。しかし、大多数のイラク人はアメリカ軍の駐留がむしろ混乱に拍車をかけていると見ているようである。いても問題、いなくても問題なら、いないほうがいいということであろう。

アメリカが意図的に混乱状態を作り出していると考える人も多いし、恒久的な基地作りを目指していると思っている人も多い。過半数のイラク市民がアメリカなどの占領軍に対する攻撃に理解を示す一方、軍事面以外での復興支援については好意的な意見も多い。もっとも、人道支援の面では大した成果があがっていないという意見が大勢である。

道路、学校などの復旧にあたっていた陸上自衛隊を撤収し、アメリカ軍と一体化して輸送にあたる航空自衛隊を残した日本政府は、最悪の決断をしたことになる。

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2006年 9月 29日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.28

地球の裏側の歴史教科書問題

一週間ほど前に、マルビナス/フォークランド諸島をめぐるアルゼンチン/イギリスの領有権争いを見て、日本の領土問題を相対的な視座に置いてみるのを試みました。旬の話題なのか、ふだんは気がつかないだけなのか分かりませんが、これに関連して、9月27日のイギリスの Guardian 紙に、アルゼンチンの教科書の歴史記述を取り上げた記事がありました。

記事によると、アルゼンチンで教えられるマルビナス諸島の歴史は以下のような感じです。イギリスが1700年代にスペイン人を武力で追い出した。アルゼンチンが1810年にスペインから独立した際、領土の不可分の一部としてアルゼンチンのものとなったが、イギリスは1834年に士官を常駐させ始め、1841年に総督を置いて植民地化した。

同じく、記事によると、イギリス側の主張はこんな感じです。イギリス海軍の探検隊が1765年に西フォークランド島に到着し、人が住んでいないのを見て、イギリス領であることを宣言した。1766年に入植地を築いたが、1774年に撤退した。しかし、主権を放棄はしなかった。

現在は、実質的にイギリスの海外自治領ということらしく、アルゼンチンはイギリスに話し合いを求めているが、イギリスは自治領住民の意向によって帰属が決定されるべきだとして、応じていないようです。

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2006年 9月 28日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.27

コートジボワールの不法投棄事件、続報

コートジボワールで国外から運び込まれた有害物質が健康被害をもたらしたの続きです。ずっと追っていたわけではないので話が飛んでしまいますが、9月26日付けのAP電によると、廃棄物を船で搬入したのはオランダの Trafigura Beheer BV という会社で、同社が行なった調査では、問題の廃棄物からは被害の原因と見られる硫化水素が検出されなかったと主張しているそうです(Trafigura 社の報道資料がありました)。同社が過失を否認する中、病院での治療を受けた人の数は前回の記事の時点の3倍近くの44,000人に達したようです。

BBC の記事は、Trafigura 社の代表が、投棄された廃油を何者かが精製しようとしたために有害物質が発生した可能性があると述べたと伝えています。

この話もまた、公害問題の起承転結のパターンに沿って進んでいくのかもしれません。

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2006年 9月 27日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.26

インターネットと受信料

NHKの受信料って、テレビやラジオを持っていると、払うことになっているのですよね? 法律で決まっているのか、省令で決まっているのか、NHKが勝手に決めているだけなのか、くわしい仕組みは知らないのですが。ドイツも似たような感じらしく、テレビを持っている家庭は年間約200ユーロ(約3万円)、ラジオだけなら66ユーロ(約1万円)払うことになっているのだそうです。

Deutsche Welle の記事 "Decision Postponed on Fee for Internet-PCs" によると、ドイツでは、テレビやラジオはないがネットにつながった PC を所有している家庭への課金というのが提案されているようです。2004年に州知事たちが合意して、そのままになっていたところ、先ごろ、公共放送のARDが、ネットに接続可能なPCを持つ家庭に月額5.52ユーロ(約800円)の課金を今年の末から行なうことを発表したと報じています。実施されるかどうかは、10月の州知事会議で決まるとのこと。経済界は反対しているそうです。

日本でも、そのうち新たな税のスキームとして話が出たりするのかなあ、とか思いました。

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2006年 9月 26日 午後 10:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.25

ブイヤット湾裁判は「中和」状態

インドネシア、スラウェシ島ブイヤット湾における公害訴訟は、9月22日に公判が開かれましたが、検察側が書類の準備に更に時間が必要であると主張し、次回期日を10月6日に設定して、すぐに閉廷したようです(ジャカルタ・ポストの記事

前回の記事でも書いたように、検察側にとっては厳しい展開になっていることが察せられ、この問題に関する報道を継続的に追ってきた私も、ニューモント社の操業と住民の健康被害の間に因果関係があるのか懐疑的になりつつあるのですが、最近読んだ宇井純さんの「公害の政治学」(三省堂新書、1968年、現在は水俣の創思社でのみ頒布)にあった以下の文章に接して、「見放して」しまうことにはもう少し慎重になろうと思いました。

 多くの公害事件の経過で共通に現れる現象として、四つの段階が認められる。最初に、まず公害の発生が人々に認められるようになる。この第一段に続いて、対策を立てるための原因追及が始まる。もっとも、この因果関係は直感的にかなり早くからわかるのがふつうだが、一般に発生源の方が強力なので、原因と結果をはっきりと結びつけないとしょうぶにならないために、原因追及にはかなり時間がかかることが多い。
 長い苦心のすえ原因がはっきりしても、それは第二段に達しただけで、けっして解決にはならない。必ず発生源や第三者と称する人々から、反論が提出される。反論が数多く、繰り返して唱えられるのが第三段の特徴で、真実は一つしかないから、多数の反論と並べられると、どれが真実か事情を知らない人にはわからなくなってしまう。この第四段を、私は中和の段階と呼ぶことにした。酸とアルカリが中和するように、正論と反論が中和して真実がわからなくなる過程である。文学では起承転結ということばがあって、ちょうどあてはまるから、公害の起承転結といってもよかろう。

水俣病では、水銀中毒説が出された後に、それ以外の原因を主張する専門家などが現れた他、原因究明にあたっていた熊本大学などを「田舎大学」等々と呼び、「中央の専門家が取り組まねばだめだ」とするような論調も出てきたようです。最近の被告ニューモント社の発言には、インドネシア警察の調査を馬鹿にし、オーストラリアの研究所に委託した分析がより科学的だとするなど、1960年から62年ごろのチッソ(当時の新日本窒素)の言動に酷似する点があります。ブイヤット湾の汚染騒ぎは、第4の「中和」の段階にあるのかもしれません。

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2006年 9月 25日 午前 01:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.24

大学とスカイプ

先週、共著で書いた新しい本が書店に並んだ。共著と言っても、私が調子を崩している時に仲間たちがまとめてくれたようなもので、名前を出してもらっているのも申し訳なかったりする。いや、本当にすみません。以前は5人とも同じ職場で働いていたのだが、前の本を出した後、次々とその職場を離れてしまい、今ではみんなばらばらだ。国外に移った人もいるため、会って話し合うのも年に一回か二回が限度で、仕事がなかなか進まなかった。最近になって進捗が速くなったのは、Skype の会議通話のおかげだ。

このように、Skype (に限定せず VoIP なアプリケーション一般と言うべきなのかもしれないが)は、大学でも仕事に役立っているし、出身地から離れて暮らしている学生たち、とりわけ留学生たちに、故郷の家族や友人と簡単に連絡を取り合う方法を提供している。しかし、The Chronicle of Higher Education の記事によると、学内のネットワーク上のコンピュータで Skype の使用を禁止する動きもある。San Jose Mercury News の記事によれば、カリフォルニア大学サンタバーバラ校では、今年の1月に使用禁止令が出された。San Jose State University では、使用禁止令に強い反対が起こり、話が保留状態になっている。これらの大学では、学内のネットワークを学校とは無関係の第三者に使わせることを許すような条項が使用規約にあることと、ネットワークのセキュリティへの懸念が問題となっているらしい。

Chronicle の記事にもあるように、イギリスのオックスフォード大学(現在は使用解禁になった)など、帯域を食い尽くすのではないかという心配から使用禁止にする大学もある。また、日本国内を見ると、三つ目の理由として、P2P 技術の使用禁止というものが挙げられる。岡山大学がその例だ。

技術系ではない問題だが、持参したノートパソコンをネットにつなげる情報教室でボイスチャットを許可したら、真剣に宿題に取り組んでいる学生から「うるさい」という苦情が続出して、使用禁止になったというのも身近で見た。

大学での Skype 使用。今後、どのように形が決まっていくのだろう。だんだん技術についていけなくなりそうな文系の中年が思いをめぐらしている。

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追記:最新の記事が少し関係のある話題なので、Skype日本語ブログにトラックバックを送ってみます。

2006年 9月 24日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.23

「琉大が燃えた日」を読む

今からちょうど50年前の1956年、アメリカによる占領が続いていた沖縄では、土地の収奪に反対して「島ぐるみ闘争」と呼ばれるほどの大規模な抵抗運動が行なわれていました。7月28日に那覇で開催された15万人規模の集会において、琉球大学の学生が「ヤンキー・ゴー・ホーム」と書かれたプラカードをかかげて反米デモを行なったことを咎めて、アメリカは琉球大学に対し、財政援助の打ち切りをちらつかせながら、学生の退学処分の実施を求めました。手元の沖縄史の本の記述を要約すると、「第2次琉大事件」はこのように記すことができます。

私記:父の記録―琉大が燃えた日」というサイトに、当時まさに退学処分を受けたかたによる回想録があります。琉球大学で文芸部というクラブに属し「琉大文学」という雑誌を刊行していらっしゃったと言うだけのことはあって、1956年の沖縄のようすが鮮やかに目に浮かんでくる、優れた記録です。書かれたかたのお名前は分かりませんが、私と同じ世代の娘さんがウェブに載せて公開していらっしゃるようです(目次を含めて41ページにも及びます)。お二人に心から感謝の言葉をお伝えしたく思います。

この記録の中には、「琉大文学」が反米的な出版物として目をつけられていたことや、学生処分の理由が本当にデモでの振る舞いだったかどうか疑問であること、大学執行部が学生処分に難色を示していたことが記されていますが、昨日の琉球新報は、事件が実際に「琉大文学」への言論弾圧であったことや、当時の学長が必死に処分に抵抗したことなどを示すアメリカ側の報告書が新たに見つかったことを報じています。記事はその報告書が「琉大関係者やアメリカ民政府側の反応が具体的に描写され、一編のドラマを見ているような印象さえ与える」としています。「琉大が燃えた日」も、本当にドラマを見ているような感覚を与える読み物でした。ぜひ、新資料も合わせて読みたいものです。

以下は蛇足ですが、「琉大が燃えた日」を読んで、当時の沖縄の情況が今のイラクと相通ずるものであることや、今も続く辺野古での基地建設反対座り込みにもつながるものであることを強く認識しました。また、ウェブでこのような優れた文章に接することができる感動と、昨夜のニュースで見た、文芸家団体が文部科学省に著作権保護期間の延長を申し入れたという話による落胆との間の落差も強く感じました。言論の自由や、大学がいかに外圧に抵抗するべきなのかといった問題も。これらのことが気になるかたがたに、「琉大が燃えた日」をお勧めいたします。

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2006年 9月 23日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2006.09.22

虐殺は幻、あいつは民族の敵

トルコからの報道(Reuters電BBCの記事、判決言い渡し前のトルコの英字新聞 The New Anatolian の記事)。日本の情況と重ね合わせながら読みました。

Elif Shafak さんという有名な作家が作品の中で登場人物に1915年のオスマン・トルコによるアルメニア系住民の虐殺について語らせたら、それがトルコ民族のアイデンティティやトルコ国家の尊厳を傷つける行為を禁ずるトルコ刑法第301条の違反に問われ、ナショナリストの団体から訴えられていた裁判で、無罪の判決が出ました。

1915年の民族虐殺をトルコ政府は史実として認めていません。ナショナリストたちは、それがアルメニア人によるプロパガンダだとしています。

シャファクさんを訴えていた法律家の団体 Jurists' Union Association は、作品中の会話で「トルコの屠殺者たち」「ジェノサイド」「羊の群れのように殺された」などの表現を使った彼女や Orhan Pamuk、 Perihan Magden、 Hrant Dink などの作家を「トルコ民族、トルコ国家の敵」、国外の勢力の手先と呼び、制裁を呼びかけていました。公判をめぐり、裁判所周辺では大きな混乱が起こったもようです。

折しも同じ日に、日本では、入学式や卒業式での日の丸に向かっての起立や君が代の斉唱を強要する東京都教育委員会の通達は違憲だとする判決が出ました。アジアの両端で民族主義的反動の動きに釘を刺す判決が出たのは奇遇でしょうか。ちょっと胸をなで下ろしたい気持ちになりました。

エリフ・シャファクさんの問題の小説は The Bastard of Istanbul 、英語版は2007年初頭の発売予定、リンク先のアマゾンで予約受付中です。

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2006年 9月 22日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.09.21

世界銀行は騙し絵

Social Watch Report 2006: Impossible Architecture ― 世界銀行と IMF の総会開催に合わせて出版された報告書。概要の紹介(このページ以下)しか読んでいません。それをさらに大ざっぱにまとめると、世界銀行が発展途上国に貸し出している資本より、発展途上国が過去の貸し付けの利子の返済などで支払っている額のほうが多い、という話です。

結構ショックな話だと思ったのですが、考えてみると、世界銀行が善意の塊だと思っていれば意外な話ではあるものの、もともとサラ金のようなものだと思っていれば実に当たり前の話ですね。うーむ、ちょっとした悟りの境地をプチ体験。

Impossible Architecture

報告書のモチーフになっているのは、エッシャーの騙し絵。水(資本)が発展途上国に流れていくように見えて、実は水は掬い上げられているようすと、世界銀行などが提唱している金融システムは、できそうに見えて、実は実現不可能な構造なのだという結論を、うまく表象しているように思います。

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2006年 9月 21日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (2)

2006.09.20

大学での非正規雇用、アメリカの場合

何回かそれとなく書いたことがあるので、ご存じのかたもいらっしゃると思いますが、私は日本の大学に勤めています。下にご紹介する記事はアメリカの大学についてのものですけれど、個人的には日本の大学の状況(例えばここらへんの話。別に大学を名指しするつもりはありません)と見比べてしまい、そうすると対象が自分に近すぎて、目の焦点が合わないような感じです。以下、説明不足で分かりにくい文章になっているかもしれません。え、それはいつものこと?

Insourcing at Brandeis ― マサチューセッツにあるブランダイズ大学では、この夏、学生たちの働きかけによって、大学が人材派遣会社に委託していた守衛業務の職員の給与が引き上げになり、次のステップとして、契約更新時期が来た職員から順に大学が直接雇用していくことに同意した、という話です。

世の例にもれず、正規雇用の常勤職員を減らし、アウトソーシングによって人件費の削減を行なうのがアメリカの大学でもじわじわと進んではいるようですが、注目すべきなのは、このブランダイズ大学のように、学生の声の後押しによって非正規雇用の職員の待遇改善が実現した大学が少なからずあることです。記事では、the University of Miami、Washington University in St. Louis、the University of Virginia、Georgetown University などでそのような動きが実を結んだと紹介されています。

安易に日米を比較したり、「対米追従」を提唱するつもりはありませんが、何かこの話の中から私たちも学べるものがあるんじゃないかな、という気がします。即効性が全くない考えなのだけれど、学生が職員の待遇不均衡の改善を要求するっていうところが一つのポイントかもしれません。日本では、学生が職員に対してあまり同情的ではないような気がします。社会全体の正義感、フェアネスの意識みたいなものが違うのかなあ。そんなこと考え込んでないで、今の自分の立場でできることが何かあるでしょ、と言われてしまいそう。

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2006年 9月 20日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.19

地球の裏側

Antipodes Map

この地図、何だか分かりますか? そう、対蹠点(antipodes)を投射した地図です(このサイトの画像から部分的に切り取らせていただきました)。南アメリカ大陸沖の南大西洋に、わが愛する日本列島が見えます注1。琉球弧がパラグアイまで伸びています。韓国の済州島のあたりにあるのがウルグアイ、中国の沿岸部にあたるのがアルゼンチンです。大西洋上で、中国とロシアとモンゴルの国境線が交わっているところのちょっと右、ちょうどハイラルあたりになるでしょうか、島がありますよね。その名前は…

Brazilian television calls Malvinas "Falklands" ― ウルグアイの通信社 MercoPress の記事です。ブラジルのテレビ局の国際放送 TV Globo が自然探訪番組の中で「フォークランド諸島」という呼称を使ったことをアルゼンチンの通信社 Agencia Diarios y Noticias が非難したと伝えています。

日本ではこの島々をめぐる1982年の戦争をイギリス風に「フォークランド紛争」と呼ぶことが多いと思うのですが、アルゼンチンはこの地域の領有権を主張していて、「マルビナス諸島(Islas Malvinas)」と呼んでいるのだそうです。「1833年以来、イギリスによって不法に占領されている」という認識で、その点に関してはブラジルのルラ大統領も支持しているため、今回のブラジルのテレビ局の言動は許し難いとのこと。

私は地球のこっち側にいるので、「あー、そーですか。大変ですね。いろいろ意見はあると思いますが、戦争とかしないで、仲良くやってくださいね」程度の感想しか思い浮かびません。きっと地球の裏側にもブロガーがいて、日本についてのニュースを読んで、「なるほど。日本海という呼び名がそんなに大切なんですね。で、北東のほうにある島々はロシアが返してくれなくて、西のほうの島は韓国に不法に占拠されていて、南の端の島は中国と争っているんですか。いろいろ大変ですね。でも、戦争とかしないで、仲良くやってくださいね」とか書いているんじゃないでしょうか。

ちなみに、フォークランド紛争について調べると、アルゼンチンの軍事政権が国内の不満の矛先を逸らすために起こした軍事行動、みたいに書いてありますね。ありがちなパターンと言うべきでしょうか。気をつけたいですね。どこかの「岩」とは違って、2千人以上、人が住んでいるそうですから、大ごとですが。

注1:だれですか、この部分を笑うところだと勘違いしたのは。時流に乗って、ほんのちょっぴり愛国者ぶってみただけですよ。主義主張を曲げたり、うそをついたりしてまで生きていこうとは思いませんが、これからの時代、ちょっとした言葉遣いで、人生を棒に振らなくて済むかもしれないし。でも、そういうことを気にしながら書くと、書きにくいですね。うまく表現できない。この記事、ひょっとすると、ものすごく誤解を受けるかも。

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2006年 9月 19日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.18

発展途上国とIMF

シンガポールで国際通貨基金(IMF)の総会が開かれていて、そこで投票権の分配見直しが提案され、それに発展途上国の多くが反対している、という記事を読みました(インドの Mumbai Mirror の記事。日本語では、日経に短い記事がありました)。私、経済はからっきし分からないのですよ。でも気になるので、いろいろと調べてはみたのですが、やっぱり分かりません。

反対を表明しているのは G-24 という国々のグループで、そのうち、インド、ブラジル、エジプト、アルゼンチンの4か国の蔵相が共同声明を発表しています(Dow Jones の記事)。

これらの国々の主張も、IMF当局によって提案されている案も、現行の仕組みが発展途上国にとって不利になっているという認識は同じなのですが、提案では、まず中国、メキシコ、韓国、トルコの4か国に絞って投票権の拡大を行ない、他の国々については後で考える、ということになっています。

私の場合、そもそもIMFでの投票が一国一票ではなく経済力に応じて重み付けがされていたということすら知りませんでした。その配分の表があったので、多い順に並び替えてみました。経済力の評価は特別引出し権(SDR = Special Drawing Right)という仮想通貨単位みたいなもので計るようです。各国に割り当てられている票数は、ほぼこれに比例しています。

下の表では、上位20位までと、記事の中で名前の出ていた国を抜き出しました。再分配が提案されている国は右端の欄に変更案の額を入れ、異議を唱えている4か国には「!」を表示しました。

IMFの配分(quota)
順位加盟国SDR(単位:百万)全体に占める%SDR変更案
1United States37,149.317.40 
2Japan13,312.86.24 
3Germany13,008.26.09 
4France10,738.55.03 
4United Kingdom10,738.55.03 
6Italy7,055.53.31 
7Saudi Arabia6,985.53.27 
8Canada6,369.22.98 
8China6,369.22.988,090.1
10Russia5,945.42.79 
11Netherlands5,162.42.42 
12Belgium4,605.22.16 
13India4,158.21.95!
14Switzerland3,458.51.62 
15Australia3,236.41.52 
16Spain3,048.91.43 
17Brazil3,036.11.42!
18Venezuela2,659.11.25 
19Mexico2,585.81.213,152.8
20Sweden2,395.51.12 
21Argentina2,117.10.99!
28Korea1,633.60.772,927.3
42Turkey964.00.451,191.3
43Egypt943.70.44!

なんか、まだ全然分かんないんですけど、どうしましょう。私、心情的には「グローバリゼーション、はんたーい。フェアトレード、さんせーい」なのですが、そういう人は「今回の提案のような上っ面の微調整は無意味である。国際通貨貿易体制の根本的な改革を!」とか考えておけばいいのかな。

しっかり理解して、自分の言うことにもっと責任がとれるようになりたいですが、世の中は難しすぎます。

この記事を書きながら思ったことをおとといの記事のコメントに書きました。そちらもお読みいただければうれしいです。

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2006年 9月 18日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.17

インドから靖国を見る

Why Yasukuni hurts (なぜ靖国は人を傷つけるのか) ― インドの代表的な雑誌 Frontline の9月9日号に掲載された、デリー大学の Brij Tankha さんによる靖国問題の解説記事。靖国神社への首相参拝がなぜ問題となるかを、明治維新以後の国家神道の成立を歴史的に追うことによって、とても分かりやすく解説しています。靖国問題について英語で書かれた手頃な解説として、広く勧められると思います。

日本が他の国とは違うという主張を強く打ち出して明治政府が確立した宗教的なナショナリズムが国家神道であり、それは古来の神道とは異質のものであった。日露戦争のころから仏教団体の中でも戦没軍人を他の死者とは違う扱いをするような傾向が出てきて、やがてそれが「英霊」という概念となった。敗戦後の占領下で民主化が進められる中で、日本を戦争に駆り立てた軍国主義ナショナリズムを根本的に問い直す平和主義的な考え方が広く行き渡ったが、独立後、過去を隠蔽しようとする後ろ向きで閉鎖的なナショナリズムが再び擡頭した。靖国神社の復権はそのような流れの中でとらえられるべきものである。遊就館では、日本の戦いがアジアを解放するためのものであったとするような、既に誤りであることが明らかになっているような歴史観を描いた映画が上映されていたりする。小泉などの人気は、日本経済に翳りが出た後の自己防衛過剰で自信のないナショナリストたちに支えられたものだと言うことができるが、日本がそれ一色に染まってしまっていると考えるのは早計である。日本には、異なる意見をも許容する、開かれた心を持った人たちもまだいることを忘れてはならない。といった感じに要約できるでしょうか。

出だしに毎年8月8日の参拝云々とあって、私でもちょっと首を傾げたりするので、靖国神社に詳しい人が読むと事実誤認が含まれているかもしれません。今日びのナショナリストは、とかくそういう重箱の隅を突くような読み方をするようですが、「自己防衛過剰で自信のないナショナリスト」という表現は言い得て妙かも。現代のインドの人々がどのように日本のナショナリズムを見ているかをこの記事は教えてくれます。確か遊就館の横に東京裁判で少数意見を述べたインド出身の判事をたたえる碑が建っていましたよね。右寄りの人たちにとっては、この記事はインドの人から聞く意見としてはちょっと心外かもしれませんが、ぜひとも虚心坦懐に読んでもらいたいところです。

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2006年 9月 17日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.16

従軍慰安婦問題に関するアメリカ議会の決議

アメリカの議会下院外交委員会で14日、公聴会が開かれ、日本の首相による靖国神社参拝や遊就館の展示内容などに関しての意見聴取が行なわれたことが報じられています(見ていないのですが、ビデオがあります)。その前日には従軍慰安婦問題に関する決議が同委員会で可決され、議会本会議に送られたらしいのですが、なぜかこっちは報道が少ないようです。ネットで調べても日本の新聞社では、朝日新聞が人民日報経由の記事として伝えているぐらいです。

1930年代から日本の敗戦までの間、植民地や占領地で従軍慰安婦の徴用や拉致が行なわれ、奴隷的労働を強いられたこと、そして現代の日本で学校教科書から従軍慰安婦その他の残虐行為の記述が削除されつつあることを鑑み、日本政府に対して、正式に責任を認めること、日本の犯した人道に対する罪に関して教育を行なうこと、従軍慰安婦などはなかったというような主張を厳しく反駁すること、国連やアムネスティ・インターナショナルの勧告に従うことを要求しています。第109次連邦議会下院決議案 H. RES. 759 の提出時の文面はこちら。韓国のハンギョレ新聞の記事によると、若干の字句修正が行なわれたようです。委員会決議が行なわれたことは13日の議事次第から分かりますが、今、私がこれを書いている時点では、投票(すべて賛成票だったようです)に付された文面はまだこの法案に関する公式記録民間の議会情報には反映されていません。これも見ていないのですが、審議のビデオがあります。

日本では、従軍慰安婦のかたがたの苦難にせよ、南京での虐殺にせよ、歴史修正主義者たちが大規模なプロパガンダを行なっていますが、徒党的というか内輪のナアナアというか、全く発展性のないことをやっているように思います。自分たちの信じているのが真実だと思うのであれば、例えばアメリカ議会に出向いて意見陳述をするとかしたらどうでしょうか。

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追記:Internet Zonemilou's note Bis残照ブログの関連記事にトラックバックを送ります。

2006年 9月 16日 午前 12:00 | | コメント (5) | トラックバック (3)

2006.09.15

西アフリカの公害

西アフリカのコートジボワールの最大都市アビジャンで有害物質の投棄が行なわれ、15,000人以上の住民が吐き気、頭痛、呼吸困難等の健康被害を訴えています。これまでに6人が死亡、現在23人が入院して治療を受けているそうです(BBCの記事

日本国内のネット上での報道では、読売新聞が12日付けで伝えていますが、「近海で有害物質を投棄」となっています。私が知る限り、それは誤報で、健康被害をもたらしているのはアビジャン近辺の陸上のゴミ処理施設などへの投棄です。海上での投棄も行なわれているかもしれないが、実態は明らかになっていません(国連 IRIN の報道)。

投棄されたのは石油を精製する際にできる廃棄物400トンあまりで、硫化水素が被害をもたらしていると見られています。8月19日にオランダの会社が所有する Probo Koala という船から積み出されたものだということまでは分かっていますが、そのゴミ自体がどこの国から来たものかは分かっていません。

硫化水素は土壌や地下水の汚染を引き起こす心配もありますし、ゴミ処理場が閉鎖されてしまったため、ゴミの収集が行なわれておらず、これらやチフスの蔓延も心配されています(地元紙の記事)。

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2006年 9月 15日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.14

猫と受難

ここ一週間ほど、まじめ路線でしたが、今日はおもしろニュースでお茶を濁します。一応、現代最大の対立局面であるアメリカ対イスラム社会の両陣営から一つずつ。

猫と聖戦 ― テネシー州のレッドバンクという町で、隣のおばさんが食べ物をあげるものだから野良猫が増えて困ると言って、ある男がわなを仕掛けて、20匹ぐらい捕まえたらしい。で、そのことを "Feline Jihad"(ネコとの戦い) という題で地元の新聞に書いたら、あいつは猫を殺しているんじゃないかという疑惑が起こり、警察が調べに入ったという話。男は、捕まえた猫は農場に連れて行ったと主張している。この男、拳銃を持って悦に入った自分の写真を載せたりしているし、「聖戦」などという語をおもしろがって使ったりするし、あまり私の同情を誘わない。

猫と預言者 ― サウジアラビアでは近年ペットを飼う人が増えてきて、高価な犬や猫を見せびらかしたりする人も出てきた。そういうのは西洋かぶれの風習だということで、Muttawa という宗教警察がジェッダとメッカの二つの町で犬や猫の売買を禁止する措置を取った。もともと犬はイスラム社会では穢れたものとされることもあったので、だれも驚かなかったが、猫もダメというのは驚きをもって迎えられた。預言者ムハンマドは自分の清めの水の皿から猫が水を飲むのを許すほどの猫好きだったと伝えられているからである。

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2006年 9月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.13

サチャグラハの一世紀

南アフリカで、インド系住民が身分証明書の常時携帯を義務づけられ、それに反対する非暴力運動をガンディーが組織してちょうど100年。1906年9月11日、ヨハネスブルグで開かれた集会で「サチャグラハ(Satyagraha)」運動は始まった。南アフリカからの報道

2006年の今日、非暴力主義思想の展望は明るくはない。もちろん、一世紀前だって、それは同じようなものだったはずだ。おそらく、悲観するには及ばない。

私は、侵略され占領されている人たちに向かって「武器を捨てよ、非暴力で行こう」と呼びかける信念はない。自分がまたそのような立場に立たされた時、非暴力を貫き通す自信さえもない。しかし、できる限り、非暴力な現実を形作ることに寄与したいとも思う。だから、軍縮を。平和憲法を。パレスチナやイラクや、その他諸々の地域の占領の終結を。訴える。

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2006年 9月 13日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.12

私の水銀含有量

水俣に行った時、国立水俣病総合研究センターで髪の毛を少し切って毛髪に含まれる水銀の値の検査をしていただいたのですが、その結果が昨日郵送されてきました。結果は1.06ppm。妊娠しても胎児への影響は問題ないレベルでした。同封されていた資料によると、日本人の平均は男性で2.5ppm、女性で1.6ppm。厚生労働省の安全基準が5ppm、国際的には2.2ppm以下が推奨されているとあります。

微量のメチル水銀を恐れて魚を敬遠するのも食事のバランスの上からよくないのでしょうが、やっぱり気になってしまいますよね。同封資料では、水銀濃度が低いものとしてはサケ、アジ、イワシ、サンマ、高いものとしてはマグロ、カジキ、キンメダイが挙げられています。海の生き物の中で食物連鎖の上位にいるクジラ、イルカなどにはかなり高濃度の水銀が蓄積されているようです。総合研究センターでいただいた「水銀と健康」というパンフレットには、クジラでは15ppmの水銀が検出された例があると書いてありました。厚生労働省の摂取基準はこちら

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2006年 9月 12日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.11

李自健さんの絵

李自健(Li Zijian)というアメリカ在住中国人画家の「南京大屠殺」という油絵を紹介する。縦213cm、横290cmという大作らしい。左右に3枚に分かれていて、左から「屠」「生」「仏」と名付けられている。1991-92年の作品。李自健さんは1954年生まれ。

この絵を見て「これは真実ではない」と主張する人たちもいるかもしれない。しかし、仮にこれが真実ではなかったとしても、一番重要なのは、私たち人類はこれに類する光景を戦争の歴史の中で何回も目にしてきたということだ。そして、そのような光景は、これから行なわれる戦争の中でも必ずや繰り返されるだろうということだ。だから、戦争は、絶対に、してはいけないのだ。

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2006年 9月 11日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.10

ナショナリズムに対峙する

東欧のスロバキアとハンガリーの間で、過激なナショナリズムによる対立感情の高まりが懸念されている(9月7日付けロイター電)。

8月25日にハンガリーとの国境に近いスロバキアの町 Nitra で、女子学生が電話でハンガリー語を話しているのを二人連れの男に聞きとがめられ、殴られ、ブラウスに「ハンガリー人はドニューブ川(現行の国境)の南に出て行け」と書かれるという事件が起こった。スロバキア国内ではその前後に他にも数件の反ハンガリー感情にもとづく暴力事件が起こっている(スロバキアの英字新聞 The Slovak Spectator の8月28日付け記事)。

スロバキアでは今年の7月に右翼のスロバキア国民党が連立政権に加わり、その党首 Jan Slota (自分のことを「愛国者」と呼んでいるらしい)が民族主義的な偏見に満ちた発言を続けるのを Robert Fico 首相等が看過してきたことが、事態の急速な悪化を促したと考えられている。ハンガリー国内でも反スロバキアのデモが行なわれたりしているようだが、英語で読める報道を見る限り、スロバキアでの問題のほうが深刻であるような印象を受ける(ハンガリーの通信社の記事、7日)。

歴史的には、スロバキアはオーストリア・ハンガリー帝国の属国だった。ハンガリー系住民はスロバキアの人口のほぼ1割を占める。地理的な大きさを比べれば、スロバキアはハンガリーの半分ぐらい。両国の一人あたりGDPはほぼ同程度。

自分を取り巻くナショナリズムを考える時、客観的な視座を取りにくいことがある。こうやって遠く離れた国々の事象を考えることを、自分の立つ位置を相対化するための道具にすることはできないだろうか。歴史を考えれば、日本はハンガリーのほうに近いような気もするし、過激なナショナリストが政治の中枢に食い込んでいる(この文は例えば石原慎太郎などを念頭に書いている)点では、日本はむしろスロバキアに近いのかもしれない。そのように、共感の軸を自由に設定することも可能だ。

出口もない泥沼を見るだけならば、あえて他の国の例を参照する必要もない、と言うこともできよう。その点、9月に入ってからスロバキアとハンガリーで見られる動きは、何か私たちに希望を与えてくれるようにも思われる。

スロバキアの Jan Kubis 外相とハンガリーの Kinga Goncz 外相は、3日にスロバキアのテレビにそろって出演した。そこでは「両国の間の共通な歴史に関して話がまとまっていないことが、今般の過激なナショナリズム的な傾向の原因となった」という点で両外相の意見が一致したらしい(Spectator、4日)。両外相は5日にも会談を行ない、民族的な非寛容を糾弾する共同宣言を検討したが、市民社会に十分問題解決に向けての力強い動きがあるとして宣言の発表はしなかった(Spectator、5日)。スロバキア国会は6日、過激なナショナリズムと非寛容を糾弾する宣言を賛成多数で可決した(Spectator、7日)。8日、ハンガリーの Goncz 外相は、スロバキアとの対話を通じて解決を促していく姿勢を重ねて表明した(AP電、8日)。22日には、両国政府合同のマイノリティ問題に関する委員会が開かれる(スロバキア国営通信の記事)。

石原慎太郎つながりで(ごめん)、tamy レポートブログにトラックバックを送ります。

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2006年 9月 10日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.09.09

沖縄の基地問題を自民党総裁選の争点に

昨日、9月8日は沖縄で基地の整理縮小などを問う県民投票が行なわれてちょうど10年目の日だった。この10年、驚くほど何も変わらなかったのではないか。身近に問題を感じている人たちにとっては、悔しいほど何も変わらなかったのではないだろうか。

拉致に腹を立てるのは分かるけどさ、憲法をどうするのかも大切だけどさ、集団的自衛権の解釈も重要だけどさ、今後の貧富の格差や高齢化も大きな問題だけどさ、今ある基地負担の不均衡はどうなのよ。これまでずっと問題が放置されてきたのは沖縄だよ。21世紀の日本の国に一番相応しくない状態に置かれているのは沖縄だよ。外交の基軸、日米同盟の重みを一身に受けているのは沖縄だよ。どうなのよ、自民党のご三方。ちゃんと尋ねてくれよ、テレビの人。と思った。

沖縄を争点に。基地問題を争点に。

宜野湾市は、普天間飛行場の危険性を告発するステッカーの配布を始めた(琉球新報の記事)。市外の人にも分けてくれるのかなあ。来週になったら電話して聞いてみよう。

ステッカーと言えば、こちらもほしいところ。この間、学校の講師控え室でコーヒーを飲んでいたら、このステッカーをかばんに貼っている人がいて、思いもかけぬところで思いもかけぬ話ができて、うれしかった。もしかすると、気がつかずにすれ違っているだけで、同じような問題意識を持っているひとは意外に多いのかも、って思った。

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2006年 9月 9日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2006.09.08

放射性廃棄物処分場の誘致

私は京都の南部に住んでいて、職場は京都と滋賀にあります。昼も夜も、琵琶湖の水のお世話になっていることになります。

滋賀県の北端に余呉町という町があって、琵琶湖の水源の一つでもあるらしいのですが、先月末、町長が高レベル放射性廃棄物最終処分場の誘致を検討する考えを表明しました(京都新聞の記事)。同町では昨年も同じ動きがあり、県の説得で誘致立候補を断念しました(末田一秀さんの「環境と原子力の話」というサイトに経緯の詳細があります)。滋賀県は最近、知事が替わりましたが、新知事も誘致には反対のようです(京都新聞の記事)。

資源エネルギー庁のサイトによると、処分場選定の流れはこんな感じ。平成40年代後半と言われてもピンと来なかったのですが、実際の処分が始まるのは約30年後のことですね。地層処分の解説はこんな感じです。時期は明記してありませんが、モニタリングはいずれ打ち切ってしまうのですね。大丈夫かな。いずれにせよ、どれぐらい遠い未来までのことを考えて判断するのかが問われている気がします。

埋めてしまうという処理法への不安。高濃度の廃棄物を作り出す核燃料再処理というプロセスへの疑問。そういうやっかいなゴミを生み出すことが分かっていながら行なう原子力発電という取り組みへの不信感。等々が頭の中に渦巻きますが、勉強しなくてはならないことばかりですね。いい本とかご存じのかたがいらっしゃいましたら、お教えください。早めに誘致断念が決まって、勉強する必要がなければいいなと、ちょっと思ったり。そういう問題じゃないか。(笑)

滋賀市民運動ニュース&ダイジェストのブログにトラックバックを送ります。

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2006年 9月 8日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.09.07

植民地主義をどう語るか

昨日は、朝、目にしたニュースのことが一日、頭から離れなかった。お読みになったかたも多いかと思うが、誤植を訂正した上で、引用しておく。

2006/09/06-05:32 国語辞典の回収を要求=植民地の「肯定的」表現で-仏団体
【パリ5日時事】フランスの民間2団体がこのほど、同国の代表的国語辞典「プチ・ロベール」の植民地に関する記述が問題であるとして、辞典の回収を要求した。
この団体は、黒人評議会「CRAN」と反人種差別団体「MRAP」。「プチ・ロベール」は、「植民地主義」について、「植民した国を開発する」などと定義。これらの団体は、声明の中で、この定義を「植民地主義の正当化」(CRAN)「植民地主義の復権と賛美の新たな試み」(MRAP)などと糾弾。新たな記述を検討するためのチーム設置するよう求めた。

Le Nouveau Petit Robert (プチと言っても、アマゾンで1万円以上しますね)の中で、colonisation (植民地化)という語が mise en valeur, exploitation des pays devenus colonies (植民地となった国々を開発し、運用すること)と定義されていることに対して、異議を唱えたものだ(リベラシオン紙の記事)。実は1972年版からこの定義が続いているらしいが、なぜ今この問題を提起するかについて、Cran の代表者は、Cran 自体が 2005 年に設立された団体であることと、植民地化の「よい面」を学校教育で扱うようにと指示した 2005年2月23日法(後に、社会の反発を受け、撤回された)などの動きがあることを挙げている。英文のロイター電は、ロベール社が定義の変更や辞典の回収を拒否したと伝えている。

Cran の声明文の末尾には、エメ・セゼールの言葉が置かれている。1955年に書かれた「植民地主義論」からの抜粋らしい。本を買ってから自分の訳文の不出来に赤面することになるかもしれないが、とても心を打つ言葉であったので、非力を恥じつつ、ここに掲げる。

今度は私が等式を提示する番だ:植民地化 = モノにしてしまうプロセス。
嵐が聞こえてくる。発展だの、よりよい生活だのと語る人がいる。
私は、空っぽにされてしまった社会だとか、踏みつけられた文化だとか、骨抜きにされてしまった制度だとか、収奪された土地だとか、抹殺されてしまった宗教だとか、消し去られてしまった芸術の輝きだとか、取り上げられてしまったすばらしい可能性だとかについて語りたい。
人々が私のほうに投げて寄こす。事実、統計、道路や運河や鉄道のキロ数。
でも私は、コンゴ大洋鉄道の敷設で犠牲になった何千人もの人々のことを話す。
今、私がこれを書いているこの瞬間にもアビジャンの港を素手で掘っている者たちのことを話す。
自分たちの神から、自分たちの土地から、自分たちの習わしから、自分たちの生活から、踊りから、知恵から引きはがされてしまった何百万もの人々のことを話す。
私は、彼らが巧みに、怖れや劣等感、身の震え、屈して跪くこと、絶望、下僕根性を教え込んだ何百万もの人々のことを話すのだ。

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2006年 9月 7日 午前 12:00 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.09.06

エボ・モラレスの社会主義

Capitalism Has Only Hurt Latin America ― ドイツの Der Spiegel 誌による Evo Morales ボリビア大統領のインタビュー。8月28日付け。ZNet 経由で知った。

読む人がまず感じるのは、彼にとって社会主義というのが理論の適用ではなく、彼の属する先住民の考え方に立脚したものらしいということだ。彼が生まれ育ったインディオのコミュニティでは「すべてが共有の財産だった。このほうが公平な生き方だと思う」と語り、「もし社会主義というのが暮らしを豊かにし、平等と正義をもたらし、社会や経済の問題を解決してくれるなら、喜んでそれを受け入れよう」と言う。

モラレス大統領は、社会の基盤となるのは、「盗むな」「嘘をつくな」「怠けるな」という普遍的な三つの柱だと言う。それを読んで、私はまず、こういった素朴な道徳概念で21世紀の複雑な世の中を制御していけるのだろうかと感じた。しかし、記事を読み終わって、私は、この行動規範が感じさせる非現代性は、実は超時間性とでも呼ばれるべきものであって、それは500年にもわたる白人植民者たちによる圧政を超越する力を持っていると考える。考えてみれば、この三つの柱の裏返しである、嘘をつき、盗み、他者の労苦の上に安楽で閉鎖的な経済制度を打ち立てるというのは、侵略や植民地支配の姿そのものである。

「1930年代、40年代には、インディオは街に入る時、殺虫剤を吹きかけられた」「チリとは海岸への交通路をめぐって120年前に関係が悪化したままだが、関係改善の努力を始めた」等々、彼の発する言葉には、限定的な現代というものにとどまらない重みがある。

まあ、比べても仕方ないのだが、「戦争は60年も前の話。これからは未来志向で」「道徳の基本に愛国心を」などと嘯く日本の政治家の軽薄なこと。

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2006年 9月 6日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2006.09.05

ラオスのダム

7月にラオスの道路工事の話を書きましたが、最近、ラオス国営通信社のウェブサイトを開くとウイルス対策ソフトが反応して「トロイの木馬を駆除しました」と伝えてくれるようになりました。本気で「この国、大丈夫なんだろうか」と心配になります。

ラオスに注目していた理由は、その中部で世界銀行の肝いりで計画されているダム建設だったのですが、先月末、大きな動きがありました。日経の記事を転載します:

三井物産と東芝、ラオスに水力発電設備 (2006年8月28日)

三井物産と東芝はラオス向けの水力発電設備を受注した。ラオスの豊富な水資源を利用し、電力需要が急増するタイに電力を供給するプロジェクトで、受注額は約110億円。ラオスではタイへの電力輸出を想定した発電所が多数計画されており、三井物産と東芝は今回を皮切りに継続的に受注したい考えだ。

タイの大手建設会社チョーカンチャンやラオス政府などが出資する発電事業会社から受注した。ラオスの首都ビエンチャン北東90キロのナムグム川上流に出力61万5000キロワットの水力発電所とダムを建設する事業で、三井物産と東芝は中核設備の発電用タービンと発電機の供給、据え付けを担当する。完成は 2010年末の予定。

今回受注が決まった Nam Theun 2 ダムに関しては、UPI がかなり強く憂慮を示す論説記事を配信しています。住民の立ち退きを引き起こすだけでなく、生態系の破壊によって漁業にも影響を与え、中長期的な経済予測にはほとんど貢献がない、などが主な論点です。建設によって雇用が促進されるかという面で見ても、発注先のほとんどが多国籍企業で、地元で雇われる人はさほど多くないことも分かってきたとも。

環境団体 International River Network も、ラオス政府の透明度が低いことを指摘し、行政の不作為によって被害が広がるのではないかと懸念しています。

三井物産と東芝は、こういったことも考慮に入れた上で契約を結ぶのでしょうか。

「日本の国際貢献は、金は出すが、人は出さない」みたいな言い方で自衛隊派兵が促されたりしますが、金を出した時にも人の話をよく聞かなかったりしたからダメだったんじゃないの、みたいなことも思ったり…

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2006年 9月 5日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.04

ブイヤット湾裁判でニューモント社幹部が証言台に

2年近く前から継続的に取り上げているインドネシア・スラウェシ島ブイヤット湾公害訴訟では、前回の記事からまだあまり時間が経っていませんが、二回の公判が開かれたもようです。

8月25日には、検察側の証人と思われる海洋生物学者が証言しましたが、記事から察するに、反対尋問にまともに答えられず、信頼できないという印象を残してしまったようです。同日の様子を伝えるAP電は、ニューモントの現地法人 Newmont Minahasa Raya の社長 Richard Ness 氏が勝訴の自信を示す発言をしていることの報道に記事の大半を割いています。曰く、ニューモント社は操業中、一日0.11オンスの水銀しか排出していなかったと語っています。9年半の操業全体で1リットルぐらいだとも言っていますから、約3ccじゃなくて約3gという意味でしょうか。公害の実態が水銀汚染という線は早いうちから消えているので、実質的な意味のある発言とは思えないのですが、記事にしやすい喩えなのかな、と思いました。

9月1日には、Ness氏がはじめて証言台に立ちました。汚染を全面的に否認し、操業はインドネシアの法制の下で合法に行なわれたと主張したもようです(AP電前半後半、ロイター電前半後半)。通信社は伝えていませんが、ジャカルタ・ポスト紙は裁判の判事が賄賂を受け取った疑惑を同時に伝えています。

次回公判は9月22日。判決は数か月先だろうと報じられています。

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2006年 9月 4日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.03

いにしへのことのは

EUでは半年ごとに持ち回りで各国が議長を務めるのだそうで、現在の議長国はフィンランドです。で、フィンランド政府のEU議長職のウェブサイトを見ると、三週間に一度ぐらいの頻度ですが、ラテン語でニュース Conspectus rerum Latinus が掲載されています。ちなみに、エスペラントのサイトもあります。

バチカンの公的機関誌 L'Osservatore Romano も、ラテン語をEUの言語の一つにしたらどうか、という論評を掲載したらしいです(ここから孫引き)。

念のため申し添えると、プロフィールのページに格好をつけてラテン語の成句を引用したりしていますが、貼り付けただけです。私はラテン語を解しません。すみません。

解さないと言えば、チョーサーの時代の英語(の綴りや文体)を真似て書いているブログというのを見つけました: Geoffrey Chaucer Hath a Blog というやつ。本物の『カンタベリー物語』よりはずっと分かりやすいです。

日本でも古文で書いてるブログとかあるのでしょうね。ご存じでしたらご一報を。旧字旧かなで現代文というのはいくつか見たことがあるんだけど。

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2006年 9月 3日 午前 12:00 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.09.02

駱駝の乳

Map of Mauritania

サハラ砂漠の西端モーリタニアでは、多くの人は遊牧生活を送っている。一人あたりの年間所得は8万円程度と貧しい。首都ヌアクショットに最近、ラクダの乳を加工する工場ができて、注目を集めている。 "A new use for camel's milk: Sell it abroad." というクリスチャン・サイエンス・モニター紙の記事で読んだ。

ラクダ乳の会社は Tiviski 酪農と言う。ウェブサイトがあった(牛乳製品のほうが多いみたいですが、製品の写真のページが夢を誘います)。遊牧民たちはしぼったラクダ乳をロバの馬車で工場に来て、1リットルあたり60円ほどで売っていく。大きな収入源だ。急速に都市化の進むヌアクショットの人たちにも大人気だ。ラクダの乳は牛乳よりも塩分が多いが、ビタミンCも豊富で、世界で市場の拡大が期待されている。

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2006年 9月 2日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.01

ドイツにおける労働者の経営参加

Mitbestimmung ― 英訳の co-determination を手元の英和辞典では「労働者の経営参加」「(労使の)共同決定」と訳し、「旧西ドイツを中心にヨーロッパの多くの国で実施されている企業の意思決定への労働者の参加で, 企業の最高管理機関である監査役会に従業員代表が加わるなどの形で, 投資計画・人員計画・賃金などの事項について強い発言権を行使すること」と解説している。

Deutsche Welle の "Giving Employees a Say: Unique German Labor Law Turns 30" という記事によれば、オランダ、フランス、スウェーデンに若干似た法制があるものの、ドイツのものはかなりしっかりしていて、

  • 5人を超す従業員のいる企業では、保険、安全、解雇、給与、時間外労働などについては、労使協議会を組織するか労働者の代表が出席する場で決定しなければならない
  • 2,000人を超す職場では理事会に労働者の代表のための席がなければならない。数は最低理事の3分の1。大企業では理事の半数が労働者代表である必要がある。労働者代表は2票分の投票権を持ったり、議長として最後の票を投じる権利を持つ

らしい。鉱業、鋼業分野では1951年から、それらの分野では1976年から、こうなっているそうだ。つまり、今年でちょうど30周年。

ご多分に洩れず、グローバリゼーションの影響で、このシステムを変えようという動きが始まっているらしい。すでにヨーロッパの司法裁判所はドイツで操業する他国の企業はこのドイツの法制には縛られないとしている。時代に合わせて何らかの変更が必要だろうという点ではだいたい意見が一致しているものの、労働者の権利を圧迫する変更になるのではないかなど、疑念も存在する。

Deutsche Welle の記事は、労働者の経営参加がストライキなどを防ぐなどの効果を持ってきたという経営者の声も紹介して、基本的にこのシステムを高く評価しているように読める。BBC の記事に、ドイツの新聞3紙の論説が紹介されている。Frankfurter Allgemeine Zeitung 紙は、労働者の経営参加が競争力を弱めるという考えらしい。Berliner Zeitung 紙は、労働者の経営参加がよい労働環境を作ってきたと評価しているが、現在の力関係では労働者の発言力が弱められる方向に行くだろうと悲観的だ。Die Tageszeitung 紙は、環境、汚職、消費者の保護などの意見が取り入れられるような方向で改革すべきだとしている。

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2006年 9月 1日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

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