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2006.07.31

南アフリカより(1)

ケープタウンのウォーターフロント

南アフリカ共和国ケープタウンにいます。午後に到着して、まだ宿の周りをちょっとしか見ていません。

数日間、観光旅行をして、その国のことを分かったつもりになって帰ろうとは思わないのですが、やはり、いろいろと気になります。上の写真は、一応、黒人も白人も街の中では、まじりあっているよ、というナイーブな印象を刻むもの。その一方、空港から街に来るまでの道路からも、掘っ建て小屋の超大規模集落(昔の黒人居住区、タウンシップ)が見えましたから、この写真のような印象も、はじめから引用符で括られた形のものでした。おそらく、どんな国のどんな体制下でも、観光客向けには、よく見られる光景なのでしょう。なんか捻くれた観光客で、すみません。

2006年 7月 31日 午前 03:04 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.07.30

逃避行

ちょっと旅行に行ってきます。実はこの記事も時間指定投稿。予定では既に空を飛んでいるはずです。

かばんを見て事態を察知した恩姫ちゃんが「私も連れて行け」と、せがむんです。旅行中は市のシルバー人材センターの人に世話を頼んであります。毎年のことだから、大丈夫だよね、うにちゃん。

旅行かばんとネコ

2006年 7月 30日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.29

ハイチの元首相、釈放される

ハイチのイボン・ネプチェーン(Yvon Neptune)元首相が釈放された。Reuters電およびHaiti Press Networkの記事

一年ほど前に不当な拘束に抗議してハンストを行なっていることをこのブログでも取り上げた。記事では、15か月にわたって水分のみを摂るハンストを続けていたとのこと。釈放後、すぐ国連の運営する病院に収容された。釈放は人道的措置によるもので、今後も引き続き司法当局の監視下に置かれるらしい。

ネプチューン首相は、民主的に選ばれたアリスティード政権がアメリカの差し金によるクーデターで倒された際、その前後の混乱の中で反対派の虐殺を指示したとして逮捕されたが、裁判を受けることもなく、拘束が続けられていた。

昨年の記事を書いて以降、ハイチの状況はやや好転し、今年2月に書いたように、ルネ・プレバルが選挙によって大統領に選出された。それにも関わらずクーデター後の暫定政権によって拘束されていた活動家や政治家があまり速やかに解放されてはいないのは、政情の不安定さを物語っていると解釈すべきであろうか。

もろ手を挙げて祝福できるような状況からは程遠いようであるが、カリブ海諸国を含む中南米でアメリカ合州国の帝国的な覇権が着実に弱まりつつあることがここにも見て取れる。

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2006年 7月 29日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.28

忘れられた戦争にしないために

Palestinians in Gaza worry about becoming the 'forgotten war' ― 27日付けクリスチャン・サイエンス・モニター紙。記者はラマラーの Joshua Mitnick さん。イスラエルによるレバノン攻撃が中東情勢の焦点となったため、第2次インティファーダが始まって以来初めて、パレスチナの闘いが人々の視野からはずれてしまっていることをガザや西岸の人たちが警戒している。

26日には、イスラエル軍による空爆により、ガザで少女を含む13人のパレスチナ人が死んだ。また、食糧難も続いている。アッバス大統領の側近 Saeb Erekat さんは、パレスチナは「忘れられた戦争」になってしまったと語っている。ラマラーに立ち寄ったあのライス米国務長官ですら「ガザの危機を解決することを忘れてはならない」と言わねばならなかったほどだ。ライス長官の大統領府訪問は、アメリカがアッバス大統領を重視する姿勢をとっていることを印象付けることが狙いであったが、レバノン情勢の悪化によって、アッバス大統領のように対話路線を歩むアラブ穏健派の影響力が弱まるのではないかという指摘もある。

The Electronic Intifada の記事に、6月26日からの一か月間にイスラエルの軍事作戦によって殺された31人のガザの子どもたちの名前が載っていた。私たちがパレスチナのことを忘れない意志をもっていることを示すために、この子どもたちの名前をここにも刻んでおこうと思う。あまりにそぐわない言葉であるが、安らかに眠れ。

Anwar Isma'el Atallah, 12歳
Saleh Sleman Al Jemasi, 16歳
Ruwan Fareed Hajjaj, 5歳
Khalid Nidal Abed Al Karim Wahbeh, 1歳
Mahfouth Farid Nasseer, 15歳
Ahmad Ghaleb Abu Amshah, 16歳
Ahmed Fathi Odah Shabat, 16歳
Waleed Mahmoud Al Zinati, 12歳
Salah Adeen Hammad Abu Maktuma, 17歳
Ibrahim Ali Khatoush, 15歳
Mahmoud Muhammad Al Asar, 15歳
Ibrahim Ali Al Nabaheen, 15歳
Ahmad Abdil Mina'm Abu Hajaj, 16歳
Nasrallah Nabil Abu Selmieh, 5歳
Aya Nabil Abu Selmieh, 7歳
Iman Nabil Abu Selmieh, 11歳
Yahya Nabil Abu Selmieh, 9歳
Huda Nabil Abu Selmieh, 13歳
Basma Nabil Abu Selmieh, 15歳
Sumaia Nabil Abu Selmieh, 16歳
Raji Omar Deif Alla, 16歳
Muhanna Sa'ed Mesleh, 16歳
Ahmad Rawhee Abdo, 13歳
Ali Kamil Al Najar, 13歳
Fadwa Faisel al 'Urouqi, 13歳
Mohammad Awad Muhra, 17歳
Khitam Muhammad Tayeh, 11歳
Nadee Habib Al Ataar, 11歳
Saleh Ibrahim Nasser, 13歳
Bashir Abdullah Awad Abu Thaher, 12歳
Sabrine Naser Habib, 3歳

ビーさんの P-navi info ブログにリンクをはります。もし私の記事がパレスチナのことを思うブロガーのかたがたの目に留まりましたら、ぜひトラックバックなどをお寄せください。

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2006年 7月 28日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (8)

2006.07.27

言語中枢

ものすごく大雑把に言うと、人間を人間たらしめている重要な特徴に“言語の使用”というものがある。人間の子どもは、ある程度放っておいても、たいてい二足歩行を始めるし、言葉を使い始める。猫や犬は、放っておいても、教え込んでも、二足歩行はしないし、言葉もしゃべらない。だから、二足歩行と言語使用は、人間を猫や犬など他の動物と弁別する大きな特徴だと言える。逆に、鳥は自然に飛ぶことを習得するが、人間はいくらがんばっても飛ぶことはできない。それは、人間の身体的機能が飛行という能力を身に付ける下地を用意していないからだ。この言い方を言語に当てはめれば、人間の組成には、言語を習得する能力が組み込まれている、と言うことができる。…というのが、チョムスキーなどが考える生成文法の基本的な考え方の一つだ(つきつめて考えていくと、言葉を話さない人や歩けない人はどういう扱いになるのか、という問題が出てくる。そのような場合、現象的に話せるか歩けるか否かというのがヒトの定義になるわけではなく、当然、その人は潜在的に種としての能力を持っていて、その実現がその能力からは外在的な要因によって阻害されている、と考える)。

そういう考え方に照らして、"Study Hints Language Skills Came Early in Primates" という Reuters 電が紹介する "Species-specific calls activate homologs of Broca's and Wernicke's areas in the macaque" という Nature Neuroscience 最新号の論文(リンクは論文本体ではなく、要約文)は、ものすごく刺激的だ。アカゲザルを PET スキャンという脳の断面図を投影する機械に入れ、さまざまな音を聞かせる。音楽や雑音を聞かせた時と異なり、仲間のアカゲザルの声を聞かせた場合のみ、脳のある部分が活性化する。そして、その部分は、人間の脳のブローカ中枢とウェルニッケ中枢と呼ばれる部分に対応している。ブローカ中枢、ウェルニッケ中枢は、そこに障害が起こると失語症を発症する「言語中枢」である。つまり、今回の実験結果は、アカゲザルの脳にもその種族が発する音声を処理することに特化した領域が存在する、ということを示したわけである。

人間の言語能力を解明する言語学である生成文法(ほかにも、いろいろな種類の言語学が存在する。言語の時代的な変化を観察したり、言語と社会や権力との関係を記述したりする言語学など)は、認知心理学の一分野で、究極的には脳科学によって解明されるとチョムスキーは述べるが、今回の結果は、サルにも言語中枢があること、したがって、人間を種として特徴づけるためには、ヒトにもサルにも共通に存在する言語中枢の、より詳細な組成の解明が必要であることを明らかにしたことになる。

最近書いた関係のある記事:

2006年 7月 27日 午前 12:03 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.07.26

マクドナルドでお食事を

Victory as fast food giant pledges to help protect the Amazon ― グリーンピースの報道発表。環境団体の働きかけによって、外食産業大手のマクドナルド社がアマゾン川流域の森林破壊防止策に同意したと伝えている。

アマゾンの熱帯雨林は、開墾されて鶏の飼料の大豆を栽培する場にされつつあったが、大豆卸売り大手5社がアマゾン川流域からの買い付けを2年間凍結したのに続き、マクドナルド社が熱帯雨林破壊が懸念される地域産の鶏肉の買い取りをやめることを発表した。記事はまた、同じく外食産業大手の KFC は依然として交渉にすら応じていないと伝えている。

私は食い意地が張っている上に意志が弱いので、食べ物関係のボイコットとかにはあまり積極的ではないのだけれど、環境保護の市民運動が着実に成果を上げているのを見て、ちょっと見習わなくてはと反省中です。

2006年 7月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.25

ドイツで全面禁煙の動き

German Minister Wants Public Smoking Ban in 2007 ― ドイツで、公共の場所での喫煙を来年(2007年)中に法律によって禁止するという案を Horst Seehofer 消費者問題大臣が示唆したが、バーやレストランを規制の対象から外す可能性に言及したため、反発が強まっている。法案は秋の議会で審議される見込み。

野党からは、政府がタバコの広告禁止にすら手をつけていないことに批判の声があがっており、また医師会は、レストラン、パブなどに喫煙禁止をひろげないのは「中途半端」であるとの声明を発表した。EU加盟国で公共の場所で喫煙が許されている国はどんどん減っているところなのだそうである。

私の知り合いにも喫煙者が何人かいる。彼ら彼女たちを見れば、やめろと言われてすぐやめられるものではないのは分かるので、どこもここも禁煙ですと指定しさえすればいいわけではないとは思うが、もっと禁煙の場所が増えればいいな、というのが正直なところ。

2006年 7月 25日 午前 12:20 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.24

レバノン情勢に関する要請文案

レバノンの新聞 The Daily Star が掲載している、各国の国会議員等にあてた要請文の文案を訳してみた。

(名前を入れる)様、

レバノンで起こっていることについて、お便りしています。今日、私たちはますますグローバル化していく世界に暮らしています。ですから、イスラエル寄りに偏向した報道がなされているにもかかわらず、私たちは中東でどのようなことが起こっているかを知ることができます。

イスラエルはレバノンを、そしてレバノンが過去16年間にわたって築いてきた経済を破壊しつつあります。その前には、ガザの人々への威嚇と破壊がありました。イスラエルは子どもを、女性を、罪のない市民を殺しつつあります。イスラエルは1948年の建国以来、人々を家から追い出してきました。2006年7月12日以降、わずか6日間で70,000人のレバノン人が家を追われました。イスラエルはまた、レバノンの人々の家を、道や橋、空港、港、幹線道路、発電所や通信機関などのインフラを砲撃しています。内戦後、レバノンが復興できたのは海外からの支援があったからだと言われています。これらの建設には、私たちの税を財源とした資金援助もあてられていたのではないでしょうか。イスラエルは、それを、レバノン全土を、また壊そうとしているのです。彼らにそのようなことをする権利はありません。イスラエルの人々が20世紀の前半に苦しんだ連帯責任による罰と同じこと、あるいはもっとひどいことを、イスラエルは行なおうとしています。

私たちはいつも、民主的な国、自由な世界、言論や表現の自由が保障された社会に暮らしていることを喜ばねばならないと教えられてきました。また、私たちの政府は、私たちを守るためにテロとの戦いを行なっているのだとも言われてきました。しかし、今日、私たちは、国家によって行なわれるこのような、無制限で度を越した軍事力によって行なわれる暴力は、むしろ人々の怒りをかき立て、列車や超高層ビルでの自爆テロによって自分たちを苛む不正義に人々の注意を向けようとする人たちを生み出しているのではないかと考えざるを得ません。

私たち自身の安全への懸念や私たち一人ひとりの表現の自由が社会を変え、よりよくしていく民主社会に私たちが住んでいることに基づき、私たちは以下の点について要請いたします。

外交努力によって:

  1. イスラエルによるレバノンとガザへの攻撃を中止させること。
  2. 国連安保理を即時開催し、国連憲章第7条に基づいてイスラエルの攻撃を非難しイスラエルに制裁を加え、今後、このような攻撃が繰り返されないようにすること。国際社会は、他の好戦的な国家とは異なる扱いをイスラエルに対して行なうことによって、繰り返しこのような暴力が展開されることを許してきました。10年前、イスラエルはレバノン南部の国連基地でカナの虐殺を起こしました。カナ、ジェニン、サブラ、シャティーラなどでの不法な行為の罪を問われずにきたため、イスラエルは2006年に、以前と同じ「自衛のため」「テロとの戦い」等の言い訳を用いて、ガザとレバノンにおいて大規模なジェノサイドを行なっています。しかし、子どもや罪のない人々の殺戮は、それが意図されたものでないとしたら、決して自衛やテロとの戦いとは呼べるものではありません。イスラエルは、サダム・フセインがクウェートに侵攻した際に受けたのと同じ扱いを受けるべきです。もしそのように扱われなかったならば、私たち日本の市民は、なぜ違った扱いがなされるのかについて納得のいく説明を求めます。私たちの国は、国連に負担金を支払っています。それは私たちの税から出ているお金のはずです。私たちは、自分たちの払ったお金がどのように有効に使われているかを知る権利を持っています。いかなる国も、他の国と違って人々を殺す特権を持つべきではありません。国連はまた、その憲章の冒頭にある「平和と安全を守るため」に働かなくてはなりません。
  3. 国連その他の方法を用いて、2006年7月12日以降にイスラエルが起こした破壊に対して補償を行なうことをイスラエルに迫ること。
私はこの国の市民として、そして市民一人ひとりの投票によって政策が決まるとされる自由世界の市民として、この要請を考慮し、行動に移していただくようお願いします。政治家と市民が力を合わせることによって、すべての人に対してよりよい世界を作ることができるはずです。

どうかよろしくお願いします。

経済制裁の発動については、私の主張とちょっと違うのだが、そのまま訳しておいた。まあ、ミサイルの発射実験をやっただけで経済制裁をしてもいいと言うのなら、実際に爆撃や侵攻を行なって何百人も殺傷している国に対して経済制裁をしないほうがおかしいとは私も思う。

2006年 7月 24日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2006.07.23

ラオスの国道

ラオスの国営通信社 Khaosan Pathet Lao のサイトを見ていたら、日本の資金援助で国道9号線のサバンナケットからベトナム国境のラオバオまでの区間が開通したという記事があった: "Road No 9 completed thanks to Japanese grant aid" (あまり長い間有効なリンクとは思えないファイル名がついている)。

とてもめでたい話だと思うのだが、読んでいて目を疑った。援助額が60ドルって書いてある。60ドルって、7,000円ですか?

KPLの記事のスクリーン・キャプチャ

いくら日本がケチだと言っても、これはないよね。ずいぶんとひどい誤記だ。外務省のページを見ると、なぜか3年近く前の数字しか出ていないのだけれど、2003年度の無償資金協力は41.11億円と書いてある。

2006年 7月 23日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.07.22

クルディスタン遥かなり

Arabic-Kurdish Language DivideElectronic Iraq 経由で眼に留まった、Institute for War and Pearce Reporting の記事。イラクにおけるクルド語使用の現状が記されています。

イラク北部のクルド語の話される地域は、フセイン政権下で迫害を受けてきましたが、1991年以来、自治に準ずる扱いがなされており、イラク軍に徴兵された場合にアラビア語を学ぶ必要が生じたぐらいで、あとは、地方行政等はすべてクルド語で行なわれてきました。そのため、現在でもアラビア語を解するクルド人は少なく、またクルド語を話すアラブ系住民も非常に少ないようです。現行憲法ではアラビア語とクルド語が公用語と定められており、クルディスタン選出の国会議員は議場ではクルド語で話し、通訳が付きます。このように、言語的には全くの分離状態にあるわけですが、NGO関係者などの間で、お互いの言語を学び合って交流を目指そうとする動きがあることを紹介して記事は終わっています。

私の中には漠然と、異民族による支配(占領、植民地化など)は、かつての日本とかソ連のように言語の押しつけを伴うのが普通のような印象があって、クルド語話者たちもアラビア語を話すことを強制されているのではないかと思っていたのですが、違うようです。

一方、イラク同様、多くのクルド系住民が暮らすトルコでは、現在でも、クルド人のアイデンティティの否定が続いているようです(KurdishMedia.com の最近の記事)。トルコの憲法では、第3条で唯一の公用語がトルコ語であることが定められており、第42条で、それ以外の言語を「母語として教育機関で教えること」を禁止しています。また、政党法で、政治的な言論におけるトルコ語以外の言語の使用が刑罰の対象となることが記されているそうです。

(ちなみに、3年ほど前にイスタンブールに行った際、本屋さんの外国語コーナーにクルド語の入門書が置かれているのを見ました。たぶん、クルド語による出版までは禁止されていないのだろうと思います。)

クルド語の話されている地域を示す地図にリンクを貼ります。

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2006年 7月 22日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.21

恐竜はなぜ絶滅したか

東京の真ん中で生まれ育ったので、私はあまり植物とか昆虫とかのことを知りません。ましてや、恐竜なんて見たことがありません(ボケをかましてます)。恐竜はジュラ紀に全盛で、その後に絶滅したと聞いていますが、じゃあ、ジュラ紀っていつなのと聞かれても分かりません(無知。恥)。いずれにせよ、地球上の生物種の多くが絶滅した時期があったみたいですね。それが隕石によるとか、火山の噴火によるとか、いろいろな説はあるみたいですが。

現代もまた、生物多様性が急激に貧弱になった時期として、歴史に残るのだそうです。もちろん、その歴史を語るのは、何千万年も後になって、ヒト以外の種の生物なのかもしれませんが。「当時、全盛を極めたホモ・サピエンスが、化石燃料を掘り尽くし、その燃焼により大気中の二酸化炭素濃度を上昇させ、気候の変動を招いたのが原因と見られる」とか、ゴキブリの子孫が学会発表しているところが目に浮かびます。昆虫は複眼なので、それを満足させるような視覚的効果を含むプレゼンを作るのが大変だったりするかも。手足も人間より多いので、作業効率はよかったりするのかもしれません。いったい何のこっちゃ。

英ガーディアン紙の "Earth facing 'catastrophic' loss of species" という記事を読んで、そんな遠い未来を想い描いてしまいました。いずれにせよ、世界史どころか地球史、宇宙史に残る時代に立ち会った私たちは幸せ…なわけはありませんね。護ろう、自然。尊ぼう、生物多様性。

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2006年 7月 21日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.20

夢か現か

子どものころ、自分が知覚している世界は現実のものではなく、だれかの見ている夢なのかもしれないと考えたことがある。その人が眠りから覚めたら、私も私を取り巻くすべても忽然と消えてしまうのかもしれないと思った。歳をとり、現実の重みを感じることを重ねたからか、そのように考えることは久しくなくなっていたのだけれど、ある本を読んでいて、急にまたその感覚にとらわれた。

 昼食を終えるころ、突然食堂に自動小銃を構えたイスラエル軍兵士がドヤドヤと入ってきた。そしてその後に胸をはだけたシャツと大きな尻をスラックスに包んだ男が続いていた。シャロンだった。側近と昼食を食べにきたものらしい。
 シャロンは昼食をあわただしくとった後、われわれ外人記者を前に即席の会見を行った。
 ――西ベイルートに突入するのか。
 シャロンは質問をはぐらかすように言った。
「今回の戦争はすべてテロリスト側に責任がある。彼らはいますぐ武器を放棄しなければならない。テロリストがそうしない限り、わが軍の攻撃は続くのだ」
 ――民間居住区へ無差別攻撃しているが。
「民間人への攻撃はやっていない。仮に民間人に犠牲者が出ているとすれば、それは不幸なミスによるものだ。それもテロリストに責任がある」

共同通信社のベイルート特派員だった佐々木伸さんによる『 レバノン戦争―アラファトの90日』の一節。アブニダルによる駐英大使狙撃事件への報復としてイスラエルがレバノンに侵攻した1982年の夏のドキュメンタリーだ。シャロンとは、もちろん、このレバノン侵攻の直後にベイルート近郊のパレスチナ難民キャンプで大虐殺を行なった、そして後にイスラエル首相となった、アリエル・シャロンに他ならない。

私たちの世界に起こっていること、とりわけ今イスラエルが行なっているレバノン侵攻は、もしかして、昏睡するアリエル・シャロンの微かな脳波が映し出す幻影なのではあるまいか?

テロリストへの報復だの、付帯的損害は意図していないだの、あの日のシャロンと同じ説明を私たちは聞かされているではないか。それらはすべて彼の寝言ではないのだろうか。

いや、しかし、これは夢ではなく、私たちは幻ではない。数々の痛みや悲しみや喜びを通して、私たちは自分たちが現実に生きていることを知っている。そして私たちは私たちの力で歴史を動かしていくのだ。

1982年の戦争でイスラエルは2万人ものレバノン住民を殺害したが、2006年の私たちはそのようなことが起こることを許さない。イスラエル兵に踏み荒らされたレバノン南部の地で、その憎しみを凝固させて(今回イスラエルが攻撃対象として名指ししている)ヒズボラは生まれたが、私たちは、そのような暴力の連鎖が繰り返されることを防ぐために努力を惜しまないだろう。もし私たちがそのような意志を持ち得ないのであれば、それは、私たち自身が惰眠を貪っていることを意味する。

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2006年 7月 20日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.19

高等教育とジェンダー

American Council on Education が 2003-04 年度のデータをもとに、アメリカの高等教育機関における人口統計的な分析を発表した。

報道発表の力点はジェンダー別(性的役割というより、生物学的な性で分けているような気がするが、元の記事に従う)の分析に置かれているが、大学進学率の格差等を生じさせている最大の要因は所得と人種である。学部卒業率を比べると、アフリカン・アメリカンやヒスパニックと白人の間の差は1960年代、70年代よりも拡大したとある。具体的な数値はあげられていない。

学生数では、1995-96年度の調査に比べ女性が2%ほど上昇し、57%を占める。低所得層での女性の進学率上昇が甚だしい。また、全体の40%を占める25歳以上の学生層では、女性の比率は60%以上に達している。24歳以下の学生層では、特に白人およびヒスパニックの低所得層で男性の比率が落ちている。黒人では男性の比率率が上昇している。学部卒業者数に占める有色人種(people of color)女性の比率は30年前に比べ3倍になったが、男性の比率の伸びは2倍未満である。

この調査については新聞報道で知ったのだが、そこでは、成績優秀者に占める女性の割合も増えていると伝えられていた。

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2006年 7月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.18

アクバル・ガンジさんのインタビュー

イランのジャーナリスト Akbar Ganji さんが、現在アメリカを訪れている。アメリカ東部時間の17日夜に、National Press Club でその勇気ある言論に対する表彰(John Aubuchon Freedom of the Press Award)を受ける。ガンジさんについては、ちょうど一年前、彼が当局によって拘束されていた時にこのブログにも書いた。今回も、帰国すれば、拘束が待ち受けているものと思われる。

ガンジさんは、APとのインタビューで、「イランの体制は望ましいものではないが、それは私たち自身の問題だ」と語り、国外の権力によるいかなる介入も、国内の反体制派がそれらと結託して政権転覆を企んでいるという疑惑の目をもたらし、反体制派弾圧の口実を与えることになると警告している。軍事的な介入によって隣国イラクの政権が転覆されたこともイランの民主勢力にはよい効果を与えなかったと言う。

石油産出国は、課税によって国を支える必要がない、つまり「国民を必要としていない」ので、政権は国民に対して説明責任を果たす必要がない。そのことが民主主義が根付くことの障害になっている、ともガンジさんは述べている。この部分は、読んでいて、正直、かなり気が滅入った。

ニューズウィークのサイトにも、かなり詳しいインタビューが掲載されている。軍事力によってイランに平和と民主主義をもたらすことはできず、軍事攻撃は政権を破壊するのではなく国自体を破壊してしまうだろうと主張している。また、経済制裁も、国民を困窮させるだけで政権を苦しめる事にはならないと述べている。イランの市民は体制の変革を望んではいるが、傀儡政権が取って代わることを望んでいるわけではない、という言葉もある。

ガンジさんの主張には、イランについてだけでなく普遍的な指針として私たちが学ぶべき事柄が多く含まれているように思う。もっと具体的に言えば、北朝鮮をめぐって好戦的な言論を行なう人たちに、ぜひ彼の語る言葉に耳を傾けてほしいと思う。

ガンジさんが続けているハンストによる抗議行動の目的としてイランの当局により不当に拘束されている三人の名前が出ている。一人は、以前このブログでも取り上げた Ramin Jahanbegloo さん。あとの二人は、労働運動の Masoud Ossanloo さんと学生運動の Akbar Moussavi Khoeini さんである。名前を覚えておこう。

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2006年 7月 18日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.07.17

ベイルートの大学で

学生、教職員、父母のみなさまへの学長からのメッセージ

2006年7月14日

現在の状況について、当大学の関係者のみなさんも大いに心配なさっていることと思います。当大学は、学生や教職員の安全を第一に考えています。特に留学生を含む学生のご両親、ご家族、友人たちのみなさんに、当大学のキャンパスは無事で、被害も受けていないことをお伝えしたいと思います。私は昨日、夏期講座を受講している学生たちと懇談し、できるだけ大学から離れないようにと伝えました。キャンパス外に住んでいる学生たちに対しては、一時的に構内の寮に移るよう強く促しました。留学生のみなさんは、最新の所在を国際課と自国の大使館に報告してください。

大学病院は正常に機能しています。大学構内の水や電気も問題ありません。大学執行部は、あらゆる状況に対応できるよう対策を練っています。軍部、各国大使館などとも必要に応じて連絡を取っています。

現時点では、夏期講座は開講を続けます。大学に来ることができない教職員のみなさんは、学科長、課長等に連絡を取ってください。出勤できない職員は休暇扱いとなります。

授業に出席できない学生のみなさんは、授業担当者と連絡を取り、できるだけ代替措置に関する指示を受けてください。

今後、状況がどのように進展するかは不透明です。今のところ、大学の業務はすべて平常通り行なう予定ですが、常に状況を検討し、変更があれば、みなさんにすぐお伝えします。

と、ベイルートのある大学のサイトに書かれていた。

イスラエルの攻撃にさらされているレバノンの人たちの無事を祈る。

24時間銃弾が降り注いでいるような、ひたすら諦めるしかない戦争状態でもなく、私たちが今、享受しているような全面的な平和でもない状況に置かれたら、自分はどのように適度な心の平安と、必要な緊張を保っていけるのかと考えると、はなはだ心許ない。レバノンの人たち、パレスチナの人たち、そしてイスラエルにもいるはずの心ある人たち、がんばれ。

今、とまどっている人たちのことを考えようと目に留めた文章なのだけど、大学に勤める私には、いつか自分自身がこのような文章を読んだり書いたりする立場に立たされることがあるような気がしてならない。

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2006年 7月 17日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.16

ノリ・メ・タンヘレ

フィリピンの国民的な英雄ホセ・リサール(Jose Rizal)の Noli Me Tangere を読みました。スペインによる苛酷な植民地支配に抵抗し1887年に出版された小説です。著者のリサールは反逆罪で1896年に処刑されています。『ノリ・メ・タンヘレ』は1976年に邦訳が出たようですが、残念ながら現在では入手できなくなっています(一昨日も似たようなことを書いたような)。

第一章の前に「我が祖国のために」と題する献辞が置かれていて、そこには、祖国フィリピンのことを語るたびに痛ましい思いが胸に溢れること、忠実に悲惨な現状を記せば、それが多くの人の眼に留まり、その“病状”を見た者それぞれが何かの行動を起こすことが期待できるのではないかというリサールの思いが綴られています。その思いそのままに、『ノリ・メ・タンヘレ』には、フィリピン人(インディオ)を人とも思わぬ扱いをする植民者たちの非人道性や、絶大な権力として君臨するカトリック教会の聖職者たちの腐敗が嫌と言うほどの強さで描かれています。

題名の "Noli Me Tangere" という言葉は、ラテン語で「我に触るなかれ」という意味で、ヨハネによる福音書20章から取られたものです。振り向いて、自分に語りかけているのが復活したイエスであることに気づいたマグダラのマリアに対し、イエスが言う言葉です(新共同訳では「わたしにすがりつくのはよしなさい」)。小説の中には、この言葉は出てきません。題名にこの言葉が選ばれたのは、傷のまだ癒えないイエスに満身創痍の祖国の姿を重ね合わせているのであるとか、宗主国スペインに「手を離せ」と要求しているのであるとか言われるようです。そもそも、聖書の中の言葉としても、その解釈にはさまざまな提案がなされていて、神学上の議論となっているとのこと。最近もフィリピンの新聞に、主人公の名前(Juan Crisostomo Ibarra)が4世紀の聖人St. John Chrysostomから取られているのだから、「イエスは、自分が今までの自分ではなく、より聖なる状態になったので、今までのようにあなたは私に触るべきではないと言っている」というクリュソストモスによる解釈、つまり、新たなリスペクトを求めるという意味でこのタイトルが付けられたのではないかという意見が載っていました。私はもっと単純に、脱獄した主人公は当局によって射殺されたと世間では言われているものの、実は“復活”してレジスタンスに身を投じているのである、ということをほのめかしているのかな、と思いながら読み終わりました。

この記事冒頭に掲げたアマゾンへのリンクですが、1,664円ですね。私は京都河原町のジュンク堂で買ったのですが、2,184円でした。くやしいなあ。もちろん、節約のためには、Project Gutenberg の電子テキスト(別の英訳)がお勧めです。最初の5分の1ぐらいは、とてつもなくつまらないので、適当に飛ばしながら読むのをお勧めします。中盤に差し掛かると、いろいろと展開が速くなってきて楽しくなります。

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2006年 7月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.15

フーダとアベール

Hoda and Abeer ― エジプトのアル・アフラム誌に掲載されたHassan Nafaaさん(カイロ大学政治学教授)のコラム。ガザの海岸でイスラエル軍に家族を目の前で射殺された12歳のフーダ・ガリアさん(ナブルス通信の記事)、バグダッドの南30キロのマフムディヤで仲間を殺されたアメリカ兵5人に復讐として強姦され殺害された14歳のアベール・カッサム・ハムザさん(事件が起こったのは今年の3月。今月になって明るみに出た)の例をあげ、これらが逸脱的なのではなく、イスラエルとアメリカが組織的に恐怖を通じて占領地の住民に支配の現実を受け入れさせようとしていることの結果なのだと論じている。執拗に続く抵抗運動に対して社会全体に責任を負わせて罰したり、パレスチナ人やイラク人を人間としてでなく障害物として見る姿勢にもナファーさんは異議を唱えている。しかし、それらの異議はイスラエルとアメリカだけに向けられるべきではなく、アメリカの政策を表だって批判しないアラブ諸国の政府にも責任の一端があるというのがナファーさんの意見だ。

イラクの占領の中で女性が以前よりも強く暴力の標的とされてきていることについては、Ruth RosenさんもMother Jones誌のサイトの最近の記事で取り上げている。

これらの著者が意図する事柄ではないけれど、私は以下のようなことを考えた。

湾岸戦争以来、戦争がハイテク化して軍事的な標的だけを正確に攻撃するような「きれいな戦争」になりました、みたいな宣伝が繰り返し行なわれてきたが、それは嘘っぱちであること。今どきの戦争も、昔の戦争と全く変わらず、戦争を望んだわけではない多くの人々を巻き込むのだ。

この六十数年間で、人間の道徳は全く向上しなかった。二十世紀前半に(日本だけを取り立てて悪し様に言うつもりはないが、一番身近な例としてあげれば)日本が近隣の国々を侵略し、その人々に対して行なった略奪や蹂躙や殺戮と同じことは、今どきの戦争でも行なわれている。

個人の憎悪や欲望を調整するシステムとしての「国家」は、その役割が最も期待される戦時に、全く役に立たない。自爆テロなり誘拐なりの加害者本人に対して向けられた憎しみは、国家(や、その軍隊)というプロセスに組み込まれると、より客観的で妥当な価値観によって、より建設的なベクトルに変換されないばかりか、むしろ、加害者の属する社会と被害者の属する社会の間の問題として肥大化してしまい、それは更なる暴力を生み出す悪循環を形成する。

この最後の点は、体制を問わず、国家への従順さを養おうとする教育目標の危うさを私たちに意識化せずにはおかないように思う。

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2006年 7月 15日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.14

ビアフラふたたび

Dream of free Biafra revives in southeast Nigeria ― Reuters で配信された Estelle Shirbon さんによるナイジェリアからの報告。1960年代の終わりに苛酷な内戦により分離独立を断念させられたビアフラ地方で、連邦政府によって冷遇されていると感じているイボ族の若者たちの間で分離独立運動 MASSOB の支持が高まっていることを伝えるほか、兵士として内戦を経験した老人たちにインタビューするなど、比較的落ち着いた内容です。

しかし、この記事が書かれた Anambra 州 Onitsha(首都アブジャの南、約300km)では、MASSOB の支持者たちを「見つけ次第、射殺」する方針を軍がとっていて、これは「新たなジェノサイドの始まりである」と訴える報道もあり(Center for World Indigenous Studies の6月29日付け記事)、注視が必要なように思われます。

一年ほど前にビアフラに関する記事を書いた後で、ビアフラ出身の作家チヌア・アチェベの Things Fall Apart を読みました。ナイジェリアの独立前の1959年に出版された作品。19世紀終わりから20世紀初頭にかけての、イギリスによる植民地化の過程に翻弄される家族の姿を描いた非常に優れた小説です。『崩れゆく絆』という邦題で1977年に日本でも翻訳出版されたようですが、残念ながら絶版です。

本題とあまり関係ないのですが、この Things Fall Apart の第17章に、村人がどんどんキリスト教に改宗すると、自分もこれから入るはずの先祖たちの墓で供養をしてくれる人がいなくなってしまい、死後の世界で先祖たちとともに途方に暮れる自分の姿を想像して、息子のキリスト教改宗に反対する父親の話があります。私はこれを読んで、「靖国じゃなきゃだめなの!」みたいなことを言う人の気持ちが初めて少し分かったような気がしました。

ビアフラ内戦を描いた Chinua Achebe の短い詩 "Refugee Mother and Child" も、お勧めです。この詩を含むいくつかの作品を Random House 社のページで読むことができます。

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2006年 7月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.11

休刊日

もうすぐココログの管理サーバが48時間のメンテナンスに入るそうです。ということで、12日と13日はお休みにしようと思います(読む人も少ないのに、何を律儀にこんなことを書いているのでしょう、私)。コメントやトラックバックもできない状態になるようです。

ニフティの発表では、「現在のココログは約1,000万件の記事数やそれに付随するコメント・トラックバックなどの膨大なデータが存在しています。メンテナンス中にその全データをチェックし、変更が必要なデータの修正を行いますが、自動化できない部分は全て手作業での修正が必要となります」と書いてあります。手作業って、大変そう。担当者のみなさん、がんばってください。

2006年 7月 11日 午後 01:33 | | コメント (0) | トラックバック (0)

歴史教科書

Joint German-French History Book a History-Maker Itself ― ドイツとフランスの研究者たちの共同編集による歴史教科書が10日、発売になった。Histoire/Geschichte という本だ(ドイツ側出版社のページフランス側出版社のページ)。夏休み明けから両国の高校で実際に使われる。

アメリカの覇権や共産主義の評価などの歴史認識で合意に至らなかった点は、包み隠さず説明がなされていると記事は伝えている。両国版で共通の部分は80%とも。教科書に情報を詰め込むのか、オープンエンドな提示をするのかなどでも意見が割れ、編集の過程は大変だったらしい。

今回出版されたのは、「1945年以降のヨーロッパと世界」という副題が示すとおり、第二次世界大戦後の現代史の部分だ。1814年のウィーン会議から第二次世界大戦の終わりまでの部分は、2007年から2008年にかけて出版され、古代からナポレオンまでの部分がその翌年に出版が予定されている。

フランス、ドイツ両国の友好がより強固なものになることを祈る。

韓国の本屋

写真は、出張先のソウルの書店に並んでいた『吾輩は猫である』の韓国語版です。ふだん、日本の書店で韓国や中国を揶揄したりする本があまりにも多いのにうんざりしていて、韓国がその裏返しだったら嫌だなあと思いながら行ったのですが、「反日」な本はさほど多くは見られませんでした(全くないわけではない)。どう考えても、日本の一部の歪んだ人たちは異常。あの驚異的な執念や持て余していると思われる時間を、何か生産的な力に変えられないものでしょうかね。

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2006年 7月 11日 午前 12:02 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.07.10

イスラエルの友

Author Mario Vargas Llosa: I'm ashamed to be Israel's friend ― スペインで開かれている Fundación Internacional Para la Libertad のフォーラムで、ペルー出身の作家、マリオ・バルガス・リョサが「私は自分がイスラエルの友人であることを恥ずかしく思う」と語った。「常軌を逸した」ガザ侵攻に対して抗議を表わしたもの。イスラエルのハアレツ紙に掲載された Gideon Levy さんの記事。

バルガス・リョサさんのパレスチナ訪問記については、昨年10月に触れた。記事によれば、この訪問記などを集めたエッセイ集が Israel, palestina: Paz O Guerra Santa(イスラエルとパレスチナ:平和か聖戦か)として、今年になって刊行されたらしい。

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2006年 7月 10日 午前 12:35 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.09

期末試験の季節

At Baghdad University, Finals Not the Hardest Test ― 以前にも何回か取り上げた話題。イラクの大学の現状について。期末試験の季節を迎えたバグダッド大学の構内は、厚い壁に囲まれて概ね平穏であるが、寮の近くなどでは発砲騒ぎなどが起こり、学生が試験勉強に集中できるような状態ではない。教員も、暗殺予告のような脅迫を受けたり、民兵組織を恐れて、それらとつながりのある学生に甘い成績を付けたりしている。

国家による統制がなくなったという意味で、フセイン政権下とは異なり、言論の自由が保障されたと言うことができるかもしれないが、それは理念上のものであって、現実には、学ぶための環境は明らかに後退しているようである。フセイン政権の崩壊から3年。武力によって平和や民主主義をもたらそうという話に懐疑的であった人たちがみな恐れていたとおりになってしまい、戦争を望んだ者たちは見て見ぬふりを続けている。世界の他の地域で、同じような手法をとろうとする者たちは、学ぶことを知らない愚か者である。

2006年 7月 9日 午前 12:48 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.08

“今日が私の最後の日?”

"Will this day be my last?" The death penalty in Japan ― アムネスティ・インターナショナルが7日付けで公表した日本の死刑制度の実態報告。アムネスティ日本のサイトに報道資料がある。

ざっと流し読みしただけだが、日本での“死刑”をめぐるさまざまな問題が包括的に、かつ分かりやすく論じられていて、かなり読み応えがある。処刑をめぐる秘密主義、長期の拘束による死刑囚の老齢化、心身障害者の処刑、医療関係者の関与、死刑房の状態、自白の強制による冤罪の危険、代用監獄制度、弁護士との接触の制限などを論じた上で、死刑の廃止に向けて踏み出すように求めている。

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2006年 7月 8日 午前 01:01 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.07.07

出かける前に…

Chronicle of a war foretold ― キューバの国営通信社 Gramma に出ていた国会議長 Ricardo Alarcon de Quesada さんの論評です。アメリカ国務省が2004年5月20日と2006年6月20日に、キューバ侵攻の計画書を発表していて、それらを批判する、という話なのですが、国務省のサイトから当該の文書を探す時間がなくて、今日は記事が書けませんでした。

…とだけ書いてお茶を濁す作戦。今日、明日、明後日と出張なのです。更新がなくてもご心配なく。一応、パソコンは持って行くのですが、つながるかどうか。では、いんしゃら。

2006年 7月 7日 午前 09:14 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.06

アテネの蚊

ギリシャのアテネで、今までの蚊を遥かに上回る能力を持つ新種が見つかった。AFP電。人口が密集し、環境の悪いアテネで変異して生まれたらしい。

記事をもとに従来の蚊とこの「スーパー・蚊」の能力の比較表を作ってみた。

従来種超・蚊
血を嗅ぎつける嗅覚15mから20m25mから30m
視覚色を識別しない色を識別する
羽ばたき回数毎秒350回毎秒500回
体重従来種より平均0.3マイクログラム重い
殺虫剤への耐性ないある

アテネ近郊 Salonika(Thessaloniki)市にある Aristoteleio University の調査をギリシャの新聞タ・ネア紙が4日付けで報じたもの。残念ながら、記事は確認できなかった。

私は、テポドンよりこっちのほうが怖い。

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2006年 7月 6日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.07.05

アファーマティブ・アクション

Law Needed to Get Private Firms to Hire Dalits ― Inter Press Service 配信の Paranjoy Guha Thakurta による論評。

1991年以降、「小さな政府」路線を歩んできたインドでは、公共セクターで保障されていた最下層不可触民ダリットの雇用機会も減少した。それによって再拡大した不均衡を是正するために、民間企業でもダリットの雇用を法的に義務づけるという案を国民会議派などによる連立政権が検討している。法制化の先鋒に立っているのは Meira Kumar 社会正義・授力担当大臣である。政府の諮問機関が、民間企業の自発的な取り組みには期待できないとの答申を出したため、法制化の動きが急速に高まってきた。

5月に大きな話題となっていた大学での指定枠制度は、OBCと呼ばれる(中間的な)下層カーストを対象としていたものであるが、今回の雇用機会均等法制化はダリットを対象としたものである。経済界からは反対の声が強いが、人口の17%を占めるダリットの“票田”を狙い、法案には野党も賛成するのではないかと考えられている。

経済界からは指定枠制度は企業の国際的な競争力を削ぐといった意見が相次いでいるようである。新自由主義的な政策を推し進めてきたかつての与党(現在の野党)関係者ですら、「自由化は人口の5%にしか利益をもたらさなかった」と語っているのにも関わらず、である。それに対し、被差別カーストの指定枠制度は、現在の不公正を糾すものではあるが、過去の不正義を贖うものではない、という至極真っ当な意見が大学認可団体の代表の言葉として紹介されていた。同じ教育にたずさわる者として、私にはそれが少しばかりうらやましく思えた。

ところで、前回、インドの不可触民について取り上げた後で、私が親近感を懐いているあるブロガーが熱心な仏教徒であるのを知ったこともあり、アンベードカルの「ブッダとそのダンマ」という本を読みました。仏教の入門書を読むのは初めてだったのですが、とてもすーっと頭に入っていく感じでした。お勧めします。でも、私は煩悩が多すぎて、たぶん宗教に帰依することはないだろうなあ、と思ったりしました。救われない人間だ。

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2006年 7月 5日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.07.04

インドとネオリベ

Tomatoes Of Wrath ― Outlook誌の記事。インドではインフレが加速しているようです。ちょっと数字の読み方に自信がないのですが、卸売物価は6月に一週あたり(年率換算で?)5%程度上がったもよう。10年ものの国債の利回りは8.19%(もちろん借りるほうも上がっていて、住宅ローンとかも大変みたいです)。消費者物価も5月に6%上がったと書いてあるように思えます。

デリーの生鮮食料品の卸売価格の表が載っていました。この他にも、小麦や米も上がっています。

2005年6月2006年6月
トマト(1キロ)15-20ルピー(38-50円)40-45ルピー(100-113円)
じゃがいも(1キロ)10-12ルピー(25-30円)15-20ルピー(38-50円)
豆(1キロ)25-30ルピー(63-75円)48-50ルピー(120-125円)
トウガラシ(1キロ)20-25ルピー(50-63円)40ルピー(100円)

物によってはまだ日本より全然安いじゃないですか、と思ってしまいますが、日本と比べてもしょうがありませんね。とにかく、一年前に比べてものすごい上がりようなのは分かります。

野菜に関しては、高温や収穫時の多雨などによる不作が大きく影響しているようですが、石油高騰による輸送費の高騰がそれに追い打ちをかけているようです。穀類や豆類に関しては、近年に解禁された農作物の先物取引市場での投機的な動きによる値上がりが大きな要因になっていると記事は分析しています。また、大規模スーパーマーケット・チェーン(インドでは mandi と言うらしい)による直接買い付けなども関係しているようです。

さらに、経済の自由化によって、外国資本による大量買い付けなどに伴う大幅な価格変動が起こるようになったこと、農業の商業化によって、利ざやの大きい作物への転換が進んだことなどによって、「食べ物が安く手に入る、古き良き時代は終わった」と書かれています。

新自由主義(ネオリベ)で世界が壊されていくのの序曲、といったところでしょうか。本当に大丈夫でしょうかね、インドって人口が多いからなあ。

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2006年 7月 4日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.03

夏の雨

「頭上の天は赤銅となり、あなたの下の地は鉄となる。主はあなたの地の雨を埃とされ、天から砂粒を振らせて、あなたを滅ぼされる。… あなたの死体は、すべての空の鳥、地の獣の餌食となり、それを脅かして追い払う者もいない。」 ― 申命記 28

イスラエル国軍のガザ侵攻は「夏の雨作戦(Operation Summer Rain)」と名付けられたそうです。イスラエル国軍のウェブサイトにある特集ページ目次ヘブライ語のページと比べると、ヘブライ語は右から左に書くからか、トップの写真の戦車の向きが反対です。切り取り方や色あいが少し違いますが、背景の木の模様を見ると、同じ写真を裏焼きしただけみたいです。案外、手抜き。

建物にミサイルが命中する、かなり鮮明な動画がヘブライ語のページにはありますが、英語版はないみたいです。ちょっと気になります。

本来なら中立都市であったはずのエルサレムの月毎の降水量の表がありました。

Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec
140 110 116 17 6 0 0 0 0 11 68 129

夏は乾いているのですね。なら、夏の雨は、本来なら恵みの雨であったはずなのに。旧約聖書を「雨(rain)」で検索すると、けっこう怖ろしい情景も目に浮かんできます。

「硫黄の火を降らせ、これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした」 創世記 19

争いの時が、一刻も早く終わりを告げますように。連帯のために旗を掲げます。

パレスチナの旗

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2006年 7月 3日 午前 12:40 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.07.02

日米同盟と中東情勢

小泉首相は6月29日にアメリカのブッシュ大統領と首脳会談を行ない、「新世紀の日米同盟」と題された共同文書を発表した。この文書は人間の尊厳及び人権、民主主義、市場経済、法の支配を普遍的な価値観であるとし(私は、市場経済がこの箇条書きに加わることによって他の項目の崇高さが貶められたことを憂慮するが、今はそのことについては論じない)、「テロとの闘い」や北朝鮮のミサイル実験モラトリアム遵守、「イラン問題」などに言及している。この文書の発表に先立つこと一日余り前の6月27日に、イスラエルはガザ地区への軍事侵略を開始しているが、この文書には言及さえされていない。

また、日本政府は6月21日に、小泉首相が7月中旬のG8サミットに先立ち、イスラエルとパレスチナを訪問する意向であることを明らかにしたが、イスラエル軍のガザ侵攻を目の当たりにしても、今までのところ、訪問を中止する旨の発表はない。

イスラエルのガザ攻撃は、発電所を砲撃し、橋を破壊し、市民一般の生活の基盤を無化する、国家権力による無差別テロに他ならない。

私はここに、イスラエルに対してガザへの攻撃を即刻停止することを求めるとともに、イスラエルの国家テロに対して見て見ぬふりをする日米両政府の姿勢に強く抗議し、小泉首相のイスラエル訪問中止の即時表明を要求する。

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2006年 7月 2日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (2)

2006.07.01

ニューモント社関係の報道、2006年6月

このブログでは継続的に、ニューモント社による金採掘後の廃棄物投棄で引き起こされたインドネシア、スラウェシ島ブイヤット湾の公害の問題を扱っています(前回記事)。6月はほとんど報道が見当りませんでした。

ジャカルタ・ポスト紙では、21日にインドネシアの環境団体WALHIのRaja Siregarさんの発言が取り上げられたらしく、オンライン版では29日にそれに対するニューモント社の反論が掲載されていますが、元の記事は見当りません。ブイヤット周辺の水道の水質(特にヒ素の含有量)についての議論のようです。

月の初めに、"Newmont projects hinge on verdict" というダウ・ジョーンズの記事が配信されました。ニューモント社のインドネシア現地法人 PT Newmont Pacific Nusantara 社会長の Noke Kiroyan が、ニューモント社が今後もインドネシアに投資を行なうかどうかはブイヤット湾刑事裁判の結果にかかっていると発言したことを伝えるものです。キロヤンは、インドネシアに進出した鉱業企業が直面している社会問題は大企業が発展途上国で操業を開始した時に常に起こる一時的なものだとも語っています。記事はその後、PriceWaterHouseCoopers によるインドネシアの鉱業分野の近年の停滞を憂慮する分析を引用しています。この記事は、アメリカの経済界が一丸となってインドネシアに圧力をかけている図と見ることができるかもしれません。

27日にはインドネシア環境省が「インドネシアの環境の現状報告書2005年度版(Status Lingkungan Hidup Indonesia 2005)」を公表したようですが、環境省のサイトにはまだ掲載されていません。新聞報道によれば、報告書は65か所を環境が脅かされている地域として論じており、特に保護地区における資源採掘のための森林伐採が31,000ヘクタールにも及んでおり、違法な伐採と合わせ、森林の破壊が大きな問題となっているとしています(6月にスラウェシ島南部で起こった洪水なども、森林の破壊が原因だと考えられています)。また、1997年に制定された環境保護法が充分に施行されていないこと、環境の悪化に伴い、水道水への化学物質の混入などが相次いでいることが紹介されています。上で紹介したニューモント社側の主張とは裏腹に、同社や他の資源採掘企業が引き起こしている問題が一過性のものではないことは明らかなようです。

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2006年 7月 1日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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