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2006.06.30

プライドと壁

InterPrideというLGBTの国際的な団体がある。いろいろな都市でプライド・マーチなどのイベントを企画する団体の連合体のようなものだと思う。WorldPrideという世界大会のようなものも開いていて、今年はそれがイスラエルのエルサレムで開かれる予定になっている。

エルサレムは、1947年に国連によって国際都市(パレスチナを分割して樹立されるユダヤ人の国家にもアラブ人の国家にも属さない地域)に指定されたにも関わらず、イスラエル建国とともに西半分が、そして中東戦争の結果として1967年に東半分がイスラエルによって占領、併合されて今に至っている。ワールド・プライドを現地で主催するのは Jerusalem Open House という団体で、パレスチナのゲイ・コミュニティとの連帯も重んじていて、イベントのテーマも Love without Borders (国境なき愛)というものである。パレスチナに隔離壁が建設されている中、考えさせられることの多い言葉だ。実は、このイベントは昨年夏に予定されていたが、ガザからの撤退の時期と重なることを理由に延期されていたものらしい。

いくつかのLGBT団体が大会への参加ボイコットを呼びかけている(Boycott World Pride のサイト)。

市民の運動の常で、時間をかけて詳しく調べれば、それぞれの主張を行なっている団体の傾向とか人的構成とかがよりよく見えてきて、それによって各人が立場を決めることができる(あの団体、あの人といっしょは嫌だ、みたいな)のかもしれないが、緩やかにいろいろな人と連帯したいと考える普通の人は、こんな時、板挟みの居心地の悪さを味わうものだ。

プライドと壁の話そのものについて、私は語るべきことを持たない。他人事のように言うのはよくないかもしれないが、板挟みになれるのはいいことなのだ。拮抗する多様な価値観が認められているのだから。複層的なアイデンティティの確立が許されているのだから。すべてが例えば国家への忠誠心で測られるような社会は死ぬほど息苦しいものに違いない。

だから、私はことさらに愛国心ばかりを強調するような教育方針に反対する。私を形作っているものは「日本」だけではない。私が世に貢献できるのは、私が「日本人」だからではない。それは、今この国に生きているだれについても言えることだし、この国にこれから生まれてくるすべての子どもたちにもそうだ。

そういう話の流れで出てきた言葉ではないけれど、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』にこんな言葉があった(第5章第7節): Every Frenchman is different. But all actors the world over are similar - in Paris, Prague, or the back of beyond. 国籍とか民族とか宗教とかで括られるのは耐え難いことだ。日本でも。イスラエル、パレスチナでも。

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2006年 6月 30日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.29

猿の権利

Demanding rights for great apes ― スペインの国会で「類人猿の生きる権利と自由」が審議されるらしい。チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ボノボなどの類人猿を虐待、奴隷的搾取、拷問、絶滅などから守ることをスペイン政府に努力目標として提示する決議を行なうらしい。可決されれば、国家レベルで初の、人間以外の種族に対する権利保障の確立となるとのこと。

私は良くも悪くもヒューマニストなので、まず万人に対する基本的な人権の保障や平等が全世界的に確立されるべきだと考えるが、人間社会とて、地球の自然界の微妙なエコロジカルなバランスの上にその存在が確保されているのであるから、生物多様性の保持という課題を後回しにするべきではないという考えも理解できないでもない。類人猿の各種は、内戦や森林伐採などによって、危機に瀕しているのだから、時間的な猶予がさほどないことも分かる。

ただ、市場原理を振りかざして社会を統べようと考える人たちは、弱者の人権に冷たくあると同時に環境問題に無頓着であったりするので、そういう考えの人たちが幅を利かしている世の中で「人間に並び立つ者」の「権利」という形で問題を提起することが得策であるのかについては、甚だ不安に感じる。

この議決を推進している国際団体 Great Ape Project のサイトと、そのスペイン支部のサイトにリンクする。

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2006年 6月 29日 午前 12:17 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.28

英単語帳

Quarterly updates to OED Online ― Oxford English Dictionary に新規収録された単語リストの目次。三か月に一回の頻度で、アルファベット順にコツコツと新しい単語を拾う作業(ここ一年あまりは p で始まる単語)のほか、その地道な作業とは別に、一番旬な単語を収録する作業も行なわれているらしい。

一番旬と言っても、"counterterrorism"、"Google"(動詞用法、つまり「ググる」) みたいに、確かにこの数年のキーワードですね、というものから、"Macarena" (運動神経がなくても踊れるというふれ込みのダンス)ってもう死語じゃありませんか、というものまである。まさに一番ナウい語(笑ってね)というわけでもない。

この他、もっと古い用例があったら教えてくれというテレビでの訴え BBC Wordhunt appeal list (例えば、同性愛の意味での "gay" の用例は1935年までしか遡れていない)や、それに応えて視聴者からもっと古い用例が寄せられた語のリスト (例えば、「かっこいい」の意味での "cool" は1884年の用例が見つかったらしい)なども、見ていて楽しい。

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2006年 6月 28日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.27

ムミア通り

アメリカにムミア・アブ・ジャマール(Mumia Abu Jamal)という囚人がいる。ブラック・パンサーの党員で、ジャーナリストだったムミアは、1982年にフィラデルフィアで警官を射殺した容疑で死刑判決を受け、刑の執行を待つ身である。判決は人種差別的な陪審員や裁判官による不当なものだとして、彼の再審、釈放の運動がずっと続けられてきた。

去る4月末、パリ郊外の Saint-Denis で、ムミアに敬意を示して、一つの通りが rue Mumia Abu Jamal (ムミア通り)と名付けられた。フランコ独裁政権に対して戦ったスペインの共和主義者 Cristino Garcia の名前を冠され多様性に富んだ住民の暮らす地区にある通りだそうだ(Hactivist News Service の記事釈放運動サイトの記事)。記事によれば、ムミアはパリ市の名誉市民でもあるらしい。

これに対し、ペンシルバニア州議会は、命名をただちに撤回するように要求する議決を行なった。州議会上院の議決は、白人議員の賛成44票、黒人議員の反対4票という結果だったらしい(Philadelphia Inquirer の記事)。

ムミアの名前が外されるまで、パリへの旅行をボイコットしようという呼びかけもある。アメリカの現体制を支持し、人種差別、民族差別に問題を感じず、警察権力に絶大な信頼を寄せる人たちは、今年の夏、フランスに行かないほうがよいらしい。

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2006年 6月 27日 午前 12:11 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.26

死刑廃止と被害者の声

フィリピンが死刑制度を廃止した。Gloria Macapagal-Arroyo 大統領が24日、共和国法9346号に署名し、刑罰としての死刑を禁止したほか、既に言い渡された死刑判決を総て終身刑(reclusion perpetua)に変更した。共和国法9346号は同時に、終身刑受刑者が保釈の対象とならないことを定めている。

フィリピンでは、マルコス独裁政権が倒された後の1987年憲法のもとで死刑が廃止されていたが、1993年の法改正で殺人、誘拐、麻薬売買、レイプなどの凶悪犯罪に対して死罪が復活した。エストラーダ政権下でレイプ犯など7名が処刑されたが、その一人 Leo Echagaray さんが冤罪だったのではないかという声が高まり、2000年以降、死刑執行(致死薬物の注射による)が停止されてきた(The Daily Tribune の記事による)。

腐敗で不人気なアロヨ大統領がカトリック教会の支持を得るためにやったことだとか、反体制派の活動家やジャーナリストが軍部や警察に殺害され続けている中で死刑廃止とは説得力がないとか、反響はさまざまである(Inquirer の記事)。また、現在フィリピンでは22歳の女性(ニコルさん)をレイプした容疑でアメリカ兵4人に対する裁判が進行中である。

"Maggie: There’s no escaping law of karma" は、1967年に25歳の時、レイプされた女優 Maggie de la Riva さんに死刑廃止についての意見を聞いた記事だ。彼女をレイプした4人の男性は1972年に処刑(火焙りらしい)された。彼女は死刑廃止には特に強く賛成でも反対でもないという。死刑が妥当な罪人もいれば、死刑が妥当でない罪人もいる。もし罪人が悔悟し更正の道を歩むのであれば、死刑に処する必要はないだろうと語っている。デ・ラ・リバさんは、死刑が犯罪に対する抑止の効果を持つとし、自分を襲った犯人たちが死刑に処せられたことによって、犯人たちが出獄して再び彼女の前に現われる恐怖から逃れられたとしながらも、被害者が復讐のために犯人の死刑を望むのは間違っていると述べている。

犯罪の被害に遭われたかたが私のこの記事をお読みになった際、どのように感じられるか、はなはだ心許ないのだが、デ・ラ・リバさんの言葉を引用しよう:

「あなたに傷を負わせた者は、もうそのことを終わったことにしてしまっているのです。もうそのことを思い出したりもしないのかもしれない。なのに、あなたは憎しみの感情によって、その人に鎖で繋がれたようになってしまっている。もしあなたが許さなければ、苦しむのはあなたなのです。その人が赦しに値するから許すのではなく、あなた自身が心の平和を取り戻すために許すべきなのです。」

デ・ラ・リバさんはこのほかに、泣き寝入りせず、しっかりと正義を求めることの重要性を説いている。彼女がこれらの言葉を口にすることができるようになるには、長い長い時が必要であっただろうことを感じさせるインタビューだ。

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2006年 6月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.25

孤独な社会

Social Isolation in America: Changes in Core Discussion Networks over Two Decades ― アメリカ社会学会の学会誌 American Sociological Review の今月号に掲載された Miller McPhersonさん、Lynn Smith-Lovinさん、Matthew E. Brashearsさん共著の論文(学会員でなくても読むことができる)。ボストン・グローブ紙の記事を通じて知った。

「あなたには大切なことを話し合える人が何人いますか。どんな人ですか」という質問への答えをまとめたもの。1985年の数値と2004年の数値を比べている。「大切なことを話し合える間柄の人」のことを「親友」と呼ぶことにしよう。1985年の調査では、親友の数の平均値は2.94人であったが、2004年では2.08人と、かなりの減少を示している。1985年に最も答えが集中したのは「3人」の20.3%であったが、2004年の最頻値は「0人」の24.6%である。過去20年間に、親友の数は減り、親友が全くいない人が急増したということである。

親友の内訳を見ると、配偶者が唯一の親友だとする答えが5.0%から9.2%に増えている一方、配偶者以外の親族に親友がいるとする人が58.8%から42.9%に、親族以外で親友がいると答えた人が80.1%から57.2%に減っている。社会の多様性の広がりを反映して、自分とは違う人種の親友がいるとする人は増えた。若く学歴の高い白人男性や年配の黒人男性での親友の数の減少が著しい。

論文の筆者たちは、戦争の世の中にあって「大切なことを話し合う」という質問が20年前とは異なって解釈されていたり、メールなどのインターネットを通じたコミュニケーションが「話し合い」に数えられなかったのではないかという設問の妥当性への危惧はあるものの、通勤時間や勤務時間の増加などの社会変化が強く反映されているのではないかとしている。

日本や他の国でも同じような傾向が見られるのでしょうか。もしそのような研究をご存知でしたら、ご連絡くださいね。そして、よかったら、友だちになりましょう!

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2006年 6月 25日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.24

赤い結晶

国際赤十字委員会が今週開かれた第29回総会パレスチナ赤新月社とイスラエルのMagen David Adom(MDA)の国際赤十字赤新月社連盟への加盟を承認し、赤十字、赤い三日月とならぶ三つ目の公式紋章「赤い結晶(red crystal)」を定めた。

MDA(公式サイトはヘブライ語だが、アメリカの支援組織が英語によるサイトを作っている)はその名のとおり赤い(ユダヤ教の)ダビデの星をシンボルとして使っており、それが紛争地域でも中立的に医療活動を行なうという赤十字運動の趣旨に合わないとして、これまで国際赤十字への加盟が認められてこなかった。今後、MDAは対外的には「赤い結晶」をシンボルとして使うことになる(ただし、結晶の四角の中にダビデの星を描くことが認められている)。アメリカ政府や米国赤十字は、MDAの承認を求めて国際赤十字への資金提供を停止してきており、今回の加盟承認はアメリカの力の勝利と言うことができるだろう(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙の記事)。未だに国家樹立に至っていないパレスチナの機関を例外的に同時に受け入れたことは、イスラエル承認の代償のような位置づけらしい。

今回の総会でも、東エルサレム、シリアのゴラン高原、レバノンのシェバア地区を含む総ての占領地をMDAの活動地域から外すべきだという動議が出されたが、否決された(AFP電)。調べが至らず、最終的に地理的な定義がどのようなものになったのか不明だが、「そろって加盟」というのが決して慶事ではなく、占領という暴力や不正義を覆い隠す包み紙であることを私たちは覚えておかなくてはならない。

イスラエルのハアレツ紙の社説は、ダビデの星が正式なシンボルと認められなかったことについて、第二次世界大戦下でユダヤ人の殺戮に目をつぶった道義的な責任を赤十字運動が十分に取っていない証だとしている。

過去の戦争に加担したことの罪を追及することと、今行なわれている悪を糾す努力。その二つを等しく実践していくことがとても難しいことを私たちはここでも見ることができる。しかしそれは私たち自身にも課せられた仕事だ。

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2006年 6月 24日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.06.23

図書館と多言語社会

Library says no to Spanish fiction ― ジョージア州アトランタ近郊の Gwinnett CountyGoogle Maps で見る)では、住民の6人に1人がヒスパニック系である。郡の公立図書館も、近年、スペイン語の蔵書収集に乗り出した。

しかし、先週開かれた図書館理事会で、今後は大人向けスペイン語図書の購入を行なわない方針が打ち出された。「すべての言語コミュニティの求める書籍を購入する予算はないから」(=スペイン語だけを特別扱いにするのは不公平だから)というのが表向きの理由である(これがまともな理由になっているとは私は思わない)。実のところは、「スペイン語話者の中には違法滞在外国人もいるので、そういう人たちのために税金を使うのはおかしい」という意見に従ったということらしい。この表向きの理由も背後の考え方も、これから私たちの社会でも必ず出てくることだと思うので、それらに対抗する力を私たちが持てることを願って、私はこの記事を書いている。

図書館の現在の蔵書収集方針は「この地域の保守的な価値観に合っていない」と主張する Gwinnett County Public Library Watch という団体が図書館長の解任を求めてきており(アメリカ図書館協会のサイトにある記事)、6月12日の理事会でその解任が決議され、それに抗議して一部の理事が退席した後、議論もなしにスペイン語図書収集中止が議決されたという、かなり露骨に卑劣なやり方だったらしい。

冒頭に紹介したAP電には、スペイン語図書に割り当てられてきたのは図書館予算のほんのわずかな部分であったこと、スペイン語図書の貸出率は全体の平均を上回っていること、スペイン語図書を置くことによってヒスパニック系の人たちによる図書館利用が増え、それが英語のコースの受講率の向上にも役立っていることなどが記されている。

APによる記事は地元紙 Gwinett Daily Post 紙に載っているものが一番詳しかったが、短い版がボストン・グローブ紙シカゴ・トリビューン紙サンフランシスコ・クロニクル紙などにも掲載されていた。とても重要なニュースだと思うので、どこかリンクが長く残ることを期待してリンクを冗長に張っておく。

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2006年 6月 23日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.22

難民の日

去る6月20日は世界難民の日だったのだそうです。知りませんでした。すみません(だれに謝っているのか分かりませんが)。遅ればせながら、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の World Refugee Day のページを見てきました。日本語サイトにも情報があります。

難民の数、2,080万人、と記されています。UNHCR の管轄にはパレスチナ難民は含まれていないということで、国連のパレスチナ難民関連部局である UNRWA (the United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East) も、難民の日にあたり、報道発表を行なっています。また、パレスチナ自治政府の統計局 The Palestinian Central Bureau of Statistics (PCBS) も、難民に関する最新の統計を発表しています。

昨年3月末の数値ですが、それによれば、パレスチナ難民の総数は425万5120人。内訳は、ヨルダン在住者が 41.8%(難民キャンプ数10)、ガザ地区在住者が 22.6%(キャンプ数8)、西岸地区在住者が 16.2%(キャンプ数19)、シリア在住者が 10.0%(キャンプ数10)、レバノン在住者が 9.4%(キャンプ数12)となっています。

祈りの言葉はいとも簡単で、行ないは信仰や信念をもってしても絶望的な困難を伴いますが、国や地域を問わず、家を追われた人々が故郷に戻ることがかないますように。そして、新たな戦争や紛争によって望まぬ旅路を歩まねばならぬ人が生まれませんように。

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2006年 6月 22日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.21

教育と鎖国

Restoring U.S. Competitiveness for International Students and Scholars ― アメリカの教育機関で留学などの国際交流にたずさわっている教職員による学会 NAFSA (Association of International Educators) が、9/11 以降落ち込んだ合州国の留学生受け入れに関して提言をまとめた(19日付けの報道発表)。

「テロとの戦い」に巻き込まれて、過剰に排外的な施策が打ち出されたため、留学生や客員研究員受け入れなどの窓口が狭められ、アメリカの教育機関が国際的な競争力を失いつつあることに NAFSA は警鐘を鳴らしている。この報告書にもあるように、留学生等の受け入れは、諸外国に友好的な人脈を作ることにもつながるだけでなく、国内の教育機関の質を高めることでもある。不要な障壁をなくしていくなど国策として取り組まれるべきだという、ある意味で「あたりまえ」なことが書いてある。しかし、そのようなあたりまえなことが狭隘な世界観を持つ人には通じないのも、この世の現状だ。

報告書の中に、2001年以降、留学生の入国が難しくなったため、合州国内の英語教育プログラムが大打撃を受けたとある(短期集中プログラムが半減したと書かれている。数え方の詳細は不明)。私は「英語帝国主義者」でもないし(英語に頼り切っているところは、植民地的であるという批判は甘んじて受けよう)、ましてや「アメリカ礼賛」な人でもないが(こっちのほうは、だれも疑わないだろう)、たとえそんな人であったとしても、こういった数字を見て喝采を上げる人はいないのではないか。事態は深刻である。

とはいうものの、振り返って日本の現状を考察すれば、今のアメリカの状態ですら、うらやましくなってしまう。日本政府の資料から引用してみる。

OECD諸国の留学生受け入れ比較

文部科学省の「データからみる日本の教育(2005年)」に掲載された「高等教育機関に在籍する外国人学生の割合の国際比較(2002年)」のグラフだ。英独仏などの主要言語が主に使われている国を除いて比較しても日本の実績はあまりにも低い。日本の大学で行なわれている研究等に魅力がないわけではないのだから、問題の要は受け入れや支援の態勢の問題であることは明らかだ。

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2006年 6月 21日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.20

あんたの兵隊じゃないよ

兵隊という言葉を広辞苑で調べると、三番目の語義として「俗に、人に手足として使われる者」というのがあるが、そんな感じでしょうか。

Not Your Soldier ― アメリカ軍による入隊勧誘に反対し、軍の実態、イラク戦争の不条理などを伝えるサイト。ヒップホップ系の文化が好きなかたは、Flash ムービーが必見です。開戦後3年間で比べると、イラクでの米軍死者は2,314人(ついこの間、2,500人を越したはず)、ベトナムでの米軍死者は1,864人。しかしベトナムではその後、58,226人の兵隊が死んだとか、兵役に就けば奨学金がもらえて大学に行けると宣伝しているが実際に四年生大学を卒業するのは15%に過ぎないとか、戦争をやめれば600万人の学生が大学にタダで行けるようになるといった数字を紹介しています。"f U evr wntd 2 nD a wR" みたいなギャル文字(じゃないよな)も学べます。

この動画は、ベトナム戦争の時代に脱走兵は50万人に達していたという衝撃的な事実を明かした映画 Sir, No Sir! がもとになっているようです。

とにかく、この戦争、この占領、この自衛隊派兵、そろそろやめましょうよ。

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2006年 6月 20日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.19

アインシュタインと猫

先ごろ、アインシュタインが日本をべた褒めしたという発言を恥知らずの民族主義者たちがでっち上げたんだか、うぬぼれが強くて世間知らずなので本気で彼が言ったと信じ込んでいたんだかという話を聞いて、軽蔑するよりも、バカにするよりも、はいはいまたですかといった感じで憐れに思った。

これもアインシュタイン博士の発言だというふれ込みなんだけれど、どうなんだろう。ラジオってどんなものですか、と聞かれて、

電信機というものが長い長い猫のようなものだというのは分かるかね。ニューヨークでしっぽを引っ張ると、ロサンジェルスにある頭がニャーニャー鳴くわけだ。ここまではいいかい? ラジオも全く同じ仕組みだ。こっちで信号を送ると、あっちで受信する。一つだけ違うのは、猫がいないことだ。

アインシュタインが飼っていた猫はうつ病だったというもある。雨の日にひどく気が滅入る猫だったそうで、ある雨の日、アインシュタインが猫にむかって「お前が雨が嫌いなのは分かっているんだが、雨の止めさせ方が分からないんだよ」と言っているのを同僚の Ernst Straus が聞いているという。

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2006年 6月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.18

大使は語る

昨日、京都駅の上にある京都府国際センターで開かれた B.S. Ngubane 駐日南アフリカ大使(元芸術文化科学技術大臣)の講演に行ってきました。講演自体は南アフリカの歴史の概説。後の質疑応答、懇親会で聞いた話をちょっとまとめておきます。

現存する黒人と白人の間の経済格差について、およびHIV/Aidsの問題について聞きたい ― 国家予算の7%を社会保障にあて、格差に対する緩衝材としての充実を図っている。国による収奪された土地の買い戻しも進められている。もちろん労働市場の拡大、特に農業分野での拡大が必要だ。ただし、南アフリカのジニ係数(不平等さを計測する)はラテンアメリカ諸国のそれよりも低い。エイズに関しては、ジェネリックの抗レトロウイルス剤が製造できるようになったこともあり、感染の急激な拡大時期は過ぎたと思われる。コンドームの無料配布なども行なっているが、コンドームの使用が文化的に定着していないのも事実である。

アパルトヘイト時代、日本は南アフリカと経済関係を保っていたが、それについてどう思うか ― 日本は経済的には交流があったが、正式な国交樹立はマンデラ政権になってからである。外交関係とは別に黒人の地位向上のための援助も行なっていた。

アパルトヘイト終焉後、先進国の仲間入りをし、企業買収などを通じて他のアフリカ諸国を搾取する立場に変わってしまったのではないか ― 南アフリカはアフリカ連合の一員であり、平和維持や選挙監視などを通じてアフリカ諸国に貢献している。経済進出は市場の原則に従ったものであり、南アフリカの企業が進出していかなければ、欧州各国や中国の企業が進出していくはずだ。

文化的な分野での日本との交流はどうなっているのか ― 日本国内での文化領域の管轄は文部科学省だが、海外との交流は外務省の外郭団体である国際交流基金が担っており、経済分野での協力関係のようにスムーズに話が進んでいないのが現状だ。

懇親会の際、アパルトヘイト政策を追い込むのに経済封鎖が有効に働いたという講演での話から敷衍して現代のならず者国家への経済制裁というのは有効だと思うか伺ってみました。大使の答えは、経済制裁は一般的に有効だと思う。ただし、一番先に犠牲になるのは貧しい人たちであり、痛みは政権を支えている人たちのところには最後にやってくるものだ。アパルトヘイト時代に、日本が黒人の人権を無視しなかったのはよい選択だったと思う。というものでした。

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2006年 6月 18日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.06.17

南アフリカ、1976年

以下に書くことは、私がもう覚えていてもいいような年齢だったころに起こったことなのですが、私はよほどぼんやりした子どもだったようです。

南アフリカのヨハネスブルクの南西にソウェトという地域があります。アパルトヘイト政策のもとで黒人居住区とされていたところです。そのソウェトで30年前の昨日(1976年6月16日)、大きな蜂起が起こりました。支配者である白人の言語を学校で強制される(あるいは、理解できない言語で授業が行なわれる)ことに抗議する中高生が立ち上がったものだとも、公共料金の値上げに反対する運動だったとも言われています。午前8時、警察が発砲を始め、500人以上のデモ参加者が銃撃によって負傷しました。

Hector Pieterson、Mbuyisa Makhubo、Sam Nzima という三つの名前から一つを選んで、ネットで検索してみてください。繰り返し出てくる写真があります。このソウェト蜂起を世界に知らしめ、その象徴のようになった写真です。Hector Pieterson さん、当時12歳。警察の銃弾に倒れ、運ばれていく少年です。この写真が撮影されて間もなく、息を引き取りました(リンクはソウェトに起てられた記念碑)。彼の横を走っているのは、彼の姉、Antoinette Sithole さん(リンクはインディペンデント紙のインタビュー)です。Mbuyisa Makhubo さん(昨年の南アの新聞記事)、当時16歳。けがをした Hector 君を抱いて走っている若者です。彼は蜂起後の検挙や迫害を逃れるため亡命しましたが、間もなく連絡が途絶え、今に至っています。Sam Nzima さん(リンクは昨日のAFP電)。この写真を撮影した人です。アパルトヘイト政権当局から要注意人物として扱われ、その後、写真を撮ることはありませんでした。

Memories of Soweto linger in South Africa ― AP電。蜂起から30年。アパルトヘイトの終焉から12年。人権委員会の調査をもとに、南アフリカの現状を検証しています。一つひとつの数字をここで紹介することはしませんが、陰鬱な記事です。

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2006年 6月 17日 午前 12:00 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2006.06.16

被爆のマリア

田口ランディさんの『被爆のマリア』という短編集を読みました。田口さんのことは、名前を聞いたことがあるだけで読んだことはなかったのですが、本屋さんで新刊本のところに平積みになっていて目に留まり、今日びに原爆に関する小説を書く人がいるのかと少し驚きつつ、その心意気は支援しなくてはならないなと思い、買ってきました。

『被爆のマリア』に収められた作品は、昨年夏から秋にかけて雑誌『文學界』に相次いで発表されたもののようです。「永遠の火」は、被爆地から持ち帰られ、灯し続けられた火を結婚式のキャンドルサービスに使えと提案する父に戸惑う娘の話。「時の川」は病弱な少年と広島の語り部との出会い。「イワガミ」は作家が広島に取材に行き、原爆投下前の(というか、有史前の)美しい広島を描いた一編の小説を見つける話です。「被爆のマリア」は、そのタイトルこそ原爆に一番近そうに見えますが、さほど本質的には原爆とは関係がなく、まわりの人から「生きがたい人」と形容される主人公の不器用な生を描いています。

作品は(発表順とは異なり)軽いものから重いものに向けて並べられています。戦争体験を持たない世代としてどのように世界に関わっていくか、特に作家としてどのように“語り”に自分を連ねていくかという問いから出発し、原爆との距離を埋めていく過程と言えるでしょうか。21世紀の私たち読者が原爆に近づいていくにも相応しい道筋のように思えます。「永遠の火」では、あえて答えを出さず、原爆との向き合い方を決めかねている人が描かれ、「時の川」では、極めて現代的な視点から被爆者の体験への接近を試みる姿が描かれています。「イワガミ」では、一気に、自然との合一という形で時の制約を乗りこえ、人類全体を救済するかのような宗教的な総括が行なわれます。その後に置かれた「被爆のマリア」は、おそらく、そのような包括的な言説ではとらえきれないミクロの問題(巨視的、超時間的に救済が行なわれても、現世の時を生きる一人ひとりにとっては、一日や一夜も、悩みや苦しみの時であること)を具体的に、ていねいに拾うことが意図されているのだと思います。

被爆者たち(に限らず総ての人を)蝕んでいく“老い”をモチーフに現実をとらえ、動物とのつながりなどを通して“自然に還る”ことで原爆の破壊力を昇華する、というのが田口さんの“60年後の原爆文学”だと言えるのかな。「にんげんをかえせ」という叫びをもって生まれた原爆文学の系譜の中にあって、田口さんは無意識に広島・長崎をより広い世界(現代の戦争も、自然界をも含む、本当の意味での世界)の中に相対化することによって、自分にも関わりのある事象として自らの意識の中に回収したということでしょうか。私は、それが私も習うべき受容と理解の方法であると考えました。

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2006年 6月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.15

一方、ダブリンでは…

6月16日は James Joyce の Ulysses に描かれた日、いわゆる Bloomsday だということで、ジョイスにまつわる興味深い記事が The New Yorker に出ています: D. T. Max さんによる "The Injustice Collector -- Is James Joyce’s grandson suppressing scholarship?"。

このブログの左下には、著作権の保護期間延長に反対する旨のバナーを掲げています。現在、日本における文学作品等の著作権保護期間は著者の死後50年ですが、政府与党によってそれを70年に延ばすことが検討されています。冗談っぽく、著作権は三世一身法《さんぜいっしんのほう》(奈良時代に、「其れ新に溝池を造り、開墾を営む者有らば、多少を限らず、給ひて三世に伝へむ」と定めた土地私有に関する法令)だとも言われ、平均寿命が延びた今日では70年が妥当、といった話も聞かれます。

ジョイスの著作権の話は、まさに三代目の著作権者、つまり著者の孫が、いかに著作権を濫用することができるか、という例を提示しています。1941年に死んだアイルランドの作家ジョイスの著作権は、すでに保護期間が70年に延長されてしまったアメリカやヨーロッパ諸国では、まだあと数年、著作権が生きています(と思ったのですが、Project Gutenberg では、保護期間が終了しているとしていますね。分からなくなった)。ジョイスの著作権者は彼の孫の Stephen James Joyce さんですが、彼は、彼がジョイスへの冒涜であるとか、ジョイス一家のプライバシーの侵害であると判断するような研究などについて、ことごとく、著作権を盾に訴訟の可能性をちらつかせ、刊行の差し止めを求めるので、研究の分野全体が停滞してしまっている、というのがこの記事の概要です。

ある研究者に対してスティーブンさんが送った手紙が脅迫にあたるのではないか等の点について、Creative Commons の Lawrence Lessig さんが弁護人となって、Ulysses にちなんだ 6月16日、合州国連邦裁に訴訟がおこされるのだそうです。

著作権の中でも、主に、著作者人格権に関する議論、ということになるのだと思います。自分のおじいさんやおばあさんの書いたものが切り貼りされて、結果として読み手に悪い印象をあたえることを孫にあたる人が苦痛に感じるかもしれない、というのは、ある意味、理解できるのですが、それを法律で守るのが適当かという問題(実際のところ、現行の日本の著作権法では、50年間、それが保証されています)については、私には直感的に納得できないところがあります。以下は「日本的」な枠組みでとらえた私の感想なので著しく一般性を欠いているのですが、著作者人格権の侵害に関する権利を遺族に(そして遺族に限って)認めるというのは、「家」とか「血筋」を基本的な概念として議論に導入しているということではないかと思います。しかし、それは「著作者人格権は著作者の一身に専属」するという著作者人格権の基礎にある概念と矛盾してはいないでしょうか。著作者の人格が貶められたことによって傷つくのは遺族だけではない。その著者を敬愛する人、同志であった人たちだって同じはずです。しかし、それらの人すべてに申し立ての権利を与える訳には当然いかない。だとしたら、遺族だけに申し立ての権利を認めるのは不公平ではないでしょうか。そもそも、「家」とか「血」とか(それらの擬制である)「民族」とか「国家」とかって、ものすごく胡散臭くありませんか?

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2006年 6月 15日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.14

スタインベック裁判

John Steinbeck は 1902年に生まれ、1968年に亡くなった。1937年に「ハツカネズミと人間Of Mice and Men)」、1939年に名作「怒りの葡萄The Grapes of Wrath)」を著わし、1962年にノーベル文学賞を受賞している。

これらの作品は、彼の死後、遺言によって彼の3回目の結婚相手 Elaine Steinbeck さん(2003年没)に著作権が託され、現在ではペンギン・ブックスが出版権を保有している。いまひとつつまびらかではないが、ロサンジェルス・タイムズによれば、先週、ニューヨークの連邦地裁が下した判決は、スタインベックの以前の結婚による遺族、Thomas Steinbeck さんと Blake Smyle さんに対し、これらの作品の出版権を認めた。

BBC の報道によれば、スタインベックのように後年、名声を得た作家は、若いころに不利な契約で結んだ出版契約を再交渉する権利を持ち、それによって、「ハツカネズミ」は2012年までに、「葡萄」は2014年までに原告たちの元に出版権が返還されることになるとしている。

著作権って、すごく難しい…といった、間の抜けたコメントしか考えつきません。では、仕事に戻ります。

以前スタインベックについて書いたのは:

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2006年 6月 14日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.06.13

カラシニコフ氏の憂鬱とエスコペタラ

国連の小規模火器に関する会議(UN Small Arms Review Conference)を前に、地球上で最も多く用いられている機関銃 AK-47 を設計した Mikhail T. Kalashnikov 氏がインタビューに答えている

砂漠でも湿地帯でも確実に組み立てられることが評価されて、世界には1億丁もの AK-47 機関銃が出回っている。冷戦期にソビエト陣営が民族解放の闘いなどに廉価で供給したことによる。元々は、対ドイツ戦でソ連軍の武装の向上のために考案された AK-47 だが、今では、例えばチェチュニアの紛争では、ロシア軍に対して用いられたりもする。アフリカやラテンアメリカでは、わずか15ドルで売買され、AK-47が生まれてはじめて手にするガジェットであるような子どもさえいる。

切なくなって、探してみた。あった。「すべての武器を楽器に」とは喜納昌吉さんの言葉であるが、実際に AK-47 を楽器に作り替えている人がいる。コロンビアの Cesar Lopez さん。楽器の名前は escopetarra (escopeta = 機関銃 + guitarra = ギター)。記事に写真あり。

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2006年 6月 13日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.06.12

ダルフール、微かに和平に向かう

5月の和平合意に調印しなかったダルフールの反政府勢力2派の一部が、先週、和平合意を遵守する宣言に署名したようです。私にはわりと大きいニュースのように思えるのですが、大手の報道機関がほとんど取り上げていないところを見ると、合意に応じたのは影響力の少ない勢力なのかもしれません。

今回、実質合意に加わったのは Sudan Liberation Movement/Army (SLM/A) の Abdelwahid Mohamed al-Nur 派から離脱した Abdurahman Musa Abbakar のグループと、Khalil Ibrahim が率いる Justice and Equality Movement (JEM)から離脱した Adam Abdurahman Aburisha のグループ。エチオピアのアジスアベバで調印式が行なわれました。

その他、合意を拒んでいる Abdelwahid Mohamed al-Nur や Khalil Ibrahim がエリトリアのアスマラで声明を発表したという記事、アメリカ政府の報道官が合意を歓迎しているという報道など。この動きについては言及がありませんが、ダルフール紛争に関するスーダン共産党幹部の見解もこの週末に発表になりました。

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2006年 6月 12日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.11

猫が怖くて熊が木に登る

ニュージャージー州の West Milford という町(Google Maps で航空写真を見る)で、裏庭に大きな熊が入ってきたのを飼い猫が見咎めて、追い回し、怯えた熊が木に登ったという記事がありました:"Jack the cat chases black bear up tree"。猫、最強。写真は必見です。

熊は、15分ほど木にしがみついて、時々、おそるおそる猫のほうを見ていましたが、やがて飛び降りました。するとまた猫に噛みつかんばかりに追い立てられ、他の木に登ったそうです。知らせを聞いて駆けつけた飼い主に呼ばれて猫が木のそばから立ち去ると、熊は走って森の中に逃げていったとのこと。木の上の熊の写真、勇敢な猫 Jack ちゃんのアップの写真

地元の The Star-Ledger 紙には記事(前半後半)はありますが、残念ながら写真はありません。ジャックちゃんは10歳で、前脚の爪は抜いてあると書いてあります。CBS テレビの記事によると、アニマル・シェルターからもらわれてきた元捨て猫らしいです。

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2006年 6月 11日 午前 12:00 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.06.10

核軍縮へ

Don't forget those other 27,000 nukes ― インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に掲載されたハンス・ブリクス元国連査察官による論評。イランや北朝鮮による核開発に対して各国政府が懸念を示す一方で、アメリカ、ロシアをはじめとする国が保有する2万7千余りの核兵器の脅威が軽視されていることを強く批判している。

過去十年近く核軍縮は全く進展を見せていない中、イラクでの不毛な戦争を目の当たりにしたことによって、世界には新たな大量破壊兵器絶滅を求める気運が高まりつつあるのではないかとの期待を表明し、先日、国連に提出された大量破壊兵器委員会(WMDC)による報告書に注目を促している。報告書の提案内容に関しては、特にアメリカ政府が包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准することと、国際的に高濃度ウラン、プルトニウムの生産打ち切りを取り決めることを求めている。

ウラン、プルトニウム濃縮打ち切りについては、アメリカがインドに対するウラニウム提供に合意したこととの関連が特に言及されている。古くなった蛍光灯のように遅い反応になってしまうが、核拡散防止条約(NPT)に加盟しておらず、IAEA査察の対象とならないインドに核燃料の提供を約束するというのもひどい話だと思う。さて、この不満はだれに伝えればいいのだろう。

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2006年 6月 10日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.09

ニュースと世界地図

News Map というページを見つけました。Google Maps がニュースのインターフェースになっています。地図をドラッグしたり拡大したりして、クリックすると、その国や地域のニュースが表示されます。世界のいろいろな場所のニュースを読むのが好きな人にお勧めです。

紹介してすぐに難点の指摘をする私は嫌な人ですが、表示される記事の件数が少ないことや、地図の縮尺とは無関係にニュースのカテゴリーが決め打ちになっている(地球全体の地図でヨーロッパをクリックしても、クリックした位置によってイタリアのニュースとかフランスのニュースとか、細かい区分けのものが表示される)ことが不満です。前者に関しては、あらかじめ与えられたニュースソースを対象とするのではなく一人ひとりがお気に入りのフィードとかを登録できて、後者に関しては、記事を解析してカテゴリーに振り分ける時にマサチューセッツ州~ニューイングランド地方~アメリカ合州国~北米といった複層的なタグ付けがなされるといいなあ、などと思いました。

将来が楽しみというか、未来を垣間見せてくれるような試みですよね。作者の Neville Newey さんのインタビューはこちら

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2006年 6月 9日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.06.08

国連の移民報告書

Report of the Secretary-General on International Migration and Development ― 国連が6日に発表した世界の移住者に関する報告書。9月に開かれる High Level Dialogue on International Migration and Development の討議資料という位置づけのようです。各種報道(AP、なぜかインドネシアのアンタラ通信)を先に読んでしまったので、報告書自体に目を通す動機付けが低迷中です。ようやく真ん中へんまで拾い読みしました。45ページあたりから、移民は既存の労働人口と相補的な就業形態をとることが多いので、既存の労働者層への圧迫としては弱く、経済全体にとってはいい影響のほうが大きい。ただし外国人労働者の流入によって非熟練労働者層の賃金は低下傾向を見せることが多い。とあるのが、注目点の一つでしょう。

あと、41ページにある受け入れ留学生数の表を見て、中曽根首相の時代に作られた「留学生10万人計画が」がやっと達成できたと思ったら、あっという間に中国に追い越されているのを知り、とてもショックを受けました。数だけ増やせばいいというものではないのは当たり前ですが、最近の日本社会が教育に冷淡で、政府も国立大学法人化だの教育基本法を変えようという動きだの無意味なことばかりやっているのが如実に結果となって現われているように思えます。ついでに言えば、排外的傾向(それを「愛国」などと表現するのは調子に乗りすぎ)も一因か。

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2006年 6月 8日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.07

ビバルディのオペラ

今月末から来月中旬にかけて、ローマの北130キロほどのウンブリア地方にあるスポレトで開かれる有名な Spoleto Festival (Festival dei Due Mondi) で、ビバルディ作曲のオペラ Ercole su'l Termodonte (テルモドンテに向かうヘラクレス)が上演される。1723年の初演以来はじめて、と AP が報じている。快挙と言うべきか、よっぽど初演の時に不評だったと考えるべきか。

スポレト・フェスティバルのページによれば、監督は John Pascoe、指揮は Alan Curtis、メゾソプラノは Marina Bartoli。彼女はこのオペラのアリアをレパートリーにしているようだ。

定年退職後に優雅に訪れてみたかったりするが、年金とか少ないんだろうなぁ。かと言って、働いている間には行けるわけないし。

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2006年 6月 7日 午前 12:57 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.06

ニジェールの大学スト

ニジェール周辺の地図

ニジェール(外務省の国別ページ)には大学が一つしかない。首都ニアメ(Niamey)の Abdou Moumouni Dioffo 大学だ。BBCAFP によると、先月末に、半年にわたって奨学金が未払いになっていることなどに抗議して学生がストライキを行ない、警察との衝突で数十人のけが人が出たらしい。大学は一時閉鎖された模様。

ネットを見ていると、同大学では1997年に、学問の自由、表現の自由などを求めてストライキが行なわれていたようだ。報道が正しければ、今回のストライキは、待遇改善の闘いのようだが、それはこの10年間にニジェールの社会がそれなりに民主化されたことを示しているのだろうか(調べてみなくてはと思いつつ、まだ着手していない)。

この件については何も記述がないのだけれど、フランスの学生運動のサイトを見つけた: Luttes Edudiantes

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2006年 6月 6日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.05

Playboyの選んだセクシーな小説

The 25 Sexiest Novels Ever Written ― 「肉欲の古典から現代のロマンスまで・プレイボーイ誌が選ぶ過去最もセクシーな小説25選」。ページトップの写真で女性のおへそが見えていますが、それ以上エッチな画像はないので、安心して閲覧できます。25冊の表紙がサムネイルで並んでいて、クリックすると書誌情報、あらすじ、短い抜粋などが表示されます。

1位が18世紀の『ファニー・ヒル』、2位:ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人 』、3位:ヘンリー・ミラー『北回帰線』、4位:ポーリーヌ・レアージュ『O嬢の物語』と続くと、ちょっと期待してしまいますが、後はほとんどが1970年代以降に英語で書かれた作品です。村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』が9位に入って健闘しているものの、原語が英語でないのは『O嬢』、『ねじまき鳥』、バタイユの『眼球譚』ぐらいです。

あと、Playboy 誌の読者層から考えて、しかたがないのかもしれませんが、同性愛系のエロチカが含まれていません。The Huffington Post のブログに掲載された Susie Bright さんによるリスト作成者 Jim Petersen さんのインタビューでは、そこらへんのことも話題になっています。私はこの記事経由で上記リストを知りました。また、おそらくもっと大きな問題として、男性を悦ばせるために女性を貶めているような作品が選ばれているのかもしれません。私自身が読んだことのある本が限られているので確信的なことは言えないのですが。

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2006年 6月 5日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.04

世界電子本祭り

The World eBook Fair という催しが7月4日から8月4日までの間、ネット上で開かれるのだそうです。Project GutenbergWorld eBook Library Consortia が主催するこの期間中、普段はお金を取っているサイトも含め、30万冊を越す電子本が無料でダウンロードできる、という企画。ボストン・グローブ紙で知りました。

今後、毎年開催し、来年は50万冊、再来年は75万冊、2009年には100万冊の出店を目指しているそうです。青空文庫は参加するのかしら。

グーテンベルクによる活版印刷の発明が産業革命を引き起こしたように、eBook によって新産業革命を起こそう、と書かれています。祭りだ! 革命だ! 起て飢えたる者よ、今ぞ日は近し!

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2006年 6月 4日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.03

「ガーダ」を観ること

ガーダのポスター

大阪九条のシネ・ヌーヴォーで、「ガーダ・パレスチナの詩」を最終日に滑り込みで観てきました。写真は、映画館の近くの商店街にあったポスターです。パレスチナ人のガーダさんが日本の街の中に組み込まれているという構図が面白いかなと思って撮ったんですが、あまり伝わらない絵になってしまいました。

映画の内容については、公式サイトP-navi info の記事などを参照していただくとして、ごく私的な鑑賞記を書こうと思います。

時間軸で切り分けるとすると、「ガーダ」は、一回目のインティファーダ(民衆蜂起)直後の、主人公ガーダが結婚し出産するころを扱った部分と、二回目のインティファーダの真っ最中の部分に分けられると思うのですが、前半の最後で、生まれてきた子どもについてガーダが「この子は和平プロセスが始まった月に生まれたの(~月に私たちは結婚したの、だったかもしれない)。だからこの子は平和の子なの。この子が大きくなったら、私はインティファーダがどんなものだったか、話して教えて上げるの」と語る場面で、涙が噴き出して来てしまいました。で、その後すぐ、二回目のインティファーダの中、とても悲しい事件が起こってしまい、もう涙が止まらなくて、さあ大変。確かに私は涙もろいのですが、私以外にもすすり泣いたり、鼻をかんだりする音が聞こえて来ましたから、これは私だけの問題ではないと思います。涙腺が緩い人は大きめのハンカチを持っていくことをお薦めします。

この場面で私が泣いたのは、インティファーダを過去のものとして語っているが、4年後にそれが繰り返されることや、映画の後半で、ガーダが1948年のイスラエル建国によってパレスチナ人の多くが故郷を追われる、いわゆるナクバの語り部たちの聞き取り調査をするということを知っていたからです。その後も繰り返される迫害をまるで過ぎ去ったもののように語っているのが憐れであったし、まるで現代のパレスチナというものを定義するかのようなイスラエルの暴力を語り継ぐ大きな流れの中に、意図せずにガーダとその子が連なっていることに感動しました。

飛び交う銃弾や石の礫によって表わされる現実とともに、この映画は、それを「語り継ぐ」ことの意義を強く主張しています。ガーダの子どもは、インティファーダの話を母から聞き、微かな記憶をたどることによって「パレスチナ人」になっていくのではないでしょうか。ガーダ自身、ナクバを体験した人たちと出会い、彼女たちの話を聞くことによって「パレスチナ人」になっていったのではないでしょうか。

そして、この映画は、ガーダたちの姿を追い、彼女たちの語りを記録することによって、観る私たちを傍観者ではなく当事者に、「パレスチナ人」に変えていくプロセスなのではないかと思いました。

かつて、ベルリン封鎖の中、アメリカのケネディ大統領が言った "Ich bin ein Berliner" (私もベルリン市民だ)という言葉を思い出しました。この映画を観、銃声の轟く中、不自由な生活を送るガーダたちと共に時間を過ごした私たちも、「パレスチナ人」なのです。ガーダは、私たちの中に生きているのです。

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2006年 6月 3日 午前 12:17 | | コメント (16) | トラックバック (4)

2006.06.02

捕鯨の将来

We need to save the whales - again ― アメリカのボルチモア・サン紙に掲載された Joshua Reichert さんの論説記事。現在、すでに科学部会が開かれていて、6月16日から20日にかけて総会が開催される国際捕鯨委員会第58回総会で、日本をはじめとする捕鯨推進派が過半数となることを懸念している。

商業捕鯨のモラトリアムが開始されて以来、日本はODA援助などの見返りに日本寄りの投票をしてくれる国々のIWC加盟を推し進めてきた。モラトリアムの解除には3/4の賛成が必要なので、それには遠く及ばないが、今年の総会では、初めて、捕鯨推進国が捕鯨反対国を上回り、日本は秘密投票制の導入や委員会の改組などを図ると考えられている。昨年の総会でも、加盟国数では捕鯨推進派が多数であったが、総会に欠席した国があったため、日本政府の捕鯨計画(JAPRA II)を非難する決議が可決されたらしい(日本捕鯨協会のニュースページ)。

IWC加盟67か国のうち、21世紀になってから入った国は以下の通り。外務省資料によって昨年の投票傾向を付してみる。上向き矢印が捕鯨推進派=日本寄り、下向き矢印が捕鯨反対派、疑問符は投票に不参加。新規加盟のグアテマラは、新聞報道などにより、捕鯨推進だと判断した。

2001:
モロッコ(↑), パナマ(↓)
2002:
ベナン(↑), ガボン(↑), アイスランド(↑), モンゴル(↑), パラオ(↑), ポルトガル(↓), サンマリノ(↓)
2003:
ベリーズ(?), モーリタニア(↑), ニカラグア(↑)
2004:
ベルギー(↓), コートジボアール(↓),ハンガリー(↓), キリバス(↑), マリ(?), スリナム(↑), ツバル(↓)
2005:
カメルーン(↑), チェコ(↓), ガンビア(↑), ルクセンブルク(↓), ナウル(↑), スロバキア(↓), トーゴ(↑)
2006:
グアテマラ(↑)

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2006年 6月 2日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.06.01

獄窓から

5月11日に、イスラエルで服役しているパレスチナの指導者たちが、党派の垣根を越えて「全国民的合意文書(the National Accord Document)」を発表した。英訳がここで読める。ファタハの Marwan Barghouti、ハマスの Abdel Khaleq al-Natsheh、イスラミック・ジハードの Bassam al-Sa'di、PFLP の Abdel Rahim Mallouh、DFLP の Mustafa Badarneh が署名している(最後の Mustafa Badarneh の名前が抜けている報道もあり、詳細は不明)。

18点にわたる提案が記されており、1967年の中東戦争以前の境界線でパレスチナ国家の樹立(解放)を行なうこと、PLO と自治政府への勢力の結集(新たに「国家協議会」「民族抵抗戦線」の結成を図るという表現も見られる)、2005年3月のパレスチナ各派による「カイロ宣言」の遵守などを定めている。

パレスチナ自治政府のアッバス大統領は、ハマスに対してこの文書の批准を求めたが、ハマス指導部の Mahmoud al-Zahar(パレスチナ内閣外相)は29日、これを拒否している。ハマスが文書を批准しない場合、7月に国民投票を行なうことをアッバス大統領は提案している。

クリスチャン・サイエンス・モニター紙の記事に、3月に行なわれたパレスチナの世論調査が紹介されていた。それによれば、ハマスの支持は依然として高いが、その政策への支持は弱く、75%がハマス内閣がイスラエルとの交渉に臨むことを求め、80%がイスラエルとの協議を経てパレスチナ国家の樹立を宣言することを支持している。クリスチャン・サイエンス・モニター紙の記事は、これらの結果を基に、合意文書の国民投票が行なわれれば、可決されるだろうと予測している。

記事はまた、イスラエルの刑務所がパレスチナ各派の活動家たちの間の意見交換の場になっているという元服役囚の言葉を紹介している。獄中で記されたノートや手紙が歴史を動かす大きな力となった例は少なくない。この獄窓からの共同声明がパレスチナの人々を団結させ、力を与えるものであることを願う。

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2006年 6月 1日 午前 12:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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