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2006.05.31

教室のLAN、再び

The Fight for Classroom Attention: Professor vs. Laptop ― アメリカの高等教育専門誌 The Chronicle of Higher Education に出ていた、教室でのノートパソコン使用の話。ワイヤレスLANが普及したため、授業中もネットをやっている学生がいて困るという、この類の話は最近よく見かける(半年ほど前にも書いた)のだけれど、権威があって購読料が必要な The Chronicle... で無料記事になったというので取り上げてみる。アメリカでは、お金を出して読ませるほどの新鮮さがない話題になったということかもしれない。

授業にラップトップを持ってきている学生が授業に向ける注意は、飛行機の乗客が離陸時の避難誘導の説明に示す関心程度という喩えが涙を誘う。教室でのパソコン使用禁止を申し渡したら、「最新の教育を受ける権利を奪われた」として訴えられたという話も出ている。訴えたのは法学部の学生。相手が悪かった。

ワイヤレスLANの動作設定を変える仕組みも開発されているらしい。たぶん、メールやメッセージングに使われるポートを閉じたり、学外との通信に使われるプロキシへのアクセスを停止したりするということだろう。建物によっては、けっこう遠くの電波を拾ったりするから完璧ではないとも書いてある。

ちなみに11月に書いた私の職場のワイヤレス環境に関する不満は、半年経った今でも、全く改善の兆しが見られません。しまった! 昨日、教授会で審議された学校の中期計画に入れるように提案すればよかった! まあ、そういう話じゃなくて、大学の運営方針とか構成員自治とか、もっと本質的なこと、大切なこと、ある意味、危機的なことが論点になっていたので、「○○館3階にアクセスポイントを付けてください」とは言い出せたものではありませんが。諦めずに民主主義を貫いた同僚たちに惜しみない拍手を送ります。

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2006年 5月 31日 午前 12:12 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.30

イギリスでは今が花粉症の季節

Hay fever drugs boom as pollen counts and profits go sky high ― 英ガーディアン紙。日本では花粉症と言えば3月から4月が季節ですが、イギリスでは今から6月中旬ぐらいまでがまさにピークなのだそうです(ウスター大学にある国立花粉大気生物学研究班のホームページより)。

人口約6,000万のイギリスの20%にあたる1,200万人が花粉症を発症しており、抗アレルギー剤等の売り上げは8,000万ポンド(約160億円)に上る見込みだとのことです。主な製薬会社とその商品名が紹介されていました: GlaxoSmithKline 社 (Piriton, Beconase, Piriteze, Flixonase)、 Pfizer 社 (Benadryl)、Schering-Plough 社 (Clarityn)。他の会社もジェネリック医薬品の販売を始めるもようです。ちなみに私がここ数年、処方されたのはセルテクト、アレグラ、エバステルという薬なのですが、同じ名前のは出ていませんね。

非常に気になるのは、これらの薬の中には、製造コストの300倍の値段で売られているものもあるという一節です。製薬は研究開発が非常に重要な分野だと思うので、原価に近く売れとはとても言えるものではないと思いますが、300倍ってすごい。

花粉症の最初の症例は1819年に発見され、1873年に原因が突きとめられた。アレルギーは増加傾向にあり、抗生物質の多用、抗酸化作用のある食物摂取の減少、大気汚染、衛生状態の改善によってバクテリア等に免疫反応を起こすことが減ったこと、など多くの理由が考えられると書いてあります。花粉症の原因となる草木は18種類で、かつてはごく限られた期間に授粉していたが、気候の変化によって花粉の飛ぶ期間が長くなった。主な原因は雑草とも。

あと、民間療法で butterbur(フキの一種らしい。たしかに、写真を比べると似ている)が効くとされている、と書いてありました。調べてみると、butterbur は中世から薬草として使われてきたが、2004年に日本の研究者たちが行なった研究で、バジル、しそ等が別の原理で効果的であることが分かった、という話も。フキは聞いたことがなかったので、ちょっと心ときめいたのですが、個人的にはしそや甜茶では太刀打ちできない感じなので、それと同じ程度にしか期待できないのでしょうか。

なんか目がかゆくなってきたので、そろそろ退散。

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2006年 5月 30日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.05.29

グアンタナモの子どもたち

The Independent 紙日曜版の記事 "The children of Guantanamo Bay" によると、これまでにグアンタナモ米軍基地に収容されたことのある「敵性戦闘員(enemy combatant)」容疑者のうち、少なくとも60名が、拘束された時点で未成年者(18歳未満)だったことが明らかになったようだ。12歳の時にテロに加わったという容疑で14歳で拘束された人や、15歳で拘束され、独房に入れられている人もいるらしい。このうち、10名が現在もグアンタナモに収容されている。訴追もされないまま長期拘留が行なわれているため、現在は全員が18歳以上になったと見られている。

イギリスの人権団体 Reprieve が、米国防省が公表した収容者リストを詳細に調べた結果らしい。リストから未成年であったことが明らかなのが17件、おそらく未成年であったと推察されるのが7件、そしてリストでは確かめられないが、国際赤十字や他の収容者の証言などから未成年であったと信じられるものが37件。

これまでにも2003年末から2004年初めにかけて、13歳から15歳の三人の少年の拘束が問題になった(当時のBBCの記事)が、子どもの権利条約の児童兵士禁止議定書(Coalition to stop the use of Child Soldiers の解説)などには拘束されうる容疑者の年齢に関する条項がないことなどを理由として、アメリカ政府は問題ではないとしていると言う。

子どもの犯罪をどう裁くのかという問題とも関係があるが、「武力紛争では敵の年齢は無関係なのだ」という米国防省報道官の言葉は、身の凍るような響きを持っている。

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2006年 5月 29日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.28

ニューモント社関係の報道、2006年5月

今週初めのジャカルタ・ポスト紙にブイヤット湾の話が出ていた:"Newmont bid Minahasa farewell, offers $15m"。ほぼニューモント社(PT Newmont Minahasa Raya)側の発言をそのまま書き起こしたような記事だ。インドネシア国営の Antara 通信にニューモント・ミナハサ・ラヤ社の社外取締役 David Sompie 氏が語ったところによるとなっているが、Antara の英語版サイトには該当記事が見つからなかった。

曰く:

  • スラウェシ島ミナハサ地方 Ratatotok 地区の金採掘場が2004年8月に操業を終了して以降、ニューモント社は1,500万ドル(約17億円)を環境保護と地域開発のために既に支払った。この事業は2007年まで続けられ、その後エネルギー鉱業資源省が環境評価を行なう。主に行なってきたのは採掘現場の埋め戻しと土地再生で、20ヘクタールのうちの85%で埋め戻しが終わっている。
  • ラタトトックでの採掘は1996年から2001年10月までで、2004年8月31日まで金の採取が行なわれた。約6,000万グラム(=60トン)の金が精錬され、1億400万ドルが納税された。
  • ニューモント社はマナド地裁における刑事訴訟に勝訴することに自信を持っている。これまでに多くの証人がブイヤット湾には公害は存在しないという証言を行なったし、「今も地元の漁民が魚を捕っている」。

この時期にこの内容の記事が掲載された背景には、インドネシアの環境団体 WALHI が今月初めに発表した Freeport 社と Rio Tinto 社の合弁採掘によるパプアの河川や海の汚染についての報告書がある。かなりひどい公害が起こっているらしく、ジャカルタ・ポスト紙は、Sony 元環境相の「これに比べたらブイヤット湾の汚染は大したことがない」という発言を引用している(5月11日の記事 "Lawmakers confirm report of pollution at Freeport")。この記事に対する反論の中でもニューモント社はブイヤット湾には公害は存在しないと主張している。フリーポート社の操業に関しては、その経理が不明瞭であるという点が批判の対象となっており、ニューモント社が採取量や納税額にわざわざ言及したのは、それを意識したものであろう。

この他、ジャカルタ・ポストには、ニューモント社の別の子会社 PT Newmont Nusa Tenggara 社が West Sumbawa で操業している Batu Hijau 金採掘場に女性従業員が12人働いているという紹介記事が出ていた。

アメリカの先住民運動のサイトに掲載された "Indigenous join global protest of Newmont gold mining practices" という記事には、ニューモント社のペルーやガーナでの操業に関して、現地の人たち、特にペルーの先住民などの闘いを支持するとともに、合州国内でニューモント社が操業している採掘場が歴史的に先住民の土地であることを認めさせるように運動を展開していく、という話が出ている。

このブログでは、ニューモント社によるインドネシア、スラウェシ島ブイヤット湾(Buyat Bay)の汚染に関する報道を継続的に追っています。これまでの経緯に関しては、4月30日の記事および、そこからたどってそれ以前の記事をお読みください。

この記事はインドネシアでの大地震の前に書きました。被災された人々にお見舞いを申し上げます。

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2006年 5月 28日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.27

関係悪化

Asian leaders fear Japan-China arms race という記事がオーストラリアの The Age 紙に26日付けで出ていました。

来日中の Abdullah Badawi マレーシア首相が、アジアの連帯が日本と中国の対立のために大きな損害を受けた、この不健康な傾向に終止符を打たねばならない、もし日中両国が対立を解消できないのであれば、せめて東アジアの平和と安定のために度をわきまえた態度をとるべきだ、等の言葉で、現在の冷え切った日中関係を批判したと書かれています。来日中の外国要人がこのような批判を行なうのは異例とも。アブドラ首相は中国が脅威となりつつあるとも述べたようです。

また、フィリピンの Domingo Siazon 大使が、日本と中国の間の競争が地域の軍拡競争に発展し、貧困撲滅などの課題がないがしろになる可能性を憂慮する発言を行なったとも伝えています。

マレーシアの The Star 紙によれば、アブドラ首相の発言は日本経済新聞社主催の第12回「アジアの未来」国際交流会議の基調講演の中で行なわれたもののようです。日本の対中国、対韓国関係について、「率直に言って、状況は悪くなったと言わざるを得ない。経済と政治が反対の方向に向かっている」と述べたとのこと。

日経のサイトにも記事がありました。アブドラ首相の「現状の問題が続けば、地域の平和、安定に不安をもたらす。危惧、懸念を素直に表明すべきだ」「介入するつもりはないが、互いに話し合いを絶やさないことが大切だ」「アジアが分断された歴史に立ち戻ってはならない。域内協力が悪意に縛られるのを許してはいけない」などの言葉が引用されています。

シンガポールの New Straits Times は、中曽根元首相が「冬のソナタ」が東アジアに統一をもたらす、みたいな発言をしたところに焦点をあてていますね。なんだかなあ…

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2006年 5月 27日 午前 12:09 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.26

ハムザ・エル・ディーンの死

私はこの人の音楽を少ししか聴いたことがないので、語る資格はないのだけれど、心は悼みで満たされている。それほどに、彼の音楽は印象的だったから。

ナイル川の上流、ヌビアたちの地に生まれ育ち、歌った、Hamza el Din が死んだ。1929年生まれ。2006年5月23日、カリフォルニアにて、脳疾患のために死す。

え、日本に住んでいたことがあったの? 知らなかった。だからなのか。おおたか静流さんといっしょに歌っている "Muwashshah" と "Yatra" (おおたか静流さんのアルバム Home に収録。このアルバムは彼に献げられている)。ナイルの水音が聞こえる。太陽が見える。黒い肌に滲む汗のにおいがする。無機質で冷たい日常の中で、自分が生きていることを再確認させてくれる音楽だ。

ありがとう、ハムザ・エル・ディーン。安らかに眠ってください。

彼の死を伝えるページ

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2006年 5月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.25

イランの地平

Iranian intellectuals: from revolution to dissent ― イランの思想家 Ramin Jahanbegloo さんの語る、1979年のイスラム革命以降のイラン知識人の系譜。ジャハンベグローさんは4月27日以来、イラン政府によって拘束されたままである(openDemocracy の記事)。

Jahanbegloo さんは、イスラム革命がシャーによる圧政に抗するものであったにしても、「自由」や「解放」という概念が真の意味ではその主眼点にはならなかったとしている。イスラム革命において知識人の果たした役割は小さいものであった。革命を推し進めたイスラム聖職者たちとは異なる穏健な思想を持ち、より民主的な社会を目指した思想家たちは、革命の初期に排斥された。

革命に加わったのは、「革命」という概念に夢を懐く、ユートピア的な理想主義を信条とする知識人たちだった。彼らは、やがて、革命後のイラン社会における左派の敗退を味わうことになる。彼らの著作もまた、批判的な思考ではなく、理想主義的な思考に基づいた弱いものであった。

1990年代に入ると、「宗教的知識人」が擡頭する。彼らは二つの異なる立場に立っていた。一派は「改革派」と呼ぶべきもので、Abdolkarim Soroosh、Mohsen Kadivar、Alavi-Tabar、Mojtahed Shabastari などが挙げられる(Soroush については、ちょうど2年前にこのブログで名前を出したことがある)。彼らは民主的な社会、イスラムの改革、宗教の多様性などを主張し、イスラム聖職者(faqih)の絶対的な優位性を認めない。時を越えた宗教的な真理を認めつつも、その受容は、その時々の知識(科学や思想)によって変わるという主張である。

宗教的知識人のもう一派は、Reza Davari Ardakani、Javad Larijani、Mehdi Golshani などの、新保守派とでも呼ぶべき思想家たちである。彼らは反西洋的であり、反近代的であり、宗教と政治の不可分を主張する。

これらの2つの潮流と並んで、「対話的知識人(dialogical intellectual)と呼ぶべき、30代ないし40代の若い思想家たちが現われてきた。彼らは、強いイデオロギーの代わりに、対話の文化を提唱することによって、既存の秩序を緩やかに壊していくことを目指している。彼らはユートピア主義者の合理主義とも、原理主義の政治とも同時に距離を置き、近代化を「敵」としてではなく、「プロセス」としてとらえている。彼らの手によって、近代性は伝統を脅かす存在ではなく、イラン市民が「今を生きる」ためのヒントととしてとらえることができるようになったのである。

…というのがこの論文の要旨だ。前提知識が欠如しているため、私には理解できない部分もあるが、強いイデオロギーの時代が去った後、思想が一時期、社会の状況との関連性を失い、それが徐々にまた、極端なイデオロギーではなく、相対化の視点によって社会との関わりを取り戻しつつある様子は、今の日本とも重なるところがあるのではないかと思えた。

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2006年 5月 25日 午前 12:32 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2006.05.24

ビルマの16年

ビルマ(ミャンマー)で軍事政権により続けられているアウン・サン・スー・チーさんの自宅軟禁が今週の土曜日に解かれるのではないかという期待が高まっている。National League for Democracy(国民民主連盟)が選挙で圧勝したのが1990年のこの日で、2002年から続いている現在の「保護のための拘留」が期限を迎える。先週土曜日(5月20日)に Ibrahim Gambari 国連事務次長がスー・チーさんとの面会を認められたことが、状況好転の兆しとされている(Independent 紙の記事)。

ビルマ国外から民主化を求める立場で報道を行なっている The Irrawaddy のサイトに、日本とビルマの関係に関する Neil Lawrence さんの記事が載っている。ビルマという存在がほとんど日本の市民には忘れられている中、NGO などによる支援が続いているが、民主化などの政治的な側面が意図的に避けられているという指摘。JICA(独立行政法人国際協力機構)も、民主化を求めつつ支援を行なっていると広報しているが、実際の予算を検証すると、民主化に貢献する項目は全くないという分析や、ODAが軍事政権の存続に貢献しているという日本ビルマ救援センター(BRCJ)の主張、報道写真家の宇田有三さんの仕事などが紹介されている。

また、The Irrawaddy の記事には、ジャーナリスト Ludu Daw Amar さんの「(現軍事政権は)近現代のビルマにおいて、日本による占領の次に悪い時期だ」という言葉や、難民認定を拒む日本が、カレン族などの少数民族の迫害を続けるビルマ軍事政権に似て、その民族中心的な国家観ゆえにグローバル化した世界に適応できなくなっていくのではないかという予想が記されており、考えさせられるところが多い。

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2006年 5月 24日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.23

アフガニスタンの学校で

Afghan girls fighting to learn ― The Australian 紙の記事。タリバン政権下でアフガニスタンの女性は5年間にわたって教育の機会を奪われていた。アフガン戦争によって政権は崩壊したが、今でもなお、原理主義者たちは学校を閉鎖しつつあると伝えている。

過去6か月で、90の学校が焼き討ちにあい、200校が閉鎖された。教師が殺されたり脅迫を受けたりする例が後を絶たない。東部 Kunar 地方では、校庭にロケット弾が打ち込まれ、子どもが6人殺された。特にタリバンの地盤であった南部では女子の教育が危機的な状況になっており、Uruzgan 地方では、小学校就学年齢の女子の10%、Zabul地方ではわずか1%、全国的に見ても40%しか学校に通っていない。中等教育レベルでは、女子の就学率は約7%にとどまっていると考えられている。女性の識字率は14%。

伝統的な価値観で、女子の教育に全く重きをおかない家庭も多い。原理主義者の目につかないように、近所の家で開かれる「秘密学校」に通う女の子もいる。女性の教育が一時途絶えていたことによる教師不足も深刻である。

カリフォルニアの The Daily Review 紙に、サンフランシスコ近郊 Hayward 市の市民が募金で集めたお金をもとに、姉妹都市である Ghazni で成人向けの識字教室を開講した話が載っている。この記事もタリバンの巻き返しや、学校の焼き討ちなどの状況を伝えている。現地を訪問した人によれば、女性はみなブルカを着用しているという。

私は、普遍的に両性が平等に教育を受ける権利、就労する権利を有していると信じるので、その点において、タリバン政権を崩壊せしめたアフガン戦争にある程度の評価を与えなくてはならないと思うのだが、これらの記事を読むと、そのような肯定的な評価を下せるのは、これから何年も、何十年もかけて闘われる地道な女性の権利拡大の結果を見てからだということが分かる。戦争に賛成であった者も反対であった者も、今、アフガニスタンを見捨ててはならない。私たちを、そしてとりわけアフガニスタンの人たちを待ち受けているのは、武器をもって行なわれる愚者の野蛮な戦いではなく、人々の信頼を勝ち取るための、忍耐と智恵が求められる闘いだ。

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2006年 5月 23日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.05.22

ダルフールは梅雨入り間近

サハラ以南アフリカの降水量

アメリカ商務省海洋大気局のサイトにある過去一年間の画像をつなげて、アフリカ西海岸からエリトリアあたりまでの降雨のアニメーションを作ってみました。右端の大きな国がスーダンで、薄く色づけをしたところがダルフール(Darfur)。その西隣がチャドです。

今月中か6月初めにはダルフール南部から西部にかけてが雨期に入ります。Relief Webによれば、今年は、雨の北上が例年より若干早いようです。雨期には、チャド東部の難民キャンプやダルフールの小さな村々は交通が途絶えてしまい、援助物資の輸送ができなくなってしまいます。

5月5日に、ハルツームのスーダン政府とダルフールの最大反政府勢力 Sudan Liberation Army 主流派(Zaghawa 人の Minni Arcu Minnawi が率いる)の間で政府系の武装組織 Janjaweed 民兵の武装解除などを含む停戦が合意されましたが、ニューヨークタイムズ紙によれば、現在は、調印を拒んだ SLA 非主流派(ダルフールの最大民族集団 Fur 人の Abdul Wahid al-Nur が率いる)と主流派の間の緊張が高まっているようです。飼っていた家畜が盗まれたことの報復に襲撃したりといった争いが多く起きているらしいです。

民族対立が長年ぎりぎりのところで抑えられてきたのに、何か本当は些細な事件がいくつか起こったのがきっかけで抜き差しならぬ事態に陥ってしまい、多くの人の命が失われる。強大な国家の侵略戦争だけでなく、悲しみの種はもっと身近なところにもあるんだなって思う、例年よりも雨の多い5月。

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2006年 5月 22日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.21

青空文庫のフィード停止中

このブログの左下にリンクがある青空文庫新着情報RSSは、現在、サーバが停止中です。実質的に管理をしてくださっているかたが、サーバの問題を発見し、止めてくださいました。サーバがいつ復帰するかは、復帰するか否かを含め、未定です。

これを機に、青空文庫本体でのフィード提供に大きく舵を切ってくださいませ、呼びかけ人のみなさま。よろしくお願いします。

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2006年 5月 21日 午前 12:13 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.05.20

国語元年?

US Senate says English is national, unifying tongue ― アメリカ上院で、18日、移民法制改革の審議において、オクラホマ州選出の James Inhofe 上院議員(共和党)提出の「英語は合州国の公用語(official language)である」という文言を含んだ修正案と、コロラド州選出の Ken Salazar 上院議員(民主党)提出の「英語は国民を統合する共通語(common and unifying language)である」という文言を含んだ修正案が可決された。どちらの修正案が施行されるかは、下院との両院折衝の結果による。

移民法案全体が社会的弱者への対処という観点からは問題を多く含んでおり、そのような大きな視点で分析がされなければならないとは思うが、「英語が国語」とする法律が誕生することの象徴的な意味は大きい。私が知る限りでも1980年代後半から "English Only" と呼ばれるかなり排斥的な動きがあり、1990年代半ばにその差別性に憂慮を示す宣言をアメリカ言語学会が出したりして、心ある人々は英語公用語化法制に反対してきた。今回の上院での修正案可決は、おそらく、多様性の力を信じ、先住民への迫害などの過去への責任を自覚する人たちが(一時的にであれ)敗北したことを意味している。

言語は、身近にあるだけに、客観的に考えることがむずかしい。ふつうに生きている人たちが、言語、特に自分の第一言語について、やたら感傷的になったり(昔の「言霊」が云々みたいな言説)、防御的になったり(「文化」や「アイデンティティ」と外延が一致すると思っていたりする)、攻撃的になったり(マイノリティや被占領者への押しつけなど)するのはしかたがないことなのかもしれない。ちょっと気になって調べてみた:地動説を提唱したコペルニクスが生きたのは1473年から1543年。地動説を信じた故にガリレイが体制に殺害されたのはコペルニクスの死後1世紀たった1642年だ。地動説が「常識」になったのは、それよりずっと後のことに違いない。言語学に目を転じて見れば、現代の言語学の生みの親ソシュールは1913年没。それからほぼ1世紀たった今、人々が未だに言語に関して幻想の中に生きていたとしても、それはきっと、当たり前のことなのだ。

共謀罪が採決間際にまで来ている時に、よく、よその国のさして火急でもない話題について書いていられるな、という批判を受けるかもしれない。自分らしい言葉がなかなか見つけられないのだけれど、目を逸らしているわけではない。私もがんばる。)

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2006年 5月 20日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.19

名づける

アメリカでは、"Nevaeh"(ナベイア)という名前を付けられる赤ちゃんが急速に増えているというニューヨーク・タイムズ紙の記事

Navaeh は、聖書などに出てくる名前でもないし、他の言語や文化からの外来語でもない。2000年にロック歌手が自分の子どもに付けたのが流行のきっかけらしい。"Heaven"(天国)を後ろから綴ったものだそうです。

記事で紹介されている社会保障局の Popular Baby Names のページもなかなか興味深いです。昨年の男女別赤ちゃんの人気の名前ベスト10のほか、任意の年のランキングや、任意の名前の流行の変遷などが分かります。例えば、昨年の女の子の人気第1位は Emily ちゃん。私の同年代にはあまりいないんですよね(200位以下)。反対に、同年代ではトップ10に入っていた Susan は、今では見る影もなく609位にまで後退しています。

裏で政府によってどれだけの個人データの収集が行なわれているかということさえ考えなければ、このページ、かなり楽しく遊べます。日本の法務省のサイトにもあるといいのに、こんなページ。って本気?

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2006年 5月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.18

壊された民

インド政府が、下層カーストに割り当てられている大学入学定員を増やす計画を発表し、上流カーストを中心に抗議行動が活発化しているらしい。各地の病院の医師や医学生がストライキを行なっているというロイター電を読んだ。気が付いてみると、一週間ほど前から、夥しい数の報道がある。例えば Rediff の特集ページ

広く、アファーマティブ・アクション(affirmative action)など定員割り当て(quota)による差別の解消方略については、例えばネオリベな人たちは端から拒絶反応を示すのではないかと思うが、私は、クオータ制によって問題が根本的に解決されるとは全く信じないものの、経過的な措置としては効果を発揮することもあり、やってみる価値はあるものだと考えている。少なくとも毛嫌いせず、状況に応じて考慮の対象とするべきだと思う。

というわけで、インドの現状で、現在検討されている留保制度(Reservation)に期待が持てるのかを考えたいと思ったのだけど、なかなか敷居が高い。SC (= Scheduled Caste、指定カースト、つまり Dalit 不可触民。人口のほぼ6分の1を占める)、ST (= Scheduled Tribes、指定部族、少数民族らしい)、OBC (= Other Backward Castes、つまり、ダーリット以外の下層カースト)等々、用語の定義を見ても、実感が湧かない。行ってみたいぞインド亜大陸。

とりあえず、次の二つのサイトに目を通すことから始めようと思う。先は長い。

"Broken people" というのは "dalit" という呼び名の意味。アンベードカルさんというのは、20世紀インドにおける不可触制(untouchability)との闘いの生みの親のような人らしい。

インドの問題は日本の問題と少しずつ重なっている。このような社会の階層性のようなものも、各国固有の伝統であって尊重されなければならないものなのだろうか。私にはそうは思えない。こういう差別や搾取、構造的暴力の下支えをしている宗教であっても、それに対し寛容であるべきだろうか。それは原理主義であるようにも思われる。このような問題を抱えていても、無条件でその国を愛する心を育てるべきだろうか。いや、悪しき過去に連なる悪しき現在を糾していく勇気こそ育まれるべきであるはずだ。

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2006年 5月 18日 午前 12:03 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2006.05.17

気分の佳い日の日記

私の職場は私立大学で、今そこでは来年から4年間の中期計画というのを策定している。個人的にはいろいろと意見があるのだけれど、ここでそれらを述べるつもりはない。ただ、計画の案文の中に、私がかねてから気にしてきて、ここでも書いたことがある問題に関わる部分があったので、思い切って、あるいは重い腰を上げて、調べてみた。

それは、「新しい財政政策の確立」と題されたところにある「資産運用政策の発展強化」という提言だ。日本政府の文教予算はとても小さくて、私立大学は大学生人口の大半を担っているにも関わらず、補助金は少なく、その収入の大部分は学生たちの収める学費等から来ている。18歳人口がどんどん減っていく今後、学費その他による収入増はとうてい見込めない。より広く寄付を募る他、持っている資産は金庫に眠らせておくのではなく、運用しよう、投資によって少しでも増やそうという話だ。私の大学は、近年、この資産運用を積極的に始めたらしく、年間約3億円が資産運用収入として財政公開資料に記載されている。

問題は、その資産運用が倫理的な観点から問題ないかということだ。この観点については、今年の1月26日の記事で書いた。ちなみに、アメリカでは、1月に紹介したパレスチナ占領の問題の他、スーダンのダルフール関連でも大学の脱資が相次いでいる。例えばカリフォルニア大学群

で、大学の財務部基金課というところに問い合わせてみた。最初、ちょっと警戒されたみたいだったが、「アコムが功労者として表彰されていたのを思い出して、アイフルじゃなくてよかったと思いました」と言ったら、意図は分かってもらえたようで、以下の点を教えてくれた。(1) 現時点で、購入した債券は国債と政府保証債(公的機関のもの)だけであり、民間企業の社債や株式は保有していない。(2) 資産運用の実際については、理事長が議長を務める資金運用委員会で決定される。(3) そこでは、安全性とともに、投資先が客観的に見て問題がないかが今後も考慮されるであろう。

…というわけで、私の勤め先は自然破壊を推し進めている企業、占領や戦争で儲けている企業などへの投資は行なっていないことが分かり、とても気分がよかった。ここ数か月で、かけて一番よかった電話だ。「あこぎなところには投資していません」って、もっと社会にアピールしてもいいんじゃないかと思った。

もちろん、国債はいいのかとか、電話で話を聞いただけで済ませていいのかとか、サラ金業者に投資はしないまでも寄付は受け付けていいのかとか、継続的に監視していかなくてはいけないのではないかとか、考えなければいけないとは思うのだ。でも、私の中では、そこを突き詰めていくよりも、他の部分での問題点を考えていくことのほうが、ずっと優先順位が高くなった。だって、よくしていかなくてはならない部分がたくさんあるのだもの。

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2006年 5月 17日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.16

骨太の方針を見守る

北海道新聞の記事によれば、2007年度予算の方向性を定める「骨太の方針」を6月に発表すべく、関係省庁の局長級の連絡会議が今月中に外国人労働者の雇用環境改善策を打ち出すという。関係省庁副大臣のプロジェクトチームも検討にあたっているらしい。

記事では、現在、検討されている課題として、(1) 外国人労働者とその家族への日本語教育と生活・雇用環境改善、(2) 医療サービスの拡充、(3) 不法就労対策の強化、があげられている。このうち、(1) と (2) は率直に言って現在のところ行政面では無策に等しい状態であるので、早急かつ有効な施策がとられることを期待したい。

外国人労働者やその配偶者の日本語学習支援については、地域の市民ボランティアによる取り組みが行なわれているところも多い。地方自治体レベルで、それらの実際に支援にあたっている市民団体と連携し、より広く、より深く、支援が可能になるような枠組みが必要である。また、外国人児童の受け入れにしても、現在のところ、小中学校の先生方が手探りで取り組んでいるのが現状だ。どちらの場面でも、第二言語習得や教授法などの知識に基づいた効果的な指導が行なわれているとは言いがたいだろう。課題は大きい。

この検討は安倍晋三官房長官が経済財政諮問会議で「外国人が地域といかに融合していくか、どういう定着の指針ができるか」を考えるようにと指示したことが端緒になったと言う。私は、安倍氏の日ごろの言動にマイノリティに優しい社会づくりを目指す契機を見て取ることができないのであるが、どうか不寛容による社会全体の閉塞感を打ち破るような行政が生まれてくることを願って、見守っていきたい。

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2006年 5月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.15

子どもたちの絵

先月の終わりに、マサチューセッツ州のブランダイズ大学で、イスラエル人学生の Lior Halperin さんが企画したパレスチナの子どもたちの絵の展覧会が大学当局によって中止させられたというニュースを聞いた人は多いだろうと思います。その子どもたちの絵がネット上で公開されているのを David Bloom さんの記事で知りました。

"Palestinian art exhibit (banned by Brandeis Univ)" ― ページ右側の "View Images" のリンクから、十数人の紹介と絵を一つずつ見ることができます(私は、少し大人びた最後の三枚が好きです)。

展覧会を中止に追い込んだのは、「視点がパレスチナ側に偏っているから」「絵を理解するための文脈が説明されておらず、有益な議論に結びつかないから」「絵の多くは、子どもたちがプロパガンダを信じこんで描いたものだから」などの意見でした。ブランダイズ大学がユダヤ教の学校だという大きな文脈で考えれば、むしろ展覧会が説明という点で自己完結している必要はないような気もしますが、パレスチナから遠く離れたアメリカ東海岸に住んでいれば、たしかにプロパガンダに見えるかなあとも思います。でも、いくつかの光景は子どもたちが実際に目にしたものかもしれない。また、見たものを理解するために、大人たちからの説明が必要だったのかもしれない。そこらへんのことを自分の経験を思い出して推察するには、私は歳を取りすぎてしまったようです。

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2006年 5月 15日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.14

アフガン・ラップだっ!

…と、DJ Besho というラッパーが、にわかに世界的に大注目です。28歳。本名 Bezhan Zafarmal さん。

アフガニスタン初のラッパーで、アフガニスタン国内では若者に大人気。ラップというとドラッグや暴力の連想があるが、彼は「闘うなら、拳やナイフではなくラップでやれ」という感じのメッセージを発しているとのこと。麻薬はやめとけ、よく勉強しろ、などとも歌っているらしいです。なんか、こういう肯定的なことを素直に表現して人気が出るというところに世界の広さを感じてしまいます。平和ボケしてモノに溢れた国に私が住んでいるからでしょうかね。

ミュージック・ビデオに女性が出てくるとか、音楽で快楽を得るのはイスラムの教えに反するとか、ラップなんて西洋かぶれなんじゃないかとか、いろいろと反発もあるようですが、とにかくは実際に彼を見てみましょうか:YouTube にあるビデオ

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2006年 5月 14日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.05.13

花粉症に口づけ

Allergy sufferers just itchin' for kissin' ― 30分間キスをすると、免疫グロブリンEという物質の分泌が減って、ヒスタミンのレベルが下がり、花粉症の症状が改善されるという調査結果があるという。日本で最近行なわれた研究の結果。

Journal of Psychosomatic Research という雑誌に掲載された "Kissing selectively decreases allergen-specific IgE production in atopic patients" という論文(リンク先で要約が読めます)を紹介したものらしい。大阪府にある佐藤病院の木俣肇医師による研究。キスによってリラックスすることがヒスタミンの生産が抑えるのではないかと論じている。ただ抱き合っていちゃついているだけでは効果はないという報道もある。

私もスギとヒノキの花粉症です。発症期には、30分はおろか、ほんの僅かな時間でもキスするのは苦しいんですけど。だれか一緒に治療を受けてみます? って、あまりにお約束なオチですみません。

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2006年 5月 13日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.12

憲法草案を読む

アメリカと緊密な同盟関係にあるその国では、近年、憲法に関する論議が高まってきている。今週の月曜日にある団体が発表した新憲法草案を見てみよう。

…といった類の、ちょっと思わせぶりの、もったいぶった書き方が私のスタイルだと思われないよう、脱構築して最初に種明かししちゃいます。イスラエルの話です。

エルサレム・ポスト紙の記事 "Democracy Institute offers constitution" によると、Israel Democracy Institute という団体(司法省から委託を受けて研究などを行なうこともあるようです)が Meir Shamgar 元最高裁長官らの執筆による憲法草案を発表しました(現在のところ、IDI のサイトには報道発表はありますが、英文の草案はまだありません)。

この憲法草案の主な点を記事に沿って拾い上げてみます。

  1. イスラエルをユダヤ国家であると規定する
  2. 拷問などの残酷、非人間的な扱いを禁止する
  3. 治安維持のための予備拘束を禁止し、すみやかに裁判を受ける権利を保証する
  4. 国内での、および国外への移動の権利を保証する
  5. 大臣の数を18と定める
  6. 経済的な格差是正のために予算を用いることを義務づける、財政の透明性を確保する

第1点は、イスラエル国内のアラブ系市民などの問題がありますから重要ですが、詳しいことは述べられていません。第2点、第3点については、イスラエルが現状として Israeli Defence Forces 「イ衛隊」による拘束や拷問などの人権問題を抱えていることが記事でも指摘されています。第4点も、モルデハイ・バヌヌさんが出国を認められていないことからも分かるように、現在は保証されていません。第5点関連では、現在の閣僚数は25名だとのことです。最後の点は財政関連ですが、政府の予算配分などについて裁判で異議を申し立てることができるようになる、という点が記事では紹介されています。

他人の国の憲法に対してああだ、こうだ言うつもりはないのですが、アメリカが「重要な同盟国」であると公言し、「その地域で最も民主的な国」であるとしているイスラエルで、これらの点が今の時点で議論の対象とされ、これから確立されていくのだというのは、私にはちょっと驚きでした(ちなみに、現在、イスラエルは明文憲法を持っていないようです)。

これらの主な点をすでに憲法の中に盛り込んでいる国もあります:

第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
第33条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第34条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第36条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
第38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
 2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
 2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

すごいですね、この国。時代の最先端の憲法を持っている。ついでだから閣僚数を調べてみよう。18人だ! イスラエルがこれからの目標とする「小さい政府」を既に実現しているではないか! 私、大好き、この国!

…なんだ、結局、もったいぶった書き方になっちゃった。長々と書きましたが、要するに、日本国憲法は古くありません。変える必要なし!

もしみなさんのまわりに「60年近くも前の憲法じゃ古すぎる」「憲法を変えなければアメリカに同盟国として扱ってもらえない」と主張する人がいたら、その人は、かなりの世間知らずか、プロパガンダを鵜呑みにして思考停止してしまっている人だと考えられます。そんな人と話をする時に、この記事のことを思い出していただければ、うれしいです。

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2006年 5月 12日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.05.11

オンラインで大学

Degrees@StateU.edu: Online University Enrollment Soars as Quality Improves; Tuition Funds Other Projects ― ウォールストリート・ジャーナル紙の見た大学における遠隔教育の現状。ふだん私が読む新聞ではないので、よく分からないのですが、リンクはすぐ消えてしまうのかもしれません。

オンラインで学位が取れるプログラムは、少し前までは、株式会社が設置した大学が提供するものばかりだったが、ここ数年、州立大学による取り組みが急速に普及している。有名私立大学がオンラインプログラムの設置に消極的なのと対照的である。会社が経営する商業主義の大学が応募者ほとんど全員を入学させて、途中退学者が多いのに比べ、州立大学が提供する遠隔教育では、キャンパスで受講する学生と同じ基準の入学審査がなされ、教育の質が保証されており、全課程を修了する学生の割合も教室で学ぶ学生たちとほとんど変わらない。アメリカでは通学して学ぶ大学生がこのところ増えていないが、遠隔授業で学位を取る学生は急増しており、2008年には、大学生の10人に1人はオンライン受講生となるだろうと予想されている。

UMass (= University of Massachusetts) の例では、ウェブベースのコースは州の補助金の対象とならないので、学費はオンキャンパスのコースよりも高い。MBA では、前者が1単位あたり$670、後者が$540から$600。それでも株式会社が経営される大学よりも3、4割安い。また、イリノイ大学の例として、試験のカンニング防止策として、学生の地元の図書館や学校でテストを受けるという方式が紹介されている。

オンラインのコースを教える教員には、教室授業のコースをウェブに載せるのに適した形に変える作業などのために30万円程度の一時金が出るほか、担当手当も教室授業よりも高めに設定されている。

日本では来年(2007年)春には大学全入時代が到来すると言われていますが、あまりオンラインでコースを提供する話は盛り上がっていない感じがします。まだこれから?

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2006年 5月 11日 午前 12:04 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.10

もらってうれしかったティッシュー

街を歩いていると手渡されるポケット・ティッシューは、サラ金のものが多いですよね。あとは、飲食店、資格の通信講座、とかかな。年代や性別などを見て判断して渡しているのかもしれませんが。私は花粉症なので、もらえるのはうれしいですが、それを見てその店に行ってみようとか思ったことはありません。どれくらい宣伝になるのだろう。

昨日の夜、仕事帰りに駅の近くでもらったポケット・ティッシューは素敵でした。宣伝効果があるといいなあ。

京都自治労連のポケット・ティッシュー

下手な写真で申し訳ないのですが、京都自治労連のみなさんが配っていたものです。表には「世界の希望 日本の誇り 憲法9条」、裏には「武力にたよらない国際貢献こそ求められています。」という言葉と、日本国憲法第9条の条文が書かれています。

ちょっと生真面目すぎるというか、もう少し情熱的であってもいいような気もしますが、今まで生きていて、もらって一番うれしかったポケット・ティッシューです。組合員の人たちの組合費とかカンパで作られたのだと思うと、本当に頭が下がる思いです。

使わないで取っておこうか。いや、だれかにあげるのがいいですね、きっと。

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2006年 5月 10日 午前 12:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.09

ブッシュがドイツに、日本に期待すること

George W. Bush Interview: "Germans Don't Like War. I Can Understand That." ― ドイツの Spiegel 誌のサイトに掲載されたブッシュ大統領のインタビュー全文(英文)。インタビューを行なったのはドイツ BILD am Sonntag 紙の Kai Diekmann さん。

最初、イギリス Telegraph 紙の記事で、「大統領になって以来、一番よかった瞬間は?」と聞かれ、「自分の家の敷地にある湖で4キロ近くあるブラックバスが釣れた時」と答えたという記事を読んだので、あきれながら詳しい情報を探したのだが、全体を読んでみたら、考えさせられることも多いインタビューだった。

9/11から西洋は正しい教訓を学んだと思うか、という問いに対し、「目的を達成するためなら罪のない命をも冷酷に奪うような敵と向き合っていることを西洋は認識したと思う」と答えている。はなはだ不満足な答えだとも思われるが、後に、イスラム世界と過激派、テロリストとを分けて語ってもいるので、この答えもそのような形で解釈するべきなのだろう。自分の言葉が意図とは裏腹にムスリム世界によって悪く解釈されることもしばしばある、とも述べている。

テロとの戦いについては、「やらなかったら、世界はもっとひどいことになっていたと思う」と答えている。戦いにいつ勝ったかは、民主主義が国々に根付くことによって計られるべきで、自爆攻撃などが完全に無くなるかどうかで判断するつもりはないとしている。

イランとの緊張に関しては、軍事的な解決という選択肢を除外はしないものの、外交的に解決するつもりだとしている。

一番印象に残ったのは次の部分。ドイツが果たすべき役割や、イラク攻撃に参加しなかったことによってドイツとアメリカの間に溝ができたと思うかという質問に対して、「ドイツ人は戦争がおぞましいものだと思っていること、政治的に右であれ左であれ、ドイツ人は戦争が嫌いなのだということが分かった。そして、私はそれが理解できる。ひどい戦争によって人生をめちゃくちゃにされた世代のいる国だからね」と言い、ドイツには軍事的な役割ではなく、経済的な牽引力を期待すると述べている。

大統領閣下、日本もほとんどの人が戦争が嫌いなのです。二度と戦争をしないことを、軍事力を持たないことを誓った国なのです。そのことをどうか理解してください。そして、日本が軍事的な役割を担うことを期待しないでください。

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2006年 5月 9日 午前 01:24 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.08

ギャローデット大学の闘い

アメリカの首都ワシントンDCにギャローデット(Gallaudet)大学という有名な大学があります。アメリカで、あるいはもしかすると世界で唯一のろう者のための高等教育機関です。

ギャローデット大学では、18年間学長を務めた I. King Jordan 氏が今年の12月をもって退任することになり、理事会が5月1日に、Jane K. Fernandes 教務部長を新学長に選出しました。これに対し、多くの学生や教職員から抗議の声があがっています(Deaf Hot News の特集ページ学生の抗議行動 Not Without Us! のサイト)。

1988年には、いったん理事会が聴者を学長に選出したものの、Deaf President Now という激しい反対運動が起こり、理事会の決定が撤回され、Jordan 現学長(20代に事故により失聴)が選出されました。このころ私はアメリカに住んでおり、新聞やテレビで広く報道されていたのを覚えています。全米の多くの大学で手話(ASL = American Sign Language)を外国語の単位として認めるように求める運動が拡がりを見せていた時期でもあり、平等な市民としてのろう者の社会地位確立が強く意識されていた時代だったのだと思います。

今回の学長選出にあたっては、最終選考に残った3人の候補はすべてろう者でしたが、有力視されていた黒人候補がその前の段階で除外されてしまい候補者の人種的多様性が感じられなくなってしまったこと、Fernandez 教務部長が学生の間で人望がうすいこと、また、彼女が口話教育を受けて育ったため「真のろう者ではない」ことなどが、抗議行動の引き金になったということが伝えられています(ワシントン・ポスト紙の5月5日の記事)。

そのような見方に対し、運動の先頭に立っている Anthony Mowl さんは、"Why I'm Protesting" という文章の中で、抗議行動がもっと広い社会的な意味を持っていることを指摘しています。ろう者の社会進出が進んだため、18年前とは異なり、ギャローデット大学はろう者が唯一目指すことのできる大学ではなくなりました(手話通訳が用意されることが多くなったり、人工内耳の普及により、さまざまな大学に進学するろう者が増えているようです)。そのような新しい状況の中で、大学を新たな方向に導くリーダーが必要とされているが、今回の決定はそのような期待に沿うものではない。そのような視点から選出を行なうには、学生を含む大学の構成員が広く民主的に参加することが必要だ、というのが Mowl さんの主張です。

私も、いろいろな意味で、ギャローデット大学の状況が私たちの社会の縮図であるように思います。多くの大学で運営が構成員の手から少数の「経営者」たちの手に渡りつつあること。アメリカのろう者の「帰属意識」を培うものがわずか20年たらずの間に大きく変わったように、私たち一人ひとりのアイデンティティが古い伝統や静的な文化によって規定されなくなりつつある(のにも関わらず、権力者たちが相も変わらず時代遅れのナショナリズムを人々に押しつけようとする)こと、等々。

この抗議運動に関する記事を掲載していらっしゃる「海外手話の世界へ」ブログにトラックバックを送ります。あともう一つ、「ろう者で日本人で・・・」というブログにも記事を見つけたのですが、トラックバックを受け付けていらっしゃらないみたい。

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2006年 5月 8日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.05.07

遺伝子組み換え作物

GM crops Currently on the Market in the United States ― アメリカ合州国で認可されている遺伝子組み換え作物の一覧。

  • 大豆 (3 品種)[すでに流通、作付け面積の85%]
  • 綿/コットン (11 品種)[すでに流通、作付け面積の70%]
  • トウモロコシ (20 品種)[すでに流通、作付け面積の50%]
  • アブラナ/キャノーラ (11 品種)[すでに流通]
  • かぼちゃ (2 品種)[すでに流通]
  • パパイヤ[すでに流通]

  • トマト (6 品種)[市場から撤退]
  • じゃがいも (4 品種)[市場から撤退]
  • 甜菜/シュガービート/砂糖大根 (3 品種)[市場から撤退]
  • 亜麻[市場から撤退]

  • メロン
  • ラディッキオ/赤チコリ/トレビス
  • アルファルファ

  • 米[市場の反対が強く商業化していない]
  • 小麦[市場の反対が強く商業化していない]

日本で流通しているもののリストを探さなくちゃなあと思いつつ、親切な人が教えてくれるのを待つ、怠惰な今日このごろ。

上記リンク先に書いてある出典は、遺伝子組み換え反対のニュースレター全体へのリンクで、この件に関してはこれ以上の情報は得られませんでした。その代わりと言ってはなんですが、遺伝子組み換えでない大豆を確保するために地元で大豆の栽培を始めたドイツの豆腐屋さんの話を読むことができました。木綿、絹ごしなどの他に、トマトとチリ入りの赤豆腐、豆腐のテリーヌなど、いろいろな商品がレシピとともに紹介されています。

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2006年 5月 7日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.05.06

サッカーとナショナリズム

ワールドカップを前に、キリスト教の牧師チームと、イスラム教のイマーム(聖職者)チームが今日、ベルリンで8人制サッカーの交流試合を行なうそうです。レフリーはユダヤ教徒。Deutsche Welle の英語ニュース記事で知りました。各種の裏方として仏教徒やヒンズー教徒が登場するとの噂も…って、ちょっと悪ノリ気味だな、この記事。

ベルリンでは、昨日、イギリス大使館の主催で "Integration, Racism and Football"(社会の統合、人種差別とサッカー)という会議が開かれたらしい。これを書いている時点では、まだ「開かれる」という記事しか見当らない。例えば BBC の記事。ドイツでは先月、アフリカ系の市民に対する襲撃事件があって、ワールドカップ観客を巻き込む人種差別的な騒動が起こるのではないかと心配されているらしい。また、下部リーグのチーム内で人種差別がよく見られるとか、極右集団がワールドカップの試合に合わせて行進を行なう予定がある、などと書いてある。会議ではサッカーがそのような障壁を越えて社会をゆたかにすることができるか、といったテーマで話し合いが行なわれる(行なわれた)らしい。

私は「これは政治じゃないんだ、スポーツなんだ。だから文句ないだろ」といった感じで国旗とか国歌とかを押し売りされると非常にシラケる人なので、こういう話題は苦手なのだけれど、身近なところで、日本の中にしろ隣国においてにしろ、スポーツを触媒にしてナショナリズムが盛り立てられていることをとても不安に思っている。この会議や試合を通じて、新たな寛容な考えが生まれてくることを切に祈る。

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2006年 5月 6日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.05.05

問題の多い国

Failed States Index 2006 ― The Fund for Peace という団体と Foreign Policy という雑誌がこのほど発表した「うまくいっていない国、破綻国家(failed states)」の順位表。最悪の評価が与えられたのはスーダンで、コンゴ民主共和国、コート・ジボアール、イラク、ジンバブエ、チャド、ソマリア、ハイチ、パキスタン、アフガニスタン、と続く。予想どおり、「上位」にはサハラ以南のアフリカ諸国が多い。

2005年後半の情報をもとに算出された順位表だが、調査対象となったのは146か国で、十分な情報が得られなかったため含まれていない国も多い。例えば、東ティモールは入っていない。また、地震やハリケーンなど、ちょうど調査時期に危機が訪れたパキスタンやアメリカは、前年よりも極端に評価が下がっているらしい。一方、今年に入ってからのイラクの治安悪化なども考慮されていない。

「この国ってもっと危ないんじゃない(例えば54位のエリトリア)?」「どうしてA国のほうがB国より上なんだ」等の疑問は尽きないだろうと思うが、全体的にはわりとバランスの取れた、納得のいくものになっているように思う。

評価項目として用いられたのは、Conflict Assessment System Tool と名付けられた以下の12点(英語の項目名が分かりにくいので、各項目の例などを引用して提示する)。

  1. 人口増による食糧難、年齢構成の歪み
  2. 難民、避難民の増加
  3. 差別、迫害、排除、ヘイトスピーチ
  4. 人口の流出
  5. 経済の不均衡、貧困化
  6. 経済の悪化
  7. 官僚等の腐敗、不正選挙
  8. 福祉等の後退
  9. 独裁、人権侵害
  10. 民兵組織などの跋扈
  11. 民族対立、ナショナリズムの擡頭
  12. 外国の軍隊による干渉

順位表の各列のタイトル部分をクリックすると、上記12項目でソートされた結果が表示される。Foreign Policy 誌のサイトには、全体の順位と腐敗に関する順位の相関や、順位と平均年齢の相関なども考察されている。

まあ、あまり細かく見てもしかたがない気もするが、3 の差別、迫害、排除、ヘイトスピーチに関してとか 9 の人権侵害に関して、日本が韓国よりも悪い評価になっている点など、特にネットウヨクの人たちには、自分たちのやっていることがいかに日本の品位をおとしめているかということも含め、よく胸に手をあてて考えてもらいたいものである。

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5月28日追記:えっちぃトラックバックがたくさん来るので、トラックバックを受け付けない設定にしました。

2006年 5月 5日 午前 12:00 | | コメント (0)

2006.05.04

チェルノブイリの遺産

"Chernobyl Legacy" ― Seed Magazine という科学系の雑誌のサイトに掲載された、写真家 Paul Fusco さんによるチェルノブイリ原発事故に関するフォト・エッセイ。QuickTime Player のキャプチャ画面の部分をクリックすると約4分ほどの動画が再生されます。語りも Fusco さん。以下に、ナレーションを全訳します。未許可です。メールを書いて許諾を得ようと考えています。

写真の中には、かなり衝撃的なものもありますし、以下に翻訳するナレーションにも、精神や身体に障碍を持つ人にとって受け容れがたい表現が含まれています。その点、十分お含みおきの上、ご覧ください。特に、私が訳した言葉の中には、私の感覚では許せない言葉遣いがありますが、私はほぼ忠実に原文を日本語に訳しました。私には、それによって障碍を持つ人々の尊厳を踏みにじる意図はありません。おそらく、私の過去の記事を総体として見ていただければ、そのことは分かっていただけるのではないかと考えています。英語でそれらの言葉を発している Fusco さんにしても、彼のこれまでの仕事を見れば、彼が人を傷つけるためにそのような表現を用いているのではないことを容易に察することができると思います。そのような弁解をお読みいただいたとしても、いくつかの言葉はだれかを傷つけるでしょう。心の底からお詫びを申し上げます。

チェルノブイリの遺したもの
ポールファスコによるフォト・エッセイ

ポール・ファスコ
写真家(マグナム写真社)

だれかが間違えて、押してはいけないボタンを押してはいけない時に押してしまい、20秒後には、もうだれにも止められない状態になっていたんです。何千トンもの放射性物質が大気中に放出されました。ちょうど暴風雨の真っ最中だったので、放射性物質はどんどん国境を越えて行きました。

放射性物質の70%はベラルーシに降り注ぎました。ベラルーシに原子炉があったわけではないんですが。

イバン・シャブレさん
生存者の証言

現場に真っ先に駆けつけたのは、二つの消防隊の人たちでした。「モスクワの病院で目を覚ましました。最初は、放射能のことで冗談を言い合ったりしていました。しかし、その後で、仲間の一人が鼻や口から出血し、体が黒く変色していき、死んだ、という話を聞きました。」

放射線が残っているところでは、人々はそれとともに生活しています。食べ物の中、飲む水の中にも入っているわけです。

ノビンキ
子どもたちの精神病院

ノビンキの子どもたちは問題がある子どもたちです。診断の結果、ABCDに区分けされています。Dというのは、絶望的で、本当の人間にはなるあてもなく、できることも限られています。そういった子どもたちがノビンキに送られるわけです。ノビンキでは、もし生き延びたとしたら、精神病院に入れられます。まるで違う種族が生まれようとしているようでした。というのは、みんな人間のように見えるのですが、みんな明らかにいろいろな障碍をかかえているのです。

アリーシャ
と黒い雨

アリーシャは幼い子どものころ、がんと診断されました。2歳ぐらいのときに、外に出て遊んでいて放射線をあびたのです。その日は雨が降っていました。黒い色をしていました。油っぽい雨でした。「チェルノブイリの黒い雨」と呼ばれています。9年後、アリーシャは白血病を発病しました。私が病院で彼女に会ったのは、彼女が16歳のときでした。とてもきれいな女の子でした。次の日、病院に戻ってみると、彼女は昏睡状態になっていました。ご両親は見るのも憐れなほど衝撃を受けていました。母親が子どもを亡くすのを目の当たりにする、酷い日でした。写真を撮り始める前に、撮影してもいいか聞いたんです。彼女の答えは、「はい。私たちがどんな目に遭わされたか、みんなに見てほしいのです」というものでした。

再びこのようなことが起こるかもしれないなどと考えるのも許されないと思うほど、怖ろしいことです。みんな、もう二度とこんなことは起きないと言っています。いつもそんなふうに言いますね。二度と起きないと。でも、私たちが作るもので、壊れないものなんてないのです。すべてのものが、やがてガタが来て、壊れるのです。

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2006年 5月 4日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.03

在日米軍再編最終報告批判

今さらの素朴な疑問。不勉強で恥ずかしい。

在日米軍再編の最終報告に日米両政府が合意して、名護の沿岸部に普天間飛行場の代替施設として滑走路を2本、V字形に建設するという話、オーバーランを含めて1,800メートルということになっていますが、そもそも辺野古沖に造るのは「ヘリポート」だという話じゃありませんでしたっけ?

ほら、例えば:防衛施設庁普天間飛行場移設対策本部の「キャンプ・シュワブ沖海上ヘリポート案について」。いつの文書か分からないけど、しきりに、ヘリポート、ヘリポートと書いてある。

で、沿岸部に建設する案が出てきてからは、「ヘリポート」という単語が強調されなくなったような気がする。一昨日(5月1日)付けの2+2の発表では、「普天間飛行場代替施設」の部分には「ヘリポート」という表現は一回も使われていません。なんか意図的だと思っちゃう。

軍事オタクの人には嗤われるのだろうけど、私のような素人には、そもそも離陸時と着陸時に有視界飛行域が住宅地上空を通らないようにするために滑走路が2本必要だというのが分からないんだよね。風向きに多少の影響は受けるとしても、ヘリコプターって、滑走しないで、そのまま上下移動して離発着できるんじゃないの?

また、意味論を専門とする言語学者としては、以下の記述にも警戒を呼びかけたくなります。出典は防衛庁・自衛隊の広報パンフレット「普天間飛行場-移設と返還の早期実現のために-」pp. 5-6です。

Q 新たな合意案とは、どのようなものですか?

海兵隊がヘリを運用する基地としての機能を有します
■滑走路とオーバーランを含む施設の長さは1,800m。格納庫、整備施設なども整備されます。
■ジェット戦闘機の離発着は考えられていません
■那覇港湾施設の機能が移設されることはありません。

強調をほどこした第1点、「~の機能を有します」という文は、「~以外の機能を有さない」ことを意味しません。ヘリ以外の航空機が使用しても、偽にはならない命題です。

強調をほどこした第2点の文は、「現時点で戦闘機の使用を考えていない」と言っているだけであって、将来の任意の時点において「戦闘機の離発着を考える」あるいは「考えた末、決定する」事態が出現したとしても、偽にはなりません。単純に考えても、その次にある「~ことはありません」に比べ、未来へのコミットメントの度合いが極端に低いことは明らかだと思います。

だから、日米政府に対して不信感をいだく私の結論としては、今回の日米合意は、「意図的に、ヘリコプター以外の使用ができると解釈してもウソをついたと言われないように文章を作成している」というものです。

ズルすぎ。市民をバカにしすぎ。許せなーい!

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2006年 5月 3日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (2)

2006.05.02

ホモフォビアに抗議を表わそう!

昨年『カミング・アウト』を出版した大阪府議の尾辻かな子さんのブログで、同性愛者など性的な少数者への偏見に抗議する5月17日の国際反ホモフォビアの日(IDAHO = International Day against Homophobia)と、日本での企画 Act Against Homophobia を知りました。

"Act Against Homophobia" の主旨に賛同を表わす、写真のようなレインボーバンドを、この夏、誇りをもって身につけちゃいましょう! (写真を使わせてくださいとお願いしたら、実物は5月2日できあがりで、まだだれも見ていないので、あくまで参考写真だと認識してください、と言われました。納品されてみたら縦縞だった! なんて冗談、寒いですね。はい、すみません。)一本300円。販売協力店を募集しています。30本以上、買取制、返品不可とのこと。個人でもいいそうなので、私もやってみようかなあ。もし京都市近辺でいっしょに仕入れてもいいという人がいらっしゃいましたら、メールでご連絡ください。

去年流行ったホワイトバンドに比べて、服とのコーディネートがちょっと難しいかな(というのは、私が服装のセンスを持ち合わせていないことを知っている人だけにウケるギャグです)。

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2006年 5月 2日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.01

水俣に関する空虚な首相談話

水俣病公式確認50年に当たっての内閣総理大臣の談話 ― 小泉首相の名で出されたもの。安倍晋三官房長官が先週金曜日午前の記者会見で発表した。リンク先は首相官邸。

新聞報道では、安倍官房長官は水俣病の患者認定基準の見直しについて「最高裁判決でも求められておらず、考えていない」と強調したと言う。先週、与党自民党の水俣問題小委員会(松岡利勝委員長)が認定基準の見直しを行わない方針を確認しており、それに沿ったものだ。国の設定した水俣病患者認定基準や、それが基礎としている病理学的説明が誤ったものであることは、必ずしも原告患者側の主張が認められたとは言いがたい2001年4月のチッソ水俣病関西訴訟大阪高裁判決でも指摘されている。結局は、最高裁まで争って負けて押しつけられたことしかやらない、最低限のことしか考えない、という態度に他ならない。

この空虚な談話には、失望の声が広がっている。谷洋一さんの言葉を引用しよう:

「通り一遍のあいさつ文に意味はない。認定問題や胎児性患者支援のシステムづくりなど未解決問題をどうするかが1番の課題なのに、深刻さが全く伝わってこない。企業に加担し続けた行政や政府が、今も被害者に向き合っていないことを明白にする談話だ」

1972年に刊行され、このたび復刊された石牟礼道子さん編による『水俣病闘争 わが死民』(創土社、2005年11月、2,310円)の中で、宇井純さんが「いわば日本という国家の中で、正義が成立する最後の機会として、現在の公害訴訟は提起されている。これにこたえるか否かは、現体制の国家の存立が問われる深刻な問題である」と書いている。30年以上も前にこの言葉を読んだ人たちは、新たな世紀になっても問題がほとんど解決されていない今日を想像し得たであろうか。

宇井さんの文にある「体制」という言葉が、思いもかけなかった新鮮さで訴えてくる。そうだ。政策とか政治姿勢の問題だと思っていたけれど、資本におもねり、棄民するのは体制の問題だったのだ。

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2006年 5月 1日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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