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2006.02.28

ある教授の逮捕と死

私が以前住んでいた町からのニュース。Former Smith Professor Joel Dorius Dies ― アメリカ東海岸、マサチューセッツ州 Northampton にある女子大 Smith College で40年余り前に教鞭を執っていた Joel Dorius さんが亡くなったことを伝えています。ご冥福を祈ります。

ドリアスさんは、1960年、自宅にゲイの雑誌などわいせつ物を所有していた容疑で逮捕され、有罪となり、教壇から追われました。1963年に州の最高裁で無罪を勝ち取り、その後、彼は San Francisco State University で教職に戻ります(San Francisco Chronicle の記事AP電)。

私は1980年代の後半に Northampton に住んでいて、そこで多様性への寛容とか少数者の人権などの考え方を多く学びました。特に同性愛者へのまなざしには優しいものがありました。だから、その町でこのようなゲイに対する“魔女狩り”があったとは信じがたい気もします。

私はこの事件の話を聞いたこともありませんでした。2002年にこの事件のことを記した本(The Scarlet Professor)が出版されたことによって、40年ぶりに人々の意識にあがるようになり、映画(The Great Pink Scare)も作られたようです。

警察が不法所持として押収した物の中には、紀元前イタリアのエトルリアの壁画写真なども含まれていたとのこと。わいせつが問題となったのか、同性愛が問題となったのか、判断しがたいところもありますが、いずれにせよ、四十数年前とはいえ、別の国、別の世界のように感じられます。ゲイ・コミュニティは、ドリアスさんが望んで挑んだわけではないものの、彼の闘いがゲイの人権運動に大きく貢献したと評価しています(Washington Blade の記事)。

わいせつの問題だったとして、考えたこと。いわゆるポルノグラフィには、私には到底受け入れられない暴力的なものもありますし、弱者(女性や少年少女)の搾取によって成り立っているものもあると思いますから、一概にその“表現の自由”を保障すべきものだとは私には思えないのですが、「国民道徳」のようなものの強制の一環として取り締まられるのは嫌だなあ。

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2006年 2月 28日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.27

言語の一週間

手帳に書いておかなかったので忘れていました。2月21日は「言語の日」。猫の日の前日と覚えておきましょう。UNESCO のサイトのトップがマルチリンガリズム特集でした。たぶん、みなさんがこれをお読みになる時には、記事が入れ替わってしまっていると思いますので、スクリーンショット:

 

画面のリンクは、それぞれ:

サイトのどこかに書いてあるのだと思いますが、安直にAFP電から孫引きすると、世界のウェブサイトの72%が英語、ドイツ語が7%、フランス語、日本語、スペイン語が3%だと紹介されています。世界で話されている言語の90%はインターネットのどこを探しても出ていないとも。

AFP電の最後に書いてある、アフリカ連合が2006年を「アフリカの言語の年(the Year of African Languages)」と定めたという話は、リビアのジャマヒリヤ通信の1月26日の記事等を参照。

折しも、昨日、仕事(休日出勤)の行き帰りに読んでいたダグラス・ラミスさんの『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』(平凡社、2000、2004)の最後にも、言語多様性の危機の話が出ていました。一段落引用します:

一つの言語は、たんにコミュニケーションの手段であるだけではありません。そのなかには、いろいろな人間の経験とか、歴史とか、美意識とか、ものの考え方や世界観が組み込まれています。それは意味の倉庫であり、感覚の倉庫、記憶の倉庫でもあるのです。一つの言語は人類の文化、文明の一部であって、人間のさまざまな可能性のなかの一つがそこに実現されている。二世代という短い時間に五〇〇〇もの言語を失うというのは、おそらく史上空前の文化的災難でしょう。

この本、すごくお薦めです。特に新しいことが書いてあるわけではないのですが、環境、人権、民主主義、自由、平和、抵抗といった概念の結びつきが頭の中で非常に明確になります。私は、自分と浸透圧が近いなあ、と感じました。もしあなたが私のブログに共感する人でしたら、きっとこの本を読んでよかったと思うと請け合います。本当は、このブログを読んで全然賛成できないと感じる人に読んでもらうべきなのかもしれませんが。

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2006年 2月 27日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.26

マニラはTシャツ日和

Rally as celebration ― 非常事態宣言が発せられる中、マニラの南東 Makati で行なわれた集会のようすを伝える The Manila Times の記事。ふだんは全く立場の違う政治家たちがアロヨ大統領の辞任を求めている(大統領は、共産主義者と軍の一部が手を握りクーデターを企てたと主張している)のと同じように、集会に集まっていた人たちもさまざまだ。

ある政党の議員は、非常事態宣言による集会の禁止は不当であるとし、これは堂々とした抗議集会だと演説する。他の政党の議員は、これは抗議集会ではなくマルコス政権打倒の20周年記念パーティーだ、明るくやろう、と述べる。また別の議員は、抗議集会も祝賀会も同じだ、憲法で保障された集会の自由を護れ、と語る。

バトントワラーと鼓笛隊が先頭を歩き、黄色の紙吹雪が舞う。

集会には、中学生たちも参加していた。制服の者もいるが彼らの多くはボブ・マーリー、チェ・ゲバラ、毛沢東などのTシャツを着ている。彼女たちは徹夜で集会に参加するつもりだ。Tシャツといえば、行進の通り道では、毛沢東やカール・マルクスのシャツを売る人もいる。

みんな楽しそうだ。

Flickr に、マカティの集会の写真集があった。Jun Cruz Na Ligas さんの "de facto martial law" (事実上の戒厳令)。

どういう傾向の報道機関か分からないが、INQ7.net - Running Account が更新が頻繁で早い。

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2006年 2月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.02.25

EDSA 2.9

人差し指と中指で作るサインはVサイン。意味は平和(ビース)。たしか、イギリスのチャーチル首相が戦争に勝ったといってこの仕草をしたのがはじまり、という話を聞いたことがあります。

人差し指と親指で作るのは“L”の文字。意味は?ヒントはここ

正解は "laban"、フィリピンのタガログ語で「闘う」という意味だそうです。Lサインがシンボルだった People Power Revolution でマルコス独裁政権が倒されたのはちょうど20年前の今日のことです。マルコス大統領の最後の演説とか、開票を不正から防ぐためにエンリレ国防相が自ら銃を持って投票箱を護衛して移動させているところとか、コラソン・アキノ大統領が支持者に感謝する演説の中でラモス将軍の名前を挙げたら、彼が立ち上がって敬礼したのだけど彼女がなかなか気が付かなかったところとか、ほとんど中継で見ていたような気がします。もしかするとフィリピンって、20年前のほうが日本人にとって心理的に近かったんじゃないでしょうか(まだ第二次世界大戦のことを私たちが覚えていたから?日本の資本がマルコス独裁政権と癒着していたから?)。

1986年2月のピープル・パワー革命は、現地では"EDSA I"と呼ばれることが多いそうです。"EDSA" は、マルコス反対派が集まったマニラの Epifanio de los Santos Avenue 通りの略称。カトリック教会マニラ司教区の聖堂がここに建っているんだと思います。"I"は、"II"があるからそう呼ばれるわけで、2回目は2001年にエストラーダ大統領を辞任に追い込んだ政変を指すのだそうです。

EDSA I 以降、特に貧困の問題が解決されたわけでもないし、結局、政界は汚職や腐敗に逆戻りしてしまったし、20年前のこの変革自体の評価も、決してよいわけではないようです(Time Asia の記事Indymedia Quezon City の記事)。

EDSA 20周年を前に、クーデター計画が発覚したとして、アロヨ大統領(PGMA)が緊急事態宣言を出したフィリピン(拘束された軍関係者が証拠不十分で釈放されたとの報あり)。EDSA III となるのでしょうか。

そんな中、Aquino 元大統領が貧困撲滅のためにマイクロファイナンスの確立を、と呼びかけていると書いてあるのを見て、やっぱり社会変革は草の根からかな、などと考えました。

今まで、マイクロクレジット/マイクロファイナンスについて言及した記事:

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2006年 2月 25日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.24

メールと大量破壊兵器

ふだん、政治的な事柄については自分の意見が少数派だなと感じることも多いのだけど、今夜だけは、私のように考えている人のほうがきっと多いと思う。

大量破壊兵器がないことが分かったのに、だれよりも早く戦争支持を表明した首相がのうのうと居座り続けている横で、「あのメールはガセネタでした。すみません」と言って去っていく国会議員がいる国なんて絶対おかしい。

そりゃ謂われのない告発で屈辱的な思いをさせられた人が何人かいるのかもしれないよ、でもあの戦争のせいでイラクでは何万人もの人が死んだんだよ? どっちのほうが重いことだか分かってるの?

こんなふうに問われたら、「それとこれとは全く別の話だと思います」とか言うんだろうな、あの人。いつもそんなふうに自分勝手なところで乖離させてしまうんだもの。そんなふうに物事を切り刻んで語ることしかしないから、小泉首相、あなたには「筋が通っている」という表現が当てはまったためしがない。

永田議員、辞めちゃいけないよ。辞めさせなきゃいけないのは彼だ。彼のようにしゃあしゃあとしていればいいんだ。

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2006年 2月 24日 午前 12:00 | | コメント (11) | トラックバック (3)

2006.02.23

ブイヤット湾民事訴訟で和解

昨年11月のブイヤット湾環境汚染民事訴訟判決に基づき、インドネシア政府とニューモント社の和解が成立しました。The Jakarta Post の2月17日の記事その他によれば、ニューモント社側が3,000万ドル(約35億円)の和解金の支払いに応じることになりました。

政府側が求めていた額の1/3以下ですが、Aburizal Bakrie 公共福祉担当大臣は「環境の保全と持続可能な開発の両面で納得できる」「被害者支援の人道的な見地から対処した(アンタラ通信の記事)」などとしています。被害地での環境を監視する専門家委員会の設置などにも合意しています。

Mining Advocacy Network (JATAM)など環境運動に携ってきた人たちからは、「政府がまともに環境保護法制を執行していないことを示している」「和解額は、ブイヤット湾の人々が失ったものを補填するには全く足りない」などと批判の声が上がっています(ロイター電)。

Newmont 社側は、和解には応じたものの、罪(汚染の事実)は認めていません。この和解とは関係なく、マナド地裁での刑事裁判は進められます。6月または7月に結審の予定らしいです。

Financial Times 誌は、海外からの投資を冷え込ませずに済ませたユドヨノ大統領の勝利、と論じています。

ブイヤット湾の公害については、今年1月3日の記事昨年11月21日の記事等をご参照ください。

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2006年 2月 23日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.22

素敵に非国民

オーストラリアの芸術家 Azlan Mclennan さんのサイト ― 「あなたたちは私を必要としている」と語るオサマ・ビンラディンが私たちを迎えてくれます。もし、あなたの中で9/11やアフガン戦争が既に忘却の彼方に去りつつあるならば、金正日をもって、そう語らせてみればよいのかもしれません。

先月(2006年1月)、マクレナンさんがメルボルンで画廊の外壁に展示していた「誇り高く非国民(Proudly Un-Australian)」という焼かれた国旗が無断で警察によって撤去されました。何ら法的な根拠がないにも関わらず、何人かの住民から侮辱的であると通報があったという理由で行なわれた撤去が表現の自由の弾圧ではないかと議論になっているそうです。マクレナンさんのサイトでは、口汚く罵る保守的な住民の手紙(どこの国も同じようなものだと思いました)や、「オーストラリアの国旗自体が先住民の多くにとっては侮辱的であることには目をつぶるのか」と問い掛けるマクレナンさんの手紙等を読むことができます。

McLennan さんは、このほかにも、メルボルンの公共交通機関のポスターを真似て、語句を「乗客のみなさまへ:身の安全のため、英国系以外の乗客は公共交通機関のご利用をお控えくえださい」「乗客のみなさまへ:ムスリムの乗客は疑いをもたれることがあります」と変えたポスターを展示し物議をかもしたとのこと(彼の一連の作品を見れば、痛烈な風刺の意図は明らかですが、同じ言葉がお手洗いの壁に書かれていたら、たぶん差別的な落書きと考えるのが妥当でしょう。ここらへん、難しい問題が含まれているのかもしれません)。

マクレナンさんは昨年、芸術大学を卒業したばかりの若手のようです。2004年に Utako Shindo さんとの共作でシオニズムを単純な図式で追及した Fifty Six も非常に刺激的です。

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2006年 2月 22日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2006.02.21

沖縄・戦世・美ら海を守る

名古屋在住の写真家、浅見裕子さんが10年間にわたり撮り続けた沖縄の写真集が出版されました。『沖縄・戦世・美ら海を守る』(自費出版、2,500円)。上がその表紙(オビをかけた状態。浅見さんの許可をいただいて掲載しました)。

写真集の前半―戦世いくさゆ―は、戦争の蹟や「基地の島」としての沖縄の姿を追った写真です。私は写真を評する能力がないので、うまく表現できないのですが、比較的「おとなしい」写真が配されていると言うことができると思います。壁の弾痕であれ、平和の礎に刻まれた多くの名前であれ、米軍基地に掲げられた星条旗であれ、その含意に思いを馳せればそれぞれ非常に重いし、それが撮影されたその時まさに米軍機が轟音とともに上空を飛んでいたのかもしれないわけですが、静止写真としてその一瞬を凝縮させる行為は、それらを(平和な)風景のごとく客体化してしまいます。私たちはそれらと向き合う姿勢をとります。

後半―ちゅら海を守る―では、一転して、私たちは傍観者として存在することを許されず、被写体とともに立つことを要求されます。後半の写真は、辺野古沖での基地建設を阻止する500日を越える闘争の記録です。座り込みをする人々、カヌーで阻止行動に行く人々、防衛施設庁の役人を問いつめる人々、老人、青年。一人ひとりの声が聞こえてくるようです。波音も。歌声も。モーターボートの音も。すごい臨場感だと思いました。それはきっと運動の力強さであり、毎月、辺野古に通って運動に参加した浅見さんだからこそ撮ることができた写真だと思います。

浅見さんに、この時期に出版した動機は、沖縄を撮って10年という節目だからか、それとも海上ヘリポート案が撤回されたという勝利を受けてのものなのか、と伺ってみました。彼女の答えは、3月に示される予定の在日米軍再編最終報告までにどうしても出したかったのだ、とのことでした。辺野古の人たちに、沖縄の人たちに連帯してきた人だけでなく、これから、まさにのっぴきならない自分たちの闘いを強いられる人に、この写真集をお薦めします。

購入は浅見さんから(この場合、送料290円がかかります)の他、辺野古のテント村、東京のとみしょうや大阪行動で委託販売(手渡し)を行なっているそうです。浅見さんの住所等を無防備にここに書くのは憚られますので、連絡先をお知りになりたい方は、私までメールでお問い合わせください。

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2006年 2月 21日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.02.20

ホテル・ルワンダ

京都でも18日に『ホテル・ルワンダ』の上映が始まったので、さっそく見に行ってきました(京都みなみ会館にて3月17日まで)。日本公開自体が危ぶまれていた映画ですから、こうやって観ることができたのは署名運動をした人たちや配給を決意したメディア・スーツ社のおかげです。いい映画を見せてくれて、本当にありがとうございました。

ルワンダでジェノサイドが起こったのはわずか12年前のこと。そのころすでに大人だったのに、そのような惨劇を防ぐ努力を何らしなかった私にも罪の一端があります。映画を観ることには贖罪の効果はありませんが、今の、そして未来の問題に早く気付くための教育効果は大きいと思いました。

それにしても、商売として成り立たないと考えて配給をしぶった日本の映画関係諸企業はいったいどういう間違った判断をしていたことでしょう。私が見に行ったのは公開二日目だとはいえ、開演30分前には長蛇の列が出来ていましたし、もちろん満員でした。たしかに、自分と異なる民族や集団に対して偏見を持っているような人たちは、鏡に映った自分の醜い姿を目の当たりにさせられるわけですから、この映画を見る勇気はないかもしれません。しかし、世の中には、心の開かれた、優しい人たちがたくさんいる。そのことを劇場のにぎわいは強く証明していました。

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2006年 2月 20日 午前 12:00 | | コメント (6) | トラックバック (4)

2006.02.19

マニラで61年前に

フィリピンで起こった地滑りのニュースを読んでいたら、日本のいわゆる「過去への謝罪」の記事がすぐ横にありました。Japan apologizes for Manila destruction in WWII ― 第二次世界大戦末期の1945年2月に、日本占領下のマニラで起こった激戦の61周年の式典で、日本の山崎隆一郎大使が述べたもの。以下のような内容だったようです。

61年前に老若男女を問わずフィリピンの人々一人ひとりが経験したであろう恐怖は、正気の人間の想像を絶するものです。 … この歴史的な事実を念頭に、私は心からのお詫びと、マニラの悲劇的な運命についての深い悔恨を表明したいと思います。 … 約10万人のフィリピン民間人が殺され、その多くが日本軍による虐殺の犠牲となりました。

「マニラ大虐殺」とも呼ばれるこの出来事について、今までにこのような真摯な反省や謝罪が行なわれてきたのか、それとも今年が国交樹立50周年で「日本・フィリピン友好年」とされているために特別になされたのか私には分かりませんが、反動的な政治家が「虐殺はまぼろしだ」といった修正主義的な発言をして関係を悪くさせないことを祈るばかりです。

レイテ島の地滑りについては、AMDAがすでに募金受付を始めているようです。

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2006年 2月 19日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.18

彼の優しさに金メダル

日の丸を見たり君が代を歌ったりすることによってしかオリンピックを楽しめない人がいたとしたら、その人にとってはとても淋しい一週間だっただろうと思います。そんな人でも、国籍や民族を越えた思いやりの心を持つことはできるのであれば、スピードスケート男子500mで優勝したアメリカの Joey Cheek 選手の話には心を動かされたのではないでしょうか。

Heart of gold to go with medal - American speedskater donates his winnings to charity for Sudanese kids ― サンフランシスコ・クロニクル紙の記事。チーク選手が優勝後の記者会見で次のように語ったことを伝えています。

私は合州国オリンピック委員会が私に授与する賞金の全額を1994年に Johann Olav Koss さんが設立した組織(Right to Play)に寄付します。そして、オリンピックに何億ドルもの寄付をしたスポンサー企業のみなさんに、私のこのはっきりとした目的をもった寄付と同額の寄付ができないか聞きたいと思います。スーダンのダルフール地方では、何万人もの人が殺されました。私の国の政府もそれをジェノサイドだと呼んでいます。そこで、私は、6万人を超える子どもたちが家を失って身を寄せているチャドにいる難民を援助する目的でこのお金を寄付します。

思いやりが深く、自分に与えられた機会をとても有効に活かすことを知る、素敵な人だなと思いました。 優しさと、未来への希望をありがとう!

友人が教えてくれた共同電。NPR Morning Edition のセグメントにリンク。

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2006年 2月 18日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (2)

2006.02.17

ダライラマがイスラエルを訪問中

14世がを訪問中であることをイスラエルの新聞が伝えている(ハアレツ紙の記事エルサレム・ポスト紙の記事)。イスラエル政府関係者との会談は予定されていない。日程はほぼ全行程にわたってイスラエル国内であるが、19日にのベツレヘムに立ち寄ることになっており、その際、ハマスの人々がやってくれば、喜んで会うと語っている。

ダライラマ法王は、ハマスに対して「暴力は問題を解決せず、求めている結果ももたらさない」として武装解除を呼びかけ、状況に「現実的に対応する」ことを求めている。その一方、「ハマスが民主的な選挙で選ばれたことにも言及した」ともハアレツ紙は伝えている。預言者の風刺画に関する問題については、「難しい問題だ。何も言わないことにする」として、コメントを避けた。

エルサレム・ポスト紙は、「お互いを尊重することを通じて対話を探る努力をする時が来た。私たちはみな、お互いを大事にすることを学ばなければならない。話し合うことが必要だ」との言葉を紹介する一方、イスラエルがハマスとの対話を始めるべきかという問いに対して「まだ判断には早すぎるかもしれない」と答えたとも伝えている。対話には政治と宗教を切り離すこと、過激派ばかりに目を向けないことが重要だとも述べたらしい。

エルサレム・ポスト紙は、ふだん、かなり右寄りな印象があるのだけれど、今回は、もう一つ、"Holy man in the Holy Land" という論説記事を載せていて、その中で、著者の Sigalit Avigdory-Rupert さんは、ダライラマの教えが「優しさ」という語に集約できること、無知がさまざまな害悪をもたらすので、学ぶことが重要であると説いていること、人間の普遍性を考えれば「敵」も自分と同じ資質を備えており「同情」の対象としうると教えていること、怒りや憎悪も「現象」である限り、永続的なものではなく、変えたり終わらせたりすることができると彼が述べていることなどを紹介し、ムスリムでもキリスト教徒でもユダヤ人でもない彼から冷静に何かを学び取ろうと呼びかけている。

2006年 2月 17日 午前 12:27 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.16

気候変動と分散コンピューティング

Distributed computing and climate prediction ― BBC とオックスフォード大学が、分散コンピューティングによる気候変動の実験(BBC Climate Change Experiment)を始めました。一人ひとりに異なった気象モデルが割り当てられ、1920年から2000年までの変動を計算する一次実験と、一次実験の結果を現在の実際の気候と照合して、うまく合っていれば、2080年までの変化を予測する二次実験とからなるようです。1万人の参加者がいれば、世界一の高速コンピュータよりも速く計算ができるとのことです。

分散コンピューティングって、よく知らないのですが、宇宙からの通信がないか解析したり、素数を探したりするようなやつですよね。

BOINC によるソフトウェアが配布されています。計算結果は、ぐるぐる回る地球のスクリーンセーバで表示されるとのこと。CPUの稼働率が非常に高くなるので、ノート型パソコンでは熱処理が難しいので使うな、とのことです。残念ですが、私はノートパソコンを使っているので、ファンからの熱風で温暖化に更に貢献してしまうのも考えものですから、参加を見送ります。いったん参加したら、やめると迷惑するから、始める前によく考えろと書いてあります。ソフトウェアはウィンドウズ用とLinux用。この実験とは違う実験用のマック用のソフトウェアもあるようです。

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2006年 2月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.15

オリンピックは平和の祭典

紋切り型で言うと「熱い戦いが繰り広げられている」から二題。

Luge: Exotic competitors keep Olympic spirit alive ― 公式サイトの記事。「雪と氷の祭典」には場違いにも思える3人の選手を紹介しています。一人はインド代表 Shiva Keshavan さん。彼は、前回、前々回のオリンピックではインドから参加した唯一の選手でしたが、今回はインドはアルペンスキーに2人、クロスカントリーに1人の代表を送っているもよう。インドの新聞で彼の写真を見ることができます。もう一人はベネズエラの Werner Hoeger さん。52歳で、アメリカのアイダホ州の大学の先生だそうです。ライフ・サイエンス系の雑誌に彼に関する記事があります。3人目はカリブ海のアメリカ領バージン諸島からのただ一人のオリンピック代表 Anne Abernathy さん。彼女も52歳です。なんと、ブロガーです。ホームページはこちら。残念ながら負傷して、競技に出られなかったようです。

The Snow Show ― 選手村やアルペンスキー競技会場のある Sestriere という村で行なわれている芸術祭。開会式に登場し、やっぱり日本はを創る国、の国なんだと世界に印象づけ、私たちに誇りを与えてくれたさんも出品しています。

2006年 2月 15日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.14

メイドを救え

現在、マレーシアでは30万人超のインドネシア人がとして働いていて、に応じて月給350リンギットから500リンギット(約1万1千円から1万6千円)を支払われている。しかし、彼女たちは休日、年休や病休、残業手当など労働法上の権利を何ら与えられておらず、的な待遇を受けている。

インドネシア政府はマレーシア政府に対し、メイドを労働者として扱うよう求めているが、マレーシアの Datuk Seri Azmi Khalid 内務相は、これに真っ向から反対している、という2月13日付けマレーシア New Straits Times の記事

「インドネシアからのメイドを労働者として扱えば、マレーシア人のメイドも同様に扱わなくてはならなくなる」「雇い主は他の国出身のメイドに乗り替えるだけのことだ」「メイドが虐待されたという話もあるが、ほとんどの場合、家族と円満な関係を保っており、家族の一員として迎え入れられる場合もある」「労働法規の対象としたら、最低賃金を保証しなくてはならなくなる」等の Khalid 大臣の発言が引用されています。

なんかとても酷い話のように聞こえますが、どうなのでしょう。特に「ほとんどの場合はうまく行っている」みたいな言い方は私には受け入れがたくて、うまく行かない少数の弱者を守るためにこそ法律がセーフティー・ネットにならなければならないんじゃないですか、と言いたくなります。

新たな読者(層?)の掘り起こしのため、そうな単語にタグを付けてみました。

2006年 2月 14日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.02.13

建国記念の日のニュース

二日遅れの話題になってしまいますが、「」のニュースのメモ。毎年、賛否両方の立場で集会などが開かれ、ニュースで報じられます。昨日になってウェブ上の新聞記事をいくつか読んだのですが、11日にNHKの夜7時のニュースで私がキーワードだと思ったところを報じているものが見当らなかったので、ここに引用しておきます。もうすぐ消えてしまうと思いますが、NHKのサイトでのURLはこれ(前半)これ(後半)です。動画のURLはこれ(ウィンドウズメディア)これ(リアルプレーヤー)です。

右派の中央集会は神社本庁などでつくる「日本の建国を祝う会」が明治神宮会館で開いたもので、皇室典範の変更反対(各紙のニュースによれば「万世一系の皇統を守り抜くため、皇室の歴史と伝統に基づいた慎重な検討を強く求める」という文言らしいです)、と教育基本法の変更に向けて運動を進める旨の決議をしたと報じられています。私が気になったのは、会長の小田村四郎・拓殖大学前総長が行なったあいさつから引用された部分です:

「現在、皇室典範を改正して女系天皇の制度を導入しようという動きがあるが、これは日本の国体の根幹にかかわる問題で、拙速に結論を出すべきではない」

天皇制が「国体の根幹」ですって? いくら保守反動化が進んでいるとはいえ、「」などという時代錯誤の概念をおおっぴらに語ったり(また、それを無批判に報じたり)する姿には唖然としてしまいます。こういう主張をするということは、とりもなおさず、これら右寄りの人びとが単に「非戦というのは理想論すぎるから現実に合わせるのだ」といったことを考えて私たちの憲法を変えようとしているのではなく、そのものを否定しようとしていることを物語っているのだと私は思います。

蛇足になりますが、この日について、会場となった明治神宮のサイトには、以下のように記されています。

2月11日は、大和(やまと=現在の奈良県)の橿原宮(かしはらのみや)で初代神武(じんむ)天皇がご即位された意義深い日です。
現在は「建国記念の日」ですが、戦前までは「」といい、新年の一連の祭祀と天長節(天皇陛下の御誕生日)、明治節(明治天皇の御誕生日)と共に四大節(しだいせつ)と称されていました。

あれ、「戦前まで」じゃなくて「終戦まで」じゃないのかなあ、と思ったり。歴史認識がめちゃくちゃだよ、これじゃ。今に始まったことじゃないか。そもそも、戦争がいつ始まったつもりで書いているんだろう。まあ、歴史も神話もいっしょくたの人に言っても無駄だ。

2006年 2月 13日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.02.12

中東の中絶

Abortion is Middle East reality, despite religious and legal restrictions ― レバノンの The Daily Star 紙に載っていたでのの状況に関する記事。2月9日付け。抄訳します。

中東では全域で妊娠中絶は違法となっているが、現実には、頻繁に行なわれている。社会の許容度は国によって異なる。エジプトでは、国内のの最高権威である Al-Azhar 大学が昨年、ファトワを出し、「胎児に重大な障碍があることが分かった場合でも」は認められないとした。婚外の性的関係の結果による場合も認められない。一方、クウェートの宗教指導者たちは、そのような場合には中絶が認められるとしてきた。中絶をある程度認める穏健派の中でも、「いつ魂(soul)が胎児に入るのか」は論争になっている。それが受胎40日後、80日後、120日後に起こるなどの説がある。

キリスト教徒に目を転じると、カトリックは非常に厳しく中絶を戒めているが、正教会はより寛容な立場を取っており、ケースごとに判断される場合が多い。

司法の場では、エジプトの破棄院(the Court of Cassation、最高裁)は、妊娠ないし出産が母親の健康に大きな危険となる場合に中絶を認めてきた。胎児に障碍がある場合も考慮されることがあるが、レイプによる妊娠については、中絶が認められない。このような基準を守らずに手術を行なった医師には、最高10年の懲役刑が科される。イラン、レバノン、リビア、オマーン、シリア、アラブ首長国連邦、イエメンでも同様である。エジプトの検察官は、「プライバシーに関すると、生命に関する権利の間の齟齬の問題であり、後者が優先されるということだ」「しかし、胎児は生きている人間ではないので、殺人にはあたらない」と述べている。検察官はまた、実際の検挙率は20%程度であると述べている。

このような論議とは無関係に、中絶は行なわれており、非常に危険な方法でそれを行なったために病院に運び込まれるようなケースも後を絶たない。アラブ社会では未婚女性の妊娠はタブーとされているので、「家の名誉のための殺人」は、減ってきてはいるものの、まだそれによって殺される女性もいる。

望まれない妊娠への対処法はいくつかある。中東では、薬局で緊急避妊薬や堕胎促進薬を処方箋なしで買うことができる。子宮頚管拡張と内膜掻爬(dilation and curettage)、吸引などの用具も売られており、需要が増してきている。

文化がなどによるを十分に受容しない限り問題は解決しない。

以上、資料的な価値があるかなと考えて、私にしては丁寧に紹介してみました。アメリカでは最近、保守派の Samuel Alito 判事が最高裁に任命され、中絶を受ける女性の権利を認めた Roe v. Wade の判決が、いずれ覆されるのではないかと危惧されています。「合州国での危険な非合法中絶の事情」などという記事をブログに書かなくてはならないような日が来ないことを祈っています。 

2006年 2月 12日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.11

ハイチ急迫

タイトルは単なるだじゃれです。おもしろくありませんか。すみません。

Conseil Electoral Provisoire, République d'Haïti ― 2月7日に行なわれたの大統領選、国会議員選の選挙管理委員会のウェブサイト。Données Partielles というリンクから開票の速報が見られるのですが、選挙区ごとに数値が pdf になっているという、根性なしの私には近づきがたい構成となっています。そこまで電子化されているなら、一つの表にしてまとめておいてくれればいいのに、と思います。

報道では、一昨年、アメリカの介入によって国外退去を余儀なくされた Jean-Bertrand Aristide 大統領にも政治的に近い Rene Preval 元大統領がかなり優勢なようです。今日(土曜日)には、ほぼ確定結果が出る予定。Preval 氏が選出されてもアメリカはそれを承認すると言っているようなので、まずはよかった(自分たちが気に入らないハマスが勝ったら、それを無視するといったようなことがないという意味)というところでしょうか。

は、首都 Port-au-Prince の最貧地区 Cité Soleil や Bel Air で投票ができなかった人が出たとも伝えられていますが、ほぼ公正に行なわれたもようです。

ハイチでによる治安維持が全く機能しなかったことは、を派遣すればそれがとなることは保証されているというがごとき雰囲気作りに対抗していく上でも、忘れてはならないと考えます。

先にあげた選挙委員会のサイトのリンク集は、選挙監視等の面でなかなかよさげです。以下は、にわか勉強のハイチ関係リンク集:

2006年 2月 11日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.10

警察猫お手柄

「警察犬」というのはニュースで見ることもあるし、「警察の犬」という表現も「スパイ」の意味で使うが、「警察猫」はあまり聞かない(「聞いたことがない」と書こうと思ったのだが、検索すると結構あるのでやめた)。

のブルックリンで、私服の刑事が犯罪の摘発に活躍したことを全米の新聞が取り上げている。"Undercover kitten used in N.Y. sting" ― ほとんどの新聞が同じAP電を使っているが、いくつか見た中で写真が一番大きかった The Seattle Times の記事(クリックすると、さらに拡大できます)にリンクをはっておく。捜査の詳細は独自取材の New York Daily News の記事のほうが詳しい。

免許を持っていないのに身分を偽って犬や猫の診療を違法に行なっていた偽獣医の摘発に、生後8か月(デイリーニュース紙の報道によれば9か月)の元のらねこ Fred くんが囮となって協力した。

いえ、それだけです。

見落とされがちなニュースを考えるブログ「壊れる前に…」がお伝えしました。たぶん、この話、朝のあたりでやるんじゃないかな。けっこう日本でも新聞に載るのかもしれない。存在意義に疑問を抱く今日このごろ。

2006年 2月 10日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.09

米紙社説の日本批判を読んで考える

ボストングローブの社説はどうしてこうも日本に手厳しいのだろう。2月8日付け "Japan's history lesson" は、小泉首相のや麻生外相による台湾でのを正当化する発言を取り上げて、彼らが自分たちの野望のために挑発的で傍若無人な的姿勢をとっていることを強く戒め、さらに彼らを弁護したり、戦争や占領、植民地支配の事実をねじまげて美化したり、中国や韓国との国境紛争を煽ったりするたちを激しく糾弾している。私はこの社説にほぼ完全に同意する者であるが、そんな私でも、この論調は耳が痛い。

「アジア全体を危機に陥れることを避けるため、日本の右翼はその好戦的な姿勢を改めなければならない。中国の共産党指導者は日本の挑発を国内の国家主義的な熱を高めるために利用することを慎まねばならない」とこの社説は結んでいる。

この記事は、私たちに、受動的な読み手としてではなく、行動する市民として「読む」ことを求めていると思う。最近、私たちはあまりにおとなしすぎたのではないか。傲慢で独善的な小泉の物言いに騙されるな。声高な、ほんの一握りの右翼たちの攻撃に恐れをなすな。正義と真実は私たちとともにある。世界の人びとの意見は私たちを後押ししてくれているではないか。私たちの力で状況を変えていこう。

2006年 2月 9日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.02.08

拡張機能を公開します

Firefox 1.5 ブラウザからエキサイト社の翻訳(中国語、韓国語、英語⇔日本語)を簡単に利用するためのを作りました。右クリックで、(1)ページ全体の、または(2)範囲の選択が行なわれている場合はその範囲の翻訳ができます。 翻訳結果は新しいタブに表示されます。範囲を選んでの翻訳は、post ではなく get で送っているため、文字列の長さの制限がけっこうきついはずです。 

文字列を選択して、右クリックしたところ

Windows XP でも OS X でも、とりあえず動くことを確認しています。なにせ、このあいだの土曜日に "hello, world" とかやっていた人が作ったものですから、至らぬ点が多いと思いますが、心優しい方々に使っていただければうれしいです(憎しみ、軍国主義、民族主義などのために使われることがないよう祈ります)。

今後は、開いたタブにフォーカスを移すか否かを選んだり使いそうにない言語を隠したりするようなオプションを設ける、複数ロケールに対応する(メニューを英語ではなく日本語などで表示する)など、やってみたいですが、まだまだ勉強が足りません。きっと同じようなもので、もっと優れたものを作っている人が既にいるのだろうと思います。もう少し練ってから世に出そうと思っていたのですが、靖国参拝に関する昨日の小泉首相の国会答弁をニュースで見て、あまりに腹が立ったので、抗議の意味をこめて、今日、公開します(若干、意味不明)。怖がらずにテストしてくださった方、ありがとうございました。

East Asian Translator という名前にしました。 http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/files/excite20060207.xpi を右クリックで保存した後、 のウィンドウにドラッグ&ドロップしてください。 Firefox のExtensions のサイトに登録してもらいました。こちらからどうぞ。サイト運営者からはちゃんと動いたと言われたのですが、あ、最初にコメント書いた人のところでは表示できなかったらしい。たぶんフォントが入っていないんだろうなー。

どこの翻訳エンジンも似たようなものだろうと思って、何も考えずにエキサイトを選んだのですが、nofrills さんの記事によると、エキサイトのはイマイチみたいですね。ほかのところで作り直そうかしら。の翻訳エンジンの比較評価とかなさっている方がいらっしゃいましたら、情報をお寄せくださいませ。

アドオンのアイコンダウンロードは Firefox Add-ons の East Asian Translator のページから。

2006年 2月 8日 午前 12:00 | | コメント (19) | トラックバック (1)

2006.02.07

タイの民主主義と本

ではタクシン首相の家族が大量に保有していた通信会社のを売却して多大な利益を得たことなどをめぐって、首相の辞任を求める抗議行動が起こっていると伝えられています。新聞報道ではタクシン・シナワトラ首相の「誰でも(株を)売買できるのがグローバリゼーションだ」「私に辞めろといえるのは国王だけだ」などの強気の発言が目を惹きます。

昨年末にバンコクに行った時、本を何冊か買ってきたのですが、その中で一番おもしろかったのがウィン・リョウワーリン(Win Lyovarin)さんという作家の Democracy, Shaken & Stirred という小説です。1994年刊行。私は英訳を読んだのですが、タイ語の原著では『平行線上の民主主義』という意味のタイトルだそうです。1995年にタイの National Book Award を受賞、1997年に ASEAN の South East Asia Write 賞というのに選ばれています。

1920年ごろに生まれた二人のタイ人が、1933年の革命、中の日本による占領に対する抵抗運動、1970年代のクーデター、そして1992年の政変など、歴史の要所要所で出会い、友情を深めていくという話です。主人公の一人が警視総監、もう一人が貴族から転じた山賊で、二人とも射撃の名手という、ありえそうもないというか、小説ならではのあまりにもベタな設定で、展開も(水戸黄門や刑事コロンボのごとく)必ず各章の最後でどんでん返しがあることが分かっているので、安心してはらはらどきどきできます。自分の国の政治や歴史を描いた小説だと、いろいろ知識があるぶん、楽しめないところもあるんじゃないかと思いますが、タイのことをほとんど何も知らない私は、たっぷり楽しませてもらいました。

数々の政変や独裁を通じて、政治的な腐敗が蔓延したり、うまく権力におもねる者たちが暗躍したりする中、徐々に市民の意識が高まり、が根付いていくようすがとてもうまく描かれています。小説の最後は1990年代が舞台で、「軍人たちの時代は終わった。これからはビジネスマンが政治を牛耳っていく時代だ」「いつの時代にもこうやって自分の利益のために政治を動かそうという奴らがいるものだ」といった、ちょっと醒めた会話が交わされます。この予見が極めて的確であったことを、2006年のタイ政治の現状は示していると言えましょう。

タイの民主主義と本に関しては、今、もう一つ興味深い動きがあります。アメリカの Yale University Press が5月に The King Never Smiles という本の刊行を予定しているのですが、この本がプミボン国王に対して不敬であるとして、タイ政府の圧力により、タイ国内からイエール大学出版のウェブサイトへのアクセスが制限されているもようです(Insider Higher Ed の記事)。王室に対する批判は、やはり今でも強くタブー視されているのでしょうか。

2006年 2月 7日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (2)

2006.02.06

テルアビブで隔離壁を見る

Active Stillsの写真家たちのグループ。・ヨルダン川西岸地区の占領地にあるビリン(Bil'in)で行なわれる建設反対の活動をに撮り、それをテルアビブの街の道端などに貼って市民にの非道義性を訴えている。ゲリラ的な芸術によるの抗議活動だ。

 ハアレツ紙の記事 "Protest art - Now you see it, now they rip it down" には、「見る人に衝撃を与えるより、考えさせるような写真を撮りたい」と語る写真家の言葉が記されていた。だから、ここに集められた16枚の写真には、激しいものはない。我々の側か、彼らの側かという二者択一を迫り、拮抗を先鋭化させるよりも、静かに、客観的に自分の姿を見つける時間と機会を与えるような写真集である。

ビリンの写真は Active Stills のサイトの Current Exhibition のページに、街の中での展示のようすは Updates のページに置かれている。

上の写真は、Tel Aviv の King George Street での展示のようす。メールにて転載の許可をいただいた上で使わせていただきました。

2006年 2月 6日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.05

偏見と保守反動

Study Ties Political Leanings to Hidden Biases ― ワシントン・ポスト紙の記事。一月末に開かれた Society for Personality and Social Psychology のようすを伝えている。発表された論文が二つ紹介されているが、以下はその二つ目。なお、記事には統計処理の結果などは書いてありません。

バージニア大学の Brian Nosek さんたちの研究は以下のようなもの。白人の被験者に黒人と白人の顔写真を見せて、思いついた言葉をいくつか言ってもらい、肯定的な単語、否定的な単語が出るまでの時間を計る。まず、全般的に、白人の顔写真を見た時よりも黒人の顔写真を見た時のほうが肯定的な単語が出るのに時間がかかることが観察される。つまり、潜在的な偏見があると考えられる。次に、そのようにして計った偏見の強い被験者を地図上にプロットしていくと、大統領選でブッシュ候補の得票が多かった地域と相関が見られる。もちろん、ブッシュ大統領自身がマイノリティに対して強い偏見を持っているかは、これでは分からないが、彼の政策が、マイノリティに対して強い偏見を持っている人によって支持されていることが分かる、ということである。

この結果は、先行研究とも合致するものであるが、女性が中絶を受ける権利を支持するか否かなど、他の要因と支持政党との間の関係よりも相関が高いのかどうかなど、まだこれだけでは分からない、「この結果に懐疑的である人は、現実を否認しているにすぎない。過去50年間の調査で、人種的な偏見と共和党への支持との間に関連があるのは明らかだ」などの専門家によるコメントが付されている。

まあ、外から見ると、共和党も民主党も大差ないように見えるのではあるが、何となく「やっぱりそうでしょうねえ」と言いながら信じてしまいそうな結果だ。もちろん、共和党支持者でも偏見のない立派な人はいると思うのだけれど。

日本でも、特にを蔑視しているような人(本人はではなくだなどと主張したりする)、的な発想の人、なりなりを支持する人、などの集合の間にかなり強い相関関係があるだろうなあ、などと思ってしまう今日このごろ。いやな世の中になってきましたが、いかがお過ごしですか。私はなんとか元気にやっております。

2006年 2月 5日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.04

遠ざかる文化

Culture's magnetic forces ― 一昔前なら、テレビのチャンネル数も少なく、一人ひとりが別々にiPodで音楽を聴いているなんてこともなかったので、「みんなが知っている」流行みたいなものが存在したが、今ではポップ・カルチャーも多様化し、人びとを束ねる文化現象が減ってきている。今、残っているものにはどんなものがあるだろうか、という話の流れでクリスチャン・サイエンス・モニター紙の記者たち数名が考えたリスト。以下、各項目のコメントは私の独り言です。

  1. Breaking news (大ニュース。大統領選の開票状況とか自然災害、9/11 などが例としてあげられている。どの時代、どの国でもさほど変わらない点かも。)
  2. Super Bowl (スーパーボウル。まあ、今度の日曜日ですから時節柄、といったところ登場か。日本だったら何だろう。大相撲?)
  3. New Year's / July 4 (新年と独立記念日。日本なら新年とお盆か?今ひとつポップ・カルチャーという感じでもないが。)
  4. Oprah Winfrey (オプラ・ウィンフリー。特に主婦層がよく見るテレビ番組を持ってる黒人女性。彼女が本を薦めると、ベストセラーになる。日本だと、黒柳徹子?久米宏?違うよなあ。)
  5. Harry Potter (ハリー・ポッター。日本では村上春樹?ちょっと位置づけが違うかも。)
  6. American Idol (「スター誕生」みたいなテレビ番組らしい。今、日本で視聴率のいい番組って何だろう。「プロジェクトX」?「冬のソナタ」?どっちも終わったのか。私、ほとんどテレビを見ないので、分かりません。どなたか教えてください。)
  7. The Oscars (グラミー賞。まあ、映画が会話の話題になることは多い、と拡大して解釈することもできる。)
  8. Cyberspace hangouts (ネットの人気サイト。http://www.craigslist.org/ というのが紹介されている。都市ごとの伝言板みたいな感じ。Favicon が素敵だ。日本だったら、やっぱり2ちゃんねるですか?はてな?)
  9. The Da Vinci Code (ダビンチ・コード。読んでません。)
  10. U2 (エルビス、ビートルズ、レッドツェッペリンと肩を並べるらしい。日本だと、坂本九、山口百恵、ピンクレディーに匹敵する今の人ねえ。だれでしょう。)

なんか通して見ると、1950年代ぐらいのメインストリートUSAとさほど変わらない人物像が立ち現れてくるような気もする。かなり物足りないぞ。会話の話題になりがちなもの、ということで、話す言葉が違うから仕方がないのかもしれないが、ラティーノの人たちとか、全然視野に入っていないじゃん。

日本で多くの人を束ねるって何でしょうね。うーん、携帯電話?SMAP?キティーちゃん?流行に疎い人が考えるべき問題ではないか。

2006年 2月 4日 午前 12:00 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.02.03

エチオピアかオロミアか

Amnesty International が1月30日に出した緊急行動提起によれば、エチオピアで、数千人規模の大学生、高校生の検挙が行なわれたらしい。昨年11月より続いているオロモ(Oromo)族による反政府デモの取り締まりによるもの(AP電)。

エチオピア政府は、この報道を否定し、検挙された学生は86人であるとしている(IRIN のニュース)。

オロモ族の居住する は、エチオピアの南部から中西部に広がる地帯で(地図)、エチオピアの首都 Addis Ababa もここに含まれる。オロモ解放戦線(Oromo Liberation Front)は、現状が北部のアビシニア族による占領、植民地化であるとして、民族自決を目指しているらしい。

点描にもなりませんな、この記事。私ののイメージは、東京オリンピックのアベベ選手、ボブ・マーリーなどラスタファリアンたちの崇拝の対象としてのハイレ・セラシエ皇帝、エリトリアの独立戦争、ぐらい。あ、の種類にアビシニアンというのがいるのも知っています。猫好きですから。

2006年 2月 3日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.02

限りなき義理の愛作戦!

JIM-Net 日本イラク医療支援ネットワークが「限りなき義理の愛作戦」というのをやっているそうです。みんなでをもらおう!

2月9日までに募金をすると、“義理堅く”14日までに、の子どもたちが描いたイラストのカードとチョコレートを送ってくれるのだそうです。一口500円のうち、一日の薬代にあたる400円が寄付になるとのこと。

の後は“ホワイトデー作戦に移行し3月14日まで続きます”だって。このノリのいい企画を考えた人に思わず愛を告白してしまいそうです。

JIM-NET全般が対象なのか、この作戦限定なのか、よくわかりませんが、ブログがあります。

呼びかけ人の一人、八巻美恵さんの「水牛だより」とaozora blogの記事で知りました。

pianocraftさんも取り上げていました。

2006年 2月 2日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (2)

2006.02.01

映画監督の秘密の冒険とその後の足跡

私はベンチに座って写真を撮った。広場は、学校に行く子供たちのさざめきに少しずつ満ちあふれていった。そのうち何人かの子供たちがカメラの前に立ち止まった。レンズの前に手のひらを出す子供もあった。一人の女の子がとても専門的なバレエのステップをしていたので、もっといい角度から写真を撮るからもう一度やってくれるようにと頼んだ。すると突然、数人の子供が私の横に座り、こう言ったのだ。
「この国の未来を入れて写真を撮って下さいね」

ミチェル・バチェレさんがチリの大統領に選ばれたというニュースに触発されて読んだ、ガブリエル・ガルシア=マルケス『戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険―』(岩波新書、1986)で、一番鮮やかに印象に残ったのが上の一節でした。

1973年9月11日の将軍による政権は崩壊し、映画監督ミゲル・リティン(Miguel Littín)は亡命を余儀なくされます。その彼が、1985年、極秘の裡にに戻り、独裁政権下の人びとのようすを映画にした時のようすを語ったインタビューをがまとめたものがこの本です。残念ながら、現在は絶版のようです。

空港を出た彼の最初の感想は「私の予想とは反対に、軍国化や貧困の形跡はどこにも見当らなかった」というものですが、まもなく彼はこの物質的な輝きが流血の痕跡を消し去ろうという独裁の創作であることに気付きます。警察の監視の眼が彼に迫る中、出国を果たすまで、あとはハラハラドキドキの連続です(スリルの一因が、自由奔放な芸術家が大会社の幹部に変装して行動するという、彼にとっては不向きな設定にあることは否めませんが)。

この本(と映画)の後、リティンさんはどうしたのだろうと、検索してみると、わりと近いところに足跡がありました。

La Última Luna (最後の月影/The Last Moon)。1914年のパレスチナを舞台に、パレスチナ人とユダヤ人の二人の青年の友情や、高まる緊張の中、チリに移住する家族、パレスチナに留まる家族の姿を追う、という話のようです。2004年の作品。史実とは違うところがあるのかもしれませんが、見てみたいなあ。リティンさんは父親がパレスチナからの移民で、2001年にも Crónicas Palestinas (パレスチナ年代記)というドキュメンタリーを撮っているそうです。

二枚の写真は、La Última Luna のサイトで "Propiedad de AZUL FILMS" と明記すれば、映画の紹介のためにウェブなどに使用してもよいと書かれているものです。

リティンさんの映画とは関係ありませんが、検索していたら、Palestine Chronicle という報道サイトに行き当たりました。前にも見たことがあるような気がしますが、いつの間にか rss が提供されていました。

2006年 2月 1日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

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