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2005.11.30

空飛ぶ鳥の少女

Secretly Canadian という聞いたことのないレコード会社から出ている、Antony and the Johnsons という謎めいたバンドの I Am a Bird Now というCDを買いました(上はジャケット写真。ここに掲載できる写真がないか問い合わせたところ、レコード会社のプレスキットにあるものを使ってよいというお答えをいただき、使わせていただいています)。 iTunes でこのCDを再生すると、ジャンル欄には "Easy Listening" と表示されます。これほどそぐわない分類もめったにない気がします。とても聴くのがむずかしい(いろいろと考えさせられずには聴けない)CDです。

アルバムの3曲目で、Antony さんは、「いつか私はきれいな女の人になるけれど、今は私は男の子なの」と歌っています。CD の表面には、子どもの幼い筆跡で「ぼくは男の子にはなりたくない。女の子になりたい」と書いてあります。アルバムには、自分の性に戸惑う子どもの気持ち、支えてくれる姉への感謝と愛、死への恐怖などがたくさん詰まっています。

NPR のサイトで、このアルバムでたぶん一番刺激的な曲、"Hope There's Someone" が最初から終わりまで RealPlayer 形式で聴くことができます。おそらく思春期に声変わりをして激しい衝撃を受けたその時のままのアントニーさんの美しいボーカルの後、中ほど2分25秒付近から後の部分に、あなたは何を聞きますか? 幼いころ階段の上から階下をのぞき込んだ時に感じた恐怖? 物心ついてからいつも影のように付きまとってきた実存的な不安? 深遠な宇宙に生きる孤独?それとも性的なオルガスム? 私はここ二日あまり、この幻覚を誘うような曲にちょっと中毒状態になっています。忘れていた子どものころの思い出が一気に噴き出してきたりして… 「かっこつけてらー」と思って、もっと軽い気持ちで聴けばいいんですけどね。

Adam Schecter さんのアニメーションもとても興味深いですが、たぶん、音だけを聞いた後で見たほうがいいと思います。ページ右上のほうにある犬の宇宙飛行士からたどって Flash のページへどうぞ。公式なミュージック・ビデオはこちら

Antony and the Johnsons は現在、ヨーロッパをツアー中だとのこと。日本にも来てくれるといいなあ。

2005年 11月 30日 午前 01:38 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2005.11.29

国民保護法実動訓練の報道を見て

ニュースを見ていて、びっくりして椅子から飛び上がったことが今までに二回あります。一回目は1993年だったと思うのですが、カンボジアにPKOで派遣された自衛隊員が「我々はミリタリーですから」と発言するのを聞いて、「えーっ」と言いながら立ち上がっていました。思えば、そのころから、しっかり反対運動とかに参加すればよかったです。悔いが残ります。

一昨日、二回目の体験。福井県で国民保護法に基づく実動訓練が実施されたという(NHKの夜7時の)ニュースを見ていたら、訓練に加わっている人が無線交信で「外国人を5人発見!拘束しました!」と言っているのが映って、思わず「えーっ」と言いながら立ち上がってしまっていました。

その時、思ったこと。外国人を犯罪者扱いしているじゃないか。まるで外国人を見たら犯罪者だと思えと言っているようじゃないか。なんて無神経なんだろう。犯人を外国人と設定する必然性があるんだろうか。

冷静に考えると、有事法制関連法は「我が国に対する外部からの武力攻撃」に対処するためのものだから(内閣官房 国民保護ポータルサイトより)、犯人(美浜原発を迫撃砲で攻撃したという設定だそうです)が外国人でなかったら、訓練として成り立たないのだと思います。でも、やっぱりちょっとねえ。

原発はないに越したことはないと思うけど、あるうちは放射能漏れの可能性があるだろうから避難訓練等はやったほうがいいだろうとは思います。また、平和につつがなく暮らせればいいと思うけど、テロとかを起こす人が国外から来るわけはないとは言い切れないのだろうから、対処する訓練をしておくのも悪くはないのかもしれないとも思います。

でも、それは理想論であって、現実に外国人蔑視とか排外主義的な言動とかをする人がかなりいる中で、いかにも「悪い奴は外国人です」という設定で訓練をやって、それを報道するってのは、それこそ平和ボケ(他人を怒らせていることに気づかない自己中心的な行動)だと私は思います。

で、NHKと福井県に、一応、私の意見を伝えてみました。NHKの言い分は、福井県等の訓練参加者の発言をそのまま音源として使っただけで、他意はない、というものでした。福井県危機対策防災課の言い分は、「犯人が外国人だという設定はしていない。外国人だと思って追跡し、捕捉したら国籍不明だと判明したという筋書きだ」というもの。ちょっと私の理解を超えていました。話が逆(国籍不明のまま追って、捕まえたら外国人だった)なら、まだ分かるんですが。

無い頭を絞って考えると、捕まえた“犯人”に「あんにょんはせよー」とか「にーはお」とか「あっさらーむ、あれいくむ」と話しかけてみたけれど、反応がなかった、という設定なのかなあ。やっぱり分かりません。

いずれにせよ、名指しされた人たちが不愉快に思うに違いないような無神経な設定で公的な活動をして、それを「当たり前」と言えるような制度を私たちは法的に設けてしまったということ。このことは私にとって、とても大きな衝撃でありました。

2005年 11月 29日 午前 05:18 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.11.28

クミアイ語

クミアイ語のリンク集 ― 最近のこのブログの傾向からすれば、だれでも「団結」とか「さぶろく協定」とか、その方面の語彙集だと思うだろうな。

違います。カリフォルニアとメキシコの国境付近に住む北米先住民の言語 Kumiai (Kumeyaay) の話です。クミアイ語の自生語話者(注1)は300人ほどだそうです。「こんにちは」は "Howka" (または "Auka")、「元気?」は "Mamuyuth miñay?" というのですって。

CounterPunch で "When a Language Dies -- First Kill the Language, Then the Culture" という記事(注2)を読みました。絶滅の危機に瀕する少数言語の話です。地球上には知られているだけで6,000ほどの言語が存在するが、そのほとんど(96%)の話者の人口を合計しても、地球の人口の4%にしかならないそうです。メキシコ国内だけでも64言語が存在し、Nahuatl 語や Maya 語のように百万人以上の話者を持つものもあるが、Aguacateco 語のように話者が22人しかいないような言語もあることが、Carlos Montemayor さんの仕事や Instituto Nacional de Lenguas Indígenas の紹介と併せて記されています。

知らなかったのですが、毎年2月21日は International Mother Language Day なのだそうです。手帳に書いておかなくては。

で、メキシコのマイノリティ言語関係のサイトを見て回っていたら、サパティスタのマルコス副司令官の2001年の演説(英訳)に行き当たりました。演説ではマルコス副司令官が先住民族一つひとつに呼びかけていて、その中に "Kumiai" もあったのです。

先週、さんざんストライキの話を書いたので、「クミアイ」ならおもしろいかな、とウケ狙いで書いたというのは否定しません。一応、マルコス副司令官のすてきな一段落を引用して終わります。

私たちは、ナイーブに正義が上からやって来ると思って待っていたりしない。正義は下からしかやって来ないものなのだ。自由は万人の力によってのみ勝ち取ることができる。民主主義は地面、領土であって、絶えず、それを獲るために闘わなくてはならない。私たちは待つことはしない。

これで一応、「組合」を期待して読み始めた人にも、それなりにご満足いただける記事になったのではないでしょうか。

Iña'ay mat uwuwma! (じゃあ、またあした!)

(注1) 「自生語」:すみません。私(一応、言語学が専門です)が勝手に作った単語で、"native language" の訳語です。普通なら「母国語」か「母語」ですが、国を持たない言語の話者を疎外してしまうとか、特に子育てとジェンダーに関する前提を伴うことが気になるので、新たに訳語を提案してみました。まあ、よほど詳細な議論でない限り、「第一言語」と訳しておけば構わないのかもしれません。

ちなみに、「話者」の部分も音声言語を前提とした表現かなと少し心配ですが、「手話」という語にも「話」が使われているから、大丈夫ですよね。

「自生」というところには、さりげなく、人間固有の言語習得能力が存在し、自然なインプットを与えられるだけで個別言語の体系が話者の脳内、身体内に構築されるというヒューマニスティック、リアリスティックな思いを込めています。漢字で書けば「生成文法」ですね。

(注2) 著者は John Ross さんという人です。言語の話なので、島の制約や遂行分析の John Robert "Haj" Ross さんかなと一瞬思ったのですが、違いました。

2005年 11月 28日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.27

ルートキットで悩む

こんなのが来ました。どうしようかなー。

Subject: Amazon.co.jpへのご注文について(#***-*******-*******)

お客様よりご注文いただきました商品についてお知らせがございます。件名のご注文番号にてご購入いただいた商品のうち、タイトルに"SONY XCP CONTENT/COPY-PROTECTED CD"と表示されております商品にはXCP digital rights management (DRM)ソフトウェアがインストールされております。

このソフトウェアをPCで再生いたしますとセキュリティ上の懸念があるため、発売元である米国Sony BMGよりXCPソフトウェアが入ったCDの販売停止の要請がありました。詳細につきましては、米国Sony BMGのサイト(http://cp.sonybmg.com/xcp/)(英語)をご覧ください。

Amazon.co.jpからこの商品を購入されたお客様には、開封、未開封に関わらずAmazon.co.jpの返品手続に則り不具合商品として商品代金を返金いたします。

6月に買った Susie Suh さんのデビューアルバムです(愛聴しています)。買う前から「ソニーの新しいコピー防止機能が付いた最初のCDだ」と聞いて警戒していたので、PC を避け、マックに持って行って iPod に落として聴いていました(そういえば、マックではアイコンが二つ出ました)。

我ながら思慮深い、大人の対応だったねー、と自分で自分を褒めたくなりますが、「回収になった品なら、持っていれば、そのうち価値が出るんじゃないか?」などと期待して、返品せず所持し続けるところが何とも子ども。

もしかして、ウイルスまがいだと知りつつ隠し持っているのは、世間からは犯罪的だと見られるのでしょうか。うーむ、“軍靴の音”が近づく中、反社会的な人物だとは思われたくないなー。どうしよう。

2005年 11月 27日 午前 12:11 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.26

小春日和の労働争議

「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」(日本国憲法第28条)
「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。」(労働基準法第2条)

11月25日(金曜日)、私の職場で一時間の時限ストライキが行なわれました。私の見た限りでは、静かに、整然と、そして、学生など組合員ではない大学構成員の方々の多くの支持を得て、憲法や労働法で保障された同盟罷業という労働者の権利は行使されました。

大学の構成員として、そして一組合員として、考えることはたくさんあるのですが、ここで今それを述べるのが適切かどうか私には分からないので、今日は寡黙な記述にとどめたいと思います。私たちの職場で起こっていることは、他の職場でも起こりうる(遅かれ早かれ必ず起こると言ってもいいのかもしれません)ことであり、考えを出し合っていくことは大切だと思いますから、いずれまた何か記す時が来るでしょう。あるいは、それにもっと相応しい場を用意してくれる人が現われることを期待しましょうか。

集会の写真を撮ってはみたのですが、どう見ても単に人がたくさん集まっている絵に過ぎず、この瞬間の重要性を伝えるものだとは思えなかったので、載せません。代わりに、折しも私たちと同時にストライキ中であったフランス Libération 紙のトップページのキャプチャー画像をどうぞ(現在は通常の形態に戻っています)。私はこれで「ストライキ中」というのをフランス語で何と言うのかを学びました。もう一つのタブは、リベラシオン紙職員による、争議についてのブログです。

2005年 11月 26日 午前 03:23 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.25

スト突入らしい

一昨日書いた件ですが、24日夜に行なわれた団体交渉は午後11時20分、物別れに終わりました。私は日付の変わったころ帰途に就いたのですが、その後、経営側は理事会を、組合側は執行委員会を開いたはずですので、9回裏2アウト2ストライクからの“逆転サヨナラホームラン”が出た可能性がゼロではないものの、おそらく、25日、私の職場はストライキに突入します。

内部事情をここに書くつもりはありません。ごく個人的な感想を一つ記しておきます。たぶん、だれにも意味の通じない戯言に近くなりますが、ご容赦ください。

私は2003年7月8日の参議院文教科学委員会で国立大学法人法案が可決された時、委員会を傍聴に行っていました。その感想を職組のメルマガに書けと言われて、私は傍聴記の終わりに次のように書きました。

私は、自分たちの雇用や労働条件を守るという地道な仕事と、自由や平和や平等、民主主義などの理想を実現していくという働きを組合に期待します。法人法案廃案は、その二つの目標がぴったりと重なり合った、ある意味で取り組みやすい課題だったのだと思います。これから先、この二つは表面上、別々の道になってしまうでしょう。法人化準備の中、私たちの職場を脅かす力は今までとは比べものにならないほど強くなり、より具体的な姿を見せてくるに違いありません。その一方、教育基本法や憲法を変え、戦争のできる国を作ろうという動きもまた、弱まることはないでしょう。その根は一つなのだろうけれど、実際の私たちの取り組みはばらばらになってしまいかねません。

昨夜、団体交渉の席で感じたのは、私が二年前に書いたこの評定はある意味で間違っていたということです。国立、私立の違いはあるとは言え、今回、私たちが直面したボーナスの大幅減額という労働条件の問題は、今、政府や資本家たちが抱擁している新自由主義経済的な考え方(競争原理、成果主義、等々からグローバル化に至るまで)と極めて密接に連関しています。そして、それらに異議を唱える私たちの取り組みも、決して二つの別個の次元で行なわれるべきものではないのです。歩むべき道は一つ。労働者よ、団結せよ!

2005年 11月 25日 午前 02:30 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.24

憲法のこと

この AFP 電、なんとかしてもらえないものでしょうか。要約すると、「日本が60年ぶりに軍隊を持ちます。戦後初めて憲法が修正されます。自民党の修正案が結党50周年の会合で公式に提示されました。新しい憲法は戦争の放棄の文面を残すことにより、建前上、平和主義を維持します。野党民主党が修正を支持しているので、国会を通ることはほぼ確実です。その後、国民投票にかけられますが、世論調査によれば、すんなり可決される見込みです。この修正によって第9条の武力の保持を禁じた段落が削除されます」といった感じです。

私が他に読んだ報道はだいたい「日本が改憲に動き出した」みたいな書き方が多かったのですが、この AFP 電は、時制さえ変えれば、「はい、通りました」という報告の記事に即座に書き換えられそうな感じで、不気味です。

もしかして、「よし、これからが正念場だ」などと気構えると、実はもう遅かった、っていうやつ? いやいや、そんなはずはありません。がんばるぞー。

それにしても、第9条を第1項だけにしたら、ほとんど意味がなくなってしまいますよねぇ。第1項だけなら、1929年のパリ不戦条約の域に留まることになってしまう。

パリ不戦条約(ケロッグ・ブリアン協定)
第1條
締約國ハ國際紛争解決ノ爲戰爭ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互關係ニ於テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳肅ニ宣言ス
第2條
締約國ハ相互間ニ起コルコトアルヘキ一切ノ紛争又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハス平和的手段ニ依ルノ外之カ處理又ハ解決ヲ求メサルコトヲ約ス

この文面に署名をしておきながら、日本はそれにあからさまに違反して、1931年9月18日の柳条湖事件を発端に中国との15年戦争を引き起こしてしまう。それによって、日本は、「戦争を放棄します」と言うだけではあてにならないということを、自ら証明してしまったのではないでしょうか。だからこそ、戦後、日本は、武力の不保持という、より踏み込んだ立場を示すことにしたのだと思います。

この点で、私たちは後戻りを許すことはできません。歴史修正主義者たちは、南京大虐殺はなかったとか、従軍慰安婦の強制連行を証明する資料はないとか言って、自分たちの歴史認識が誤りではないと主張しますが、それは煙幕にすぎないと私は思います。パリ不戦条約の署名国でありながら侵略戦争を行なったこと。パリ不戦条約の精神(後の憲法第9条第1項の精神)だけでは、日本の政府は、軍は、国民は、抑制を働かせることができなかったこと。そのことを歴史的な事実として再認識する必要があるのではないでしょうか。

追記:タイトルを変えました

2005年 11月 24日 午前 12:09 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.23

ストライキの迫る今、思うこと

自分の職場のことは、あまりここに書きたいと思うことがないのですが、今日はちょっと不条理に思うことに行き当たり、自分の頭の中で反芻してばかりいても仕方がない気がするので、ある程度一般的な形で、ここに書いてみようと思います。かったるい独り言ですが、お付き合いいただければ幸いです。

私の現在の職場は私立大学です。3月までは国立大学で教えていました。前の職場は構成員の過半数によって採択された「平和憲章」というものを持っていましたし、今の職場には平和をテーマとした展示館があります。そういった、平和や自由、民主主義などの理念を大切にする職場で働けることは、私の喜び、誇りです。

私が国立大学にいた時に、国立大学の法人化が行なわれました。その中で、「国立大学は教授会による自治を大切にしてきたが、私立大学は学長周辺に決定権を集中させ、機動的な運営をしている。これからは私立大学と同じ土俵で競っていくわけだから、トップダウンの意思決定が必要だ」という主張がなされ、さまざまな国立大学で、法人化とともにいろいろな意味で以前よりも民主的な度合いが低い体制が形作られたと思います。

今日、私が職場の会議で聞いたのは、「うちの経営者たちは、国立大学が法人化されてトップダウンの経営体制になったことに危機感を強めていて、この大学も総長の裁量範囲をもっと広げなければならないと考えているようだ」という話でした。この職場に来て日が浅いので以前との比較は私にはできないのですが、この半年間に見聞きしてきたことで、たしかにそのような傾向が感じ取れるものが多々あります。

私は別に「何事に関しても全員で集まって決めるのが民主主義」と考えてそれを指向するわけではありませんが、機関としての意思決定が迅速かつ集中的に行なわれることを重要視するあまり、情報の周知や広汎な参加者による論議の機会がないがしろにされることには大いに疑問を持ちます。

私はまた、競争というものが一概に悪いものだとも思いません。しかし、“競争に勝つ”ために、疑心暗鬼になって、国立大学は私立大学の、私立大学は国立大学の、真似をしているつもりで経営陣への権力の集中を目指しているのは、何とも悲惨に思います(ごく最近に国立大学から私立大学に移った者として、このことについて声を上げることを道義が私に求めていると思い、この稿を起こしました)。それが競争原理、市場原理の適用という、いわゆる新自由主義的な政策の圧力によって引き起こされているのであれば、私は国の文教政策の妥当性を疑わずにはいられません。

私の職場の教職員の懐疑は極度に強まっており、木曜夜の団体交渉で思わしい進展が見られない場合、教職員組合は金曜の昼に一時間の時限ストを決行する構えです。大学におけるストライキというのが、はるか昔の熱い時代のほのかな残り火なのか、来たるべき時代を照らすたいまつなのか、私には分かりません。今はただ、状況の不条理を思い、ストが回避されることを願うばかりです。

2005年 11月 23日 午前 12:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.22

ブッシュの文章で疲れが倍増

体調(というより精神状態ですね)が悪くて、何事もはかどりません。昨日はプラットフォームで電車を待ちながら考え事をしていたら、目の前に自分の乗る電車が入って来たのに気が付かず(後で思い出してみれば、私の後ろに並んでいた人が不思議そうな顔で私のほうを見ながら乗り込んで行きました。心配してくれてありがとうございました)、寒い中、30分も立ち尽くしていたり…

先週ブッシュ大統領が京都会館で行なった演説を読んだのですが、全然頭に入りませんでした。

... you (= the Japanese people) have shown others that freedom is the surest path to prosperity and stability.

と言っていたと思ったら、少し先に行くと

Our best opportunity to spread the freedom that comes from economic prosperity is through free and fair trade.

と言っていて、to と from (自由と繁栄の間の因果関係)の方向性がいつの間にか逆になっているのですが、これは貿易自由化にこじつけるために意図的に話をすり替えているのでしょうか。それとも彼自身(というかスピーチを書いた人が)混乱している? 戻ってじっくり読み返す気力がありません。 で、

Free nations are peaceful nations, free nations do not threaten their neighbors, and free nations offer their citizens a hopeful vision for the future.

に至っては、いったいどこのだれが何の話をしているんだか、訳が分からなくなってしまいました。

それにしても、相手が「自衛隊のいるところが非戦闘地域」とのたまう小泉首相で、お互い、話は通じているのでしょうか。そういう相手だからこそ会話が成り立つのか(と納得してはいけないよね。由々しき問題だ)。きっと大変だったのは通訳の人たちですね。お疲れ様でした! 

2005年 11月 22日 午前 12:02 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.11.21

ブイヤット湾民事訴訟は実質審理なく終わる

インドネシア・スラウェシ島のブイヤット湾の環境汚染に関してPT Newmont Minahasa Raya 社はマナド地裁での刑事訴訟と南ジャカルタ地裁での民事訴訟の対象となっていましたが、後者、南ジャカルタ地裁の民事訴訟で判決が出ました。この判決は前者マナド地裁での刑事訴訟の行方には影響を与えません。

インドネシア政府の訴えが却下されました。Sudarto 裁判長はスラウェシ島での環境汚染は南ジャカルタ地裁の管轄ではないとして判断を避け、賠償等についてはインドネシア政府とニューモント社の間の契約にもとづき、国際的な調停によって解決されるべきであると判断したようです。

ニューモント社側は判決を歓迎し、環境省との間で調停に応じるとしています。ニューモント社の重役によれば、ニューモント社とインドネシア政府は過去一か月ほどの間、既に交渉の席についており、和解も間近であろうとのことです。Purwani Utami 検察官は環境大臣の判断で控訴を検討するとしており、環境省は経済調整省(Office of the Coordinating Minister for the Economy)を通じて調停にも臨むとの意向が Hoetomo 環境副大臣によって示されています。

インドネシアの環境団体 WALHI の Raja Siregar さんは、実質審理が行なわれなかったことを批判し、このような判決であればもっと早く出されるべきであったと述べて、国側に控訴を促しています。

マナド地裁での刑事訴訟も18日に公判が開かれたはずですが、まだ報道を目にしていません。なんかこちらのほうも検察がちょっとだらしない感じなので、楽観はできないと思います。私は別にニューモント社が悪いと決めつけるつもりはないのですが、健康被害の原因究明がいい加減では、被害を受けた人たちが可哀想。

今までに書いたブイヤット湾の公害もしくはニューモント社に関する記事:

あ、記事のカテゴリーさえ立てておけば、こんな過去の関連記事リストなんか作らなくていいんだと、今、気付きました。

2005年 11月 21日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.20

遠く釜山を想う

あまり日本では話題にされていないと思うのですが、韓国プサンでは18日夜、 APEC に反対して非常に大規模な抗議行動が行なわれたもようです。私は残念ながら韓国語が自由に読めないのですが、OhmyNews に付近の地図や多くの写真を含む記事があります。写真のコンテナはバリケードとして並べられたもののようです。

英字紙 The Korea Times の短い記事によれば、抗議行動はお米の輸入増に反対する農家、労働者を中心に3万人程度が参加したとのこと。日本からの参加者もあったと書いてあるので、報告をどこかで読めるようになるかもしれません。と思ったら、安田(ゆ)さんが韓国の労働団体のサイトの記事を翻訳したものがすでにありました。こちらも写真が豊富かつ、非常に詳細です。

日本で貿易自由化に関する首脳会議が開催された場合、反グローバリゼーションの意思表示にどれくらいの人が集まるかなあ、などと考えてしまいました。

小泉首相と盧武鉉大統領との短い会談については、ハンギョレ新聞に 「これ以上の謝罪は求めない」 という発言の真意としてチョン・ウソン外交補佐官が「しきりに何回も謝罪ばかりするのではなく、行動が重要だという意味だ」と説明したという記述があります。会談の雰囲気や言葉の調子はどうであれ、これが一番大切な点ではないかと思いました。

2005年 11月 20日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.19

もう来てもいいはずなのに、遅れてるの

アメリカ経済はブッシュ43政権の発足直後にピークを迎え、その後、思わしい回復を見せていません。United for a Fair Economy (UFE) が15日に発表した "Nothing to Be Thankful For" という報告書に、下のグラフが掲載されていました。

経済のピーク(2001年3月)以降の失業率の推移を示したものです。実線が現在の推移、灰色の部分がそれ以前6回(1940年代後半以降)の不況時の経済回復の様子、点線はそれらの平均値です。大概は4年以内に復調しますが、今回はまだ低迷が続いています。一見して、過去の経済サイクルに比べ今回は回復が顕著に遅れていることが分かります。いろいろな意味でイラク戦争が失敗だったことは既に明らかですが、どうやらブッシュ43政権は内政(経済運営)にも失敗しているみたいですね。いや、だからこそ戦争なんか始めたのかもしれませんが。

ブッシュ政権の経済政策は、企業や富裕層への減税を中心に据え、それが雇用を創出するとするものですが、UFE の報告書は、過去の経済サイクルの分析から、減税と雇用増大との間に相関関係が全くないことを示しています。また、ブッシュ政権の元で貧富の格差(特に、白人層とラティノ層の間の格差)が拡大していることが観察されています。

“周期”の話題ということで、読みようによっては思わせぶりな記事タイトルにしてみましたが、お気に召しましたでしょうか。最近、通勤の電車が遅れて困ることが多いもので…

2005年 11月 19日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.18

共に生きたい

Japan PM faces isolation at Asia-Pacific meet ― ロイター電。靖国参拝、領土争いなどで、APEC に行っても小泉首相は冷たくあしらわれるだろう、ロシアやペルーとも関係が悪化している、ブッシュ大統領といっしょに臨んだ記者会見で「近隣諸国との関係は良好だ」と述べたが、だれも信じていない、等々、日本が孤立を深めていると伝えています。

なかなかここまではっきり書かれると、日本のパスポートで旅する身としては辛いものがありますな。首相が会合で仲間外れにされても(もちろん、まさか、露骨に村八分にされたりはしないでしょうけれど)、彼が自分で選んだ道なんだから可哀想にも思いませんが、「あんたたちが選んだわけでしょ」と聞かれたら、どう答えればいいんだろうと考えてしまいます。現状に問題を感じず幻想世界に浸りこんでいる民族主義者の人たち(という括りでいいのかな、特に韓国や中国が嫌いな人たち)の“幸せ(おめでたさ)”をうらやんでしまいそうです(もちろん、自分がそんなふうになりたくはありませんけど)。

なぜ突然パスポートに言及したかと言うと、昨日、パスポートの更新申請に行ってきたんです。住民票を取る代わりに住基ネット使っちゃいました。反対しているみなさま、ごめんなさい。

これまた唐突ですが(いや、もちろん、つながりはあるのですけど)、毎日が日曜日blog2にトラックバックを送ります。【うー、送れないみたいです。】

2005年 11月 18日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.11.17

ウィリー・ピート

先週イタリア RAI テレビが報じた米軍による黄燐(white phosphorus)の使用について、米軍報道官が焼夷兵器(incendiary weapon)として用いたことを正式に認めたもようです。16日付けの BBC NEWS の "US used white phosphorus in Iraq" によれば、Lt Col Barry Venable が先週の発言(照明や煙幕としてのみ用いた)を撤回し、敵性戦闘員に対する傷痍を目的として使用されたと述べました。

(記事タイトルの "Willy Pete" は "white phosphorus" の米兵の間での隠語だそうです。)

BBC の記事では化学兵器か否かについてのみ論じられていますが、問題は特定通常兵器使用禁止制限条約(Convention on Prohibitions or Restrictions on the Use of Certain Conventional Weapons Which may be Deemed to be Excessively Injurious or to Have Indiscriminate Effects)への抵触ではないかと思います。議定書3(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)にほぼ明確に違反すると思われますが、アメリカは議定書3は批准していないのですね。確信犯ですかねぇ。

この話を一日早く聞いていたら、今ごろ私は留置所にいたかもしれません。怒り心頭。

2005年 11月 17日 午前 12:29 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2005.11.16

京都のデモ

ブッシュ大統領の京都来訪に合わせて、抗議のデモが昨夜(11月15日)、京都市内で行なわれました。写真(下手ですみません)は河原町三条の交差点。機動隊が路上封鎖していました。私はこの写真を撮った後、すぐこの場を離れたのですが、しばらく歩いてから振り返って見ると、ここでデモの隊列がとぎれてしまっていたので、もしかするとちょっとしたイザコザとかがあったのかもしれません(全くの憶測です)。私が参加したもの以外にも二つのデモが催されたと聞いています。

私は仕事の終わるのが遅くなってしまって、デモの後半(四条大橋付近から河原町通り沿いに上がって京阪三条の解散地点まで)しか参加できなかったのですが、若い人が多かったのと、欧米系の人が多かった(英語のプラカードも多かった)のが印象に残りました。私は京都に来てからデモで歩くのはこれが初めてだったのですが、名古屋よりだいぶ平均年齢が若いように思えました。大学とか多いからかな。それと、東京で反戦デモに参加した時は中東系の人をけっこう見かけたんだけど、今日はいたのかなあ。地域色でしょうかね。おもしろかったです。

名古屋に比べて警察の誘導がものすごく下手だと思いました。上に書いたように隊列がとぎれてしまったため全く人が歩いていないところでも交差点を閉めたままにしたりしていたので、車で通りかかった人はとても迷惑だっただろうと思います。参加者が多かったし、警備にあたっていたのが京都の警察の人たちではなかったのかもしれないし、何より普段とは全然違う警戒態勢だから、しかたないのかもしれませんが。

私は「大統領、あなたはファルージャで何をしたのか」といった感じのことを書いたプラカードを掲げて歩きました。

«Ce soir, nous sommes tous des racailles!» と心の中でつぶやいてみたり。

2005年 11月 16日 午前 12:40 | | コメント (2) | トラックバック (4)

2005.11.15

現実主義者は戦争を望まない

先月下旬の The New Yorker に載っていた Jeffrey Goldberg さんの "BREAKING RANKS: What turned Brent Scowcroft against the Bush Administration?" を読んだ。ブッシュ(41代大統領)の国防顧問だったブレント・スコウクロフト氏がなぜブッシュ(43代大統領)のイラク戦争に反対しているかを、インタビューなどを通じて描いている。

あまり単純化してしまうといけないのだが、要するに、(1) フセイン政権が 9/11 をはじめとするテロと関わりを持っていたという証拠がない中で、(2) 「民主化」を旗印にイラクに戦争をしかけるのは多大な犠牲を払うことになり、国益にかなわない、というのがスコウクロフト氏の考えだ。同様な考慮から、1990年8月のイラクによるクウェート侵攻に端を発する1991年初頭の湾岸戦争においても、フセイン政権の打倒は目標とされていなかったため、ブッシュ41はフセインを深追いすることはなかった。非常に現実主義的(realist)な判断がくだされたわけである。

それにひきかえ、ブッシュ43は、いったん侵攻したら金のかかる占領統治をしなくてはならず、撤退がむずかしくなることが明らかだったのに、体制変換(regime change)への宣教師のごとき熱意で、避けるべき戦争を始めてしまった。仮に善意の支援であってもブッシュ41のソマリアへの介入のように泥沼状態になってしまうことがあることを見知っているにもかかわらず、である。

ブッシュ41からブッシュ43にかけて、政策上、思想上の連続性があるように見えて、実は現実主義から妄想的な新保守主義への断裂がある、ということらしい。ブッシュ43政権の政策決定に関わっている新保守主義者たちやその支持者たちを除けば、アメリカのイラク侵攻と占領が現実的な政策ではないということは、立場の左右を問わず、アメリカの国内、国外を問わず、一般的かつ妥当な認識なのだということを私たちはスコウクロフト氏の発言から再確認することができるだろう。

(このニューヨーカーの記事だけを見ると、スコウクロフト氏が非常に思慮深い人物であるようにも見えるのだが、そもそも彼がブッシュ43と袂を分かつ宣言となった2002年8月のウォールストリート・ジャーナル紙への投稿 "Don't Attack Saddam" を読むと、彼もまたフセインが大量破壊兵器を持っているに違いないと考えていたようで、当時の国連査察官たちの現状把握や、平和を希求した世界の多くの市民の認識と比べれば、ブッシュ43同様、愚かしく見えもするのであるが。)

さて、日本はアメリカとは違うのだから、その政策決定が現実主義的であるか否かには、別の要因も入ってくるのであろう。日本がさまざまな意味でアメリカ合州国に依存している中では、アメリカにたてつかず、共同歩調をとることこそが国益にかなった現実主義だと考える人もいる。現政権はまさにそのように考えて合州国のイラク侵攻を支持し、占領に加担したわけだ。それはそれなりに、理解できない考えでもない。

しかし、私にはあくまで、狂信的に行動する合州国に付き従うことが現実主義的な判断だとは思えない。泥沼とか崖っぷちに向かってまっしぐらに走っていく親分の横を併走するのが本当に賢い子分だと言えるのだろうか。

人が助けを待ち望んでいる時、苦しんでいる時、手を差しのべることがいけないわけではない。どうしても手を差しのべなくては気が収まらない時(あるいは、国内外の世論が納得しない時)というものがあるのも事実だ。しかし、やみくもに川の流れの中に入っていくことが溺れかかってる人を救う最善の方法ではない。それをちゃんと見極めるのが、そして正しいやり方を探そうとするのが現実主義というものなのだろう。

私たちがイラク戦争と占領に反対してきたのは、決して空想的な平和主義だけによるのではない。武力によって中東の問題が解決できるという非現実的な考え方に反対してきたのだ。

その非現実的な思考を頭の中で反芻し、お題目のように繰り返して口に上らせることによって、それが真っ当な考え方だと信じ込んでしまった二人の男たちが、今日、私の街にやってくる。

2005年 11月 15日 午前 12:29 | | コメント (4) | トラックバック (2)

2005.11.14

パラグアイに米軍基地建設の噂

In These Times に掲載された Adam Saytanides さんの "U.S. Military Eyes Paraguay" によると、パラグアイ国会が6月に米軍との合同演習の実施を承認したことを受けて、ラテンアメリカ諸国ではアメリカがパラグアイ北西部の Mariscal Estigarribia に基地を建設するのではないかという噂が広まっているそうです。

ベネズエラのチャベス、ブラジルのルラ、アルゼンチンの キルチネル、ウルグアイのバスケスなど、ラテンアメリカでは軒並み左派の政権が選択されており、パラグアイの隣国ボリビアで来たる12月5日に予定されている大統領選でも左派政党 MAS (=Movimiento al Socialismo、社会主義運動)の Evo Morales 候補(アイマラ族先住民)が健闘していて、

…とここまで書いたところで、キューバの Granma 英語版ボリビアの選挙が突然延期されたという記事を発見。えっ、まじ?

書き直すのも大変なので(特に、地図を加工したりして凝ってしまったので)、気を取り直して、この記事は米軍基地に話を戻して終わることにします。合州国政府は噂を否定していますが、ボリビア東部の天然ガス資源利権の確保にアメリカが真剣であることは確かで、ラテンアメリカの“社会主義化”ドミノを止めるための要石としてパラグアイに基地を建設するという懸念は全く払拭されていないようです。

Saytanides さんの記事は、アルゼンチンのノーベル平和賞受賞者 Adolfo Pérez Esquivel さんの「合州国は、一度やってくると、なかなか去っていかない。それが怖ろしい」という言葉で終わっています。極東の要石とされた沖縄の人たちの多くが頷くに違いない言葉だな、と思いました。

2005年 11月 14日 午前 06:52 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.13

せこい/がんばろう

€ + Google = U.M.P. ― Indymedia Paris の11月7日付けの記事。Google.fr で「車炎上」「郊外」「治安悪化」「暴動」などの語で検索すると、「ニコラ・サルコジの政策を支持し、秩序を回復しましょう」という広告が出るようになっていたのだそうな。で、その広告をクリックするとサルコジ内相率いるUMP (= Union pour un Mouvement Populaire 国民運動連合)のサイト(リンクしないほうがいいのかなあ)に飛ぶのだと。

いくつかのキーワードでやってみましたが、もう広告は出ませんでした。

グーグルの広告って、いくらぐらいするんでしょうね。安いんだったら何か買ってみようかしらと思いつつ Google.co.jp で「憲法改正」を検索すると、なんと伊藤真さんの『高校生からわかる日本国憲法の論点』(このリンクはアマゾン。「なか見検索」というのができます)の広告が! あっぱれ(はい、“身内”には優しいんです、私)! でも検索結果の一番上は自民党だ。うーん、微妙。リンクを張ったら伊藤さんの本が検索結果でも少しは上に上がってくるかしら:「憲法改正」。

とりとめのない記事になってしまいましたが、広告つながりでもう一パラグラフ行きます。たぶん既にお気づきのように、このブログの左下のほうに「市民意見広告運動」へのリンクを入れました。来年の憲法記念日に全国紙に意見広告を出す準備に入ったそうです。私も参加しようと思います。

2005年 11月 13日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.12

世界の胃袋

Hungry Planet: What the World Eats (Peter Menzel & Faith D'Aluisio 著)という本の紹介を NPR で聞きました。24か国、30家族がそれぞれ一週間で食べるものをすべて並べて撮った写真です。NPR のページで5つの家族の写真が見られます。とてもおもしろいです。ぜひ。

上から順に

  • グアテマラ(小さい写真)
  • チャド(ダルフール難民)
  • ドイツ
  • アメリカ合州国
  • 中国(北京)

です。ラジオによれば、沖縄の家族にも取材したそうです。非常に長寿な沖縄の人たちが「腹八分目」という言葉を教えてくれたのがとても印象に残っていると著者の人たちが言っていました。

あ、沖縄の写真をここで発見。別のアメリカの家族と別のチャドの家族の写真もあります。

2005年 11月 12日 午前 10:28 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2005.11.11

インカの金塊の呪い

FRONTLINE - The Curse of Inca Gold ― アメリカの公共テレビ PBS が先月(2005年10月)放映したペルー・ヤナコチャ鉱山に関するルポ。ニューモント社が鉱山の利権をめぐって有利な判決が出るよう司法当局に渡した賄賂、CIA との結託などが暴露されフジモリ政権の崩壊につながった過程のほか、環境破壊を懸念した住民の運動で新たな採掘が阻止されたことを描いています。

ニューヨーク・タイムズ紙が PBS と歩調を合わせて Behind Gold's Glitter: Torn Lands and Pointed Questions という特集記事を 10月24日に掲載しています。一つの指輪を作るのに必要な金を採取するために30トンから100トンの土壌が採掘されて土地が変形されること、青酸によって金の取り出しが行なわれるために有害な廃棄物が多量に産出されるほか、掘り返された土壌自体の硫化物が流出することも環境破壊につながることが非常に読みやすい形にまとめられています。

このブログでは2004年9月(21日22日30日)以来、インドネシア・スラウェシ島ブイヤット湾の汚染の問題を中心に Newmont 社の動きを追ってきました。ニューヨーク・タイムズ紙の記事には、フィリピンでカナダの Placer Dome 社に対する公害訴訟が始まったとの記述がありました。Marinduque 州が Placer Dome, Inc. を訴えたということのようです。1990年代から問題になっていたようです。可能な限り、これについても注意を払っていきたいと思います。 

2005年 11月 11日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.10

ブイヤット湾公害訴訟2回目の証人陳述

インドネシア・スラウェシ島のブイヤット(Buyat)湾に鉱山業者 Newmont Minahasa Raya 社がヒ素等の有害物質を投棄して住民の健康被害を引き起こしたとされる事件のその後。10月14日のマナド地裁での公判については報道がありましたが、その後はあまり報じられなくなってしまったようで、記事が見つかりません。情報収集の体勢立て直しが必要なようです。インドネシア語が分からない私には辛いかも。【21日の公判の報道を追記しました。】

訴訟の正式名称が分かりました。 "the Ministry of Environment vs PT Newmont Minahasa Raya and Richard Ness, number 284/PID.B/2005/PN.MDO, in the Manado district court of North Sulawesi" です(9月の Bloomberg の記事)。

10月14日の公判については、以下のような報道がありました。

Musna Stirman さんという40歳の女性が、全身が赤い鱗状の皮膚病に冒されて2004年7月に生後5か月で死んだ Andini ちゃんという赤ちゃんについて証言。彼女自身、頭痛や痙攣など原因不明の症状に悩まされているとのこと。Marjan Ismail さんという証人も同様の症状を訴えたほか、村の川の水が汚染によって飲むことができなくなってしまったと述べたと報じられています。ただし、これらの証言は直接ニューモント社の廃棄物投棄(これ自体が行なわれたことは事実で、それが健康被害を引き起こしたかどうかが問われている)との因果関係を指摘するものではなかったようです。

通信社による報道はここまでですが、ジャカルタ・ポストの記事は、主審判事の Ridwan Damanik 裁判官が、検察や被告側弁護人を含め、関係者全員で Buyat Pante 村の現状視察に赴くことにしたと報じています。

ニューモント社に関しては、ペルーでの操業について大きな記事がありましたので、明日にでもまとめます。

追記:10月24日の The Jakarta Post の記事を見落としていました。4人の証人が、ニューモント社が湾に放出した鉱滓で皮膚病を患ったと証言したとあります。ニューモント社側の弁護士が「医学的に因果関係が示されたわけではない」と語ったとされていますが、その発言が法廷で(反対尋問で)なされたのか、公判後のインタビュー等でなされたのかは不明です。次回公判は11月18日。

2005年 11月 10日 午前 06:41 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.09

マル・デル・プラタから京都へ

ブッシュ米大統領の来日が来週に迫っていますね。京都に来るそうで、私も火曜日と水曜日は毎週、仕事の行き帰り、御所(迎賓館)の横をバスで通るので、ぜひ抗議行動に参加しようと考えています。お近くの方、いらっしゃいましたら、ぜひごいっしょに。

今のところ、企画として聞いているのは次の二つです。

  • 15日(火曜日)午後6時30分、円山公園で集会、その後デモ。
  • 16日(水曜日)午前10時、出町柳の鴨川三角州【変更:丸太町の京都教育文化センター】、その後デモ。

9日夜、帰りがけに四条河原町のところでデモをやっている人たちがいて、もらったビラに上記の場所変更が記載されていました。

どちらも「しないさせない!戦争協力関西ネットワーク」より。どういう団体かは私は知りません。

もし他にも企画をご存知でしたら、お教えください。上の二つはどちらも今ひとつ私の仕事の日程と合わないんです。でも、できれば、党派の垣根を越えて一緒に集まれるといいですね。

先週末、アルゼンチンの Mar del Plata 市でブッシュ来訪反対の大集会が行なわれた際、ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領が行なった演説全文を見つけました。ざっと眺めてみて(いや、スペイン語がお手の物で速読しているのではなく、読めないので、めぼしい単語だけ拾い読みしています)、元気の出そうな部分を抜き出してみました。「チェは私たちの中に生きている!」みたいなところはベタすぎるので割愛しました。(笑)

Y está muy claramente planteado, es el mismo tema de Carlos Marx: socialismo o barbarie, es el mismo planteamiento, sólo que Chomsky precisa, claro, han pasado más de cien años. Chomsky precisa, enfoca el problema de este momento histórico del mundo: "O la hegemonía norteamericana o la supervivencia en el planeta..." Una de dos, escojamos los pueblos del mundo cuál es el destino para nuestros descendientes, porque siempre digo también que ya no se trata de nosotros, ya nosotros mal que bien hemos vivido, pero ahí están nuestros hijos, ahí están nuestros nietos y los que no han nacido y los que siguen naciendo, se trata de ellos: hegemonía o supervivencia, dice Noam Chomsky.
(マルクスは社会主義か野蛮か、と問うた。チョムスキーは北アメリカの覇権か地球の存続か、と問うている、と言っていると思います。)

La opinión de los pueblos del mundo, la opinión pública mundial, movilizada, consciente, ¡le toca la hora a los pueblos de la Tierra de salvar la vida en el planeta y salvar la vida de las futuras generaciones! Nos tocó a nosotros, pues, derrotar al imperialismo, a todos los imperios.
(世界の世論が地球を救うのだ、帝国主義を倒すのは私たちの役目だ、と言っていると思います。)

Hoy hay que decir: el socialismo no estaba muerto, estaba de parranda, y aquí estamos los socialistas levantando de nuevo nuestras banderas.
(社会主義は死んでなどいない、と言っていると思います。)

Al próximo que vamos a enterrar es al capitalismo, ese es el próximo.
(次に倒れるのは資本主義だ、と言っていると思います。)

Esa palabra la han satanizado: "este es un radical", y la han asimilado como el "loco", no, no, radical no es loco, yo soy un radical, radical, vamos a ser radicales, radicales en nuestros principios, bien enraizados, de ahí viene la palabra, de la raíz: radical, ¡radicalmente revolucionario! ¡Radicalmente humanista! ¡Radicalmente patriotas, de la Patria grande! ¡Radicalmente comprometidos con la vida y con los pueblos!, ¡cada día más radicales!
(ラジカルであるべきだ。ラジカルにヒューマニストであろう、ラジカルに国を愛そう、と言っていると思います。)

追記:チャベス大統領の演説に言及している「ラテンアメリカから見ると: 1926合意のなかった米州サミット(続き)」にトラックバックを送ります。

2005年 11月 9日 午前 02:30 | | コメント (1) | トラックバック (2)

2005.11.08

「護憲派のための軍事入門」を買った

You may say I'm a dreamer,
but I'm not the only one.

と歌ったのはジョン・レノンですが、昨夕、本屋に行ったら、まさに私はひとりぼっちじゃないんだなと思うようなタイトルの本を見つけました。ほんとに私が来るのを待っていたかのように置いてあったのですよ。その名も『護憲派のための軍事入門』。山田朗さん著、花伝社から10月20日に刊行されたようです。

とりあえず私と同じような考えの人たち(ちょっと語弊があるものの、いわゆる「護憲派」)が購買層として設定できるくらい大きいんだな、というところがものすごくうれしかったです(花伝社といえば国立大学法人化の時に『国立大学はどうなる』を出した会社ですね。う~む、もしかするとあまり多く売れるとは思わず商売をやっているのかもしれない)。

まあ、これ一冊読んだところで、右翼的な軍オタクの人たちには太刀打ちできないとは思いますが(「議論」する気もありませんので、つられてコメントを付けたりしないでくださいね、そのテのみなさま)、1,500円+税という価格帯も、なんか私の心の裡(あるいは財布の中)を見透かされているような気がして、買ってきました。

「はじめに」から少し引用しておきます。

世の中には、戦争や軍事(軍隊や兵器)についてとても詳しい人がいます。 … 全てとは言いませんが、「軍事評論家」や軍事マニアといわれる人の多くは、戦争や軍事力を使ったパワーポリティクス(威圧・威嚇による外交)には批判的ではありません。批判的でないどころか、そういったことを肯定し、日本国憲法第9条を「改正」して、「日本も正規の軍隊をもつべきだ」とか「日本ももっと強力な兵器…をもつべきだ」と主張する人も少なくありません。 … この本は、誰のための、何のための軍事の本なのかと言いますと、平和を求め、戦争や軍事力を使ったパワーポリティクスに反対する人、すなわち「日本国憲法第9条にもとづいて平和な世界を」と考える人のための、戦争とパワーポリティクスを克服するための軍事入門書なのです。

ね? 私に、そしてあなたにも、ぴったりな本みたいでしょ? 私には背景知識がなさすぎて、この本の評価はたぶんできないので、読んでからだと書けなくなってしまうと思い、あえて読み出す前に紹介をしました。

2005年 11月 8日 午前 05:11 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2005.11.07

フランスにおける愛の不在と社会主義の復活

あ゛ー、一つの単語の意味が分からないがために、とても興味深い記事が紹介できないでいます。分からない単語というのは、 désamour というフランス語の単語です。Amour (愛)に否定接頭辞が付いたものだというところまでは容易に察しがつくのですが、意味するのは「愛の不在」?「愛の終わり」?「失恋」?「片思い」?「倦怠期」?「憎しみ」? 私の持っているフランス語の辞典には載っていないんです。ラルース大辞典には "cessation de l'amour, de l'interet pour qqn pour qqch" (愛や、だれか、もしくは何かに対する興味の終息)という定義が載っているという情報あり。ジルベール・ベコー(この名前を知っているか否かで世代判定ができそうな気もしますね)が "La Saison du désamour" という歌を歌っていたという情報あり。

で、興味深いというのは仏リベラシオン紙の "Le capitalisme n'a pas la cote chez les Français" (フランスでは資本主義は人気がない)という11月4日付けの記事です。冒頭で "Entre le capital et les Français, c'est le grand désamour." と報じています。同紙が10月末に行なった世論調査によると、フランス人の3人に2人が資本主義を否定し、過半数(51%)が社会主義を支持しているとのこと。(小泉内閣の採る)新自由主義経済が斥けられ、41%が「資本主義は搾取だ」と考え、45%が「資本主義は少数による富の蓄積だ」と考えているとされています。多くの人が資本主義が貧富の格差を拡大させていると認識しているようです。これらの結果は、職種によっても、ほとんど傾向が変わりません。しかし、これらの世論を既存の左派政党がちゃんと代弁しているかというと、そうでもないようです。

日本の(特に若年層の)失業率が二桁台に達するころ、これらの結果とほぼ同一な数値を私たちは目にするだろうと私は考えます。それまでに、セクトや党派の壁を越えて、そういった「呪われた」人々の受け皿を左翼が用意しておくことが火急の課題であると私は思います。連帯を!

追記:milouさんのブログで、日本の新聞でも報道されたことを知りました。トラックバックを送ります。

2005年 11月 7日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.06

日本の不遜。インドネシアの社説から

別件でインドネシアの英字紙 The Jakarta Post を調べていたら、小泉首相の靖国参拝に関して非常に激しい調子の社説を見つけ、自分一人ではその衝撃を受けとめられなかったので、みなさまにもおすそ分けいたします。10月24日付けの記事です。もう2週間近く時間が経っているので、きっとさまざまなところで既に論じられているのだろうと察します。

主な論点を要約して示します:

日本の不遜 ― ドイツとは異なり、残念ながら日本は過去の帝国主義的な侵略と向き合ってこなかった。また、そうしようと努力しているようにも見えない。過去50年以上に渡って、日本が東南アジアに対して豊富な開発支援をしてきたことは事実である。我々はそれを過去の軍事的な罪を贖うものだとは考えていない。お互いに益のある協力関係によるものだと考えてきた。我々はオランダの植民地支配についてと同様、日本の占領の苛酷さについて、いつまでも繰り言を述べるつもりはない。その証拠に、我々は歴代の日本の政権の軽率さに目をつぶってきた。しかし、今回の小泉の靖国参拝は、日本の帝国主義のもとで苦しんだすべてのアジア人に対する思慮に欠いた侮蔑だと考える。過去の世代の罪を認めようとしない超国家主義が日本で力を増していることにアジアは危機感を強めている。我々は日本の今の世代に過去への責任があるとは思わないが、彼らが歴史から学ぶことを期待している。しかし、日本がいつまでも第二次世界大戦の過失を軽視するようでは、これも期待できない。信頼は金で買えるものではない。日本に求められているのは、過去を認める姿勢とほんの少しの善意なのである。

同時期に掲載されていた以前に紹介したボストン・グローブの社説は、小泉首相やナショナリストたちが必ずしも日本の市民一般を代表しているわけではないという書き方だったので、とてもありがたく思ったのですが、このジャカルタ・ポストの社説はそのような好意的な解釈をしてくれてはいません。私たち一人ひとりの姿勢が厳しく問われていると感じます。

いやー、小泉とかに投票する人たちはみんなバカでして。やつらは歴史のこともすぐ忘れちゃうようなんですよ。正直なところバカが多すぎて私たちも困ってるんですよねー。ははは。

などと言って言い逃れができる問題でもないし。さて、どうする。

2005年 11月 6日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.05

エイズ予防薬の治験

Vaginal gel trials start in Africa ― 南アフリカ、ウガンダ、タンザニア、ザンビアで、女性の膣内に塗布する PRO 2000 というゼリー状の殺菌剤(microbicide)を使って HIV ウイルスへの感染を防ぐ大規模な治験が始まるという AP 電。サハラ以南のアフリカでは、女性が AIDS 患者の六割近くを占めると言われている。コンドームを使用すれば、HIV 感染のリスクは1%未満に抑えることができるが、アフリカでは男性がコンドームの使用に非協力的なため、女性が自分で自分の身を守る必要があり、殺菌剤の効果が期待されている。発展途上国73か国で二割の女性が感染のリスクを四割下げる殺菌剤を用いることで、三年間で250万人の HIV 感染者を減らすことができるという試算があるそうだ。

合州国の国立衛生研究所の治験に関する案内 "BufferGel and PRO 2000/5: Vaginal Gels to Prevent HIV Infection in Women" によると、治験に用いられるのは BufferGel と PRO 2000/5 Gel の二種類(セックスをする直前、一時間以内に塗布する)で、前者は射精後も膣内を酸性に保つことによって HIV ウイルスを不活性かさせる(HIV ウイルスは pH 4 から 5.8 で不活性になる)。後者は細胞へのウイルスの侵入を妨げるとあるが、詳しい仕組みの説明はない。保健社会福祉省 AIDSinfo のページでは、PRO 2000 はナフタレン・スルホン酸重合体(naphthalene sulfonic acid polymer)で、膜組織の融解を阻害するとある。

プラシーボを処方される被験者が可哀想な気がするし(ただし、治験中もコンドームの使用が推奨されている)、悪く言えば「アフリカ人はモルモットかよ!」といった疑問も感じるが、どうか少しでもエイズの感染拡大が防がれますように。

2005年 11月 5日 午前 09:06 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.11.04

グーグル・プリントが著作権切れ書籍を大量公開

AP 電 "Google library set to display books not protected by copyrights" によれば、書籍の電子化を進めている Google Print が木曜日(11月3日)に、スキャンしたパブリック・ドメインの書籍を大量に公開するそうです。

Official Google Blog では、すでに公開が始まったと書いていますが、今(日本時間で11月3日の夜11時過ぎ=米東海岸時間で朝の9時過ぎ)のところ、自分で考えたキーワードで検索しても、私はページの右端に Copyrighted Material と書いてあるもの(数ページしか見られないもの)にしか行き当たっていません。

昨年12月に「グーグルによる図書館の電子化」の記事を書いて以来、実はあまり注意を払ってこなかったので(今年の夏に著作権のある書籍について出版業界と一悶着あったらしいという話はいろいろなところで読みました)、今の Google Print の状態が昨日までと違っているのかどうかさえ私には分かりません。

2005年 11月 4日 午前 12:00 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2005.11.03

ネルソン・マンデラが主人公

In pictures: Nelson Mandela comic strip ― 南アフリカで刊行されたネルソン・マンデラの生涯を描いたまんが "Madiba Legacy Series" の第一巻 "A son of the Eastern Cape" についての写真ニュース。本の絵の写真が6枚見られます。第一巻は彼の誕生から大学を卒業してヨハネスバーグにやってくるところまで。この後、8冊刊行されるそうです。

南アフリカの Mail & Guardian 紙の記事は、刊行記念の席で、投獄された当時は男女平等などという概念すら持っていなかったが、牢屋の中で多くの本を読むうちに心が開かれ、女性の人権の大切さに目覚めたとマンデラが語ったと伝えています。

ロイター電では、このまんがプロジェクト責任者の Nic Buchanan さんが、南アフリカの学校で教えられてきた歴史は1652年にオランダの入植者 Jan van Riebeeck が到着したところから始まり、それ以前の伝統や歴史はすべて野蛮だと片づけられていたとし、このまんがによって「正しく、誇り高い」歴史が学ばれるきっかけになるのを期待すると語っていることを伝えています。

マンデラさんの Xhosa 語の名前、Rolihlahla というのは、「やっかいなことを起こす人」という意味なのだそうです(AFP電)。87歳の今でも茶目っ気たっぷりですが、赤ちゃんのころからそうだったのでしょうか。まんがによれば、こんな感じだったらしい。長寿を祈ります。

まんが本は100万部刷られたとのこと。少しは日本にも流れてこないものでしょうか。南アフリカ大使館に電話して聞いてみよう。ついでに、大使館のウェブサイトを何とかしてくれと、お願いするつもりです。Firefox で見ると、本来リンクのところもリンクとして機能しなかったりして、悲惨。

今までにネルソン・マンデラについて書いた記事のいくつか:

2005年 11月 3日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.02

iTunesとダライ・ラマ

Stanford on iTunes ― 米スタンフォード大学の音声ファイルサイト。リンク先の "Open Stanford on iTunes" のリンクをクリックすると、iTunes が起動して閲覧することになります。同窓会の際の講演会や、学生バンドの曲、コンサートの録音、スポーツ中継の録音などが無料でダウンロードできます。授業はないみたい。

iTunes の itmss プロトコルを使用しているので、それをサポートさえしていれば他のプログラムでも見られるのだと思いますが、あるんでしょうか。ウィンドウズやマックなら iTunes があるからいいわけですが、他のプラットフォームの人は困らないのかなあ。詳しい方がお読みになっていましたら、お教えくださいませ。

レクチャー・シリーズの情報などをたどっていったら、ダライラマの講演や瞑想会などがウェブで中継されるという話が載っていました。今週の金曜、11月4日です。カリフォルニアの朝9時半からだから、日本では土曜日の未明になりますね。後で iTunes で聞けるようになるのを期待しましょう。

ちょっと自意識過剰な脚注:このブログにはダライラマの話題がわりと頻繁に出ます(先週もさらっと言及しました)。考え方に親近感を感じますし、彼の政治的な姿勢を支持していますが、私は信者ではありません。

今までに書いたダライラマの出てくる記事の一部:

2005年 11月 2日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.01

チンパンジーおことわり

"Uncaring Chimps May Shed Light on Humans, Study Says" ― 10月26日の National Geographic の記事(前半後半)。UCLA の Joan Silk さんたちの実験によると、チンパンジーは思いやりというものを持っていないのだそうです。

隣同士の檻にチンパンジー2頭が入れられています。そのうちの一匹の檻にはヒモが2本あって、片方を引っ張ると自分のところにバナナが落ちてきます。もう一方のヒモを引っ張ると自分のところだけでなくもう一匹の檻にもバナナが落ちてくる仕掛けにしてあります。

どっちを引っ張っても自分の食べ物の供給は保障されています。全く同じ労力で仲間にも食べ物を与えることができる選択肢が存在するわけなのですが、チンパンジーのヒモの選び方はランダムなのだそうです。一方を引っ張れば仲間にも食べ物が行くことが分かっていて、実際、隣のチンパンジーが物欲しそうなしぐさをしても、お構いなしだとのこと。つまり、他人(他猿か?)のことなんか全然気にしていないのだ、という結論です。

野生のチンパンジーの行動は違うのではないかとか、チンパンジーも集団行動をとることが知られているとか、この実験結果の解釈には注意が必要だと書いてあります。チンパンジーの集団行動については、特定の仲間とツルんで、仲間以外の猿を攻撃したりする例が挙がっています。ヒトでも見られますね、こういう行動。学校とか、ネットとか(私自身は使ったことがないのですが、「ネットウヨク」という言葉があると聞いています。政治の方向性ではなく攻撃性に焦点をあてて「ネットチンプ」というのはどうでしょうか)。

話が少し逸れました。すみません。もっと仲のいいチンパンジー同士で実験したら結果が違うのではないかという意見も出ています。私としては、チンパンジーは頭がいいからヒモとバナナの因果関係が理解できているだろうという前提で話が進んでいるのが気になります。人間でも、こういう言い方をしたら相手が傷つくだろうというのが理解できない人がいて唖然としたりすることがありますからね。案外、バナナを食べるのに夢中で気が付いていないのかもしれません。

National Public Radio の番組 Living on Earth の "The Make Love, Not War Species" (10月28日)によると、チンパンジーと比べて、ボノボという猿は争いも少なく、とても心優しいらしいです。女性のほうが強くて男性を襲うことがあるそうですが。頻繁なセックスによって争いを避けているのだとか。まさに「エロは世界を救う」というところでしょうか(やや強引なこじつけで dox さんのところにトラックバックを送ります)。棲息地であるコンゴ民主共和国の内戦や、森林の伐採などで急速に絶滅に近づいているらしい。ボノボちゃん、がんばれ~。 

私は写真を見ても chimpanzee と bonobo の区別が付きません。インタビューに応えているボノボ研究者の Amy Parish さんは「一日見ていれば、だれにでも違いが分かる」と言っていますが。

ネットだと、顔が見えないので、ますます分かりにくいですね。あなたはどちら?

2005年 11月 1日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (1)

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