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2005.10.31

収穫の秋、パレスチナは誘う

Olive Harvest 2005International Solidarity Movement というグループが、パレスチナで現地の人たちとともにオリーブの収穫をしませんか、という企画をしている。10月15日から11月15日の間、トレーニングを受けた後、西岸地区でボランティアとして農作業に参加する。外国人が滞在していることは入植者やイスラエル軍からの攻撃の抑止にもなるため、地元の家庭に滞在し、農園との往復にも同行する。希望者は、隔離壁や入植地、入植地への道路などの建設に反対する非暴力の抗議行動にも参加することができる。

トレーニングの参加費(宿泊代込み)は約40ドル。その他、一週間に100ドルから150ドルあれば十分やっていける。Faisel Hostel は一泊6ドル。インターネット接続あり(Training Dates & Logistics のページ)。

行ってみたいなあ。ガイドブックも買ったことだし(なんと! Amazon.co.jp でも買えるようになりました! ただし、待たされたあげく「入荷できませんでした」などと言われる可能性があるのかもしれません。他の本で、2回ほどそういう経験をしたことがあります)。でも、パレスチナ関係の本とかを持っていると、イスラエルに入国する際に問題になるのだそうだ(Travel Information & Tips のページ)。持たずに行って、エルサレムでもう一冊買えばいいのだろうか。

2005年 10月 31日 午前 12:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.30

イラクで死んだ二千人の「なぜ」

イラクで戦死した2,000人のアメリカ兵の名前が、大きな WHY (なぜ?)の三文字を形作っている。10月26日、ジョージア州アトランタの The Atlanta Journal-Constitution 紙に掲載された Mike Luckovich さんのマンガ(ページPDF)。2,000という数字としてではなく、一人ひとりの存在をしっかりと認めようという強い意志、なぜこんな戦争をしているのだ、なぜこの人たちは死ななくてはならなかったのだ、なぜ私たちはこれを止めることができなかったのだという誠実な問い掛けが、ストレートに表現されている。

私たちの時は生きている私たちの名前で「殺すな」だったよねとか、日本で戦死者の名前を連ねた広告を出さなくてはならない日が来ないといいねとか、イラクで死んだ人たち(10万人以上と言われる)の名前で同じような意匠を創るとしたら、いったいどんな言葉が相応しくて、どれくらい大きな紙面が必要なのだろうとか、いや、彼ら彼女たちの多くは名前さえ分からないんだとか、いろいろなことを考えてしまう。だめだ。また泣いてしまいそうだよ。

2005年 10月 30日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.10.29

アマルティア・センさんにサインをもらったのだ

Amartya Sen さん(1998年のノーベル経済学賞受賞者)の講演を聞いてきました。本当なら、しっかりその内容を記事にすべきなのですが、専門外なので無理かなあ(ふだんも専門じゃないことをダラダラ書いているわけだから、今日だけ気にするのは変?)。

とは言うものの、『貧困の克服』の中表紙にサインをしてもらいました、ハッピーです、っていう話だけ書くのもヒンシュクだし。一応、素人の私が理解した範囲でまとめてみます。

講演は立命館大学で昨日行なわれました。三日間にわたる「倫理・経済・法:不正義に抗して」という国際会議の基調講演です。タイトルは "Economics, Law and Ethics" で、

  • 合理的選択理論(rational choice theory)は非常に狭い自己の利益のみに基づいて人間が行動するとしていて、公正さや思いやりなどの要素を考慮に入れていないので分析として不十分である。
  • 人間の経済行動は多様性を持っており、法学と経済学の学際的な研究は、そのような単純化された経済モデルの上に行なわれるべきではない。
  • しかし、経済と法の間の統合的な視座は重要である。例えば、経済発展(開発)によって生産が向上したとしても、人権が尊重されなかったり不正が横行したりしているのであれば、開発そのものの中にも問題があると考えなければならないだろう。
  • 倫理学の観点としては、John Rawls が提唱するような、「完璧に公正な社会」とは何かを規定する超越論的な観点(transcendentalism)と、「どちらがより公正であるか」を計量する比較論的な(comparative)枠組みとが考え得るが、正義を培っていくのに必要なのは比較論的な判断基準である。
  • 超越論からは比較論的な判断基準を導き出すことはできない。一見、完璧に公正な社会からの逸脱距離を比較すればいいのではないかと思われるかもしれないが、逸脱の度合いを測る尺度は一意ではない。
  • 比較の基準を措定するために超越論的な理論を前提とする必要もない。二つの山の相対的な高さを測るにあたっては世界最高峰の高さが無関係であるのと同じ。
  • 二者の間の比較による部分的な順序づけを重ねていくことによって「最善」を発見することもできない。しかし、そのような不完全さは比較理論の欠点ではなく、恐れる必要はない。

という主張だったと思います(配付資料を見ながら書いているので、大きな勘違いはないと思いますが、くれぐれも私がアマチュアだということをお忘れなく)。

「小さな政府」という超越論的な目標をかかげ、新自由主義という極めて還元主義的な行動モデルを信条として、あたかも文化大革命のような熱意で「改革」路線をひた走る日本の人に一人でも多く聞いてほしいと思いました。なんか視野が狭くなっちゃってる上に、さまざまな尺度で考えてみるっていうことをしなくなっちゃっていると思うんですよね、最近の私たち。

ところで私、もう一冊、ノーベル賞受賞者―Nadine Gordimer、1991年文学賞―にサインしてもらった本を持っているのが自慢です。いつの日か必ずダライ・ラマに… って、結局その話かよ!

以前に書いた関係のある記事:

2005年 10月 29日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.10.28

君の名は

Dog Names | Puppy Names | Cat Names | Kitten Names ― 犬や猫につける名前のリンク集。BUST magazine のサイトからリンクが貼ってあった。

と、これだけだと、あまりにもやる気のない記事に見えるので、少し足してみる。私のハンドルの「うに」は、私がいっしょに暮らしているネコの恩姫(ウニ)ちゃんにちなんでいるのだが、ウニちゃんの写真を掲載しているフランスのブログを見つけてしまったのだ。例の The Infinite Cat Project を紹介する記事なのだけど、千匹を超えるネコの中からウニちゃんが選ばれたのは、やっぱり可愛いからだろうか(親バカ)、などと考えていたわけだ。

で、ウニちゃんの名前の由来はプロフィールに記したとおりなのだが、どうも「ウニ」という名前のネコは案外多いらしく、ネットでも他の家の「ウニ」ちゃんの写真を見かけたりする。みんなどうやって名前を決めるのかなあ、と考えていたところで、上のリンク集が目にとまったという経緯なのである。

ここまで書いて、長くしても、やっぱりやる気のない記事に見えることには変わりがないことに気が付いた。写真でも載せてみることにする。

もののついでに、写真家の八二一さんのはっちゃんのサイト「君のニャは、」にリンクを張っておく。

2005年 10月 28日 午前 07:30 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.27

ローザ・パークスさんを悼む

その日、彼女は疲れていたのではなく、屈服することに飽き飽きしていたのだそうだ。席を譲ることを拒否できたのは、彼女が“疲れた裁縫女工”だったからではなく、長年の市民運動家だったから。彼女はその時、42歳だった。

アラバマ州の州都モントゴメリーで1955年12月から13か月(382日間)に渡って繰り広げられたアフリカ系アメリカ人によるバス・ボイコット。そのきっかけになったのは Rosa Parks さんが 12月1日の夜、人種隔離政策に基づいた市の条例の求めに応じて白人乗客にバスの席を譲ることを拒み、逮捕されたことだった。

Democracy Now! で、ボイコット運動のさなかのローザ・パークスさんのインタビューを聞いた。とても冷静な語り口が印象的だ。

50年。公民権運動の成果として、黒人の地位は大きく向上した。だけど、パークスさんはニューオーリンズの光景をどんな気持ちで見ていただろうなどとも思ってしまう。合州国の主流社会では、露骨な人種差別の制度はなくなったのかもしれないが、あらゆるところに冷淡な視線が存在し、共感や行動の欠如が見られるような気がする。地元紙 The Montgomery Advertiser の特集が、お金を使っているわりに心に訴えるところが少ないように見えるのもそのせいだろうか。

パークスさんの当時の年齢を見て、自分もまだ力を尽さねば、と気持ちを引き締めた。

2005年 10月 27日 午前 12:19 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2005.10.26

小泉首相の靖国参拝を批判するボストン・グローブ社説

The Boston Globe の日曜日(10月23日)の社説は小泉首相の靖国参拝についてでした。要点は、普通の背広姿で参拝し、記帳しないなど、今までと変化は見られたが、「政治的な意味がない私的な訪問のように装ったことは、かえって日本の隣人たちへの侮辱をよりひどくしただけのように思われる」という観察と、鳥インフルエンザなど国際的な協力関係が必要な案件が多くある中で

他のアジア諸国民の気持ちを尊重することを頑なに拒んでいる小泉の姿勢は、不適当であるだけでなく、多分に誤った印象であるとはいえ、日本の国民が隣人たちの歴史的な経験の真実を受け入れようとしていないという印象を生んでしまっている

という指摘です。

この他にもアメリカの新聞で首相の靖国参拝に対し批判的な論評が掲載されているところがあると聞いています(はなゆーさんの低気温のエクスタシーgakuさんのInternet Zoneがニューヨーク・タイムズの社説について取り上げています)。終戦後60年経ったとはいえ、アメリカは第二次世界大戦の日本の敵国。日本が戦争を美化したり肯定したりしようとすることに対しては、依然として敏感であると言えるのかもしれません。私があまり得意としない、柄の悪い言い方でこの状況を表現すれば、

おい、「小泉が靖国に行っても怒るのは中国と韓国だけ。イラクにも自衛隊を送ってアメリカとはガッチリ同盟関係にあるから日本は大丈夫だもんねー」などとホザいてるテメーら、平和ボケかましてんじゃねーよ!

という感じでしょうか(だめだ、全然スゴミが足りん…)。

首相の靖国参拝を批判しつつも、過去と誠実に向き合う日本の市民が存在することにしっかり言及がなされているのを見て、とても救われた気がしました。どうか私たちがこの期待を裏切ることがありませぬように。

2005年 10月 26日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (3)

2005.10.25

バルガス・リョサのパレスチナ・ルポ

Le voyage de Vargas Llosa au cœur du conflit israélo-palestinien ― ペルーの文学者マリオ・バルガス=リョサさんによる、パレスチナの“自爆テロ”に関するルポ。仏ルモンド紙に 10月13日に掲載された。ユダヤ人入植者3名、アラブ人3名のインタビューからなる。

東エルサレム近郊のマアレ・アドゥミム入植地に暮らすプニナさん。アルアクサ殉教者旅団による自爆テロによって、娘と母親を失い、自らも重傷を負った。その体験の後、神への信仰が大きく揺らいだと言う。「神さまのことがいやになってしまって。もうロウソクにも火を灯しません。あの日、神さまはどこにいたと言うの?といつも考えてしまいます」と淡々と語る。

ジャズ・ミュージシャンのアリエルさんは、ガールフレンドとともに、テルアビブで起こった自爆テロによって負傷した。しかし、「本当に狂った世の中だよ。土地が神聖だと考える人たちのことは理解できないね。そういう人たちは土地によって狂わされているんじゃないか? エルサレムの一部をパレスチナ人に返すことになったとしても、平和がもたらされるなら協定には賛成だ。パレスチナ人が非常に不公正な扱いを受けてきたことを知っているからね」と語る彼の心には憎しみの感情は存在しない。

自爆テロを行なうのは狂信的な原理主義者だと考えられることが多いが、バルガス=リョサさんはそれを否定する。彼らを駆り立てるのは絶望であり、苛立ちであり、窮状であり、自分が閉じこめられている暗黒の井戸から決して救い出されることはないだろうという諦めであると彼は言う。

ラマラで拷問を受けた市民のカウンセリングにあたっている Mahmoud Sehwail 医師も、カミカゼたちの多くは「家族を亡くしたり、職にありつけず家族が飢えで死んでいくのを見守るしかない絶望した人たちだ」と語る。

2002年の1月に女性として最初の自爆テロを起こした Wafa Idris さんはアマリの貧しい難民キャンプに勤務する看護師だった。彼女の70歳になる母親は「娘が自爆を決心したのは、イスラエルの監獄で8年間も拷問を受けた兄のジャリールのことがあったかもしれない」と語る。もし前もって計画を知っていたら止めていただろうと言いつつ、母親は娘をこう言ってかばう:「これは戦争なんだから。殺すか殺されるかなのよ。爆弾は私たちの味方よ。」

西岸に住み、ガザ撤退の際にも入植者たちの支援に行ったエズキエルさんは、グーシュ・エムニムという厳格なユダヤ教徒の入植者集団に属している。アモス・オズがイスラエルの民主的な将来への大きな障害になると形容しているような集団である。占領の正当性を語る時、彼の口からは、「神が我々にこの土地を与えてくれたのだ。神はそれぞれの民族にそれぞれの土地を与えた。ジュデア、サマリア、ガザを神が与え給うたままの姿に再現することが、世界をよくすることへのイスラエルの貢献なのだ。予言がいつ成就するのかは分からないけどね」といった信仰に基づいた言葉しか聞くことはできない。「二つの国を作るというのはトーラ(律法)の教えに反するものだ。この土地がユダヤ人のものだというのを認めるならパレスチナ人はここに残っても構わない。そうでもないのなら、金を払ってでも出て行ってもらえばいいと思うがね。」

イスラミック・ジハードを指揮するナフィズさんは、エズキエルさんとは対極的な位置にいるわけだが、彼の口から出る言葉は驚くほど似ている。「コーランは異教徒にも寛容であれと説いています。しかしここのユダヤ人ときたら、ユダヤ教徒でもないロシア人まで大量に連れてきて家と土地を与え、パレスチナ人を追い出して鉄条網の中に入れてしまう。どこに行くにも許可を請わなくてはならない。刑務所のようなものです。こういった仕打ちに耐えられる民族がいると思いますか?」

ガザでもラマラでもヘブロンでもバルガス=ジョサさんの聞き取りでは二民族の共存による非宗教的な統一国家が望ましいという意見が強いという指摘をナフィズさんは笑って一蹴する。「パレスチナにはイスラム共和国という道しかありません。コーランの指針に従う限り、ユダヤ教徒でもキリスト教徒でも住むのは構いませんがね。」彼はまた、パレスチナ自治政府の求めに応じてイスラミック・ジハードが武装解除することはないと明言する。

バルガス=リョサさんは数日後、イスラエルとの武装闘争路線をとる人民抵抗運動のパレードを見る。銃声が鳴り響く中、子どもたちが楽しそうに走り回っている。同胞たちが公正な主張を持っているにもかかわらず、強烈なマチズムの誇示によって評価を失墜させていることを嘆いたエドワード・サイードの言葉が彼の脳裏をよぎる。すべての不条理さを象徴するかのように、上空ではイスラエル軍のヘリコプターがパレードのすべてを撮影しているのである。

要約したつもりだったのですが、かなり長くなってしまいました。こんなことならいっそ訳してしまおうかと思って、もう一度原文を見てみたら、やっぱり長い… 私には無理です。

文中に出てくる組織について、推奨しているわけではありませんが、見つけたリンクをいくつか挙げます。

  1. Gush Emunim
  2. Islamic Jihad

2005年 10月 25日 午前 07:49 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.10.24

ドクター・アトミック

二日連続でオペラについてですが、今日のは見に行ったわけではありません。

"Doctor Atomic" ― サンフランシスコ・オペラによってこのほど上演された John Adams 作曲、Peter Sellars によるリブレット("Nixon in China" のコンビである)の新作オペラ。ロスアラモスを舞台、原子爆弾の開発を指揮した核物理学者ロバート・オッペンハイマーを主人公に、1945年の夏を描く。

Slate の Daniel J. Kevles さんは、広島、長崎への原爆投下が戦争を終わらせるためではなくソ連による勢力拡大を防ぐために行なわれたとする歴史解釈や、実際には原爆投下を支持しただけでなく、軍に対して助言を与え、原爆が実際に用いられたことに「後悔したことはない」と語った Oppenheimer を政治や戦争には無関心な純粋な科学者として描いているリブレットに違和感を表明している。

San Francisco Chronicle の Joshua Kosman さんは、ジェンダーの線に従ってステレオタイプ化された登場人物の中にあって主人公のオッペンハイマーが「空な中心」をなしていると評し、アダムズの音楽をワグナー的だと形容している。プロダクション全体には好意的で、「新しい世紀の重要なオペラ・レパートリーとなった」としている。

The New York Times の Anthony Tommasini さんは、アダムズの音楽にほぼ無条件の賛美を送り、作品のフィナーレに描かれるトリニティ実験が、核爆発をアイコニックに表現した大音響ではなく、極めて静かな音楽と消え入るような「水をください」という日本語の声によって表わされていることを高く評価している。

Owen Smith さんのブログでは、John Donne の詩等を用いたリブレットを高く評価するとともに、音楽を「神秘的」と評している。

公式サイト www.doctor-atomic.com では、前奏曲など4曲が試聴可能となっている。

追記:このオペラについて取り上げている机の上の空にトラックバックを送りました。 紐育文化徒然草にもpingしてみたのですが、トラックバックできないみたいです。

2005年 10月 24日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.23

びわ湖ホールにて「スティッフェリオ」

秋恒例、びわ湖ホールのヴェルディ・オペラ(若杉弘さん監督・指揮)に昨日行ってきました。今年は『スティッフェリオ』。日本初公開です。カレーラス他によるCDで予習していきました。 

特に第三幕がすばらしかったです。冒頭の "Ei fugge!"、"Lina, pensai che un angelo"、"In questo tetto uno di noi morrà!" と続く Stankar (バリトン、堀内康雄さん)のソロは神がかり的と言っていいほどでした。拍手しばし鳴り止まず。最後の場面の Stiffelio (テノール、福井敬さん)の「あなたたちの中で罪を犯したことのない者がまずこの女に石を投げなさい」(ヨハネ8)、「そしてイエスは女にあなたの罪は赦されたと言われた」(ルカ7)も、涙が出そうになるほど感動しました。オペラで泣くなんてめずらしいですよね。普通は、おい、何だこのいいかげんな話の展開は、と笑うのを堪えなくてはならないほうが多いですから。

話は、牧師の妻が夫の不在中におかした不倫についてです。牧師は、信者たちには赦すことを説いているが、いざ当事者となった時、妻を赦せないでいる自分を発見します。当惑し苦悩したまま説教を始めると、啓示のように上記の聖書の教えが彼の口から発せられ、彼自身も、その妻も、また名誉を守るために密通者を決闘で殺してしまった妻の父も、神がすべてに赦しを与えたことを知る、というものです。全編にわたって重苦しさが支配して来ただけに、神の恩寵によって信仰そのものが身体化され、世界が救済されるというラストシーンは、希望をもたらす奇跡のように鮮やかでした。

今年気になったのは、聴衆の平均年齢がとても高かったことです。大半が年金生活者だったと言っても過言ではないような。去年までは、もっと若い人が来ていたように思うのだけど。老後にオペラを楽しむということに異を唱えるつもりはもちろん全くありませんが、もし価格設定とか宣伝活動などの面で若い人たちの足を遠ざけている点があるならば、主催者の方々にはぜひ何かの取り組みを考えていただきたいと思いました。

オペラ関係でこれまでに書いた記事:

2005年 10月 23日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.22

大学に無線LAN

Intel's 2005 "Most Unwired College Campuses" Survey ― 無線LAN設備が整っている合州国内の大学トップ50校。このうち37校でキャンパス全域がワイヤレスネットワークでカバーされているそうです(昨年は7校のみ)。50校全体で見ても、昨年度はキャンパスの64%にしか電波が届いていなかったのに比べ98%の場所で電波が届くとのこと。堂々の一位に輝いたインディアナ州 Ball State University のサイトの記事によれば、同校では625のアクセスポイントが設置されているとのことです。

(世の中、進歩は速いのぉ。もう20年も前になるが、わしが学生じゃったころは、わざわざ DEC の端末のあるところまで行って、 ".bitnet" のアドレスでメールをやりとりしとったものじゃ。)

このランキングの資料にもなっている Forbes 誌の America's Most Connected Campuses のページは私がこの記事を書いている時点で2004年10月22日付けですが、2003年の記事も10月に書かれたようなので、近々2005年版に置き換えられるのではないかと思います。

現在の私の職場ではどうかと考えると、全学的なワイアレスLANが作られているものの、今学期に私が使っている6個の教室のうち1か所で電波が届きません。また研究室はかろうじて電波が届きますが(いや、自分の部屋は有線でいっこうに構わないのですが)、もう一つのキャンパスに行って授業をする際に頻繁に利用する講師控室は接続不能です。なんとかしてくれ~、と頼んでいるのですが、なかなか…

無線LANがあると学生は授業中も関係ないことにパソコンを使っているという話が大学職員.netブログで紹介されていました。教室に電波が届くのも考えものなのかもしれません。この話の元のウォール・ストリート・ジャーナルの記事(の転載)はこちらで読めます。まあ、教科書を見ているのかと思えばまんがを読んでいたり、ノートを取っているのかと思えば他の授業のレポートを書いていたりするのかもしれませんから、パソコンだけに目くじらを立てても仕方がないんでしょうね、きっと。

2005年 10月 22日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.21

葡萄園の再領土化

In Italy's Wine Regions, a Return to Tradition ― 先週の Weekend Edition (合州国 National Public Radio のプログラム)で放送された Sylvia Poggioli さんのレポート。

イタリアでは、1970年ごろから、それまでの伝統的なワイン製法を捨て、世界市場を目指したワイン作りが盛んとなった。ぶどう園にはカベルネ、メルロー、シャルドネなどの外来品種が植えられ、フランス風の Barrique と呼ばれる樽が導入され、影響力の大きいアメリカのワイン批評家の好みに合うように調合された SassicaiaTignanello といった "super-Tuscan" と称されるデザイナー・ワインが生産されるようになった。

しかし、イタリアは人件費が高いため、オーストラリア、チリ、アメリカ(カリフォルニア)などのワイン新興国に価格競争で負けてしまう。

そのため、国際的なスタンダードなどは目指さず、伝統に回帰し、昔ながらの品種と製法で「テリトリー(領土)」という概念に基づいたワインを作ろうという動きが活発になっている。トスカーナの Castelnuovo Berardenga 地方にある Le Boncie は、その前衛に立つぶどう園である。ここでは、Sangiovese を中心に、ほとんど衰退してしまった Foglia Tonda、 Colorino、 Mammolo などのぶどうが栽培され、"Le Trame" という Chianti Classico のワインを生産している。レトラーメはオランダ、オーストリア、スイス、日本などでも評価を得つつあるが、農場主の Giovanna Morganti さんは、「アメリカの批評家に飲んでもらおうとは思わない。彼らには私のワインについて書いてもらいたくもない」と言っている。

…という話でした。ワインが好きな私には、とても興味深い話でした。そもそもワインが飲めるというのはグローバリゼーションの恩恵という面がある上に、アメリカの覇権を批判する話をアメリカの報道機関から得ているという、この私の体たらく。どうしましょう。

アメリカの新聞に載っていた安くておいしいワインを探して来て、飲んで寝るか。

2005年 10月 21日 午前 11:06 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.10.20

より平和になった私たちの世界

The Human Security Report 2005: War and Peace in the 21st Century ― Human Security Center が発表した人間の安全保障に関するレポート。ここ数日、「世界は平和になりつつある」という調査結果として話題になっている報告書です。要約の章だけですが、目を通してみました。

特に2001年9月11日以降、世界がますます危険になっているのではないかという悲観的な見方に対して、データは必ずしもそのような傾向を支持しない、というのが大まかな主張です。主な論点は「戦争の数、武力衝突の数が減っている」「戦争、武力衝突ごとの平均死者数も減っている(強国の関与する戦争は圧倒的な力の差によって短期間で終結し、貧しい国の間の紛争では破壊力の大きな兵器が用いられないため)」「紛争はサハラ以南のアフリカ諸国に集中しつつある」といったところでしょうか。

いわゆる「ああ、お酒がもうボトルの半分しかない」的な悲観主義に陥ることなく、ある程度楽観的に「まだ半分も残っている」と考えましょう、ということだと思います。

と、それだけだとあまりにも肌で感じる危機感との差が大きすぎるかもしれないので、もう少し内容を紹介します。紛争が減少したことの大きな要因は二つあり、一つは世界の脱植民地化の動きが終息したこと、もう一つは冷戦が終結したこととされています。また、にわとりと卵論になりかねませんが、近年、国連が平和維持活動等に頻繁に取り組むようになったことが言及されています。更に、公平な経済発展や民主主義の確立が紛争の減少と軌を一にしているという分析が提示されています。

時間枠の切り取り方等によって、どの程度いいニュースと考えてよいかが異なってくるデータもあります。要約の章の冒頭では、紛争による難民の発生が1992年から2003年にかけて45%減少したことが輝かしい改善として書かれていますが、後のほうでは、1970年から1990年代初頭にかけては難民が4倍に増加したとの記述がありますから、約30年間の通しで見ると、難民はかなり激しく増加したことになります。また、これらの難民たちが避難しなかったならば殺害されていただろうから、紛争による死者の数は大きく変わっていただろうと述べられています。

この報告書では分析しきれなかったと認めている点もあります。一つは、戦闘の直截な死者ではなく、紛争によって巻き起こされた飢餓等による「間接的な犠牲者」の数です。これについては、来年度の報告書で取り上げるとの意向が示されています。また、女性のレイプ等の被害についても、データが十分でなく、結論めいたことが言えないとされています。

激しいテロリズムは増加傾向にあるとされています。米政府の「テロとの戦いによって、世界はより安全になった」という主張は全く成り立たないことが明言されています。

要約の章は、冷戦終結後の改善が今後も続くとは楽観できないという、かなり醒めたまとめで終わっていました。

いたずらに悲観せず、希望を持ち続けるのは大切なことだと私は思います。私はこの報告を読んだ後も、さほど明るい気分にはなれなかったのですが、自分の気持ちを振り返ってみると、いろいろな要素が自分の心を支えてくれていることに気づきます。うまく他人にこの気持ちが通じるように書けるか自信がないのですが、例えば、近年、インドとパキスタンが核武装しました。そのこと自体は非常に憂慮すべきことには違いないのですが、それにもかかわらず、私は両国の間で核戦争が起こるだろうとは思えません。それはもちろん核の相互抑止力の作用もあるのかもしれませんが、両国が以前から“非同盟中立”という外交路線を採っていることにもよるのではないかとも思われます。それと同様に、アメリカと実質的な軍事同盟を結び、中国という将来アメリカと唯一覇権を争う可能性のある国の近隣にあって、日本が今も戦争に巻き込まれないでいるのは、戦争を放棄した国であることと無関係ではないと思うのです。そのことが、日本に生きる人に、そしてアジアに生きる人たちにどれだけの安心感を与えているか。その影響力は無視できないものでしょう。

2005年 10月 20日 午前 12:45 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.19

転向作家

プロレタリア作家、葉山嘉樹の作品見つかる 中国で」という記事が asahi.com に載っています。最近、紙の新聞を途切れ途切れにしか読んでいない(というか、私が読む前に家族が持ち去ってしまい、読めない。恨)のですが、もう出ていたのでしょうか。文章からは、一昨日か昨日(葉山の命日)の掲載を意識した気配が感じられます。

「竿頭進一歩」(かんとうしんいっぽ=工夫を尽くした上にさらに向上の工夫を加える)という随筆で、『満州新聞』 に1943年7月13日から17日にかけて連載されているのを、文学研究家の西田勝さんが中国の遼寧省図書館での調査で発見したと伝えています。葉山の日記から作品の存在自体は知られていたものの、これまで原稿そのものは見つかっておらず、全集等にも収録されていなかったそうです。「戦前・戦中に日本が進めた満蒙開拓で人々がお国のために食糧増産に突き進む様子が描かれ、祖国のために命をかけて働くことを鼓舞する内容になっている」とのこと。雑誌『ちくま』の11月号に掲載されるそうです。

葉山嘉樹(リンクは青空文庫の作品一覧。すみません、作業中未公開の作品の多くは私が校正を何年間も抱え込んでいるものです)は「淫売婦」「セメント樽の中の手紙」「海に生くる人々」など 、評価の高いプロレタリア文学作品を書いた作家ですが、転向し、満蒙開拓団に参加して、敗戦後の引き揚げ途中に病死しました。漠然と、小林多喜二(壮絶)や黒島伝治(孤高)、宮本百合子(徹頭徹尾とでも形容するか?)に比べて、よくも悪くも俗物っぽいところがあり、もともと時流に逆らえない性分だったのかな、という印象が私にはあるのですが、発見者の西田さんは

「本心だったかわからないが、『転向』の問題を考えさせられる。いつの時代も追い込まれたときに自分の思想と節操をどう保つかが問われる。彼の姿は反面教師になる」

とコメントしています。

自分があの時代に生きていたら、信念を貫いて生きていくことができただろうかと、今までに何度も何度も考えたことがあります。そのたびに、その答えを身をもって思い知らされる社会に暮らさなくても済むように、今のうちから努力しよう、と自分に答えてきました。より一層の努力が必要になってきたのを実感しています。

2005年 10月 19日 午前 09:07 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.10.18

逃げる戦犯(と、小泉首相の靖国参拝)

サイモン・ウィーゼンタール・センターの逃亡中ナチス戦犯リスト第2位に掲載されている Aribert Heim 医師がスペインのカタロニア北部 Costa Brava 地方で目撃され、逮捕間近とされていた(ハアレツ紙の記事)が、大変残念なことに、捜査をふりきってさらに逃亡を続けているらしい(ガーディアン紙の記事。スペインのエルムンド紙の報道によるとされているが、ウェブでは確認できなかった)。

アリベルト・ハイムは、オーストリアの Mauthausen 強制収容所で、毒物を注射したり、麻酔をかけずに手術を行なうなどの人体実験をして、ユダヤ人虐殺を実行した容疑で追われている。最も残忍な親衛隊員で "Dr. Death" と呼ばれることもあるという。生きていれば91歳。体型や行動などから、目撃された人物が彼である蓋然性は非常に高いと思われている。

まあ、これを書いている2005年10月17日のニュースとしては、やっぱり私にとっては小泉首相の靖国参拝のほうが重いのであるな。で、そういう大きなニュースについて考えずに、朝刊では小さな記事として扱われるだろうこの話について書くことは、何か大事なことを見逃すことにつながるのではないかと、我ながら心配してしまうわけだ。しかし、賽銭箱を境にして死者・戦争・歴史と自分を切り離し、他人の顔をして向き合う図を演出する彼について書くのは、なんともアホらしくも思えるのだよ。それに比べ、逃亡するナチの話は、戦争と私たちを隔てる60年という月日が実はすごく短いものであり、正義がなされていないという意味で「戦争は終わっていない」のであって、今を生きる私たちにとっても自分の責任として負わなくてはならないことが明らかになるという点において、とても強く私の心を揺さぶるのだ。

これまでに書いた、関係がなくもない記事:

2005年 10月 18日 午前 12:04 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2005.10.17

異教徒の戯れ、または、サッカーとジハード

サッカーは異教徒の作った競技だから、国際ルールに従って試合をするのはムスリムとしてあるまじきことである、というファトワ(宗教令)が出されている、という話。主なポイントを拾ってみると、

  • ピッチにあらかじめ線を引いて試合をするのはよくない
  • 試合中に倒されたりしても、審判に訴えるのではなく、シャリア(イスラム法)に基づいて処理するべき
  • 11人で試合をしたり、45分ハーフ2回で試合をしたり、クロスバーのあるゴールを使って試合をしたりするのは、ユダヤ人やキリスト教徒、特に邪悪なアメリカ人たちが考えたルールだから従ってはいけない
  • Tシャツとショーツではなくガラビーヤ(オバQみたいな服)を着用せよ
  • つまらぬ勝ち負けのためではなく、ジハードに備えた鍛錬の場として試合に臨め

といった感じで、どう考えても真面目にやってるとは思えないんですけど。

さまざまな宗教指導者たちが勝手にファトワを出しまくるのを憂慮したサウジアラビア政府が、こんなくだらないファトワもある、という例として半官営の Al Watan 紙で紹介したもの、とのこと。あるイスラム系ウェブサイトに掲載されたファトワだということです。イスラム系と言ってもお笑い系だってあるんじゃないかと思いますが。

この話が載っていたのは決して The Onion などではなく、れっきとした The New York Times です。

2005年 10月 17日 午前 07:37 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.16

とまっちゃった

青空文庫新着情報RSSWorld Peace Now 新着情報 RSSのフィードを作っているサーバが現在止まっています。すみません。

このサーバは私が3月まで勤めていた職場に置いてある(今も業務で使われています)のですが、今日一日、職場の西半分(地下鉄の駅から西)が停電だったようです。で、夕方に停電が終わっても、このサーバは自動復帰しなかった、と。元同僚にスイッチを入れてもらうよう、メールを出しておきました。たぶん明日(月曜日)中には動かしてくれるんじゃないかなあ。壊れていなければの話ですが。とほほ。

私の今の職場は堅いファイアウォールの中にあるので、外向けのサーバを立ち上げるのは面倒くさそうで、ぐずぐずしていたのですが(来た早々、どの部署に掛け合えばいいのか分からなかったし)、重い腰を上げつつあります。よーいしょ、っと。あ、腰痛が。

以下は、意図的にリーク。青空文庫自体で rss フィードを供給するという話が実現しつつあります。請うご期待。

2005年 10月 16日 午後 10:12 | | コメント (1) | トラックバック (0)

兵糧攻め

UN envoy says troops withholding food (Reuters)― 国連の食糧の権利に関する特別報告官 Jean Ziegler さんは、連合軍が武装勢力掃討作戦の一環としてファルージャ、タルアファル、サマラなどで一般市民の食料や水の供給を遮断を「武器」として用いており、それがジュネーブ条約の1977年議定書に違反した人権侵害だと告発している。今月27日の国連総会で報告が行なわれる予定。

ジーグラーさんは、法を全く守らない武装勢力に対する作戦上の必要性に理解を示しつつも、甚だしい国際法違反であることには変わりがない、と述べている。これに対し、米軍の報道官は連合軍が「意図的に食料や水を差し止めているというわけではない」と反論している。BBC の記事では、「射撃戦の中では、物資の供給はむずかしいのだ」とのコメントも紹介されている。

いずれにせよ、Fallujah や Tal Afar で一般市民が銃弾に加えて飢えや乾きという脅威に直面していることが推測できる(ただし、AP の記事は、食料等の差し止めが昨年11月の掃討作戦の際に行なわれたと述べているようにも読める。 Reuters や BBC の記事では「静かに劇的な状況が進行しつつある」というジーグラーさんの発言を引用して、現在の状況として描かれている)。

2005年 10月 16日 午前 05:13 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.15

その日、扉は開け放たれた

訃報。 Vivian Malone Jones さん。10月13日、合州国のジョージア州アトランタの病院で脳卒中のため亡くなった。享年63歳(AP電)。ご冥福と、残されたご家族や友人たちの心の平安を祈る。

ビビアン・マローン・ジョーンズさんは、the University of Alabama の最初の黒人卒業生である。1963年6月11日、彼女がアラバマ大学で入学手続きを取ろうとしたところ、人種隔離主義者の George Wallace アラバマ州知事がそれを阻止しようと大学の建物の前に立ちはだかったことは、アメリカ公民権運動の歴史の中でも印象深い一コマだ。ジョーンズさんは、肌の色によって閉ざされていた扉を開けた勇気ある人物である。

私がアメリカに留学していた時、一年後輩にアラバマ大学を卒業したばかりの女性がいた。彼女もアフリカ系アメリカ人だった。42年前、ジョーンズさんが強い意志と行動力で扉を開けなかったならば、私は彼女に出会うことはなかったということになる。

2005年 10月 15日 午前 06:32 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.14

新しい抗生物質:プレクタシン

いいニュース(たぶん)。新しい抗生物質が発見されたと 10月13日付けの Nature 誌が伝えている。

New antibiotic offers hope for resistance (UPI電)によれば、プレクタシン(plectasin)と呼ばれるこの抗生物質は、ペニシリン、バンコマイシンなど既存の抗生物質に耐性を持ってしまった菌にも効果が見られるとのこと。人体への安全性が確認できれば、2012年には製品化されるだろうと伝えている。動物実験では、肺炎、腹膜炎への効果が確認されている。

プレクタシンは従来の方法では発見できなかったが、クロチャワンタケ(pseudoplectania nigrella)を遺伝子分析することによって見つかったという。この新手法の確立は、20万種類もの菌類の存在を考えれば、今後膨大な数の抗生物質が新たに世に出る可能性が出てきたことを意味する。

開発を行なったデンマークの Novozymes 社のプレスリリースは、plectasin は抗菌性ペプチド(AMP = antimicrobial peptide)で、これまでの抗生物質と比べて耐性を引き起こしにくいと主張している。

医学の進歩って、きっと手放しで喜んではいけない面があるのだと思いますが、苦しんでいるだれかの命が救われるのであれば、やっぱり「いい知らせ」ではあるのでしょう。もしこれがいい薬であるのならば、それが貧しい国々の人たちの手にもちゃんと届くようになるといいなと、切に祈ります。

2005年 10月 14日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.13

グアテマラのハリケーン被害

グアテマラなど中米諸国を襲ったハリケーン Stan の被害については、報道が比較的少なく、断片的に入ってくるのがまた「Panabaj というマヤの村は丸ごと土砂に埋まってしまった」「確認された死者は600人台、行方不明者を含めると2,000人にのぼる恐れもある」「犠牲者の3分の1が子ども」「一週間たっても、被害地の5%にはまだ何の救助、支援も届いていない」「生き埋めになった人の捜索が打ち切られ、村全体が“集団墓地”に指定された」「10万人以上が避難所で生活している」等々、心の痛む話が多いです。

CNN や Reuters、AP、BBC などの他に、今回開拓したニュース・ソース:

  • Prensa Latina (キューバの通信社、英語版です。残念ながら rss は壊れているみたい)
  • Prensa Libre (グアテマラの新聞、スペイン語)
  • Diario La Hora (グアテマラの新聞、スペイン語)
  • Cruz Roja Guatemalteca (グアテマラ赤十字、スペイン語)

もっとスペイン語を勉強しておけばよかったなあ。後悔先に立たず。

ハリケーン Stan の被害地を指定して容易に募金ができるところは、今のところ、国際赤十字赤新月社(英語サイト)しか見つけていません(Make a donation のページのフォームの一番上の欄は、例えば30ドルだったら、30 と、$マークを付けずにアラビア数字だけ書くようです)。スペイン語が読めれば、もっとみつかるのでしょうけれど。カリタスジャパンに期待していたのですが、パキスタン向けしか募っていませんね。問い合わせたけど返事もありません。まあ、パキスタンほど危機的な状況ではないということなのかな。そうだといいのですが。

募金という行動について少し自己分析。なんか、私、去年の新潟の地震ぐらいから、募金しなくちゃいけないという強迫観念に取り憑かれているのかもしれません。これを否定的にとらえれば、自己満足とか中毒とか、いろいろと分析ができそうな気がします。煙草を吸う人は、お金を使って、自分が気持ちがよくて、周りが少しやっかいな思いをするわけですが、それと同じような感じなのかな。肯定的に見れば、自発的な富の再分配であり、新しい経済モデルの意識の萌芽と言えるのかもしれないけど。一々「募金しました」とか書いてあるのを見て、うっとうしく思う人もいるのではないかと思います。そういう人はここを見ないことをお薦めします。あるいは、見ても、嫌味なことをコメントに書き込まないでくださいね。まあ、赤い羽根をつけて歩いている人もいますから、あまり気にすることもないのかもしれません。ちょっと自意識過剰か。

2005年 10月 13日 午前 12:04 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.10.12

貧困の時代の文学

Fiction in the Age of Poverty ― モロッコ出身のアメリカの小説家 Laila Lalami さんによるエッセイ。近年のアメリカ文学ないしはアメリカ文化全般が豊かさばかりを指向してしまっていて、先月のハリケーンの被害地でも明らかになったように貧困が広がっているにも関わらず、それを真正面からとらえた文学作品が存在しない現状を嘆いている。

9/11 の後、文学が「新たな現実」と立ち向かえるかどうかという議論があったが、テロと同様に貧困もグローバルな現実であり、大きな脅威である。しかし金持ちに牛耳られたメディアでは、貧困の時代に文学作品がどのような状況にあり、どのような役割を果たしうるかについての議論さえない。

John Steinbeck、 Richard Wright、 Theodore Dreiser、 Zora Neale Hurston のような作家は現代には存在せず、小説家は中流、上流階級の生活、退屈な日々や情事、ファッションなどを描くのみである。少なくとも過去十年間、家賃が支払えるかを心配しているような主人公の出てくる小説はアメリカではほとんど見られないとララミさんは言う。現実社会では貧者が存在するのにも関わらず、彼らの声は代表されていないのである。

貧しさの中に生きる人々を描いた数少ない現代作品として、ララミさんは次の作家たちの名を挙げている。Sherman Alexie (ネーティブ・アメリカンで、脳に障害を持っている)、 Edwidge Danticat (ハイチ生まれ。代表作は翻訳があるらしい)、 Junot Diaz (ドミニカ共和国出身) 。

2005年 10月 12日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.11

疫病、天災、資本主義

ジンバブエ国内の AIDS/HIV 感染者が減少に転じたとの報(ジンバブエの The Herald の記事)。15歳から49歳の人口で、二年前は感染率が 24.6% だったものが今回の調査では 20.1% になったとしている。調査は国連の UNAIDS、合州国政府の Center for Disease Control and Prevention などによって行なわれた。

コンドームの支給や学校や職場での意識改革活動の結果、カジュアル・セックスが減り、初体験年齢が上がり、セーフセックスが普及したためという見方がある一方、感染者が既に死去したために相対的に感染率が下がったのではないか、という悲観的な見方もある。

全く別の話題だが、ベネズエラのユーゴ・チャベス大統領が、合州国に被害をもたらしたカトリーナ、中米で数百人の死者を出した Stan などのハリケーン、パキスタンでの地震などの災害が「グローバルな資本主義モデルによって引き起こされた」という趣旨の発言をしたと伝えられている。この発言を「資本主義が天災を起こしただって!?」と言って冷笑するのは簡単だが、冠水の予想される地域に居住したり、地震に弱い家屋が建てられたり、救援物資が届かなかったり、伝染病の対策が遅れたりするのは、経済の歪みの帰結に他ならない。そして、それらは笑って済まされることではなく、その改善は容易なことではない。これらの課題に取り組み、効果を得る者だけがチャベスを嗤うことができる。

加えて述べるならば、「社会主義」を標榜する政権を打ち立てれば問題が解決するわけではないことは言うまでもない。それでも、資本主義(あるいは新自由主義)と一線を画し、博愛や平等の精神や搾取を許さない思想が一人ひとりに普及し、共有されることによってのみ世界がよくなるであろうということを私は疑わない。

2005年 10月 11日 午前 12:04 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.10

パキスタンの地震

10月8日(ラマダン月3日)にパキスタンを襲った地震では、現在までに確認されただけで20,000人近い死者が出たらしい(パキスタンの The News International 紙の記事写真ビデオ)。そんな中で、パキスタンの新聞では、日本の大使がビル倒壊の現場を視察したことを伝える記事もあった。なんとなくちょっとうれしかったりする。

今後、日米のメディアでの報道が減っていった時のために、パキスタンの新聞サイトをいくつかメモしておく: 

パキスタン発の英語のブログで地震について書いていたところもメモ。むしろ更新がおとといあたりで止まっている人のことを心配する必要があるのかもしれないけど:

情報サイト:

上の地図はテキサス大学 Perry-Castañeda Library Map Collection がパブリックドメインで提供しているもの。インドとの国境は1972年の実行支配線(以前に書いた関連記事)。震源はイスラマバードの北90km。

友人が核施設への影響を気にしていたので、調べてみる。1997年の資料(Monterey Institute of International Studies, Center for Nonproliferation Studies のサイトより)しか見あたらない(地図の部分のみ抜き出してみた)。ちょっと古いか。イスラマバード都市圏よりも北には核施設はないように見える。 

2005年 10月 10日 午前 12:00 | | コメント (4) | トラックバック (5)

2005.10.09

今年のノーベル文学賞はだれ?

通例、10月の第一木曜日に発表されるノーベル文学賞が今年はまだ発表されていない。例えば村上春樹みたいな若い作家に賞を与えるかどうかで委員会内部の調整がつかない、授賞の対象分野を小説、劇作と詩のみから文芸批評、ジャーナリズム等にも広げるかどうかでもめているAugust Wilson にあげようと思っていたら先週死んでしまった、などの理由が考えられる(根拠のない個人的な推測)。

ネットを見て回ると、以下のような名前が候補として挙げられている(リンクはいい加減です):

分野に関しては、 Bertrand Russell と Winston Churchill が1950年代に文学賞を受賞しているのだそうだ。そういう意味ではもらっても不思議のなかった Susan Sontag や Jacques Derrida が立て続けに死んだから、この際、対象を広げておきましょうという話があってもおかしくないのかもしれない。それなら Noam Chomsky の受賞も無いとは言えない?(まあ、無理か。ただ、とりあえずあげてみて、猛烈な批判が巻き起こったら、「すみません、間違えました」と言って、ついでに佐藤栄作の平和賞も合わせて帳消しにする、というのはどうだ。)

ワタシ的には、パレスチナの詩人 Mahmoud Darwish に一票。

実はこの話題、最近あまり雰囲気がよくない某掲示板にお口直しのつもりで書いたのだけど、さしたる効果なし。改訂増補してこちらにも書きます。こちらにもときどきコメントをくれる Juki さんから、掲示板で、エスペラントで詩作するイギリスの William Auld を加えろとの意見をもらいました。ありがとう。

10/9の朝追記:今朝の英ガーディアン紙の記事 "Nobel split delays book prize" によると、トルコの Orhan Pamuk が有力だが、彼がトルコ政府によるクルド人、アルメニア人虐殺に対して厳しい批判をしているため、授賞が政治的な反響を呼ぶことを懸念しているのかもしれない、とのことです。

2005年 10月 9日 午前 12:02 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.10.08

ブイヤット湾裁判で初の証人喚問

ニューモント社のインドネシア現地法人が金採掘場から有害な産業廃棄物を垂れ流してブイヤット湾を汚染し住民に健康被害をもたらしたとする裁判で、スラウェシ島のマナド地裁は10月7日の公判で、検察側の一人目の証人の喚問を行なった(AP電)。

証言台に立ったのは Rasit Rahman さんという38歳の漁師で、首の腫れ物や、めまいなどの健康被害を受けたこと、1996年にニューモント社が操業を始めてからブイヤット湾での漁獲量が激減したことなどを証言した。一方、被告のニューモント社側の弁護士 Luhut Pangarribean は反対尋問で、Rahman さんが受けた健康診断の際の旅費が環境団体によってまかなわれていたのではないかと追求した他、 彼が「自分は健康である」とする証書に署名していると主張した。

この件に関するこれまでの展開は、以下の記事およびそこからのリンクをご参照ください。

2005年 10月 8日 午前 12:08 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.07

入植地の母

Israel: "Mother of all settlements" dies ― ヨルダン川西岸の占領地域のユダヤ人入植地は「国有地」に建設されたものだが、「国有地」かどうかを認定する職務に長くあったイスラエル政府顧問 Plia Albeck さんが死んだとの報道。Albeck さんの指揮の下、西岸地区の26%の土地が「国有地」に編入され、100以上の入植地が建設されたと言う。この実績をもって、Albeck さんは「入植地の母」と呼ばれている。 

1979年、ベギン政権の当時の司法長官だった Aharon Barak (現最高裁判事)が Albeck さんを検察官に任命してこの任にあたらせた。1967年のイスラエル占領以前には、西岸の私有地の70%が登記されておらず、十年以上耕作されていない土地、三年以上放置されていた土地は「所有者がいない」ものと見なされ、国有地とされた。

友人に貸してしまったので確認できないのだけれど、最近読んだ藤田進さんの『蘇るパレスチナ』 (東京大学出版会、1989)に、1930年代から40年代にかけてイギリスの委任統治下で、シオニストによる移住が進む中、似たような方法でパレスチナ人の土地が次々と奪われていったという記述があった。

蘇るパレスチナ』 は、当時の聞き書きを中心にまとめられたパレスチナの歴史で、アラブ人とユダヤ人の平和的な共存が過激なシオニスト原理主義者たちの到着によって破られていく様子がとても丁寧に描かれている。

2005年 10月 7日 午前 12:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.06

起業しました

…というのは「針小棒大」という熟語のよい例です。アマゾン・アソシエイト・プログラムに参加しました。今後ここで本などを紹介した際に、アマゾンへのリンクをたどっていって購入する人が現われると、紹介料が私の懐に入るのだそうです。うはうは。

通信販売に肩入れするのは近所の本屋さんに悪いなあという気持ちはあります。今まで、できるだけ出版社のページにリンクを張るように努力してきたのですが、おととい書いた山之口貘さんの詩集に関しては適当なページが見あたらなかったので、ちょっとこれを試してみることにしました。

あまりお金がたまるとは思いませんが、“稼いだ”お金は国境なき医師団に寄付しようと思います。

たぶん、だれが何を買ったかは私には分からない仕組みなのだろうと思います。逆に、「うにさんは、こんな本も買っています」なんてのが白日の下にさらされたりする可能性を心配したほうがいいのか。だれか人柱になってください。

で、栄えある(ないってば)紹介第一号は伊藤真さんの『高校生からわかる日本国憲法の論点』です。ペガサス・ブログで紹介されていて興味を持ち、読んでいるところです。こちらでも伊藤さんの講演のようすが紹介されています。

2005年 10月 6日 午前 12:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.05

何と露骨な

自分で言うのもちょっと変なのだが、私はとってもお人好しで、あまり人の言うことを疑ったりしない。例えば、今どき国際貢献には自衛隊の派遣が必要なのですよと言われれば、ああそうですかと、いったん頷いてしまい、しばらくたってから、おいちょっと待てよ、ということになる。政府がお金持ちの肩ばっかり持つなどというのも、口を酸っぱくして教えてくれる人たちには悪いのだけど、最初は、ほんまかいな、などと思っていたりしたものだ。

アメリカがイラクで戦争をするのも、テロとの戦いであるとか、独裁政権を倒して自由と民主主義を確立するのだなどと言われると、最初はちょっぴり信じてしまったりする。石油のため、軍需産業のためと、仕掛けが分かってしまえば、なんであんな見え透いた嘘に(ほんの一瞬でも)騙されたりするんだろうと恥ずかしくなる。

その点、学習効果が発揮されたというか、単にだんだんやり口が露骨になってきただけなのか、ブッシュ大統領が最高裁判事に Harriet Ellen Miers を指名したのは、話がはじめからはっきりしていて、大変分かりやすい。さすがの私でも騙されはしないぞ。自分の弁護士を最高裁判事に指名するって、どういう神経してるんだ。ちょっと市民を馬鹿にし過ぎていないか。他の国のことながら、ムッとしたりする。

まあ、自分の国も同じように市民が政府にだまくらかされているのだから、私には偉そうなことは言えない。

2005年 10月 5日 午前 12:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.04

文体練習

きゅうばという南の島の映画を仲間に貸したら
返ってきた小包の中に
一冊の詩集が入っていたのだ
それがしかも
琉球という南の島の詩人と来たのだ
女性から詩集をもらうのは
生まれてはじめてかもしれないのだが
それぞれ良人と女房がある二人なので
恋愛に僕の心がかきむしられることもないのだ
電車に乗り吊革につかまって
本を開いてみると
詩人は
基地に蝕まれた故郷を案じ
ビキニの死の灰を心配しながら魚を食べている
戦争なんてつまらぬと云い
琉球が独立を失って沖縄となって
生活のすべてが日本語になった歴史を まるで
泡盛に酔った 老人 タンメーみたいに滔々と語り
それでも
沖縄よ日本に帰れと云うのだ
にっぽんの国にこだわっているのかとおもえば
たった一つの地球だなどと叫ぶわけなのだ
彼の名前の由来するバクという獣について
詩人はこう書くのだ
『ところがその夜ぼくは夢をみた
飢えた大きなバクがのっそりあらわれて
この世に悪夢があったとばかりに
原子爆弾をぺろっと食ってしまい
水素爆弾をぺろっと食ったかとおもうと
ぱっと地球が明かるくなったのだ』
死んだ詩人よ
きこえるか
沖縄は日本に戻ったが
地球はまだ崩れていない
詩人がひもじいおもいをする
非文化的な文明らもそのままだ
帰ってこないか
君が住み馴れた世界が待っている筈だ

2005年 10月 4日 午前 12:03 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.10.03

英単語帳

A Sampling of New Words and Senses from the New 2005 Copyright of Merriam-Webster's Collegiate® Dictionary, Eleventh Edition ― 毎年発表される、辞書に新たに登録された語のサンプルリスト。新しい語がどこかで使われてから、メリアム・ウェブスターの辞書に載るまでには、ふつう10年かかるのだそうです(AP電)。

情報技術関連の語を除くと、知ってるのは SARS、zaibatsu、civil union、chick flick ぐらいだなあ。どんどん英語の世界から離れていく私。今後の転職の可能性とかを考えると、真剣に憂うつになります。

"Retronym" というのはおもしろいですね。「銀塩カメラ」みたいに、昔は無標だった(カメラと言えば、フィルムを使うものしかなかった)けど今では有標になってしまった(デジカメが登場したので、それと弁別するための語が必要となった)ものを示すような言い方のことだそうです。他にどんなのがあるかな。固定電話。文字チャット。紙の本(まだか?)。ワープロ専用機(もうない?)。なんか分野が偏っているな。露地栽培の野菜。遺伝子組み換えでない大豆。今度は食べ物だけかよ。駅員のいる改札口。ネズミをとるネコ。ちょっと違うか。

2005年 10月 3日 午後 04:40 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.02

Pを解き放て

"Free the P" ― PはパレスチナのP。

パレスチナのヒップホップ音楽家の若者たちを描いた SlingShot Hip Hop というドキュメンタリー映画が作成中で、来年公開されるらしい。SlingShot Hip Hop のサイトで5分ほどの予告編が見られます。

この映画作成を支援するため、カリフォルニアのラップグループ the Philistines が中心となり、パレスチナ解放をテーマとしたCD、 Free the P が発売されたそうです。CD の注文を受け付けているサイトで、全トラックのサンプルが聞けます(けっこう、おじさんにも親しめる感じの曲が多かったです)。

以上、CounterPunch に掲載された Will Youmans さんの "Hip-Hop for Palestine" より。 

さて、このCD、送料も含めても、まあまあ手の届く価格なのだけど、どうしよう。

P-navi info : 「ラップはオレたちの抵抗の武器だ」パレスチナ人ラッパーにトラックバックを送ります。ビーさんの記事にもいろいろ楽しいリンクあり。

2005年 10月 2日 午後 01:59 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.10.01

メリッサ・エスリッジ、乳がんを克服

メリッサ・エスリッジさんが待望のベスト・アルバム"Greatest Hits: The Road Less Traveled" を出すそうです。10月4日発売。日本のアマゾンでも予約できました

などと、いかにも「ずっとファンでした」みたいに書いていますが、実は私、Melissa Etheridge のCD は一枚も持っていないんです。彼女を知ったのは1980年代の終わりごろ、彼女がデビューしてすぐだったのですが、そのころ私は貧乏大学院生だったので。MTV でよくビデオが流れていて、いい感じだなあ、と思っているだけでした。その後、彼女がレズビアンであることを公にして、私の身近にも同性愛者が多くいたので、より親しみを感じました。でも、私はちょうどそのころからロックに興味を失ってクラシックが好きになっていったし、日本に帰ってきたのでアメリカの音楽を聴くことも少なくなったし、いつのまにか彼女の名前はすっかり忘れてしまっていました。

去年、彼女が乳がんを患っていることを新聞で読み、ああ、あの人だ、と記憶がよみがえりました。といっても、その後また忘れ去っていたわけですが。昨日、エサリッジさんががんを克服して、あるテレビ局の Breast Cancer Heros 賞というのをもらったという短い記事を見ました。写真を見て、やっぱり病気は大変だったんだろうなあ、と思いました。前と全然変わってしまっていたから。

彼女のウェブサイトを見に行ったら、アルバム発売間近!ということで、思わず注文。アマゾンとか便利すぎるのも困ったものだ。まあ、これも何かの縁でしょう。

メリッサのサイトには、乳がんへの意識高揚と研究の支援を目指した運動のピンクリボンのバナーが貼ってあります。日本でも同様の運動があるみたいですが、どこにリンクしたらいいのか全容が把握できず、リンクは見送り。

2005年 10月 1日 午前 12:13 | | コメント (0) | トラックバック (2)

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