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2005.07.31

なつやすみ

8月9日ごろまで、旅行のためブログの更新が不定期になります。みなさまも、よい夏休みを。

そう言えば、このページの左側、青空文庫の rss とかは、前の職場のサーバに置かせていただいているのですが、その建物は、毎年8月上旬に点検のために停電になります。今年はいつなのか分かりませんが、復帰後、「このサーバ、もう使っている人はいないよね、電源入れなくていいよね~」みたいな話になるかもしれません。

電源と言えば… 4か月ぶりに Palm に電池を入れてみたら、なんと動きました。やっぱりこれぐらいの大きさの画面の PDA がほしいなあ。iPod や携帯は辛いです。もしかして老眼?

ついでに、後でゆっくり読むための自分用リンク。 

2005年 7月 31日 午前 09:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.30

身近な差別と世界の目

Umpire bans Methuen youth team from speaking Spanish on field という AP 電。26日に行なわれたマサチューセッツ州のリトル・リーグの野球の試合中、ある審判が、「規則違反の指示が与えられているかもしれないため」あるチームのコーチと選手がスペイン語で話すのを禁じたという話。チームのコーチ Domingo Infante さんは抗議のため退場したが試合は続行され、チームは逆転負けを喫した。リトル・リーグの全国組織は、アンパイアの指示が不適切であったことを認めているが、試合結果は有効であるとし、アンパイアへの処分も行なわれないと語っている。

審判の行為は明らさまな差別だ。そのことは、無自覚だった本人でさえ、熟慮すれば認識できるだろう。そのような過程を経て、人権意識はようやく高められていくものかもしれない。

私は、私がこの記事を書いていることに(自己言及的に)読者の注意を喚起したい。起こったのは、ごくごく地域的な場面での差別である。しかしその事件は、全米の新聞に配信され、更にこうやって地球の裏側でも話題にされるのである。同じことは、日本で起きる事件や日本にいる私たちが持つ差別意識にも言えるはずだ。私たちの行動には世界の目が注がれていることを忘れてはならない。常に高い人権意識をもって行動することが、私たちには求められているのである。そのことを考えすらしない人は、なぜこんなに多いのだろう。

2005年 7月 30日 午前 06:33 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.29

イスラムは敵ではない

ロンドンでの地下鉄・バス爆破事件の後に実施された The Pew Research Center for the People and the Press による世論調査の結果によれば、アメリカではイスラムやムスリム系アメリカ人に対する偏見は強まりを見せていない。むしろ、イスラムの教えが暴力やテロを招くと考える人は過去に比べ減っている(二年前が44%、今日が36%)。

一昨日にここで取り上げた、ブッシュ政権が「テロとの戦い」という意識を改めつつあるという話と同様、「何をいまさら」的な戸惑いを感じずにはいられないが、世の中は捨てたものじゃないということは何回確認しても確認しすぎることはないと思うので、取り上げることにする。差別的な言説を広めようとする人たちが声量を上げる中、私たちは自分たちの確信を揺るがせてはならないのである。

「文明の衝突」的な見方をする人も減っており、テロなどの問題は「少数の過激集団との軋轢である」と考える人が増えている。イスラム信者に対して好意的な見方をする人の割合は福音主義のキリスト教徒に対して好意的な見方をする人の割合とほぼ等しいというのは、ちょっと微笑ましい感じがする。その他、イスラムに対する基礎知識の度合いは、教育程度と相関関係があることが分かった。

要するに、政府はともかくとして、「人々はばかじゃない」ということだ。日本でも、隣人たちとの関係が冷え込んでいたりするけれど、民意調査をしたら、案外、常識的な答えが返ってくるんじゃないかなと思う。

2005年 7月 29日 午後 05:44 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.07.28

一千匹の猫

うちの恩姫ちゃんも参加した The Infinite Cat Project の写真がついに1,000枚に達しました!

2005年 7月 28日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.27

「テロとの戦い」の後に

Don't mention war on terror, say Bush aides ― 英テレグラフ紙の論説。ブッシュ政権の内部で、「テロとの戦い(war on terror)」という表現を避ける傾向が強まってきていると観察している。

「戦争」と言うと、武力や諜報活動だけで問題が解決するという印象を生んでしまうのを嫌ってのことである。また、イラクの情勢が「戦争」としてはうまくいっていないことを覆い隠す意図もあるらしい。長期的な、外交、経済、教育を通じた取り組みが必要であるとの認識がようやくブッシュ政権内にも芽生えてきたらしい。

反戦平和運動をしてきた人間からすれば、何をいまさらといった感じではある。

で、"war on terror" に代わるフレーズとしては、"struggle against violent extremism" (暴力的な過激主義に対する闘争)が浮上してきているが、あまり流行りそうにない。何より、ブッシュ大統領の口に上るには、音節が多すぎるのではないだろうか。

2005年 7月 27日 午後 03:31 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.26

インドのホンダで争議

Honda workers, cops clash ―インドの rediff.com の記事。デリー郊外 Gurgaon にあるホンダの子会社 Honda Motorcycles and Scooters IndiaLtd の工場で争議が起こっている。25日、デリーの西、Haryana 州 Manesar にある工場でのストの後に会社側に処分を受けた50名の出勤停止者および4名の解雇者の復職を要求して街頭デモや道路の封鎖が行なわれたところ、警察と衝突が起こった。百数十名が負傷、数百人が逮捕されたらしい。警察の対応に問題があったとして、国会でも取り上げられる見込み。

2005年 7月 26日 午前 10:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.25

ブイヤット湾裁判は8月5日開廷

Newmont's Indonesia pollution trial opens Aug 5 ― スラウェシ島ブイヤット湾の汚染容疑でニューモント社が告発された裁判は8月5日に始まると報じられている。

検察側は不法投棄により汚染を起こした容疑でPT Newmont Minahasa Raya社と Richard Ness 社長を起訴。5人の幹部は証拠不十分で不起訴処分。

記事にはこの他、Newmont 社がスンバワ島にアジア第二の規模の Batu Hijau 銅山を操業しているが、ここでの生産が計画通りにいかないため Newmont 社の第1四半期の収益が落ちたこと、インドネシアでの操業が Newmont 社全体の売り上げの 6% にあたることが記載されている。

2005年 7月 25日 午後 08:24 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.24

ラップ・カンタベリー物語

『カンタベリー物語』を著した14世紀イギリスの詩人 Geoffrey Chaucer が現代によみがえる。「チョーサーは当時のラップ・アーティストだった」という思想のもとに、The Canberbury Tales をラップで歌うアルバムが発売された。

The Rap Canterbury Tales ― カナダの "Baba" Dirk Murray Brinkman さんのサイト。サンプルを聞くこともできる(The Literary Saloon より)。

ちなみに、カンタベリー物語を中期英語で朗読するとこんな感じらしい。

2005年 7月 24日 午前 09:35 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.23

月刊金曜日

本棚を整理していたら、12年前の7月23日付けの『月刊金曜日』(『週刊金曜日』の創刊準備誌)第1号が目に留まった。第40回衆議院総選挙の結果を評するいくつかの記事が載っている。そのうちの一つから引用する。

二番目は、誰も気づいても指摘してもいないが、憲法改正に必要な衆議院議員の三分の二を(改憲勢力が)超えちゃったということ。これまで護憲勢力が三分の一を確保して改憲を食い止めてきたわけだ。ところが今度の選挙では憲法については全く議論されないまま、「憲法を変えてもいい」あるいは「変えたい」という勢力が三分の二を超えた。これはすぐに大きな政治テーマになるとは思えないものの、たとえば国際貢献の視点からその必要性が主張され始め、いきなり改憲に持ち込まれても有権者は文句をいえない状況になったということだ。さらに、そのことを心配することはおろか指摘する声さえ上がってこないというのは、非常に恐るべきことではないのか。(黒河小太郎さんへのインタビュー記事「護憲の終わり、改憲のはじまり」)

読み返して、予測の的確さに驚いた。と同時に、12年というのはかなり長い年月(赤ちゃんだった人間が小学校を卒業するほど)だけど、なんとか持ちこたえてきたことにも感心。

2005年 7月 23日 午前 09:13 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.07.22

ミュージカル・バトン

「旗旗」の草加耕助さんからmusical batonをいただきました。

コンピュータに入っている音楽ファイルの容量 ― Total volume of music on my computer

バックアップの外付けハードディスクとiPodには音楽を入れていますが、パソコンには音楽はほとんど入っていません。

最後に買ったCD ― The last CD I bought

Susie Suh "Susie Suh" ― 5月にデビューした韓国系アメリカ人女性、スージー・スーさんのアルバムです。NPR でインタビューと曲を聴いて、恋に落ちてしまいました。

今聞いている曲 ― Song playing right now

Ladysmith Black Mambazo "In Harmony" ― 南アフリカのコーラス・グループです。

よく聞く、または特別な思い入れのある5曲 ― Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me

思い入れを語り出すと長くなりそうですし、5曲では足りないので、単純に、上記二つのほかに最近よく聴いている曲を挙げます。

  • Susana Baca "Espiritu Vivo" ― ペルーのアフリカ系女性ボーカリスト、スサナ・バカさんの2002年のアルバムです。強く強くお薦めします。
  • Ludwig von Beethoven "String Quartet No. 13, Opus 130/Grosse Fuga, Opus 133" ― 昔 Denon から出ていたスメタナ四重奏団の演奏で聴いています。
  • Johannes Brahms "Piano Quartet No. 2 in A Major, Op. 26" ― 15年ほど前に買った Domus の演奏が好きです。
  • おおたか静流 「Home」
  • 古謝美佐子 「天架ける橋」 

バトンを渡す5人 ― Five people to whom I'm passing the baton

お約束でバトンを回すというのではなく、私が「この人はどんな音楽のことを書いてくれるだろう?」と興味のある人5人を選びました。

2005年 7月 22日 午後 12:30 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2005.07.21

チャウシェスク、金正日

CEAUSESCU.org ― 1989年12月に民衆蜂起によって失脚したルーマニアの独裁者ニコライ・チャウシェスクに関する情報集。

北朝鮮の金正日政権も、これと同じようにあっけなく終わりを迎えるのだろうかと思いながら年表等を眺める。Jasper Becker さんによる北朝鮮難民に関する記事 "A gulag with nukes: inside North Korea" からリンクされていた。 

2005年 7月 21日 午前 09:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.20

クジラと買収

先日開かれた国際捕鯨委員会(IWC)総会で、商業捕鯨再開の票を投じるよう、ドミニカ、グレナダ、及びソロモン諸島に対して日本は漁業分野での資金援助やIWC会費、会議参加費の立て替えなどを通じて要請していたらしい。オーストラリアのABCが伝えている

以前からこのような噂はささやかれていたが、日本政府は一貫して否定してきていた。今回は、関係諸国の閣僚や官僚が「買収」の事実を証言している。

ただし、捕鯨反対派のオーストラリアも南太平洋の諸国などとの経済的な結びつきは強い。しかし記事ではそれはIWCの会合での投票傾向を左右するものではないとしている。どちらも灰色の領域にある観は否めない。

ソロモン諸島のケマザサ首相は先週来日した際に靖国神社を参拝するなど、小泉政権との親密さが目立つ(産経の記事)。ABCによれば、ソロモンでは日本からの援助金が国庫に繰り込まれず何者かに横領されたらしいことが発覚している。調査の進み方次第では国際的な贈収賄事件に発展しかねない。

2005年 7月 20日 午前 08:44 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.19

アラブ歌謡

お薦めしているわけではないので、下記のリンクをクリックする場合は十分にお気を付け遊ばせ。

探しものをしていて、The House of Arabic MP3 というサイトにたどり着きました。アラビア語諸国の歌謡曲の mp3 やらストリーミングやらが何百とあります(画面上部の歌手別インデックスや、左欄の Top 15 など)。

アラビア文字ではなくラテン文字で書かれているので、何かと便利なのですが、やっぱり違法なのだろうな、これ。イスラエルにサーバがあるというのも妖しさ爆発(アラブ諸国の健全な市場発展を阻害するためのシオニストの謀略か! などと一瞬考える)。おまけに Firefox で見ると、いつまでも読み込み中になるのも、いと怪し。意を決して IE (一応、最新の状態にしてある)で見てみたら、ブラウザの一番下で Welcome 云々の文字を動かして見せる JavaScript が悪さをしているみたいでした。一応、ウイルスをチェックしてみましたが感染した気配はありません。

2005年 7月 19日 午前 10:09 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.18

ゲタの物理学

教員をやっているわけですが、すでに期末試験を実施した某科目で、全体に予想より低めの点数分布になってしまいました。4月に職場を変わったばかりで、初めて教える科目だから、仕方ないと言えば仕方ないものの、来年取る学生と比べて不公平になるのは、やっぱり避けたいです。

で、期末試験の成績にゲタをはかせることにしました。今まではずっと自己流でやってきましたが、心機一転をはかりました。

ここに載っていた、修正後の中央値や最大値を指定して非線形に curve する

修正値 = 実際値×修正中央値×(実際最大値-実際中央値)/
(実際値×(修正中央値×実際最大値/修正最大値-実際中央値)+(1-修正中央値/修正最大値)×実際最大値×実際中央値)

という計算式を使ってみたら、仕組みが分からないので不安なものの(笑)、結果的にはけっこういい感じの分布になりました。よしよし。

1972年ごろにアメリカ物理学会の学会誌に載っていた数式なのだそうです。何についての論文だったんだろう。

2005年 7月 18日 午後 05:54 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.17

日の丸を洗う

国への抗議を象徴的に表現する方法としては、旗を焼いたり、踏みつけたり、上下を逆に掲揚する(これは星条旗だと効果的だが、日の丸だと意味が出ない)ことなどが思い浮かぶが、「旗を洗う」というのが抗議行動のレパートリーに入っている国があるらしい。ペルーである

フジモリ前大統領は失脚以後、日本で亡命生活を送っており、日本政府は彼が日本国籍を持っているとして、暗殺容疑などに基づくペルーの引き渡し要請に応じていない。フジモリが率いる "Si Cumple" という政党(「そうだ、彼は結果を出すぞ党」)によれば、彼は依然として26%程度の有権者の支持を得ており、来年4月の大統領選にも出馬する意向らしい。

日本政府の方針に抗議して、リマの日本大使館前で反フジモリ派の市民が日の丸を洗った。同じく集まっていたフジモリ支持者との間で旗の奪い合いになったらしい。

旗を洗うのは「汚れた政治をきれいにする」という意味で、2000年の反政府集会で始まったそうである。旗を焼き払うことに比べて、立場が逆の人が感じる反発も強くないだろうから失礼の度合いも小さいだろうし、なかなかいい抗議行動になるかもしれないと思った。なにしろ、汚れきった旗を見るのはうんざりだから。

2005年 7月 17日 午前 11:17 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.07.16

慰安/暴力

どう見ても適任とは思えない文部科学大臣が繰り返し変なことを言うものだから、とりあえずクマラスワミ報告というのを読んでみた。

Report of the Special Rapporteur on violence against women, its causes and consequences: mission to the Democratic People's Republic of Korea, the Republic of Korea and Japan on the issue of military sexual slavery in wartime

日本の戦争責任資料センターによる和訳もある。

35段落目の「健康診断が定期的に行なわれたが、それは性病が広がるのを防ぐためのもので、彼女たちの体にしばしばついていた煙草を押しつけられたあとや、あざ、銃剣による刺し傷、骨折などはほとんど顧みられなかった」というくだりが強く印象に残った。

引用された文献などの信頼性や国際法の解釈に問題が感じられるが(注)、慰安婦だった人たちの言葉には、読んでいて思わず姿勢を正してしまうものがある。

Radhika Coomaraswamy さんによる聞き取り調査が行なわれたのは、ちょうど10年前の7月である。そのころにも増して、日本では法的な責任はおろか道義的な責任さえ負うまいとする雰囲気が強まっているようだ。彼女たちにとって、この10年はそれまでの50年間よりも更に辛い日々であったかもしれない。

注: 揚げ足取り等が容易に予想できる場合は、できるだけこのような但し書きをさりげなく書いておくことにしているのですが、最近来たあるトラックバックを見て、言葉はとても悪いですが「ばかには通じない」ことがよく分かりました。

2005年 7月 16日 午前 09:16 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.15

核時代の幕開けから60年

広島、長崎に対する原子爆弾の使用に先立ち、1945年7月16日に合州国ニューメキシコ州で、"Trinity" と呼ばれる原子爆弾の実験が行なわれました。その60周年にあたり、Los Alamos Study Group の主催で "Mightier Than the Sword: Writers Address the Nuclear Age" と題された詩の朗読会がニューメキシコ州サンタフェとアルバカーキで15日と16日に開かれるそうです。

米軍によるトリニティの公式サイトには爆発直後の写真等があります。

"Fallout: Reflections on the 60th Anniversary of the Trinity Test" ― Political Affairs 誌で、この朗読会に参加するシアトルの詩人 Bill Witherup さんが、原子爆弾製造の技師として働いていた父親を回想しています(TUP による日本語抄訳があります)。Witherup さんの父親が働いていたのはオレゴン州との州境に近いワシントン州の Hanford という町で、現在、そこは核廃棄物処理場となっており、川の下流の汚染などが大きな問題となっているようです。

2005年 7月 15日 午前 10:43 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.14

蛮行

中国の人民網(英語版)が上海で新たな日本軍蛮行の写真が見つかったと報じています。2002年に見つかって地域で展示された写真で、抗日戦争に関する証拠としての価値を認められて、戦勝60周年の記念行事で全国で巡回展示されることになったらしいです。記事にはカタログから複写されたらしい三枚の写真が示されています。一枚は、土の上に並べられた8つの首を前にして撮られた、銃を持った者たちの記念写真。二枚目は道ばたに散乱する遺体の近くで話し合う兵隊たち、三枚目は仕留めたヒョウの前に立つ兵隊。

日本で報じられるているのか分からないし、報じられても「でっちあげだ」とかいう大合唱にすぐ消されてしまいそうな気がします。もしかすると、すでに知られている写真の再発掘なのかもしれませんね。こういう問題を無視するか声高に否定する人が圧倒的に多い中で(いや、単に声が大きいだけかもしれません)、違う声をあげる意味でこの記事を書きます。その意図に沿わないコメントやトラックバックはお控えください。

2005年 7月 14日 午後 01:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.13

バスラ、または自由と平等と友愛

Shiites bring rigid piety to Iraq's south ― クリスチャン・サイエンス・モニター紙に掲載された、イラク南部バスラからのレポート。かつては自由な気風を謳歌していたバスラでは、イランの影響が強まり、シーア派の神権政治的な勢力が力を増している。特に、サドル師派の暴力的な威嚇がはびこっているとしている。

イランの影響、ないしは宗教色の強まりは、特に、女性が髪を覆うことを強いられていることに現われている。スカーフを被らなかったり、歌を歌ったり、男性と話をしたりすると、襲撃の対象になりかねない。

私はこの記事をイランへの警戒心とかイスラムへの反感から書いているのではない。このような道筋をたどりかねないことは、あらかじめ分かっていたことであり、それなのに戦争という手段で「平和と民主主義をもたらす」ことを試みたアメリカやその同盟国こそ指弾されるべきだと私は考える。平和と民主主義は、古い表現だが、「自由と平等と友愛」があってこそ実現されるものではなかろうか。信仰や表現の自由、両性間の平等、民族的ないし宗教的な多様性の中の友愛。それらの精神を育む努力なしに、他国が戦争によって平和と民主主義を与えようとするのは荒唐無稽な企てだったことを、私たちはあらためて確認することができる。

2005年 7月 13日 午前 10:11 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.12

纏足と女書

KPBS の These Days で、Lisa See さんという小説家のインタビューを聞きました。Snow Flower and the Secret Fan という新作の話。19世紀の中国が舞台で、同じ日に生まれて“老同”という姉妹の契りを結んだ二人の女性を描いた話らしいです。そして、舞台となる地域では、一千年もの間、女性だけに伝わる文字「女書(nushu)」があったという筋書きでした。というか、その「女書」という表記法は実在する、ということでした。

あやしげな話だなあと思って、検索してみたら、本当にあるんですね。う~ん、私、言語学が専門だったんですけど。無知を恥じました。

2005年 7月 12日 午後 11:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.11

イランの政治囚

アクバル・ガンジ(Akbar Ganji)さんというイランの政治囚の即時解放をヨーロッパ連合(EU)が求めています(EU の報道資料)。

ガンジさんはジャーナリストで、イランの最高指導者カメネイ師や保守派政治家に対する批判的な発言等を咎められて、2001年より断続的に投獄されているようです。現在、ハンストを行なっており、健康状態が心配されています。彼の批判の中心は、最高権力が民主的に選出されず任期も定められていない宗教者に与えられていることで、先日の大統領選でも、「カメネイ師も出馬して信を問うべきだ」と主張したそうです。

大統領選の後、イランの知人に意見を求めたのですが、答えは「大統領はイランの一番の人ではないから、(だれがやっても)あまり変わらないでしょう」というものでした。政治と宗教の間の権力の二重構造のようなものがあることは確かで、傍目で見ている私たちにはそれを憂慮するのがいいのか、それとも「ほとんどの人がそこそこに暮らせているのだから、いいじゃないか」ととらえるのがいいのか、私には分かりませんが、命がけで世界に向けて問題提起をしているガンジさんの声が私にも届いたことを証す意味で、この文章を書いています。 以下、リンクをいくつか挙げます。

  • Release Ganji! ― 釈放を求めるサイトです。英語とペルシャ語で提供されています。上のロゴはこのサイトのものです。ガンジさんの獄中からの通信などが読めます。
  • 合州国 PEN の、略歴紹介ページ
  • 部落解放・人権研究所のS.O.S.トーチャーのページ ― ガンジさんに関する記事が37193712に出ています。EU の報道資料でガンジさんとともに名前の挙げられているナセル・ザラフチャン(Nasser Zarafshan)さんについての記事が3657にあります。

今まで注意を全く払ってこなかった話題なので、不勉強であり、誤解等が含まれているかと思います。ご指摘をいただければ幸いです。

2005年 7月 11日 午後 06:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.10

イラクの水道事情

Lack of Funding, Security Holds Back Rebuilding of Iraq’s Water System ― The NewStandard の短い記事。イラクでは依然として安全な飲み水の確保が大きな課題となっていると伝えている。水資源省の推算では国全体で水道の改善に150億ドルが必要となる。昨年、アメリカは水道整備に40億ドルを拠出するとしたが、実際に復興事業に使われたのは、そのうちのわずかにすぎないとしている。また、反政府勢力が水道幹線などを攻撃対象にしていることも事情を悪化させている。

日本外務省によれば、日本のイラク復興支援は無償資金供与15億ドルと円借款35億ドル。水道関係として特に項目が立てられているのは、バグダッド市の浄水設備整備計画(約5,500万ドル)とフランスのACTEDを通じて行なわれるムサンナー県における安全な水へのアクセス改善支援(額の表示なし)。

自衛隊の派兵って、今までにいくらぐらい使ったんだろう。私自身のイラクへの関心が薄れてしまっているのか、数字が見つけられなかった。

2005年 7月 10日 午後 08:13 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.09

辺見庸さん

昨日届いた『週刊金曜日』(2005年7月8日号)に、辺見庸さんが『いま、「永遠の不服従」とは何か』と題する文章を書いている。

ちょうど三年ほど前、辺見さんは当時の私の職場で講演会を開いてくださった。辺見さんはアフガニスタンから持ち帰った兵器の破片(焼け溶け、変形した金属片)を聴衆の間に回し、戦争を私たち一人ひとりが身体化して感じ考えることを求めた。私にとっては、とても貴重な体験だった。

昨年、彼が講演の途中で倒れたと聞いて以来、ずっと容態を案じてきたが、無事、復帰なさったことを祝いたい。

この文章は、注に「本稿はインタビュー形式をとった書き下ろしです」とある。最近、文庫本になった『永遠の不服従のために』(講談社)の時のような激しい口調ではなく、請われ、問われて語るような静かな文章だ。自分のスタイルをまた新たに作り出していくかのように。

2005年 7月 9日 午前 10:42 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.08

提督来たる

AP の Today in History で、今日が日本の歴史の上でとても重要な日だということを教えられました。

1853年7月8日。マシュー・ペリー合衆国東インド艦隊司令長官が日本の江戸湾に来航し、国交樹立を目指して徳川軍事政権との交渉に入ります。当時の日本の最高指導者はイエヨシ将軍ですが、ちょうどこの騒ぎの中、没しています。

アメリカは武力行使をちらつかせて国交正常化を迫ったと習った気がしますが、どういう話でしたっけ。やっぱり「民主主義を広めるため」とか言っていたのかなあ。もしかして「日本が大量破壊兵器を作っている」なんていちゃもんを付けていたのだろうか。ひょっとすると近海のガス田を狙っていたのかもしれん。孤立した国だったから、経済制裁なんかはあまり意味がなかったんだろうなあ。

ペリー提督の著書 Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan同志社大学のデジタル・アーカイブで画像化されています。ちょっとこの状態からではテキスト化は難しそうです。Project Gutenberg にテキストがないことは確認しましたが、他は探していません。

テレビをつけると「黒船来航の日に日米首脳にこやかに会談」なんていう話を聞かされそうで嫌ですね。今日はニュースを見ないことにしよう。

2005年 7月 8日 午後 04:10 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.07

ロンドンのニュースを聞いて

帰宅してテレビをつけ、ロンドンの地下鉄とバスで爆発があったことを知った。地図に示される場所の一つ、ラッセル・スクエアはロンドンに行った時に宿を取ったところだ。大英博物館の裏手。風景の思い浮かぶ場所であることで胸の痛みが強くなるのが分かる。

と同時に、私が行ったこともないところ、テレビのカメラの目が届かないところで、毎日、人々が殺されているだろうことに思いを馳せずにはいられない。

ブレア首相は「テロリストは勝たない。我々が勝つのだ」と言う。そう言うのが自分の役目だと任じているのだろう。彼の周りに映る世界各国の指導者たちがことごとく男性であるのを見て、もし彼らが女性であったら、「武器ではなく言葉で話しましょう。話し合いの席につきましょう」と言ってはくれなかっただろうかと考えたりする。もちろん、これは私が女性を理想化して考えているだけなのだろうけれど。

今日ロンドンで亡くなった人に、怪我を負った人に。そしてイラクで、アフガニスタンで、その他私が名前も思いつかない地で傷つき、死んでいく人たちに、私の心が彼ら彼女たちとともにあることを伝えたい。

2005年 7月 7日 午後 10:11 | | コメント (2) | トラックバック (7)

2005.07.06

空港の看板

南アフリカのヨハネスバーグ国際空港に立てられた観光省の看板が議論を呼んでいる(南ア Mail and Guardian 紙の記事)。

44 million people, nine indigenous languages, not a single word for stranger.

「よそ者」という語が語彙にないほど、もてなしの篤い国だという意味である。

AfricanLanguages.com によれば、南アフリカの言語構成は次のとおり。

isiNdebele 711,821 1.59%
Tshivenda 1,021,757 2.28%
SiSwati 1,194,430 2.66%
Xitsonga 1,992,207 4.44%
Sesotho 3,555,186 7.93%
English 3,673,203 8.20%
Setswana 3,677,016 8.20%
Sesotho sa Leboa 4,208,980 9.39%
Afrikaans 5,983,426 13.35%
isiXhosa 7,907,153 17.64%
isiZulu 10,677,305 23.82%
(Other 217,293 0.48%)
(Total 44,819,777)        

名前の挙がっている11言語が公用語となっており、英語を除く10言語が "indigenous languages" として保護を受けている。

上で引用した看板には、9言語と書いてあった。10番目の言語の話者たちが、自分たちの言語が無視されている、これは差別だと申し立てているのである。 

「よそ者」という単語を有するのであろう、この10番目の言語はアフリカーンス語で、それは言うまでもなくオランダ系の植民者たちの言語である。アフリカーンス語はオランダ語を基層としてこの地で生まれたクレオール言語であって、他の地では通用しないのであるから、その意味では "indigenous (土着の)" と言えるのかもしれない。しかし、"indigenous" という語から「植民地支配を受ける前に存在した先住民の」という(ポスト)コロニアルな意味合いを捨象して、植民者たち(アパルトヘイトの終焉から10年あまりしか経っていない現在では、「植民者の末裔たち」という表現はまだ当てはまらないだろう)の言語に適用すること自体が奇異なのではないか。

よく知らぬ、よその国のことながら、自分たちの過去としっかりと向き合わず、まわりの人たちの寛大さにつけ込んで傲慢に自分の立場を声高に主張する者たちの胡散臭さを私はここに感じてしまう。

2005年 7月 6日 午後 10:33 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.05

現代アフリカ文学

アフリカの作家に贈られる文学賞に the Caine Prize というのがあり、今年の受賞者はナイジェリアの Segun Afolabi さんに決まった、との BBC の報道。最終選考に残った候補作

  • Doreen Baingana さん(ウガンダ) Tropical Fish
  • Ike Okonta さん(ナイジェリア) Tindi in the Land of the Dead
  • Jamal Mahjoub さん(スーダン) The Obituary Tango
  • Muthal Naidoo さん(南アフリカ) Jail Birds
  • Segun Afolabi さん(ナイジェリア) Monday Morning

の五作だったらしい。

ケイン賞のサイトからは、いろいろなアフリカ文学関係のリンク等があって、とても楽しい。アフリカ関係の出版物を集めた本屋さんの「20世紀のフィクション」「ノンフィクション」リストとか、うっとりと眺めてしまいます。

2005年 7月 5日 午前 09:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.04

マドリードの祝祭

スペインでは、保守勢力の反対を押し切って、同性婚が合法化された。今日から同性の夫婦にも、家族の扶養、養子縁組、相続などの面で異性間の婚姻と同等な権利が認められる(実際に事務手続きが始められるのは数週間後だとも言われている)。同性愛者に対する差別解消に向け、大きな一歩を踏み出したと言える。国全体で同性婚が認められたのはオランダ、ベルギー、カナダに次ぎ四か国目。

折しも、首都マドリードでは、毎年恒例のゲイ・プライド・マーチ(la Marcha del Orgullo Gay)が開催され、十数万人が参加した(ロイター電)。La Federación Estatal de Lesbianas, Gays y Transexuales のサイトに、数多くの美しい写真が掲載されている。

2005年 7月 4日 午後 03:33 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.07.03

孤児

Ethiopian orphans fend for themselves (ロイター) ― ユニセフの推計では、アフリカ全体で2,000万人の孤児がいるとのことです。エチオピアだけで450万人。子どもの10人に一人が孤児であるそうです。そのうち100万人が、親をHIV/AIDSで亡くした子どもたちです。資金難と社会的な偏見のため、HIV/AIDS医療はなかなか進んでいないようです。

首都アジス・アベバに住む Tadeau Abera さんもその一人。幼い弟や妹の世話をしながら学校に通っています。「お母さんの仕事をするようになってから、同級生と遊んだり笑ったりすることもなくなりました。子ども時代が懐かしいです。ほとんどの時間を家族のために使っています。生活がすっかり変わってしまいました」と語る彼女はまだ13歳です。

慈善団体から月 90 birr、約1,200円の援助金と食料、制服、教科書がもらえ、医療も受けることのできる彼女は極めて幸運な部類だとのこと。援助団体によれば、孤児一人あたり、年間で3万円あまりの予算が必要だと書かれています。

今年後半の、個人的な積み立ての目標にすることにしました。

ふと、国境なき医師団のサイトを見ると、私は今まで聞いたことのない伝染病(カラアザール = kala azar 、内臓リーシュマニア症)がエチオピアで猛威をふるっているとの記事がありました。リーシュマニア症(leishmaniasis)に関する WHO のページ日本寄生虫学会のページ

2005年 7月 3日 午前 06:34 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.02

「ペルセポリス」と「パレスチナ」

昨日、本屋で見つけました。すごい! Marjane Satrapi さんの Persepolis の翻訳が出ました! マルジャン・サトラピさんはイランからフランスに移住した女性で、『ペルセポリス』(バジリコ社刊)は彼女の少女時代を描いた劇画(グラフィック・ノベル)です。1980年のイスラム革命でヴェールの着用を義務づけられた時のことを描いた、本の一番最初の数ページが立ち読みできます。この4月に、シリーズ三冊目にあたる Embroideries の英訳が出版されました。これも日本でも出版されるのかな。楽しみです。

実は私、まんがを読むのがものすごく遅いのです。で、こっちは買ってきたまま、まだ読まずにいるのですが、パレスチナに関しても、とても評価の高いグラフィック・ノベルがあります。Joe Sacco さんという人がパレスチナに住んで取材し、描いた Palestine という本です(ここで立ち読みができます)。エドワード・サイードが前書きを書いています。これも翻訳が出ないかなぁ。

2005年 7月 2日 午後 12:21 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2005.07.01

悲しいけど幸せな話

結婚式を12日後に控えて、Katie Hosking さんは婚約を破棄した。結婚式後のパーティーの予約はもうキャンセルできない。彼女と両親は、披露宴の替わりに、結婚式を行なうはずだった教会のすぐ近くにあるホームレス・シェルターの人たちを招いてパーティーを開いた(米ワシントン州 Everett の地元紙の記事)。

花嫁になるはずだった22歳の彼女のコメント「あ~、楽しかった。みんな『ありがとう』って言ってくれたし」。母親は、「どんなに不幸なことが自分に起こっても、もっと苦しい立場にいる人がいることが分かりました。目が開かれた思いです」「一人のお母さんが車いすに乗った息子さんを抱え上げて踊っていました。美しかった」と語っている。

恋の終わりは常につらいもの。結婚直前に婚約が破綻するというのは、特にそうでしょう。でも、きっとあなたには幸せが訪れるに違いないよ、と伝えたくなりました。

2005年 7月 1日 午後 06:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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