« 2005年4月 | トップページ | 2005年6月 »

2005.05.31

人生は美しい

Dear Senator: a Memoir by the Daughter of Strom Thurmond ― 合州国南部サウス・カロライナ州から48年の長きにわたり上院議員をつとめ、2003年に死んだ Strom Thurmond。人種隔離主義(segregation)政策を強く主張した彼は、若い時、黒人女性と恋をし、一子をもうけていた。サーモンド上院議員の死後、娘として名乗り出た Essie Mae Washington Williams さんのインタビュー。

黒人差別をなくそうと考える人は、彼女がもっと強く父親に立ち向かうべきだったと言うだろうし、人種差別主義者たちは、彼女を口汚くののしるに違いない。しかし、これは映画ではない。彼女の人生なのだ。だれにも文句は言えない。

私が今まで一生のうちに聴いたラジオ番組の中で一番感動したもの、と言おう。サンディエゴの公共放送局 KPBS の Tom Fudge さんによるインタビュー。mp3 ファイル、約17分。番組名は Washington-Williams さんが著した本のタイトルによる。 

2005年 5月 31日 午後 11:55 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.30

サンタに反対

Poster in Scotland disputes myth of Santa ― 英国スコットランドのグラスゴー芸術大学の学生が

サンタはお金のない家の子どもたちよりもお金持ちの子どもたちにたくさんプレゼントを持ってくる
サンタクロースについて子どもたちにうそを言うのをやめよう

と書かれた看板を街に掲げようとしたことで起こった騒動の顛末記。

Darren Cullen さんは一か月ほど前に看板を立てる予定だったが、広告業者が直前になって契約をキャンセルした(看板設置前日の報道設置当日の中止報道 ― どちらの記事にも看板意匠の写真がある)。他の業者が看板スペースを提供することを申し出て、先週、彼の意見広告は設置された。

Cullen さんのメッセージは、際限のない大量消費への警鐘である。子どもたちへの愛情の大きさはプレゼントの数や重みとは比例しないということ。彼自身のサイトでそれを確認しよう。

2005年 5月 30日 午前 02:16 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.29

ブッシュとグラウチョ

Drama students learn tough lesson: Dubya's no joke ― ロサンジェルス近郊の Woodland Hills にある El Camino Real High School という高校で、演劇部の生徒たちが劇のポスターとしてブッシュ大統領の写真にひげや太い眉を書き足したものを使った。共和党支持の生徒が怒って抗議したため、市の教育委員会がそのポスターを禁止した。演劇部の学生たちは、ブッシュの顔の部分を白塗りにして、「表現の自由を万人に(ただし高校生は除く)」とか「ロサンジェルス市教育委員会♥検閲」とか書いた修正版を作りましたとさ、という話。

上記記事に修正前、修正後のポスターの写真が掲載されている。持っているのは演劇部顧問の先生。上演する劇は "The Complete History of America (Abridged)" =「完全版米国史(抜粋)」という作品。風刺的な劇なので、喜劇の Groucho Marx に似せたパロディ写真にしたのだそうだ。

ちょっと触発されて、こんな Flash を作ってみた。

2005年 5月 29日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (3)

2005.05.28

平和を想い描くことから

オノ・ヨーコさんの新しいインタビュー ― カナダの Keith Samarillo さんが1969年の「ベッド・イン」イベント当時のことなどを聞いている。

想像イマジンすることから始めましょう。心の中で、強い信念を持ってメッセージを送り出しましょう。ドミノ効果が生まれます。自分のメッセージが速く行き渡ることにびっくりするでしょう。混乱したり怖れたりして、世の終わりなどを想像してはいけません。怖れや混乱から、この世は終わりだというメッセージを送り出す人たちがいますが、私たちは私たちなりの想像をしなければなりません。平和を想い描きましょう。

2005年 5月 28日 午前 10:11 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.27

今日のニュース、昔の戦争

「ミンダナオ」「日本」というキーワードで検索したら、けっこう上のほうにフィリピン国営通信(Phillippines News Agency)の "Davao marks liberation from Japanese occupation"という記事がありました。

5月3日のダバオ解放60周年にあたって、日本による占領とアメリカ軍による解放の経緯が簡潔にまとめられていました。日本がMindanao島のダバオを侵略したのが1941年12月20日。四年間にわたって日本はフィリピンを苛酷に“鉄拳をもって”支配した、と書かれています。記事はまた、アメリカ軍を躊躇なく「解放者」として描いています。

「日本の戦争はアジアの解放に役立った」みたいなことを臆面もなく言う人は、いったいどういう気持ちでこういう描写を読むのだろうかとか、今から60年後、果たしてイラクの新聞はアメリカをフセインの独裁から解放をもたらしたと書くだろうかとか、いろいろなことを考えてしまいます。

記事を読んで考えたことの一つ。1944年に、連合軍はフィリピン解放と対日本戦争の終結に向けてミンダナオは戦略的な価値を持たないと考え、その代わりにレイテ島に力を注いだと書いてありました。ミンダナオ島の熱帯雨林をさまよい、死んでいった日本の兵隊たちは、まさに“犬死に”をさせられたのだと思います。生き延びた人たちの60年は、彼らに“救い”をもたらしたのでしょうか。

2005年 5月 27日 午後 08:48 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.26

死者の名前

アメリカ ABC テレビの報道番組 Nightline が、来週月曜日の Memorial Day (戦没者追悼の祭日だが、何の記念の日なのか私には分からない。バーベキューをして、「今日から夏だ」とみんなが言う日)に、過去一年の間にイラクとアフガニスタンで死んだアメリカ兵一人ひとりの名前を読み上げる。23日現在の死者のリストがここにある。

昨年、死んだ兵士の名前を読み上げるのは、戦争の負の面に焦点をあて、非愛国的だという批判が一部から出たことを記憶している人もいるだろう。AP電では、番組のプロデューサが「私たちは、戦闘犠牲者のことを数としてとらえてしまいがちだ。戦争への思いはどうであれ、これらの一人ひとりが名前と顔を持つ人物であることを思い出す機会としたい」と語ったと伝えている。

私は、しかし、再び数字に戻して理解しようとした。リスト掲載者数、958名。最も多いのは21歳129名、次いで22歳114名、20歳105名。最年少は18歳(3名)、最年長は59歳(1名)。平均年齢は約25.7歳。階級別に見ると、軍曹(sergeant) 176名、技術兵(specialist) 162名、海兵隊上等兵(lance corporal) 160名、伍長(corporal) 113名、三等曹長(staff sergeant) 101名、陸軍上等兵または海兵隊兵卒(private first class) 84名。あとは25名未満である。

死者の名前は出身地ごとにまとめられている。全米50州のほかに、サモア出身者が2名、グアム出身者が1名、プエルトリコ出身者が8名、バージン諸島出身者が2名、ミクロネシア出身者が2名、英国出身者が1名、記載されている。おそらく、米国籍を持たない統治領等の出身者がほかにも数多くいるのだと思う。

そして、何よりも、イラクやアフガニスタンの死者たちは、名前はおろか数さえも定かではないことを思い出さねばなるまい。

戦没兵の名前を読み上げるのがどのような意味を持つのかは、社会の雰囲気に寄るのだろうなと思う。このままの調子で日本が戦争をする国になって、NHK が死んだ兵士たちの名前を読み上げたら、私は戦争を美化していると反発するのではないかと思った。そんなことを思う日が来なければいいのだけれど。

2005年 5月 26日 午後 11:45 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.25

戦争の写真

Sydney Schanberg さんは、ベトナムやカンボジアの戦争をニューヨーク・タイムズ紙の特派員として取材した。映画 The Killing Fields のモデルとなった人である。

アメリカの大手メディアがイラク戦争の死者や負傷者の写真、特に占領軍の死傷した兵士の写真をほとんど掲載しないことに対し、シャンバーグさんは異議を唱えている(The Village Voice の記事 "Not a Pretty Picture")。合州国政府は、死んだ兵士の棺を撮影することすら禁じている(一年前に明るみに出た件である)。テレビや新聞は戦争の真の姿を伝えていないのではないか、という問いかけである。

シャンバーグさんの記事に付せられた何枚かの写真を撮った David Leeson さんは、こう語っている。

戦争は狂気だ。その中で、よく、自分の仕事はそれを止めることだと考える。しかし、それが現実的ではないことを私は知っている。私の写真を見る読者のことを考える時、私は自分がこう語りかけているように思う:「もし私が苦しんでいるなら、あなたにも同じ苦しみを味わってもらいたい。もし何かが私の涙を誘うなら、私はあなたの目にも涙を浮かべたい。」

ロサンジェルス・タイムズ紙がイラク戦争の写真報道欠如に関する調査結果を記事にしている。この問題については、Democracy Now! のセグメントで知った。

2005年 5月 25日 午後 10:33 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.05.24

チベットの馬子唄

Yungchen Lhamo という歌手の CD を買いました。題は「Tibet, Tibet」。チベットからダライ・ラマのもとに亡命している女性です。先日、Lilith Fair というコンサートのアルバムを中古で買ったら、その中に一曲、彼女に歌っているのが入っていて、とても気になったので注文してしまいました。ユンチェン・ラモ(ヤンチェン・ラモ)という名前は「歌の女王」という意味だそうです。生まれた時に高僧から付けられたのだとのこと。

私、日本の民謡についてはあまり知らないのですが、木遣歌というか、馬子唄にものすごく似ているように思います。少し高めの音域で長く延ばした音が多く、短調だからでしょうか。アジアの心のつながりみたいなものを感じました。ほとんどが無伴奏の独唱で、ちょっとさびしい(というか、一人で世界と向き合うことを強いられる)感じであるので、あまり気の滅入っている時に聴くのはよくないかもしれません。

一部、Gyuto 僧院の朗唱(一人でいくつかの音程の声を出す)も入っていて、以前、彼らのコンサートに行ったことのある私は、それも懐かしかったです。

ここでいくつかの曲からの短い抜粋を聴くことができます。

2005年 5月 24日 午後 11:23 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.23

クォータリー『at』

新しい雑誌を見つけました。正確に言うと ISBN が付いてるから単行本ですね。太田出版という会社の『at』という季刊誌です(「クォータリー[あっと]」と日本語で書いてあります)。創刊準備号が5月11日に出たところのようです。全然、宣伝とか目にしていなかったのですが、今日の帰りがけに書店に寄って偶然見つけました。なんか、置いてあるところ少なそうだな~。アマゾンブックワンのページにリンクをはってみます。

柄谷行人さんの連載「革命と反復」、上野千鶴子さんのインタビュー、「グローバリズムを遠く離れて」と題した特集などが並んでいて、なかなか読み応えがあります。編集はオルター・トレード・ジャパンというところです。

わたし的には、『前夜』が、いまひとつ期待に応えてくれてない感じ(読み応えはあるのですが、疲れてしまって…)なので、かなり期待してみます。

今までに雑誌について書いた記事:

2005年 5月 23日 午後 10:58 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.05.22

二百年前のステレオタイプ

青空文庫でマルサスの『人口論』を読んでいたら、第12章に、日本人は中国人と比べて「遥かにより好戦的、擾乱的、放縦、かつ野心的」で、「性に関する行状がより放縦であり、戦争や内乱がより多数である」と書いてあった。

Thomas Robert Malthus は1766年に生まれて1834年に死んだイギリスの経済学者だ。上の記述は The Essay on the Principle of Population の、1803年に出版された第二版以降に載っているらしい。

20世紀に書かれた文章ならば、日本軍の蛮行の数々でも思い浮かべながら「ごもっとも」と頷かねばならないところだが、1803年と言えば、天下太平、江戸時代のまっただ中である。ちょっと言いがかりが過ぎる気がした。

マルサスはこの観察を「ケンプフェルの記述」によるとしている。Engelbert Kaempfer (Kæmpfer)、エンゲルベルト・ケンペル(ケンプファー)というドイツ人の旅行家のことらしい。ケンペルは1690年から92年まで日本に滞在したのだという。17世紀の終わりごろなら、150年間にわたる内戦状態(1466年のいわゆる応仁の乱から徳川軍事政権の樹立と反対派の掃討作戦―1615年大坂夏の陣―まで)が終結してまだ一世紀も経っていなかったのだから、「好戦的」だと言われてもしかたないか。元禄時代だから「性に放縦」な世だっただろうし。

現代とは時間の流れ方が違ったのだろうが、ずいぶんと長い間、悪名がついて回ったものである(あるいは、20世紀のことまで予見して言っていたのなら、ものすごい卓見である)。いや、今だって60年や70年で集団的な記憶が消えるわけではない。無理矢理消してしまおうという人はいるにしても。

九州大学のヴォルフガンク・ミヒェルさんがケンペルの著書 The History of Japan に関するサイトを作っている。九大デジタル・アーカイブ挿し絵等が閲覧できる。略歴、邦訳等

2005年 5月 22日 午前 08:46 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.05.21

くじら

この間の連休に東京湾で話題を呼んだ後、定置網にかかって死んだクジラはその後どうなったのだろう。時事通信の記事では「希少種のため専門機関で学術研究に利用される」と書かれていたが、日本鯨類研究所のサイトを見ていたら、コククジラは「捕獲は禁止されていますが、定置網で混獲された場合にのみ、所定の手続きの後に販売が可能になります」とあった。そもそも、今売られている鯨肉はすべて“調査捕鯨”のお下がりなのだから、東京湾のクジラも“専門機関”経由で市場に出回って今ごろだれかが食べているのだろう。

オーストラリアの The Age 紙で、和歌山で20年ぶりに鯨肉が給食に出るようになったという記事を読んだ。AFP電は、子どもたちはよろこんでクジラの給食を食べていると伝えているが、昔に比べて調理法が格段によくなったのだろうか。まずかったという記憶しか私にはないが…

捕鯨を擁護する議論は、「価値観を共有しない他国民から無理矢理押さえ込まれている(牛は食べるが鯨は食べない欧米から鯨食という日本の伝統文化を否定されている)」といったかなり民族主義的な感情に訴えることによって国内の世論をうまく形成してきた。海外に生産拠点が移り、国内の産業が衰退した例は多いが、それらは、今までのところ、日本では同様な民族主義的な世論構成に成功したとは言えない。それらと捕鯨の場合を比べて、ナショナリズム発動の触媒となるのは何なのだろうなどと考えるのはやめて、昼寝をすることにする。

あまり関係ないが、以前書いた漁業関係の記事:

2005年 5月 21日 午後 02:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.20

1675年の法律

似非文語風に訳してみます。1675年にマサチューセッツで定められた法律です。実は今までこの法律がそのままになっていて、一昨日の19日まで、ボストンの市内にアメリカ先住民が(あるいは私たちのような外国人が)足を踏み入れることは違法だったのだそうです。

より有効なる手立ての講じられぬ限り、野蛮な連中が、ないしは我が民族以外のいかなる異邦人も、ボストンの町に入る、あるいは居住することによつて、我々が危害を被らむと恐るるに足る根拠が未だに残つていると認めらる。… 第二に、この町のロクスベリイ寄りの境界に番兵を置き、いかなるインジアンも知事もしくは町議会に予め申請せざるまでは、町に入ることを阻むべきこと、 … 牢獄にあらずは町内に宿泊するは能わざること、帰還の際は再び番所にて取り調べるを受けるべきこと。

で、めでたく、2005年5月19日にマサチューセッツ州議会でこの法律の廃止が可決されました(まだ、知事が署名しないと有効にならないそうですが)。マイノリティのジャーナリストの団体が、この法律が撤回されない限りボストンでは大会を開かないと申し立てた結果だとのこと。

私は「日本は長い歴史のある国」「アメリカは若い国」みたいな考え方を無批判に受け入れてきていたのですが、ちょっと考え直さなければならないなあ、と思いました。

2005年 5月 20日 午後 04:36 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.19

ナショナリズムという悪疫

The Scourge of Nationalism ― The Progressive の6月号に掲載されているアメリカの歴史家 Howard Zinn さんの論考。ナショナリズムが罪のない誇りの感情として存在しうる国もあるが、軍事大国や領土拡張の欲望のある国では、傲慢で、自他ともに危険なものになってしまうと論じている。

ハワード・ジンさんの考察の対象はアメリカ合州国で、その市民が常に「自分たちは他の国とは違う特異な国だ」と考え込まされてきて、メキシコ、キューバ、フィリピン、ハイチ、ドミニカなどへの介入を「文明化」だとして正当化してきたと述べている。今イラクを「解放」し「民主化」するのだと言っているのも、その延長に過ぎない。ナショナリズムに毒されると、釣り合いの感覚が失われてしまう。パールハーバーで2,300人が殺されたことが広島や長崎で24万人を殺すことを正当化するように人々が考えるようになる。

このような危険なナショナリズムを防ぐためには、国旗や国歌などを捨て、国家ではなく人類に忠誠を誓う必要がある。国(nation)というのが、さほど意味のある集団ではないことを知る必要があるのだ。

以上が Zinn さんの主張の概略である。彼の主張は決して合州国だけに当てはまるものだというわけではないだろう。日本にも過去の植民地支配が韓国や台湾の「近代化」に貢献したから贖罪されるべきだなどと主張する傲慢なナショナリストたちがいる。日本の被害体験と加害体験を正しい遠近法の中で見られない人たちがいる。日本を「ユニークな国(普通ではない国)」だと信じて疑わない人たちがいる。

Howard Zinn さんの意図ではないにしても、彼のこのエッセイは、合州国以外の国の人にも読まれるべきものだと思った。

2005年 5月 19日 午後 09:49 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.05.18

iPod が壊れた

ここ一か月ぐらい、通勤の電車やバスで Democracy Now! とか The Al Franken Show を聞くのを楽しみにしていたのですが(リンクはどちらも podcast の URL)、今夜(日付的には昨日)、家に帰ってきてから、iPod がウンともスンとも言わなくなってしまいました。リセットも効きません。

昔使っていたマックもすぐに変になってロジックボードの交換とかをする始末だったので、私、よっぽどアップル社と相性が悪いのだと思います。

ポッドキャスティングと言えば… 北海道新聞の音声ニュースが mp3 で配信されているのを見つけ、ポッドキャスト用の rss を作ってみました。Bloglines などではちゃんと表示できるのですが、私の使っている(iPod が壊れた今では「使っていた」と過去形だろうが、と自己つっこみを入れてみる) iPodder というアグリゲータでは、エピソード名が表示できません。どうしてだろう… ちなみに、<enclosure>タグは length 属性が必須らしいのですが、入れてありません。

2005年 5月 18日 午前 12:10 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.05.17

ハイチ元首相のハンスト、2か月目に入る

ハイチでは、昨年のクーデターで倒れたアリスティード政権の Yvon Neptune (元)首相が、現政権による不当な拘束に抗議して、ハンガーストライキを行なっている。ハンストに入ってからすでに2か月目に入っており、ネプチューン首相の健康状態は非常に悪化しているらしい。

外務省中南米局カリブ室ハイチ担当官(03-3580-3311、内線2495)の話。ネプチューン氏の解放自体を取り上げてはいないが、国連などで、人権の尊重、法の支配の尊重などについて、絶えずハイチの現政権に日本政府の見解は伝えてきている。ハイチ情勢は複雑で、ネプチューン首相の解放について申し入れすることがかえって状況を悪化させることもありえる。

日本ハイチ友好議員連盟会長の武藤嘉文衆議院議員(自民党、岐阜)地元秘書(058-272-1793)の話。ハンストの話は承知しているが、武藤議員は現在インドネシア訪問中で、今週は動きが取れない。来週、議連の会合があるので、そこで話し合いたい。

同議連事務局次長の桜井充議員(民主党、宮城)の事務所が(地元 022-723-4077 も議員会館 03-3508-8324 も)、電話の対応がとてもよかったです(議連副会長の谷垣禎一財務大臣の事務所が非常に対応が悪かったから、それとの対比でよく見えたのかもしれませんが)。メールで議連としての取り組みをお願いしました。

英ガーディアンの最新記事:Congressman: Ex-Haiti PM's Health Weakened を参照。日本では、Janjan に一週間ぐらい前に記事が載りましたが、あまり報道がないようです。私は Democracy Now! が毎日この件を取り上げているので知りました。

2005年 5月 17日 午前 11:30 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.05.16

階級社会

Class Matters - Social Class in the United States of America ― 米ニューヨーク・タイムズ紙で始まった合州国社会の“階級”の検証。一日目の概観記事 "Class in America: Shadowy Lines That Still Divide" では、以前のように宗教や人種、党派傾向などの属性とは強く結びつかなくはなったものの、アメリカ社会における“階級”の力は強まってきていると論じている。

物質的な豊かさがある程度、社会全体に行き渡ったため、「自分の親よりも豊かになった」と考える人は多く(45%。「親よりも貧しくなった」と答えたのは16%)、また「上の所得層に移動するチャンスは増えた」と考える人も多いが、親の収入が子への教育投資に反映され、それが子の収入に反映される傾向が強まってきており、実際には所得層間の移動が減ってきている。最高位1%の高収入層の収入が飛躍的(137%)に伸びているのに対し、最低位20%の低収入層の収入はあまり(7%)伸びていない。ただし、高所得層は以前なら“楽をして”お金を得ていたのに、今は低所得層よりも総じて長く働かなければならない。等々の話が紹介されている。

以前なら高所得層は共和党、低所得層は民主党という色分けが当たり前だったが、現在は銃規制や同性婚といった問題について低所得層では右傾化が進行して、両党ほぼ互角の情勢だとも述べられている。

政治のアジェンダが所得層/階級とは別の軸に排列されるということは、そのぶん“階級”の意義付けが薄れたと言えるのではないかとも思うが、端から見ている者には、別の軸で動いているように見せながら実は共和党の政策(税制や社会保障)は超富裕層の厚遇を着実に推し進めているようにも思われる。もちろん、日本の社会と政治を端から見ていても同じように感じるのかもしれない。

以前書いた所得格差関係の記事:

2005年 5月 16日 午後 08:45 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.05.15

ネグリとEU憲法

ヨーロッパ憲法 A Constitution for Europe ― 先週、ドイツでは連邦議会で承認されました。月末にフランスで国民投票が予定されています。

グローバリゼーションの自由競争主義を加速するものだとして ATTAC France反対していますが、『帝国』のトニ・ネグリは賛成を表明している、というリベラシオン紙のインタビューを読みました。この憲法によってアメリカの覇権を打ち破る可能性があるという論です。国民国家では不可能なマルチチュードの抵抗運動への道を見ているらしいです。

EU憲法はPDF版だと485ページもあります。ちらちらと覗いて見ただけなので、感想めいたものすら書くべきではないのかもしれないのですが、初っ端から

連合は人間の尊厳、自由、民主主義、平等、法の支配と、マイノリティに属する人々の権利を含む人権の尊重という価値の上に基盤を置いている。これらの価値は、多元性、非差別、寛容、正義、連帯、女性と男性の間の平等が普及した社会の中で加盟国に共通のものである。

と書かれているのを見て、日本で憲法を変えようとしている人たちにはこんな立派な書き出しは期待できないなあ(固有の伝統が云々とか、後ろ向きのことばかり書かれたら最悪だなあ)と思って、ちょっとうらやましくなりました。

去年ここに書いたネグリの『帝国』の書評:

2005年 5月 15日 午前 09:13 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.05.14

米軍基地

米軍基地の閉鎖や改組が発表され、合州国内各地で経済的打撃などを嘆く声が上がっている。リンク先は国防省の基地改変関係ページ。今回の改変計画の概略詳細

2005年 5月 14日 午前 10:08 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.13

電車で化粧と昭和の日

私の辞書より:

みっともない 【イ形容詞】 見た者に不快感(=見たくないという気持ち)を与える(あるいは、与えかねない)。[類義表現]見るにたえない、見苦しい、見た目に悪い、体裁がよくない、外聞が悪い。 [用例]電車の中で化粧をするのはみっともないと考える人もいる。

う~む、この定義だと、「4月29日を『昭和の日』と呼ぶなんて、みっともない」という文が言えてよさそうなのだけれど、ちょっと変に聞こえるのはなぜだろう、と考え込んでしまった。"Japan names holiday after World War II emperor" という報道を読んだ後の私。記事が指摘するように、祝日に裕仁の名前を付与することには、彼を日本の軍国主義の象徴ととらえる人たちから十分に反発が予想されるのだから、(命名の意図はともかくとして)「みっともない」と言えてよさそうなものだけれど。

惹き起こされる“不愉快”の感情の強さによるのだろうか。電車で化粧するのが「みっともない」と考える人は、自分の行動規範と合致しないから不愉快に思うわけだが、たまたま電車がひどく揺れたために隣に座って化粧をしていた女性の口紅なりマスカラなりでシャツを汚されてしまった経験の持ち主は、電車で化粧をするのは「みっともない」とは言わず、「危険だ」「思い出すだけでもぞっとする」等々の表現にもっと共感を覚えるのではないだろうか。たぶん、「昭和の日」というのは、そういった範疇に属するのだろう。

2005年 5月 13日 午後 02:25 | | コメント (1) | トラックバック (3)

2005.05.12

石原都知事に「ノン」!

2004年10月に石原慎太郎東京都知事が「フランス語は数を勘定できない言葉だ」という意味不明の発言をしました(私のブログでの記事)。マリック・ベルカンヌさんが抗議の公開質問状を出したという話を教えていただき、賛同のメールを送りました。今日、「石原都知事のフランス語発言に抗議する会」から、石原知事を名誉毀損・営業妨害で提訴する旨、ご案内をいただきました。

「フランス語を学習する人」も原告になれるのだけれど、どうしようかなぁ。私の場合、あまりまじめな学習者ではないので、自分のやっていることが貶められたというより「こんな発言をする奴が首都の知事をやっているのが恥ずかしい」という気持ちが先だってしまいます。原告より賛同者に名を連ねるほうがいいかな。

2005年 5月 12日 午後 09:21 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.11

日の出ずる国

かねてから紹介したいと思っていた“国歌”があります。「日の出ずる国 Land of the Rising Sun」という歌です。歌詞はこんな感じです。

日の出ずる国、我らが愛し慈しむ国、
勇敢な英雄たちの愛する祖国。
我らは命を護るか、絶えるかせねばならない。
我らは敵から我らが心を護る。
もし愛するものを護る代価が死であるならば
微塵の恐れも懐かずに我らは死のう。

「日の出ずる国」と言っても、日本のことではありません(考えてみれば、どの国にだって日は昇るのですから、あたりまえですが)。上で“国歌”と、括弧付きで書いたのは、この歌を歌う人たちが独立国を形成していないからです。

ナイジェリアのイグボ(Igbo)族の人たち。ビアフラの人たちです。

私は「ビアフラ」という言葉を同時代に知った最後の年代に属しています。内戦/独立戦争があったのは、私がちょうど小学校に入ったころのことだったようです。栄養失調で骨と皮だけになり、下腹だけが膨れて見える子どもたちの写真。自分と同じ年代の子どもたちで、そういう状況に置かれた人たちがいるのだと知った、そして戦争というものがそんなにも人々を不幸にするということを知った、私の心の“原風景”だったような気がします。

ビアフラの分離独立を求める非合法運動、Movement for the Actualisation of a Sovereign State of Biafra (Massob) の集会に参加した約80名がナイジェリア当局に検挙されました(BBCの記事)。

私より一世代下の、今の子どもたちが、あのころの私と同じような形で「ビアフラ」という言葉を知ることにならないといいな、と思います。

2005年 5月 11日 午前 12:40 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.10

絵本の本棚

久しぶりに“わくわくする”ウェブサイトを見つけました。メリーランド大学の International Children's Digital Library。現在、世界各国の子ども向けの絵本611冊がカラーでスキャンされて収録されています。10,000冊を目標にしているそうです。著作権が有効なものも著作者から許可を得た上で掲載されています。こんなに楽しいサイトがあっていいのかしら…

でもね、すぐ現実に引き戻されてしまったのです。検索で"Japanese"と入れてみたら、日本語の本にまじって、Si Pitong, noong panahon ng mga Hapon というフィリピンの絵本が表示されました。日本の占領下で生きるピトンちゃんという子どもの話です。タガログ語と英語の二か国版でした。日本による占領統治は悪夢のような三年間だったとは書いてありますが、目を覆いたくなるほどの厳しい描写はありませんでした(正直、ほっとしました)。

「じゃ、次はこの国の絵本を見てみよう。わ、きれい。行ってみたいね~」とか言いながら、お父さんやお母さんといっしょにパソコンに向かう子どもたちが他者への尊敬をもち、受容性にあふれた寛容な大人へと育っていきますように。

2005年 5月 10日 午前 12:12 | | コメント (0) | トラックバック (3)

2005.05.09

ベルリン≠東京

ドイツの放送局 Deutsche Welle の英語サイトで終戦60周年関連の記事を読んだ。私はふだん、日本の政治家や報道やネットでくだを巻いている人たちの偏狭さや愚かしさに辟易させられているので、この記事は人間の精神がより高いところに到達しうることを改めて信じさせてくれる爽快なもののように感じられた。

Horst Köhler 大統領の国会演説。ドイツ市民に向け、ドイツという国は根本的に生まれ変わったとはいうものの、ドイツが世界に及ぼした悲劇は現在も続いており、過去に線を引いて終わりにするといったことはできないと語っている。大虐殺や文明の破壊が行なわれたことにドイツは責任を持たねばならず、それが繰り返されないために、苦難やその原因を記憶に留めておく責任がある、と述べている。

Gerhard Schröder 首相がロシアの新聞 Komsomolskaya Pravda に寄稿した記事(ロシア語原文はこれ)も言及されている。この記事の中で、シュレーダー首相は「ドイツ人の手でドイツ人の名の下に、ロシアや他の国の人々にもたらされた苦しみについて、許しを請う」と書いている。

ネオナチの言動。National Democratic Party というネオナチ組織が、記念行事の妨害を図った。彼らの主張は「罪の意識というカルトに終わりを」「この60年間(私たちが教えられてきた歴史)はウソだ」というものだと記事は伝えている。

記事の末尾には、Christina Weiss 文化相に対するインタビュー記事へのリンクがある。インタビューの中で、「今まで、それぞれの国が独自の視点から歴史を見て、異なった評価を与えてきた。これからは、どうしたらみんなが一緒に歴史について話し合っていけるかを一緒に考えなければならない」と語っている。

一々、これが日本のだれの発言に似ているとか、正反対だとか書くことはしない。きっと、比べたって仕方のないことなのだ。

2005年 5月 9日 午後 09:30 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2005.05.08

ギュンター・グラスの見るドイツ

The Gravest Generation ― 60年前ドイツが無条件降伏した5月8日を前にして、昨日のニューヨークタイムズ紙に掲載されたノーベル文学賞受賞作家 Günter Grass さんの文章。読んで、私が一昨日感じた疑問への答えに至る道筋が半ば示唆されているように思った。

ギュンター・グラスさんは負傷したドイツ兵としてこの日を迎えた。当時17歳。60年といえば人間なら一生働いて年金生活に入るぐらいの長さであり、記憶という粗い“ふるい”は、もうそれを忘れてしまいそうになっている、とグラスさんは話し始める。

プロシアなどからの大量の帰還者が発生したことによるドイツの戦後の混乱のようすは、“闇市”だの“買い出し”だの“引き揚げ”だのと言う言葉で語られる日本の戦後とさほど変わらないように見受けられる。「無条件降伏」を(ナチス政権の)「崩壊」と言い換えたり、ナチスに属していた人たちが産官学のあらゆる分野でそのまま居座っていたりするようすも、想像に難くない。冷戦期、東西ドイツがそれぞれのブロックで優等生になろうとしていたというのも、高度成長期の日本の姿と重なるようだ。現在、旧東ドイツの失業率は西の倍に達し、投資も滞っている。東西ドイツの統一は失敗であったとさえグラスさんは言う。こういった経済の現状についても、ここ十年あまり振るわない日本とよく似ている。

グラスさんは、60年前に“与えられた”自由と民主主義をドイツが本当に初めて行使したのは、アメリカへのへつらいをやめてイラク派兵を拒否した時だったと言う。しかし、その自由と民主主義は今、危機に瀕している。金融機関や多国籍企業の影響力が議会を圧し殺しつつあるのだ。世界中で、「自由な社会に生きる」代償として、企業の利益追求のための解雇等が仕方のないことと思われるようになってしまっている。それが現実主義だと言われ、これらの問題を取り上げたり、貧富の格差の拡大を問題視する人は夢想家として一笑に付されたり、単に嫉妬深いだけだと片づけられたりする。「連帯する」という語が使われなくなって久しい。これらの観察も、日本にもそのまま当てはめることができるであろう。

最後の二つの段落を翻訳して提示する。

60年前、第三帝国が無条件降伏した時、この権力と脅威のシステムは打ち破られたのだ。このシステムは12年間にわたっってヨーロッパ全土を恐怖に陥れた。それは今日もまだ影を落としているのである。私たちドイツ人はこの恥の遺産と何度も向き合ってきた。そして私たちがためらった時には、向き合うことを余儀なくされてきた。私たちが他者に、そして自分たち自身に引き起した苦しみの記憶は世代を超えて受け継がれてきたのである。他の恥を受け継いで生きて行かなくてはならない国々―ここで私は日本、トルコ、そしてヨーロッパの旧植民地主義諸国のことを念頭においている―に比べ、私たちは過去の重荷を振り払わずに来た。その重荷は私たちの歴史の中で、挑戦としてこれからも残っていくのである。

今日、世界で最後まで生き残ったイデオロギーとも言うべき新しい全体主義の危険を私たちがしのいでいけることを願うばかりである。意識的な民主主義者として、私たちは資本の力を自由に拒否すべきである。資本は人間を消費したり生産したりするモノとしてしか見ないのだから。与えられた自由を株式市場の利益としてしか扱えない者は、毎年、この5月8日が私たちに教えてくれるものを理解していないのである。

2005年 5月 8日 午後 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.07

個人的な反対声明

なんとも不安をかき立てられるような記事を読んだので、個人的な声明を発表することにしました。北朝鮮の核実験、合州国の先制攻撃、どちらの動きも本当なら、もっと効果的な反対運動をしなくてはなりませんが、とりあえずはおまじないのように、当事国の人たちが読んでも分かるよう(まあ、読まれることはないとは思いますが)、朝鮮語と英語を添えて、ここに書きます。

나는 조선민주주의인민공화국의 핵실험 계획에 강하게 반대합니다.
아메리카 합중국에 의한 선제 공격 계획에도 강하게 항의합니다.
양국의 자제를 요구합니다.

I hereby express my strong opposition to the nuclear test planned by the DPRK.
I am also strongly against the preemptive attack planned by the United States.
Both countries should show restraint in dealing with the current situation.

私は朝鮮民主主義人民共和国の核実験計画に強く反対します。
アメリカ合衆国による先制攻撃計画にも強く抗議します。
両国の自制を求めます。

2005年 5月 7日 午後 04:39 | | コメント (0) | トラックバック (0)

郵便局と手話通訳

Deaf Connexions ― イギリス東部 Norfolk 州のろう者の団体。手のひらのアイコンをクリックすると、Internet Explorer のプラグインのダウンロードを促される。プラグインを導入して手のひらのアイコンをクリックすると、Guido と呼ばれる仮想現実の人物(アバター)がその記事の内容を英国手話(British Sign Language)で示してくれる(まだ BSL に翻訳された記事は少ない。Services のページに三つ)。

バーチャル・リアリティによる手話の提示は、University of East Anglia で行なわれている手話機械翻訳研究の成果の一部らしい。TESSA (TExt and Sign Support Assistant)と呼ばれるその研究では、音声認識と、英語から HamNoSys (Hamburg Sign Language Notation System)で記述された BSL への機械翻訳、そして仮想現実によるアニメーション提示という流れで手話通訳を実現する。当面は郵便局における会話の仲介を目指しているらしい。

私は英国手話を知らないので、母語話者の目にはどのように映るのかは分からないが、Guido の動きはとてもなめらかである。今までに実用化されている音声認識の精度や機械翻訳の実用度を考えると、先は長いように思われるが、地道な研究の進展に期待したい。

この仮想手話通訳の話題は、BBC の Virtual signer for deaf web users という記事で知った。5月2日から8日まで、英国は“ろう者を知る週”(Deaf Awareness Week)である。

2005年 5月 7日 午前 09:40 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.06

墓石の海

Denkmal für die ermordeten Juden Europas ― ベルリンのブランデンブルク門近くに作られたホロコースト犠牲者の追悼施設。5月10日に正式に公開されるらしい。墓石のような石柱 2,711 本を林立させた形になっている。ロイター電 "Bold, contentious Jewish memorial opens in Berlin" で知った。

ドイツ国会議長の Wolfgang Thierse さんは、「ある国が、その悪行、その歴史の中で最も凶悪な犯罪を思い起こさせる追悼施設を首都の真ん中に作る(ことができるかどうか)というのは自明のことではない」と語っている。

まさにその通りだと思う。情けないことだが、いったいどこでこんなに大きな違いができてしまったのだろう。

(No Trolls Allowed)

2005年 5月 6日 午前 02:55 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2005.05.05

自衛隊は12月に撤兵の予定

ジャパンタイムズの5月5日付けの記事によると、日本政府は今年12月にイラクから自衛隊を撤退させる検討に入った模様。12月というタイミングは、昨年末の派兵一年間延長の期限および、本格的なイラク政府樹立に合わせたもの。9月ごろ、正式発表の予定。

9時半ごろ追記:北海道新聞には昨日の夕方付けで報道がありました。

2005年 5月 5日 午前 05:47 | | コメント (1) | トラックバック (0)

ハワイで大学生が軍関連施設の建設を阻止

University of Hawai'i at Manoa で、大学当局が海軍と共同で研究施設を建設することを決めたのに抗議して、30人あまりの大学生が学長室で一週間近く座り込みを続けている。まだ予断を許さないが、大学側は計画の見直しを約束した(ハワイの Honolulu Star-bulletin の記事)。

建設が計画されていたのは、UARC (University Affiliated Research Center)と呼ばれる施設で、海洋環境、天文学、光工学、電磁波工学などの分野の研究をするとされている。海軍が資金提供をするとは言うものの、施設の建設などの費用は学校側の負担となること、研究が非公開で行なわれる余地があること、施設建設にあたり、ハワイ先住民の権利が侵害される可能性があることなどをあげて Save UH/Stop the UARC Coalition の学生が反対運動を行なってきた。

ハワイ大学当局は白紙撤回にこそ応じていないものの、学生側は、10月までの計画の棚上げ、理事会に再付託する場合には公開の場で審議し反対意見陳述の場も設けること、情報公開などを勝ち取っている。

学長室で座り込みを続ける学生たちのようすは、Michael Moore さんのウェブサイトから、webcam で見ることができる。

最近書いた学生のアクティビズムに関する記事:

2005年 5月 5日 午前 05:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.04

水銀排出規制の効果試算

EPA releases mercury pollution report ― 合州国の環境保護局の内部資料で、火力発電所が水銀の排出規制に取り組めば、南東部のみで年間最大20億ドルの経済効果が期待できるという数字が示されているというAP電。3月27日に書いた「水銀と聖母」の話の続きにあたる。

ブッシュ政権は、規制による経済効果は全米で年間5千万ドルにとどまり、規制を実施するためにかかる費用のほうが大きいと主張して、規制緩和法案を議会に提出している(既に下院を通過)。

記事によれば、当該の資料は、南東部の諸州で魚介類が高濃度で水銀含有している地域(hot spot)について改善策をとることによって健康被害が防げるとするものだが、当局側は、除去すべき水銀がすべて火力発電所から排出されたものとは限らないとして、取り合うようすを見せていない。

National Wildlife Federation が政府の情報開示を忌避する姿勢を批判するとともに、入手した報告書を公開している(PDF、425k)。

2005年 5月 4日 午前 08:55 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.03

カメルーンの大学デモで死者

カメルーンの西部、海岸沿いの都市 Buea (地図)の国立 Buea University で4月29日、大学の施設改善と学費値下げを求めてデモを行なっていた学生たちに警察が発砲し、二人が死亡した(死亡者は三名との報道もある)。首都ヤウンデの Yaoundé One 大学でもストが続いており、ストは他の大学にも拡大しつつある。Wikinews の記事で知った。

Paul Biya 大統領は、事件の真相解明を命じるとともに、大学教育への財政支出拡大を約束したが、カメルーンの新聞 The Post のブログサイトにある死者の写真(5月1日付けの記事の中にある)を見ると、残虐さへの憤りを感じざるを得ず、これで事態が収拾に向かうようにはとても思われない。

カメルーンは、決して日本にいる私たちにとって縁遠い国ではない。例えば、来週5月11日にはサッカーの U-20 チームが来日して日本代表と世界ユース選手権壮行試合を行なう予定になっている。

2005年 5月 3日 午前 12:03 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.05.02

オラフを謳う

FlagsCounterPunch に載っていた Michael Dickinson さんの文章。クルド人(クルド系のトルコ国民)がトルコの旗を燃やした(AFP電を参照)のに反発して、最近、トルコ人(トルコ系のトルコ国民)が国旗をいろいろなところに飾っている、トルコでは国旗を燃やすと禁固3か月の刑に処せられる、トルコ軍当局が「こういう反逆的な行為は軍が容赦しないぞ」という発表をした、トルコの学校では毎週、国歌演奏とともに国旗掲揚が行なわれる、云々といった話。

「ほら見ろ、こういうのが普通の国なんだ」と喜ぶ人もいるんだろうなあ、と思いながら読んだ。

文章の末尾に紹介されている e e cummings (実は私はあまりこの人が好きではない)の詩 i sing of Olaf glad and big がすばらしい。かなり感動。

2005年 5月 2日 午前 07:14 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.01

ダルフールの子どもたち

Darfur Drawn - The Conflict in Darfur Through Children's Eyes という Human Rights Watch のページで、ダルフールの子どもたちの描いた絵16点が展示されている。

僕たちは逃げていたんだ。兵隊から。ジャンジャウィードから。飛行機からも。追いかけられていたんだ。これは男の人。これは女の人。川のほうに逃げて、それからチャドに逃げた。(絵6

「これは何?」「この緑の服を着ている奴らが女の人や女の子を捕まえているところ。」「何をしているの?」「むりやり結婚させようとしている。」「こっちは?」「燃えてる家。」「これは?」「アントノフ爆撃機。こっちがヘリコプター。ページの下のほうに描いたのは死んだ人たち。」(絵13

BlogArfica Catalog の rss で知った。ちなみに、いつのまにか Human Rights Watch も rss を始めている

2005年 5月 1日 午前 09:37 | | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年4月 | トップページ | 2005年6月 »