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2005.04.30

戦争の終わり

Thirty Years at 300 Millimeters ― 「解放」/「陥落」間近なサイゴンから脱出しようとする人たちの写真。アメリカ大使館の屋上だとよく間違って言われるが、あれはサイゴンの中心街 Tu Do 通りと Gia Long 通りの交差点にあった Pittman Apartments という建物だ、と(300ミリ望遠レンズで)撮影した Hubert Van Es さんが語っている。

(当時、5インチ×7インチの白黒写真を電送するのに12分かかったと書かれている。その10年後の1985年に300bpsの音響カプラを買った私は、解像度は?速度は?などと考えてしまった。) 

5年前、ベトナム戦争終結25周年の時の特集で、子どもたちの学習用にニューヨークタイムズが作ったサイト The Fall of Saigon で、私の記憶にも残っていた何枚かの写真を見ることができた。

ベトナムの国営英字新聞 Viet Nam News30周年関連ページも見る。

2005年 4月 30日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.29

ヨーロッパで大規模な書籍電子化のプロジェクト始まる

19 bibliothèques en Europe signent un manifeste pour contrer le projet de Google ― 4月27日付けの仏ルモンド紙の記事。ヨーロッパ諸国が共同して書籍の電子化にあたることを、5月2日、3日にパリで開かれるEUの文化相の会議の冒頭、フランスのシラク大統領が発表する。昨年末に Google が発表した大規模な書籍電子化プロジェクトに対抗するもの(敵対的ではなく、グーグルに“触発された”と書いてある)。

すでに、ドイツ、ベネルックス諸国、イタリア、オーストラリア、デンマーク、スペイン、フィンランド、γ、アイルランド、スウェーデン、エストニア、ハンガリー、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニアが署名を済ませているほか、キプロス、マルタ、ポルトガルが署名の準備段階に入っており、イギリスも賛同を表明している。ラトビアがまだ態度を表明していない。

フランス国立図書館(BNF = la Bibliothèque nationale de France)館長の Jean-Noël Jeanneney さんが書いた Quand Google défie l'Europe, plaidoyer pour un sursaut (『グーグルがヨーロッパに挑む時―奮起を促す』)という小冊子に計画の概要が記されているらしい。電子化される書籍の選定などにあたっては政治を排し、公的、科学的に推進することを目指しているという。

ぜひともこの記事の続きとして、いつか、「日本でも大規模な書籍電子化のプロジェクトが…」とか、「日中韓3国が共同で…」とかいう記事を書きたいものである。

2005年 4月 29日 午後 12:31 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.04.28

チェルノブイリの声

1986年の4月26日、チェルノブイリの原子力発電所4号炉で爆発事故が起こった。この未曾有の大事故の現場で必死に働いた人たち、その遺族、その子ども、居住禁止となった村を壊して土に埋める作業をした人、等々の人たちの証言を Svetlana Alexievich さんが集め、出版した。その英訳 Voices From Chernobyl からの抜粋が 25日の英ガーディアン紙に掲載されている。消防士の妻の話の(おそらく)完全版とガーディアン紙がとりあげたのとは違ういくつかの証言が The Paris Review にも掲載されている。 

子どものころに広島や長崎の話を聞いた時に感じた眩暈のようなものに襲われた。とても辛い話ばかりであるが、多くの人が読むといいと思う。特に、遠い戦争のころの話と違って、私たちの一生のうちに起こったことだから。繰り返されることがないよう、私たちがしっかりと受け継いで行かなければならないことが明らかな話だから。

先日、核融合炉 ITER の誘致にかなり好意的な記事を書きましたが、それを読んだ友人から核融合の現実化に伴うさまざまな危険を指摘した資料をもらいました。今後、より慎重な姿勢をとろうと思います。

追記:岩波書店から日本語訳が『チェルノブイリの祈り―― 未来の物語 ――』として出版されているようです。

2005年 4月 28日 午後 11:06 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.04.27

言語の年

アメリカ合州国では、今年2005年は正式に「言語の年」(The Year of Languages)ないしは「外国語学習の年」(The Year of Foreign Language Study)なのだそうだ。知らなかった。上院では2月に、下院では3月に宣言が採択されたらしい。

American Council on the Teaching of Foreign Languages がウェブサイトを作っている。 ロゴの非商用複製使用が許可されている。あまりぱっとした感じではないが、載せてみる。

Year of Languages Logo

この“年”のことを知ったのは、小学校における中国語のイマージョン教育の実践(一年生から、算数の授業を中国語で行なっている)に関する新聞記事 "More Young Americans Take Chinese Language Challenge" から。また、同記事によると、 National Security Education Program という機関があって、大学の外国語教育に対して定言を行なっているらしい。記事では、国防的な観点から、アラビア語、中国語、韓国語、ロシア語が2002年に重点言語に指定されたとある。

今までに書いた関連のある記事:

私は言語教育が専門なので、他にも書いたかもしれないが覚えていない(無責任だなあ)。そう言えば、これも関係なくはないか:

2005年 4月 27日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.26

国旗と国歌をめぐる天皇発言

Japan Emperor: Need to Consider 'Feelings' on Anthem ― 東京発ロイター電。ボストン・グローブ紙での掲載は日本時間で25日19時09分です。

ノルウェー、アイルランド訪問を前にした記者会見で、明仁天皇が

  • どの国にも国旗や国歌があり、それらを尊重することを学校で教えることは重要だと思う
  • 国歌や国旗は国家の象徴であるので、人々の気持ちについて十分に考えることが重要だ
  • オリンピックなどで、優勝者が旗を持って走ったりするのは、だれによって強制されたものではない
  • 国歌や国旗については、一人ひとりの市民が自分自身で考えるのが一番よい

という発言をしたと伝えています。

夜8時すぎに、宮内庁や日本の新聞社、テレビ局のサイトなどを見てまわりましたが、この発言を取り上げているところは見あたりませんでした。9時前に読売が「天皇陛下、事故被害者たちをお気遣いに…親善訪問会見」という見出しの記事の中に掲載。それによれば、原文は次のようなものだったようです(カギ括弧に入っているので、直接引用だと信じます)。

「世界の国々が国旗、国歌を持っており、重んじることを学校で教えることは大切なことと思います。オリンピックでは優勝選手が日章旗を持ってウイニングランをする姿が見られます。選手の喜びの表情に強制された姿はありません。国旗、国歌については、国民一人ひとりの中で考えられていくことが望ましいと思います」

この発言が(私を含め)リベラルな考えを持つ人たちにとって快いものであることは否定しませんが、この発言を取り上げることによって、私が天皇に政治的に扱われかねない発言を望んでいるわけではないこと(彼に政治的な発言が許されているとは思っていないこと)を明らかにしておきます。

今までに書いた関連のある記事:

  • 天皇の心理(2004年11月2日。そこで言及した米長邦雄のページを見ると、時の流れとともに内容が変わっていましたが、相変わらずえげつないので呆れました)

尼崎での鉄道事故以外のことについて今日書くのは非情な気もするのですが、重要なニュースであると考え、こちらについて取り上げることにしました。

追記:朝日に発言全文が掲載(26日1時半)。それによると発言は以下のとおり。

世界の国々が国旗国歌を持っており、国旗国歌を重んじることを学校で教えることは大切なことだと思います。国旗国歌は国を象徴するものと考えられ、それらに対する国民の気持ちが大事にされなければなりません。オリンピックでは優勝選手が日章旗を持って、ウイニングランをする姿が見られます。選手の喜びの表情の中には、強制された姿はありません。国旗国歌については、国民一人ひとりの中で考えられていくことが望ましいと考えます。

2005年 4月 26日 午前 12:02 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.04.25

サマワから豪放送局の報道

Moqtada al-Sadr says Australian troops not welcome in Al Muthanna ― オーストラリア ABC ラジオ、Matt Brown さんによるサマワからの報告(23日、土曜午前に放送)。サドル師派のマフディ軍がサマワ近郊で勢力を強めていること、オーストラリア軍がイラク人を殺害する事態が起これば、昨年マフディ軍がアメリカ軍に対して行なったような武力闘争が勃発する可能性をサドル師派の聖職者が語ったとしている。ムサンナ県でも派閥間の勢力争いが強まっていることは、アメリカ軍も認めているらしい。ハワード首相が派兵を決めた時に国民に対して行なった説明よりもサマワの状況は悪いと Brown さんは伝えている。

19日(火曜日)に放送されたクウェートからの報告では、シーア派主流、バドル組織(Badr Organization)の指導者の一人 Hadi al-Amiri 氏が、サマワは安全でありオーストラリア軍は必要ない(歓迎されない)こと、その安全はサマワが彼らバドル武装組織の支配下にあることによるものであると語っている。

2005年 4月 25日 午前 07:10 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.24

小泉首相の謝罪

アジア・アフリカ首脳会議における小泉総理大臣スピーチ全文、及びその英訳外務省のサイトに4月22日(演説の当日)付けで掲載されています。せっかくだから官邸のサイトにも載せるといいと思うのだけれど。週明けには出るでしょうか。

我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。今後とも、世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意であることを、改めて表明します。

私は日本の首相がする演説として、とてもいい文章だと思いました。もちろん、国全体が加害の歴史をしっかり認識や反省をしているようすでもないし、軍事大国にならないと口では言っても、軍事関連予算を数で見れば歴とした大国(第5位?)だし、「いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決する」という方針が貫かれていればイラク戦争への賛同というのは考えられないはずなので、何か論理的な欠陥があるように思われますが、ぜひともこの決意表明を私たち一人ひとりの行動の積み上げによって実行に移していきたいものだと思います。

そして、政府には、この立場からの一歩の後退も許さない。まずは、演説後半に出てくる「無秩序な兵器の取引の防止」の姿勢が武器輸出三原則等の見直しなどによって反故にされないよう、しっかりと監視する必要があるように思います。

2005年 4月 24日 午前 06:48 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.04.23

耳栓をした女神

およそ神々の世界には転勤や定年退職というものはないのであろうが、人の世にはこれらの煩瑣が付きものである。それはしかたがない。

テミスともユスティティアとも呼ばれる“正義の女神”がいる。裁判の象徴である。法の公平さ(それとも、罪と罰との均衡?)を表わす天秤を左手に掲げ、右手には法の厳正さを示す剣を持っている。そして、彼女は目隠しをしている。きっと、被告や原告の肌の色や美醜に惑わされることなく、訴える者、訴えられる者の言葉の道理だけを聞いて正義を適用する意志を表わしたものであろう。

ある年の春、正義の女神に転勤の命令が下り、係争中の案件を残したまま、彼女は別の地へ去っていった。そしてこの地には新たな正義の女神がやって来て、中途のままの裁きを引き継ぐことになった。困ったのは―少なくとも、原告である私が困ったのは―、新しい正義の女神は目隠しだけでなく、片耳に耳栓をしていることである。

新しい正義の女神は―いや、人間である裁判官の彼は―法律の定め(「裁判官が代わった場合には、当事者は、従前の口頭弁論の結果を陳述しなければならない」、民事訴訟法第249条第2項)をまもらず、もう一方の当事者の言い分だけを聞き、もう従前の弁論の結果は十分聞いたとして、次回は9月9日に裁判所に来るように告げ、早々と法廷を後にしてしまった。

以上が、昨日、名古屋地方裁判所1号法廷で起こったことである。“片耳に耳栓をした”裁判長の名は内田計一。裁判は自衛隊イラク派兵差止訴訟。私は3,000人を超える原告の一人として出廷した。法に疎い私には細かな記述ができないのであるが、一市民の素朴な感想として、内田裁判長による訴訟指揮の不当性をここに訴える。

2005年 4月 23日 午前 06:50 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.22

論文を書く

SCIgen - An Automatic CS Paper Generator ― コンピュータ・サイエンスの論文を“自動生成”する Perl プログラム。GPL で配布され、CVS で入手可能。マサチューセッツ工科大学の院生たちが作ったもので、今までに発表された論文から適当に“つぎはぎ”したりして、論文“らしきもの”を生成するらしい。このプログラムを使って作った論文要旨を送ったら、実際に学会発表に通ったのだそうだ(AP電ボストン・グローブ紙社説)。実際のペーパーを本当に人が読めば、まず通るわけはないのですけれど(素人が読んでも、いい加減なのが分かります)。

あ、そういえば、私、今年度の科研費(昨年秋に応募したもの)が内定しました。

2005年 4月 22日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.21

学生運動の今

Campuses with a cause ― ボストン・グローブ紙に4月18日に掲載された記事。アメリカ各地の大学で、60年代の再来のように、学生運動が高まりを見せていると伝えています。過去の学生運動が人種差別撤廃やベトナム戦争反対に特化していたのに対し、現代の学生運動は大学の制度改革など、さまざまなテーマに渡っているとされています。また、60年代終わりには学生運動が高揚していたと言っても、参加していた学生は25%、運動のあった大学は15%程度だったわけで、現代の学生の運動意識も、決してそれに劣らないとしています。大学一年生に対する調査によれば高校時代にデモに参加した学生は47.5%にも上っています。そして、学生たちの運動は、学費値上げ阻止や同性愛者に対する寛容な政策の実現などで、着実に成果をあげつつあるようです。

このブログで書いた、大学生をはじめとする“若者”たちのアクティビズムに関する記事:

2ちゃんねるか何かを読んで民族差別的な文章をブログだの掲示板だのにダラダラと書いているような人からの、読む人を不愉快にするだけのコメントはお断りします。

2005年 4月 21日 午前 12:29 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.20

抵抗の歌から国の歌へ

南アフリカの国歌 Nkosi Sikelel' iAfrika (「主よアフリカを祝福し給え」)を作曲した Enoch Sontonga の死去100周年を記念する式典がヨハネスブルグで開かれた(南アフリカの Mail and Guardian 紙の記事)。ソントンガは Soweto のキリスト教学校の教師で、1897年にこの曲を作曲したらしい。1912年以降、後にネルソン・マンデラも加わる African National Congress が抵抗運動の中で歌い継いで来て、アパルトヘイト終結後の1994年4月20日、国歌となった。

ANC のサイトに、合唱の .wav ファイルや英訳等がある。また、楽譜の PDF ファイルがこのページにある。

2005年 4月 20日 午前 09:31 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.04.19

反日デモと核融合炉

核融合炉誘致の問題は、その秘める可能性の大きさを考えれば、おそらく日本の将来を方向付ける今の時点で最重要なニュースであろう。競争相手のフランスの新聞では、ここ一年ほど頻繁に見出しを見かけたが、日本ではあまり話題になっていないように思う(私が文系なので、そういう記事に目が行かないだけなのかもしれない)。

World's first fusion reactor seeks home ― 4月14日に掲載されたインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙の記事を用いて要約する(毎日新聞の12日の記事も参照)。国際熱核融合実験炉(International Thermonuclear Experimental Reactor = ITER)を日本の六ヶ所村に置くか南フランスの Cadarache に置くかが争われている。建設にあたっては1兆3千億円あまりのお金が動く。炉の最重要部分は巨大な電磁石で、それだけでも3千億円ほどする。フランスは、日欧間で合意が得られなくても建設を始める姿勢を見せている。どちらの国に施設が置かれた場合でも、もう一方の研究者が遠隔操作で実験ができるようにすることなどで妥協を図ろうという動きもある。

この記事は "Japan Foreign Policy grates Asia neighbors" というAP電を読んで、書いた。以下は挑発的に聞こえることを恐れるが、私の率直な感想である:なかんずく国粋的な人たちは、中国の反日デモがけしからん等々の自分の劣位な感情を自慰的に書き連ねる(中には、邦人保護を名目に自衛隊の派遣を主張する輩までいた。度し難いにもほどがあるというものである)よりも、こういう建設的な企画(もちろん、それが安全なものであるかどうかなどは熟慮される必要があるだろう)について日本政府を応援するなりしたらいかがなものか。

2005年 4月 19日 午前 08:10 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.04.18

アラビア語文学

Arab world lost in translation ― アルジャジーラに掲載されたロイター電。スーダンの小説家 al-Tayib Salih のインタビュー。アラビア語の小説は非常に高い水準にあるのに、翻訳されて紹介されることが少なく、それがアラブ文化への無知、そしてアラブに対する参照枠の欠如につながっていると語っている。宗教の影響が強く、限られた興味しか惹かないというのは誤解で、積極的に出版する会社があれば、きっと読者層が生まれるだろうと述べている。

記事の紹介によれば、Tayib Salih は 1960年代に Season of Migration to the North という小説を書いて、一躍有名になった人という。主人公の行動はイギリスによるスーダンの植民地支配に対する復讐だと解釈されるらしい。Salih は、(ポスト)コロニアリズムの問題は当時も今もさほど変わらず、ただ重心はヨーロッパからアメリカに移ったと述べている。

アラビア語文学の英語への翻訳は、去年の3月にここでも取り上げた Words Without Borders のサイトに 50 近い作品が掲載されている。

タイーブ・サーレフの『北へ遷りゆく時』は河出書房新社から邦訳が出版されているが絶版らしい。短編小説の英訳がネットにあった: "A Handful of Dates" ― 主人公の少年の気持ちには私も思い当たるところがある。

率直なところ、ある文化において書かれた小説が他の文化で読まれることによって、どれぐらい理解が育まれるのか、私にはまだ分からない。アラビア語文学の話からは外れてしまうが、例えば、毎日のニュースの冒頭が中国の諸都市における反日デモの報道である今、私たちの中でどれぐらいの人が現代中国の小説を読んだことがあるのだろうかと(自戒を込めて)思ったりする。そして、そうやって育まれた教養は、時事報道という強力な参照枠の提示に十分に抗することができるのだろうか、とも。

著者の名前は何通りかに綴られることがあるようなので、検索に載りやすいように上で使ったもの以外の綴りを挙げておく: Tayeb Saleh, Al-Tayeb Saleh, El Tayeb Salih, al-Tayyb Salih, al-Tayyib Salih, At-Tayeb Saleh, アッ=タイーブ・サーレフ, アッ・タイーブ・サーレフ, タイイプ・サーレフ, タイイブ・サーレフ。

2005年 4月 18日 午後 02:53 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.04.17

院生スト迫る

アメリカの大学では、大学院生がティーチング・アシスタント(TA)として授業を担当することも多い。それによって大学はより多くの授業が開講できるし、大学院生は授業料免除を含め学費援助を受けることができ、更に、教歴を積むことによって将来の就職にも備えることができる。

Graduate students at UMass-Amherst say no contract, no peace ― マサチューセッツ大学アマースト校では、昨年夏からTAたちは当局と契約書を取り交わすことなく、授業を担当している。学校側が迫る労働条件の悪化(賃金引き下げ、健康保険の適用範囲縮小など)にTAの労働組合 Graduate Employee Organization (GEO) が同意していないからである。GEO は3月30日、大規模な学内デモを行なった。当局が交渉に臨む姿勢を見せなければ、今週の木曜日(4月21日)にストライキ(組合側は "civil disobedience" "walkout" と呼んでいる)が決行される。

「UMass (マサチューセッツ大学)で起こっていることは、全国レベルの、人種差別的な、右翼による、新自由主義的な目論見の一部だと考えられます。大学は私たちを働く者としてではなく学生だととらえていて、本来なら教員が担当する仕事を院生にアウトソーシングして、経費を節約しようとしているのです。その結果、UMass ではテニュア・トラックの(=評価がよければ任期付きではなくなる契約の)教員のポジションが減り、学部生の教育の質が低下しています。学部生は学費等の諸経費の負担増を強いられています。これは UMass に限ったことではなく、全国の公立大学で起こっていることです」と GEO の役員は記事の中で語っている。

記事末尾のリンクで3月のデモのようすのビデオ(mp4、21MB)が見られる。十数年前にこの組合を立ち上げる時に、当時TAだった私も深く関わった。デモの風景は昔も今も変わらない。今、当局から削減を持ちかけられているのは、すべて、こうやって勝ち取ってきた権利だ。

2005年 4月 17日 午前 11:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.16

中高生、沈黙の日

今週の水曜日(4月13日)、全米の4,000にも上る中学校・高校で、約45万人もの生徒が一日中、一言も話さなかったそうです(The New Standard の記事)。それは、この日が「沈黙の日(the Day of Silence)」だったから。この企画は、レズビアンやゲイやバイセクシャルやトランスセクシャルな人たちへの差別をなくすために行なわれました。一日の間、沈黙を守ることで、いじめや脅しで“沈黙”させられている友を思う、という趣旨だそうです。

ワシントンDCのゲイ・コミュニティ新聞 Washington Blade によれば、参加者のほとんどはヘテロセクシャルな生徒だったとのこと。呼びかけをおこなった Gay, Lesbian & Straight Education Network (GLSEN) は「同性愛者差別を基本的な公正さの問題だととらえ、それに対して何かをして闘おうとする中学生・高校生が増えてきている」とコメントしています。

Day of Silence ウェブサイトはこちら。これに対する保守派の動きについて CNN の記事があります。

45万人という参加者数もさることながら、自分たちの中で息を潜めている弱者に連帯を表明するという方向性にも敬意を表したいと思います。日本の生徒総数がアメリカの半分ぐらいだとして、日本で20万人の中高生が自分たちの中の同性愛者なり外国籍の子どもたちなり障碍者なりのために一日口をきかずに通す… やってできないことはないのかもしれないけど、ちょっと難しそうにも思ってしまいます。

2005年 4月 16日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.04.15

英大学の学費

Academics to monitor impact of top-up fees ― 英ガーディアン紙教育欄の記事。イギリスの大学学費システム改定の話だが、私には背景知識がないので、記事の末尾にある過去記事へのリンクをたどってみる。

A guide to top-up fees ― 2004年1月の記事。現在、イギリスの大学生は、家庭の収入に応じて定められた学費を支払っている。年間収入が430万円以下なら無料、640万以上なら全額で22万5千円である。昨年成立した法律により、2006年度から学費の最高額は60万円になる。ただし、年初に支払うのではなく、卒業後、年収が300万円になった時点から支払いを開始すればよい。月々の支払額は収入に応じて調整される。ブレア政権は、大学への財政支援が足りないことを認めているが、学位を取る者自身がある程度費用を自己負担することを求めている。新方式は、学生に借金を抱え込む不安を与えるほか、貧しい者への安い大学、富める者への高い大学の二層構造を産み出すのではないかと心配されている。Office for Fair Access (Offa) という役所が新設され、経済的に恵まれない人やマイノリティの人への各大学の施策が十分であるかを評定し、学費設定を認可する。

法案は昨年1月下旬に通った模様。What's in the bill という記事によれば、60万円(3,000ポンド)という学費の上限設定は2010年まで変更されない。最も収入の少ない30%の層(年収304万円以下)には、年間54万円の奨学金が与えられる。学費設定には、奨学金の付与状況などが考慮される。

まだ状況がよく飲み込めたわけではないのだが、日本(国立大学の学費標準額の改定など)と異なり、大学教育が国民的な議論になっていることだけは分かったような気がする。

2005年 4月 15日 午後 08:13 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.14

犬も人も

うちのネコ、恩姫ちゃんは鰆とか鰻とかが大好きで、自分の分け前を要求します。その他、なぜか海苔も好き。というわけで、ヒトといっしょに食べるものには事欠きません。

New cookies let dogs share with owners ― アメリカで、犬と飼い主がいっしょに楽しめるクッキーが売り出されたというAP電。Three Dog Bakery という会社が作っていて、オレオクッキーのような形で、犬には毒なチョコレートをキャロブで置き換えたものだそうです。お買い求めはこちらで(残念ながらアメリカ国外からの注文は受け付けていません)。

2005年 4月 14日 午後 09:39 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.04.13

世界の声

  • 「国際社会と真摯な対話に臨もうとしないから、(テロと戦うと言っても、むしろ)テロを助長しかねない」
  • 「一国主義の独自路線が、敵対国だけでなく友好国をも怒らせ、遠ざけつつある。国を一歩出れば、だれもが今までに聞いたことのないような調子でこの国の批判を口にしている」
  • 「お互いの言うことに耳を傾けるという能力が絶えてしまったようだ」
  • 「世界の人たちがどのように考えているか、この国の普通の人たちが広く識ることが、まさに現在、重要になっている」
  • 「以前より宗教の言説がずっと多く政治に入り込むようになってきた」

そのまま、日本についての話に置き換えられそうな気がするが、元々の発言の主題はアメリカ合州国である。PEN World Voices を前にしたサルマン・ラシュディーさんのコメント

2005年 4月 13日 午後 10:37 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.12

移動図書館と電子図書館

アメリカで最初の移動図書館(Bookmobile)が始まって今年で100年なのだそうだ(AP電)。場所は合州国北東部メリーランド州の片田舎 Washington 郡。馬が本を積んだ馬車を引いてやってきたらしい(記事に小さな写真がある。また、記事末尾にあるリンクから、当時のさまざまな写真を見ることができる)。

おととい書いた版面権と文字・活字文化振興法案の問題について、青空文庫呼びかけ人の富田倫生さんが青空文庫の掲示板で、こう書いていた。

文字・活字文化振興法案が、「すべての国民が、…居住する地域、身体上の条件その他の要因に関わらず、等しく豊かな文字・活字文化の恵沢を享受できる環境が整備されること」を目指すのであるなら、近代デジタルライブラリー青空文庫のような「電子図書館」が、どれほどこの目標達成に有用であるか、訴えかけていく必要を痛感します。
「版面権」に関する論議にも、是非、その視点を持ち込んでいきたいものですね。

2005年 4月 12日 午後 10:17 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.11

未来志向

インドネシアの Susilo Bambang Yudhoyono 大統領の東ティモール訪問の続報(AFP電)を読んでいて、ある文章に注意を惹かれました。以下に少し長く訳出する最後の部分です。

両国は、1975年にこの元ポルトガル植民地を侵略し1999年に撤退するまでにインドネシアの軍隊が引き起した惨劇について言及を避けた。インドネシアは国連のもとでの独立に関する住民投票後、軍による暴力の嵐の中で東ティモールから撤退した。国連は少なくとも1,400人が虐殺されたとしている。町全体が破壊されたところもある。東ティモールでの虐殺に関して軍の将校や官僚を裁くために作られたインドネシアの法廷は、高い地位にあるインドネシア人をだれも有罪としなかったことについて、国際的な批判を受けている。国連は最近この法廷の監査を始めたが、東ティモールとインドネシア両国の政府は、それが不必要であるとし、過去と向き合うために南アフリカの真実と和解委員会方式をとりたいとしている。

Truth and Reconciliation Commission of South Africa Report ― 南アフリカの真実と和解委員会報告書。上の記事が気になって探してみたのですが、6.5MBの文書を読んだわけではありません。Desmond Tutu 司教の前書き(2ページ)を読んだだけです。その一部を訳します。

恩赦に応募した人たちは、時に…より恐ろしい犯罪に関わったことを告白した。しかし、彼らが責任を取ろうとしていること、そしてこの過程において何らかの真実が明らかになったという認識が、人々の怒りを鎮めるのに役立った。

あまりにも多くの白人南アフリカ人たちがアパルトヘイトによって自分たちが利益を得たことさえも否定するのは、被害を受けた人たちの痛みのもととなっただけでなく、変化の果実を享受する能力を自ら決定的に損なう行為でもある。

歴史を直視せず、しらばっくれたり、言い逃れをしようとする人たちは、彼ら自身が和解の障害となり、世界の変化から取り残される原因となっていることを知るべきです。

2005年 4月 11日 午後 09:28 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.10

版面権と青空文庫

青空文庫の受難の季節は、予想よりも早くやってきました。

文字・活字文化振興法の施行に伴う施策の展開」 ― 活字文化議員連盟が超党派の議員立法として今国会に提出する見込みの「文字・活字文化振興法案(骨子案)」とともに民主党のひだ美代子議員のサイトに掲載されています(紙の読売新聞4月1日朝刊4面と表記上の微差を除き同文)。この中で出版活動への支援施策として「版面権の創設(出版者の固有の権利)」が掲げられています。

出版者の権利について」 ― 社団法人日本書籍出版協会著作・出版権委員会が2002年にまとめた報告書。版面権とは、文化庁の吉川著作権課長が2004年9月30日の著作権分科会法制問題小委員会で「出版社に…複写された場合に報酬請求できるというような、そういう権利」を認めることだと要約しています。もう少し詳しい定義を求めて、その創設を求めている日本書籍出版協会のこの報告書を見ると、以下のように定義されています。

権利の種類 著作隣接権
権利の性質 原則としては、許諾権を考える
保護される出版者 発意と責任を持って出版物の企画から発行に至る活動を全体として行う者
保護内容 出版物の版を利用して以下の行為を行うこと
[1]複製(複写機器・写真機器等による複製、電子媒体への入・出力) [2]公衆送信 [3]譲渡 [4]貸与
権利行使のあり方 集中的な管理が相応しい場合等には、報酬請求権的な行使を考える
保護期間 50年(他の著作隣接権に準じる)

権利の所持者に関しては「著作物等の情報を最初に出版物上に固定した者」という案もあったが、それは採らないとされています。

具体的な場面を見ると、「版面をOCR入力によりデジタル化してテキストデータとして利用する場合」 が「出版物の版面構成が、二次利用の媒体への著作物等の取り込みに直接使用され、二次利用の媒体においても、その版面構成がそのまま利用される」場合の例とされ、これには版面権が及ぶとされています。一方、「筆写」は「出版物の版面構成が、二次利用の媒体への著作物等の取り込みに使用されず、二次利用の媒体においても、その版面構成が利用されない」場合の例とされ、これには「出版者の権利として主張するのは難しい」としています。

この法案が通ると、キーボード入力して青空文庫に収録するのはOKだけど、OCRを使って入力したやつはダメということになるのでしょうか。で、遡及効?う~む。 

文字・活字文化振興法については、辺境から戯れ言経由で、StarChartLog の「文字・活字文化振興法」骨子案で版面権創設が語られているで知りました。トラックバックを送ります。

2005年 4月 10日 午前 11:45 | | コメント (2) | トラックバック (2)

鐘楼のモルデハイ・バヌヌ

彼が撞く鐘の音は「私はまだここにいる。私の知っている秘密を忘れるな」という意味。一年前に18年間の服役生活を終えた Mordechai Vanunu さんに関する記事を続けて二つ読みました(ロイター電豪 The Age 紙)。

1986年に英 The Sunday Times 紙でイスラエルの核兵器開発を告発したモルデハイ・バヌヌさんは東エルサレムの St. George's Cathedral 教会ゲストハウスに居住中で、毎日正午に教会の鐘を鳴らしているのだそうです。バヌヌさんは現在もイスラエル当局から移動の自由を制限され、メディアや支持者との接触を禁じられています。

人権侵害等の問題が生じた時、しばしば、渦中の人物がさまざまな弱点を抱えていて、全面的な支持をためらってしまうことがあります。バヌヌさんも私にとってはその一例にあたりますが、核兵器廃絶の願いとともに、彼に自由がもたらされることを祈ります。

P-navi info にトラックバックを送ります。

2005年 4月 10日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (2)

2005.04.09

ユドヨノ大統領のディリ訪問

Indonesian leader visits E Timor ― インドネシアのユドヨノ(SBY)大統領が東ティモールを訪れている。Xanana Gusmao 大統領、Mari Alkatiri 首相との会見のほか、1975年の武力制圧の際に死んだインドネシア兵が埋葬されている Seroja 墓地、そして1991年の虐殺の舞台となった Santa Cruz 墓地への訪問が予定されている。リンク先は BBC の記事。

協調路線をとるグスマン大統領は市民に抗議行動を控え、「苦い過去を忘れるように」要請しているという。インドネシアによる人道犯罪の追求があいまいになっている中、あまり強い説得力は感じられない。

ジャカルタポストの記事(すぐ切れてしまいそうだが、一応リンクを張る)によれば、東西ティモールの国境確定の条約が調印された。国境関係の問題の95%が解決したとユドヨノ大統領が語った。土曜日に東ティモール国会で演説を行なう予定。1999年の焦土作戦的な撤退の時、将軍であったユドヨノ氏がどのように自分(たち)の過去と向き合うのか、注目される。

2005年 4月 9日 午前 11:37 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.08

森で倒れる木の音を聞く

Tibetans Face New Uncertainty in Exile ― 亡命チベット政府のあるインドのダラムサラはさまざまな問題を抱えている。中国の拒否権のため、国連から難民の認定を受けることはできないが、個人や支援団体、外国政府などからの資金援助があり、ダラムサラは経済的に潤っている。それとともに物価の上昇で経済が歪んでしまったほか、友好関係にあるイスラエルから兵役を終えたばかりの若者が多数やってきてセックスやドラッグに溺れている。観光客の流入とともにゴミや空気の汚れも深刻だ。

Seismologists say strong quake hits Tibet ― 8日未明、チベットでM6.5の地震があったもよう。被害があったのは首都ラサの西700キロぐらいの地帯。現在のところ、死傷者の報告はない。

2005年 4月 8日 午後 01:23 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.07

平和のバス

分断されたカシミールを横断するバス路線に関する囲み記事(地図等)。インド rediff.com は詳細にバスの動きを伝えた。これを書いている時点で、乗客は“国境”を越えたもよう。'Kaarwan-e-Aaman' (平和のキャラバン)バスの写真。昨日のバス乗客宿泊施設襲撃の写真集もある。 

2005年 4月 7日 午後 09:07 | | コメント (0) | トラックバック (3)

2005.04.06

元祖・悪の枢軸

Original axis of evil: Colonial empires ― アルジャジーラに掲載されたノルウェーの Dag Herbjornsrud さんの意見。Samuel Huntington の「西洋は思想や価値観や宗教が優っていたためではなく組織的な暴力を適用することに優っていたことによって世界を制覇したのである。西洋人はしばしばこの事実を忘れるが、非西洋人は決して忘れはしない」という言葉を引いて、「私たちの現代の行動が私たちみんなの将来に影響するように、過去の行動は現在の世界情勢に影響しているのである。だから、将来にわたって正義を確立するためには、過去の不正義を認識する必要がある」とする。過去の残虐行為を覚えていることは、将来に同じようなことを繰り返さないために有効だからである。

植民地支配という“悪の枢軸”として、Herbjornsrud さんはベルギー、フランス、イギリスを挙げる。この三国は、過去との向き合い方が異なる。ベルギーはコンゴでの残虐な植民地支配の歴史に対して真正面から向き合い、それを反省している。これは、Adam Hochschild さんというアメリカ人の調査によるところが大きい。おそらく、ルワンダでのフトゥ族/トゥツィ族への色分けなどにも反省が及ぶだろう。フランスは自らの過去に対して沈黙を守っている。モロッコの独立運動に関して、最近、"Le Regard" という映画がノルウェー人の Nour-Eddine Lakhmari によって作られたが、フランスの植民地支配を取り上げた映画はごく少ない。イギリスはインド・パキスタン、パレスチナ・イスラエルの紛争などの火種を作ったにも関わらず、植民地支配を“誇り”としているGordon Brown 財務府長官が「イギリスは植民地支配について謝罪を続けるのではなく、自分たちの歴史を誇りに思うべきだ」と語った(1月15日の項)のも記憶に新しい。

Herbjornsrud さんは記事をこう結んでいる(原文の一部が他の語にも置き換え可能であることを示すため、括弧を加えた)。

しかし、私たちは許すべきだ。歩みを止めてはならない。もしかすると、未来にもっと注意を集中するために、過去を忘れさえするべきであるのかもしれない。しかし、私たちは決して(ヨーロッパの植民地主義者に)彼らが行なった野蛮な弾圧を忘れたり、ましてや誇りに思ったりさせてはならない。一番大きな問題は、彼らがまだ自分たちが何をやったか分かっていないことである。

2005年 4月 6日 午前 08:13 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.05

なぜ大学には共和党員が少ないか

An Academic Question ― ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された Paul Krugman さんのコラム。アメリカの大学教員にはなぜ共和党員、保守主義者が極めて少ないかを考察しています。

右寄りの人たちは、特に人文社会科学の分野の人選に“リベラルのバイアス”がかかっていると批判するのですが、共和党員が極めて少ないのは自然科学分野でも同じです。一つには、これは軍では右寄りの人が圧倒的に多いのと同じようなものだとも言えますが、もっと大きな理由としてクラグマンさんが指摘するのは、近年の共和党が科学研究を重んじないという問題です。進化論の“押しつけ”を“学問の自由の抑圧”だとするような動き(2月に書いた記事を参照)や、“地球温暖化はまぼろしだ”とするような動き(3月に書いた記事を参照)に見られるように、学術を政治に従属させようとする政治家が研究者の支持を得られるものだろうか、と Krugman さんは問うています。

日本では、歴史教育などへの介入と異なり、自然科学への政治の圧力はまださほど感じられないのではないでしょうか(研究費の配分とかに影響が出ていたりするのかな)。TIME 誌も取り上げている遺骨の鑑定問題が少し気になりますが。

2005年 4月 5日 午後 08:34 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.04

だから禁煙レストラン

アメリカのマサチューセッツ州では、昨年の7月にレストランやバーが全面禁煙になった。州法施行後の外食産業の営業成績を調べた結果、食事に関しては9%の増益となっていることが明らかになった。数値は、インフレなどを考慮した上で、1999年から2003年の同時期と比べたもの。酒類の消費は横ばい。従業員数は微増。店内の空気の有害物質が激減したことは言うまでもない。Harvard School of Public Health の調査結果を報じたボストン・グローブ紙の記事より。

禁煙や分煙を行なっていないレストラン等で不満を述べると「たばこを吸う客が逃げるから」等々と言われるが、屋内禁煙を法制化してすべての店で実施すれば、そのような躊躇には根拠がないことが示されたことになる。

マサチューセッツでは、1993年以降、市町村単位での店内全面禁煙条例が徐々に進み、10年かかって州全体で法制化された。同じ経済モデルが日本にあてはまるかどうかは分からないが、その日を目指して歩もう。

2005年 4月 4日 午後 09:35 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.03

ブイヤット湾の近況

Cause of Mystery Ills Splits Indonesian Fishing Village ― ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された Jane Perlez さんによるインドネシア、スラウェシ島の Buyat Bay からの報告。ニューモント社に対する政府の訴訟が進行する中、Newmont 社への不満を持つ住民と会社を擁護する住民の対立が生まれつつあること、Newmont 社を告発した人々が次々と名誉毀損で会社側から告訴され、脅されて発言の撤回を余儀なくされていることなどを伝えている。

3月29日のロイター電によれば、被告である現地法人 PT Newmont Minahasa Raya 社の幹部6名は先週、出廷を命じられた模様。Minahasa Raya 社自体が刑事捜査上の容疑者となったとの報道(3月31日付け)もある。

この件に関するこのブログでの前回の記事:インドネシア政府がニューモント社を提訴(2005年3月13日)に、それ以前の経過を記述した記事へのリンクがあります。

2005年 4月 3日 午後 08:41 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.02

ハノイ・ジェーン

ベトナムで戦争が激しく戦われていた1972年の夏、ハリウッドの映画俳優ジェーン・フォンダは北ベトナムを訪問し、アメリカのベトナム攻撃を批判した。それによって、Jane Fonda は "Hanoi Jane" と揶揄されるようになる。

MSNBC の記事 "Fonda: 'Hanoi Jane' visit was a mistake" は、彼女が今週出版される自伝の中で、訪問中に北ベトナム軍の対空砲台に乗って写真を撮ったこと(記事にはその写真が掲載されている)は(祖国アメリカへの)“裏切り”であって、悪い判断だったと述べていると報じている。ハノイに赴いたこと自体は合州国政府の嘘を暴き戦争を早く終わらせるために必要だった、ベトナムとイラクは違い、今イラクを訪問しようとは思わない、等々。

ジェーン・フォンダがこのような趣旨の“反省の弁”を述べるのは、実は今回が初めてではない。4年前の BBC の記事でも、同じような発言が取り上げられている。おそらく、今まで同じことを何回も口にせざるを得なかっただろう。一度「売国奴」の汚名を着せられると、人々の非寛容は容赦がないことが察せられる。

たしかに(対戦国の)“軍”に協力的な姿勢を見せることは平和運動家として望ましいあり方ではないとは思う。しかし、映画俳優である彼女が最大限の注目を集めることを可能にする機会がそこにはあった。それを私は責めることはできない。私の国が間違った道に進んだとしたら、私はどんなことをしてそれを糾弾することができるのか。自分の無力さを考えると、彼女の行動は尊敬の眼差しに値するようにさえ思える。

2005年 4月 2日 午後 10:04 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.04.01

東ティモールの観光

去年の2月に東ティモールの観光産業についての新聞記事を紹介した。一年経って、ゆっくりではあるが着実に観光という側面が東ティモールに戻ってきつつあるという記事が目にとまった:Timor ease ― The Australian 紙の旅行欄に3月26日に掲載された記事。執筆者の Tony Wheeler さんは Lonely Planet Guide, East Timor の著者だという。住民投票の直後とはうってかわって、東ティモールは非常に平穏であり、海岸、ポルトガルの植民地文化の遺産的な建物群、登山、スキューバダイビングなどで極めて魅力的だとしている。

記事の中では、1942年から43年にかけての日本による占領時、オーストラリアのゲリラ部隊が勝利をおさめたこと、日本の占領下で6万人もの東ティモール人が死んだことが言及されている。もう一つ、歴史関係で注意をひいたのは、財政的に破綻していたポルトガルの植民地経営が、東ティモールのインフラ整備にほとんど手をつけなかったのに対し、1975年に侵略し占領したインドネシアは橋の建設などに多額な資本投下を行なったという記述である。“併合”してどんなに資本投下を行なっても、固有の文化を破壊したり差別的な扱いをしたりすれば、それは全く歓迎されないという、おそらく普遍的な事実を私たちはここで確認されることができる(遠回しな言い方になってしまったが、日本の朝鮮半島支配に関し、資本投下があたかも免罪符になるかのような物言いをする人たちを糾すために私はこの文を書いている)。

ディリ沖のクルーズから見られるというすばらしい日の入り。私もぜひ見てみたいと思う。

2005年 4月 1日 午後 11:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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