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2005.03.17

法人化後の学長選考

岡山大学に勤める友人から電話があった。岡山大学では、3月15日に次期学長選考のための学内意向聴取(投票)が行なわれ、16日に学長選考会議が「学長適任者」を決定したが、そこでは投票の最多得票者ではなく、2位の現職の理事(副学長)が選ばれたらしい。

私は各候補の主張を知らないので、どんな人が選ばれたのか、選ばれなかったのかについては何も言うことはない。私の友人はよくも悪くも「ノンポリ」なのだけれど、現在の体制に対する批判票のほうが多かったにも関わらず、現執行部の中から新学長が選ばれたことにかなりの落胆を感じているようだった。

東北大学が学長選を廃止したのに続く大きなショック、ただし国立大学の法人化と真剣に闘った人々にとっては、どちらも予想通りの出来事である。

私が今いる名古屋大学では、法人化直前に総長選考があり、その時用いられた暫定的なルールでは投票の有資格者が教授のみにされてしまったため、助教授、講師、助手の有志で自主投票を実施し、抗議を表明した。やっている時には、こんなことやって本当に意味があるのかなぁ、とかなり懐疑的だった(呼びかけ人がそんなことでいいのかというツッコミは甘んじて受けよう)のだが、ごく最近、あらためて法人化後の体制に沿った選考のルールが決められた際、助教授以下の教員は再び投票に参加できるようになった。そして、名大の新しい規定では、総長選考会議は投票の結果をもとに総長候補者を決定することを明記している。あの時、はっきりと意思表示をしたことが実を結んだのである。

ここで述べてきたことは、無味乾燥な標語にしてしまえば、ずっと簡潔に表現できる。曰く、「法人化によって経営の圧力が強まり、自治が脅かされる」、「あきらめずに闘うことが大切だ」、等々。しかし、そういった標語だけでは運動は広がらない。それは大学のことであれ、広く社会のことであれ、同じだ。私は幸いなことに、それらの標語の意味するところを身体化することができた。と同時に、それを効果的に伝えていかなくてはいけないという責任を私は負ったことになる。

2005年 3月 17日 午前 12:05 | | この月のアーカイブへ

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