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2005.03.31

国とアイデンティティ

Japan's nationalism rising, by jingo ― オーストラリアの The Age 紙に3月28日に掲載された記事。卒業式での君が代強制や、盧武鉉大統領の日本批判、NHKの番組改変、小泉首相の靖国参拝など、最近の話題にごく簡単に触れた後、日本におけるナショナリズムの急速な昂揚がどのような背景を持っているかについていくつかの意見を紹介している。報道としてはちょっと大雑把すぎるので、あなたが修正主義者なら、いろいろとこの記事の問題をあげつらうことができるだろう。

ある政府高官のものとして紹介されている意見は次のようなものである。「日本人は国を愛する心といったようなもの、もしくは愛国心を持ちつつある。それが私たちが過去に歩み戻っているように見えるのは確かだ。私たちはアイデンティティを確立しようとしているだけなのに。」

ベネディクト・アンダーソンの言い方に倣えば「想像の共同体」、吉本隆明の表現を借りれば「共同幻想」にアイデンティティを求めるということの愚かさをこの人は知らないのだろう。

2005年 3月 31日 午後 10:11 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.30

引っ越しの余波

年金手帳や前に入っていた共済組合の書類がどこかに紛れてしまい、苦労しています。困った、困った。

追記:ようやく出てきました。ああ、よかった。

今日読んで、ちょっと涙腺を刺激された記事:"Pope fails in attempt to speak to faithful" ― おそらく最後の復活祭を迎えた教皇の姿。詩のように語られている。

2005年 3月 30日 午後 08:26 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.29

紙の手帳

5年近く使ってきた Palm (Handspring社の Visor Platinum)が壊れました。月曜の夜、寝る前に目覚ましをセットしようとしたら、全く電源が入らなくなっていました。15,000円ぐらいのお手頃価格で、とても使い勝手がよかったので、とても残念です。

仕事の帰りに電気屋に寄ってみたのだけど、Palm 系の PDA はもう無いも同然みたいですね。隣の売り場のケータイとか電子辞書は元気がいいみたいですが。どうしたらいいのか途方にくれております(スケジュール機能が使いやすいケータイとかありましたら、どなたかお教えくださいませ)。

当分の間、電子読書は諦めなくてはなりません。とりあえず、新しい職場でもらったばかりの紙の手帳を使うことにしました。

2005年 3月 29日 午後 10:14 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.03.28

心の詩、平和の歌

パレスチナの歌手 Wisam Murad さんとイスラエルの歌手 David Broza さんが"In My Heart" という曲を一緒に歌い、それがパレスチナのラジオ局 Palestinian Broadcasting Corporation とイスラエルのラジオ局 Army Radio で放送されたというロイター電

Tikun Olam ブログにその曲へのリンク("B'Libi" ― mp3、7MB)やヘブライ語の部分の翻訳がある。

放送前のイスラエルの新聞 Haaretz の記事

2005年 3月 28日 午前 03:06 | | コメント (6) | トラックバック (1)

2005.03.27

水銀と聖母

Mercury rising ― Molly Ivins さんのコラム。合州国政府は発電所が大気中に排出する水銀の規制を緩和し、電力会社間で排出枠を売買できるようにした。つまり、水銀を多く排出する発電所は、水銀除去(scrubbing)の行き届いた会社から余っている排出権を買い取ることによって、排出を続けたり排出量を増やしたりすることができるようになる。この規制緩和によって、カリフォルニア州では発電所からの水銀排出が8倍に跳ね上がるのではないかとされている。すでに合州国では出産年齢の女性の6人に1人が安全値を上回る水銀を体内に含有している。Ivins さんは W. Eugene Smith さんの水俣の写真を示し、水銀汚染の危険性を警告している。

Ivins さんが "The Madonna of Minamata" と呼ぶ写真は、数年前に各地で開かれた水俣展のパンフレットの表紙を飾ったこの写真のことだろう(ユージーン・スミスさんの作品をいくつか集めた別のリンクをもう一つ提示する)。

合州国政府は2月の United Nations Environment Programme のナイロビ会議で、水銀排出の国際的な制限にも反対をしている(Natural Resources Defense Council の報道資料)。

上で言及した写真「入浴する母子像」は、2000年に著作権継承者のアイリーン・スミスさんが「以後、公開しない」ことにしたとの記事を見た。ためらいながら、リンクは張ったまま、この記事を投稿する。

2005年 3月 27日 午前 07:54 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.26

世界のスラムで

'I had to wait in a line to use the public toilet' ― インドの rediff.com による Robert Neuwirth さんのインタビュー。Neuwirth さんはリオデジャネイロの Rocinha、ナイロビの Kibera、ムンバイの Sanjay Gandhi Nagar などのスラムに住んで Shadow Cities: A Billion Squatters, A New Urban World という本を書いた。

ムンバイのスラムでは、部屋に水道も下水もなく、トイレは数十人で共有。そこの住民は決して怠惰なわけでもなく、犯罪者でもない。彼の隣人は警察官であったり、タクシー運転手であったり、ホテル従業員であったりする。無断居住をしているといっても、社会の重要な構成員である。人間としての尊厳をもって暮らしているが、その尊厳を保てるぎりぎりの状況であることを Neuwirth さんは語っている。

2005年 3月 26日 午前 11:28 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.25

国境を越える大学

Getting a foreign education ― インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙の記事。ペルシャ湾岸のカタールに合州国の大学が4校進出しているという記事。合州国への学生ビザの取得が難しくなっていることや、カタール政府の希望(政治批判は封じ込めたまま教育分野などの社会改革を行なう)などが合わさって実現されているらしい。進出しているのは Cornell、Virginia Commonwealth、Carnegie Mellon と Texas A&M 大学。Education City と呼ばれる開発中の地域に、今後さらに数大学が開校する予定。まだ学生数は350人程度だが、最終的には8,000人程度の規模になるとしている。

記事の中では、日本でも話題になった、シンガポールへの大学院の進出(Duke、Stanford、MIT、仏 Insead、オランダの Eindhoven 工科大)も紹介されている。また、アイルランドの The Royal College of Surgeons がバーレーンにキャンパスを開いたらしい。

2005年 3月 25日 午後 08:46 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.24

WTOと人権

Planting the Rights Seed: A human rights perspective on agriculture trade and the WTO3DInstitute for Agriculture and Trade Policy という2団体が発行した農業貿易自由化に関するパンフレット(PDF、本文15ページほど、133k)。WTO の現行の枠組みでのグローバリゼーションが人権擁護の立場から有害であることを論じている。

目新しい論点はないと思われる(私は素人なのでよく分からない)が、WTO 農業合意(AoA: Agreement on Agriculture)の入門としてとても読みやすい。発展途上国では人口の70%が農業に従事していて、農業生産の主たる目的は国内の消費であり(農業全体に占める貿易の割合は10%に過ぎない)、工業国が過剰農業生産によって不当に価格を下げて農作物を輸出(ダンピング)している状況は、発展途上国の農民の基本的な人権に関わるという主旨である。トランスナショナルなアグリビジネスは寡占状態にあって、貿易の非障壁化によって利益を得るのは現実にはこれらの一部の企業に過ぎない。ダンピングへの強力な対抗策を打ち立てることや、貿易以外の要因を考慮することが必要であるとしている。日本政府の農業保護政策をノルウェー、スイスなどのものと並べて、ある程度の評価を与えている。

2005年 3月 24日 午後 08:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.23

引っ越し(その1)

引っ越し当日です(住居編。来週、職場編が続きます)。溜まっていたものをかなり大量に捨て、無事、なんとか搬出の準備ができたところです。

前回引っ越しした際になぜ自分が職場を変わることにしたか書き留めておいた紙が出てきました。葉山嘉樹『海に生くる人々』の一節です:

彼らはかごの中でかえった目白のようなものであった。自分の牢獄ろうごくを出ることを拒む、その中で生まれた子供のようであった。彼らは船以外に絶対に、パンを得られないほど、船に同化されていた。たとえば彼らは、ちょうど人間ほどの太さのねじくぎにされてしまったのだ。それは船のどこかの部分に忘れられたようにはまり込んでいるのだ。そして、それは大切なねじ釘なんだ。だからびるまでそこへそのまま置かれるのだ。びると新しいのと取り換えられねばならない。

2005年 3月 23日 午前 10:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.22

少年ナイフ

Shonen Knife makes its point with positive punk ― 日本を代表するロックバンド「少年ナイフ」のボストン公演を前にボストングローブ紙に出たインタビュー記事。少年ナイフの名前を初めて聞いたのは1980年代の終わりごろだったと思うので、もう十数年、気になっているのだけれど、まだ一曲も聴いたことがありません。

当時は Usenet の sci.lang.japan とかで話題になっていました。そのころ私はアメリカに住んでいたのですが、日本の友だちに「知ってる?」と尋ねてもだれも知っている人がいなくて、どういう音楽なんだろうなぁ、と思っていました。

お勧めのCDとかありましたら、お教えください。

2005年 3月 22日 午後 07:13 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.03.21

ムスリムの国々の憲法

The U.S. Commission on International Religious Freedom (USCIRF) がまとめたムスリム住民が人口の半数以上を占める国々の憲法の比較調査。44か国を調査して、大幅な多様性をそこに見出している。

報道資料にそって、要点を追う(国数、国名は報告書本文から拾ったもの):

  • 13億を上回るとされるムスリム人口の過半数が暮らすのはイスラム共和国(10か国)でもイスラムを国教とする国(12か国)でもない。つまり、政教分離を定めている(11か国)か、もしくはイスラムが憲法の中には言及されていない(11か国)国々に住んでいる。
  • イスラムを国教とする国においても、信教の自由を定めている場合がある。国際的な標準から見ても遜色がない場合がある(パキスタン、バングラデシュなど21か国)。
  • イスラムを国境とする国においても、表現、集会、結社の自由を定めている場合がある。また、特にジェンダーによる不平等や差別を禁じている場合もあり、それらの国の定めは国際的な標準から見ても遜色がない(アルジェリア、シリア、チャドなど)。
  • ムスリムの多い国の憲法の中には、国際的な人権規定等を盛り込んでいる場合もある(オマーン、カタール、レバノン、ギニア、マリなど)。

ちょっと戸惑いを感じさせる書き方なのは、イスラムは不寛容で、女性差別がはげしく、自由が抑圧され、云々といった先入観を読者が持っていることを前提にしているからだろうか。報告書の主な目的は、イスラムと民主主義的な理念が共存しうることを示し、イラクやスーダンなど、これから新しい憲法の起草に着手する国々をそのような目からとらえることである。

報告書はこのほか、イスラム共和国またはイスラムを国教とする国22か国のうち、18か国でイスラム法が法的な位置を占めていること(アフガニスタン、アルジェリア、バーレーン、エジプト、イラク、イラン、ヨルダン、クウェート、リビア、マレーシア、モルジブ、モーリタニア、オマーン、パキスタン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イエメン)、イスラムを国教とはしていない国のうち4か国がイスラム法に法的な位置を認めていること(コモロス、ガンビア、スーダン、シリア)を記している。

2005年 3月 21日 午前 10:40 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.20

リヤンクールの岩

Liancourt Rocks (1904年の文献に見えるという「りゃんこ島」という名前も可愛いくていいと思います)。あえて時代錯誤(19世紀風?)のコロニアルな名称で書いてみました。日本で竹島(住所は島根県隠岐郡隠岐の島町竹島官有番地と言うのだそうです)、韓国で獨島(住所は慶尚北道欝陵郡欝陵邑独島里山1-37番地)と呼ばれている場所です。

日本と韓国における一連の騒動は、忘れられた危機の話を読んだ後だったので、何ともやりきれない思いがしました。つくづく、他にもっといい方向にエネルギーを使うことができるはずなのに、と思ってしまいます。

読みごたえがあると思った(納得したという意味ではありません)ところ二つ:

私の気持ちとしては、Now's the Time ブログの安田(ゆ)さんの意見が近いです。

以下、コメント欄は開けておきますが、あらかじめ、自由に何でも書いてもらうことを目的とした場所ではないことをお断りしておきます(盧武鉉大統領の演説の話を書いた時に懲りました)。領土権の主張に関わる意見、国民主義的もしくは民族主義的な感情に結びつきかねない意見等はお控えください(この文に含まれた「等」を見落とさないようにしてください)。それらを吐き出す場所は他にもたくさん用意されているのですから。竹島・独島云々ではなく、今私たちは世界をよくするために何ができるかを考えられたらいいなと思います(ここまで予防線を張っておいても、傍若無人な人たちには効き目がないのかも。嫌な世の中だ)。

2005年 3月 20日 午前 11:20 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2005.03.19

ルワンダを忘れないこと

ホテル・ルワンダ(Hotel Rwanda)』は、いつ日本で公開されるのでしょうか。心待ちにしています。

1994年に起こったフトゥ族(Hutus)によるトゥツィ族(Tutsis)のジェノサイドは、十年の時を経て、人々の意識に再び上り始めたらしいです。アメリカでは今日、ケーブルテレビのHBOが "Sometimes in April" という2時間ドラマを放映します(ボストングローブ紙のレビュー)。こう立て続けにルワンダの虐殺をテーマにした映画、ドラマが作られるというのは、忘れまいとする集団的無意識のなせる技なのでしょうか、それとも商業的に遠すぎず近すぎずの格好な時間的位置にあるということなのでしょうか。

日本にはアフリカ系の住民が少ないので、関心が低いのもしかたがないかもしれませんが、同時代の問題としてもう少し認識が広まってもいいように思います。

2005年 3月 19日 午後 01:36 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.18

キリマンジャロの雪

Melting Snows of Kilimanjaro ― アフリカの最高峰キリマンジャロ山頂の根雪が急速に減少している。リンク先はNASAのサイトにある1993年と2000年の写真。過去一世紀の間に雪が80%失われ、2015年には消滅するのではないかと予測している。グリーンピース・ジャパンのサイトにもページがある

WorldChanging というブログで知った。そこに付けられたコメントによると、地球規模の温暖化だけでなく、近隣の森林の伐採や降水量なども要因となっているようだ。

小説家の Michael Crichton が最近、地球温暖化は心配するに値しないとする小説を書いたそうで、その中でもキリマンジャロの話が出てくるらしい。彼が文脈を無視して小さな事実を針小棒大に引用するなど典型的な「否定論者」のやり口で論を進めていることをボストングローブ紙の記事が明らかにしている。

WorldChanging の記事には、なぜか電子化された Ernest Hemingway の短編 The Snows of Kilimanjaro のテキストへのリンクがある。たぶん著作権の問題がある。

2005年 3月 18日 午前 10:59 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.17

法人化後の学長選考

岡山大学に勤める友人から電話があった。岡山大学では、3月15日に次期学長選考のための学内意向聴取(投票)が行なわれ、16日に学長選考会議が「学長適任者」を決定したが、そこでは投票の最多得票者ではなく、2位の現職の理事(副学長)が選ばれたらしい。

私は各候補の主張を知らないので、どんな人が選ばれたのか、選ばれなかったのかについては何も言うことはない。私の友人はよくも悪くも「ノンポリ」なのだけれど、現在の体制に対する批判票のほうが多かったにも関わらず、現執行部の中から新学長が選ばれたことにかなりの落胆を感じているようだった。

東北大学が学長選を廃止したのに続く大きなショック、ただし国立大学の法人化と真剣に闘った人々にとっては、どちらも予想通りの出来事である。

私が今いる名古屋大学では、法人化直前に総長選考があり、その時用いられた暫定的なルールでは投票の有資格者が教授のみにされてしまったため、助教授、講師、助手の有志で自主投票を実施し、抗議を表明した。やっている時には、こんなことやって本当に意味があるのかなぁ、とかなり懐疑的だった(呼びかけ人がそんなことでいいのかというツッコミは甘んじて受けよう)のだが、ごく最近、あらためて法人化後の体制に沿った選考のルールが決められた際、助教授以下の教員は再び投票に参加できるようになった。そして、名大の新しい規定では、総長選考会議は投票の結果をもとに総長候補者を決定することを明記している。あの時、はっきりと意思表示をしたことが実を結んだのである。

ここで述べてきたことは、無味乾燥な標語にしてしまえば、ずっと簡潔に表現できる。曰く、「法人化によって経営の圧力が強まり、自治が脅かされる」、「あきらめずに闘うことが大切だ」、等々。しかし、そういった標語だけでは運動は広がらない。それは大学のことであれ、広く社会のことであれ、同じだ。私は幸いなことに、それらの標語の意味するところを身体化することができた。と同時に、それを効果的に伝えていかなくてはいけないという責任を私は負ったことになる。

2005年 3月 17日 午前 12:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.16

十(あるいは二十六)の忘れられた危機

3月10日に発表された FACTSHEET: AlertNet top 10 'forgotten' emergencies ― ロイターの AlertNet が世界の人道団体等に対して行なったアンケート結果。もっとメディアが、そして人々が、注目すべき世界の危機を挙げている。記事には、それぞれの問題についてのリンク集がある。

  1. コンゴ民主共和国 ― 近隣諸国を巻き込み、1998年以降、380万人(一説には500万人)が死んだとも言われる。現在も330万人が支援の届かない状態に置かれている。
  2. ウガンダ ― Lord's Resistance Army というカルトが北部で蜂起して18年。10万人が死亡、3万人が拉致、主にAcholiland地方の180万人が家に住めずに避難民キャンプに居住している。
  3. スーダン ― Darfur では過去1年で7万人(国連からの最新の数字では、18か月で18万人)が殺害され、200万人が家を追われている。400万人に支援が必要。南部では、21年間続いた内戦で200万人が死亡、550万人以上が家を追われた。Nuba 山地、Southern Blue Nile、Abyeki などでも緊張が高まっている。
  4. AIDS ― 4,000万人の HIV 感染者のうち、3分の2がサハラ砂漠以南のアフリカに居住。中国やインドでも感染が急速に広がっている。
  5. 西アフリカ ― リベリア、コートジボアール、シエラレオーネでの紛争。シエラレオーネでは人口の半数が家を追われている。
  6. コロンビア ― 40年に及ぶ紛争で、300万人が家を追われている。
  7. チェチェン ― 60万人が国内避難民に、21万人が国外への難民となっている。
  8. ハイチ ― 人口の55%が一日1ドル未満で生活。子どもの42%が栄養不良。HIV 感染率は約10%。ハリケーンによる被害も大きい。
  9. ネパール ― 毛沢東主義の武装勢力との内戦で20万人が家を追われ、支援も届いていない。人口の40%が貧困にあえいでいる。Gyanendra 国王による権力の掌握が紛争を激化させる恐れ。
  10. 感染症 ― マラリアで年間100万人が死んでいる。感染者数は毎年500万人。結核で年間200万人が死んでいる。新感染者数は毎年390万人。デンゲ熱で年間24万人が死んでいる。

 選からもれた「危機」に関する記事もある。

  • ソマリア ― 28万人が国外難民、35万人(人口の5%)が国内避難民。出産婦の死亡率は10万人に1,600人にのぼる。
  • 飢餓 ― 全世界で8億人が栄養失調。エリトリアでは4年連続の干ばつのため人口の3分の2にあたる230万人が援助を必要としている。
  • ビルマ(ミャンマー) ― 政府と少数民族の対立により、200万人が家を追われている。地雷原も多い。
  • ルワンダ ― トゥツィ族へのジェノサイドの中で、HIV 感染が広がった。
  • 自然災害 ― 過去10年間に自然災害で50万人が死に、25億人が影響を受けた。被害の98%は発展途上国のものである。97%は洪水、ハリケーンなどの水害によるもの。
  • フィリピン ― 南部のムスリムによる蜂起で、12万人が死亡。家を追われた者は100万人にのぼる。
  • 貧困 ― 13億人が苛酷な貧困にあえいでいる。30億人は一日2ドル以下で暮らしている。サハラ砂漠以南では、毎日15,000人の子どもが貧困が原因で病死している。
  • 水不足 ― 安全な飲み水が確保できない人が11億人いる。2020年には、水不足の被害は23億人まで増えると考えられる。アフガニスタンでは安全な飲み水が手に入るのは人口の3%に過ぎない。
  • 対外債務 ― サハラ砂漠以南諸国からG7諸国や世界銀行などに対し、毎日3,300万ドルの返済が行なわれている。
  • 西サハラ ― モロッコと遊牧民の Saharawi 人の間の紛争でアルジェリアへの難民流出が続いている。
  • 人身売買 ― 毎年60万から80万の人が意志に反して国境を越えているとの推計がある。タイ、ガボンなどで子どもの被害が大きい。
  • アチェ ― 30年近く続く内戦でインフラが破壊されている。津波によって40万人が家を失い、マラリアやはしかなどに感染する危険がある。
  • モンゴル ― 厳冬と夏の干ばつの連続(dzuds)によって、遊牧に壊滅的な被害が出た。人口の3分の1、都市部では7割が貧困世帯。
  • チェルノブイリ ― ベラルーシ、ロシア、ウクライナでの健康被害が続いている。
  • インド ― 地下水のフッ素汚染で2,500万人が被害を受けている。西ベンガルで1,300万人がヒ素汚染の被害を受けている。
  • 妊娠に関わる死 ― 妊娠出産に関連して毎年50万人の女性が命を落とす。シエラレオーネやニジェールでは、産婦の死亡率は8人に1人にものぼる。

自分がこれらのリストに載らないことの幸せをかみ締め、責任を思い出す。

2005年 3月 16日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.15

ストックホルム・アピール

私たちは諸国の住民に対する威嚇と大量殺戮の兵器である核兵器の完全禁止を要求します。
私たちはこの禁止措置の実行を保証する厳重な国際管理の確立を要求します。
私たちは、どんな国に対してであれ、最初に核兵器を使用する政府が人道に対する罪を犯す者であって、戦争犯罪人として取り扱われるべきだと考えます。
私たちは世界中の善意の人々に対して、このアピールに署名することを呼びかけます。

1950年3月15日から、平和擁護世界委員会(Conseil mondial de la Paix) という大会がストックホルムで開かれ、19日、上記の「ストックホルム・アピール」という宣言が採択されたらしい。そして、半年あまりで全世界から5億筆にのぼる署名が集められたそうだ。当時の世界の人口が25億人であるから(署名が旧共産主義国にかなり偏っていたとは言え)、今から考えれば、驚くような数字である。これがその年に勃発した朝鮮戦争での核兵器の使用を抑止する大きな力になったことは想像に難くない。

このストックホルム・アピールから半世紀以上が経ち、私たちはインターネットという高速で双方向の通信手段を手に入れたが、そこで行なわれている議論の何と稚拙で“ちっぽけ”であることか!

2005年 3月 15日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.14

ジジェクの全体主義論

The Two Totalitarianisms ― London Review of Books に掲載された Slavoj Zizek のナチズムとスターリニズムに関する論考。非常に重要な論点を含んでいるので、少し長めに論旨を要約する。

スワスティカなどナチのシンボルを禁止しようという声に対し、欧州議会の保守勢力(主に旧共産圏の議員たち)が、赤い星など共産主義のシンボルも同様に禁止されるべきだという要求を出した。これは軽くあしらわれるべきではない。なぜなら、これはヨーロッパのイデオロギー的なアイデンティティが変化しつつあることを示しているからだ。

ナチズムの罪を相対化してスターリニズム(もしくはソビエト共産主義)と同列に扱う、あるいは共産主義への反動としてのみナチズムを捉えようとする歴史修正主義的な考えは誤っている。 Ernst Nolte のような歴史修正主義者は、共産主義とナチズムとが同じ全体主義的な形式を備えており、二者の間の違いは「階級の敵」の構造的位置に「ユダヤ人」が代入されたに過ぎないと主張する。これに対し、ジジェクは、構造は保持されたのではなく、置き換えられたのだと考える。政治的な闘争が人種的な闘争に。階級の拮抗が「他者(ユダヤ人)」による侵略に。階級間の敵対関係は社会に内在するものであるが、ファシズムはこの基本的な構図を隠蔽してしまう。

スターリニズムの下では反体制派が「ソ連政府は社会主義をねじ曲げている」と批判したが、ナチズムの世界では「人間の顔をしたナチズム」を提唱する者はもちろんいなかった。このことだけでも、「中立的」に、両者を同等の悪と見なすことの誤謬が明らかになる。ナチズムが絶対的な悪であったのに対し、共産主義は“失敗”したのである。

しかし今は、修正主義の時代である。2003年にベルルスコーニ首相が「ヒットラーやスターリン、サダム・フセインと違ってムッソリーニはだれも殺さなかった」と述べて批判を受けたが、そのような発言が出るのも、その潮流の一つの現われに過ぎない。ファシズムへの反省に基づいて構築されてきたヨーロッパのアイデンティティが塗り替えられようとしているのである。

以上がジジェクの主張のやや詳細な(しかし単純化を施した)要約である。ナチズムにおいて、共産主義の構造の要素が変更されたのではなく構造そのものが置き換えられたのだという論点は核心を衝いたものだと思うが、理論的な適切さはともかく、この論が広汎な支持を得るかを考えると、私は悲観的にならざるを得ない。ジジェクの議論の弱さは、善意をもって、ナチズムとスターリニズムを同じ抽象度において分析していることにあるのではないか。総じて、ナチズムをはじめとする人種差別的な思考の持ち主は、人種や民族、社会や国家といった概念を極めて実体的、具体的な所与として認識しているように思われる。そのような人たちには、ジジェクの差し出す基本構図自体が全くもって理解不能で、何らの説得力も感じられないだろう。そして、時代の流れに抗するためには、そのような人たちにも分かるような形で彼らの過ちを糾す必要があるのだ。

2005年 3月 14日 午後 07:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.13

インドネシア政府がニューモント社を提訴

Indonesian Government Sues Newmont Mining over Pollution of Bay off Sulawesi Island ― 3月11日付けのAP電。初めて見る Environmental News Network というサイトで掲載されているものにリンクをはってみる。

スラウェシ島ブイヤット湾での汚染に関し、インドネシア政府が PT Newmont Minahasa Raya に対して1億3,360万ドルの補償を求めて南ジャカルタ地方裁判所に提訴した。

ニューモント社の金採掘によるBuyat湾のヒ素・水銀汚染に関しては、今年に入ってから少し目を離していました。反省。過去の経緯に関しては、以下の記事をご参照ください。

2005年 3月 13日 午前 10:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.12

シナイ写本の電子化

たまたま目に留まったアルゼンチンの Clarín 紙の記事:Digitalizarán la Biblia más antigua del mundo ― 世界最古(4世紀)の聖書の写本で、イギリス、ドイツ、ロシア、エジプトに分散してしまっている「シナイ写本」(Codex Sinaiticus)の電子化が大英博物館で始まるという話。4年かけて電子化してインターネットで公開するとある(と思う。英語でも使われるラテン系の単語ばかりだったので、分かった気になっている。小説なんかだと、こうはいかない)。

大英博物館のサイトでは、関連する求人広告はあるが、この計画自体に関する記述は見あたらない。4年後にはこのへん("Treasures in Full")で写本を見ることができるようになるのだろうか。

2005年 3月 12日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.03.11

ポタラ宮殿の3月10日

「祈祷と朝食を終え、早朝の静かな朝の光を浴び、庭園に散歩に出た私は、遠くから上がる叫び声に驚かされた。すぐ邸内に入り、人をやって喚声が何なのか調べさせた。帰って来た使いは、ラサ市内に人が溢れ、こちらに向かっている。彼らは中国人の手から私を直接守ろうと決心しているようだと報告した。人数が次第に増え、あるものは1団となって離宮の入り口を固め、あるものは周囲をパトロールし始め、昼までにはその数はおよそ30,000人にも達していた。」

ダライ・ラマ法王が著した1959年3月10日」のページより。この日、ラサのチベット人たちが中国の占領に抗議して蜂起した。鎮圧の過程で、8万人を超すチベット人が中国人民軍によって殺害されたという。民族蜂起46周年記念日にあたり、ダライ・ラマが声明を出している(ダライ・ラマ法王日本代表部のサイトでは、1992年以降の毎年の声明を読むことができる)。

インドの rediff.com の短いニュース記事を読まなかったら、私はこの日のことに全く気づかずに過ごしていただろう。彼がラサに戻れる日が一日でも早くやってくることを祈る。

以前に書いた関係のある記事:

2005年 3月 11日 午前 12:04 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.10

今、フランスの高校生たちが熱い!

165.000 lycéens défilent dans toute la France ― 保守的な Jean-Pierre Raffarin 首相、François Fillon 教育相の内閣が推し進めている教育改革に反対して、フランス各地で16万を超える高校生が抗議行動を行なったことを伝える仏リベラシオン紙の記事。

まず、多数の高校生が街に出て活発に与党の政策批判の行動を行なっていることに驚いてしまう。例えば日本の国立大学法人化にしたって、それがどのように大学教育を歪めるかは分かっていたのに学生主体の反対運動がほとんど起こらなかったこと(あるいは、今の問題である運営費交付金の削減や、その結果である学費の値上げに対してほとんど学生から抗議の声があがっていないこと)と対比して見てしまうのは酷だろうか。

実は、この記事を書くのには、かなりのためらいがある。私はこのニュースの背景をよく知らないのである。2月に10万人超の規模のデモがあり、その結果、主な争点であったバカロレア資格試験の改革を政府に棚上げさせることに既に高校生たちが成功したことは知っていた(朝日新聞の記事World Socialist Web Site の記事)。今回、高校生たちは法案の白紙撤回を求めて抗議行動を続けているようであるが、私はその法案の全体像を私は把握していないので、運動の主張について立ち入った論評はできない。運動の持続力にただ驚くばかりである。この中から強い指導者が現われたり、エポックを画するような意識が生まれたりすることを予想させられる。

高校卒業資格(baccalauréat, "bac")に内申書点を含めるか否かといった具体的な争点と違って、今、日本で経済界からの圧力で行なわれようとしている新自由主義的な教育「改革」や教育基本法の「改正」は、教育を受ける側(生徒、学生)にはその影響の感覚を身体化することが確かに難しいかもしれない。それでも、教育の問題は「大人」たちあるいは政治家たちだけが論じるべき問題ではなく、彼ら彼女たちにとって「自分」の問題であるはずだ。

2005年 3月 10日 午前 12:00 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.03.09

ジュリアーナ・スグレナさんの手記

My truth ― イタリアの新聞 il manifesto 紙に掲載されたGiuliana Sgrena さんの手記(英訳。CNNにも転載されている)。別の英訳が Z-Net にもある。スグレナさんは、イラクで武装グループから解放された後、路上で連合軍兵士から銃撃を受けて負傷した。空港から1kmのところで突然銃撃され、彼女をかばおうとした Nicola Calipari さんが一瞬にして息を引き取ったと書かれている。彼の冥福と、残された家族や友人たちの心の平安を祈る。

手記の後半(CNN による日本語訳にはこの部分がない)は拉致されてから解放される朝までの描写である。スグレーナさんは、武装グループが彼女を殺そうとする気配はなかったこと、彼女が解放された後にありのままを話してくれそうだからこそ拉致したと言われたことなどを語った後で、戦争がイラクの人々の心を殺伐として閉ざされたものにしてしまった現実に直面し、危険を冒し報道を続けてきた自分の努力が無駄に終わってしまったのだろうかと問うている。

それは違う。彼女の努力はまだ実を結んではいないかもしれないが、きっといつの日か、この戦争の真実をイラクの人も世界の人も共有する時が来るはずだ。彼女の仕事は、それを築くための大切な煉瓦の一つだ。

2005年 3月 9日 午前 01:11 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.08

犬か、ベンツか、クルーズか

犬を一生涯面倒を見ると、その費用はベンツを買ったり世界一周クルーズに行ったりするのより高くつくという英テレグラフ紙の記事。1英ポンド=200円として、犬一匹の一生涯にかかる費用は平均400万円。約8割の人が、そんなに費用がかかるとは思わず飼い始めると言う。

犬の種類によって費用も違う。グレートデーン犬は平均寿命10年で総額636万8,000円。二位はロットワイラー犬で486万8,000円。一番安上がりなのはジャックラッセル犬で、平均12年生きるが、349万5,200円しかかからない。

調査を行なった保険会社のサイトを見てみた。やっぱり。犬がマスコットキャラクターである。案の定、ペットの保険もやっている。

私には犬だとピンと来ないので、猫に関するページを見てみた。年間の費用の内訳が載っていた。

 

品目 年あたりの費用
食費 42,120円
備品等 83,400円
医療費 18,400円
ペットホテル (2 週間) 32,200円
留守時の手伝い依頼 (長めの週末など) 9,600円
毛のお手入れ (年4回) 12,000円
保険料 10,842円
総額 208,662円

平均寿命13年として、一生涯で271万2,606円だそうである。犬よりかなり安いが、それでもずいぶん高いように思える。イギリスって、ものすごく物価が高いのだろうか。それとも調査対象が溺愛的な愛猫家だったのか。よく分からない。

可哀想に、うちの恩姫ちゃんは、こんなにお金をかけてもらっていないと思う。

2014年3月17日追記:文中に登場する保険会社の要請により、リンクを更新しました。

2005年 3月 8日 午前 12:01 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2005.03.07

奴隷

「奴隷のような苛酷な境遇」、「奴隷のようにこき使われる」、等々。 私にとって、「奴隷」という言葉は遥か昔の歴史を語るためのものである他には比喩の媒体としてしか存在していなかった。

Niger cancels 'free-slave' event ― アフリカ中西部のニジェールで「奴隷解放」の式典が中止されたという BBC の記事。ニジェールでは2003年の5月に「奴隷の所持や売買」を禁止する法律が施行された。現在でも約43,000人が「奴隷」であると考えられるという。この記事のリンク集からたどり、Anti-Slavery International というサイトを見た。ニジェールについてはこのページを参照。現代に(というか、さらに焦点を絞って、現在)、奴隷と呼ばれる人たちが実在することを知るのは、私にとって大きな衝撃だった。

敷衍して考えてみれば、日本における人身売買の実態をアメリカ国務省の Country Report on Human Rights Practices (Japan) が指摘したことも記憶に新しい。同様な趣旨の米国務省の人身売買報告書の日本に関する項目が日本語で読むことができる。

2005年 3月 7日 午前 12:05 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.03.06

カティンの森

Poles mark Stalin's Katyn Forest massacre ― ワルシャワで開かれた「カティンの森の虐殺」追悼集会のようすを伝えるAP電。

1940年の春、ベラルス国境近くのロシアの都市スモレンスクにほど近いカティンの森でポーランド人捕虜数千人が射殺された。他の数か所と合わせ、2万人を超えるポーランド人がロシアの諜報機関によって殺害されたらしい。スターリン政権下でのこの虐殺は、長い間、闇に埋もれたままにされてきたが、ペレストロイカの時代になって、虐殺を命じる文書が公開された。

追悼集会が開かれた3月5日は、スターリンの側近ペリアが虐殺の命令を出した日である。文書の英訳へのリンク。公開された文書はこれらしい(エンコーディング指定をキリル文字にしないと文字化けするかもしれません)。3枚目の写真の中程に «высшей меры наказания - расстрела» (極刑―銃殺)とある。

記事は、65年前のこの虐殺について、ポーランド人がロシアに対して真相を究明し罪を認識することを求め、カティンの記憶が永遠に残ると語っていることを伝えている。戦争の傷跡は、特に被害の歴史は、そう簡単には消えないのだ。加害者は振り返ることを拒み、忘れようとするけれど。

2005年 3月 6日 午後 02:25 | | コメント (3) | トラックバック (2)

2005.03.05

北京+10

Beijing +10 Conference: Forty-Ninth Session of the Commission of the Status of Women ― 1995年に北京で開催された第4回国連世界女性会議から10年。この間に世界の女性は自由で平等で平和な生活をどれくらい勝ち取ることができたでしょうか。その検証のための国連会議が開催されています。

北京の会議では、保健衛生の充実、教育機会の拡大、所有や相続における平等などの実現を各国政府に求める包括的な行動綱領が採択されました(国連サイトの英語原文)。そこに示された戦略目標の多くは実現されずにあります。女性に対する暴力や HIV/AIDS のような健康面での問題は拡大したと言えるかもしれません。

US Drops Anti-Abortion Line at UN Women's Meeting (ロイター電)によれば、保守的な合州国政府による「中絶は女性の権利ではない」とする提案が、合州国以外のすべての国の反対によって否決されたとのことです。中絶であれ避妊であれ、「産まないこと」を女性が選択できることの大切さはワシントンポストによるスーダンからの報告(社会や家族から度重なる出産を強いられ、妊産婦の16人に1人が命を失うそうです)などからも明らかです。

2005年 3月 5日 午前 12:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.04

貧困の影

UNICEFChild Poverty in Rich Countries 報告書を読みました。豊かな国に広がる貧困。日本では平均の半分以下の所得しかない家庭に育つ子どもが14.3%いるそうです。アメリカやメキシコの20%台よりは少ないですが北欧諸国の5%未満という数字には遠く及びません。

14.3%という数字が大きいのか小さいのかを考えるにあたり、報告書からグラフを一つ引用します(報告書の内容は出典表示― UNICEF, 'Child Poverty in Rich Countries, 2005', Innocenti Report Card No.6., UNICEF Innocenti Research Centre, Florence.―の条件で自由に複製が認められています)。

縦軸は、上へ行けば行くほど貧困の度合いが大きく、横軸は、右に行けば行くほど社会保障関連の財政が手厚いことを示しています。こうやってみると、日本は非常に手薄な社会保障体制で貧困をそこそこ防ぐことに成功していると言えます。逆に言えば、もう少し手厚い保障をすれば、劇的に貧困を押さえ込むことができるはずです(このグラフに関して特に「日本では時に雇用主によって社会的な援助が行なわれるので、実質では助成額はずっと高くなるはずである」という注が付いていますが、具体的に何を指し示しているのか分かりませんでした)。 

報告書はまた、90年代に日本では貧困率が2.3%上昇したとしています。ユニセフの貧困の定義(その国の平均所得の半分以下)は相対的ですが、絶対的な値ではどうでしょうか。厚生労働相の統計を使って、所得層の推移をグラフにしてみました(厚生統計要覧の第1-58表Excelデータを加工)。世帯の所得を200万円ごとに層に分けてみます。が低所得層(400万円未満)、が中所得層(400万円から800万円)、が高所得層(800万円以上)です。高所得層が減り続け、中所得層が横ばいの中、低所得層が増加傾向にあるのが分かります(やっている本人は大まじめですが、きっと多くの人には“今さら”な統計ですね、これ)。

各年度の平均所得と中央値(どちらも万円)は以下のとおりです。もっと新しい数字がどこかにあるのかもしれません。見たいような、怖いような。

年度 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
平均値 661.2 657.7 655.2 626.0 616.9 602.0 589.3
中央値 540 536 544 506 500 485 476

2005年 3月 4日 午前 12:01 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2005.03.03

盧武鉉大統領の演説

韓国の盧武鉉大統領が3月1日に行なった演説の英訳全文(韓国語原文はこちら探し方が悪いのか、日本語訳全文は見つけることができませんでした)。

ビミョーな時代にビミョーな発言であると言えるのかもしれませんが、私は、素直なとてもいいスピーチだと思います。謙虚に耳を傾ける必要を感じます。ちょっと不躾な言い方になりますが、国民への実質的な約束もなく日本への具体的な糾弾も含まれていないのですから、それなりに親しく感じている友人の間の誠実かつ率直な提言として落ち着いて読まれるべきだと思うのですが、どうも受け取る側はピリピリしすぎているような気がします。ネットでくだを巻いている人たちはさておき、小泉首相も「国内事情を考えながらの発言だろう」と言って取り合わなかったようですし、昨日の全国紙社説では朝日しかこの演説を取り上げておらず、その朝日も、非常に否定的な評価を下しています。

盧大統領の 

「日本の理性に訴えます。真の内省に基づき、二国の間の深い感情的なわだかまりを取り除き、傷を癒すための第一歩を踏み出さなくてはなりません」

という声は、残念ながら日本の良心には届かなかったようです。

とても共感する記事を GAKU さんという方の Internet Zone::Movable TypeでBlog生活に見つけました。トラックバックを送ります。

と書いたところで、GAKU さんの別記事経由で日本語訳全文を知りました。

2005年 3月 3日 午前 12:01 | | コメント (17) | トラックバック (6)

2005.03.02

ウルグアイ

正式名称は「ウルグアイ東方共和国(República Oriental del Uruguay)」と言うのだそうです。アルゼンチンとブラジルと大西洋に囲まれたその国で、3月1日、史上初めて、左派の大統領が誕生しました(AP電)。

Tabare Vazquez 大統領は、社会党、共産党などからなる拡大戦線(Frente Amplio)の候補として、昨年10月の大統領選で与党候補を破って当選。ブラジルの Luiz Inacio Lula da Silva 大統領、ベネズエラの Hugo Chavez 大統領、アルゼンチンの Nestor Kirchner 大統領などに続くラテンアメリカの左派政権の発足です。南アメリカでは、合州国離れが確実に進んでいるように見えます。

正直なところ、ウルグアイというのは、私には全くなじみのない国です。調べたことをメモしておきます。

Lonely Planet によると、読むべき作家は José Enrique Rodó (1872–1917)、Juan Carlos Onetti (1909-1994)、Mario Benedetti (1920-)。ロドは、Ariel というエッセイ集の英訳抜粋がありました。合州国について一世紀前に次のように書いています:

(合州国は)その偉業と、その基となった大いなる意志の力にも関わらず、またあらゆる分野での物質的な成功における比類なき勝利にも関わらず、その文明自体がかもし出す印象が不十分さと空虚さであることもまた事実である。

ベネデッティについては、"Réquiem con Tostadas" という短編の英訳がありました。すごく読ませます。お勧めします。 

2005年 3月 2日 午前 12:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.01

何を隠しているのだろう

What Are They Hiding in Samawah? ― Voices in the Wilderness に掲載された Christian Peacemaker Team の Peggy Gish さんによるサマワの自衛隊駐屯地訪問記。

自衛隊は他の国の軍隊に比べ地元の市民との間の問題が少なかったので、その秘訣を知りたいと思って赴いたが、何も取材ができなかったらしい。

「我々が原稿に目を通して許可しなければ、取材内容は公表してはならない。記者登録が承認されてからでなければ質問にも一切答えられない」と言われ、7ページにわたる特派員身分証明申請書(Application for a JSDF Accredited Correspondent ID Card)を渡されたと言う。申請書の中には、地元住民の自衛隊への信頼を低下させるおそれのある情報を公表してはいけない、という項もあった。

ある兵士との雑談の中で、憲法第九条とのかねあいで駐屯についてどう思うかと聞いたが、答えてはくれなかったらしい。個人的に話せないかと聞いたら、「日本兵の声は個人の声ではなく公の声だから」と言って、応じてくれなかったそうだ(ふと、靖国神社に行く首相もそのくらいの覚悟を持ってほしいものだと思ったりする)。

ギッシュさんの記事は、極めて素朴な疑問と感想で終わっている。

もし彼らのやっているのが再建であるなら、なぜやっていることを隠す必要があるのだろう。いったい何を隠しているのだろうか。いろいろな規則は、私たちが基地に入るのを助けるためのものだと言われたけど、実際は人々を締め出し、真実を中に留めておくためのもののようだった。

苛立ちはよく分かるが、根気強い取材に期待したい。

2005年 3月 1日 午後 03:22 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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