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2005.01.10

スーザン・ソンタグの性

12月28日に Susan Sontag が死んだ。71歳。「20世紀後半のアメリカで最も知的な女性」であって、真摯で、カリスマ的で、評論家であり、小説家であり、… 大手新聞の追悼記事に並べられたそれらの言葉の中に、彼女の仕事を理解するために不可欠な一つの言葉が欠けているとの指摘がなされている。それは、スーザン・ソンタグがレズビアン(もしくはバイセクシャル)であったこと。

Susan Sontag and a Case of Curious Silence ― ロサンジェルス・タイムズに掲載された Patrick Moore さんの論評。Utne の記事で知った。男性が優位で、ヘテロセクシュアルな関係が規範的である社会の中で、さまざまな領域で影響力のある発言をするためには、同性愛者であることを強調するのは得策ではなかったのかもしれないが、その死後に彼女のことを語り、AIDS and Its Metaphors 等の作品を理解するためには、彼女の性的な指向性を避けて通ることはできないと論じている。Moore さんはまた、ゲイの男性がある程度アメリカ社会の中で認知されるようになったのに対し、レズビアンの女性については未だに偏見が強く残っているとしている。

私はソンタグの仕事をよく知らない。紋切り型の反応をすれば、作者の個人的な背景を知ることによって新たな読みが獲得される場合もあれば、背景が無地であるために、より普遍的な価値が見出される場合もあると思う。大切なのは、どのような文脈であれ、読んだものを自分の行動に活かすことだ。

以前書いた記事:スーザン・ソンタグさんの見るアブグレイブの写真

2005年 1月 10日 午前 12:02 | | この月のアーカイブへ

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コメント

うにさんの5月の記事にも反応してしまったわたしですが、スーザンソンタグさんの死亡を新聞で知って、また「他者への苦痛のまなざし」を読んでいます。

タイトルにも惹かれます。イラク戦争やスマトラ沖の災害など、強烈な破壊の映像や写真をみることは、自分の中の「何か」を刺激してやまない。「何が出来るだろうか?」と同時に「どんな風になっているか?」という感覚を覚えて罪悪感を感じたりします。この館感覚のことを、ソンタグさんの本の中でも書かれていますが。

つたえるためにビジュアルは大切ですが、その怖さもあると知らされました。

でもうにさんのブログには、いつも教えられます。「考えなさい」というヒントがいっぱいで。

投稿: pianocraft | 2005/01/10 23:59:47

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