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2004.11.30

けちなやつ、臆病なやつ

ケニアのナイロビで、対人地雷廃絶のためのオタワ条約を検証する国際会議(The Nairobi Summit on a Mine-Free World)が始まったらしい(BBC の11月29日の記事毎日新聞の28日の記事)。

ところが、アメリカはこの会議をドタキャンしたらしい(VOA の26日の記事、紙の朝日新聞には29日の国際面に報道あり)。

合州国は対人地雷による民間人被害を食い止めるという取り組みには賛成するものの、会議にオブザーバを参加させるだけでも国連の取り決めに従って会議の経費の5分の1を負担しなくてはならないことを嫌ったのだそうである。「会議参加国の働きに拍手を送る」とある。

なんか、人の癪に障ることを言って楽しんでいるような気がしないでもない。

VOA の記事によれば、合州国は1993年以来、対人地雷除去に10億ドルを拠出しており、90年代半ば以降、地雷による被害が半減していることに多いに貢献していると主張している。その一方で、クリントン政権が2006年までに対人地雷の使用をやめるという方針を打ち出していたのにも関わらず、ブッシュ政権は2004年2月に、対人地雷の使用は防衛に不可欠であるとして、その期限を2010年まで先延ばしにした上、自動的に信管の外れる“賢い”対人地雷はその後も使用し続けると方針転換したそうである。この自滅装置は数時間後や数日後に発動するようにセットできるので、紛争終了後に民間人に被害は出ないという言い分である。

ピンポイント爆撃並みの説得力に感服してしまう。読めば読むほど腹立たしくなって来る。その苛立たしさをお裾分けしてしまいました。すみません。

Landmine Monitor Report 2004

対人地雷に関しては、Landmine Monitor地図のページがとても分かりやすいと思いました(例えば、東アジアでは中国も韓国も北朝鮮もオタワ条約を批准していないことが一目で分かります。アメリカばかりに腹を立てていてもしかたないのかもしれません)。上に掲げたLandmine Monitor 報告書の表紙画像へは、このページの指示に従ってリンクをはりました。

2004年 11月 30日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.29

ウクライナの選挙学

“選挙学的な(psephological)”という形容詞を初めて知った。

US campaign behind the turmoil in Kiev ― 英ガーディアン紙の分析記事。ウクライナの大統領選挙にアメリカからの大規模な梃子入れがあったことを論じている。アメリカの望まない政権(クチマとその後継を狙うヤヌコビッチ)を倒すために、合州国政府の肝煎りで選挙のプロが多数送り込まれた。このような工作は、2000年のセルビアでミロシェビッチを、2003年にグルジアでシェワルナゼを倒すために用いられた(ベラルーシでもルカシェンコ政権打倒を試みたが、これは成功しなかった)。セルビアではOtpor (抵抗)という学生運動が、グルジアでは Khmara、ベラルーシではZubr、ウクライナでは Pora (潮時)という運動が組織された。このような分かりやすい短い名前を若者の運動につけたり、キャッチフレーズを作ったり、ステッカーやウェブサイト、街頭での皮肉劇などが効果的に用いられ、世論調査をもとに野党の統一候補を擁立する。投票日には出口調査を行ない、政府側の不正行為を監視する。政府側が不当に勝利宣言をした場合は、冷静に、しかし大規模な不服従行動をおこし、平和的だが政権を暴力的な弾圧に誘い込むぎりぎりのところまで持ってくる。

工作には米民主党の National Democratic Institute、共和党の International Republican Institute、米国務省、USAID、NGO の Freedom House、資産家ジョージ・ソロスの Open Society Institute などが関わっているという。今回、ウクライナでは総額にして1,400万ドルが投じられた模様(セルビアでは4,100万ドルが使われたという)。

ソビエト後の世界で、アメリカの次の目標はモルドバと中央アジアの強権的な政権だろうと、この記事は結んでいる。

先週の木曜日に、一年前から日本に滞在しているキエフ出身のウクライナ人の学生に会った。長い話はできなかったのだけれど、彼女はなぜあんなに大きな騒ぎになったのか分からず戸惑っていると、そして自分は「ロシアのほうにもヨーロッパのほうにも行きたくない」と言っていた。彼女はまた、選挙結果にあらわれたようにウクライナの東部と西部では考え方が違うということには同意していた。だからもし、選挙が予想通りの結果だったというのであれば、アメリカの戦術は十分に成功したとは言えないのかもしれない。

選挙の“応援”というのは、軍事的な介入などよりはずっと穏便なやり方だ。歓迎すべきものであるとは思えないけれど。さきの日本の総選挙でも話題になった“属国”というキーワードは、あながち的はずれではなかったようだ。

2004年 11月 29日 午前 12:06 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2004.11.28

意見広告、職場集会

以前、私が組合の執行委員をしていた時の仲間たちは、今もそれぞれ、真摯に世界の問題と向き合っている。一人は12月2日の毎日新聞朝刊に掲載予定の自衛隊派遣打ち切りを訴える意見広告の呼びかけ人に名を連ねている。彼からのメールにはこう書かれていた:

来る12月14日は、自衛隊の派遣を延長するか撤退させるかを決めるために、政府自身が設定した機会です。これ以上、悪慣れを見過ごしてはならない。このチャンスを逃してはならないという思いから参加することにしました。

私も送金した。もしあなたがイラク派兵に終わりを望むなら、もしあなたが派兵によって自衛隊員が危険にさらされ、また、ほかの多様な人道支援が困難になっていると思うなら、ぜひこの意見広告に名を連ねてほしい。

もう一人の仲間は、イラクから研修に来ている医師を招いて昼休みの職場集会を企画している。そのポスターを送ってくれた。

私の生への希望は、こういう仲間たちの力に支えられている。私もしっかりしなくては。

2004年 11月 28日 午前 02:38 | | コメント (1) | トラックバック (5)

2004.11.27

ジュゴン保全の勧告が出た

断崖絶壁で殺人が行なわれようとするちょうどその時、駆けつけた探偵が殺人に至る経緯についての推理を犯人に聞かせる。悔悟した犯人は、遅れて到着した警察に静かに自首する。テレビのサスペンスドラマだったら、そんな“危機一髪”のタイミングだ。

絶滅が危惧されている沖縄のジュゴンの保護に関する勧告がIUCN(世界自然保護会議)総会で採択された。

ジュゴン生息海域における軍民供用空港建設計画に関する環境アセスメントでは、ゼロ・オプションを含む複数の代替案を検討すること、また、ボーリング調査、弾性波探査などの事前調査も環境アセスメントの対象にすること

を明示的に求めている。勧告の日本語訳はWWFジャパンのプレスリリースで読むことができる。

IUCN 勧告には法的な拘束力はないものの、政府には辺野古沖でのボーリング調査について、現状のままでは実施してはならないという道義的な責任が生じたことになる。調査の即時中止を強く防衛施設庁に求めたい。沖縄タイムスの記事琉球新報の解説記事などを参照。

もちろん、ドラマのように丸く収まるかは、予断を許さない。 

2004年 11月 27日 午前 02:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.11.26

ダライ・ラマは語る

A Conversation with the Dalai Lama ― 10月に TIME 誌に掲載された、ダライ・ラマのインタビュー。Canada Tibet Committee のサイトに再録されている。ダライ・ラマの日本のサイトにはまだ収録されていない。

中国による統治のもとで、経済的には潤ったが、文化的な伝統や宗教の自由、環境は危機に瀕しているチベットの現状を、「ダライ・ラマ13世が20世紀初頭に中国を訪問した時、中国には大きな満族のコミュニティーがあった。皇帝が満人でさえあったのだ。ちょうど50年後に私が中国を訪れた時には、満族のコミュニティーはもう存在しなかった。完全に漢族に同化されてしまったのだ。その危険は(チベットでも)大きい。そういう意味でチベットの展望は絶望的だ。だから私たちは意味のある自治を得ようと努力しているのだ」と表現している。そして、文化の独自性や環境の保全の保証があれば、分離独立ではなく自治のほうがチベットのためになるだろうと述べている。

自分の死や、彼の死後にダライ・ラマという“生まれ変わり”の仕組みがどうなるかについて冷静に語る彼の言葉は、その政治的、宗教的な内容にも関わらず、いわば“超然”としているように聞こえる。もしかすると、“悟り”とはこういうものを指すのかもしれない。

ダライ・ラマという仕組みが継続されるべきか否かはチベットの人たちが決めることです。チベット人が、そんなものはもう関係がないと思えば、仕組みは途絶え、15世のダライ・ラマはいなくなるでしょう。でも、もし私が今日死んだなら、チベット人は次のダライ・ラマを欲すると思います。生まれ変わるということの目的は、前代の人生の課題を成し遂げるということです。私の人生はチベットの外で過ごされました。だから、私の生まれ変わりも必然的にチベットの外で見つけられることになるでしょう。でも、そこで次の疑問が出てきます:中国がそれを認めるか否か。中国はそれを認めないでしょう。中国の政府はおそらく、別のダライ・ラマを任命するでしょう。パンチェン・ラマの時がそうだったように。そうなると、ダライ・ラマが二人いることになります。一人はチベット人の心のダライ・ラマで、もう一人は公式に任命されたダライ・ラマです。

亡命生活は個人的にどのように負担だったか、という問いに対しては、彼は次のように答えている。

さあ、分かりません。もちろん、私は自分の国を失い、45年以上も無国籍です。しかし、他の民族の伝統など、新しいことを学ぶいい機会が得られたと思っています。その結果、私の中の、一つの教義に囚われない心というのはずっと強くなりました。そのおかげで宗教間の調和には私なりの貢献をすることができました。私のように他の伝統の中に生きる真の友だちを持っている宗教人はめずらしいのではないでしょうか。だから、もしチベットに留まって、ポタラ(宮殿)から双眼鏡でまわりの世界を見ていたなら、これらのことはどれも得られなかったと思います。そして、難民になったために、私はより現実的になりました。私たちの世代は厳しい試練に遭っています。だから、ある意味で、自分たちの内部の強さを見せる最良の機会を得ているのです。物事についてこれは白、これは黒、絶対的に正だ負だなどと言うことはできません。物事はみんな中間色なのです。見方によって大きく変わるということです。西洋においては、一部の人は物事がきっちり分かれているのを好みます。状況が前向きなら、彼らはとても幸せで、少しでも否定的なら、彼らはとても不幸せです。そういうのは、現実的とは言えません。

私の苦しみは、ダライ・ラマの、そしてチベットの人たちの苦しみと比べたら、砂粒のように小さいものであるが、そのような私にも、そして宗教心を持たない私にも、力を与えてくれる言葉である。

2004年 11月 26日 午前 12:15 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.25

ファルージャのモスクで起こったこと

Open Letter to Devil dogs of the 3.1 ― ファルージャのモスクで負傷したイラク人が海兵隊員に射殺されるようすをビデオで撮った Kevin Sites さんのブログの記事(11月21日付け)。

殺害の場に居合わせたことが“特ダネ”だとは全く思っていないこと、自分は「戦争とは、敵に殺される前に敵を殺すことだ」ということを知り尽くしたジャーナリストだから、政治的に利用されないように注意を払い、その海兵隊員がなぜ“殺さなければならなかったか”に関して考えつくあらゆる可能性にも言及しながら報じたこと、そのような可能性を頭に描いても、なお、自分の目撃したことは何かが間違っていると感じた(身動きしない負傷者が差し迫った危険であるとは思えなかった)こと、ビデオの公開にはかなり逡巡したことなどが飾り気のない口調で語られている。おそらく彼に批判的なコメントを送ってきた兵士への公開の返事として書かれている。

ファルージャ攻撃の前に司令官が「俺たちは善良だ。俺たちはアメリカ人だ。紳士の戦争を戦っているのだ。俺たちは人の首を切り落としたりしないから、やつらのように低俗ではない。でも、敵を見つけ、近づき、撃ち殺す訓練を受けてきた18歳の海兵隊員には、(そのように冷静に振る舞うのは)とても難しいことなのだ。それは、23年間軍務についてきた42歳の中佐にもとても難しいことなのだ。彼(俺)も、ずっと以前に同じような訓練を受け、今は千人以上の男たちを指揮し、導き、助言する師として、みんなが善良であり続け、高い道徳を守り続けるようにすることは。」と語るのをサイツさんは聞いたと言う。

振り返れば、その言葉は守られなかったことになるのかもしれない。しかしサイツさんはそれを責めはしない。モスクで起こった虐殺は、彼をも苦しめているのだ。彼は言う:

結局こういうことになる。モスクにいるイラク人があなたにとって脅威であれば、その男はあなたの敵だ。兵士がその男を取り押さえれば、それは兵士の責任になる。その男が私のカメラの前で殺された時、その死をめぐる話を語るのは私の責任になったのだ。戦争の重荷は、あなたもよく知っているように、だれをも容赦しないのだ。

言うまでもなく、戦争への加担(派兵と多国籍軍への参加)をやめさせることができない私たちも、戦争の課す重い責任から自由ではない。

この稿を書いてから、asahi.com にサイツさんのブログに関する記事があることに気が付きました。同じ文章を読んで伝えているのですが、拾う部分が私と全く重なりがないので、ちょっとびっくり。朝日の記事に記されている殺害の経緯は、ビデオのナレーションとほとんど同じで、新しい情報が少ないと思うのですが… 

2004年 11月 25日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.24

ショアーの記録・歴史の忘却に抗する

Yad Vashem, the Holocaust Martyrs' and Heroes' Remembrance Authority ― ショアー(ホロコースト)に関する新しい、非常に包括的なウェブサイト。犠牲者の名前の検索ができるほか、膨大な数の写真や電子化された文書が閲覧できる。民族差別的な思想がどのような現実を産み出すのかを目の当たりにさせられ、戦慄を感じずにはいられない。AP電で知った。

最近のニュースで聞いた言葉を使うなら、これは「鑑」とすべき歴史の記録である。少なくとも日本はユダヤ人のジェノサイドを推し進めたドイツと同盟関係を結んで戦争を遂行していたのであり、また、その戦争努力に大政翼賛的、そして国民的な支持が寄せられていたことも事実である。

だから、私には、「心ならずも戦場に赴き亡くなられた方への哀悼の誠をささげ」云々という小泉首相の靖国神社参拝に関する「持論」とやらは、身びいきで独り善がりな、愚かな発言としか思えない。もちろん、行きたくない戦争に駆り出され死んだ人たちも多くいただろう。それをその家族が嘆く言葉としてなら、このような言葉はいっこうに構わないのではないかとも思う。しかし、侵略戦争を遂行した国家の後継の首相が口にして許される言葉ではないはずだ。

先日トラックバックをいただいた主義者Yさんのブログにトラックバックを送ります。Yさんの記事から私たちはヤド・バシェム博物館 がパレスチナ人たちの土地を奪って建てられたことを学びます。「因果なことだ」―ちょっと投げやりな感想に聞こえてしまうかもしれないけれど、そう思ってしまいます。

2004年 11月 24日 午前 12:13 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2004.11.23

復旧しました

なぐさめてくださった方、いっしょに泣いてくださった方、ありがとうございました。ご迷惑をかけた皆様、すみませんでした。

とりあえず、ルータの修理がなされ、外と通信できるようになりました。実は最初、ルータが壊れているとは思わず、DNSの故障が目に見える以上に広がっているのではないかと絶望的になっていたのですが、サーバ自体はバックアップディスクのクラッシュだけで済んだみたいです。

日曜日の停電はもともと予定されていたものだったのですが、機器を消さずに帰った人が多かったためか、復帰時に負荷がものすごくかかってしまったのだと思います。仕事でネットワークが使えなくなっていたのが半日ちょっとで済んだため、職場の同僚は、「おー、メールが使えないのか。仕事にならないから、帰っちゃおう」「メールを見なくちゃいけないというプレッシャーから自由になるとこんなに楽になるとは思わなかった。気分晴れ晴れ」「おしゃべりを楽しんでいます。ネットがあると、みんなパソコンの前にへばりついていて、こんなことできないものね」など、おおむね和やかな雰囲気でした。あと一日続いていたら、殺気だってきていたのではないかと思いますが…

ネットワークが使えないだけで、日常生活がてんで成り立たなくなるものだなぁ、とつくづく感じました。地震の後、一か月もテントや体育館で暮らしている人はさぞかし大変だろうと思いました。

このところいそがしかったのもあって、弱っている脳にはつらい二日間でありました。というわけで、昨夜より爆睡を続けています。ではみなさん、おやすみなさい。

2004年 11月 23日 午後 02:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.22

なぐさめてください

青空文庫新着情報RSSは、今度こそ本当にお休みです。

RSSを置いてあるサーバの上流のサーバ(DNS)とスウィッチング・ルータが停電で壊れてしまいました(エレベータも)。職場は完全に陸の孤島状態になっています。

2004年 11月 22日 午前 09:37 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2004.11.21

ビルマの囚人釈放の状況

ビルマ(ミャンマー)で服役囚約4,000人の釈放が発表され、これまでのところ、600人ほどの釈放が確認された。このうち、政治囚は14名に留まっている。1980年代の学生運動指導者 Min Ko Naing さんが釈放された。ビルマ情報ネットワーク詳しい情報がある。

発表された釈放は、軍情報局が「不適切に拘束した者」が対象である。政治犯は1,400人程度と言われており(Irrawaddy の記事)、今後、どのくらいの数が釈放されるかが注目される。

Amnesty International は、少なくとも 20 名の良心の囚人が解放されたと伝えるとともに、過去の恩赦で釈放された政治犯の多くがその後に再逮捕、収監されたことに言及している。

2004年 11月 21日 午前 10:14 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.20

ファルージャ/プノンペン

Escape from Fallujah: refugees flood nearby towns ― 英インディペンデント紙の18日付けの記事。ファルージャ(リンク先は地図)の30万人の人口のうち、102,000人が Amiriyah に、50,000万人がバグダッドに、21,600人が Karma に、18,000人が Nieamiyah に、12,000人が Habbaniyah に避難していると伝えている。ユニセフ等の見解として、アミリーヤではテント等の収容設備が全く足りていないこと、ハバニーヤでは水が足りないことを挙げている。ハバニーヤは武装勢力が近隣にいるため、援助団体が近づくことも難しいとされている。政府は、赤新月社が被害を誇張して発表していると非難しており、政府が今まで以上に援助に非協力的になることを恐れ、援助団体は状況の公表に慎重にならざるを得ない状態だとも書かれている。ハバニーヤの状況が極度に悪化していることはイラク軍側も認めている。

Counterinsurgency Run Amok ― Asia Times Online の18日付けの記事。Fallujah に残っている市民は、食料が尽きたため草木の根を食べ、死体を庭に埋めていると伝えている。アラウィ政権は、9月ごろから病院に全く医薬品を搬入させておらず、治療などは全くできない状態である。それにもかかわらず、アラウィ首相はファルージャでは一般市民には犠牲者は全く出ていないと主張しており、国民からの信頼は地に落ちている。アメリカ軍はクラスター爆弾、化学兵器(黄燐)などを使用しているとの情報もある。病院では、分娩を介助中に産婦人科医が拘束されたりもしている。

Asia Times の記事を執筆した Pepe Escobar さんは、記事の中でネグリとハートの新著  Multitude: War and Democracy in the Age of Empire  を引用して、ファルージャの攻撃が、抵抗運動鎮圧という目的を達成するために、その環境(まわりの一般市民社会)を破壊するという手法を用いていると論じている。しかし、市民が攻撃の直接の対象となっていることは、市民の間に憤りを生み、武力闘争への支持を増大させる結果を招いている。

私は武装闘争を無条件で支持はしない。今は抵抗運動であるものが、今後ポルポト派によるジェノサイドのようなものに変質してしまうこともありうると危惧する。ポルポト派の追い風となったのは、アメリカ軍による大規模攻撃に対するカンボジア国民の反発だ。ファルージャへの多国籍軍の攻撃は、それと同様な触媒になりかねない。 

2004年 11月 20日 午前 10:48 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2004.11.19

アメリカ陸軍のマニュアル

米陸軍が10月に編纂したゲリラ対策のマニュアル(PDF、2.9MB)。IraqResistence.net に 11月17日に掲載されたようです。

抵抗運動対策(Counterinsurgency)のマニュアルと言っても、抵抗運動が広まるのを防ぐ情報戦、心理戦とかについてで、「その土地の宗教や文化を知ることが大切だ」「報道関係者と話す場合は、推測などを交えず事実のみを分かりやすい言葉で話すこと」といった調子で、今ごろ配って何になるのだろうという感じです。「拘束した者の取り扱いは人道的に」などとも書いてあります。ここに書いてあることができなかったから、イラクは今の状態に至ってしまったというか、今のファルージャは「抵抗運動対策」ではなく本当の「戦争」だ、ということなのかもしれません。

冒頭の背景説明のところに、

アメリカの戦争の歴史においては第二次世界大戦、朝鮮戦争、砂漠の嵐作戦、イラクの自由作戦などの大規模な戦闘は例外であって、独立戦争以来、陸軍は対ゲリラ作戦などの安定化作戦に関わってきた。過去半世紀だけでも、陸軍は東南アジア(ベトナム、ラオス、フィリピン)、ラテンアメリカ(コロンビア、ペルー、エルサルバドル、グアテマラ、ニカラグア)、アフリカ(ソマリア)、西南アジア(アフガニスタン)、そして現在の中東(イラク)など、対ゲリラ戦を数多く経験してきた。

とあります。あらためて、いろいろなところに出かけていっているものだと驚きました。

合州国は、他の国に代わって戦争に勝ってあげることはできないが、正当な政府が倒されようとしているところを助けることはできるということを繰り返し学んできた。

とも。

イラクの暫定政権が正当なものであるか、イラクの内戦を肩替りして、より熾烈な戦いを引き起し、イラク国民により危険な生活を強いていないか、もう一度しっかりと考えてほしいものです。

2004年 11月 19日 午前 12:04 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.11.18

アマルティア・セン「貧困の克服」

アマルティア・セン(Amartya Sen)の『貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か』(2002、集英社新書)に収録されている四つの文章の原文が以下の URL にあった。日本語版では省かれている参考文献を見ることができる。 

The New York Review of Books の新しい号に、インドと中国の間の思想交流の歴史を主に扱った "Passage to China" という論文が掲載されている。 

2004年 11月 18日 午前 12:02 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.17

現実が予想を追いかけてくる

ファルージャのモスクで負傷した武器を持たないイラク人を多国籍軍の兵士が冷酷に射殺したとのニュースを見て、やりきれない気持ちでいっぱいです。戦争ってこんなもの、こういうことが起こるに違いないと分かっていたから。

6週間前、米英の高官は、ファルージャの武装勢力を手痛い目に遭わせることが、確実に武装蜂起を終わらせ、一月に選挙を実施するための基礎固めになると語っていた。

これは、それ以前にも聞いていたような約束だ。イラクの統治評議会の成立もそのような効果をもたらすはずであったし、サダムの拘束も、主権委譲の時も、同様な触れ込みがなされた。しかし、私たち皆が見てきたように、衝突はますます悪化していった。

英ガーディアン紙の "The final battle" という記事から。攻撃下のファルージャに残った一般市民の惨状や、レジスタンス勢力の大半が既にファルージャ外に出て、他の地域で武装抵抗を広めていること、レジスタンスが米英政府などの分析よりもずっと組織化されたものであることなど、占領や攻撃に反対する私たちが警告していたとおりの展開になってきたようすを記しています。

私たちは「それ見たことか」と言って得意げな顔をしたいのではない。「だから、やめろと言ったのに」と嘆いているのです。悪化を続けるサマワをめぐる状況分析についても同じような嘆息をしないで済むことを切に願っています。

2004年 11月 17日 午前 12:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.16

辺野古沖に作業船入る

お昼のテレビニュースは見られなかったのですが、QAB 琉球朝日放送のサイトによると「国は建設現場となる海底の地質調査にきょう着手する予定で機材を積んだ作業船が現場の海域に入りました。反対派は徹底抗戦の構え」とのことです。NHK は、「現場海域に足場を設置する作業に着手しました。足場の材料を積んだクレーン船1隻は、午前10時ごろ、現場海域の沖合を航行しているのが確認されました。掘削作業は護岸を建設するためのもので、海底を平均で深さ25メートルまで掘ります。このためジュゴンなどの貴重な生物に影響を与えるとして市民グループが反発し、16日も現場近くの漁港で作業の中止を訴えていました。16日の名護市沖は、やや波が高い状態が続いており、那覇防衛施設局は、午後の波の様子を見て作業の手順を決めることにしています。」と伝えています。

昼休みに那覇防衛施設局に電話(098-868-0174)をして、広報の方に状況を聞きました。作業船が大浦湾に入ったが、天候の関係で作業着手には難航している、とのこと。

反対が大きいので作業の中止をお願いしたところ、定型的な答えになるが、施設局は執行機関なので、決められたことを粛々と行なうしかない、という返事でした。県の評価委員会の答申を無視しないことをお願いし、12日付けのジュゴン生息調査が、たかだか1時間の目視であって調査として包括性に欠けるのではないかという意見を取り次いでいただきました。 

2004年 11月 16日 午後 12:48 | | コメント (0) | トラックバック (1)

著作権法パブリックコメント、その後

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

今読んでいる本に憲法第12条が出ていました。特に前半は、このごろの社会の動きを見ていると、いろいろな面で思いをかき立てられる文章です。しかし今日は、後半にある「公共」と「濫用」というキーワードを著作権の話の枕にしようと思って引用しました。

著作権法改正要望事項に対する意見募集(パブリックコメント)の結果が公開されました(結果発表については、The Trembling of a Leaf の記事で知りました。文科省のホームページをぼーっと見ていただけでは、気付きようがないと思います)。先月12日21日にふれた著作権保護期間延長の問題については、「5」の 2.7MB もある PDF を参照。ざっと見たところ、保護期間延長に反対する意見が圧倒的です。(私の意見の貧弱さが際立つので、大久保さん富田さんの意見と比べて読まないようにしてください。) 

ところで、首相官邸のウェブサイトには、英語版では日本国憲法が掲載されているのに、日本語版では憲法の条文が見あたりません(「日本国憲法」で検索しても、100件目までには現われませんでした)。いかがなものでしょう。

2004年 11月 16日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.15

辺野古沖ボーリング調査の行方

普天間飛行場の代替施設建設をめぐり、那覇防衛施設局は早ければ今日(11月15日)にも名護市辺野古沖でボーリング作業(海底の掘削) を開始すると見られています。

先週金曜日に開かれた沖縄県の環境影響評価審査会では、環境影響評価(アセスメント)方法書に関して「環境影響評価の項目や手法が適切か否かを判断するに足る内容が示されているとは言い難い」とし、ボーリング作業は環境への影響を検討した上で実施するよう求める旨の答申が出されました(琉球新報の記事)。それを無視してボーリングが行なわれないことを願っています。答申はまた、環境影響評価が本体工事だけでなく関連事業に伴う影響に関しても併せて行われることを求めています。

沖縄県民の80%が辺野古沖への基地移設に反対しているといいます。現地での阻止行動は、漁船やカヌーによるものだけでなく、ダイバーによる海底座り込みも行なわれています(琉球朝日放送の特集)。

昼休みに那覇防衛施設局に電話をしてみました(098-868-0174)。「今のところ、ボーリングを開始したという情報は広報のほうには入っていない」とのことでした。施設局のサイトには、12日付けで「海底環境監視結果及びヘリコプターによるジュゴンの存否確認結果」という文書(PDF、724k)が公開されていました。今までに行なわれた足場等設置によって海底の環境への影響は認められず(確認結果がまだ示されていない地点がいくつかあります)、また11日朝のヘリコプターからの目視ではジュゴンは確認できなかったとあります。

追記:読み返してみたら、あまりにも緊迫感のない書き方なので、反省しています。QAB琉球朝日放送は、やぐら機材を載せた台船2隻が今日午後にも辺野古に入るもよう、と伝えています。阻止行動は、抗議船とカヌー14艇、「激しい衝突も予想され」るとしています。

M.H.Square の記事にトラックバックを送ります。 

2004年 11月 15日 午後 12:45 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.11.14

ビルマの政変、その後の短信

台風で授業が中止になった日、ビルマ(ミャンマー)から来たその留学生に最初に政変のニュースを教えたのは私だった。ニュースサイトを見せてあげたら、どんどん不安でいっぱいの顔になった。「政権内部での抗争であって、市街は平穏らしい」と付け加えたが、慰めにはならないようだった。

先週、家族から手紙が来たと教えてくれた。ラングーン(ヤンゴン)市内は、みんな緊張はしているが、危険ではない。物価が上がって困っている、と書いてあったそうだ。

この一か月、あまり注意を払っていなかったので、罪滅ぼしに、BBC の記事Irrawaddy の記事などをもとに政変劇の主な登場人物をまとめてみる。

  • Khin Nyunt ― 前首相。10月19日に汚職容疑で解任され、現在も自宅軟禁状態。諜報機関の長だった。穏健派と見られており、現実派として、改革にも着手していた。
  • Than Shwe ― 軍の最高指導者。 1992 年より元首。Aung San Suu Kyi さんなど野党に対して非常に強硬な態度をとっている。少数民族に対しても非寛容。
  • Maung Aye ― 序列第二位。強硬派。麻薬組織と関係があると言われている。排外主義的。
  • Soe Win ― 新首相。前、空軍司令官。Than Shwe の腹心で、反対派に対しては強硬姿勢だと言われている。
  • Thien Sein ― 軍政当局の第一書記。

2004年 11月 14日 午前 12:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.13

ブイヤット湾のヒ素汚染

アメリカの環境団体 Earthworks Action のサイトで、インドネシア・スラウェシ島ブイヤット湾における汚染についての新たな調査結果が公表されています。ニューモント社の排水によるヒ素汚染を糾弾する内容です。インドネシア政府が招集した、政府機関、大学研究者、非政府組織、技術コンサルタントからなる調査団による、と書かれています。

  1. ブイヤット湾の海底はヒ素と水銀で汚染されている。比較対象とした地点と比べ、ヒ素レベルは100倍。
  2. ブイヤット湾のヒ素と水銀は天然由来のものではない。
  3. ニューモント社は有毒廃棄物関係の法律を違反した。
  4. 魚に含まれるヒ素と水銀はブイヤット湾の住民たちにとって安全なレベルではない。
  5. ブイヤット湾の海底の生物に水銀が蓄積されつつある。比較対象とした地点と比べ、底生生物の水銀レベルは10倍。
  6. ブイヤット湾の生物多様性がヒ素汚染によって危険にさらされている。
  7. 湾内の海水は、ニューモント社の主張するように温度の大きく異なる上層と下層に分かれているわけではなく、廃棄物の影響は全体に広がっている。(ニューモント社は、採掘に先立つ1994年に水温躍層の存在が廃棄物の拡散を防ぐと主張していた。)
  8. 魚の摂取を減らしたり、移住が必要になるかもしれないほどの住民の健康への危険が存在する。
  9. 住民のヒ素中毒に関する調査と、湾内の生物に関する30年以上の経過観察が必要である。
  10. 環境保護法の違反や海洋への採掘廃棄物の投棄が繰り返されないよう、法的な対策が必要である。

もう少し詳しいまとめがPDFで見ることができます。

Denver Business Journal の記事(デンバーは Newmont Mining 本社の所在地)によれば、この調査はインドネシア環境大臣によって受理されたとあります。また、ニューモント社の広報担当者は、「調査団内にも意見の不一致がある」などとして、同社は引き続き環境汚染を否定する姿勢を貫くと述べています。

このブログでは、ニューモント社の問題を以下の記事で扱ってきました。

2004年 11月 13日 午前 02:24 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.12

アラファト

ヤセル・アラファト(1929-2004)。パレスチナ解放機構議長、パレスチナ自治政府大統領。11月11日、パリで死去。

2年ほど前、パレスチナの青年による講演を聴きに行った際、私は質問の紙に「アラファトやPLO上層部、パレスチナ自治政府は、腐敗のせいで民衆の支持を得ていないのではないか」という問いを書いた。それに対する答えは「不満はたくさんある。しかし、パレスチナの闘いはアラファトの闘いで、アラファトの闘いは私たちみんなの闘いだ」といったものだったと記憶している。

民族統合の、受難の、抵抗の象徴であったのだと思う。決して神格化されることなく、人々の心にそのような位置を占めた人間性は、とても興味深く感じる。

2004年 11月 12日 午前 02:03 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.11.11

ロサンジェルスの反戦集会に戦車が

戦車が市民の民主化運動を制圧するために使われるのを私たちはプラハや光州や北京で見てきました。自国民を威圧する戦車という構図は、イデオロギーの右左を問わず、全体主義的な体制とか独裁政権とかの本質を捉えた報道写真に見ることができます。

11月9日夜、ロサンジェルスで開かれた反戦集会に2台の戦車が現われたそうです。集会の周りを回ったり、道ばたで反戦プラカードを掲げる人々の真ん前に停車したりと、かなり理解に苦しむ行動を取ったようです(Los Angeles Independent Media Center の記事、QuickTime 動画もある)。

私は政治のスペクトル上ではかなり左に寄っているし、アメリカ合州国の政策(決してブッシュ政権に限らず、歴代の政権の)に対して非常に批判的です。しかし、生得的にそのような思考法を身につけていたわけではなく、経済的繁栄の楽園としての合州国像とか、スターリニズムに対抗する「自由と民主主義の先鋒」としての合州国像を幼い心に刷り込まれていたのだと思います。だから、アメリカの選挙で不正があったと聞けば、まずは「まさか」と思ってしまうし、サダム・フセインの圧政からイラクを解放するために戦争をするのだとか、治安回復のためにファルージャの攻撃が必要なのだと聞けば、そんなものかとも思ってしまいがちです。

そんな私にとって、砲を市民に向けこそしないものの、反戦集会を威圧するために戦車がやってくるアメリカを見るのは、とても大きな衝撃でした。

2004年 11月 11日 午前 02:22 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.10

ファルージャの人よ、生きろ

先週の金曜日、仕事がなかなか終わらず、午前1時ごろにようやく職場を出ました。東の空にかなり細くなった月が見えます。もうすぐラマダンも終わりなんだな、と思いました。ラマダンが終われば、イード・アルフィトル(Eid al-Fitr)。お正月のようなものだと聞いています。豊かな食事で祝う断食明け。新しい服を着て祈りに行く日。子どもたちがお年玉をもらう日々。

ファルージャでは激しい市街戦が行なわれているようです。市内に残っていると見られるのは6万から15万人程度(APの記事)。市内からは、女性や子どもは大部分がすでに退去しているとも伝えられています。アラウィ暫定政権と多国籍軍側は主に国外から流入したゲリラが数千人いるとしているのに対し、最近ファルージャを訪れた人は、それを否定しています(ワシントンポストの記事)。聖職者たちも、多国籍軍に混じって戦うイラク国軍の兵士に対し、同胞に銃を向けるなと警告しており(アルジャジーラの記事)、イラク国軍から大量の兵士が離脱しているとの報もあります(ボストン・グローブの記事)。

殺されてしまえば、いったいだれだったのか、いったい何人いたのか、きっと分からなくなってしまうのでしょう。二度と父親といっしょにイードを祝えなくなる子どもたちが一人でも少なくてすみますように。そして、生きよ、生きて伝えよ、生きて再び我が子を胸に抱け、ファルージャの男たち。

2004年 11月 10日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (3)

2004.11.09

大統領選の疑惑

OSCEGlobal Exchange など海外から派遣されたアメリカ大統領選監視団は問題の指摘をしていませんが、一部で開票結果に疑念が取り沙汰されています。

フロリダ州では、タッチスクリーン式の電子投票機(E-Touchscreen)と、マークシートの投票用紙を工学的に読み取る方式(Op-Scan)が併用されています(Verified Voting のサイトに投票方式の概説があります)。アメリカでは、党派申告付きの有権者登録が行なわれており、大多数の有権者が申告した党派に沿って投票を行なうと言われていますが、タッチスクリーン式が使われているフロリダ州の選挙区では、共和、民主両党の党派申告と、ブッシュ、ケリー両候補の実際の獲得票数の傾向がかなり強い相関を示しています(ピアソンの相関係数で0.78、偶然にこれが起こる確率は1,000分の1)。つまり、タッチスクリーンの用いられた選挙区の結果は“常識的”に信じることができるわけです。ところが、読み取り機が使われている選挙区では、党派申告と獲得票数の間に全く相関がありません。つまり、これらの郡では、申告した党派に沿って投票するという投票行動の常識的なパターンが見られないのです。そして、相関が崩れた選挙区では、常に予想された以上にブッシュの得票率が高くなっており、予想を裏切ってケリーが多く得票した地域はないようです。

統計に明るくない私は、なにやらアヤシゲなものを見せられた気になってしまいますが、これは数字の魔力なのかもしれません。嘘をついているのは、統計か、それとも…

上に挙げた統計のページは Common Dreams に載った Thom Hartmann さんの "Evidence Mounts That The Vote May Have Been Hacked" から辿りました。

11月11日追記:あささんの逃避日記に、アメリカABCニュースの報道が取り上げられています。どうもやっぱり統計の魔術だと考えたほうがよさそうですね。

2004年 11月 9日 午前 12:14 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.11.08

セバスチアン・ブリアの死を悼む

フランス東部のアブリクール(Meurthe-et-Moselle 県 Avricourt)で、ドイツに向かう再処理核燃料を積んだ列車を止めようとした活動家が列車に轢かれて脚を切断され、死亡した(英ガーディアン紙の記事)。普通、このような阻止行動は見通しのよいところで行なわれるが、今回は森の中のカーブであったため、停車が間に合わなかったとのことである。

Sebastien Briat さん、21歳、Le Réseau "Sortir du nucléaire" という環境団体のメンバーだったと伝えられている。

線路上でのこの阻止行動が非暴力的な市民的不服従として適切であったか、しっかりと問われなければならないし、実際に人身事故が起こったということは、核物質の搬送を止める行動としては危険すぎる形態であったとの批判を免れることはできないように思われるが、今はその死を悼もう。そして、彼の死が、何千、何万という人たちの死を“引き受けた”ものになることを祈る。

2004年 11月 8日 午後 12:53 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.07

ニューモント社、セロ・キリシュでの採掘を断念

一か月ほど前にここで論じた件の続きです。Dow Jones Newswires の報道によれば、ニューモント社(Newmont Mining Co.)はチリの Cajamarca 地方にある Cerro Quilish での金の採掘を正式に断念しました。現地の子会社である Minera Yanacocha SRL が新聞に一面広告を出し、地元住民の懐いている水質汚染に関する懸念の度合いが理解できたので、ペルー政府の出した採掘許可を返上すると発表したそうです。9月の住民の抗議行動の全面的な勝利と言えると思います。

インドネシア・スラウェシ島、ブイヤット湾での汚染に関しては、10月31日に読売新聞でも取り上げられたようです。現地の人々の簡単なインタビューが載っているほか、ニューモント社側が、自分たちは汚染に関係ないとする広報活動を行なっていることなどが報じられています。なお、逮捕されたと伝えられている5人の現地ニューモント社の役員は、この記事が公表された時点で、全員、すでに釈放されていたはずです。

このブログでの関連記事:

2004年 11月 7日 午前 07:35 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.06

ファルージャ緊迫

ファルージャの情勢が緊迫しているらしい。ロイター電によると、アメリカ軍が一般市民に避難を呼びかけた上で、空爆を行なったという。避難を促す一方で、アメリカ軍はファルージャに通じる道路をすべて封鎖し、45歳以下の男性の出入りを禁じ、すべて拘束する方針らしい。

捕らえられるか(それは、アブ・グレイブのようなところに連れて行かれるという意味だと地元の人は理解するだろう)、残って攻撃にさらされ(死んでも自己責任ということにされ)るかという二者択一を一般市民に対して強いるというのは非常に横暴なことのように思われる。「若い男を見たら、テロリストと思え」という偏見がまかり通っているということだ。

アメリカ軍の司令官は「アラウィ首相からの命令を待っているところだ」とあるが、この言葉も茶番にしか聞こえない。

アルジャジーラは、アナン国連事務総長がブッシュ、ブレア、アラウィに対し、ファルージャ攻撃を行なわないようにという書簡を送ったと伝えている。

2004年 11月 6日 午前 01:56 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.11.05

帝国へのレジスタンスを呼びかけるアルンダティ・ロイ

"Peace and the New Corporate Liberation Theology" ― シドニー平和賞を受賞した Arundhati Roy のスピーチ。聴衆の拍手と歓声が聞こえてくるような文章です。

不公正で強圧的な政治・経済構造は必然的に人権の抑圧を引き起してきましたが、最近はそれに留まらず、世界中で「正義」という概念までが徐々に矮小化されてきているとロイさんは観察しています。これはパラダイム・シフトであって、新植民地主義と新自由主義の結合、企業と軍の結託による「帝国」の幕開けだと述べています。

それが一番顕著に現われているのがイラクであり、占領下の民営化によって外国資本がイラク経済全体を乗っ取ることができるようになり、ベクテルなど、特に合州国の共和党と密接に結びついた多国籍企業が利潤を漁り取っていきます。これらの企業は訴訟を通じてイラク、インドなど最貧国の政府から法外な額の違約金等を搾り取っていて、その結果、これらの国では適正な財政が不可能になり、最貧層に大きなしわ寄せが来ています。富裕層は、海外資本が逃げてしまうことを恐れて、こういった不正に対して声をあげません。

だから、国外にいる私たちこそがイラクの占領に対する非暴力的なレジスタンスを組織する必要があるのだとロイさんは主張します。そしてその運動の中では、平和の実現とともに、不公正なシステムの姿を暴いていくことが重要です。関わり方はいくらでもあります。しかし、デモだけでは十分ではありません。企業のボイコットなどによって結果をちゃんと出す必要があります。また、女性を疎外しないためにも、非暴力に徹することが重要です。

ちょっと無理して短くし過ぎてしまいましたが、要約すると、こんな感じです。「国益」などの利益だけを現実性の唯一の尺度だと考え、「正義の追求」といった表現は夢見がちだと感じる人たちにとっては理解しにくい主張だと思いますが、そういった人たちにこそ読んでほしいようなディテールを含んだ文章です。

2004年 11月 5日 午前 12:00 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.11.04

マリ・バシュキルツェフのブログ

先日、青空文庫 RSS の休載を予告したのですが、その日のうちに、いつもプログラミングやサーバ管理でお世話になっている友人がメールで名案をくれて、無事、自動更新を続けることができました。お騒がせしました。次の問題は、行く年来る年処理。まあ、まだ二か月あるから、その間にやる気を見つけることができるでしょう。

文学関連で興味深い RSS を発見。ブログを使って「マリ・バシュキルツェフの日記」を入力している方がいらっしゃいます。現代表記に改めての電子化ですが、1920年代に野上豊一郎さんという人が訳したものを底本にしているそうです。宮本百合子が「マリア・バシュキルツェフの日記」で紹介しているのと同じものでしょう。去る10月31日がバシュキルツェフの命日だったそうで、それにちなんだのか、Project Gutenberg でも Mary J. Safford さんによる英訳 "Marie Bashkirtseff (From Childhood to Girlhood)" が11月1日に公開になりました。日記の最初―1873年1月―だけ日英両版を読み比べてみたのですが、重なる部分はあるものの、全く違う文章でした。いったいどうなっているのだろう…

ほかにも文学作品等の電子テキスト化をしているブログとか、あるのかもしれませんね。そういうののトラックバック集とか、面白いかも。ブログ対応青空文庫計画のほうに提案してみよう。私も入力中の作品を小さな節ごとに公開していく形式にしていったら、入力の励みになって、もっとはかどるかなぁ。(『酔いどれ船』の入力が全く進んでいない人、語る。)う~む、それより前に、眠っている校正作品を仕上げなくては…

2004年 11月 4日 午前 12:02 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2004.11.03

米大統領選と沖縄

アメリカの大統領選に関する琉球新報の論説記事(10月31日付け)を読んだ。

「マクロで見た場合、米軍再編に消極的なケリー氏と積極的なブッシュ氏」。ケリー候補は米軍再編に慎重な姿勢を見せており、在韓米軍の縮小などの再編交渉を一時ストップさせることもあるかもしれないが、すでに合意されている事項を白紙に戻すことはできないため、どちらが大統領に選出されても、さほど大きな差はないだろうとしている。

「在沖米軍への影響というミクロの観点を考える場合」、ケリー政権では、クリントン政権のナイ元国防次官補、キャンベル元国防副次官補らが返り咲くことが考えられ、やり残した仕事を仕上げるという意味で、「基地整理が大きく前進する見通しもある」とする。一方、ブッシュ政権では、アーミテージ国務副長官が退任するため、後任人事次第ということらしい。

オサマ・ビン・ラディンがアメリカ国民に向けて言った「あなたたちの安全は、ケリーやブッシュ、アルカイダが握っているのではなく、あなたたちの手にある。」という言葉が頭をよぎる。人々に降りかかる危険は、さまざまな形で存在する。憂うべきことに、沖縄の人たちの安全は、沖縄の人たちの手の中にはない。

2004年 11月 3日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.02

天皇の心理

「日本中の学校で国旗を揚げて国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」
「やはり、強制になるということでないことが望ましいですね」

というダイアローグをめぐって、これは天皇による政治的な発言だったのではないかという論議が起こっているそうです。(距離を置いて書くのは、私の周りではこのことを話題にする人が全くいないからです。)

もう一方の当事者である米長邦雄という人の書いたページを見て、私は生理的な嫌悪を感じました。もしかすると、天皇も、言葉を交わすべき人たちのことを予め知ろうとする過程でこのページを見て同じように感じ、すり寄ってくるこの人に対して紳士的に拒絶のシグナルを出したのが、このやり取りだったのではないでしょうか。

今日、私はスラヴォイ・ジジェクの『全体主義 観念の(誤)使用について』を読み始めました。以下のキリストに関するジジェクの言説は、近代天皇制を考える上でも参考になるかもしれません。

キリストは宗教の歴史において最初で最後の完全な「レディメイドの神」である。〈神〉は完全に人間であり、したがって他の一般人と区別できない。〈神〉の物質的な現れにおいては、彼を特別な存在にするようなものはひとつもない。だから、デュシャンの便器自転車がそれに内在する質によってではなく、それが置かれた場所によって芸術作品であるように、キリストは、彼に内在する「神としての」性質によってではなく、彼がまさにごく普通の人間として〈神〉の子であるがゆえに、〈神〉なのである。 

誤解を招くかもしれないので補足します。私はこの引用によって天皇の神性を肯定しようとしているわけではありません。そうではなく、彼の人間性に注意を向けています。それによって、上で述べたように、彼と私の心理を重ね合わせて考えることができると思うのです。そして、彼の発言から読み取るべきなのは彼の政治的な信念ではなく、もっと身体的(生理的)なものなのではないか、というのが私の主張です。

2004年 11月 2日 午前 12:02 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.11.01

無地の布にしてくれ

「イラクの人たちに一日も早く平和が訪れますようお祈りいたしております」

香田証生さんのご冥福と、残されたご家族の心の平安を祈る。そして、彼らのこの祈りを、私もまた自分の祈りとする。

香田さんの死を受けて小泉首相は言った:

「日本はイラクの友人として、国際社会と協力し、できるだけ努力していく」

私は、香田さんを殺害した者たちがイラクの人々の意見や意志を代表しているとは思わないが、彼らのものの見方がイラク国内の空気と全く無関係であるとも思わない。だから、遺体が星条旗にくるまれていたことに込められた象徴性(イラクの人たちが日本のことをだれの友人と見ているか、だれのどんな努力に協力していると捉えているか)は、それがいかに挑発的であっても、無視してはならないと思う。

香田さんの死を政治的なスローガンに変質させようとは思わない。しかし、彼の死を止められなかった私たち、派兵を許してしまった私たちにも、同じ経帷子が用意されているという事実は直視すべきだ。私たちは、暴力や脅しに屈するのではなく、自由意志で、その死装束を拒否することができるはずである。

はなゆーさん、まきこさん、mooneyさん、Rough Toneさんのブログにトラックバックを送ります。

2004年 11月 1日 午前 05:40 | | コメント (0) | トラックバック (5)

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