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2004.09.30

金採掘について、ロリー・ベレンソンは訴える

Standing Up to Exploitation and Injustice: The Cajamarca ProtestCounterPunch に載った、Lori Berenson さんの意見。私のブログで9月21日22日に取り上げた、Newmont 社によるペルーにおける金採掘についてです。ロリー・ベレンソンさんは、ペルーの軍事法廷で不当な終身刑に処せられ、現在、アメリカ州人権裁判所で係争中です。

今月、問題となった Cerro Quilish 高原における試掘以前にも、 Cajamarca 地方では、ニューモント社の出資による Yanacocha 社(Yanacocha Mining Company)の事業により、環境破壊や共同体の破壊、地域住民の貧窮化が続いてきました。グローバル化した資本主義によって、発展途上国の資源が搾取され、荒れ地だけが残されるというパターンの中で、カハマルカの貧農たちが立ち上がり、一時的にせよ、操業を停止させたのは大きな出来事ですが、はじめの一歩に過ぎません。そして搾取のパターンを変えるため、私たち一人ひとりがペルーやその他第三世界の民衆に連帯していく必要があることをベレンソンさんは訴えています。

インドネシアでのニューモント社関係の動き:インドネシア警察当局により、役員が五名、拘留されました。合州国の大使がメガワティ大統領に対し、この拘留は不当だと抗議しているそうです。インドネシアのエネルギー資源省は、調査結果は30日にも大統領のもとに届くと述べているようです。このほか、ニューモント社はガーナでの増産を発表しています。

2004年 9月 30日 午前 08:41 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.29

いわゆる、煎じて飲ませたい爪の垢

外相談:「私と政府は、アラブ・イスラム世界が人質の解放のために払ってくれた努力に感謝したい。彼らの助力がなければ、人質たちは解放されなかっただろう。多くの人が人質解放のために努力してくれた。イラク内外の宗教者から電話もいただいたし、アラブ諸国の政府の協力もあった。それらに感謝したい。」

これは川口順子前外相や小泉純一郎首相が5か月前に言うべき言葉でした。しかし彼らはこのような言葉を決して口にしなかった。この国に生きる一人の人間として、私はそのことを残念に思い、また、このような感謝や喜びの気持ちを懐くことのできなかった彼らの心の貧しさを軽蔑します。

「私たちは身代金は支払わなかった。なぜなら、私たちがやってきた仕事や、人質たち、ボランティアの人たちがイラクの人たちのためにやってきた仕事が身代金だからだ。」

これらの発言は、Simona Pari さんと Simona Torretta さんの解放にあたって、アルジャジーラの記事に載ったイタリアの Franco Frattini 外務大臣のものです。

とにかく、解放、おめでとう!

はなゆーさんの低気温のエクスタシー:「イラクで拘束されたイタリア女性2人が帰国したよ」にトラックバックを送りました。

2004年 9月 29日 午後 08:10 | | コメント (0) | トラックバック (1)

ウッディー・アレンの語る米大統領選

ブッシュ大統領は喜劇的な人物だと思いますか、それとも悲劇的な人物だと思いますか?

ブッシュ本人はとても喜劇的です。彼が話しているのを聞くと、大声で笑いたくなることもしばしばです。しかし、もし彼が再選されたら、それは悲劇だと言えるでしょう。

合州国の大統領選についての Woody Allen さんのインタビュー(リンク先は英訳。ドイツの週刊誌 Der Spiegel の元記事はこちら)。いたってまじめなやり取りで、ウッディー・アレンさんは「アメリカではノーマン・メイラーやフィリップ・ロスなどの芸術家が発言しても、すでに彼らと同じ考え方をしている人しか聞かない」、マイケル・ムーアの映画に関しても同じことが言える、と述べています。

MetaFilter の記事で知りました。

2004年 9月 29日 午後 05:12 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「極東戦線異状なし」

Soul Flower Union のライブ「極東戦線異状なし!? ツアー vol. 2」(名古屋 ell. FITS ALL にて、9月28日)に行ってきました。私、90年代半ばからのファンなのですが、ライブに行ったのは今回が初めてです。

客層は極端に20代後半に集中しているように思いました。250人ぐらいの会場で、40歳以上の人は10人ぐらいだったんじゃないでしょうか。(私より年上のファンが知り合いに二人もいるので、もっとなだらかな年齢分布を想像していました。)最初、ちょっと少数者としての場違い感(疎外感)を感じてしまったのですが、メイン・プログラムの終わりの「インターナショナル」のころには、私も年甲斐もなく拳を振り上げたりしていました。ま、周りではだれも「なんでこんなおじさんがここにいるの?」なんて考えていそうな人はいなかったし、いいか。

曲は、「満月の夕」「エエジャナイカ」「戦火のかなた」「うたは自由をめざす」「リキサからの贈り物(東ティモール)」「ブルー・マンデー・パレード」「極東戦線異状なし」など、ヒット曲が勢揃いといった感じでした。録音中の新アルバムからも三曲。「松葉杖の男」が印象に残りました。

4回のアンコールがあり、7時から10時までたっぷり3時間大音量の中にいたため、コンサートが終わって2時間経った今もまだ中年の私は耳鳴りがしています。朝には治っているといいのですが。

2004年 9月 29日 午前 12:18 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.28

ヘミングウェイの未公開作品

アーネスト・ヘミングウェイが若き日に書いた短編が発見されたが、遺族の許可が得られず、公開できないままになっている。"Hemingway Bullfight Tale From 1924 Turns Up" ― ニューヨーク・タイムズ紙の書評欄の記事。

1924年にスペインのパンプローナで、作家仲間の Donald Ogden Stewart が闘牛場のリングに入った時のようすをユーモラスに描いたものらしい。Vanity Fair 誌への投稿のため、Stewart に手紙とともに送られたが、ユーモア作家であった Stewart は、価値を認めず、出版されなかったという。

このスペイン滞在が二年後に書かれる『陽はまた昇る』の素材になったことを考えると、とても興味深い作品ということになるが、1961年に死んだヘミングウェイのこの作品を読むことができるようになるのは著作権切れ(現在の法制のままなら2031年)まで待たねばならないようである。

Stewart の遺族は、昨年までこの手紙と作品を放置していたことについて、「有名な父親を持つことの重荷」を感じていたからだと説明している。 Hemingway の遺族も同じような重荷を負っているのだろうが、もともと投稿の意図で Stewart に送られたことを考えると、公開不許可の判断は残念なことのように思われる。

アメリカの著作権保護期間を計算するためのフローチャート

2004年 9月 28日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.27

兵士たちのブログ

Soldier Blogs Detail Life in Iraq ― イラク駐留中のアメリカ兵によるブログのいくつかを AP 電が紹介しています。戦闘の様子を伝えるもの、写真、これからイラクへ向かう兵隊たちへのアドバイス、政治的な発言。上官たちにブログをやめるように言われた者もあれば、積極的に書くように言われた者もあるとのこと。いくつかのブログにリンクが張られています。

見つけた銃弾や薬莢を持ってきてお金をねだる子どもたち。手榴弾を持ってくる者がいて、慌てる兵士たちの姿を描き、五日間の謹慎処分になったブロガーの話、帰還間近な者からの「イラクに行ったら、みんなに親切にしたほうがいい。みんな武器を持っているのだから。」というアドバイスなど。

日本に駐留しているアメリカ兵のブログもたくさんあるのでしょうね。もしかしたら、イラクに駐留している自衛隊員のブログもある? もしご存知の方、いらっしゃいましたら、お教えください。

2004年 9月 27日 午前 08:52 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.26

放物線と共振曲線

先週は特に強く心を打つブログ記事に二つ出会った。ぜひ広く読まれるべきだと私が考えるこの二つの文章を紹介する。

DoX さんの Negative Stories 「俺は小泉より愛国者だ

多かれ少なかれ誰でも、自分が生まれ育った国のことを他の国の人に興味をもらいたいとか、好きになってもらいたいと言う気持はあると思う。あの場にいたブラジル人たちはそうだった。ほんの少しこちらが歩み寄っただけで、心を開いていろいろ自分たちの国のことを語ってくれた。

引用した文は、この文章の中核ではないが、ちょうど話の折り返し点を形作っている。ここまでが筆者が知り合ったブラジル人労働者たちの話で、この後、なぜ自分が小泉首相や偏狭な「愛国主義者」たちよりもこの国を愛していると言えるかについて、説得力のある考察を行なっている。

主張に強く共感するだけでなく、均衡のとれた構成の面からも非常に美しい文章であると思った。


ビーさんの P-navi Info 「ひとつの地獄からもう一つの地獄「日本」へ

「あなたはなぜパレスチナ難民キャンプに行くのですか?すぐそばに難民キャンプがあるのに。飛行機代も要らない。通訳も要らない。パレスチナの難民キャンプよりもっとひどい状況に置かれた人がここにいるんです」

その人は押さえきれない怒りを露わにして、くってかかってきた。昨日のことだ。その人自身が「難民収容所」(正確に言うと、日本国の入国管理センター)に収容されていて、少し前に出てきたということだった。

難民受け入れをかたくなに拒むだけでなく、収容者に対して非人道的な扱いをする日本政府の姿が、証言者の告発と、良心的な聞き手が受ける心の衝撃の描写の積み重ねを通して明らかにされていく。息を止めて読むことを強いる文章である。

私も、日本の難民政策に関してはかねてから大きな疑問を抱いてきた(8月19日9月5日の記事を参照)。漠然とした疑問・不満だったものが、より具体的な行動や発言に変わる契機を与えてくれたように思う。

2004年 9月 26日 午前 07:54 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2004.09.25

エドワード・サイードのいない一年

Edward Said が死んで一年。一年前から今日までの間に経過した時間を特徴づけようとするならば、「何事も一歩たりとも前進はしなかった」と言えるのではないだろうか。

サイードの文章の中に、私を含め平和や連帯について書くブロガーたちが、日々、無意識のうちに実践しようと努力しているのだと思うものがある。それを引用する。

権力とは縁のない状態のままで、嘆かわしい事象の一部始終をつぶさにみてとる現場証人となることは、けっして単調で退屈なことではないだろう。このようなことをするには、かつてミシェル・フーコーが「仮借なき探求」と呼んだものをおこなわねばならない。すなわち、オールターナティヴな可能性を垣間みせる財源を徹底して探しまわり、埋もれた記録を発掘し、忘れられた(あるいは廃棄された)歴史を復活させねばならない。また、このようないとなみを成功させるには、劇的なもの、反抗的なものに敏感に反応するような感性を養い、ただでさえすくない発言の機会を最大限利用し、聴衆の注意を一身にひきつけ、機知とユーモア、それに論争術で敵対者を凌駕するよう心がけねばならない。

エドワード・W・サイード『知識人とは何か』(1998、平凡社文庫)の前書きの一節である。

「共同体から発せられる義務と、知識人がどちらの側につくかという問題とが悲劇的なかたちで問題化し、知識人を苦しめるにいたった近代国家といえば、日本をおいてほかにあるまい。」(前掲書、第2章)という歴史を繰り返さないためにも、私たちがどのような立場に立ち、何をしていくべきかは明らかである。

2004年 9月 25日 午前 04:33 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.09.24

キャット・スティーブンスの平和の列車

キャット・スティーブンスがアメリカ合州国への入国を拒否され、イギリスに強制送還になったそうです: "U.S. says Cat Stevens may have terror ties" (AP電)。

"Peace Train" や "Morning Has Broken"、"Wild World" などの美しく優しい曲を歌った彼。歌うのをやめてからは、イスラムに入信し、Yusuf Islam と名を変えて、慈善事業に取り組んでいたことは、数年に一回ぐらい、本当に忘れたころに新聞や雑誌に載った記事などで知っていました。今回の強制送還は、「イスラム過激派」と評される Omar Abdel-Rahman 師を支援する目的があったのではないかとか、パレスチナ抵抗運動のハマスとつながりがあるのではないかという懸念によって行なわれたらしいと伝えられていますが、私には彼の昔の歌からも、伝え聞く彼の最近の発言からも、その容疑には納得がいきません。

ユスフ・イスラムが合州国の入国禁止者リストに載せられていたのはなぜか。それは、「真摯に平和を願うムスリム」という範疇に属する人が現実にいて、英国や米国に生まれた者でも、意志さえあればそうなることができるという事実を人々の目から隠したかったから。そんなふうにさえ思ってしまいます。

Now I've been crying lately, thinking about the world as it is
Why must we go on hating, why can't we live in bliss

Cause out on the edge of darkness, there rides a peace train
Oh peace train take this country, come take me home again

Everyone jump upon the peace train
Come on, peace train

2004年 9月 24日 午前 05:56 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.09.23

購入の予定はありません

お値打ち価格の爆弾や、地対空、地対地ミサイルなど、豊富で多彩な武器類を取り揃え、お買い上げをお待ちしています。これらのミサイルを使えば、ビルや発電所、橋、工場など何にでもテロ攻撃を行なうことができます。ほとんどの品は在庫しておりますので、合衆国内なら翌日配達でお届けできます。世界各国への配送も承ります。お値段は交渉に応じさせていただきます。

無防備にメールアドレスをウェブページに書いていたりするせいか、毎日大量のスパムが届く。大抵は薬の安売り、性関係のもろもろ、ギャンブル、融資に関するものや、クレジットカードの番号を聞き出そうとする詐欺関係のもの。いったいだれが引っかかるのだろうと思うようなものばかりである。

そんな中で、昨日来たのがこのメールだ。原文は英語。以下のように続く。

私どもは、アルカイダ、ヒズボラ、アルジハード、ハマス、アブサヤフなどの著名なテロリスト集団とも取引をさせていただいています。私どもは業界では名の知れた販売業者ではありますが、インターネットによってより広いお客様方と取引ができればと考えております。

お気軽にご連絡ください。ご注文をお待ちしています。

本日のお買い得品:
OFAB-500U HE 破砕性爆弾、S-8 無誘導型対空ミサイル、(以下略)

趣味の悪い冗談なのか、見え透いた囮捜査なのか、私のイラク戦争に対する姿勢を快く思わないだれかによる嫌がらせか、それとも本当に、ほんとうに商売がしたいのか… あきさみよー。

2004年 9月 23日 午前 08:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.22

金はもう輝かない


(http://www.nodirtygold.org/)

一つの金の指輪を作ることによって、20トンもの廃棄物が生まれるらしい。ここで言う廃棄物とは、有害な重金属や、ヒ素などの 半金族 メタロイド を含む鉱石や岩石です(算定根拠:PDF、27KB)。

昨日に引き続き、世界最大の金採掘企業、ニューモント社(Newmont Minining Corporation)が発展途上国で引き起している環境破壊について。とりあえず、検索したり、リンクをたどっていったりして見つけたサイトをいくつか挙げます。

Earthworks ― 鉱業関係の環境破壊の問題を包括的に扱っている。ニューモント社による世界各国の汚染地域住民などの写真など。

No Dirty Gold - Community Voices - Buyat Bay" ― Earthworks と Oxfam によるキャンペーン。皮膚病を患う新生児の写真、各種メディアの記事へのリンクなど。上記の写真ははがき用の PDF から。

JATAM - Mining Advocacy Network - Newport Minahasa ― インドネシアの人権・環境団体による非常に詳しい調査結果など。

Submarine Tailings Disposal Toolkit ― カナダの環境団体による、金採掘の廃棄物海底投棄に関する詳しい資料。(PDF、181k)

Oxfam America statement on recent events in Cajamarca, Peru ― アメリカのNGOによる、ペルーでの反対運動への連帯表明。

Urgent Action - Support the victims of Newmont’s Gold Mining and Submarine Tailings Disposal ― インドネシア大統領府など、要請文送付に適切な宛先のリスト。

Newmont Indonesia ― ニューモント社のインドネシアでのサイト。違法行為はしていないと主張しています。

化学物質問題市民研究会 ― ニューモント社の問題に言及(昨日紹介した毎日の記事を再掲)している数少ない日本語サイト。

日本語での検索では、さすがに世界最大の金採掘企業だけあって、株関係のサイトは多数見つかります(有事が近づくと金の値段が上がると手ぐすねひいて待っているような人がたくさんいるようで、余計に気分が悪くなってしまいました)が、環境問題を取り扱ったものはほとんど見あたりません。

昨日報じた、ペルーでの抗議行動は、会社側と合意が成立したという報があります(The Sydney Morning Herald 紙の記事)。

正直なところ、自分に何ができるのかについては、全く見通しが立っていません。「銀ならマシなの?」「どの会社も同じなの?」「金の不買運動がやりたいの、それとも被害に苦しんでいる人たちの支援運動がやりたいの?」「そもそも、装飾品等以外には、どんなところに金が使われているの?」等々、答えをまだ探し当てていない疑問文ばかり増えていきます。

2004年 9月 22日 午前 12:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.21

金の煌めきは砒素と水銀の色

その村では漁業が唯一の産業であったが、海から魚が消えてしまった。人々の多くも、発疹やこぶなどの皮膚病を患い始めた。生まれた子どもは、全身にしわや腫れが広がっており、半年で死んだ。

インドネシア、スラウェシ島の最北部、Minahasa にある Buyat 湾での出来事である。アメリカに本社のあるニューモント社(Newmont Mining Corporation)が行なっている金の採掘によって生じるヒ素、水銀などを含んだ廃棄物を、同社が不法に海に放出していたことによる汚染、中毒であると、8月末にインドネシア環境省が断定した。ブイヤット湾住民による損害賠償請求の裁判も進行中である。スハルト政権下での官僚の汚職等を非難する声もあがっている。Newmont 社によるミナハサでの採掘は既に終了しており、既に撤退を始めているが、同社は汚染や障害の因果関係や責任を認めていない。

以上は二週間ほど前に The New York Times 第一面に掲載された "Spurred by Illness, Indonesians Lash Out at U.S. Mining Giant" という記事の要約である。記事の末尾には、ニューモント社役員の「金の採掘によって地元経済は潤ったはずだ」というコメントが掲載されている。寒々しいとしか言いようがない。 この問題については、このほかに毎日新聞の8月16日付け「地球最前線:インドネシア・スラウェシ島 漁村に広がる「水俣病」」というかなり詳しい記事を見つけた。

問題はインドネシアに局在しているわけではなく、また、問題に立ち向かう運動も各所で力を得てきている。"Direct Action in Peru" ― ニューモント社が南米ペルーのヤノコチャ鉱山での試掘を行なおうとしたところ、水銀による水源の汚染を心配する地元住民の反対運動の昂揚により、ペルー政府による試掘の許可が無期限に保留となったと、この Z-net Blog の記事は伝えている。

アメリカ合衆国を拠点とする多国籍企業が利潤追求のために「南」側の複数の国で環境破壊を重ねていて、それが民衆の力によって制止されるという、グローバリゼーションの時代の教科書的な事例である。

このような時代に生きているのだという自覚の薄かった私は、この問題について自分が今、何をすればいいのか、まだ分からずにいる。ここにこの文章を書くのは、それによって私が既に何かを成し遂げたという満足感を得るためではなく、これから自分が何かをしなくてはならないという覚醒を宣言するためである。

2004年 9月 21日 午前 05:53 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2004.09.20

サパティスタ!

早いもので、カナダ、アメリカ、メキシコの間の北米自由貿易協定(NAFTA)が発効して十年。その発効と同時にチアパス州でサパティスタ民族解放軍(EZLN)の蜂起が起こったというニュースに接したのも記憶に新しい。

とは言うものの、私は今まで、あまりサパティスタたちの闘争に関心を持ったことがなかった。最近、グローバリゼーション関係の本を何冊か読み、その中で、注目される運動として彼らのことが取り上げられていたので、ようやく意識の前面に出てきたところだった。

ビッグイシュー」第13号に掲載された Rochelle Siemienowicz さんの「ビデオを持って一斉蜂起、サパティスタ民族解放軍」という記事は、初めて私をサパティスタたちの血の通った生活に触れさせてくれた。基本的な人権の保障とプランテーション経済からの離脱による生活向上を目指して闘う彼らは、武器の代わりにビデオカメラを持ち、ドキュメンタリー映画を作成しているという。メディアを通じて、国境を越えた連帯を形作り、闘い抜こうという姿勢だ。

このほか、「いま、ラテン・アメリカ映画が熱い」という記事で、『モーターサイクル・ダイアリーズ』(7月23日に書いた記事7月30日に書いた記事)をはじめとする中南米の近年の映画が数多く紹介されていて、参考になった。私がこよなく愛する『バスを待ちながら(Lista de Espera)』が取り上げられていないのが不満ではあるが。

「ビッグイシュー」は、若者向けに強く焦点を絞っていた発刊当初と違い、より広い年齢層に受け入れられるように編集方針が少しずつ変化しているのではないかと思う。「おじさん」である私は、この変化を歓迎したい。

2004年 9月 20日 午前 06:32 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.19

柳条湖事件の日に

日本による中国への侵略戦争の第一歩となった柳条湖事件(1931年9月18日)から73年目の昨日、岐阜県瑞浪市の日中不再戦の誓いの碑の前で行なわれた中国人殉難者慰霊祭に行ってきました。戯曲「化石山」の舞台である地下壕建設工事で強制労働の犠牲となった39名の中国人を弔う式典です。瑞浪市長や中国大使館の書記官などを含め、150人ほどが参列しました。

中国人殉難者慰霊祭

戦争を直接経験した世代から10代の若い人まで、幅広い層の人たちが集まった、心のこもった式典だと思いました。普段、ネット上で中国や韓国に対する心ない発言を見て不快に思うことも多いのですが、そういうところで声を荒立てたりしない、ごく普通の、優しく誠実な心を持つ人が世の中には多くいることが再確認でき、また式典の前には地下壕をガイドしてくださった戦争遺跡を保存する瑞浪の会の方の熱心なお話しを聞くことができて、私にとってはとても有益な一日でした。

式典の会場で配られた名簿をもとに、瑞浪での強制労働の犠牲になった方々の名前を以下に記し、そのご冥福をお祈りするとともに、日本が再び戦争をする国とならないよう、私も体を張って力を尽くしていくことを誓いたいと思います。

張国泰・樊克介・王奐順・劉鳳義・劉金春・遠世義・葛金才・王振山・王世俊・謝哲仁・番張所・李貴彬・張徳才・傅文国・何玉泉・馬清和・寿雲郷・孫俊挙・孫殷臣・鄭文炳・趙金玉・連鳳瑞・劉長明・呉魁山・李貴洲・曹曽村・劉春和・耿介人・牛子言・王喜隆・苑洪勲・程去千・李振山・孫憲傑・張文瑞・梁清和・申治光・劉建国・李振清

2004年 9月 19日 午前 12:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.18

温泉と人種差別

9月16日の判決のニュースを読み、初めてこの訴訟について知ったのですが、一見したところ、残念な結果なように思います。北海道新聞の記事より引用:

外国人や外国出身者を理由に温泉施設への入浴を拒否したのは人種差別撤廃条約に反するとして、日本国籍を持つ米国出身の大学助教授有道出人(あるどうでびと)さん(39)=空知管内南幌町=と道内在住の外国籍の男性二人が、施設を経営する会社(小樽)と小樽市に計六百万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決が十六日、札幌高裁であった。

控訴審で最大の争点だった人種差別撤廃条約に基づく自治体の法的な差別撤廃義務について、坂本慶一裁判長は、小樽市の法的責任を認めず、一審札幌地裁判決を支持し、有道さんの控訴を棄却した。会社に対しては一審通り計三百万円の賠償を命じた。

市の責任については、「条約は一般的、抽象的な定めをしているだけで、一義的な義務付けをしておらず、小樽市は具体的な(人種差別撤廃のための)条例制定義務を負うものではない」との判断であるとのこと。

訴訟に至ったより詳しい経緯は、The Japan Times の記事で読むことができます。

あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」は、第2条1の(d)で

各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。

と規定しており、これが「抽象的」だということを判決は言いたいのだと思いますが、これらの条項は抽象的であるからこそ、広汎な差別事象への対処を包括的に義務づけるものになっていると私は思います。原告の方々の上告審でのご健闘をお祈りします。

この条約は1965年に採択されたものですが、日本が加入したのは1995年になってからです。それ以後、10年近くが経っているわけですが、人種差別に関する法令や条例の整備は、とても遅れているというのが現状ではないでしょうか。また、外務省のQ&Aのページによると、日本はこの条約の第4条(a)及び(b)を留保していますが、私は「ネットの上の差別にサルトルはどう抗うか」に記した考えから、この躊躇には賛成しません。

9/18 夕刻追記:条約の引用部分が間違っていたので、訂正しました。(夜中に眠い頭で法律関係の文書を読むもんじゃない…)

2004年 9月 18日 午前 04:18 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.09.17

影絵

子どものころ、だれもがやったはずの影絵あそび。19世紀半ばに出版されたイラスト本が Project Gutenberg で電子化されています:Hand Shadows To Be Thrown Upon The Wall, by Henry Bursill, 1859。 レトロな感じ(150年近く前の本だから当たり前ですが)の挿絵が素敵です。

Cynical-C Blog というブログで見つけました。こちらも、楽しい写真など、満載です。

日本語でも(というか日本の)影絵のウェブページもありそうな気がするのですが、探し方が悪いのか、なかなか見つかりません。影絵のサイトか、あるいはプロジェクト・グーテンベルグのように電子化できる、著作権の切れた(著者の死後50年以上経った)影絵の本をご存知でしたら、お教えください。

さて、Bursill さんの本、文章の部分はすごく短いですから、全部訳してしまいましょう。

図:らくだ

壁に映す影絵
新しくて面白い、手で作る形の数々
さし絵:ヘンリー・バーシル

1859年、初版発行、グリフィス&ファラン社

前書き

ウィルキーの絵「壁のうさぎ」を見たことのある人には、私の影絵がどこから着想を得たか説明する必要はないでしょう。でも、この影絵を作り出すのにどんな痛みがともなっていたかは、だれも知ることはないでしょう。なぜなら、その痛みは私の指だけが知っていて、うれしいことに、私の指たちは口をきかないからです。私の「鳥」が羽ばたくまでには何百回もの練習が必要でした。今でも私の左の小指は「おじいさん」の思い出にわくわくします。「男の子」ができるまでには、私の両手の親指は二十回以上も挫折を経験しました。それでも、今では、「あひる」や「ろば」に鳴かせたり、犬の「トビー」にしっぽを振らせたり、「うさぎ」に口をもぐもぐさせたりするのは、私にとってとても簡単なことになりました。

もちろん、これらの影絵は「一回やっただけで」完全にまねのできるものではありません。でも、どの絵も、指をどんな位置に置いたらいいか詳しく描きましたから、難しいものでも数分もあればできるようになるでしょう。空想力のある子どもや、影絵が気に入った親は、ここに描かれている絵だけにとらわれる必要は全くありません。ほんの少しの空想力といくらかの我慢強ささえあれば、新しい影絵を作ることができるはずです。また、作るつもりのなかったものができてびっくりすることも多いでしょう。

影絵の本は今までにもありました。しかし、私の本が今までの本のどれにも似ていないことはすぐ分かってもらえるでしょう。この本の絵のいくつかはもう何年も前に私が描いたものです。美術学校に通っていた時に描いたものもあります。私のアトリエの壁に映し出して、同級生たちに好評だったものもあります。それらの影絵を私自身が考え出したことを、私の昔の同級生たちはよろこんで証言してくれるでしょう。

ヘンリー・バーシル
1858年12月

図:表紙
図:がちょうを捕まえた
図:鹿
図:おじいさん
図:うさぎ
図:鳥が飛んでいる
図:山羊
図:犬のトービー
図:象
図:猟犬
図:ぶた
図:くま
図:肖像画
図:老犬がうなる
図:恐い!
図:亀
図:男の子
図:らくだの頭

2004年 9月 17日 午前 03:01 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.09.16

77年前の今日

もし台所にキッコーマン醤油があれば、そのラベルを見てみてほしい。千葉県野田市という住所が書いてあるはずだ。日常の中に見出されるこんな数個の文字が歴史の扉を開いてくれる。

野田醤油会社の争議は、去年の九月十六日から起って、今なお、持久戦の状態で継続している。争議日数、百十七日に及んで(一月九日)まだ、いつ解決がつくか、はっきりした見通しがつかないという。浜松の楽器争議が九十幾日かつゞいた。これもずいぶん長い争議だった。だが、今度の野田の争議はそれ以上に出て、レコードを破っている。争議人員千三百名。

私の好きな小説家、黒島伝治の評論『野田争議の実情』の冒頭の一節である。1927年9月16日。77年前の今日、歴史に残るこの労働争議は始まった。黒島は若いころ、郷里小豆島の醤油工場で働いていたことがあり、野田醤油(現・キッコーマン)のストライキには大きな関心を寄せていたらしい。

ストライキは、黒島が上記の文章を綴った100日後、労働側の敗北によって終わる。一年後に書かれた『野田争議敗戦まで』の中に、ストライキの一部始終が記されている。

一昨年の九月十六日大争議が勃発すると、会社は組合を叩き潰すことに、全力を傾注した。それから組合は、田中内閣の極端な反動政策と必死になった会社の圧迫、堕落幹部の裏切に耐え、二百十七日間頑張った。会社は反動団体の暴力を利用して組合員がそれに応じると、官権の峻厳な取締によって、争議団を崩壊させようとしたり、スパイを使って組合を切崩そうとしたり、組合員の食糧庫である購買組合を遠島某に大部の金を掴まして差押えさせたり、附近の村から新工員を募って、事業を継続するなど、約二百円の金を費って、組合叩潰しに熱中した。暴力団は争議団の演説会場を攪乱した。それから組合の事務所を叩潰した。ある晩には組合員の三名が、暴漢に鋭利な短刀で刺され、悲鳴が町にこだました。負傷者は医者に連れて行かれて手当を受けたが、不思議な事は、五分も経たない内に、会社から医者へ電話が掛り、傷の軽重を問合せて来たという。暴力団の背後に会社が、糸を繰っていることはこれによっても明白である。
四月二十日になって、到頭争議団も屈伏するの止むなきに至った。その前、協調会で取交された覚書は、会社側から云えば、まるで征服者の解決条件である。争議団から云えば戦敗者の屈服的な解決条件であった。七百名の解雇者を出さなければならない。七百名と云えば争議団の殆ど七割である。

私はよく、黒島が生き、描いた時代が、今によく似ていると感じる。街の盛り場の周縁で眠るホームレスたちとほぼ一世紀前の困窮した者たちとの間にどれだけの距離があるというのだろう。

もちろん、二つの時代の間には大きな違いも存在する。(結果はどうであれ)黒島の時代には争議が多発したのに対し、今この国で大規模なストライキというものは全く見かけられない。かの時代にはプロレタリアートという階級の闘争によって世界は変えることができるという強いイデオロギーを多くの人が共有していたが、今は「イデオロギー後の時代」だとさえ言われるほど、人々を導く原理が欠如している。

交通や通信、交易が長距離化したため、闘いの場はこの国の中ではなく、他所に移ったのだと言うこともできるだろう。しかし、この国に暮らす私たちも、解放―貧しさからではないならば/ないとしても、平和な生活を脅かす諸力から―されているわけではない。1920年代、30年代がそうであったように、現在、正規雇用以外の不安定な雇用の蔓延や、年金や税の累進率、直間比率の改悪などによる働く者の暮らしの圧迫(あるいは、その引き金となる状況)は、単独でやってきたのではなく、戦争への準備と表裏一体になっているのだ。

今、闘わないことを選び取るのは適切とは思われない。

2004年 9月 16日 午前 03:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.15

クリエイティブ・コモンズの発展途上国向けライセンス

Creative Commons が「発展途上国向けライセンス」という新しい形態を発表した(報道発表ブログ)。世界銀行の区分で「高収入経済国」と分類されていない諸国、つまり、一人あたり国民総所得 $9,386 未満の諸国に適用される。先日参照した一人あたりGDPの表と対照すると、ほぼ、一人あたりGDP $15,000 未満の諸国にあたるようだ。台湾(中華民国)のように、分類表に載っていない場合はどうなるのかしら。

私事になるが、今、アントニオ・ネグリの『<帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(以文社、2003)を読んでいる。このクリエーティブ・コモンズのライセンスの話も、グローバリゼーションによる脱領土化の流れの中で、主権の形態が国民国家から<帝国>に移行しつつある徴候の一つであり、貧者という生産的なマルチチュードによる構成的な相互作用の活性化を狙った動きであると分析できる…かな?(全然違っていたらどうしよう。)現在、ようやく真ん中へんまで読み進んだところで、読み始める前の予想よりはずっと分かりやすく書かれていると思うが、この手の本を読み慣れていない頭にはやっぱり辛い。読み終わったら(読み終わるのか?)、感想をまとめてみよう。

2004年 9月 15日 午前 09:57 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.14

憂うつなブロガーの独り言

先日、今までに自分が書いたブログ記事を読み返してみて、その多くが読む価値があるものだったのか、言い換えるなら、書く価値があったものなのかを疑問に思ってしまいました。主に自分が日々感じたことを書いてきたのだから、読む人(他人)にとって価値がなくても、さほどおかしくはないのかもしれません。私にとって、もっと心配なのは、書く価値があったのかということです。

このブログは、何か確固たる方針があって、それに沿って作られてきたものではありませんが、漠然と、平和とか貧富の差とかといった“状況”について、どちらかと言えば見逃されがちと思われる事象をとりあげ、世の中全体から見れば少数派に属しそうな意見を、その存在を明らかにするために記しておく場として、私の中で育ってきたように思います。

独創的であらねばという気負いはないのですが、書いた後で、同じ意見の人がいるのを見つけると、同志を見つけた喜びと、「なんだ、ちゃんと取り上げている人が(たくさん)いるんだ。私の書いたものは雑音を増やしてしまうだけだったかもしれない」といった不安が相半ばします。

先週末から World Peace Now の新着記事を rss に加工して公開を始めましたが、それにしたって、まずもって二次利用に過ぎないし、探してみれば、杏さんの反戦関係情報処のように手際よく反戦運動のイベントスケジュールをまとめたブログ(rss フィードあり)や、反戦運動インフォメーション(カレンダー)などがあり、また、hana さんの Peace Event Calendar も再び更新を続けてくださるようですから、やる価値などないのかもしれません。

でも、私はもう少しブログも rss も続けてみようと思います。それは、仮に同じような主張であっても、情報の重なり(冗長性)には、それなりの役割があると思うから。人の目に触れやすくなる。声が大きくなる。一人が疲れても、他の者が火を護ることができる。「私たち」を構成することができる。考えてみれば、当たり前のことなのですが、自分がこの事実に納得するには、少し時間が必要でした。

かくして、このブログと私の作る rss フィードたちは、存続の危機を辛くも脱したのでありました。

2004年 9月 14日 午前 08:01 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2004.09.13

ハリケーンについて

東アジアでも台風が猛威を振るうなど、激しい天候が続いていますが、アメリカ東海岸やカリブ海でも、今年はハリケーンの当たり年であるようで、Charley、Frances に続き、ハリケーン Ivan がキューバ、フロリダに近づいているようです。

TIME 誌の記事 "Force of Nature" によると、今年、ハリケーンが多いのは、単調な地球温暖化の進行によるものではなく、数十年周期の気候変動が最大の原因のようです。1926-70年の期間は大西洋の海面温度が若干高めで、ハリケーンが多く発生したのに対し、1970年から94年ぐらいまでの間は海水温が低めで、ハリケーンも少なかったようです。1995年以降は、また海水が暖かくハリケーンが生まれやすい状態に戻ったとのこと。(海水温の上下は0.5℃から0.8℃ぐらいの差であるようです。)

今年は、上空の気流がハリケーンの上陸しやすい経路を作っていたことも指摘されています。MSNBC の記事では、ここ十年ほど、大西洋上の低気圧の配置が、ハリケーンに北寄りの進路を取らせていたのに対し、今年は東海岸近くに高気圧が張り出しているため、真西に向かって進むハリケーンが多いとも説明されています。太平洋に El Niño ができはじめているので、10月にはハリケーンが平均以下になるのではないかとの予測も。これに対し、同じ問題を扱った The Christian Science Monitor の記事は、今回の El Niño は弱いので、あまり影響がないだろうという悲観的な結論を出しています。

ところで、風速について、日本では秒速・メートルで表し、アメリカでは時速・マイルで表しますが、換算してみたところ、秒速10メートル=時速22.5マイルでした。先日の台風18号での広島の最大瞬間風速秒速60メートルは時速135マイル。今、カリブ海にいるハリケーン Ivan は160マイルの暴風を伴っていると報じられています。人々の無事を祈らずにはいられません。

そういえば、宮島の厳島神社について、私は「あんな波打ち際に建てるのが悪い」と思うのですが、やっぱり修復するのでしょうか。文化財が失われるのは残念だと思う反面、教訓を学ばない、人間の愚かな習性を見るようにも思ってしまいます。それとも、壊れたら直すのを何回も繰り返していくことで価値が生まれるのかな。

2004年 9月 13日 午後 05:12 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2004.09.12

コーヒー豆は凶事の兆し

ここ数年、コーヒー豆の価格が低迷しており、生産者、つまり「南」側諸国の農家が大きな打撃を受けている。その中で、NestleTchiboSara LeeKraft という大手コーヒー産業の四社(リンク先は各社トップページ)がコーヒー農家保護や、児童の就労、強制労働などの撲滅のため協定を結んだという記事: "Coffee pact aims to help growers" (BBC)、 "Big coffee companies agree to set standard" (Reuters)。

ブラジル、ベトナム、ケニヤ、コロンビア、インドネシア及び中央アメリカ諸国の生産者との連繋を強め、買い取り価格の引き上げを狙うという。協定の締結にあたっては、ドイツの DKV というコーヒー業界団体が関わっている。(DKV のサイトから、持続可能なコーヒー生産を目指すという業界規約プロジェクトに関するサイトへのリンクがあった。この一環として今回の協定も締結されたと思われる。協定に同意した各社や DKV のサイトには、今のところ、今回の協定に関する記載は見あたらない。Nestle のサイトには、コーヒーの価格問題に関するページがある。)供給過剰を是正しなければ、解決は難しいとして、協定の効果を疑問視する声も多いと報じられている。

コーヒー豆の価格暴落の問題は、インドの農家での自殺者増加の問題と同じく、自由市場主義や構造改革(財政支援の見直しや関税障壁の見直しなど)を旗印とする、グローバリゼーションに媚びた経済・貿易体制への警鐘に違いない。古い喩えだが、私たちは今、坑道の中でカナリアが次々と死んでいくのを目にしているのだ。爆発が起こった時、何にも気がつかなかったと言い訳することは許されない。

2004年 9月 12日 午後 04:53 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2004.09.11

平和をフィードしたい

9月11日を機にして、World Peace Now Japan に掲載されるリンクを集め、 rss フィードとして公開することにした。このブログの左下のほうに置いたリンクがそれである。

いくつか、あらかじめ言い訳じみたことを書いておこう。まず、私は World Peace Now Japan の関係者ではない。無許可・非公認でフィードを作成・公開していることになる。フィードに生じる問題はすべて私の責任であり、World Peace Now Japan の関知するところではない。逆に、サイトの内容に関しては、私は全くの部外者である。また、サイトの変更等によって、私の力ではフィードが作成できなくなる可能性もある。つまり、いつまでフィードが提供できるかは全く約束できないということだ。さらに、このフィードには重大な欠陥が一つある。それは、生成される見出しがサイト内のリンクに限られているということだ。リンクではなく、“地の文”で重大な発表等があっても、それをフィード生成スクリプトは拾ってくれない。だから、このフィードを講読するだけでは、更新の状態が把握できない可能性がある。ひょっとすると、それは危急の時期に特に起こりそうなことでもある。(人手で書き足すこともできるようにしてあります。もし World Peace Now Japan の“地の文”の中にフィードすべき内容を発見された方は、ぜひご連絡ください。)

フィードは、毎日午前5時と午後5時、自動で生成される。World Peace Now Japan のサイトでは、画像からリンクが張られていることがあるが、その場合、見出しでは「■」や「□」だけにしてしまっている。文字コードはシフトJISである。とりあえず、Bloglines で講読できることは確認した。アイテム数は30。ただし、リンク元が複数あれば、いくつかの見出しが同じURLを指し示すこともある。

サーバの perl のバージョンが古いため rss 関連のモジュールではなく自前のコードで動かしていることもあり、いろいろと不具合が出てくるかもしれない。ここ十日ほど動かしてみて、すでに修正を要した問題がいくつかあった。まだ問題が出尽くしたわけではないだろう。

実は、今年の初め、青空文庫新着情報RSSと同時に World Peace Now Japan の rss 化をしていたのだが、その時はもう少し複雑な処理を織り込んでいたため、サイトの構成がちょっと変わった途端に使いものにならなくなってしまった(その経験から学んで今回は単純にリンクを拾うだけなので、リンク集的なコンセプトが変わらない限り、何とか機能し続けると思うのだけれど…)。その時は、hana さんの Peace Event Calendar がこまめに情報を伝えてくれていたので、私はそれに頼ってしまい、フィードを作り直す努力をしなかった。(あ、hana さんが久々の更新。お帰りなさい!)ネットでの情報収集を rss に強く依存している私は、フィードのない World Peace Now Japan には足が遠くなりがちである。そんな怠け者の自分が少しでも平和運動に関わっていけるようにと作ったフィードである。私と同じように無精な人が利用してくれればうれしい。

2004年 9月 11日 午前 05:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.10

兵隊サンガ通ル

同駐屯地によると、隊員約二百五十人が小銃や機関拳銃を携行し、同日午前十一時から十分間、国道の松浦交差点から島瀬交差点まで行進する。

台風の中で諫早湾はどうだったかを知ろうと思い見ていた長崎新聞の記事より。陸上自衛隊相浦駐屯地の行事で十一日に陸自西部方面普通科連隊が銃を携行して佐世保市内のパレードを行なうという話です。一昨年は佐世保市の抗議により銃の携行は見送られましたが、昨年は自衛隊側が「陸自本来の姿を披露し、市民の理解と信頼を得たい」と主張して実施したとのこと。翌日には駐屯地内で戦車を使った「模擬戦」を一般公開するとあります。

日程がニューヨークでのテロのあった日と重なっていることもあり、「同時テロを市民に想起させ、日米軍事同盟関係の強化や憲法九条改正の認知を迫るもの」だとして原水協や労組が中止申し入れなどを検討しているそうです。

自衛隊の「ありのままの姿」とは銃を持った姿であり、市民から得たい「信頼」とは、この人たちがしっかりと自分たちを攻撃から守るために戦ってくれるという信頼なのだと思います。理解とは、そのような戦いが必要となる蓋然性を理解するということでしょうか。

このニュースを読んで全く問題を感じない人も多いのかもしれません。その人たちに対しては、自衛隊はあらためて理解や信頼をお願いする必要もないと言えるでしょう。私は居ごこちの悪さを強く感じました。自分が感じた違和感を自分なりに分析してみます。

私は、自分の住んでいる国が無条件に「戦争から自由」であると信じているわけではありません。日本が戦争に巻き込まれる確率は高まっているとすら考えています。戦争が近づいているならば、見て見ぬふりをするべきではないとも思っています。そこまでを共通認識にするとして、問題は、「だから戦いの準備をしなければならない」という話になるのか、「だから戦争に結びつく要素をできるだけ除去するべきだ」という話になるのか、あるいはその二つの命題の間のバランスだと思います。

私は、強く後者の方向に世界を持って行きたいと考えています。そういう私にとって、今、多くの政治家たちがやっていることは、全く見当はずれでバランスを欠いているように思えます。わざわざ絶え間ない戦闘状態にある多国籍軍に参加してみたり、悼むべき多くの死の原因を作った人々が祀られる神社にこれ見よがしに詣でたり。それらに比べ、彼らが戦争を避けるためにしている努力は著しく小さいものではないでしょうか。

自衛隊が戦う準備ができているのだと誇示して行進すること。それをだれがどのような目で見るか。もちろん、いろいろな人が、いろいろなところから、いろいろな思いで見るのでしょう。その人たち、そしてその眼差しを見渡せば、パレードと言っても、到底、この行進は戦争を遠ざけることにつながる行動だとは思えません。だから私には、なぜこのようなことをしたがるのか理解できないし、むしろ不信感をかきたてられてしまいます。

自分が感じる違和感は、こんな単層的なものではないという自覚がありますが、とりあえず、自分の心理の一面を書いてみました。直接関連のある話題ではないかもしれないけれど、DoX さんのブログにトラックバックを送ります。

2004年 9月 10日 午前 07:18 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2004.09.09

ファルージャ、9月7日

昨日(9月8日)の午後5時すぎに、ネットで見かけた見出しを並べてみます。7日に行なわれた多国籍軍によるファルージャ攻撃を伝える記事です。

朝日:ファルージャで米軍が大規模攻撃、100人死亡と発表
日経:戦闘で100人が死亡か・イラクのファルージャ
毎日:イラク:米軍空爆、武装勢力約100人死亡 ファルージャ
読売:米軍がファルージャ攻撃、武装勢力100人を殺害
産経:武装勢力 100人死亡か イラク

毎日、読売、産経の見出しは、死亡したのがすべて武装勢力であって一般市民ではないという印象を与えかねず、適切ではないと思いました。

アルジャジーラでは、見出しが「合衆国のファルージャ攻撃に逃げまどう家族たち(Families flee US pounding of Falluja)」となっており、冒頭の要約文は「イラクの都市ファルージャは激しい砲撃を受け、家族を逃げまどわせ、一般市民に死傷者が出ていると病院筋は伝えている」です。記事中の小見出しには「民間人殺される(Civilians killed)」 ともあります。同じ出来事について読んでいるはずなのに、受ける印象は全く違うのではないでしょうか。

これまでの一年半のようすを見れば、アメリカ軍の攻撃には必ず付帯的損害(民間への被害)が伴っており、それに触れない軍当局発表は信頼するに足りないことは明らかだと思うのですが、そのように判断して読むのは読者の責任だということなのかもしれません。

100人という数字は、攻撃を行なった米海兵隊の発表したものですが、AP電は次のように伝えていて、かなり懐疑的であるようにも感じられます:「火曜遅くに出された声明の中で、海兵隊広報官 T.V. ジョンソン中佐は、火曜日のミサイル攻撃により「かなりの敵の戦闘員(最大100人)が殺されたと推測されている」と語った。この主張には証拠はなく、ジョンソンはアメリカ軍が「ファルージャ市内に入っていない」ことを認めた。」(ちなみに、Reuters電では、この声明がeメールで出されたものであるとされています。)

記事の中に、どれぐらい、街の人の視線が感じられるかも見てみましょう。毎日の記事は短く、街のようすを示す記述はありません。読売の記事は「市内の病院関係者は、戦闘によるイラク人死者は、少なくとも9人だと述べた」 と伝えています。日経と産経の記事は共同電をそのまま使ったもので、「ファルージャの病院関係者は、8歳の子供を含むイラク人4人が死亡、12人が負傷したとしている」 とあり、これは共同通信がある意味で海兵隊の発表を鵜呑みにしていないという態度表明をしていると読めるかもしれません。朝日の記事には「市民が通りを逃げまどい、モスク(イスラム礼拝所)からは「神は偉大なり」という放送が流れ続けるなど、市内は異様な雰囲気に包まれたという」という記述があり、それなりに街の情景を思い浮かべることができるように思います。

実は私はこの日のファルージャのようすをこれらの新聞記事よりも先に高遠菜穂子さんのブログで読みました。ヨルダンのアンマンにいる高遠さんがファルージャにいるイラク人の友人からのメールで知ったという状況のひどさがあまりにも伝わってこない見出し/記事だと思い、苦言として書き留めておくことにしました。

2004年 9月 9日 午前 12:01 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.09.08

チェチェンの声

How can 42 thousand children be killed legally? ― 北オセチア、ベスランの学校での惨事に関する Kavkaz Center というサイトの記事。9月3日付けで、Said Ibrahayev さんという人の署名がある。

この時点で132人とされていた生徒が監禁されたことに関しての騒ぎに対し、チェチュニアでは4万2千人の児童がロシア軍によって殺されてきており、残された者たちも人質のような状態に置かれているのに、なぜそれは問題とされないのかと問いかけている。(この記事では、ロシアとの戦争によって殺されたチェチェン人の数を25万人と推定している。)

このサイトには、この他、ロシア軍による突入前の3日付けで、ベスランの病院に850床のベッドが用意されたこと、ベスランの電話回線が不通になったことなどを挙げ、強行突入が近づいていることを危ぶむ記事や、5日付けで、犯人グループの中にアラブ人や黒人がいたとする当局側の発表を裏付ける人質の証言がないと報じる記事などがある。

Chechnya Advocacy Network は、テロリズムを用いて戦うグループが必ずしもチェチェン人一般の支持を得ているものではないことを指摘し、「テロとの戦い」の旗印のもとにチェチェン人への迫害が強まることに警戒が必要だという主張を載せている。

2004年 9月 8日 午前 07:40 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.09.07

イラクの大学の現状

私自身が学校に勤める身であることもあり、このブログでも折に触れイラクでの教育についての話題を取り上げてきました。

Iraq's universities still recovering (AP電) ― サダム・フセイン政権の崩壊から一年半近くが経とうとしているが、イラク国内の大学では、施設が破壊されたり、略奪にあったりして、再開を前に、いまだに十分な準備はできていない。最も大きなバグダッド大学は学生数がほぼ7万人に達するのにも関わらず、予算は200万ドル程度である。

イラクには大学が20、工業学校が50あり、35万人程度が在学している。4万人が在学する al-Mustansiriyah 大学の学長は、コンピュータや理系の実験室、図書館などが略奪に合い、教室の椅子さえない状態であると語っている。サドル派民兵を捜索するアメリカ軍による破壊も受けた。

フセイン政権時代に海外との接触が限られていたり、予算が少なかったこともあり、カリキュラムの見直しも急務である。教員の確保も難しい。戦争後、30人以上もの大学教員が殺害される中、教職は安全とは言いがたいが初任給は145ドルに過ぎない。

ユーフラテス河岸、人口約20万人の地方都市サマワでの給水活動という、費用対効果が著しく低く、全国的な目にも触れにくい自衛隊による事業の代わりに、高等教育復興へ同規模の資金協力をしていれば、どれだけ日本の面目が上がっていたかと考えると、悔やまれてなりません。

記事の中に、イラク教育相の「(フセイン)政権は雑誌や本、ペンなどより、大砲や銃弾にお金を使うことを好んだ」という言葉が出てきます。同じような嗜好は日米の指導者にも当てはまるように思います。

2004年 9月 7日 午前 12:07 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.06

ホームレスの彼からの手紙

ホームレス自立支援雑誌「ビッグイシュー」を買ったら、中に端正な文字で次のように書かれた紙(コピー)が入っていた。他人の書いた文章をまるごと載せてブログの記事にしてしまうことには、ためらいもあるが、おそらく彼も拒みはしないと思うので、引用する。

本日は京都タワー前にてビッグイシューをお買い上げ頂き誠にありがとうございます。
僕は訳あって今はホームレスになってしまいましたが、ビッグイシューを足掛かりに年内には社会復帰をしたいと思っています。
京都ではこの本の知名度はあまり高くなく一日平均(7月・8月)10冊弱しか売れません。
お客様も、友人・知人に出来ましたら宣伝をよろしくお願いいたします。
タワー前では、AM9:30頃より夕方まではほぼ毎日販売をしています。
バックナンバーやその他なんでもお気軽にお声をおかけ下さい。
今月より月2回の発行となりますが、応援よろしくお願いします。
本日はお買い上げ頂き本当にありがとうございます。

6月ごろから京都駅前に立っている彼は、私の知っているビッグイシューの売り手たちの中では一際若い、まだ30代の明るい人だ。これから彼にどのような未来が待っているのかは分からないが、職につけたら、きっと今の辛さを忘れることなく、社会の生産的な一員になるのではないかと思う。

9月1日発売の第12号では、ベトナム戦争時代の米国防長官ロバート・マクナマラをめぐるドキュメンタリー映画「フォッグ・オブ・ウォー」でアカデミー賞を受賞したエロール・モリス映画監督のインタビューが興味をひいた他、スローフードの特集(日本版独自の企画)が面白かった。

2004年 9月 6日 午後 02:57 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.05

クルド人難民申請について

"Japan: Government endangers refugees' families in Turkey" ― アムネスティ・インターナショナルによる日本国法務省の難民申請者取り扱いに対する批判。

14名のトルコ国籍のクルド人難民申請者に関し、法務省の職員がトルコ警察の警察官とともにトルコ国内の家族のもとを訪れ、渡日の目的や難民申請を出した背景などについて事情聴取を行なったということのようである。

その人たちの申請の妥当性をとりあえず棚に上げるとしても、故国で政治的な迫害を受ける可能性を理由に難民申請をしている人に関して、その国の官憲の協力のもとに取り調べを行なうというのは、どう考えても常軌を逸しているのではないだろうか。法務省のこの行動を私は日本国民として、非常に恥ずかしく思い、強く糾弾する。

2004年 9月 5日 午前 09:26 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2004.09.04

中国のタブーと教科書

中国の中学校で今学期から使われる教科書が今までのタブーを破るという人民網の記事(英文)。

学校教育ではタブーとされてきたそのトピックとは「愛」。ネットやテレビなどでいたずらにセックス等について好奇心をかき立てられるよりも、真正面から教育の課題として取り組もうという試みのようです。

その教科書では、「愛は歌だ」と名付けられた一つの章に、プーシキン(1799-1837)の詩「恋文」(リンク先は英訳)やShu Ting という中国の詩人の詩(たぶんこれだと思う。リンク先は中国語)、シャーロット・ブロンテ(1816-55)の「ジェーン・エア」(リンク先は物語倶楽部収録の日本語訳)などが収録されているそうです。「ジェーン・エア」については、平等に関する有名な一節とあるので、たぶんここでしょう。

女は一般に極めて温和だと思はれてゐるが、女も男が感じると同樣に感じ、彼女等の兄弟が要すると同じく、彼女等もその才能を働かし、力を發揮させる場所を要するのである。彼女等もまた男が苦しむとまつたく同じに、餘り嚴し過ぎる束縛の爲めに、餘りに絶對的な沈滯の爲めに苦しめられてゐるのである。女たちは、プディングを こしら へたり、靴下を編んだり、ピアノを彈いたり、また袋の 縁縫 へりぬひ をしたりすることの閉ぢ籠つてゐるべきだなどと云ふのは、彼女等よりももつと幸福な境遇にゐる人、即ち、男の考へが偏狹だからだ。もしも彼女等が今迄彼女等の性に對して、必要だと習慣づけられて來た以上に行爲し、學ばうと欲するとき、彼女等を非難し嘲笑するのは輕率なことである。

悲しくなるので、「ジェンダーフリー」の排除、男女混合名簿廃止などの話題にはあえてリンクをしません。

2004年 9月 4日 午前 10:56 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.09.03

훈련

ローマ字やカタカナが世間に氾濫しているという批判はよく聞きますが、テレビを見ていて、一つだけどうしてもローマ字というか英語を入れてほしいと思う場面があります。9月1日にもあった、災害等の訓練の時です。ふつう、画面のどこかに「訓練」という文字が入っていますが、漢字を読むことができない人や、アナウンサーの話す言葉を全部理解できない人には、これでは映し出されているのが実際の災害の映像ではないことが分からないと思います。

中継映像の時に「LIVE」と英語で書くのが許されるなら、「訓練」も英語で書いてくれないものかなあ。Drill、Exercise、Training、Simulation。「ライブ」と同じぐらいよく知られている英単語で、ここで使えそうなものもいくつかあると思うのだけれど… (この話は、私たちの社会に住む外国人たちを「情報弱者」にしないようにという主旨で書いているのですが、別に私は日本にいる外国人に対応するためには、何事も英語を添えればいいと言いたいわけではありません。外国から来た人だからと言って、みんなが英語が読めるわけでもないし。ただ、漢字よりは敷居が低いかなとは思います。)

あなたが日本に来た旅行者で、ホテルでテレビを見ていたとします。あるいは、労働者の家族として、言葉も分からないまま、アパートで一人でぼーっとテレビを見ていたという設定でもいいです。日本の首相が作業服を着て出てきて何か発表を行ない、次々とけが人が担架で運ばれるのを見たら、びっくりするんじゃないでしょうか。何が起こったんだろう。画面の右上には目立つように赤い文字で何か書いてある。私には読めない。きっと「非常事態」と書いてあるに違いない!

この稿のタイトル、読めないもどかしさを再現するつもりで、韓国語にしてみました。うまく表示されるといいのですが。いや、文字化けしたらしたで、読めないのだから、目的は達成できたのかもしれません。

2004年 9月 3日 午前 09:36 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.09.02

沖縄の長く曲がりくねった道

宜野湾市での墜落事件に関する琉球新報の報道(9/1):

先の米軍ヘリ沖国大墜落事故をめぐり、米軍が県警を現場検証から排除するなどした対応について、在日米軍高官が「(日米地位協定に照らして)間違いだった」との見解を河野太郎衆院議員に示していたことが1日、分かった。

素人が読んでもおかしいのが分かるのだから、当たり前と言えば当たり前ですが、先は長く、遠いようです。

高官の発言は、県民の反発を踏まえ、地位協定の運用改善に前向きな姿勢を示す一方、協定の改定には応じないとする立場を強調する狙いがあるとみられる。

沖縄国際大学の教職員・学生有志によるサイト「沖国大ヘリ墜落事件情報ネットワーク」にリンク。まだ作成途上のようですが、息の長い活動を期待したいです。応援しています。

以下は沖縄タイムスの記事から。冷笑的な人は私のような反応を嗤うのでしょうが、私たちの名で差し出される「思いやり予算」がイラクの人々を死に至らしめるために使われているように思えて、すこぶる気分が悪いです。

在沖米海兵隊からは二月にも三歩兵大隊と航空支援部隊、計約三千人とともに普天間所属のヘリ約二十機が派遣された。うち二つの大隊がイラク人七百人以上が死亡したと伝えられるイラク中部のファルージャの戦闘に参加した。

この記事は、また、基地移転に関して、

普天間所属の五十六機のうち四十数機がイラクに派遣、現在残っているのは十機程度で、“空洞化”が進んでいる。 在沖米海兵隊一万六千人のうち、実戦部隊の大半の約五千人が欠けても、安全保障に何らの影響も与える兆しはない。普天間飛行場の現状は、戦略的にはグアムへの航空力増強により、海兵隊の兵力の分散移転が十分に可能であることを証明している。

と指摘しています。辺野古でのボーリング調査が強行されようとしている中、全く楽観的にはなれませんが、沖縄のいびつな現状が少しでも改善されるよう、がんばりましょう!

最近、かなりたくさん沖縄について書いたことに気が付きました。もっと腰を据えて書かなくちゃいけないのかもしれませんね。今考えていることをすぐ発表できるのがブログのいいところでもあるのだろうけれど。

2004年 9月 2日 午前 12:17 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2004.09.01

強い国、弱い国

ABS Medal Tally ― オーストラリアの統計省がまとめた、各国の人口あたり金メダル獲得数順位表。1位は人口31万7千人に一つの金メダルを獲得したバハマ。以下、ノルウェー、オーストラリア、ハンガリー、キューバと続きます。日本は798万4千人に一つの金メダルという計算になり、31位。

この表を Excel にコピーして、金から銅の総メダル数で順位を調べると、345万2千人に一つのメダルを取った日本は44位となります。世界で二番目に新しい国(だと思う)エリトリアの一つ上です。

これを見て、無性に他の面での国や地域別の集計表が見てみたくなり、アメリカ合衆国中央情報局(CIA)の国民一人あたりGDP順位表を見ました。ちょっと悪趣味ですが、いくつかの「ならず者国家」の数字を比較してみます。

アメリカ(第2位、$37,800) 対 イラク(第186位、$1,600) ― 23.6倍
アメリカ(第2位、$37,800) 対 アフガニスタン(第219位、$700) ― 54.0倍
イスラエル(第41位、$19,700) 対 パレスチナ(―*、$700) ― 28.1倍
日本(第18位、$28,000) 対 北朝鮮(第203位、$1,000) ― 28.0倍

*パレスチナは、ヨルダン川西岸(第217位、$800)とガザ地区(第228位、$600)を単純に足して、2で割りました。

一人あたりではなく、素のGDPでも比較してみましょう。

アメリカ(10兆9,800億ドル) 対 イラク(387億9,000万ドル) ― 283.1倍
アメリカ(10兆9,800億ドル) 対 アフガニスタン(200億ドル) ― 549.0倍
イスラエル(1,206億ドル) 対 パレスチナ(24億6,800万ドル) ― 48.9倍
日本(3兆5,670億ドル) 対 北朝鮮(228億5,000万ドル) ― 156.1倍

イラクや北朝鮮に関して、「悪の枢軸」「テロ国家」といった特徴付けをとりあえず受け入れることとして、そのテロを産み出す背景が何なのか、そしてそれを武力によって「解決」しようとすることがいかに大人げないかを見る思いがします。

2004年 9月 1日 午前 12:24 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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