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2004.06.26

アルンダティ・ロイを読む

アルンダティ・ロイさんの『誇りと抵抗』(集英社新書、新刊)と『帝国を壊すために』(岩波文庫、2003)を読んだ。(Arundhati Roy さんについては、一か月ほど前にも取り上げたことがある。)

『誇りと抵抗』は、主に現代インドのかかえる二つの問題を論じた文章を集めたもの。問題の一つは、私たち自身も常にインドの中に見る二極分化(例えば、ハイテク産業の躍進と下層カーストのスラム街などの対比。この問題のことをロイさんはこの本の冒頭で「インドはひとつの時空間のなかで、いくつもの世紀を生きている」と描写している)から派生するもの。建国以来、治水や発電を目的とした大規模ダムの建設が多く行なわれ、その度に最貧困層が補償もなく立ち退きを強いられ、その数は数千万人にも達するという。これらの政策の不公正さに対する訴えは司法当局が門前払いにしてしまうため、批判が封じ込められている。また、ヒンドゥー至上主義者によるムスリムの虐殺に関与したり黙認したりした者が中央でも地方でも政治権力を握っていて、民族主義的、あるいは宗教的ナショナリズムを昂揚させている。問題のもう一点は、グローバリゼーションの圧力である。アメリカ等の大資本、多国籍企業などが市場開放や民営化を促すが、(第一の問題に関して記したように)腐敗した統治機構のもと、そのような新自由主義は民主主義を弱体化させ、弱者の搾取を加速させるのみである。

『帝国を壊すために』の中心は 9.11 以降のアメリカの行ないへの痛烈な批判である。アルカイダとイラクとの協力関係、大量破壊兵器保持など、その後、全くのでたらめであることが暴露された戦争の大義に疑義を呈示するだけでなく、「テロとの戦い」やイラク攻撃の根底に合州国政府を支える大企業の権益獲得の野望があることを明らかにしている。また、これらの事実が明らかになるごとに、〈帝国〉の本来の姿が顕わになってきており、私たち市民は〈帝国〉に抗い、押しとどめることができるのだという強い信念を私たちに伝えてくれている。

私が今まで付き合いのあったインド出身者たちが主に日本研究などに携わる人たちだったからか、彼らや彼女たちが懐く日本への親近感に比べ、私自身は、自分が二つの国の間にかなり距離を感じてきたように思う。ロイさんのこの二冊の本を読んで、私はインドと日本がとてもよく似ていることに気が付かされた。私たちをとりまく状況のあらゆる面で、類似点を指摘できるのだが、一例として、三か月近く前に私がここで書いた「雇われ国家の再軍備」と題した文をあげよう。私はその中で日本の軍国主義化が、ナショナリストたちとアメリカという〈帝国〉への追従を旨とする人たちという二つの異質なグループによって推し進められるのではないかという意見を書いたが、その結びつきが表面的で便宜的であるのではなく、本質的であることをロイさんの論考を読むことによって私はようやく理解できたように思う。

また、「色のついた布にすぎない国旗なる代物」とか「領土を監視するさもしい根性の代わり(の大地への愛)」などという表現は、日の丸・君が代の強制や、尖閣諸島や竹島を巡って排外的な言説がまき散らされることに見られるような、この国におけるファシズムの擡頭を論じるにも適した語彙であろう。

「フィクションだろうがノン・フィクションだろうが、わたしの書くものの多くが主題としているのは、権力とそれを持たないものとの関係、そしてそれらが果てしなく循環する闘争だ。」と書くアルンダティ・ロイさんの小説『小さきものたちの神(The God of Small Things)』が届くのを私は今、心待ちにしている。

2004年 6月 26日 午前 01:08 | | この月のアーカイブへ

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