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2004.06.23

イラクを教室に喩えれば

今日は私のお気に入りの韓国のバラード歌手、スヨンさんが日本でデビューする日なので、楽しい記事を書きたかったのだけれど、目覚めてみれば、意識も無意識もが喜びの感情や表現を自己規制してしまうような朝だった。

ファルージャで捕虜となっていた韓国人 Kim Seon-il さん殺害の報。神学とアラビア語を学び、牧師となってイスラム世界で布教活動を行なうことを見ていたというこの青年。占領軍の一翼をなす国の旅券を持ち、アメリカ軍に物資を供給する会社の通訳としてファルージャに赴くことがよい判断であったのかどうか、世はまた問うのかもしれない。彼がこころざし半ばだったことは間違いなく、その死が彼の信じる神の御旨であったにしても、痛ましいという他にどんな言葉を用いてこの事件を記憶することなどできるだろう。

「テロは容認しない。撤退はしない。」「派兵はイラクの復旧と再建のためだ。」盧武鉉大統領も、ブッシュ大統領や小泉首相と変わらぬ発言をしている。ちょっと乱暴な比喩になってしまうが、これら派兵国の政治家たちが教壇の上の教師、イラクの人たちが教室の生徒たちだと考えてみよう。生徒たちの何人かはちゃんと勉強していて、教師に対してさして不満もいだいていない。一部の生徒たちは教師の教え方に不満を持っており「つまらない授業だな。もうちょっとうまい先生だったらいいのにな」などと心の中で思っているが、声には出さない。さらにごく一部に勉強に落ちこぼれたツッパリの生徒がいて「おい、先公、てめえの説明、何も分かんねえんだよ」などと毒づいている。だんだんこのツッパリの生徒たちが手が付けられなくなり、教室全体が騒然となる。教師は、静粛を促し、同じ説明を再び繰り返す。もちろん、何回聞いても分からない生徒にはこの説明は分からないし、分かっている生徒はうんざりしてくる。教師の信頼はどんどんと低下し、教室の雰囲気は更に荒廃する。ノ・ムヒョンやブッシュや小泉は、こういうことをやっているのではないだろうか。一言で言えば独善。文科省の表現を借りれば「指導力不足の教師」ということなのかもしれない。

2004年 6月 23日 午前 10:58 | | この月のアーカイブへ

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このニュースの日本第1報に触れたのは、昨夜3時前だった。 韓国番組を放送するCS「KNTV」では、夜9時のKBSニュースを、深夜1時半から再放送する。 で、それ... 続きを読む

受信: 2004/06/23 16:03:40

コメント

ご無沙汰しています。

TBをお送りしたのに、記事タイトルを付けるのを忘れてしまい、大変申し訳ありません。
盧武鉉大統領の談話、仰るとおり、本当にがっかりです。

しかし、日本のマスコミ報道を観ていると、あまりにもこの事件がさらりと流されていて、もしかして、自分は無意味にナイーヴなだけなのか?と思ってしまいそうになります。

今日は東京のタワレコでスヨンさんのインストアイベントなのに、スヨンさんも心中穏やかではないでしょう。
ここに参加される方は、まちがってもこのニュースを知らないまま会場に行ってしまうことがないように...。
なんて思うのは、高飛車なんでしょうかね。

投稿: もんもんい | 2004/06/23 16:18:49

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