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2004.06.19

愛すれど心さびしく

アメリカのCarson McCullers (1917-1967) の代表作 The Heart Is a Lonely Hunter が再び脚光を浴びているそうです(The Washington Post の書評)。1940年に出版された小説が半世紀以上の時を経てベストセラー1位に返り咲いたというのは、驚くべきことではないでしょうか。

The Heart Is a Lonely Hunter は、まだ人種差別の激しかった1930年代のアメリカ南部の小さな町で働く聾唖者のユダヤ人青年 Singer と、彼と同じ家に住む少女 Mick を中心に、黒人解放運動に取り組む牧師 Copeland などをはじめとする、かなり個性の強い人々(と、かなり複雑な人間関係)をめぐって、淡々と、薄暗い文体で書かれた物語です。いろいろな人たちの愚痴や悩み、怒りを Singer はじっと聞きます。彼が親友を亡くした時、人々は彼の悲しみに気づくことができず、彼は自殺してしまう。

私は、この小説をもとにした映画『愛すれど心さびしく』を中学生になったころテレビで見て、Singer のような人間になりたいと思いました。映画は原作に比べ話や人間関係が単純化されていて中学生にも理解できるようなものになっていましたし、とても印象的な墓地での会話で終わっていました。「私たちはみんな、自分の悩みを彼のところに持って行ったが、彼の苦しみをだれも分かってあげていなかった」「彼は私が必要とした時、いつもそばにいてくれたのに、彼が必要とした時、私は彼を拒絶してしまった」

慈しみ深い友であり、人々の罪、咎、憂いを引き受けようとするが果たせない、不完全なキリスト。そんな人に私はなりたいと努力しました。とても難しいですね。人の愚痴とかをじっと聞いて、疲れた人を支える姿勢はある程度身につけられたけど、それでも、どうしても自分の意見を主張してしまうし、反論めいたことを言ってしまったりする。自分にはそれなりの智恵があるという愚かしい自尊心が邪魔をしてしまいます。

心がうつになってからは―それはほぼ、このブログを書き始めてから、と同義です―、自分の理想とは反対に、自分の心の波立ちをかなり頻繁に書き連ねてきたような気がします。客観的に見て、私の心がおかしいというだけでなく、世の中自体もだいぶおかしくなっているとも思いますが、私の文章を読んでくださる方々には、とても重い気持ちをお裾分けしてしまっていたかもしれません。読む人に Mr. Singer の役割をお願いしてしまっていたようなものだと思っています。すみません。

昨夕は、所用で名古屋を訪れた、ここで静かに私を支えてくれている方とお会いすることができました。お会いできて、お話しできて、とてもうれしかったです。もっと私が聞き手に回らなければならなかったのですが、自分の心の重さに耐えかね、かなり喋り過ぎてしまいました。ごめんなさい。

さあ、新しい気持ちで、また世界に接していこう。

2004年 6月 19日 午前 02:27 | | この月のアーカイブへ

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受信: 2005/02/22 20:18:27

コメント

大勢の中の孤独ということもありますね。
さて、「愛すれど心さびしく」は未見です。今度借りてみますね。
文章を読ませてもらってまず思ったのは、ドストエフスキーの「白痴」の”ムイシュキン公爵”とsingerの位置でした。さてさて・・・どうなのでしょうね。両方とも”キリスト”であるわけですが。
黒澤明監督の「白痴」はちょっとお勧めしかねますので、(ロシアの大地の話を北海道を舞台にしても無理があります)「愛すれど心さびしく」とはちょっと違った、ひりひりするような孤独を描いたスタインベックの名作「二十日鼠と人間」を、御覧下さい。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD7067/index.html
名作を映画化すると大抵失敗するのですが、(映画は映画、小説は小説と見る事ができればいいのですが)これは例外なのではないかと思います。

投稿: ten | 2004/06/19 8:18:56

私もこの映画を中学生の時に見ました。劇場まで行きました。夜布団に入ったら、昼間見た映画の1シーン1シーンが思い出され、一人涙した記憶があります。バスで旅立つ友を見送るシーンの孤独は痛切でした。シンガーさんの一生って何だったのだろう。なんて思いがずっと涙を止めませんでした。ポーシャとコープランド先生の関係などは、黒人であることとは無関係に現代の先取りだったような気もします。コープランド先生の癌の事をポーシャに知らせる為に唯一シンガーが声を発するシーンがあって、それがとても印象的でした。でも、もしコープランド先生の癌が無ければ、あの親子は永遠に和解しなかったのでしょうか。
ビフブラノンは映画ではかなり端折られていましたが、それでも結構な長尺作品でしたね。こういう映画を生み出すアメリカは健在なのでしょうか。
「白痴」は高校生になってから偶然読み始め、一気に引き込まれてしまいました。もうディテールは忘れてしまいましたが、ナスターシャフィリポブナへの憧れは未だに記憶しています。これは図書館に行けばいつでも再読できるから良いですね。
映画はなかなか見られないから大変です。今ならもうDVDあるのでしょうか。
同じようなお気持ちの方々がいらっしゃるのを知ってとても嬉しく思いました。

投稿: スピロス | 2007/07/28 9:56:37

スピロスさん、
「愛すれど心さびしく」は、中学生ぐらいで見た人に強い印象を残すようですね。その年代の子どもを持つ知人にテープを渡してみようかな。
日本でもアメリカでも、DVDはまだ出ていないみたいです。

投稿: うに | 2007/08/07 17:01:11

被爆体験を聞き、神妙な顔になる中学生達もまだいるようだから、あの映画に影響される中学もまだいるのかもしれませんね。

最近、吉田修一「悪人」を読みましたが、様々な人物が入れ替わりに語られる構成がマッカラーズの原作に似てるような気がしました。
でもそこに語られていた世界は何故かとても醜悪なものに感じられ、一体どこが違うのだろうと考え始めたところです。セックスへのあからさまな関わりの有無かなとか思っていますが、根本は、不毛の質が変わってきてしまったという事かとも思っています。(まだまだ考え中)

投稿: スピロス | 2007/08/10 4:15:11

スピロスさん、こんにちは。
吉田修一さんの作品は読んだことがありません。文庫になっているものあたりから、何か読んでみようかな。

投稿: うに | 2007/08/10 22:37:20

「悪人」は買うに値するか心配だったので立ち読みで読み切りました。半分くらいまで行くのには1週間以上掛かりましたが、真ん中過ぎた辺りからは先が気になって、1日で読んでしまいました。そういう意味では面白い作品かも。
本屋さんに悪いので、3軒はしごしました。休日の使い方としては豊かなのか、貧困なのか?
でも買ったとしても読むのに使う時間は同じだから結局有意義な休日の使い方かな。
読み返したいとは思わなかったので結局買わなくて正解でした。
ハートイズアロンリーハンターとか白痴とかは時々読み返したくなります。

投稿: スピロス | 2007/08/18 0:12:31

スピロスさん、
すごく素敵な休日の使い方だと思います。私もやってみよう。でも、私は文学書を読み進むのが遅いから、無理かな。
歴史修正主義者の書いた本なんかは、よく立ち読みしてくるのですが、読むだけ無駄なことも多いので、あまり有意義なことをやっている感覚にはなれません。

投稿: うに | 2007/08/18 10:41:30

歴史修正主義者って難しい言葉ですね。
南京事件とか、慰安婦問題とか、当時を知る人が現存しているのに、たった数十年前の事柄の真偽も検証できないなんて情けないです。
尤も、現在の事ですら、たくさんの人が揉み消したり捏造したりしてますからね、仕方ないのか。
ケネディが何故死んだのか、タリバンが何故韓国人の人質を解放したのか、そんなことも誰も真相を明かせない。
オペラ「ボリスゴドノフ」に出てくる老修道士の様な人がいれば。とは思っても、彼も彼のフィルターで世の中を見ていたのかも。
そもそも新聞にすらたくさんのバイアスが掛かっている。
事実を見つけるのが難しいから、小説の中に真実を見つけるのでしょうか。

投稿: スピロス | 2007/08/31 5:40:13

名作には不朽の「真実」がある、みたいな言い方をしますよね。真実とか真理という表現が最良のものかどうか私には分かりませんが、現実の世界では見つけられない価値があるのでしょう。そういうものを書き残してくれた人たちに感謝します。

投稿: うに | 2007/08/31 21:10:03

そういう作品が古典となっていくのでしょうか。
先日の岐阜で磯谷利恵という方が殺された事件を思うと、「悪人」と言った小説が何故「悪人」というタイトルなのか?
などといった思いが過ぎってしまいます。
事実が真実を凌駕してしまうのでしょうか。

小説から逃げるわけではないですが、今はアイポッドシャッフルを買い、音楽にはまっています。

投稿: スピロス | 2007/09/02 22:35:06

岐阜/名古屋市千種区の事件は、私が以前住んでいたところのすぐ近くで起こったのですよ。慄然としました。

「事実は小説よりも…」、奇なりかどうかは分かりませんが、現実の犯罪には、話の必然性がない展開もあるだけに、なおさら痛ましいものが多いですね。

投稿: うに | 2007/09/02 23:11:20

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