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2004.06.16

多国籍軍参加と有事法制

これを書いている時点で、既に二日前のことになってしまったが、有事関連諸法が14日、参議院で可決、成立した。

歳をとると、体の痛みがすぐにではなく次の日に来るというのは、ほとんどの人に当てはまるらしいが、私の場合、精神の反応も鈍くなってきたらしい。大変なことになってしまったな、という実感が出てきたのは、恥ずかしながら、昨日の午後になってからのことだった。(もともと、頭の働きが遅い、という噂もある。)

この数日間、ネットをあまり自由に使えない場所にいたので、国会の様子もNHKの14日午後の中継しか見ていなかったのだが、14日の委員会審議では午前中に「多国籍軍の任務には人道支援も含まれる」という答弁があったようである。これは12日に書いたように、決議本文の第15パラグラフを意図的に曲解しているとしか思えない。もう一つの可能性として、決議に参考文献として付せられているパウエル米国務長官の書簡の中に「多国籍軍は必要があれば人道支援に参加する用意がある」と書いていることを根拠としたということが考えられるが、それならそれで、自衛隊はアメリカ軍が統括する「統一の指揮系統」には入らないとする答弁のほうが虚偽になる。どちらにせよ、安保理決議1546を根拠に憲法とイラク特措法の枠組み内で多国籍軍に参加するという方針には整合性が認められない。

有事法制について。44年前、日米安保条約改定阻止を目指した運動の中で死んでいった樺美智子さんのことを思うと、情けない、申し訳ないといった気持ちで心が破れそうである。これから来る試練に対して、私たちは彼女たちの時代の情熱を取り戻すことができるだろうか。

国会中継を見ていて、私はまず、言葉を私たちの手に取り返す必要を感じた。(私はそれが最重要課題だと主張しているわけではない。やらなくてはならないことの一つではあるだろうが、それが本質的だと考えているわけではない。)例えば、「普通の国」「平和ボケ」「憲法は古くなった」などの表現。

激しい議論をするのはおそらく人間の常だろう。しかし、ためらいもなく人を殺すことが“普通”でないことはだれもが認めるはずだ。ならば、戦争をする国は「異常な国」のはずだ。

平和ボケ。戦争経験者である二人の野党議員の言葉が印象に残った。大田昌秀さんは「戦争は法律にそってできるものではない」と、山本正和さんは「この法案は戦争のことを知らない人が作文したものだ」と言った。有事法制を推し進め、これで市民が守れると考えている行政府や与党、それに与した一部野党こそが「平和ボケ」をしているのだ。

長い歴史の中で、戦力の不保持、武力行使の放棄を誓った平和憲法の理念は新しい。それを骨抜きにしようとする目論見こそ、古い考えへの執着である。

日高六郎さんの『戦後思想を考える』(1980年、岩波新書)から引用する。このころ緩やかに始まっていた動きの上に載せられた私たちは、今、ついに加速度の重圧に耐えられなくなったということだろう。

敗戦後、平和とか自由とか民主主義は、保守・革新が共用する言葉となった。そのなかにどのような意味内容をこめるかは別である。言葉のうえでは同じ言葉が、それぞれプラスの意味で使われる。現実の対立は、言葉の対立という形とはならない。むしろ同じ言葉をうばいあう。そのことは、国民の価値観に共通の地盤ができたと解釈できるかもしれない。逆に、現実の対立をおおいかくすために、言葉のあいまいさが利用されているともいえる。
(中略)
いま、言葉をあいまいにずらせて使うことで、現実の状況もまたあいまいにするということが起こっている。たとえば次のように―平和のためにこそ、自衛隊の増強は必要だ。民主主義のためにこそ、治安立法は大切だ。独立のためにこそ、自主憲法は制定されなければならない。生活の向上のためには、権利の主張はほどほどにして、労使は協調すべきである…。
民衆だけでなく、言葉もまたこのように管理される。世の中が複雑になったのである。

追記:活発にトラックバックのやりとりがされているみたいなので、遅ればせながら、私が継続的に読んでいるいくつかのブログの関連記事にトラックバックをお送りします。こうやってだんだん絆ができていくといいですね。…あれ、いくつか送れなかったみたい。

2004年 6月 16日 午前 01:37 | | この月のアーカイブへ

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 世間は大阪近鉄とオリックスの合併でもちきり。俺も野球好きなんで気がかりなニュー 続きを読む

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今日繁華街を歩きながら、私は確信した。 日本は滅びる。 「このままゆけば」と付け加える余力が、まだあるだろうか? おかしいね。自分たちが統制・動員される法律がで... 続きを読む

受信: 2004/06/16 12:50:09

コメント

言葉を取り返す。
そうだなあと思います。
権力の側は、言葉を自分の都合のいいように使い、マスコミはそれをそのまま垂れ流します。すると周りの人たちも、いつしか自分まで、言葉をそのように使っていたりします。圧倒的に流布された言葉は、そちら側のものになってしまいます。
私たちはもっと、語り合うべきなのかもしれない。質の深さと鋭さとを持って、言葉を取り返す作業が必要なのでしょう。

投稿: まきこ | 2004/06/16 8:25:37

すみません、上のコメント、名前からリンク貼る場所を間違えました。深い意味はありません。

投稿: まきこ | 2004/06/16 8:31:34

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