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2004.06.13

75歳のアンネ・フランク

アンネ・フランクがナチスの Bergen-Belsen 強制収容所で死んでいなければ(チフスという死因だけを考えて安直に「死んで…」と書いたが、「殺されて…」と描写するほうが適切だろう)、12日の土曜日で75歳になっていたという。(AP電

「アンネの日記」の最初の記述は彼女が13歳になった1942年のこの日のもの。その日から一か月も経たぬうちに隠れ家生活が始まることになる。日記の最後は1944年8月1日。三日後に彼女の一家はナチスに拘束され、アンネは1945年3月に病死する。

600万人ものユダヤ人のジェノサイドという事実を考えれば、それを阻止するために行なわれた戦争であったとしたら、日独などの枢軸国に対しての連合国の武力行使は「正しい戦争」と言えるのかもしれない。第二次世界大戦が、同時代的に、ユダヤ人虐殺の阻止のための戦争として認識されていたのか、恥ずかしいことに不勉強のため私はよく知らない。私たちの時代の戦争を見る限り、共時的な判断や世論が歴史的な検証に耐えうるものであるのかについて私ははなはだ悲観的になってしまう。

アムステルダムの Anne Frank House。どこに行った時だったか、早朝から夕刻への飛行機乗り継ぎの空き時間を利用して訪れた。日本国籍ならビザなしで入国が可能。空港からは市の中心部に向かって電車が走っていて、駅からは歩いて行ける距離だ。戦争や占領、差別などの不公正を記憶しておくために私たちは何らかの象徴に頼らざるを得ないのだろう。アンネ・フランクは象徴となることを欲したとは思えないが、彼女の日記のおかげで、私たちは子どものうちからある程度、戦争や民族差別の不条理を学ぶことができた。私たちは後世に何を残していくのだろう。残さなくてはならない苦い教訓はたくさんあるはずだ。

2004年 6月 13日 午後 08:43 | | この月のアーカイブへ

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