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2004.06.01

教育のはぐくむ希望

ワシントンD.C.にほど近いメリーランド州ボルティモアにあるちょっと変わった中学校に関する記事を読んだ。聖イグナチオ・ロヨラ中学校(St. Ignatius Loyola Academy)。名前が示すとおり、カトリック修道会のイエズス会が運営する私立学校だ。

アメリカ合衆国の大都市の多くがそうであるように、ボルティモアでも富裕層は郊外に移り住んでしまっており、市の内部は貧困や暴力、麻薬などの問題をかかえている。公立の小中学校は予算が潤沢であるわけもなく、高い教育の質を望むべくもない。

そんな恵まれない環境に育った子どもでも、よい教育環境を与えられれば、学力を伸ばし、向学心をいだき、成功することができる。その信念に基づき、この学校では寄付によって授業料無料で生徒を受け入れている。片親をなくしたり、生活保護を受けている家庭の子どもたちである。もちろん、規模はさほど大きくない。一学年25人程度だ。ここで厳しい教育を受けた後、子どもたちは奨学金付きの進学校へ、そして大学へと巣立って行く。全米には、このような主にカトリックの学校が43校あるという。(Nativity Network のサイト。)

これらの学校の存在はどういう意味を持っているのだろうか。非常に限られた人数の子どもたちしかこの恵みを享受できず、公教育予算の問題、そしてその根源にある都市荒廃の問題、所得格差の問題、人種差別の問題が解決されたわけではない。しかしこのような学校の成功は、それらの問題の大きさが覆い隠してしまっている基本的な真実、つまりどんなに不自由な境遇に生まれ育った子どもたちでも、無限に近い可塑性、可能性を持っており、適切なカリキュラムと指導さえ与えられれば、社会の既成の階層を乗り越えて行けるということを証明している。

金持ちや大企業の既得権益を守ろうとする政党、あるいは更に視野を広げて、工業化が既に進んだ自社会の優位性を保持しようとする国々は、意地悪な見方をすれば、この基本的な真実が覆い隠されていることを望んでいるのかもしれない。それによって、表に見える諸問題をいくらかでも解決しようとする姿勢を取ることによって、人道的な配慮や貢献をしているという言い訳ができるのだから。

この子どもたちが学んだ知識やいだく希望は、私たちみんなの、世界を変えるための教訓であり、希望でもあるはずだ。

2004年 6月 1日 午前 04:23 | | この月のアーカイブへ

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