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2004.05.09

『朝霧』

今日は“紙の本”の話:今年に入って(正確には、昨年の年末から)読んだ本のうち10冊が北村薫さんのものです。

ことの始まりは、昨年12月に東京出張に行った際、ホームレス支援雑誌『ビッグイシュー』を購入したことでした。その書評欄にクリスマスシーズンに合わせて「贈り物」をテーマにした小説がいくつか紹介されていて、その一冊が北村さんのデビュー作『空飛ぶ馬』でした。心温まる作品だと書かれていて、そのころから少し心が傷つきやすくなっていた私(ちょっとおセンチな言い方ですみません)は、すがるものを探すような気持ちで書店に向かいました。女子大生の「私」が落語家の春桜亭円紫さんといっしょに日常生活に隠れた謎を解く推理小説シリーズの存在は知っていましたが、買って読むのはこの時が初めてでした。

クリスマス・イブには小牧基地にデモ(C-130輸送機に空を飛んでほしくなかったんです)に行き、そのことと併せて青空文庫の掲示板「みずたまり」に『空飛ぶ馬』のことを書きました。それを読んで、ここにも時々コメントを寄せてくださる青空文庫の仲間、Juki さんが、この≪円紫さんと私≫シリーズが大好きだというメールをくださいました。特に四作目の『六の宮の姫君』が印象深かったということで、私も第二作『夜の蝉』(私の一番のお気に入り)、第三作『秋の花』、そして『六の宮の姫君』と読み続けていきました。

北村さんの作品には優しい眼差しがあります。登場する人たちの心には歪みや寂しさや後ろめたさがあるのだけれど、それを激しく叱責するのではなく、理解の頷きや差し伸べられた救いの手を思わせるような静かな文体と話運びで描いてくれるので、心が弱くなっている私は、安心して、そして元気を少しずつもらいながら読むことができました。北村さんの世界に誘ってくれた Juki さん、どうもありがとうございました。

そして、先月、シリーズ五作目の『朝霧』が文庫本(創元推理文庫)になりました。もちろん、発売当日に買いに行きましたよ。シリーズのはじめでは初々しい大学一年生だった(あれ、二年生だったかな)「私」も出版社に勤め始めて数年。はじめは円紫師匠の推理力に目を丸くするだけだった「私」も、今回は円紫さんがくれたヒントだけで、ついに自力で謎を解き明かします。さらに、今までほとんど「男っ気」のなかった彼女に初めて訪れる恋の予感… それにしてもこのシリーズは、前の本でさりげなく出てきた話が実は次の本の伏線になっているってことが多いですねぇ。はじめから壮大な構想の下に執筆していらっしゃるのでしょうか。だとしたら、伏線として使えそうなディテールをたくさん含んだ『朝霧』もきっとシリーズ最終作ではないでしょう。今から続きが楽しみになってしまいます。

『朝霧』は主人公の祖父が1930年代に付けていた日記をめぐる謎解きの話です。その日記はその年の1月9日から始まっていました。私のこのブログも始まりは今年の1月9日。今日でちょうど4か月になります。何か謎めいたことを書いておいたら、今世紀の終わりごろにだれかが読んで推理してくれるかな。(笑) それはともかく、日記っぽいことは欠かさず書いているものの、いただいたコメントやトラックバック、メールを放ったままにしてあって、非常に心苦しく思っております。すみません。

2004年 5月 9日 午前 10:16 | | この月のアーカイブへ

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コメント

いえ、あの、北村さんにも感謝を。(^^;)
あの、人に本をすすめて、これほどに感謝されたのはほとんどないので、今尚とまどっているのであります。

それはともかく、本シリーズの魅力の一つに、会話場面の面白さと興味深さもあげられると思います。私自身、通しで読む他に、会話場面を読むためだけに
≪円紫さんと私≫シリーズの本を手に取ることがあります。
例えば『六の宮の姫君』第四章の六。そして、第五章。

主人公の「私」は完璧な人ではないけれど、本と、人との接し方に真摯な姿勢を取り続けているように自分には思われます。そうありたいと願う、理想の姿の一つです。

投稿: Juki | 2004/05/10 0:58:48

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