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2004.05.27

報道と責任

The New York Times が、"The Times and Iraq" という論説の中で、昨年3月の開戦に至る時期に一部の記事が不十分な取材や検証のまま掲載されてしまったことを認めている。特に、最近失脚した Ahmad Chalabi 氏や彼が仲介した証言者たちをニュースソースにした取材等について、記者だけでなく編集者がもっと慎重であるべきだったことを具体例をあげつつ記している。

私のこのウェブログは「報道」にあたるとは言えないかもしれないが、自分の意見を述べるにあたって、さまざまな情報源に頼りきっていることは事実で、個人で可能な限り、より厳格に検証した上で伝える努力をしなければならないのだと考えさせられた。もちろん、これは私一人に限ったことではなく、ウェブログやネット上の掲示板、メーリングリストなどの、新しい、草の根的な情報伝達一般に言えることだろう。(きれいごとを述べるつもりはない。これら新しいメディアが敏速な情報伝達と行動を可能にし、大手メディアや政府の過ちを指弾する役割を果たしている一方で、意図的に情報攪乱をしたり、何のためらいもなく無責任な発言をする人たちが多くいることは、私も十分承知している。)

自戒とともに、報道機関、政府などに対して、先入観にとらわれた取材や発表をしたり、検証を怠ったり、不用意に扇動的であったり、論議すべき時に十分な情報を提供しなかったりといったことがないか、なかったか、もっとしっかりと見据えてもらいたいと願う。

2004年 5月 27日 午前 05:30 | | この月のアーカイブへ

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