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2004.05.27

バグダッドの街の声

フセイン政権時代に国外に亡命していたイラクの詩人が昨年の夏、かねてからイスラエルのパレスチナ占領を追ってきた映画監督とともにバグダッドに戻り、街の声を集めた映画を作った。About Baghdad という映画である。

今はアメリカで教鞭をとるこのイラクの詩人は Sinan Antoon さん、彼とともに撮影を行なったのは Adam Shapiro さん。この二人を Democracy Now! の Amy Goodman さんがインタビューしている: About Baghdad: An Exiled Iraqi Poet Returns Home To Witness the Effects of War, Sanctions and Occupation。 (Democracy Now! については、ごく最近、はなゆーさんが詳しく紹介している。)

インタビューの中で、Antoon さんは、占領下のバグダッド市民の世界観が当然のことながら単純でないことをまず指摘している。ブッシュ政権が言うように「アメリカの味方か、サダムの味方(あるいはテロリストの味方)か」といった二分法では決してないということである。また、(アメリカの援助によって行なわれた)フセイン政権の圧政によって、戦争によって、そして何よりも13年間続いた経済制裁によってイラクの社会が完全に崩壊したことを語っている。

Shapiro さんは、アメリカ占領下のイラクとイスラエル占領下のパレスチナの両方で、「抵抗(レジスタンス)」と呼ばれるものが、ただ自分たちの生活を自分たちの手に取り戻したいという人々の願いであること、そして占領軍の兵士たちがカメラであれこれと撮影していることなどをあげ、その相似性を指摘している。

インタビューの合間には、「サダムはいなくなったが、新しい支配者が来ただけだ。犠牲になったのは我々だ。」「今のイラクでは、大きな声で叫ぶ者の声しか外には聞こえていかない。社会の核である私たち普通の人々の声は届かない。」と語る二人のバグダッド市民の姿が映し出されている。

映画自体については、見てみなければ何も言うことはできないが、日本に暮らす私たちは、このインタビューだけからでも、私たちも加担しているイラク占領の実態や、経済制裁という行為が持つ非人道性などについて考えるきっかけを得ることができるだろう。

(経済制裁に関しては、小泉首相再訪朝後の報道を見ると、私はもっと慎重に発言するべきかもしれない。私は以前から一貫して経済制裁という政策一般について反対であり、この私の意見は小泉首相が経済制裁を行なわないと発言したことに落胆する拉致被害者家族連絡会の人たちを批判するものでも、家族会に批判を寄せる人たちを支持するものでもない。)

Sinan Antoon さんの詩二編(英語)を読んだ。選択された単語もやさしく、自由詩であるので、日本語を読み書きする私たちにもとても親しみやすい作風ではないかと思う。

2004年 5月 27日 午前 12:09 | | この月のアーカイブへ

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